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投稿一覧(最新100件)

1914 0 0 0 OA 刀剣談

高瀬真卿『刀剣談』日報社 明治43年6月7日印刷 6月11日発行 https://t.co/e6RJuetLbT p.378 "三好下野守の聞書には足利将軍義輝、殊の外粟田口国綱の刀を好み、国綱を献上する者あれば大に喜ぶ、常に身を離さず帯て居る刀も皆国綱だから、大名より刀を献ずる時は無銘の刀へ国綱の銘を切て奉ったと

9 1 0 0 OA 随筆文学選集

https://t.co/1ebI18rC5J "「寛至天見聞随筆」に就いて 本書の名は一つに「窕懲富保」と云ふ。寛政より天保の間の見聞録であるが、著者の氏名を逸してゐる。  該書は帝大図書館蔵本の半紙判の写本によったのである。"

9 1 0 0 OA 随筆文学選集

前回は、うっかり一文字、読み間違えていたので、またあらためて写し直しておきましょうか。 編集者 楠瀬恂『随筆文学選集 第四巻』書斎社 昭和2年4月17日印刷 昭和2年4月20日発行 『寛至天見聞随筆』 https://t.co/hfD3mtefud "蕎麦屋の皿もりも丼となり箸の肥きは蕎麦屋の様成と譬しも

2 0 0 0 OA あられ酒

斎藤賢(斎藤緑雨)『あられ酒』明治31年12月24日印刷 12月29日発行 https://t.co/40AL935TKe 「ひかへ帳」p.362 "コロッケット蕎麦(そば)といへるを、花屋敷(はなやしき)の吉田(よしだ)にて出(いだ)したり。追々(おひ〳〵)かゝることに成行(なりゆ)くべし。"

2 0 0 0 OA 主張と閑談

吉野作造『主張と閑談 第二輯 露国帰還の漂流民幸太夫』文化生活研究会 大正13年9月30日印刷 10月3日発行 「維新前後の国際協調主義者」 https://t.co/cbbENKLqXh ゆきちゃんの『唐人往来』大意は、ここにあった。

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

https://t.co/1z8OeH1ehJ "博士乃ち学生を顧み、一喝呼んで曰く、 Boys! Be ambitioms! と。" これも誤植で、"Boys! Be ambitions!" か、"Boys! Be ambitious!" かな。 この『五十年後札幌未来記』の著者の「嵩村 生」が、安東幾三郎だとすれば、

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

https://t.co/X5MyDg5ap8 義経 弁慶といふ、汽車の通じ始めし以来、いまだ百日も立たぬ内に、吹雪屡ありて、十四年一月より三月頃まで、汽車の不通多し、同二月廿六日は、吹雪最と劇しくて、海岸は大波を立て、

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

https://t.co/9AZTQ6qU8C 「家屋改良」"是歳十一月、黒田長官竹釘を用て、洋釘に代用するを試む、是より先き、成るべく外国の輸入を防ぐ主意にて、農学校生徒の洋服さへも、和木綿を用ふる等の主義なれば、洋釘を廃して、北海道に生ずる竹を釘に製して用ひんとて、

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

@iwaan82310957 https://t.co/NjSiDIQVQs "北は石狩河、南は山鼻、西は牛稲、東は白石に達し" "市中を横断する鉄道二條あるうち、其東西に達するものは東の方白石区より西牛稲町に及び、以て、上川鉄道及び函館鉄道を連ね、其南北に達するものは、北琴似区より南山鼻区に至り、以て石狩線、虻田線等を連絡す。"

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

@iwaan82310957 https://t.co/k5GHMv8hN8 この本の冒頭「地理」の「連山」では「手稲(テイネヌプリ)」となっているから、誤植のような気もしますね。pp.240-241 に、牛稲は、やたらたくさん出てきますけれども。

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

桃園将軍の逸話を紹介したあとのやりとりも、紺碧シリーズっぽさがある。 https://t.co/v31zUeanIw "鹿「国を取るは将来の平和を保たんとする所以にして我国決して他意あるに非す。日本は他日必ず世界を一統するの時ある可し。されど領土を拡め其属国を増さんとは務めざるなり。」

3 0 0 0 OA 札幌沿革史

安東幾三郎(安東嵩村)の『五十年後札幌未来記』の中の桃園将軍の話が、荒巻義雄さんの要塞シリーズみたいで面白かった。 札幌史学会『札幌沿革史』明治30年2月1日印刷 明治30年2月4日発行會 https://t.co/sNuMnoHxM7
『通俗忠義水滸伝』1巻(『絵本忠義水滸伝』1巻) 清水市次郎 編・和解, 編輯出版人 清水市次郎, 明治15年10月25日出版御届 https://t.co/Ej07iUGWw3 "古語(こご)に云(いへ)る三十六計(けい)走(はし)るを上(じゃう)と為(なす)と云(いふ)ものなり"

