著者
堺 雄之介 伊東 栄典
出版者
情報処理学会九州支部
雑誌
火の国情報シンポジウム論文集
巻号頁・発行日
vol.2021, no.2, pp.1-4, 2021-03-01

近年ネット上では,オンラインの小説投稿・閲覧サービスが人気である.人気が出たオンライン小説は,紙の小説本として書籍化されて販売されることも多い.大人気の小説は,漫画やアニメの原作になることもある.CGM型のオンライン小説投稿・閲覧サイトでは,誰もが小説を投稿できるため,膨大な数の小説がサイト内に存在する.より早く,小説が人気になることを機械的に予測できれば,書籍化や漫画原作などのビジネスとして利益となる.読者には人気小説の検索や推薦が出来る.作者には,人気小説となるための指針を提供できる.本研究では,小説のメタデータ(タイトル・作者・あらすじ・キーワード)と小説本文の冒頭部分を用いて,その小説の人気度を推定する.本論文では,人気度の推定手法について報告する.
著者
立花 正一 中沢 孝 渋川 喜和夫
出版者
日本食品科学工学会
雑誌
日本食品科学工学会誌 : Nippon shokuhin kagaku kogaku kaishi = Journal of the Japanese Society for Food Science and Technology (ISSN:1341027X)
巻号頁・発行日
vol.55, no.12, pp.583-588, 2008-12-15
参考文献数
7

宇宙環境のストレスと宇宙食。1961年4月に旧ソ連のガガーリン宇宙飛行士が初めて宇宙に飛び出してから既に50年を経ようとしている。有人宇宙開発もアメリカと旧ソ連が互いに覇権を争っていた「競争」の時代から、現在地上約400kmの軌道上に建設が進む国際宇宙ステーション(ISS:15カ国の国際共同プロジェクト)が象徴するように「協力」の時代に人っていると言える。我が国も今年3月と6月に「きぼう」という愛称の科学実験棟の主な部分(船内保管室、船内実験室、及びロボットアーム)を相次いで打上げ、ISSに首尾よく取り付けたことで、このプロジェクトの主要なメンバーとして本格的に活動を始めた。来年2月にはJAXAの若田飛行士が我が国初の宇宙長期滞在(3ケ月)に挑み、ISS内での科学実験を本格化させると共に、「きぼう」の最後のパーツである船外実験プラットホームのISSへの組み込み作業に主体的に取り組むことになっている。2009年中にはISSの乗組員の数は3人から6人に倍増する予定で、その後は若田飛行士に続いてJAXA飛行士が次々と約6ケ月の長期滞在ミッションに参加することになる。これまでスペースシャトルでの2週間ぐらいの短期ミッションしか経験の無かった我が国が、いよいよ6ケ月間を基本とする長期宇宙滞在に参加するわけである。
著者
覚張 シルビア
出版者
東京大学
雑誌
Slavistika : 東京大学大学院人文社会系研究科スラヴ語スラヴ文学研究室年報
巻号頁・発行日
vol.20, pp.19-33, 2005-03-31

レフ・トルストイの作品において、登場人物による精神的探求は、知的・理性的領域よりも、むしろ無意識層にて解決をみることが多い。そうした視点から、無意識世界が大いに投影される夢と記憶に焦点を当てる。夢・記憶の分析を通して、トルストイの生死観の一端を明らかにすることが、本論文の目的である。1869年の夏、領地を買いに出かけたトルストイは、馬車の中で眠りから覚めると同時に、「生きながらにしての死」という恐怖(アルザマスの恐怖)を体験する。『復活』の主人公ネフリュードフは、同様の精神状態を、記憶によって引き出された過去が現在を崩壊することによって、感じることになる。他方、『戦争と平和』のピエール・ベズーホフにおいては、彼の人生の師ともいえるプラトン・カラターエフの死についての記憶と、楽しく快い思い出が同時に甦り、死に際して生を体験したということができる。ピエールは、絶えず人生の意義を模索し、不安定な状態にあったが、カラターエフの死後、水滴に覆われた地球儀の夢を見たことにより、精神的調和が得られた。アルザマスの恐怖に基づいて書かれた『狂人日記』の主人公やネフリュードフにおいては、夢や記憶によって、物質的安寧の上に成り立つ外的・表面的調和を崩されたが、それによって、真の調和に到達する可能性を与えられたともいうことができる。ピエールの夢に現れる地球儀と水滴の関係の分析は、トルストイ後期作品の主人公イワン・イリイチやアンナ、カレーニナを、死との関係において理解することを容易にする。地球儀の中心、つまり神の方へと向かう水滴は、死にゆく人間になぞらえられる。死に際して、水滴は動揺し、空間上の位置を失うが、それと同時に生存中の直線的時間は永遠性のうちに取り込まれていく。意識を失ったイワン・イリイチは黒い袋の中でもがき、アンナはペテルブルグへと向かう列車の中で、ウロンスキーとの邂逅による印象のもとに、時間・空間的、また個人としての感覚を失うが、こうした感覚の喪失こそが、彼らを神の方へと近づけるのである。アンナはこの出会いによって社会的死へと向かうのであるが、それによって、外的調和を失った真の生と対峙させられる。かくして、夢や記憶という無意識層は、人間を死に近づけるとともに、本来の生へと回帰させる可能性さえ孕んでいるのである。
著者
岡田 徹
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.136, pp.93-126, 2017-09-30

