著者
日置 佳之 須田 真一 百瀬 浩 田中 隆 松林 健一 裏戸 秀幸 中野 隆雄 宮畑 貴之 大澤 浩一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.43-89, 2000-08-10 (Released:2018-02-09)
参考文献数
97
被引用文献数
3

東京都練馬区にある東京都立石神井公園周辺の1930〜40年代と1980〜90年代における生物相を50余点の文献から明らかにした.また,同地のランドスケープを地図と空中写真を用いて縮尺1/2,500で図化した.2つの年代間で生物相の比較を行ったところ,すべての分類群で種の多様性が顕著に低下していることが明らかになった.また,ランドスケープの変化を地理情報システムによって分析した結果,樹林地は比較的高い率で残存していたものの,草地,湿地は大きく減少し,水路などの流水域と湧水はほぼ完全に消失していた.開放水面の面積は微増し,市街地は大幅に増加していた.同地域における種多様性の変化要因を明らかにするためにギルド別の種数変化と生育(息)地の規模変化の関係を求めた結果,種数の変化は生育(息)地の規模変化に対応していることが認められた.また,ギルドによって,生育(息)地の分断化に対する抵抗性に差異が認められた.研究の結果,地域において種多様性を保全するためには,生育(息)地として機能するランドスケープ要素(生態系)の多様性を確保することが不可欠であることが示唆された.
著者
田村 淳
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.255-264, 2010-11-30
参考文献数
47
被引用文献数
5

ニホンジカの採食圧を受けてきた時間の長さによる植生保護柵(以下、柵)設置後の多年生草本の回復しやすさを検討するために、同一斜面上の設置年の異なる柵で、12種の出現頻度と個体数、成熟個体数を比較した。柵はニホンジカの強い採食圧を10年程度受けた後に設置された柵3基(1997年柵)と16年程度受けた後に設置された柵4基(2003年柵)である。両方の柵で出現頻度が同程度であった種が6種、1997年柵で高い傾向のある種が6種であった。出現頻度が1997年柵で高い傾向のある6種のうちの3種は、シカの採食圧の低かった時代において調査地にまんべんなく分布していた可能性があった。そのため12種のうち9種は両方の柵で潜在的な分布は同じだったと考えられた。これら9種において個体数を比較したところ、4種は1997年柵で個体数が有意に多かった。これらの種は、シカの採食圧を長く受けた後に柵を設置しても回復しにくいことを示している。一方で、9種のうちの5種は、両方の柵で個体数に有意差はなかった。このことは、これら5種が林床植生退行後の柵の設置までに要した10年ないし16年程度のシカの採食圧では出現に影響しないことを示唆している。ただし、このうちの1種は成熟個体数の比率が2003年柵で低かった。以上のことから、柵の設置が遅れると回復しにくい種があることが明らかになった。したがって、それらの生育地では退行後、遅くとも10年以内に柵を設置することが望ましいと結論した。
著者
岩澤 遥 斎藤 昌幸 佐伯 いく代
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2040, (Released:2021-08-31)
参考文献数
42

近年、世界的に都市化が進行しており、野生生物の分布や行動に様々な影響を与えている。野生生物の中でも特に哺乳類は、体サイズが大きく、食物網の中でも上位に位置するものが多いため、他の生物群に与える影響が大きい。さらに、農林業被害や感染症リスクといった、人間生活と関わりの深い問題も指摘されている。そのような中、茨城県つくば市付近には、筑波山周辺にある連続した森林と、市街地内の孤立林のどちらも存在しており、都市化と哺乳類の関係を調べる上で適した環境が広がっている。そこで本研究では、筑波山麓から都市化の進む平野部にかけて、カメラトラップ調査を実施し、哺乳類の生息状況にどのような違いがみられるかを明らかにすることを目的とした。 2019年 7月~ 11月に、筑波山麓からつくば市街を含む平野部にかけ、 24ヶ所に自動撮影カメラ(以下カメラ)を設置した。設置地点は森林内とし、カメラの検出範囲が一定となるよう下層植生の少ない類似した環境を選定した。撮影データは約 1ヶ月ごとに回収し、種ごとに撮影回数をまとめた。さらに、各調査地点を森林の連続性(連続林・孤立林)、近隣の交通量、植生タイプ(自然林・混交林・人工林)で分類し、撮影頻度との関係を分析した。カメラの平均作動日数は 81日で、合計 525回、 10種の哺乳類が撮影された。うちイノシシ、ニホンアナグマ、ニホンテン、ニホンリスはほぼ連続林のみで撮影された。一方、タヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンは連続林・孤立林のどちらでも多く撮影され、特定外来生物であるアライグマは孤立林での撮影頻度の方が高かった。交通量に関しては、幹線道路に近く騒音の大きな地点ほどイノシシやニホンアナグマの撮影頻度が低下したが、タヌキやアライグマはそのような場所でも高い頻度で記録された。植生タイプについては、自然林や混交林での撮影頻度が高くなることを予測したが、アライグマのように人工林での撮影頻度のほうが高い種もみられた。広域に出現したタヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンの 3種について、日周活動との関係を調べたところ、タヌキは森林の連続性、交通量、植生タイプなどが異なると、撮影時刻の分布に統計的に有意な差がみられた。以上の結果から、都市化は哺乳類の分布、多様性、活動時間などに影響を与えるが、応答のパターンは種によって異なり、都市域の森林であっても生息できる種と、そうでない種があることが示された。
著者
山道 真人 長谷川 眞理子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.199-210, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
21
被引用文献数
2

