著者
田中 朋弘
出版者
熊本大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本年度は、年度内に三回の研究会を開催し、1)田中朋弘「ベナーのケアリング論-規範倫理学的観点から」(『先端倫理研究』第12号、熊本大学倫理学研究室紀要、pp.27-42、 2018年3月)、2)田中朋弘、「生と死をめぐる倫理-「気づかい」を手がかりに」、『生と死をめぐるディスクール(仮題)』(脱稿・共著出版予定)、として研究成果をまとめた。以下に、研究成果1) の概略を記す。ベナーのケアリング論は、人間存在におけるケアリングの第一義性を出発点にして、ケアリング実践としての看護の本質について明らかにしようとした一連の議論である。ケアリング実践としての看護は、テクネーに関わる専門性とフロネーシスに関わる専門性に分けられ、卓越した実践者になるためには、それら両要素の熟達が必要となる。ベナーの議論に特徴的なのは、そうした構造を理解するために、「スキル獲得の五段階モデル」を採用して分析を行う点にある。実践は、その基盤として職業的なコミュニティを前提とし、実践に埋め込まれた諸善の達成が目標とされる。ベナーは、ケアの倫理を、いわゆる正義の倫理、手続き的な倫理、原理に基づく倫理よりも基底的と位置づけ、「達人レベル」に達した卓越した実践者は、そうした諸原理を文脈や関係性を飛び越えてただ無条件に適用するのではなく、実践に埋め込まれた諸善の達成を目標としながら、それをとりまく人間の関係性の中でそれらを位置づけることになる。ベナーは、自律は成人の発達の頂点ではなく、ケアと相互依存こそがその究極目標であると述べているが、それは自律を基底的な道徳的価値と見なす立場とは強い対照をなし、その点ではそれは「ケアの倫理」の系譜に位置づけられる。他方でベナーの議論は、「実践」や実践に埋め込まれた善を重視し、倫理的熟達や卓越性を重視するという点では、徳倫理学あるいは共同体主義的である。
著者
竹下 文雄 村井 実
出版者
熊本大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

ハクセンシオマネキのオスにおける複数の求愛シグナルの適応的意義について研究を実施した。メスは時間あたりの求愛音の発音回数が多いオスを好んだ。餌の利用可能性が高いオスではattraction waveの頻度および血漿ラクトース濃度が増加した。近隣オスの妨害行動によりペア形成率は低下した。物理的な障害物によりメスの配偶者選択に要する時間は増加した。オスの甲と大鉗脚における色の変化パターンは異なった。これらの結果より、オスの各シグナルはメスの配偶者選択の基準として用いられる可能性が高いが、その機能は異なり、それぞれの個体が置かれた社会的・物理的環境下で各シグナルの有効性は異なる可能性が示唆された。
著者
前田 浩 宮本 洋一 澤 智裕 赤池 孝章 小川 道雄
出版者
熊本大学
雑誌
特定領域研究(C)
巻号頁・発行日
2000

固型癌のうち、胃癌、肝癌、子宮癌などの原因が細菌やウイルスによることが次第に明らかになってきた。さらに、胆管や胆のう癌、食道癌も何らかの感染症に起因する容疑が濃くなってきた。これらの感染症と発癌に共通の事象として、それが長期にわたる慢性炎症を伴うこと、また活性酸素(スーパーオキサイドやH_2O_2、あるいはHOCl)や一酸化窒素(NO)などのフリーラジカル関連分子種が宿主の炎症反応に伴い、感染局所で過剰に生成していることである。さらに重要なことは、これらのラジカル分子種はDNAを容易に障害することである。そこで本研究では、微生物感染・炎症にともない生成するフリーラジカルと核酸成分との反応を特に遺伝子変異との関係から解析した。また、センダイウイルス肺炎モデルを作製し、in vivoでの遺伝子変異におけるフリーラジカルの役割を検討した。その結果、過酸化脂質がミオグロビン等のヘム鉄存在下に生じる過酸化脂質ラジカルが、2本鎖DNAに対して変異原性のある脱塩基部位の形成をもたらした。また、上記ウイルス感染においては、スーパーオキサイドラジカル(O_2^-)と一酸化窒素(NO)の過剰生成がおこることを明らかにしたが、この両者はすみやかに反応してより反応性の強いパーオキシナイトライト(ONOO^-)となる。ONOO^-とDNAやRNAとの反応では、グアニン残基のニトロ化が効率良くおこり、さらに生じたニトログアノシンがチトクロム還元酵素の作用によりO_2^-を生じることが分かった。このONOO^-がin vivo,in vitroいずれにおいてもウイルス遺伝子に対して強力な遺伝子変異をもたらすことを、NO合成酵素(NOS)ノックアウトマウスやNOS強制発現細胞を用いて明らかにし、上記の知見が正しいことを確認した。

