著者
狩野 方伸 少作 隆子 田端 俊英
出版者
金沢大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2001

マリファナの活性成分であるΔ9-テトラヒドロカンナビノールは、中枢神経系に広く分布するCB1カンナビノイド受容体を介して作用を発現する。CB1受容体に対する内因性のリガンド(内因性カンナビノイド、以下eCBと略す)の候補として、アナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールがある。CB1は中枢ニューロンのシナプス前線維に局在し、その活性化によって伝達物質放出の減少が起こる。しかし、本研究開始時点で、eCBがどのような刺激によって生成され、どのような生理機能を果たすかという最も重要な点についてはほとんど明らかにされていなかった。本研究では、eCBのシナプス伝達における役割を主として電気生理学的手法を用いて調べ、以下の結果を得た。海馬神経細胞および小脳プルキンエ細胞において、シナプス後細胞の脱分極と細胞内Ca^<2+>濃度上昇によりeCBが放出され、逆行性に抑制性および興奮性シナプス終末のCB1受容体に作用して伝達物質放出の一過性減少がおこることを明らかにした。また、グループI代謝型グルタミン酸受容体や、M_1及びM_3ムスカリニックアセチルコリン受容体などのGq結合型受容体の活性化によってeCB放出が起こり、逆行性にCB1受容体に作用して伝達物質放出の一過性減少がおこることを発見した。さらに、海馬培養細胞において、単独ではeCB放出を起こさない程度の弱いM_1/M_3受容体の活性化と弱い脱分極を同時に与えると、eCBが効率よく産生された。これは、海馬神経細胞に存在するフォスフォリパーゼCβ1(PLCβ1)の酵素活性が、M_1/M_3受容体の活性化と細胞内Ca^<2+>の両方に依存することが原因である。したがって、PLCβ1はコリナージック入力(シナプス前活動)と細胞内Ca^<2+>濃度上昇(シナプス後神経活動)の同期性検出分子として機能することが明らかになった。
著者
香川 雄一 莫 佳寧
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100175, 2015 (Released:2015-04-13)

現在、世界の各地で湖の面積縮小問題が湖沼の保全面において難題になっている。アラル海をはじめ、カスピ海やチャド湖、中国の洞庭湖や鄱陽湖などでこうした問題が起こっている。長江の中流に位置する洞庭湖は、19世紀前半までの面積が約6,000km2にまで達していた。その後の土砂堆積と人工的な農地干拓により、1998年には約2,820km2にまで縮小した。本研究では過去の地形図の変遷を通して、洞庭湖の面積縮小の具体的な過程を検討する。 本研究では外邦図と中国で発行された地形図を資料とする。1910年代は「中国大陸五万分の一地図集(湖南省部分)」、1920年代は「東亜五十万分の一地図(洞庭湖地区)」、1930年代と1950年代は「洞庭湖歴史変遷地図集」、1960年代は「1964年 湖南省地図集」、1970年代は「旧ソ連製 中国五万分の一地図(洞庭湖地区)」、1980年代は「1985年湖南省地図集」、そして最新のものは「2005年洞庭湖地区地図」を利用し、洞庭湖の面積変化の過程を洞庭湖全体と詳細な部分とで解析していく。 全体の湖面積の比較から見れば、1920年代から1930年代までの間が洞庭湖の変化がもっとも著しかった時期であり、面積と形状が大きく変化している。1930年代から1950年代までの時期には洞庭湖本湖の面積が縮小しながら、周辺の大きな内湖の面積も次第に小さくなっていった。1950年代から1970年代までの間に洞庭湖の本湖が次第に縮小し、大規模な国営農場の建設や河川整備のために、本湖の周辺に分散している内湖の面積も激しく縮小した。1970年代から1980年代には洞庭湖本湖の面積は安定していたが、周辺内湖で面積縮小が進んだ。1980年代に中国水利部は洞庭湖付近での干拓停止を決定した。また、1998年の長江大洪水を契機として、中国政府は治水政策の転換をはかり、「退田還湖」政策を実施し始めた。2000年以降、「退田還湖」政策により洞庭湖の面積は少しずつ回復してきている。こうして1980年代以降は、政府が環境政策を転換したため、2005年までに洞庭湖では779km2の水面が増加した。 洞庭湖の各部分として、東洞庭湖・南洞庭湖・西洞庭湖の変化を比較すると、1920年代から1950年代の間にかなりの面積縮小が進んでいたことが分かった。1950年代以後は面積縮小が緩くなり、周辺の内湖の数量と面積が急減した.これは新中国の成立後、食糧危機と人口増加にともなって湖を干拓し、耕地化させるという政策と密接な関係があったと考えられる。 洞庭湖の周辺では湖の面積が縮小したため、洞庭湖の洪水調節能力が低下し、洪水被害が頻繁に発生した。1998年の夏秋に発生した長江大洪水は洞庭湖地区に非常に重大な損失をもたらした。1998年の大洪水期の衛星画像と1920年代の地図を比較すると、洪水期の東洞庭湖に生じた浸水域の面積は過去の水域とほぼ一致し、西洞庭湖とその周辺地区で水没した地域は過去の地図ではほぼ湖であったことが分かった。 地図の比較を通じて、洞庭湖の面積変化の原因は時代の変容にともなって変わっていくことが分かった。1950年代以前は主に周辺住民が浅い沼で自発的に新田開発を行ったことより面積が縮小した。1950年代からは政府に主導された堤防の建設や国営農場の建設が面積縮小の主な原因であった。過去約1世紀にわたる地形図の変遷を追うことにより、洞庭湖の面積縮小過程を理解することができ、環境問題の要因も把握できた。
著者
竹下 繭子
出版者
奈良大学大学院
雑誌
奈良大学大学院研究年報 (ISSN:13420453)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.244-246, 2007-03