1 0 0 0 OA 新編水滸伝

『新編水滸伝 上』滝沢馬琴, 高井蘭山 著, 文事堂, 明治19年6月 https://t.co/BCIMb6zVkI "世の当言(とはざ)に三十六の計(はかりこと)も走(にぐ)るを第一とすといふなれど"
群書類従 : 新校. 第十七巻 『阿州将裔記』 https://t.co/8Jzcc3Dkm4 三好之長 "文明のころ北国勢二万余騎にて さきがけして洛外にて合戦す。北国勢のほかりごとに、車びしといふ物を先手の者に一つ宛もたせ、にぐるまねをして道にまき、其ひしを敵にふませ、たゞよふ所を討取べしと たくみけるが、

2 0 0 0 OA 史籍雑纂

『天文法乱松本問答記』『史籍雑纂』第一 明治44年8月25日印刷 明治44年8月30日発行 編集兼発行者 早川純三郎 国書刊行会 https://t.co/xmD9c51b1E "花王房云、汝は俗身として口賢き者也、日蓮は仏を誹る証拠有り、既に大仏を焼と云はいかに、大仏は是華厳経主釈迦也、此罪いかに、  此大仏と云は、

26 0 0 0 OA 故実叢書

今泉定介 編集『故実叢書 安斎随筆 自四至六』吉川半七(吉川弘文館)発行 明治33年3月26日印刷 3月31日発行 伊勢貞丈『安斎随筆』4巻 https://t.co/enVugsioos 「塩硝」  五、六十年を経た人家の床下の土に生じる。床の下に這い入って、土を取って、日に乾かして、火で焼いてみれば、

15 0 0 0 OA 史籍集覧

『武芸小伝』5巻「刀術」 https://t.co/GMIszLixhT "刀術  夫刀術者始㆘武甕槌命 経津主命 抜㆓十掘剣㆒倒植㆓於地㆒踞其鋒端㆒於神術㆖"(さて刀術は、タケミカヅチの神様と、フツヌシの神様が、十握の剣を地にさかさまに立てて、その剣の峰のはしに神術で座ったことに始まる。)

1 0 0 0 OA 杏林叢書

https://t.co/ilyKShOY8K こっちのほうは、図とかもあって良さそう。「粛慎之矢
2巻 https://t.co/FfgCEB6FPA 海北友松が描いた源平時代の絵には、槍を持った人はひとりも描かれていない。皆、薙刀ばかり。またカブトを落とされた人の頭には、烏帽子がある。昔物語の絵を描くには、このような時代考証が大事。
https://t.co/TvVFs3gh4R オランダ船が長崎の港に入るときは大砲をぶっぱなす。日本人も唐人も、これを見物する。あるとき私はに、通訳を介して、いまの大砲の音は、どう言うかと聞くと「ビィーン」と言うと答えた。日本人の耳には「ドヲーン」と聞こえる。じつに不思議。
『北窓瑣談』1巻 https://t.co/Th7n0WreWM 蛮国の人は、假玉(びいどろ)を用いて、日輪の火を取りタバコを吸う。日輪の火でタバコを吸うとか、おそれおおいと日本人が言うのを不審がっている。また日本人が月を愛でているのを、なぜそんなめずらしくないものを愛するのだと不審がっている。
https://t.co/dRsVUWjg2g 肥後の薮茂二郎先生、大坂の中井善太先生をたずねた。冬なのに、薮先生は夏服。なぜ夏服を着てるのですか? と聞くと、国を出たときは夏だったから。薮孤山と、中井竹山の話。
https://t.co/Gz2O5blURM  肥後国に「ドウタウ」という毒草がある。食べると発狂して、三日は醒めない。「莨菪」のことではないか。 「莨菪」は、ハシリドコロのことらしい。
https://t.co/3G4Y05oM7Q 紙燭に上等の焼酎を塗って火をつけると、青い火が燃えて、紙燭自体は、燃えないという。子供たちの遊びとして、そんなことをするというが、本当だろうか。
https://t.co/7lLQbxPiEZ 九州では焼酎がよく飲まれている。肥後のある婦人、焼酎を飲んで、酔っ払って、こたつにおおいかぶさったら、口から煙を吹いて焼け死んでしまった。小児などには、よく起きることなので、焼酎に酔ったときには、こたつを遠ざけるのだそうだ。 それは焼酎を遠ざけるべきでは。
https://t.co/jljZOeunAQ 薩摩・大隅の辺境のほうでも、最近まで疱瘡はなかった。そのため年を取ってから、よその土地に出て、疱瘡にかかる人がいた。年を取ってから疱瘡になると、非常に重くて、多くの場合、死んでしまう。この土地に、まったく疱瘡がないから、こうなってしまうのだということで、
橘南谿の本に戻ると、 https://t.co/4CjvbaySEC 『西遊記』第2巻。 「孔明の陣太鼓」諸葛孔明が南蛮に孟獲を征伐したときの陣太鼓。なぜか長崎で見つかる。 "皮は唐金(からがね)の如き金(かね)を薄く打ち延して張(はり)たり。獣皮は用ひず。是は南蛮温湿の地ゆゑに、獣皮は用ひがたきゆゑにやといふ。"

