著者
森安 孝夫
出版者
大阪大学
雑誌
大阪大學文學部紀要 (ISSN:04721373)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.1-250, 1991-08-10
著者
深尾 葉子 安冨 歩 安冨 歩
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007 (Released:2007-04-01)

本研究により、現地における通年の農作業調査を行い、また社会的コンテキストに働きかける緑化実験として、「黄土高原国際民間緑色ネットワーク」の活動を支援、参画し、観察を行った。同活動は、陝西北部楡林市一帯で、着実に活動を定着させ、広がりを見せており、地域の文化的社会的コンテキストに依拠した自律的自発的緑化モデルとして、貴重な事例となっている。現在一連の活動の成果を、『黄土高原生態文化回復活動資料集』としてまとめており平成21年度中に東京大学東洋文化研究所および風響社より出版予定である。
著者
飯田 敏行
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000 (Released:2000-04-01)

高純度サファイアの電気的特性を放射線照射下で調べた。その場測定の為の実験装置を製作し、中性子とγ線の照射実験を行った。一定のバイアス電圧下では、サファイア試料の放射線誘起電流はフラックスにほぼ比例し、単位呼吸線量率当りの電気伝導度増加係数は〜1.0×10^<-10>(S/m)(Gy/Sec)であった。また照射開始直後には大きな過渡電流が、そして、照射停止後には非常に遅い電流回復成分が観測された。さらに、外部バイアス電圧が無い状態でも放射線誘起電流が観測され、サファイア試料内部に電圧発生機構があることがわかる。これらの過渡電流やオフセット電圧の発生原因としては、試料の電荷蓄積や電荷キャリアの捕獲・再放出機構が考えられる。また、無機絶縁(MI)ケーブルについても同様の測定を行った。パルスX線照射実験では、ケーブル芯線に誘起される電荷量がパルス当りの吸収線量と芯線-シース間電圧にほぼ比例した。この事は、絶縁性低下の主要因が絶縁層内における電荷生成量とそのドリフトである事を示唆している。実験値を基にケーブル芯線に誘起されるパルス電荷量のシミュレーション計算を行った結果、絶縁材中の生成電子の平均ドリフト距離は、芯線-シース間電圧100Vに対して約15nmと推定された。この値の物理的妥当性については別方法によるクロスチェックが必要である。
著者
平野 俊夫 村上 正晃 山下 晋 石原 克彦
出版者
大阪大学
雑誌
特別推進研究
巻号頁・発行日
2003 (Released:2003-04-01)

サイトカインは、免疫応答、急性期反応、造血、炎症性反応に重要な役割を果たしている生理活性分子である。我々が作成した、シグナル特異的な変異を導入したgp130を発現しているノックインマウスは関節リウマチ様自己免疫疾患を自然に発症する。このマウスに見られるT細胞や樹状細胞の免疫学的機能異常のメカニズムを明らかにすることにより、逆にサイトカインシグナルによる正常の免疫応答の制御機構の一端を明らかにする。さらに、踏み込んでサイトカインのシグナル異常によって生じる自己免疫疾患に普遍的な機構を明らかにすることを目的とした。以下の2つの概念を証明することができた。1. サイトカイン刺激による非免疫系組織の活性化が別のサイトカインを介してCD4+T細胞の活性化を引き起こして自己免疫につながる。2. 非免疫系細胞にはIL-17とIL-6の刺激を引き金とするIL-6の正のフィードバックループが正常状態でも存在して生体のIL-6量を制御している。F759マウスではIL-6刺激後正常状態ならば働くはずのSOCS3による負のフィードバックループが働かずにIL-6の正のフィードバックループが暴走し、過剰なIL-6発現が自己免疫性の関節炎を引き起こす。さらに、本研究の過程で発見された亜鉛シグナルの存在を証明して免疫反応との関連を研究して成果を出すことができた。
著者
田中 健二
出版者
大阪大学
雑誌
大阪大學文學部紀要 (ISSN:04721373)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.133-252, 1963-03-25

