著者
田村 誠
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.8, no.4, pp.73-88, 1999
被引用文献数
1

米国で急成長を続けるマネージドケアは,従来,民間における医療保障の領域において主に普及してきた。しかし,昨今,メディケアやメディケイドといった公的医療保障の分野でも積極的にマネージドケアの仕組みが取り入れられてきている。確固たる公的医療保障を有するわが国には,公的医療保障分野におけるマネージドケアの仕組みや課題を知ることは有意義であると考える。<BR>本論文では,まず,公的医療保障分野におけるマネージドケアの仕組みと課題を整理した。実際に取り上げたものは,メディケアにマネージドケアを導入した「メディケアHMO」,メディケイドにマネージドケアを導入した「ケースマネージメント・モデル」と「HMOモデル」である。いずれのものも,90年代に入って,急速に加入者数を増やし,課題も少なくないものの,今後も着実な成長が見込まれている。<BR>次に, 米国の公的医療保障に導入されたのと同様な方法で, わが国にもマネージドケアが導入されたと想定した場合の「効果」と「課題」について検討した。<BR>「医療費抑制効果」は, ある程度見込まれるものの, 米国ほど劇的にあるかどうかは疑問であった。「医療の質の向上」が起こるかどうかは,予測困難であった。「課題」としては, 米国の公的医療保障制度に導入された場合に生じた固有の問題と同様なものと,マネージドケア全般に共通する問題が想定された。後者の問題として論じたものは,過少医療に関わる問題と,わが国の医師患者関係との親和性の問題であった。
著者
村山 航
出版者
The Japanese Association of Educational Psychology
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.118-130, 2012
被引用文献数
17

妥当性とは曖昧な構成概念を扱う心理学にとって, もっとも重要な概念の1つである。妥当性というと「基準連関妥当性」「構成概念妥当性」「内容的妥当性」という3つのタイプがあると一般に説明されることが多い(妥当性の三位一体観)。しかし, 1980年代以降の妥当性研究では, こうした妥当性のタイプ分けは適切ではなく, 「構成概念妥当性」という考え方にすべての妥当性は収斂するという考え方が主流である(単一的な妥当性概念)。本稿の前半では, こうした妥当性概念の歴史的変遷について, 思想的な背景や近年の議論などを踏まえた解説を行った。本稿の後半では, 妥当性に関するより実践的なトピックを取り上げ, 心理測定学的な観点から議論を行った。具体的には, 1. 「内容の幅の広い項目群を用いた尺度作成」というアイディアと伝統的な心理測定学的モデルの矛盾, 2. 「個人間相関」と「個人内相関」を区別することの重要性とその関係, そして3. 心理学における「尺度の不定性」が結果の解釈などに与える影響などについて議論を行った。
著者
中島 小乃美
出版者
佛教大学宗教文化ミュージアム
雑誌
佛教大学宗教文化ミュージアム研究紀要 (ISSN:13498444)
巻号頁・発行日
no.15, pp.47-64, 2019-03-30

チベットの宗教文化が捉える命と、病と、治療を概観し、そこからホリスティックということについて考察した。『大日経』では、悟りに至りその業寿を滅したあとも再び生を与えて衆生済度に赴くことを説いている。そしてA字(阿字)という種字を観想し、身体に布置することで命をもつ我が身を空じ、仏となると捉えることから、仏教における命とは仏果を得て、衆生済度に向かうその連続性としての命であり、仏の寿命である。またチベット医学が病と命に向き合い、さらに鬼神による病に対応するためにシャーマンや占星術なども含めて命を脅かす存在と向きあっている様子から、現在、ホリスティックと言われる全体性とは、この文化においてマンダラの宇宙観や、悟りを得て仏となり衆生済度に向かう存在としての命と、鬼神の調伏までを含む一つの世界観で貫かれている。このような営みの中で命をとらえることがホリスティック(全体性)なのではないかと考察した。チベット仏教ラダックホリスティックケア伝統医療
著者
本間 周子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
体育研究所紀要 (ISSN:02866951)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.41-49, 1974-12

