著者
津谷喜一郎
雑誌
Therapeutic Research
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1415-1422, 2003
被引用文献数
4
著者
神野 秀雄
出版者
愛知教育大学
雑誌
治療教育学研究 (ISSN:09104690)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.1-10, 2008-02

ASD (自閉症スペクトラム障害) の人たちは, Low-functioning, High-functioning といった二分法で分類されることが多く, さらに細分化したサブグループが必要と思われる。本研究は, ウェクスラー式IQおよび治療教育的実践に基づく臨床像の視点から7つのサブグループ化を試みたものである。対象となった自閉性障害児は37名(男33名, 女4名) である。各事例の療育期間は2年余りより30年余まで広範囲にわたっているが, WISC系知能検査を実施した平均年齢は, 11歳7ヶ月(SD=2歳10ヶ月) であり, FIQの平均は82.8 (range=43~140) であった。対象事例のVIQとPIQのdiscrepancyの絶対値の平均は, 20.1 (SD=9.7) と有意な差があり, ASDはこの点に大きな特徴があることから, 対象児を動作性IQ優位群(VIQ<PIQ) 21名, 言語性IQ優位群(VIQ>PIQ) 16名の2つに大きく分類した。さらに一人一人のVIQとPIQの関連や臨床像の特徴より, 4つのPIQ優位群, 3つのVIQ優位群のサブグループを提案し, 因子分析のデータに基づきdiscrepancy の視点からサブグループ化について若干の考察した。
著者
高木 彰彦
出版者
地理科学学会
雑誌
地理科学 (ISSN:02864886)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.272-288, 1995
参考文献数
15
被引用文献数
1
著者
栗原 弘
出版者
名古屋文理大学
雑誌
名古屋文理大学紀要 (ISSN:13461982)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-11, 2005-03-31

前橋の「藤直行成家族の葬送・追善仏事・忌日について」に引き続いて,同時代の政治家である藤原道長家族の葬送について分析した.本稿では道長の祖父母の世代から子供の世代までの家族成員の葬送についての基礎的な史実を明らかにすることを重点としている.墓制や追善仏事について別稿を参照のこと.
著者
松井 富美男
出版者
広島大学
雑誌
広島大学大学院文学研究科論集 (ISSN:13477013)
巻号頁・発行日
vol.63, pp.17-31, 2003-12-25

Die Absicht der vorliegenden Abhandlung liegt darin, den Begriff der Gerechtigkeit von Kant im Vergleich mit Aristoteles, Hobbes, und Becaria klar darzumachen. Die Gerechtigkeit hangt eigentlich nicht bloβ mit dem Bereich des Rechtes sondern dem der Religion zusammen, wie es am Beispiel des jungsten Gerichtes deutlich wird. Aber Kant befreit die Gerechtigkeit aus dem Religiosem and behandelt sie innerhalb des rechtlichen Rahmens. Also, sie steht in enger Beziehung mit dem Recht. Wahrend das Prinzip des Rechtes ""das wechselseitige Verhaltnis der Menschen"" darstellt, bedeutet die Gerechtigkeit nach ""der Idee eines allgemeinen gesetzgebenden Willens"" offentliche Urteile. Die (Gerechtigkeit in diesem Sinn entspricht der ""ganzen Gerechtigkeit"" bei Aristoteles. Nach dem Muster vom Ulpian teilt die sogenannte"" tilhafte Gerechtigkeit"" sich in drei Teile, die ""beschutzende"" Gerechtigkeit, die ""wechselseigtige"", und die ""austeilende"". Diese Einteilung wird nach dem Sicherheitgrad des Вesitzes"" d.i. der Weise des ""Rechtsgrundes"" bestimm. ""Austeilende Gerechtigkeit"" garantiert jedes Besitzesrecht sicherer als die andere. Die Gerechtigkeit beruht bei Hobbes auf dem ""Vertrag"" oder ""Kontrakt"", dagegen bei Kant auf dem Gesetz. Es handelt sich darum, ob ""wechselseitige Gerechtigkeit"" aus formeller oder materieller ""Reziprozitat"" besteht. Wenn eine Person die andere nicht nur als bloβes Mittel sondern auch als Zweck an sich behandelt, wird es eine symmetrische Reziprozitat geben. Kant ordnet der Gerechtigkeit materielle Bedeutung zu. Ubringens leitet er die Pflicht des Gehorsams gegen den Staat vom ursprunglichen Kontrakt ab, nach dem jeder einmal seine ""auβere Freiheit"" aufgeben, aber gleich sie wiederbekommen soll, wenn er sich selbst als ""Staatburger"" betrachtet. Aus dem gleichen Grund wird auch das Strafrecht des Staates gerechtfertigt. Kant unterstutzt das Wiedervergeltungsrecht (ius talionis) als ein Gerechtigkeitskriterium und sieht die teleologische Straf als falsch an, nach der man vers
著者
野崎 愛 小林 正秀 藤田 博美 芦田 暢 江浪 敏夫 柴田 繁
出版者
応用森林学会
雑誌
森林応用研究 (ISSN:13429493)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.61-66, 2001
被引用文献数
1