Bei der vorliegenden Arbeit handelt es sich um Herders Leben und seine Literaturansicht in der Weimarer Zeit. Wie bei meiner ehemaligen Arbeit fiber den jungen Herder habe ich auch hier Herders Dasein und seine Arbeiten und Vorstellungsweisen auf Grund seiner eigenen Schriften und der auf ihn bezuglichen Briefe und andern Quellen darzustellen versucht. Daher bildet die vorliegende Abhandlung eine Fortsetzung zur obengenannten Arbeit, deren Titel "Der junge Herder und seine Ansicht iiber die Literatur" (vgl. Memoirs of the Faculty of Literature Osaka University, Vol. V. March 1957) heiβt. Herders Weimarer Zeit habe ich nach den meisten deutschen Literaturhistorikern in zwei Perioden geteilt: die Zeit vor der Italien-Reise und die nach der Italien-Reise. Und das erste Kapitel behandelt die erstere, das zweite die letztere. Das kommt aber nicht davon, daβ die Reise fur die Entwicklung des Herderschen Geistes irgendeine wesentliche Bedeutung hat, sondern nur davon, daβ seine auf die Literatur bezuglichen Arbeiten konzentrisch zur Zeit vor der Reise erschienen sind. Da seine Italien-Reise selbst, von der Goethes ganz verschieden, fur seine Geistesentwicklung nicht von Bedeutung ist, so ist kein positiver Grund vorhanden, sie zum Periodisierungsmittel zu machen. Deswegen ist hier die Darstellung von Herders Italien-Reise weggelassen worden. Die zwei oder drei Jahre vor seinem Tode ausgenommen, stand Herder sein ganzes Leben hindurch in engem Verhaltnisse zu Goethe, sei es positiver oder negativer Art gewesen. Somit spielen diese beider Beziehungen auch in der vorliegenden Abhandlung mit Recht eine sehr wichtige Rolle. Da aber vom Hohepunkt der Herderschen schriftstellerischen Tatigkeit, d.h. vom Zeitabschnitt, in demdie Freundschaft zwischen Herder und Goethe dank dem Ineinandergreifen ihrer Gedanken ihren Gipfel erreichte, schon in dem Aufsatz mit dem Titel "Goethes und Herders Zusammenleben in Weimar bis zu Herders Italien-Reise" (vgl. Goethe-Jahrbuch III. Bd. 1961, hrg. v. "Goethe-Gesellschaft in Japan") gehandelt wurde, so habe ich hier nicht wiederholt, was dort alles gesagt wurde. Statt dessen habe ich versucht, auf seine vorweimarische Zeit zuruckgehend im Zusammenhang mit dem (Teutschen Merkur) seine Beziehungen zu Wieland, der es zeitlebens gut mit ihm meinte, moglichst getreu darzustellen. Und dann nehme ich aus seinen zahlreichen Arbeiten die folgenden Abhandlungen als mustergultige fur seine damalige Ansicht uber die Literatur auf : "Volkslieder", "Von Ahnlichkeit der mittleren englischen und deutschen Dichtkunst", "Das Hohelied Salomonis-Lieder der Liebe", "Uber den Emfliiβ der Dichtkunst auf die Sitten der Volker in alten und neuen Zeiten", "Vom Geist der ebraischen Poesie" und einige Aufsatze uber die Literatur in den ersten drei Sammlungen der "Zerstreuten Blatter" etc., um das Wesen des Herderschen Gedankens zu erforschen. Dabei habe ich sowohl die Entstehungsgeschichte dieser Abhandlungen als auch die wichtigen Fragen aufzuhellen versucht: In welcher Art ist der Begriff "Volkslied", der von seiner Jugendzeit an fur ihn der wichtigste ist, auf sie angewandt? Inwiefern sieht er die Bibel als em Urbild der Dichtuhg, ja fur eine echte Dichtung an? Wie kam es dazu, daβ er Epigramm und Fabel als Dichtungen anerkannte ? Zugleich damit wird dargestellt, wie seine Auseinandersetzung mit Lessing auch noch damals zur Aufrollung seiner eigenen literarischen-Probleme nicht wenig beigetragen hat. Im zweiten Kapitel ist von Herders letzten Jahren nach der Italien-Reise die Rede. Hier ist hauptsachlich iiber seine Abneigung gegen den Weimarer Hof, seine Begeisterung fur die Franzosische Revolution, den von Goethes und Schillers Freundschaftsbundnis verursachten Zwiespalt zwischen Herder und Goethe, seine Verfechtung der Moral und des Humanismus, seinen Streit gegen Kant, seine freundschaftliche Beziehung mit Jean Paul und sein literarisches Streben in seinem allerletzten Jahren etc. gehandelt worden. Nach der Italien-Reise hatte er wenig mit dem Literarischen zu tun, und uns ist nur noch -bekannt, daβ er durch seine letzten Werke, "Adrastea" und den "Cid", noch einmal auf dem Wege der ErschlieJβung und Ubersetzung fremder Literaturwerke war. Es ist also keineswegs dem Zufall, sondern dem zielbewuBten Versuche zuzuschreiben, daβ die Beschreibung des zweiten Kapitels im Vergleich mit der des ersten sehr einfach geworden ist. Denn das Hauptaugenmerk dieser Arbeit ist auf die Darstellung und Erschlieβung der Herderschen Literaturbetrachtung gelegt.
著者
朝長 啓造
出版者
大阪大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009 (Released:2009-04-01)