1 0 0 0 IR 音楽と言語

著者
吉永 誠吾
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学教育実践研究
巻号頁・発行日
vol.14, pp.11-17, 1997-02-28

本稿では、音楽の才能の現れ方と人間が言語能力を習得して行くプロセスを比較しながら考えることによって、音楽教育のあるべき姿を探っていこうと考えている。Music and language have much in common. When we consider how music should be taught at school, it seems to be significant to know the process of language acquisition. Music itself is a language in which we can share our emotions with the people. We can tell them our thoughts with words, but we can't share our emotions with only these. Feelings such as laughter, anger, sorrow and anxiety, we can convey how deeply we feel with the help of facial expressions. Of course, emotion should be expressed correctly. It is true that children study language at school, but they are not taught to express their true feelings. Therefore, music education plays an important role in helping the people to express their own feelings. When we assme that music is a language to express feelings, this will bring out the problem of music education in Japan full relief. Accordingly, in this paper, I suggest how music education should be taught considering the debelopment of musical talent comparing this to the process of language acquisition.
著者
中川 順子
出版者
熊本大学
雑誌
文学部論叢 (ISSN:03887073)
巻号頁・発行日
vol.107, pp.11-22, 2016-03-17

This paper explores London citizens' attitudes towards immigrant presence, particularly, their legal status in early modern London. First, I will describe an outline of the legal status that immigrants acquired, focusing on denization and a London citizenship for them in the latter half of the sixteenth century. Second, I will investigate the meaning of the 'freedom of the City' and its privileges for immigrants. The evidence shows that although they were crucial to their success in London, only a small percentage of them enjoyed those privileges. The national government could have encouraged the City's authority to grant them legal status. The introduction of such a policy, however, garnered fierce opposition from Londoners, as the citizenship of London was the core value of local identity and Englishness as well as political and economic rights. To conclude, the City government could have continued imposing strict economic and social restrictions on immigrants for their lineage's sake.
著者
田中 朋弘
出版者
熊本大学
雑誌
先端倫理研究 : 熊本大学倫理学研究室紀要 (ISSN:18807879)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.25-38, 2016-03

This paper examines the character of professional responsibility, mainly with reference to the theory of common morality and particular moralities by Beauchamp and Childress. Furthermore, it examines the concepts of generality and particularity in normative ethical theories, the attitude approach and the role morality argument by Bowie, and two usages of reason by Kant. The professional responsibility is considered as a special role morality, which depends on some specialized and specific norms rather than on the general norms from the abstract principles. The theory of common morality and particular moralities has some persuasiveness, and it has the possibilities of being developed as a comprehensive normative ethical theory. However, there remains a question concerning the foundation of moral pluralism, and an issue of how usual moral judgments are located in their theory.
著者
吉永 誠吾 森 恭子 横山 洋子
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学教育実践研究
巻号頁・発行日
vol.15, pp.101-105, 1998-02-27

筆者らは生演奏によって子供達に音楽の本当の美しさを感じてほしいとの願いから,音楽鑑賞教室を開催してきており,その概要についてはすでに報告した.ところで音楽の効能が科学的にも証明されつつある昨今,筆者らのコンサート活動は各方面から依頼を受けつつあり,その数も少しずつではあるが増えつつある.これはクラシック音楽を多くの人々に好きになってもらいたいと願う筆者らにとって大変喜ばしいことである.その中でも特に印象に残っているものは、長期療養中の子供達のためのコンサートや,障害児とその保護者のために聞いたコンサートである.障害児といえば,通常のコンサートを聴く機会など,一生涯を通じてまずないといっていいであろう.従って,ただ一度のこの機会は,私たち音楽家の役割というものが大変大きなものであるということを強く認識させられたものであった.そこで本稿では既に報告した小,中学校以外の活動の概要について報告し,これからの課題についても考えたい.
著者
渡辺 孝太郎 ワタナベ コウタロウ Watanabe Kohtaro
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学政策研究 (ISSN:2185985X)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.109-119, 2015-03-31