カジノナガキクイムシが穿入して枯死したミズナラの丸太にシイタケ菌・ナメコ菌・クリタケ菌を植菌し,子実体の発生量と植菌丸太からのカジノナガキクイムシ脱出数を調査した。丸太から食用きのこの子実体が発生し,枯死木がきのこ栽培に利用可能であることが示唆された。また,シイタケ植菌丸太からのカジノナガキクイムシ脱出数は少なかった。次に,被害枯死立木へシイタケ菌・ナメコ菌・クリタケ菌・エノキタケ菌を植菌したところ,シイタケ菌を植菌した立木からの脱出数が少なかった。これらの結果から,シイタケ菌を植菌することでカジノナガキクイムシを防除できることが示唆された。
著者
塩田 教子 松岡 麻男
出版者
一般社団法人日本調理科学会
雑誌
調理科学 (ISSN:09105360)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.209-214, 1986-12-20
被引用文献数
3

卓袱料理の豚の角煮は, 常法では長時間かけて水煮してつくられるので, 高圧加熱による早煮法を検討した。先ず感応検査でほぼ同じやわらかさの角煮を得るための高圧加熱時間を求め, その角煮について物性, 脂肪含量および組織の相違を調べた。また一般家庭では豚皮はかたいので除去されるが, 高圧加熱した場合の嗜好や軟化に関係するタンパク質の動向を電気泳動で調べ, 消化率も求めて利用価値を検討した。1) 40分間高圧加熱後, 水を換えて再び20分間加熱した角煮(S3)は, 常法の4時間水煮(S1)とほぼ同じやわらかさの製品が得られた。機器による物性測定でも, ほぼ同じ性質をもつものであることを示した。2) 高圧加熱されたS3は, S1に比べて重量と脂肪含量は僅かに低値を示した。またガス消費量と調理所要時間は, 常法の45%と25%であった。3) S3の皮部の可溶性コラーゲン量は, S1の皮部とほぼ同量であり, また両者の可溶性タンパク質の電気泳動パターンもほぼ同じであった。4) 高圧加熱によると, 豚皮は短時間にゼラチン化し, 製品の口あたりをよくし, 消化率も高く, 利用価値が認められた。5) 組織は, S3の皮部のコラーゲン線維がほぐれて細分化し, さらに一部溶解していた。これが物性を口あたりよいやわらかさに変えた。肉部では結締組織が顆粒化し内筋周膜の間隙にも顆粒が充満し, これがもろさの原因と思われた。
著者
粟津妙華 高田雅美 城和貴
雑誌
研究報告数理モデル化と問題解決(MPS)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.17, pp.1-6, 2012-11-29

国立国会図書館では,所蔵する明治から昭和前期の近代書籍を近代デジタルライブラリとして WEB 上でページごとの画像データとして公開しているが,文書内容での検索を行うことができない.そのため,自動でのテキストデータ化が望まれている.その際,問題となっているのがルビである.現在のルビを直線的に除去する技術は,規格に沿った現在の書籍を対象としたものであるため,現在の書籍とは違う特性を持つ近代書籍には適用できない.そこで,本研究では,遺伝的プログラミングを用いて,曲線的に出版者・時代ごとの専用ルビ除去式の生成を行う.In National Diet Library, books which are possessed in library as "the digital library from meiji era" are open to the public on WEB. Since these are shown as image data and cannot search using document contents, an automatic text conversion is needed. However, ruby is a disturbing text conversion. Since existing techniques of linearly removing ruby had developed for books of the current standard, the techniques are inapplicable to early-modern Japanese books, which have a specific characteristic different from characters of current books. In this paper, we propose a method to remove ruby from early-modern Japanese books using Genetic Programming.
著者
杉山 寿美 岡松 久美 廣田 彩
出版者
県立広島大学
雑誌
県立広島大学人間文化学部紀要 (ISSN:13467816)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.83-93, 2007
被引用文献数
1

非体育学部系大学に在籍する男子大学生160人を対象として2002年10月に(1)サプリメントの利用状況、(2)食生活状況、(3)健康に関する行動についてアンケート調査を実施した。"スポーツサプリメント"を利用している者は47%、"スポーサツプリメント以外の一般的なサプリメント"を利用している者は18%であり、いずれのサプリメントも週2回以上利用している者が約50%であった。"スポーツサプリメント"は友人・コーチの勧めで、"一般サプリメント"は家族の勧めで利用されていた。また、"スポーツサプリメント"利用群は、非利用群と比較して食事を欠食しない傾向にあり(p<0.05)、体調がよいとした者が多く(p<0.05)、運動を実施している者も多かった(p<0.05)。しかしながら、運動の頻度・継続時間に有意な差は認められなかった。一方、"一般サプリメント"利用群は、非利用群と比較して夕食を一人で食べる傾向にあった(p<0.05)。なお、エステティックサロンの利用意欲、ファッション雑誌の購読状況には"スポーツサプリメント"でも"一般サプリメント"でも、それぞれのサプリメントの利用群と非利用群の間に有意な差は認められなかった。
著者
桑原 直己
出版者
筑波大学哲学・思想学系
雑誌
哲学・思想論集 (ISSN:02867648)
巻号頁・発行日
no.30, pp.174-159, 2004