本稿では,「福祉と開発の人間的基礎」を,森有正というわが国では稀有の思想家,哲学者の人間思索をとおして考究した. 「福祉と開発」だけであれば,もとより森有正の出る幕はない.が,ここでは《人間的基礎》の方に力点が置かれているので,人間思索は欠かせない.ここに取りあげた森有正は,《感覚-経験-思想》という独自の思惟の道筋を辿たどって人間の生成と存在について思索と省察をかさね,多くの作品4 4を生み出した. ここでは具体的に「人間が人間になる」という,森有正の根本命題を読み解きながら「福祉と開発の人間的基礎」,わけても《人間的基礎》に当たるものが何であるかを考究した.そしてそこから引き出された知見や智慧は,こういうことであった. -すなわち,福祉も開発も元々「人間に始まり人間に終わる」,すぐれて人間的な事実であり事象である.そうである以上,「福祉と開発」を人間事象に還元し,そして人間の在り方や生き方の問題として捉え直す必要がある.それも人間一般ではなく,一人ひとりの人間(人格)の《固有-普遍》のいのち4 4 4と存在4 4を,「福祉と開発」の中に定位させることである.その上でそれを促すような「福祉と開発」を志向することである,と. 「福祉と開発の人間的基礎」の核心を衝つく,森有正の「人間が人間になる」という命題から福祉や開発が学ぶことは決して小さくはなかった.
著者
Witkam Frank
出版者
三田哲學會
雑誌
哲學 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
no.148, pp.1-35, 2021-10

Instruction in the Fundamentals of Success is a Meiji-era print series depicting historical paragons from ancient times to the present designed by the ukiyo-e artists Kobayashi Kiyochika (1847–1915), Utagawa Kuniaki II (1835–1888), Toyohara Kunichika (1835–1900), Inoue Yasuji (1864–1889), Mizuno Toshikata (1866–1908), Taisō Yoshitoshi (1866–1908), and Yōshū Chikanobu (1838–1892). The series consists of 53 prints and was published by Matsuki Heikichi from 1885 to 1890. In this paper, it is argued that the portrayals of the historical figures in the series was strongly influenced by the mid-19th century illustrated book series Zenken Kojitsu by Kikuchi Yōsai (1781–1878), and 19th-century pictures of classical narratives and warrior pictures designed by artists of the Utagawa School. Several of the pictures in the series can also be interpreted as an implicit criticism of the Meiji government. These prints, all related to the events of the Meiji restoration (1868) and the Satsuma Rebellion (1877), are analyzed in detail in the final part of this paper.特集 : 林温教授 退職記念号
著者
江原 義弘 別府 政敏 野村 進 國見 ゆみ子 池田 稔 高橋 茂 丸田 耕平
出版者
Japanese Society of Prosthetics and Orthotics
雑誌
日本義肢装具学会誌 = Bulletin of the Japanese Society of Prosthetic and Orthotic Education, Research and Development (ISSN:09104720)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.152-158, 2002-04-01
参考文献数
11
被引用文献数
4

下腿切断者を被験者として, 16種類の足部について歩行時に足部に吸収・放出されるエネルギー量を計算した. 歩行中の関節位置と床反力データより関節モーメントを計算し, 関節角速度と体節間浸透力を考慮した新しい方式でパワーを計算した. 立脚期におけるパワーは負・正・負・正の4領域となり, おのおのの領域でパワーを積分してエネルギーを求めた. 踵部での吸収が少ない群としてはスプリングライトII, フレックスウォークII, グライジンガープラス, カーボンコピーII, 1H38, SL1020があり, 多い群としてはSACH, 1D10, SAFEIIがあった. 前足部での吸収・放出が少ない群としてはSACH, 1H38であった. 多い群はエナジーマルチ, シュアーフレックス, J-フットであった. 踵部と前足部の機能は足部を選択する場合に重要であることが示唆された.
著者
橘 セツ
出版者
神戸山手大学
雑誌
神戸山手大学紀要 (ISSN:13453556)
巻号頁・発行日
no.19, pp.49-68, 2017