本研究は、ボルナ病ウイルス(BDV)の病原性を利用してグリア細胞、特にアストロサイトの未知なる機能の解明を行うものである。BDVは、感染によりアストロサイトの機能障害を誘導することが示唆されており、グリア細胞機能異常による神経疾患の発症モデルとして広く用いられている。BDV感染によるグリア細胞の機能異常とその分子機序を総合的に解析することで、新たな視点でグリア細胞機能の本質に迫ることができると考えた。そこで、BDVによるアストログリア細胞の機能障害について詳細な解析を行った。前年度までに、BDVの病原遺伝子であるP遺伝子を発現させたC6グリオーマ細胞において68個の宿主遺伝子が有意な発現変化を示すことを明らかにした。そこで本年度、同定された遺伝子の中で、発現量の上昇が大きく、神経疾患との関連性が示唆されているIGFBP3に注目して解析を進めた。リアルタイムPCRを用いた解析の結果、BDVのP遺伝子をアストログリアで発現するトランスジェニックマウス(P-Tg)脳由来グリア細胞においてもIGFBP3 mRNAの発現が顕著に増加していることが確認された。野生型マウスより分離した神経初代培養に適量のIGFBP3を添加し、抗カルビンジン抗体で染色される神経細胞の生存数について経時的な観察を行った。その結果、IGFBP3を添加した神経細胞では培養10日目において生存数が顕著に減少していることが明らかとなった。また、P-Tg小脳ではインスリン様成長因子受容体のリン酸化が顕著に低下しており、P-Tg小脳におけるインスリン関連シグナルの異常が示された。このことから、IGFBP3には神経細胞脱落を誘導する活性があることが明らかとなり、アストログリア由来のIGFBP3の発現意義について明らかになった。
著者
大川 新之介 後藤 竜司
出版者
大阪大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01 (Released:2016-04-21)

複素代数多様体上の連接層の圏の変形(=非可換変形)と同じ多様体の一般化された複素多様体としての変形の関係を理解するのが本研究の目的であった。今年度はまず、非可換射影平面のAbdelgadir-Okawa-Uedaの意味での安定性について再考察した。その結果、従来の非可換代数幾何学の意味での非可換射影平面は全て半安定であることがわかった。期待としては、将来的には"特殊ケーラー計量"の存在問題と関係づけたい(これについては後藤氏の研究が進展中のようである)ので、その観点からも意味のある結果であると言えよう。また、AOUの導入した非可換射影平面のモジュライ空間と射影平面上の正則ポアッソン構造のモジュライとの関係についても後藤氏と議論をして理解が深まった。一方、毛利-植田両氏と共同で、Hirzebruch曲面の非可換変形の明示的なパラメトリゼーションを与えた。次数が4以上のHirzebruch曲面の非可換変形が障害を受けていることが後藤氏の最近の研究でわかっていたが、非可換代数幾何によって変形空間のより詳細な記述を与えたることができた。12月には、Oxfordで行われた非可換代数幾何と一般化された複素構造に関する研究集会に参加し、非可換del Pezzo曲面のAOUによるモジュライ構成に関する発表をするとともに参加者と議論を重ねた。この話題に興味のある研究者の多くが集まっていたと感じるが、十分納得のいく理解からはまだ遠いという印象を受けた。その一方で物理的視点からの講演で興味深いものがあり、検討課題を得ることができた。
著者
山口 和也
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1994-04-01)