9 0 0 0 OA 通俗書簡文

https://t.co/pkNhmnroKI  字体は、行書または草書。楷書では見苦しい。かといって、自分だけが読めるような草書に書きくずすのは、はなはだよくないが、それでも新聞の論説のように、字画正しき楷書のなかに、カタカナをまじえるようなのは、よくない。

9 0 0 0 OA 通俗書簡文

まあ樋口一葉の『通俗書簡文』に戻ると、というかこの上段の部分も樋口一葉なのかどうかは知らないけれど。 https://t.co/q4Pu2c4ZKV 「候」が入らない手紙は固苦しい。学者同士なら、そういう型苦しい手紙でも良いのかもしれないが、実業社会では、そういうわけにはいかない。
貝原益軒と遊女の話は、橘南

9 0 0 0 OA 通俗書簡文

『日用百科全書 第12編 通俗書簡文』明治28年5月7日内務省許可 29年5月22日印刷 https://t.co/78yQKAUywi "吉野より貝原益軒へ贈りたる書 貝原益軒といへば、女大学に七去を解いて道徳健固の君子と思ふべけれと、そは成業後のことにて、若き頃は何人も一度は這入る色の巷、君傾城の小紫と行末かはらじ"

3 0 0 0 OA 東方見聞録

佐野保太郎『アカギ叢書 第34篇 東方見聞録』赤城正蔵 大正3年8月23日印刷 大正3年8月26日発行 https://t.co/QIODtOCRMf 「一一 日本島」 "但しこの八人は其右腕の皮と肉との間に妖術を施した宝石をはさんで居たので、鉄では殺されない。そこで遂に木の棒で撃ち殺してしまった。"

7 0 0 0 OA 翁草 : 校訂

『翁草』57巻「塵泥抜萃」 https://t.co/h7TCXifu7T " 入交弥六左衛門の事 右の牧野河内守取次番の士に入交(イリマジリ)弥六左衛門と云ふ者有り。珍しき姓名にて、その上言語の少しさだかならぬ男故、諸家の使者来て名乗合ふ時 姓名聞え兼る故、再往いひても見えず、

7 0 0 0 OA 翁草 : 校訂

https://t.co/x2ceOf3fs8 " 数ならぬ身と云ふ事 数ならぬ身など常ざまの人の云ふまじき事にや。畢竟云はずして知れたる事なればなり。光広卿の耳底記云、貴人ならぬ人の数ならぬなど詠ぬものなり。其故はなんでもなけれども、数ならぬ抔とよむは、貴人高位の人の事なり。

7 0 0 0 OA 翁草 : 校訂

『翁草』57巻「塵泥抜萃」 https://t.co/h7TCXifu7T " 入交弥六左衛門の事 右の牧野河内守取次番の士にと云ふ者有り。珍しき姓名にて、その上言語の少しさだかならぬ男故、諸家の使者来て名乗合ふ時 姓名聞え兼る故、再往いひても見えず、

7 0 0 0 OA 翁草 : 校訂

まさか毛利元就が、正月早々、手を洗って、鵜飼をしながら、旧年を振り返り、新年の計を考えていたとも思われないので、この「手水・鵜飼」も、「手洗い・うがい」のことだろう。ただ、こっちの『翁草』巻60「『為人鈔』抜萃」では、"手水 漱して" と書かれているけれど。 https://t.co/SbdWi6SFMq

15 0 0 0 OA 松屋筆記

『松屋筆記』55巻の64「元日の昆布・栗・屠蘇酒」 世の愚か者たちは、吉方を向いて、昆布・栗を食べると毛利元就が言ったという話。 https://t.co/304SvVerKz "(中江藤樹の『為人鈔』の)同九の巻、大江元就公、元日、祝弁に、「大江元就公正月朔日ノ早天ニ、手水鵜飼シ給ヒテ、東方ニ向テ、シバラク