近年、英国では、英国人女性画家エブリン・ダンバー(1906-1960)の作品が再発見され、彼女の作品についての再評価が高まっている。このような英国の研究動向を概観しながら、本稿ではエブリン・ダンバーのライフヒストリー/ライフジオグラフィーを紹介する。さらに、彼女が第二次世界大戦中に、公式戦争画家として描いた銃後を守る女性農耕部隊についての作品から、彼女の描いた戦時のガーデニングとジェンダーの文化地理学に焦点を当てて考察する。
著者
掛須 春希 伊藤 彰教 伊藤 謙一郎
出版者
一般社団法人 画像電子学会
雑誌
画像電子学会研究会講演予稿
巻号頁・発行日
vol.16, pp.239-240, 2017

映像音響演出の分野において「Atmospheric Sound」と呼ばれる類の音は,登場人物の心情や状況を表現するためにも活用されている.これらは音楽とも効果音とも言えない中間領域の音響表現が用いられているが, 演出技法には特定の概念がなく,制作手法についても系統だった調査分類などが行われてきていない.本研究では 主に日本のSF アニメに焦点をあて,00 年代以降のコンテンツを中心に 12 タイトル,83 シーンの調査を行った. これにより映像表現技法としては各種編集技法との関連が深く,音響制作技法としては不協和音や非整数次倍音をふんだんに含んだサウンドが多用されていた.さらに海外コンテンツと比較すると,電子音響の使用率の高さが顕著にみられた.
著者
佐藤 真理子
出版者
文化学園大学・文化学園大学短期大学部
雑誌
文化学園大学・文化学園大学短期大学部紀要 = Journal of Bunka Gakuen University and Bunka Gakuen Junior College (ISSN:24325848)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.39-42, 2019-01

" 京都の舞妓さんが胸高にきつく締める帯で顔の汗を抑えている" との通説は,皮膚圧-発汗反射によるものと考えられる.本研究は,実際に帯の締め位置で体幹部を圧迫した際.顔面や頭部周辺の発汗がどの程度抑制されるかを明らかにすることを目的とした.健康な若年女性5 名を対象に,35 ℃・50 % RH の暑熱環境下で,腋窩(後腋窩点高)・アンダーバスト(UB,第5,6 肋間近傍)・腰(腸棘点高)の3 部位をベルトで締め,それぞれ約5.0kPa の圧迫を負荷した.測定項目は,局所発汗量(前額,頬部,後頸部,胸部,大腿前面),皮膚温(胸部,上腕部,大腿部,下腿部),直腸温である.その結果,腋窩圧迫時に前額,頬部,後頸部で25 ~ 35 %,UB圧迫時に頬部で約10%,有意に発汗が減少した." 舞妓の胸高な帯による顔の汗抑制" は実証されたが,腋窩とUB のどちらの圧迫時にも大腿部で有意に発汗が増加し(15 ~ 55 %),圧による発汗抑制効果に対する代償性の発汗促進と考えられる.また,腰圧迫時には,顔面部,頭部周辺の発汗増加傾向が示され,男性の和服着装時の帯締めでは,顔面部の発汗増加が生じる可能性が示された
著者
海部 陽介 金子 剛 清水 大輔 矢野 航 西村 剛
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.28, 2012

ヒト(<i>Homo sapiens</i>)はその脳サイズから予測されるよりも11ヶ月早く、未熟な状態の赤ん坊を産む。この現象は生理的早産と呼ばれ、ヒトの新生児が出生後しばらく未熟な状態で胎生期の脳発育スピードを維持し、大きな脳を成長させる現象(二次的晩成)と関連している。つまり生理的早産は、ヒトにおける脳進化と直接関連するライフヒストリー上の重要なイベントである。<br> ヒトは直立二足歩行をするため骨盤幅と産道が狭いが、一方で脳を大きく成長させる強い淘汰圧を受けたために、生理的早産および二次的晩成が進化したと考えられている。つまり胎児の脳が大きくなりすぎて産道の通過が不可能になる前に、未熟な状態の赤ん坊を分娩するのである。人類史における生理的早産の起源を探求するため、これまで化石から新生児の脳サイズや母親の産道サイズを推定する試みがなされてきた。しかし不完全な化石の復元や年齢推定の誤差、身体サイズの個人差といった不確定要素があるために、この手法での問題解決には限界がある。本発表では、我々がホモ・フロレシエンシス(フローレス原人)の頭骨化石を研究している際に着想した、新しい研究法の可能性について論じる。<br> フロレシエンシスのタイプ標本の頭骨に認められた変形性斜頭(deformational plagiocephaly:DP)は、現代人にしばしば認められる頭骨変形の一形態で、新生児の頭骨が未発達で柔らかいため、頸部筋群も未発達で頭の位置をうまくコントロールできない赤ん坊の頭が、就寝時に床反力によって歪むことに起因するとされる。そうであるなら、この変形は二次的晩成の進化に伴って顕現してきた可能性が高く、DPの存在は化石人類において二次的晩成が存在したかどうかを吟味する際の直接的指標となる可能性がある。
著者
須藤 敬
出版者
慶應義塾大学国文学研究室
雑誌
三田國文 (ISSN:02879204)
巻号頁・発行日
no.47, pp.1-19, 2008-06

