著者
原田 留美
出版者
新潟青陵大学・新潟青陵大学短期大学部
雑誌
新潟青陵大学紀要 (ISSN:13461737)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.129-139, 2006-03-10

児童文学や映画等の児童文化財には、主要な登場人物が望ましい変化を遂げる成長物語が少なくない。アニメーション映画『ハウルの動く城』のハウルも大きな変化を見せるが、それは強くなる、賢くなるといった一般的成長イメージとは逆のものである。ハウルが抱える自己課題は、火の悪魔との契約により既に得ている強大な力を切り離すことによってしか解決されないからである。しかし、得るべきではなかった力を手放し元来の自分を取り戻す過程はハウルが望ましい形で生き続けていくために必要な変化であり、このように捉えるのならばこれもある種の「成長」と言えなくもない。この「成長」につながりうる変化は、心の支えである娘ソフィーとの関係が、当のソフィーにより逆転させられることによってもたらされる。登場人物の関係や成長の要素について、観客が抱きやすい固定化したイメージを逆転させた形で提示するところに、この映画作品の特徴があると考える。
著者
杉谷 修一
出版者
西南女学院大学
雑誌
西南女学院大学紀要 (ISSN:13426354)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.45-51, 2004-03-29

本稿の目的は子どもの遊びがメンバー間でどのように成立するかを検討する事にある。そのためにはまず適切な分析単位を定める必要がある。遊びのルーティンからの相互作用の方向がズレる局面に焦点を当てるためには、単一のエピソードを分析単位とするのが適切であろう。我々がルールや規範といった用語で相互行為を説明しないのは、行為が実体的な構造によって決定されているという意味合いを避けるためである。そのために成員カテゴリー化と呼ばれるエスノメソドロジーの概念を検討したい。ある行為者によって申し出られた自己-カテゴリーは相互行為の参加者によって受諾、もしくは拒否される。この反応は同時に自分自身の自己-カテゴリーの申し出を意味する。つまり既存のカテゴリーに合わせて行為を行うのではなく、相互行為の遂行によって成員カテゴリーが達成されるのだ。カテゴリー化を子どもの遊びのエピソードに適応してみると、カテゴリー化が明確な形で成立しないことも多い。しかしこの結果はむしろ、カテゴリー化の概念が遊びの分析に重要な意味を持つことを示している。それは遊びの曖昧さ自体を分析対象とする可能性を秘めている。また子どもの成長と言う観点から、達成されなかったカテゴリーも重要な意味を持っているかもしれない。
著者
加藤 秀一
出版者
明治図書出版
雑誌
解放教育
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.74-76, 2009-02
著者
鈴木 由利子
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.205, pp.157-209, 2017-03