I have studied Morris Dance described as a centuries-old folk dance in Chapter III of a book, Douglas Kennedy's English Folk Dancing-Today and Yesterday, and I wish to discuss and state my opinions on its historical relationships with the modern dances. Upon referring to the authoritative Oxford English Dictionary, it is found that the words, 'Morris' and 'Morris Dance', were first used about the middle of the 15th century. Although, as to the etymology of the words, it is not clearly shown in the dictionary, it indicates that such words are associated with the Moorish. A further suggestion in the dictionary is that they have an interesting implication of the Robin Hood legend or dramas. It seems that the Morris Dance was most popularly played in the times when the above citation was made, i.e., about the mid-15th century. In those old days festivals took place in mid-winter, in spring or in early summer as symbols of renewal or continuity of life. Morris Dance was played as one of the highlights of the spring festival. Towards the end of the 19th century when people began to direct their interest to the rural districts, Cecil J. Sharp happened to watch Morris Dance at a certain village in Oxfordshire. He, most interested in it, began studying it, his knowledge of it was deepened, and at last he published book in five volumes. His books gave an opportunity, by which people came to know that it had been a folk dance played on a Europe-wide scale and that it had a very long history. Crowds of males were dressed in white, each with white handkerchiefs and wood sticks in their hands and wore bells on their waists and legs. The dance was accompanied by music which was played only by a person presumably in the status of a leader with his flute and small drum, or with his bagpipe or accordion. Those males danced furiously to the music. This is the basic form of Morris Dance. However, detailed studies have made it known that there were delicate differences in the dancing from country to country as well as from area to area, therefore that there were various styles in the dance. As to the relationships between this dance and the sword dance or horn dance, there would be important subjects involving factors for which discussions should be made on a very large scale and based on a long history. The above statements are the summary of my discussion of Morris Dance. Dances are considered to have been born at the same time when human beings began their living on earth. Therefore, Morris Dance, which was born as it were a breath of the British life, is also considered to have taken its shape after a lapse of very many years. In university physical education, I think it meaningful to understand the background under which ancient dances such as Morris Dance were born, and sense Nature and the mental climate which fostered them. In so doing, I think, a deeper approach can be made to the essence of the folk dances. I hope to continue this study of mine in order to know further the genealogy of Morris Dance, and at the same time I wish to deepen my understanding of the present-day meaning these ancient dances gave to us.
著者
片山 隆裕 カタヤマ タカヒロ KATAYAMA TAKAHIRO
出版者
西南学院大学学術研究所
雑誌
西南学院大学国際文化論集 (ISSN:09130756)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.1-13, 2017-02

2013年7月に,訪日し短期滞在(15日以内)するタイ人とマレーシア人への観光ビザ取得が免除される措置がとられた。新成長戦略の柱の1つとして「観光立国」を掲げる日本政府は,経済成長を続けるアジア圏の中でも,特に近年,中間層の所得が急速に増加し,成長を続けるタイとマレーシアからの観光客に増やしたいという狙いがあっての措置とされる。タイ人の訪日観光客数を他のアジア主要国からの観光客数と比較してみると,2012年時点では年間約26万人と,韓国(約157万人),台湾(約133万人)など比べると,決して多いとは言えなかった。韓国,台湾からの観光客数はさらに増加傾向にあるが,他方,中国からの観光客数は尖閣諸島領有権問題などの影響を受け,減少傾向にある。しかしながら,2013年以降のタイからの観光客が大きく増加し,ビザの免除措置がとられてからは,45万人(2013年),65.8万人(2014年),77.7万人(2015年)と,年々着実に急増している。このほかにも,訪日タイ人観光客急増の理由としては,もともと親日国である上に,バンコクを中心としてタイ国内にさまざまな日本文化があふれていること,日本関係のイベントが頻繁に開催されていること,日本・タイの航空便の増便など,様々な理由が考えられる。中でも「一生行くことがないであろう県全国1位」(マイナビフレッシャーズ)の佐賀県へのタイ人観光客の急増ぶりは,全国平均の増加率をはるかにしのいでおり,300人(2013年),1480人(2014年),5180人(2015年)と急増している。では,なぜ今,「はなわさんの歌以外に思いつくものがない」(男性23歳),「アクセスが悪いので,旅行先として選びにくい」(女性26歳),「九州地方に行くとしたら,他の県が優先になる」(男性35歳)などと評される佐賀県にタイ人観光客が急増しているのだろうか?本稿では,そうした訪日タイ人の増加を,ミクロな視点から九州の佐賀県に絞って考察し,佐賀を訪れるタイ人観光客が急増した理由として,タイ映画・ドラマというコンテンツの広告効果について検討することを目的としている。まず初めに,近年におけるコンテンツツーリズムとフィルムツーリズムの概況を述べる。次に,日本とタイの交流史について触れ,現代の日タイ関係と映画『クーカム』とその中でタイ人人気俳優が演じる日本兵コボリのタイ人への影響を述べる。その上で,近年公開された幾つかのタイ映画・ドラマを取り上げ,その宣伝・広告効果と訪日タイ人観光客の観光行動との関係についての考察を行うものとする。
著者
石榑 彩乃 吉田 裕亮
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告数理モデル化と問題解決(MPS) (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.2006, no.135, pp.85-88, 2006-12-22
参考文献数
3
被引用文献数
6