7 0 0 0 OA 翁草 : 校訂

のちに天下を取った豊臣秀吉が、徳川家康のひざまくら、つまり家康のたまの枕で、ふと武田信玄と上杉謙信の話をし始めたのも、上杉謙信のこの歌を思い出したからだろう。秀吉が家康に膝枕をしてもらった話は、『翁草』第58巻にある。 https://t.co/CRr951OB7m
『先哲遺著漢籍国字解全書』第十三巻 明治43年11月25日印刷 11月28日発行 早稲田大学出版部 https://t.co/3IMtT8AWSk p.454 "其母曰、又使知之如何、対曰、言、身之文也、身将隠、焉用文之、是求顕也、其母曰、能如是乎、与汝偕隠、遂隠而死、晋侯求之不獲、以緜上為之田、曰、以志吾過、且旌善人"
https://t.co/X56SoAhBcr "大蔵左衛門 此時 心付て 人は運さへ尽ねば矢炮もむざとは当らぬ者と云事を漸さとり其後 一度も場を去ず高名しけると也 誠に大将の人を遣ふ事 奇妙也とぞ感じける"
https://t.co/XgT4y0aBpz "其時分には今の様に時刻の器械なんかヾないから時などは甚だ正しくない、六時(ムツドキ)と云ッても或は五時(イツヽ)になり五ツ半になると云ふことがある"
薄井龍之 口述, 森田市三 編集兼発行者『頼山陽 家庭逸話』明治41年2月10日印刷 明治41年2月23日発行 赤門堂書店 https://t.co/XWXFIChtbN "幕府の時分は何でも五ツ時の御用召しならば吉いことに極ッて居た"

7 0 0 0 OA 日本衛生文庫

p.235 "又 牛の糞を草鞋のうらへぬり山道を行ば、悪獣 并 蛇 まむし 毒虫等おそれ近付ずといふ。" (また、牛の糞をわらじの裏へぬり、山道を行けば、悪獣、ならびに、へび、まむし、毒虫など恐れて近づかないという。 https://t.co/MxbThXl8ci

7 0 0 0 OA 日本衛生文庫

https://t.co/N3C18nBkvU "一 田螺を醤油にて炒付、乾置て旅先へ持行 二 三日の内 用ゆれば水にあたることなし。" https://t.co/AP7tC2lWF3

7 0 0 0 OA 日本衛生文庫

『日本衛生文庫』第5輯 教育新潮研究会 大正6年10月25日印刷 10月30日発行『旅行用心集』八隈景山 著 p.242 "一 夏水を飲時 胡椒を噛くだきて呑べし、又 水を噛で呑めばあたることなし。" https://t.co/AP7tC2lWF3

7 0 0 0 OA 日本衛生文庫

RT @haneko_tweet: 江戸時代の,旅にはとにかく胡椒持ってけ思想。 『旅行用心集』の「道中所持すべき薬の事」の中に胡椒。 https://t.co/KdLLPlZyBl 『救民妙薬』の「旅立する者胡椒持事」の部分。 https://t.co/lIp6kYpKIK

7 0 0 0 OA 日本衛生文庫

RT @haneko_tweet: 江戸時代の,旅にはとにかく胡椒持ってけ思想。 『旅行用心集』の「道中所持すべき薬の事」の中に胡椒。 https://t.co/KdLLPlZyBl 『救民妙薬』の「旅立する者胡椒持事」の部分。 https://t.co/lIp6kYpKIK

5 0 0 0 OA 続群書類従

『伊勢貞興返答書』 https://t.co/sLFPIDBz9c " らうそくのしんとる事。 一 しんとり候へは。あるうゝり別儀なく候。しんとりなき時は。はしにてもとり候かわらけに水を入。はしをそへて出し。此時はとりおろして。しんをとり候かよく候。おろし候は略儀に候。"
「五段返り」は、水銀を使っているんだな。 https://t.co/p89ARkxeLC 他に砂箱や、砂筒を使ったからくりなどもあるようだ。
細川半蔵頼直『機巧図彙』(寛政8-寛政9年 1796-1797年) https://t.co/DfWMmfNZW3 "去ば諸葛孔明は妻の作れる偶人(ぐうじん)を見て木牛流馬(もくきうりうば)を作意し。竹田近江は。小児の砂弄(すないぢり)を見て機関(からくり)の極意(ごくゐ)を発明(はつめい)す。"
https://t.co/0MTiojMZFM "露西亜と同じき中世的制度と中世的堕落を持てる支那は、露西亜の救はれつゝある途を踏むことに依りてのみ救はるゝ。"
https://t.co/g8WP9lkbWh p.16 "湊川の楠公は二百年間逆賊であった。其墓碑さへも外国人の一亡命家に指示されて建った。是れ英国人自身のカーライルによりてクロムエルの泥が洗はれたよりも恥かしき逆賊である。
https://t.co/oXNF7qtrQT p.6 "又、対支政策及び対外策の全局に於て日本は日英同盟に拠るべからず日米の協調的握手にあることを指示した所が多い。今にして明かに見るのは当時の執権者全部よりも不肖の正当であった事だ。
北一輝『日本改造法案大綱』昭和3年12月20日印刷 12月25日発行 発行者 西田税 https://t.co/kOiOzdXXyE pp.3-4 『支那革命外史 序』大正10年8月"支那は民国元年となり、同時に日本亦大正元年となった。", "日本 亦 徒らに大正義の改元を宣して而も其の支那に加へた言動は悉く不義の累積であった。"

