著者
山田 奨治
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.15-34, 1999-06-30

オイゲン・ヘリゲル著『弓と禅』は、日本文化論として広く読まれている。この論文では、ヘリゲルのテクストやその周辺資料を読み直し、再構成することによって、『弓と禅』の神話が創出されていった過程を整理した。はじめに弓術略史を示し、ヘリゲルが弓術を習った時点の弓術史上の位置づけを行った。ついでヘリゲルの師であった阿波研造の生涯を要約した。ヘリゲルが入門したのは、阿波が自身の神秘体験をもとに特異な思想を形成し始めた時期であった。阿波自身は禅の経験がなく、無条件に禅を肯定していたわけでもなかった。一方ヘリゲルは禅的なものを求めて来日し、禅の予備門として弓術を選んだ。続いて『弓と禅』の中で中心的かつ神秘的な二つのエピソードを選んで批判的検討を加えた。そこで明らかになったことは、阿波―ヘリゲル間の言語障壁の問題であった。『弓と禅』で語られている神秘的で難解なエピソードは、通訳が不在の時に起きているか、通訳の意図的な意訳を通してヘリゲルに理解されたものであったことが、通訳の証言などから裏付けられた。単なる偶然によって生じた事象や、通訳の過程で生じた意味のずれに、禅的なものを求めたいというヘリゲル個人の意志が働いたことにより、『弓と禅』の神話が生まれた。ヘリゲルとナチズムの関係、阿波―ヘリゲルの弓術思想が伝統的なものと錯覚されて、日本に逆輸入、伝播されていった過程を明らかにすることが今後の研究課題である。
著者
浦川 邦夫
出版者
数理社会学会
雑誌
理論と方法 (ISSN:09131442)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.35-52, 2013 (Released:2014-09-01)
参考文献数
80

本稿では,経済学の研究分野における「健康研究」の分析事例について近年の研究を中心にサーベイを行い,それらの学術的意義を評価・検討した.これまでの経済学の健康に対するアプローチの代表例は,健康を人的資本の一部とみなし,労働者や企業の生産性しいては一国の成長を促す重要なファクターとして捉えてその役割を評価するものであった.特に,ゲイリー・ベッカーやマイケル・グロスマンが提唱,発展させた人的資本理論は,「国民の健康水準と経済成長」の関係や「労働者の不健康な行動(飲酒・喫煙など)と彼ら(彼女ら)の賃金水準」の関係など,「健康と生産性の関係」についての実証的考察をより積極的に促してきたと言える.また,近年は,所得,学歴,職業などの社会経済変数に加えて,地域要因や企業要因と健康との関連を分析する事例が多く見られるようになってきており,健康の決定要因に関する研究は多様性を増している.また,医療経済学の分野では,「費用便益分析」や「費用効用分析」の手法を用いることにより,健康を「その達成に要する負担」と「それを享受することで得られる便益」の双方の観点から経済評価する試みが進められている.健康研究の発展に向けて経済学の果たす役割は大きいが,近年の「健康研究」は,高度化・専門化した分析課題に対応するため,医学,疫学,社会学,心理学など様々な学問分野の研究者との間での共同研究が積極的に進められている.今後も,健康の決定要因や健康の諸効果の多面的・本質的な理解を進める上で,多様な学問分野の融合が進むことが期待される.
著者
小川 剛生
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2017-04-01