水子供養が、中絶胎児に対する供養として成立し、受容される経緯と現状についての調査と考察を行った。水子供養が一般化する以前の一九五〇年代、中絶胎児の供養は、人工妊娠中絶急増を背景として中絶手術を担った医療関係者によって散発的に行われた。一九六五年代には、中絶に反対する「いのちを大切にする運動」の賛同者により、中絶胎児と不慮死者を供養する目的で「子育ていのちの地蔵尊」が建立され、一般の人びとを対象とした供養を開始した。一九七一年になると、同運動の賛同者により、水子供養専門寺院紫雲寺が創建された。同寺は中絶胎児を「水子」と呼び、その供養を「水子供養」と称し、供養されない水子は家族に不幸を及ぼすとして供養の必要を説いた。参詣者の個別供養に応じ、個人での石地蔵奉納も推奨した。この供養の在り方は、医療の進歩に伴い胎児が可視化される中、胎児を個の命、我が子と認識し始めた人びとの意識とも合致するものだった。また、中絶全盛期の中絶は、その世代の多くの人びとの共通体験でもあり、水子は不幸をもたらす共通項でもあった。胎児生命への視点の芽生えを背景に、中絶・胎児・水子・祟りが結びつき流行を生みだしたと考えられる。水子供養が成立し流行期を迎える時代は、一九七三年のオイルショックから一九八〇年代半ばのバブル期開始までの経済停滞期といわれたおよそ一〇年間であった。一方、水子供養の現状について、仏教寺院各宗派の大本山・総本山を対象に、水子供養専用の場が設置、案内掲示があるか否かを調査した。結果、約半数の寺院境内に供養の場が設置されているか掲示がみられ、明示されない寺も依頼に応じる例が多い。近年の特徴として、中絶胎児のみならず流産・死産・新生児死亡、あるいは不妊治療の中で誕生に至らなかった子どもの供養としても機能し始めている。仏教寺院を対象とした水子供養の指針書の出版もみられ、水子供養のあるべき姿やその意義が論じられている。This paper examines how the memorial services for babies died as a result of abortion was established and accepted as well as what it is like now. At the post-Second World War period, the number of abortions rapidly increased, and memorial services for aborted babies were performed intermittently by medical workers involved in abortions. Subsequently, supporters for the Pro Life Campaign (an anti-abortion movement in the 1960s) contributed to the creation of a Statue of Kosodate Inochi no Jizōson (the Guardian Deity of Child-rearing and Life) in 1965 and started to hold memorial services for the general public. The services were held not only for aborted babies but also for children died from accidents. In 1971, Shiun-ji Temple was established as a special temple for memorial services for aborted babies. As soon as the temple started to hold memorial services for aborted babies (called as Mizuko Kuyō), the services prevailed. It is considered because the advancement of obstetrics technologies made it possible to recognize the fetal life and because people tried to resolve the domestic problems arising through drastic social changes during the rapid economic growth period by attributing them to aborted babies. The majority of the head temples of Buddhist sects expressly offer memorial services for aborted babies. Many temples without places for memorial services for aborted babies also hold such services when requested. Thus, memorial services for aborted babies seem to generally prevail today.
著者
小野 宏明
出版者
奈良大学大学院
雑誌
奈良大学大学院研究年報 (ISSN:13420453)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.186-192, 1998-03

現代の日本において恋愛や性に関する問題は欧米の諸外国に比べてまだまだタブーとされており、公衆の面前で話をされることは少なく、稀である。仮に話をされることがあるとしても、主として異性愛(ヘテロセクシュアル)を中心として展開される。しかし恋愛や性の形は決して1つではない。恋愛や性について語るとき、近年注目されている同性愛(ホモセクシュアル)の問題を抜きに考えることは出来ない。そこで私は「現代における恋愛と性」をテーマとし、なかでも特に同性愛に注目し、異性愛との実証的な比較研究を中心として本論文のテーマを明らかにする事を目的とした。本論文を展開するにあたり、まず同性愛というものがどういったものであるのかを明確にする必要がある。そのために過去、日本において同性愛とはどのようなものであったか、日本の社会の中でどういった位置づけにあったのか、それが現代ではどのように状況が変化したのかといったことを述べている。そしてそれを明確に打ち出した上で、具体的に現在では同性愛者と異性愛者ではその行動や考え、そしてイメージなどにどのような違いもしくは類似点が見られるのかといった疑問点を、理論を交えて2通りの調査(質問紙、ライフヒストリー)の結果をもとに考察し、最終的に結論とした。
著者
岡田 祥子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.54-63, 2016

本研究では、重度知的障害者通所施設において利用者本人よりも保護者の要望が優先されることが、どのような論理に基づいているのかについて考察した。意思伝達が難しく、暴力行為も見られるような利用者を支援する職員たちは、自らの安全よりも利用者を優先するような職業的責任を求められる。しかし、インタビューによると利用者が共に暮らす家族の安定も必要となり、時に職員は本人よりも保護者の要望を優先せざるを得なくなる。これは利用者本人の主体性を奪い、障害者の家族を抑圧すると批判されてきた考え方の根拠となる。だが、知的障害者が頼れる機関は少なく、職員は利用者本人だけではなく彼/彼女らを取り巻く環境への対応も求められている。本稿では、職員が「保護者のニーズ=利用者のニーズ」という観点に立ち、保護者のケアをすることが本人の幸せにつながるという論理を組み立てることで、自らを納得させ、現場に立ち続けていることを明らかにした。