10 0 0 0 OA 葉隠

https://t.co/Uel4hZl873 『葉隠』2巻 "丁字 数袋 身に付け候へば、寒気風気に中(あた)らず。先年、前 数馬 寒中 早打にて罷下り、老人少しも痛み申さず。右伝授と申され候。又 落馬 血留の法、芦毛馬の糞を煎じ呑むとなり。"

10 0 0 0 OA 葉隠

https://t.co/bl7Jk4NTdt "楠木正成兵庫記の中に「降参と云ふことは、謀の為にても、君のためにても、武士たるもののすまじきものなり。」とあり。忠臣は如㆑斯あるべきなり。"

10 0 0 0 OA 葉隠

『いてふ本 葉隠 上巻』三教書院 昭和12年9月10日印刷 9月15日発行 https://t.co/impM82KQnj 『葉隠』1巻 "首打落させてより、一働きは しかとするものなりと覚えたり。義貞、大野道賢などにて知られたり。何ぞ人が人に劣るべきや。三谷如休は「病死も二三日はこたへ可㆑申。」と申し候なり。口伝。"

8 0 0 0 OA 信長記

小瀬甫庵の『信長記』1巻 「義元合戦事」"爰ニ今川義元ハ天下ヘ切テ上リ国家ノ邪路(ジャロ)ヲ正(タヽサ)ントテ数万(スマンノ)軍(ヰクサ)ヲ卒シ駿河ヲ打立(タチ)シヨリ遠江三河ヲモ無程切随ヘ恣(ホシイママ)ニ猛威(マウイ)ヲ振シカハ当国智多(チタ)郡" https://t.co/Hsg7zdbKwh

2 0 0 0 OA 杏林叢書

佐藤方定『奇魂』巻1「医薬名義」(富士川游、小川剣三郎、唐澤光徳、尼子四郎 編集『杏林叢書 第4輯』 吐鳳堂書店 大正14年8月19日印刷 8月22日発行) https://t.co/R89VV5PLfA "病を癒す動植を、くすり、と云 原義は、令和(ナグシ)の意なり、其は神を和(ナゴ)し、人を和(ナゴ)め、風の和(ナギ)、

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

「鳥頭(とりあたま)」と書いて「とり・かぶと」と読ませるような表記があるのかなと思ったけど、 https://t.co/Py6kYL23TC は、「烏頭(うず)」っぽいな。日本語の「トリカブト」も「烏頭(うず)」も、その花の形状がトリやカラスの頭っぽいからだと思うけれど。

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

『呂氏春秋』「別類」 https://t.co/roeRPMa5YH "萬菫は殺さず。" (萬菫不殺) https://t.co/Py6kYL23TC "菫は鳥頭にて、毒薬なれども、萬菫は則ち殺す能はずと也。萬菫は、詳ならず" かなり文字がつぶれていて不鮮明だが、たぶんそう書いてあるのだろう。

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

『呂氏春秋』「別類」 https://t.co/roeRPMa5YH "萬菫は殺さず。" (萬菫不殺) https://t.co/Py6kYL23TC "菫は鳥頭にて、毒薬なれども、萬菫は則ち殺す能はずと也。萬菫は、詳ならず" かなり文字がつぶれていて不鮮明だが、たぶんそう書いてあるのだろう。

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

https://t.co/DQmAfQaQo8 "斉に善く狗を相(さう)するものあり。その鄰(りん)、仮(こ)うて以て鼠(そ)を取るの狗(く)を買ふ。" "相者(さうしゃ)曰く、「これ良狗なり。その志は、獐麋豕鹿(しゃうびしろく)に在り,鼠に在らず。その鼠を取るを欲せば、則ちこれを桎せよ」と。"

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

『呂氏春秋』「功名」 https://t.co/aNlFk7zhxh "狸を以て鼠を致(まね)き" "以㆑狸致㆑鼠" 猫を用いて、ネズミを招こうとしても、うまくいかない。 どんな招き猫でもネズミだけは招くことができない。むりやり連れてくることなら、わりとよくある。
野村岳陽『墨子・揚子 現代語訳』 https://t.co/ofWKjRKRRO 楊子と孟子の会話。"楊「君はそういふが、名誉を得る程の人は必ず廉潔の人である、廉潔であれば、貧乏なことは極まってる。又 名誉を得る程のものは必ず謙譲である、謙譲ならば、身分が賤しいに極まってる、君のいふ事は矛盾して居る」"

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

『呂氏春秋』「分職」 https://t.co/x75PEPn9xC "衛の霊公、天(てん)寒うして地を鑿(うが)たんとす。宛春(えんしゅん)諫めて曰く、「天寒うして役(えき)を起す、民を傷(やぶ)らんことを恐る」と。公曰く、「天寒きか」と。