不完全データの解析手法の代表的なものとしてEMアルゴリズムがある,本研究では,EMアルゴリズムのMステップにおいて,最尤解が陽に求まらない混合分布問題として,混合コーシ分布を考え,分布を特徴づけるパラメータである,中央値と四分位偏差によりMステップを擬似的最尤推定に置きかえた手法を提案する.EMアルゴリズムにおいて,分布数は既知であることが前提となっているため,分布の推定にはよく知られたAICを用いる.また,混合分布数を2とし,KL情報量により,真の分布と推定されたモデルとの距離を測り,2つの分布の分解能に関する数値実験を行った.The EM algorithm is known as one of tools for the data analysis of incomplete data set. In this study we shall give a technical method in the maximization step of the EM algorithm for the problem of mixture Cauchy distributions. It is quite difficult to estimate the parameters for a Cauchy distribution from given sampling data in maximum likelihood (ML), explicitly. Instead of ML estimator, we will use the median and the quartile, and estimate them by using the bootstrap method. We shall also give some numerical experimentation for the mixture of two Cauchy distributions.
著者
池原 研 板木 拓也
出版者
日本地質学会
雑誌
地質學雜誌 = THE JOURNAL OF THE GEOLOGICAL SOCIETY OF JAPAN (ISSN:00167630)
巻号頁・発行日
vol.111, no.11, pp.633-642, 2005-11-15
被引用文献数
1

冬季モンスーンはシベリア高気圧と周囲の低気圧との間の大気循環による現象である.東アジアではシベリア高気圧とアリューシャン低気圧や赤道・オーストラリア低気圧との間の風で特徴付けられ,日本列島周辺では北西季節風が卓越する.この低温で乾燥した北西風は,ロシア極東沿岸日本海の表層水を冷却し,沿岸付近では海氷を形成させる.冷却され,海氷形成時に排出された高塩分水が加わって重くなった表層水は沈み込んで日本海固有水と呼ばれる深層水を形成する.最近の海洋観測結果から,深層水の形成は海氷が形成される極端に寒い冬に起こっているので,海氷と深層水の形成は冬季モンスーンの指標となると考えられる.本稿では,過去16万年間の海氷の発達度合いを示す漂流岩屑の量と冷たくて酸素に富んだ深層水の指標となる放散虫<i>Cycladophora davisiana</i>の産出量を検討した.その結果,酸素同位体ステージ3-5においては,両者とも千年規模の変化を示し,東アジア冬季モンスーンがこの時期に千年規模で変動していたことを示唆する.両者が高い値を示す時期には冬季モンスーンが強かった可能性が高い.同時期の日本海堆積物にはやはり千年規模での変動をもつ夏季モンスーンの記録が暗色層として残されているので,これとの対応関係を見ることで,1本のコアから夏季・冬季モンスーンの強弱の歴史と両者の関係を解明できる可能性がある.<br>
著者
三上 理一郎 矢加部 茂 竹尾 貞徳 前川 宗一郎 吉田 康洋 池尻 公二
出版者
一般社団法人 国立医療学会
雑誌
医療 (ISSN:00211699)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.559-569, 1990

内因性感染症endogenous infectionは, 生体内に存在する常在菌(フローラ)によつて起こる感染症として, Escherlich(1889)によつて始めて呼ばれた. 筆者はかつて, "顔面帯状痕疹と肺結核症の同時発症の1例"を経験し, その発症機序について考察をおこなつてきた. そしてここに内因性感染症の新しく拡大解釈した概念を考えるに至つた. 内因性感染症には, (1)もともと生体内に存在する常在菌によつて起こる感染症, の他に, (2)個体が, 以前の感染によつて生体内に侵入し, 潜在性となつた病原体によつて, 後に発症するもので, 既感染発病結核や帯状庖疹がそれに該当する.<br>内因性感染症の発症要因は, 宿主の中に存在する. したがつて, 内因性感染症の発症要因を探究するには, ホストオロジー(生ききま学)が必要である.
著者
江石 義信
出版者
公益財団法人 日本ビフィズス菌センター
雑誌
腸内細菌学雑誌 = Journal of intestinal microbiology (ISSN:13430882)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.23-29, 2009-01-01
参考文献数
14