【1】 はじめに 『神学大全 Summa Theologiae, 以下S.T.』の第II部は、一般にトマス・アクィナスの「倫理学」を構成する部分として理解されている。その第II部の序文において、トマスはまず「人間は神にかたどって ad imaginem Dei(=神のごとくに)つくられたとあるが、 ...
著者
小山 哲
出版者
日本スラヴ・東欧学会
雑誌
Japanese Slavic and East European studies (ISSN:03891186)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.1-20, 2008-03-30

現在、ラテン語は日常生活で用いられる言語ではない。にもかかわらず、ポーランドでは、「ラテン語文化」(latinitas)を基盤とする文化圏に帰属しているという感覚は、今日なお根強いものがある。この帰属意識は、近世(16〜18世紀)のポーランド・リトアニア共和国の文化的な遺産に深く根ざしたものである。本稿では、近年の社会史・政治文化史研究の成果をふまえながら、16・17世紀のポーランド・リトアニアにおける「生きた言語」としてのラテン語の文化的・社会的機能について再考した。近世のポーランド・リトアニアに滞在した外国人は、ポーランドの貴族層(シュラフタ)が幼少時からラテン語を熱心に学んでいると記している。じっさい、17世紀初頭のある少年貴族の肖像画には、彼が学んだラテン語の書物(キケロ、セネカ、ウェルギリウス、オウイデイウスなど)が描きこまれている。貴族層のラテン語熱は、16世紀の人文主義の興隆を背景とする比較的新しい現象であった。16世紀から17世紀前半にかけて、シュラフタは子弟を西欧に留学させ、古典語と修辞学を学ばせた。また、16世紀後半から共和国各地に創設されたイエズス会の学校は、ラテン語の実践的な運用能力を高める教育を行ない、人気を博した。多様な言語集団からなるポーランド・リトアニア共和国では、ラテン語はポーランド語と並ぶ重要な公用語であった。ラテン語の知識は、共和国の支配身分であるシュラフタにとって、宮廷・議会・法廷などで活動するために不可欠の教養であった。また、古代ローマの共和政を理想とするシュラフタの国家観も、ラテン語文化との一体感を強める要因となった。シュラフタは、演説や書簡でしばしばラテン語とポーランド語を混用する独特な文体を用いた。ラテン語の挿入は、彼らの発言の「貴族らしさ」を高める効果をもっていた。当時の史料には下位身分のあいたでもラテン語が通用したという証言があるが、彼らのラテン語は一種の「ピジン語」であったと考えられる。また、ラテン語は、女性にはふさわしくない言語であるとみなされていた。このように、多民族・多言語国家としての共和国において、ラテン語の知識は、支配身分であるシュラフタを文化的に統合する要素の1つであった。他方で、ラテン語は、貴族男性を女性や下位身分の人びとから区分する差異化のコードとしても機能した。ラテン語はまた、共和国の対外的なコミュニケーション言語として重要な役割をはたすと同時に、東方正教圏に人文主義が波及するさいの媒介語ともなった。近世ヨーロッパの東部辺境においてラテン語が担っている多様な機能は、近代的な国民言語が成立する以前の社会における古典語の役割、ヴァナキュラーな言語と古典語の関係、等の問題について、より広範な比較史的検討を促している。
著者
高梨 克也 加納 圭 水町 衣里 元木 環
出版者
北海道大学 高等教育推進機構 高等教育研究部 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)
雑誌
科学技術コミュニケーション (ISSN:18818390)
巻号頁・発行日
no.11, pp.3-17, 2012-06

Though the importance of bidirectionality in science communication becomes recognized gradually, it is still difficult to understand what the "bidirectionality" means accurately. This article conducts a micro-analysis of scientists' behaviors using video data recorded in a science café with reference to a concept of "participation status," which is one of the most important analytic tools for multiparty interaction, and consider a nature of "bidirectional" communication in the situation of science communication.
著者
辰巳 晃伸
出版者
美学会
雑誌
美学 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.56-69, 2001

Postminimalism, in the narrow sense, means the art by the generation next to minimalist artists, such as Eva Hesse and Richard Serra, who were representative artists at that time, and in the broad sense, it means "a series of art movements in the decade from 1965 to 1975, " which indicates the coinstantaneous developments of the time, including process art, earthworks, conceptual art, performance, and installations. Postminimalism, as well as minimalism, seems to correspond to the turning point from modernism to postmodernism, and therefore, seems to be one of the important clues, when we consider the argument about art and sites, such as current installations and public art. Arthur Danto, in his essay "Postminimalist Sculpture, " found the end of modern art in these works. The object made of daily and ephemeral materials, or the "dematerialized" work as an idea or a plan itself, for instance, as the object approaches zero, the environment or space where it stands is emphasized all the more, and in the end, art replaces the reality itself. However, I wonder if it is not until viewers participation in the empty space that postminimalist art takes shape, and we could find the potentialities of art in the setting and presentation of such devices.