7 0 0 0 OA 呂氏春秋

"後漢の高誘は此の懸賞に対し批評を下して、「時人能はざるにあらず、蓋し相国を憚り其の勢を畏れしのみ」と曰ひしは、誠に然らん。揚雄も戯れて、「其の時に生れ、手に其の金を載せて帰らざるを恨む」と云ひしとぞ。" 塚本哲三『呂氏春秋』友朋堂書店 大正12年6月18日印刷 https://t.co/3BoUaO41SP
田岡嶺雲『和訳墨子 和訳列子』玄黄社 https://t.co/screoeEbVZ https://t.co/ys9z4c0r8l "墨子の文章は諄々として述べ 呶々として説く、反覆叮嚀にして煩を厭はず、委曲平明にして情を竭くす所、甚だ諸他の先秦諸子の文の或は簡奥 或は奇古 或は逸宕 或は怪詭なるが如きと相類せず、
田岡嶺雲『和訳墨子 和訳列子』玄黄社 https://t.co/screoeEbVZ https://t.co/ys9z4c0r8l "墨子の文章は諄々として述べ 呶々として説く、反覆叮嚀にして煩を厭はず、委曲平明にして情を竭くす所、甚だ諸他の先秦諸子の文の或は簡奥 或は奇古 或は逸宕 或は怪詭なるが如きと相類せず、
メンバー全員が投手で、一人一投状態の国よりは、ましかもしれないが。『墨子』にそんな話があった。古代というのは、一人一党状態で、人々がたがいに自分の正義をかかげて、たがいに水や火や毒を使ってテロを応酬しあっていた。「尚同」https://t.co/HI9NnkQSR5 田岡嶺雲『和訳墨子 和訳列子』玄黄社
https://t.co/UjXddno4a0 夏の桀王も、殷の紂王も、ライフルを持ってさえいれば、殷の湯王や、周の武王に倒されることはなかった。「七患」
田岡佐代治(田岡嶺雲)『和訳墨子 和訳列子』玄黄社 明治44年12月18日印刷 12月22日発行 https://t.co/tTbh8sjl0i https://t.co/mEu0bHqGJy 墨子は国家社会主義者。「国家社会主義」って言葉は明治のころからあるんだな。ナーチースー。
田岡佐代治(田岡嶺雲)『和訳墨子 和訳列子』玄黄社 明治44年12月18日印刷 12月22日発行 https://t.co/tTbh8sjl0i https://t.co/mEu0bHqGJy 墨子は国家社会主義者。「国家社会主義」って言葉は明治のころからあるんだな。ナーチースー。
もっとも、『墨子』では、「狸」以外に「俚」なんかも、「埋(うめる)」という意味で使われているので、同音の漢字をわりと好き勝手に使っているだけなんだろうなとも思うのだけど。 https://t.co/rhqEaJy8KP "俚は埋と通ず、"
https://t.co/0M2uUjN91U "貍(ウヅメ)" https://t.co/KOTHdWGIsW "【貍丌中】貍は埋と同じ" 「狸」は『韓非子』を読むと、鼠を捕まえるのがうまい動物だと書いてある。「埋」める「獣」という意味で「狸」なら、排泄したあとを土で埋めていくネコは、「狸」と名づけるには、ふさわしそうだ。
https://t.co/0M2uUjN91U "貍(ウヅメ)" https://t.co/KOTHdWGIsW "【貍丌中】貍は埋と同じ" 「狸」は『韓非子』を読むと、鼠を捕まえるのがうまい動物だと書いてある。「埋」める「獣」という意味で「狸」なら、排泄したあとを土で埋めていくネコは、「狸」と名づけるには、ふさわしそうだ。
https://t.co/Nq0aEnphxo あとは、煙でいぶされたときには、目に酢をそそぎこむと良いとあるのが面白かった。催涙ガスには、レモンを目にそそぎこむと良いと言われているし、歌にも詠まれているが。 "催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり" 道浦母都子『無援の抒情』
https://t.co/npLvPyBLYJ "穴壘之中各一狗、狗吠即有人也", "穴塁の中に、各々一匹の狗を蓄ふ、若し狗吠る時は敵人の来ること有るなり"
牧野謙次郎 講述 早稲田大学出版部 編輯『先哲遺著追補 漢籍國字解全書』第18巻 1927年 https://t.co/EPMvkCOzl5 "令陶者為罌、容四十斗以上、固幎之以薄

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/HjU1QrwVvx p.98 "前にも話した岡部譲氏は、非常な国漢の学者であるから、吒枳尼天の稲荷と、伏見の稲荷神社とを、はっきり区別してゐるさうである。だから岡部氏が宮司となって以来、伏見稲荷の分霊には、決して狐を添へなくなった。けれども、その分霊を勧請した信者は、