2019年度は今川義元の生誕500年に当たる。そこで黒田基樹によって企画された論文集『今川義元』に、「今川文化の特質-和漢聯句を視座として」と題して論文を執筆した。この論文は、当該研究の成果をもとに、義元が主催したり、あるいは参加した和漢聯句・漢和聯句の催し四度を取り上げて、その開催事情・句意・連衆などを整理し、その意義を述べたものである。これによって、和漢聯句が、たんに文化のみならず、朝廷・幕府との交渉や領国支配といった政治的な活動においても、極めて重要な役割を果たしていることを実証できたと考えられる。それはまた戦国国家を構成する人々、すなわち国衆、内衆、さらに在国する公家衆、また五山・妙心寺派の禅僧とが教養も階層も異にしながら、同座しての交歓や交渉がしばしば和漢聯句・漢和聯句によって可能となり、彩られていた事情を強く示唆するのである。こうした和漢聯句の流行の前提には、中国宋元版の韻書の将来、五山版などの刊行が深く関係する。これらを活用した事例がいつまで遡るか、調査研究を進めた。とりわけ宋末に成立した分類体通俗韻書である、分門纂類唐宋時賢千家詩選に着目し、南北朝中期、頓阿が開催した句題百首が、その源泉をこれに仰いでいる事実を明らかにした。これは論文「頓阿句題百首の源泉-宋末元初刊の詩選・詩話・類書との関係を中心に」(藝文研究117)として公表した。さらに7月12日から14日にかけては、国文学研究資料館の教員と合同で、九州国立博物館での「室町将軍」の展示見学、および九州大学附属図書館の雅俗文庫、祐徳稲荷神社(鍋島直朝の蔵書)、福源寺(佐賀県鹿島市)の滴水文庫(梅嶺道雪の蔵書)における室町期漢文学文献の調査を行って、多くの知見を得ることができた。また10月1日は川越市立中央図書館・遠山記念館の調査を行い、11月23日は京都大学文学部における和漢聯句研究会に参加した。
著者
藤澤 隆史 クック ノーマン D.
出版者
関西大学
雑誌
情報研究 : 関西大学総合情報学部紀要 (ISSN:1341156X)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.35-51, 2006-07-12

和音(harmony)は,メロディ(melody),リズム(rhythm)とともに音楽を形作る重要な要素である.音楽の物理的な音響的特徴とその心理的な印象や感性との関連性について定量的に評価するために,和音性についての評価モデルを構築した.和音性は,(1)協和度(心地よい-わるい,澄んだ-濁った),(2)緊張度(緊張した-落ちついた),さらに長調か短調かといった性質を決定する,(3)モダリティ(明るい-暗い,うれしい-悲しい)から構成される.本資料では,Cook & Fujisawa (2006)において議論されている和音性知覚モデルの詳細について補足的な説明を行う.具体的には,それぞれの和音性曲線(不協和度,緊張度,モダリティ)を得るための心理数理モデルの詳細と,実際に曲線を描くための計算プログラム(C言語・MATLAB)について解説する.
著者
池田 華子 吉田 成朗 新井 智大 鳴海 拓志
出版者
特定非営利活動法人 日本バーチャルリアリティ学会
雑誌
日本バーチャルリアリティ学会論文誌 (ISSN:1344011X)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.42-51, 2021 (Released:2021-04-01)
参考文献数
26

This study aims to develop a method that enables the person to accept recommended make-up looks positively as the make-ups looking suit them. Participants made up with a make-up simulator using face images otherized from their self-face perceived as a different person’s face so that they have a holistic view of their self-faces. After repeating make-up on the modified faces, their impression on the recommended make-up style was improved. However, participants who repeated made-up on the original self-face did not show the improvement of impression. This result supports the possibility that the intervention of make-up on a modified self-face could improve voluntary positive acceptance of the make-up change.
著者
高橋 雅弘 越前 宏俊
出版者
日本アプライド・セラピューティクス(実践薬物治療)学会
雑誌
アプライド・セラピューティクス (ISSN:18844278)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.13-27, 2020 (Released:2020-09-03)
参考文献数
26