仏像の服制は地域性や時代様式が反映しているので、図像の源流や伝播状況を論じる上で大きな手がかりとなる。本稿では服制のうち「鼻緒履物」を取り上げ、中国を中心とした東アジアにおける仏教図像の伝播について考察する。
著者
早尻 正宏
出版者
公益財団法人 日本学術協力財団
雑誌
学術の動向 (ISSN:13423363)
巻号頁・発行日
vol.20, no.10, pp.10_28-10_36, 2015-10-01 (Released:2016-02-05)
参考文献数
6
被引用文献数
1
著者
川嶋 太津夫
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.61-82, 1994-06-10 (Released:2011-03-18)
参考文献数
25
被引用文献数
1
著者
山本 麻子
出版者
Japanese Society for the Science of Design
雑誌
日本デザイン学会研究発表大会概要集
巻号頁・発行日
pp.172, 2006 (Released:2006-08-10)

ヴィクトリア朝初期の一般家庭では、画一的な仕上がりのベルリン刺繍が人気だったが、これに批判的だった芸術家たちは、新しい技法である芸術刺繍を提案した。特にウィリアム・モリスは芸術刺繍の推進者となり、彼の思想に賛同する団体が数多く設立された。中でも1872年に開校された王立刺繍学校では、モリスは講師として関わり、図案も提供した。モリスらの働きかけにより、19世紀後半には芸術刺繍は一般のレベルにも広まり、室内装飾にも影響を与えた。
著者
村上 裕一
出版者
北海道大学公共政策大学院 = Hokkaido University Public Policy School
雑誌
年報 公共政策学
巻号頁・発行日
vol.9, pp.143-168, 2015-03-31