常在性細菌と疾患との関連性があちこちで話題になりつつある.なかでもサルコイドーシスとアクネ菌についてわが国では長年の研究蓄積を有しており,最近では本症の奇異な病態を説明しうるようなアクネ菌の興味ある生体内特性や内因性感染症としての新しい疾病発生機構が徐々に見えつつある.既によく知られている「帯状疱疹ウイルスのストレスによる活性化」や「結核の内因性再燃」などの現象と同様に,初期感染(不顕性感染)後に宿主の細胞内で冬眠状態にある細胞壁欠失型アクネ菌が内因性に活性化することが,サルコイドーシスという全身性肉芽腫疾患の発症をトリガーしている可能性がある.疾病素因として本菌に対するアレルギー素因を有する個体では,内因性に本菌が活性化するたびごとに増菌局所で肉芽腫反応が生じてくるものと想定され,細胞内細菌に感受性のある抗生剤の投与は,新たな細胞内増菌を防止する観点から肉芽腫形成の予防に有効である可能性が高い.また,本症からの完全寛解を目指すためには,代謝活性を低下させて生き残りを図る冬眠状態の菌も含めて排除する必要があり,近年では米国患者団体が主体となり通常の感染症とは異なる除菌プロトコール(マーシャルプロトコール)が検討されつつある.<br>
著者
川合 英夫
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.333-339, 2001-07-05

「朝鮮」を「解」と略した「東鮮暖流」「北鮮寒流」という海流名は, 民族差別と闘う連絡協議会によって1991年に「日本の植民地時代以来の差別的な表現」だと見なされ, 文部省 (1992)『学術用語集』から削除された。本報では約30編の文献を精査して「東鮮暖流」「北鮮寒流」は宇田 (1934) に,「西鮮海流」は野満 (1931) に,「北鮮暖流」は日高 (1943) に, 初記載があったことを突き止め, これら海流名の扱い方を考える。平 (2000) が提案した「東朝鮮暖流」「北朝鮮寒流」を取りあえず代替語とする。ただ「東朝鮮暖流」は今後よく使われそうなのに, 口頭では多音節で冗長だから,「東の鮮やかな暖流」の意味を併せもつ「東鮮暖流」という海流名が22世紀またはそれ以降, 朝鮮民族のご了承を得て復活することを希望する。野満 (1931, 1942a, b) が本文では「西朝鮮海流」を, 海流図では「西鮮海流」を用いていた事実は, 海流略称はもともと図面空間節約のため生じたもので, 差別意識とは無関係であった証しである。
著者
河野 有理
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.1_53-1_76, 2016

<p>能動的な政治主体の構成員をいったいどのような名前で呼べば良いのか。「良民」 か 「士族」 か, はたまた 「士民」 か (「市民」 なる語はかなり新出来である)。東アジア世界の近代に共通の難問のひとつの解として, 1920年代以降, 急速に浮上したのが 「公民」 という概念であった。本稿では, 蠟山政道の 『公民政治論』 (1931年) に焦点をあて, この 「公民」 概念が同時代の 「政治と教育」 問題を考える上での鍵概念であることを示そうとした。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;蠟山は 「公民」 について, それを 「社会の発見」 に引き付けて理解しようとする同時代の他の論者 (たとえば大島正徳) とは異なり, 終始, 政治的存在として理解しようと試みた。蠟山にとって, したがって, 公民教育とは政治教育であり, そこでは多数決の意義や政党の持つ積極的な道徳的意味が教えられるべきだった。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;政治を教育や倫理と不可分とみなすこうした蠟山の政治観は, 政治をあくまで権力の体系, 目的達成のための手段とみなす丸山の政治観とは異なっていた。</p>
著者
藤井 良彦
出版者
比較思想学会
雑誌
比較思想研究 (ISSN:02862379)
巻号頁・発行日
no.38, pp.57-66, 2011