本稿において科学技術社会論の先行研究を整理したところ、科学技術政策に関する問題は、社会問題の複雑化により科学と政治の領域が交錯し、多くの利害関係者がいる中で、不確実なデータをもとに「今、現在」意思決定を行わなければならないという特徴を有することが示唆された。このような状況を表す概念として、「トランス・サイエンス」や「ポスト・ノーマルサイエンス」といった概念が提唱されている。また、科学と社会の間に生じるギャップは、科学の不確実性や市民・政策立案者の科学に対する過度の期待や信頼、さらには科学者の専門主義などが複雑に絡み合うことで引き起こされることが示唆された。これらの分析を踏まえ、「パブリック・インボルブメントを図りながら政策を形成、実行するために、自治体の技術職はどのような役割を担うべきか」という問いに答えるべく、今後の研究を進める。This paper tried to organize the previous study on science and technology studies. Then it was suggested the feature that to address policy issues related to science and technology we must make a decision "now" under uncertain situation, in which science and politics are crossed each other by complication of social issues, and in which there are many stakeholders. As a concept to represent this situation, concepts such as "Trans-Science" and "Post-Normal Science" have been proposed. In addition, it was suggested that the resulting gap between science and society is caused by complexly intertwined factors including uncertainty of science, excessive expectation and trust to science from citizens and policy makers, professional principle of scientists. Based on these analysis, I advance future research to answer the question "What role should technical staff of local governments play in order to make and carry out the policy while achieving public involvement?"
著者
田中 尚人
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学政策研究 (ISSN:2185985X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.25-32, 2016-03-31

三角西港は熊本県宇城市三角町に位置し、『明治の三大築港』の一つに数えられる土木遺産であり、平成27年7月『明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業』の資産として、ユネスコの世界文化遺産に登録された。本年度、筆者らは宇城市立三角小学校の6年生、35名を対象としたWSを3回実施した。本研究では、文化的景観保全に対する理解を基盤としたワークショップを通じて、児童たちが獲得したシビックプライドについて定性的に分析することを目的とする。具体的には、ワークショップは、①三角西港に関する基礎知識の獲得、②三角西港におけるまち歩き、③三角西港のガイドブックづくり、の3回を授業時間中に実施した。The Misumi-Nishi port is located in Misumi town, Uki city, Kumamoto prefecture. This old stone port is one of "Meiji three important port" and was selected as the UNESCO's world heritage "Sites of Japan's Meiji Industrial Revolution: Iron and Steel, Shipbuilding and Coal Mining". In this year, the authors carried out workshops for preservation of cultural landscape and community development with 35 students who are sixth grader of Misumi Elementary School, three times. In this study, it is aimed to analyze qualitatively about the civic pride that children acquired through the workshop which assumed understanding for the cultural landscape maintenance. The theme of workshop are ⅰ) Acquisition of the basic knowledge about the Misumi-Nishi port, ⅱ) Town walk (Machi-aruki) survey in the Misumi-Nishi port and ⅲ) Making a guidebook of the Misumi-Nishi port.
著者
Bauer Tobias
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学社会文化研究 (ISSN:1348530X)
巻号頁・発行日
no.9, pp.39-55, 2011

2009年11月に、ドイツ倫理審議会による赤ちゃんポスト及び匿名出産に関する見解が公にされた。それは、1999年以来ドイツに登場してきた赤ちゃんポスト及び匿名出産という事業のもつ倫理的・法的問題を指摘し、これを厳しく批判し、かつその廃止を要求するものであった。本稿は、ドイツのキリスト教諸教会及び赤ちゃんポスト等を運営するキリスト教系の福祉事業団体が、同見解に対して如何なる立場を採っているかを検証することによって、現下の議論におけるかれらの立場を明らかにしようとするものである。そのためにまず、ドイツ倫理審議会による赤ちゃんポストと匿名出産に対する反対の立場、次いで法的・倫理的問題を内包することを認識しながらも、なおかつこの事業を持続させる必要性を訴えるキリスト教諸教会の代表者による巻末に添えられた少数意見のそれぞれの論拠を考察した後に、赤ちゃんポスト等を運営するキリスト教系の福祉団体の反響を分析する。結論として、本稿は、キリスト教諸教会と同福祉団体には統一した立場は確認できず、赤ちゃんポスト及び匿名出産に対する立場は、実際の運営の経験と統計上のデータに対するそれぞれ異なる解釈がそれぞれ異なる立場をとらせる基となっている実情を明らかにする。
著者
伊﨑 久美 イザキ クミ Izaki Kumi
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学社会文化研究 (ISSN:1348530X)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.318-305, 2017-03-25

ユク河ノナカレハタエスシテ シカモゝトノ水ニアラス ヨトミニウカフウタカタハ カツキエ カツムスヒテ ヒサシクトゝマリタルタメシナシ 世中ニアル人ト栖ト 又カクノコトシ 『方丈記』の有名な冒頭文である。冒頭第一文<ユク河-水>の叙述から、第二文を経て第三文<人と栖>の主題に移る。その後<人ノスマヒ><トコロモ-人モ><カリノヤトリ>の避板法で、この<人と栖>の主題は展開していく。冒頭第二文の、<ユク河>に浮かぶ<ウタカタ>が、何故<キエ-ムスヒテ>なのか、つまり<消滅-生成>の対偶について考察する。
著者
木村 忠夫
出版者
熊本大学
雑誌
熊本史学 (ISSN:03868990)
巻号頁・発行日
no.42, pp.1-23, 1973-06