薬剤師による症例報告は、薬物治療の適切性をEBMの考え方に基づいて評価することで、適正な薬物治療の実践へ貢献することが求められる。薬剤師による患者ケアプロセスはCollect、Assess、Plan、Implement、Follow-upの5ステップから成るが、症例報告ではこれらのうちCollect、Assess、Planのステップが取り上げられる。薬剤師の症例報告では、個々の患者が有する医学的問題点と薬物に関連した問題点を特定するための患者背景情報の収集が最初のステップになり、引き続いて、収集した情報に基づいて患者が抱える問題点のリストアップと介入の優先順位づけが行われる。その後、優先度の高い問題点から順に、薬学的な視点に基づく詳細な評価を行う。薬剤師による問題点の評価は、薬物の適応症(indication)、有効性(effectiveness)、安全性(safety)、アドヒアランス(adherence)の4つの側面(IESA)から段階的に実施することが推奨されている。問題点の評価が完了したら、評価内容に基づいて患者に最も推奨する薬物治療計画を立案する。薬剤師は、薬物治療の専門家としての科学的な考察を十分に発揮した症例報告を通じて、目前の患者にとって最適な薬物治療を提案し、そして実践することが求められる。
著者
国立研究開発法人科学技術振興機構
出版者
国立研究開発法人 科学技術振興機構
雑誌
JSTnews (ISSN:13496085)
巻号頁・発行日
vol.2018, no.7, pp.6-11, 2018-07-02 (Released:2018-08-10)

地球上には宇宙から素粒子が絶えず降り注いでいる。名古屋大学の中村光廣教授と森島邦博特任助教らは、巨大な物体でも突き抜ける素粒子ミューオンの観測により、エジプトのクフ王・ピラミッド内部を透視し、未知の巨大空間を発見した。開発したミューオンの観測装置は、宇宙の謎の解明のみならず、原子炉内部の調査や火山のマグマ観測、社会インフラの点検へと活躍の場を広げている。
著者
越智 啓大
出版者
法政大学文学部
雑誌
法政大学文学部紀要 (ISSN:04412486)
巻号頁・発行日
no.54, pp.107-117, 2006

本論では、近年話題になることの多い子供に対する性犯罪について、その研究の現状を概観した。第1にその発生状況について、日本とアメリカの現状を紹介した。ただし、子供に対する性犯罪にはかなりの暗数が存在し、現状把握は困難である。第2に子供に対する性犯罪者のタイプ分けについての研究とその流れを紹介した。第3に、子供に対する性犯罪のエスカレーションと再犯の問題の研究を紹介した。最後に、子供に対する性犯罪の対策を行っていく場合における、犯罪の現状や犯人の特性を解明することの必要性について述べた。
著者
柿沼 美紀 畠山 仁 土田 あさみ 野瀬 出
出版者
日本獣医生命科学大学
雑誌
日本獣医生命科学大学研究報告 (ISSN:18827314)
巻号頁・発行日
no.62, pp.68-75, 2013-12

飼育下にある大型類人猿の育児放棄は,母や育つ環境が影響していることが以前から報告されている。さらに育児放棄された個体はヒトが育てることになり,チンパンジーらしさが十分育たず,チンパンジーの群れに入れないという悪循環を繰り返してきた。近年,そういった負の連鎖を断ち切るためにさまざまな試みがなされるようになった。多摩動物公園では2008年に生まれた人工哺育個体(ジン,オス,GAIN識別番号0705)の群れ入りに成功している。 本研究では多摩動物公園で母親に育てられた7 個体の発達と群れ入り後のジンの行動を比較し,早期の環境剥奪が発達過程に及ぼす影響について検討した。ジンは群れ入り直後は他の個体に比べて,運動発達,認知発達,社会性発達に遅れが見られたが,いずれも半年後には改善していた。特に道具操作の発達は短時間で他の個体に追いついていた。一方,指しゃぶりや,肛門に指を差し込むなどの行動が観察されているが,日常生活に支障をもたらすものではなかった。大型類人猿の母子関係はヒトのそれと比較されてきた。本稿では,人工哺育個体の群れ適応の難しさや,適応の必要要件について取りあげ,ヒトの子育ての特性についても併せて考察した。

21 0 0 0 OA 記念講演

著者
長谷川 耕造
出版者
早稲田大学産業経営研究所
雑誌
産研フォーラム (ISSN:13481355)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.109-122, 2008-03-31

2007年10月12日 於:早稲田大学国際会議場「井深大記念ホール」