This paper begins by describing the establishment of the Scientific Technical Administration Committee (STAC) in 1948, the Science and Technology Agency (STA) in 1956, and the Council for Science, Technology, and Innovation (CSTI) in 2014 in Japan. These agencies have something in common in that they were somewhat expected to work as governmental ‘control towers (CTs)’ of Japan’s science, technology, and innovation policy, with political leadership in the contemporary Cabinet. Second, this paper shows some of the agencies’ similarities and differences, including the following: (1) they have been initiated and supported mainly by the industrial sector (and the STA would not have been established without a nuclear budget), (2) the STAC and the STA emphasized ‘comprehensive coordination’ as an important part of their mission between related ministries, though the CSTI is expected to be a ‘CT’ or a ‘headquarters’ for the administration to initiate resource distribution or science/technology policy decisions, and (3) the STAC and the STA showed their relatively positive attitudes toward a rather wide range of science/technology policies, though the CSTI is quite passive toward some policies such as research &amp; development of nuclear and medicine, which are in fact directed by other ‘CTs’ or the like. Two hypotheses emerge from the discussion above: the ‘CT’ is a product of the Central Government Ministries Reform (2001); it can cause another authoritative dispute between some ‘CTs’ in the Cabinet Office. These two hypotheses will be tested through further research including the following: (1) investigating the background of the establishment of other ‘CTs’ and their relationships with the political leadership in the Cabinet, (2) analysing that leadership’s impact in the existing administrative system in the bureaucracy, and (3) describing in more detail the STAC, STA, and CSTI’s actual practices regarding their policy coordination/implementation and resource distribution.
著者
大池 美也子 鬼村 和子 村田 節子
出版者
九州大学
雑誌
九州大学医療技術短期大学部紀要 (ISSN:02862484)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.9-14, 2000-03
被引用文献数
1

We analyzed 47 unsuccessful experiences in communication out of 77 process records by the first-year nurse students in fundamental nursing practice. The results were as follows; 1) The nurse students tend to hesitate to communicate with their patients because of their concern and presumption, 2)they speak rather than listen to their patients when they are faced with the unfavorable topics. The teaching staffs should be qualified to be able to put student's thought into words by giving the appropriate instruction and guidance at the site of their unsuccessful experiences in communication.初回基礎看護実習における看護学生のプロセスレコード77件中コミュニケーションのつまづき場面47件について,その要因と特徴を患者と看護学生の視点から分析し,以下の結果を得た。1)看護学生は患者への気遣いや推測から自らの発言を制限し,患者への意思伝達が困難になっている。2)対応困難な話題に関して,看護学生は聞くよりも何か発言しようとする傾向にある。これらの結果から,対応困難なコミュニケーション場面に出会った看護学生に対して,指導者に求められることは,その場での適切な事後指導と,学生の思いを表現できる教育的思慮深さであることを考察した。
著者
石川 みち子
出版者
千葉県立衛生短期大学
雑誌
千葉県立衛生短期大学紀要 (ISSN:02885034)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.65-71, 1984

ウィーデンバックは「看護婦が看護をしているときに感じたり,考えたりしていることは重要であり,それは看護婦が何をするかということだけでなく,それをどのように行うかということに密接な関係がある」と述べ,「考えたり,感じたりすることは,もし看護婦がそれらを重んじるならば重要な手段として役立てることができる」と指摘している。そして,自分が行った看護をふりかえり,反省し,洞察をうる学習手段としてウィーデンバックぱ再構成をあげている。看護は患者との相互関係のなかで展開されていくものであるから,もし学生が,ウィーデンバックが指摘していることを,体験をとおして自覚できるなら,学生は患者との相互関係のなかで自分が感じたり,考えたりしたことを活用しようと動機づけられよう。そこで私は,ウィーデンバックの理論をもとに,人の成長の出発点といわれている現実を直視することを教育の一方法として試みようと考えた。対象の学生は第1看護学科3年生全員(75名)で,各実習グループ毎に看護場面の再構成を用いて,学生1人1人が行ってきた看護場面をグループでふりかえる体験学習である。この体験学習のねらいは,学生が患者との相互関係のなかで自分が何を感じ,考えたか,それぱ自分の行為にどのように影響していたかを知ることである。それが自分自身が行った看護を吟味することになると考えるからである。今回は,この試みの実践の一例として学生Yのグループワークを遂語録にして考察したので報告する。
著者
平野 文子 馬庭 史恵
出版者
島根県立看護短期大学
雑誌
島根県立看護短期大学紀要 (ISSN:13419420)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.33-40, 2003-03-31

成人看護実習を終えた学生は,「病と共に生きる」患者を【自己概念を修正する】【支援を必要とする】【生活に溶け込ませる】【生き方の再構成をする】【病に立ち向かう】存在としてとらえ,患者自身がセルフケア能力を持つことを理解していったと考えられた。また,経過別に分類した疾患群ごとに特徴的な取り組みがあった。今後,それらの疾患群に応じたセルフケアの特徴が学べることや患者のセルフケア能力を見守りながら患者に沿うことができる実習指導が必要であることが明らかになった。