光合成細菌にニッケル含有酵素ウレアーゼが存在することは、これまでほとんど知られていない。本研究において、紅色無硫黄細菌であるRhodobacter capsulatusがウレアーゼを生合成することを見いだし、さらにこの細菌のウレアーゼを単離精製することに初めて成功した。この光合成細菌は、通常の生育条件下ではウレアーゼを生合成することなく生育する。ところが、窒素源をアンモニウムイオンから尿素・アルギニン等に変え、窒素代謝系を制御することにより、この菌体におけるウレアーゼ生合成を誘導することができた。また、窒素飢餓条件下にすることで生合成されるウレアーゼの量が増加することも明らかになった。さらに、ウレアーゼ生合成過程においてニッケルイオンを添加するとウレアーゼ活性が著しく促進されることより、この細菌のウレアーゼも他の菌体のものと同様にニッケルを含む酵素であることも示唆された。光合成細菌中の色素や複合タンパク質の生成をおさえ、より多くのウレアーゼの単離精製を行なうために、暗所好気的条件下で培養した細菌からウレアーゼの精製を行なった。ウリアーゼ精製の際に用いるバッファーに2-メルカプトエタノールを添加することにより、精製効率は飛躍的に向上することが明らかになった。この添加剤は酵素の活性中心である複核ニッケルに架橋することにより酵素を安定化させる働きをしているものと考えられる。さらにイオン交換・疎水クロマト法により、従来単離されなかった光合成細菌のウレアーゼの精製に成功し、酵素比活性は38μmol(Urea)/min.mgまで向上した。SDSゲル電気泳動により、サブユニットの分子量は67KDであることも判明した。本研究により、高度に精製された新規の光合成細菌ウレアーゼが得られ、ウレアーゼの構造と機能の関連性を解明し生体中におけるニッケルイオン役割を明らかにするための礎が得られた。
著者
平田 健治
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01 (Released:2014-04-04)

指図による占有移転の方法による即時取得の要件は何か。この明瞭化が本研究の目的であった。その点については、ドイツ法、フランス法、英米法、さらにはローマ法の議論を参照することで、要件設定の際に考慮されるべき諸要素を析出したことが成果である。それを列挙すれば、日本の指図による占有移転の要件の沿革から見た欠陥の指摘、占有改定と指図による占有移転の方法が前提とする取引態様の定型的相違に着目すべきことの指摘、物権関係(所有権移転)と債権関係(賃貸借や寄託契約)の連携のあり方が絡むことの指摘、占有意思、とりわけ即時取得において占有意思変更を議論とすることの問題の指摘などである。
著者
中島 松一
出版者
大阪大学
巻号頁・発行日
1965

00694
著者
春名 正光 大和谷 厚 近江 雅人 玉田 康彦 玉田 康彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007 (Released:2007-04-01)

交感神経の支配下で機能する汗腺や末梢血管は重要な微小器官であり、そのダイナミックな生理機能を解明することが重要である。本研究では、光コヒーレンストモグラフィ(OCT)を用いて、ヒト指汗腺や小動脈の生理機能を可視化した。汗腺においては、外部刺激に反応する精神性発汗の動的解析を行い、新たに内部発汗を見出した。小動脈においては、脈動を観測し、弾性型動脈と筋型動脈として同時に機能することを明らかにした。