一 覚一本『平家物語』における首をとる表現二 首を「ねぢきる」とは三 源為朝の場合四 巴の場合五 重忠の場合(一) : 宇治川の先陣争い六 重忠の場合(二) : 先陣を務める武将七 重忠の場合(三) : 異能の人八 重忠の場合(四) : 孤高性と異質性
著者
後藤 嘉宏
出版者
社団法人情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.62, no.9, pp.364-371, 2012-09-01
参考文献数
43

東日本大震災はソーシャルメディア等新しいメディアの活躍の目立った災害であるとされる。他方,正常化の偏見仮説やオルポート&ポストマンの流言の公式等,災害情報学の従来の知見が当て嵌まる事例が多かったが,そのことへの新聞等での言及は少ない。これは新しいメディアに注目が集まったためであろう。その点から考えると,情報技術の進展が人々の意識や行動を変えるわけではないといえる。他方,インターネット革命が,相互監視的な情報環境に身を晒すことに馴れさせる等,我々の意識を根底から変える可能性そのものは否定できない。これは個人の自律性の確保の面で問題はあるが,防災の面からいうとメリットも大きい。今回の震災はソーシャルメディアと既存メディアの連携が注目された災害といわれるが,非常時と平時とをいかに分けるか,さらに連携のなかでどう棲み分けていくかという課題が前面に出た災害であるといえよう。
著者
宮 紀子
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
東方学報 = Journal of Oriental studies (ISSN:03042448)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.450-309, 2016-12

This paper is translation and annotation on 1280's edict "which prohibited for sarta'ul (Muslims and Jews) to slaughter sheep by slitting the throat and to perform the sunnat (circumcision) 禁囘囘抹殺羊做速納" preserved in Yuan dian-chang (57, f. 11a9-f. 11b10.). Reading various primary sources such as Yuan shi 元史, Jāmi'al-Tavārīkh, Il Milione in the original, make clear that promulgation of this edict caused by keen struggle for power and money between two parties ; one was the Muslims led by Ahhmad Fanākatī who was a minion and the Finance Minister of Qubilai-Qa'an 世祖, the other was composed of the high officials and Uighur merchants that were mostly Nestorian Christians and put their hopes on Prince Činkim. The ultimate purpose of this prohibitory decree was to interrupt the former business on a Eurasian scale. In order to slander Ahḥmad' party, it enumerated some instances ; Sufi's rebellions which happened at Bukhara (there were dependencies of Tolui's family.) in Central Asia and another cities under the Hulegu ulus, and Hulegud vizier's betrayals which held secret communication with the Mamluk or Joči's ulus adopting a slogan of Islamic state. It must be far from Qubilai's true intention. Actually, he repealed it as soon as Činkim was confined. The struggle of two parties continued after Qubilai's death. His grandson Ananda not 553 only entered into rivalry with Činkim's son Temur-Qa'an ����宗by exploiting this situation but also attempted to obtain the cooperation of Hulegud Gazan-Qan and Mongol princes of Central Asia for the purpose of becoming next Qa'an. Thus he pretended to be a Muslim. Besides, as supporting evidences for prompt and frequent exchange of information between Dai on yeke Mongγol ulus 大元大蒙古國 and Hulegu's ulus, I furnish some themes such as collecting Buddha's ashes and it' welcome ceremonies, producing Mappa mundi (world map) and Rāh-nāmah (portolano), manufacturing portraits of Mongol royal families and planning capitals. Then I reconsider about the context of many manuscripts of "History of Mongol" in the Jāmi'al-Tavārīkh can be classified into two main groups from miniature painting's angle. Finally I point out a serious scandal that may be one of the causes of discord between Qubilai and Činkim, that is to say, Ayurbarwada-Qa'an 仁宗 was not Qubilai's great-grandson but was his love child.