1 0 0 0 OA 迷信の話

迷信の話 https://t.co/jkZ1Gbngh5 焼けた稲荷。鳥居が無い。取り得が無い。

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/HjU1QrwVvx 明治の終わりか、大正のはじめ、伏見の稲荷神社に白いキツネを寄付した人がいた。このキツネは、とても人になついたキツネで、参拝者の背中におぶさったりしたので、もとの寄付者に返した。お稲荷さまを拝んでいて、本物のキツネが現れれば、信者は喜びそうなものであるが、

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/aKlyKzCCaQ "栗とは何であるか。猿蟹合戦の一勇士で、弱きを扶けて強きを挫く義侠の勇者である。しかも火の中に入って、自分を焼いて爆発させ、強悪な猿を負傷せしめた、爆弾三勇士の先祖なのである。"

1 0 0 0 OA 迷信の話

沖野岩三郎『迷信の話』昭和12年3月16日印刷 3月20日発行 恒星社 https://t.co/714JxawhrL "平の将門と言へば、頼山陽の宣伝が利きすぎて、憎むべき逆賊のやうに、日本外史で教へられたものである。"

2 0 0 0 OA 日本経済叢書

中井積徳『年成録』「馬政」 https://t.co/9jhLaIh6DC 大人(身分の高い人)の乗る馬は、毛色・行儀・拍子が備わっていなければならないと聞いている。馬力は、二の次、三の次にされているようである。だが、弓馬の術は、武士の第一の心得だ。つねに馬力の弱い馬にばかり乗り慣れていたのでは、

10 0 0 0 OA 群書類従 : 新校

『大上臈御名之事』 https://t.co/kXHmtXLePq "一 中らふ。くわん、あるひハ町の名、又おさな名をよぶなり。じじう、せうしやう、さいしやう、かすが、れんぜい、ほりかハ、大みや、一條、二條、このたぐひなり。" 私はこの "れんぜい" は、「冷泉」のことだろうと訳してみた。

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/xyHjE3upvz "筮竹(ぜいちく)は其の昔、巫(みこ)が預ってゐた御籤(みくじ)の竹の棒を小くしたものらしい。だから竹冠に巫(みこ)といふ字を書くのである。犬が籠を被って縁の下から出て来たのが、如何にも可笑(をか)しかったので、笑ふといふ字が出来たやうなものである。"

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/Wezl07yEUh "男が女の為に悩む有様を、『ぐにゃぐにゃになる。』といふのは、此の『虞や虞や』の転訛だと、まことしとやかに言ふ人もある。"

1 0 0 0 OA 迷信の話

https://t.co/34VdAkX0Dd "今日では、もはや切支丹破天連の奇法など信ずる者はない。のみならず、聖書中に書かれてゐる奇蹟を、そんな馬鹿な事はないと言って、逆にこちらから攻撃する者が多くなってゐる。"

1 0 0 0 OA 迷信の話

狗骨国(くこつこく)の夫、かわいい。 https://t.co/RqnodQA9zW https://t.co/tfwF2zc6Gz "『狗骨国(くこつこく)』此の国、夫は犬にて妻は人なり。生まるる子も其の通りなり。" 文林節用筆海往来

1 0 0 0 OA 迷信の話

狗骨国(くこつこく)の夫、かわいい。 https://t.co/RqnodQA9zW https://t.co/tfwF2zc6Gz "『狗骨国(くこつこく)』此の国、夫は犬にて妻は人なり。生まるる子も其の通りなり。" 文林節用筆海往来
https://t.co/3cJ5ZkOTip 『東斎随筆』「鳥獣類」"春の初に、軒ちかき梅の枝に鶯の止りて、巳の時ばかりにきて鳴けるをありがたく思て、これを愛するよりほかの事なかりけり。"

8 0 0 0 OA 後は昔の記

林董『後は昔の記』 https://t.co/R8Qpok6XCt 「陸奥氏の民政改革」"横浜には当時まで関門なる者ありしを陸奥知事は悉く之を廃し聴訟断獄の場所を白洲と云ひて小石を敷きたるを廃して板敷となし病院を開き学校を興す等 民政の改良顕著なるものありし 此時陸奥氏は二十七歳なりし。"

1 0 0 0 OA 故実叢書

『武家名目抄』与馬部 付録1 https://t.co/S0GMI9E2XX に、オス馬、メス馬についての記事はあったけれど、とくに戦国時代の話はないっぽい。 『和名類聚抄』が引く爾雅注に言う、牝馬は「騲馬」という。牡馬は、「駿馬」という。

8 0 0 0 OA 後は昔の記

そして、その数百年後、日本人もヨーロッパで同じ討論をするのだ。球状の地球は人類には複雑すぎた。 林董『後は昔の記』時事新報社 明治43年12月15日印刷 12月20日発行 https://t.co/KxmsQIHcag p.54 「洋学者の暦日争」 "巴里の大博覧会に水穂屋卯三郎と吉田次郎(後に領事たり)と一夕旅館に会す
@haneko_tweet 「蓧」『和漢三才図会』35巻 https://t.co/SsRPlMMatK まあ、猫が飼えそうな形だからな気もする。 「按蓧与蓧同訓」以下は、 考えるに、「蓧」と「簣」とは、読みが同じである。おそらく「簣」は竹で作り、「蓧」はワラで作る、「猫飼(ネコカヒ)」というもののたぐいだろうか。
RT @haneko_tweet: こんなのみつけた。 "「猫掻」は、藁で編んだむしろであり、一時期、蹴鞠(けまり)などの時、庭に敷くのにも用いられていたものであり" 言葉の由来と成立-「猫」と「ねこ」から- https://t.co/yHPFVWbGGs
https://t.co/xODLmSs2tK "すんののびたる 盃に 二つも三つも 酒うけて"
宗祇法師『児教訓』 https://t.co/X4GWpG9Oqe "世に聞きなれぬ ゑぼし名を 我とさい〳〵 付けかへて"

お気に入り一覧(最新100件)

2 0 0 0 OA 眉山全集

川上眉山の「三銃士」では、有田太郎。大曽。 阿蘇は共通する。荒海は荒見。 https://t.co/At4lNRea2S 眉山全集は、明治42年だが、初出はいつだろう。
「internal sandhiは厳守されるが、external sandhiは無視されることがある。大体書いたり印刷するときには、external sandhiも守られるが、話すときには、それを守らずに区切つていう」 中村元(1972)「生きているサンスクリット」pp15-16 https://t.co/2Ul2oaoYPU
ここ数日の https://t.co/025Mm7lm5G を巡る海外のツイートあれこれを眺めていると、もしNDLデジコレの言語切替機能に気が付いて英語に切り替えたとしても、出版年月日という基礎的な書誌情報が「昭和10」と日本語表記のままなのは、やはりまずいのではという気がする。
ご無沙汰しております。 論文を書きました。「「夢幻能」概念再考―世阿弥とその周辺の能作者による幽霊能の劇構造―」です。 https://t.co/YYDo4kRl7d
「おそロシア」という言葉は、日露戦争当時から使われていたのか。 / “近代デジタルライブラリー - 露西亜観察談 : 一名・恐魯西亜征伐” http://t.co/Ce8JvgLn4u

35 0 0 0 OA 興亜少年讃美歌

時代の要請に応じた無理のある賛美歌集w。例えば「興亜の歌」はこんな感じ:「アジアの西に 主イエスは教え アジアの東 日本は起てり 二つの光 あふところ アジアは興り さかゆかん」>「興亜少年讃美歌」(日本基督教音協会編/警醒社/1943)http://t.co/xuyPZ9is

35 0 0 0 OA 興亜少年讃美歌

時代の要請に応じた無理のある賛美歌集w。例えば「興亜の歌」はこんな感じ:「アジアの西に 主イエスは教え アジアの東 日本は起てり 二つの光 あふところ アジアは興り さかゆかん」>「興亜少年讃美歌」(日本基督教音協会編/警醒社/1943)http://t.co/xuyPZ9is
http://t.co/XfGLKNCM ん? 静嘉堂文庫所蔵の『呉書』で南宋初期刊 南宋前期修……まさかこれ、咸平本呉書か!? http://t.co/9zrYKYoX
たぶん、この度の著作権法改正により国会図書館にてデジタル公開されたうちの一冊。昭和6(1931)年といえば、日本の造本技術がピークに達した辺りで、さすがというべきレベル。 『図解軍艦・航空母艦・潜水艇の作り方』 http://t.co/odrXXL6w
たぶん、この度の著作権法改正により国会図書館にてデジタル公開されたうちの一冊。昭和6(1931)年といえば、日本の造本技術がピークに達した辺りで、さすがというべきレベル。 『図解軍艦・航空母艦・潜水艇の作り方』 http://t.co/odrXXL6w

2 0 0 0 OA 豆腐集説

明治5年刊 「豆腐集説」 由来から料理法まで。 http://t.co/pxuzDjxx

2 0 0 0 OA 豆腐集説

明治5年刊 「豆腐集説」 由来から料理法まで。 http://t.co/pxuzDjxx

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(CONLL-U 形式っぽいものも返してくれるようになったが、「UDに基づいて係り受け解析してCONLL-U 形式で返して」って頼んでも形態素解析しかしてくれないし、日本語ベースなので、https://t.co/wbzBzAkidJ を作った時の最初のプロトタイプに近い感じ)
RT @higotoyogotoni: 遊女の日記としては、森光子(女優じゃなくて)の『春駒日記』がありますが、これは出版を前提としているので、悲惨さ、これは死ぬね……がよく見える資料としては、横山百合子氏による梅本記(江戸の遊女の日記)の研究があります。日記の具体内容と論文は…

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