保全生態学は生物多様性の保全および健全な生態系の維持の実現への寄与をめざす生態学の応用分野であり、保全活動に大きな貢献をすることが期待されている。この目標を実現するためには、保全生態学研究が保全活動の要請に見合って適切に行われている必要がある。そこで日本における保全生態学の研究動向を把握する一つの試みとして、1996年から発行されている代表的な保全研究・情報誌である『保全生態学研究』(発行元:日本生態学会)に掲載された論文のメタ解析を行った。その結果、近年になって論文数は増加し著者も多様化している一方で、研究者は自分の所在地から近い場所で研究を行う傾向があり、研究対象地は関東地方と近畿地方に集中していること、研究対象種は植物・哺乳類・魚類が多く、昆虫や他の無脊椎動物が少ないといった偏りがあることが明らかになった。この結果をもとに、応用科学としての保全生態学のあり方と今後の課題について考察した。
著者
揚妻 直樹 揚妻-柳原 芳美 杉浦 秀樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1923, (Released:2021-04-20)
参考文献数
43

捕獲圧がかかっていないニホンジカ個体群では、個体数が指数関数的に激増した後、短期間で大量死(個体群崩壊)を起こすものの、その後も再び急速に個体数を増加させ、安定しないと考えられてきた。ところが、捕獲圧が全くかかっていないシカ個体群を対象に長期動態を明らかにした研究例は少なく、知見は限られている。ニホンジカは多様な生態系に分布しており、各地域個体群に見られる動態のバリエーションが十分に把握されてきたとは言い難い。さらなる情報の蓄積が必要である。本研究の調査地である屋久島西部・世界自然遺産地域の照葉樹林では、過去数十年間シカの捕獲圧がほぼかけられてこなかった。そこで我々はこの地域の半山地区と、そこから 1.3 km離れた川原地区の 2か所で、 2001年から 2018年まで毎年夏に踏査によるルートセンサスを実施した。シカ生息密度は 2014年まで年率 9.1%で増加傾向にあったものの、その後は年率 15.2%の減少に転じていた。半山地区と川原地区の生息密度は増加期においても減少期においても違いがなく、同調して変化していた。半山地区で実施したカメラトラップ(自動撮影カメラ)による調査でも、シカ撮影率は 2014年から 2018年にかけて減少傾向にあった(年率 -10.0%)。この個体数の減少は、これまで報告されてきたような短期間の大量死によるものではなく、数年かけて進行していた。減少期間中( 2014年~ 2018年)に半山地区で識別していたシカ 19個体(メス 13頭・オス 6頭)を対象に地区内に定住(生存・死亡)していたか、地区外へ移出したかを直接観察により確認した。その結果、地区内の年定住率は 96.5%と高く、 3.5%は原因不明の消失であり、地区外へ移出した個体は確認できなかった。このことから、調査地域内で個体数減少が起きており、何らかの自然環境要因が関わっていた可能性が示された。今後も調査を継続し、捕獲圧のかからない地域におけるシカ個体群の挙動を明らかにしていくことが重要である。
著者
井上 遠 井上 奈津美 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.87-98, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
49

奄美大島の亜熱帯照葉樹林における森林性鳥類の種組成、および保全上重要な種の生息密度分布のモニタリングに録音法を用いる可能性を検討した。繁殖期(2015 年4 月22 日~ 5 月6 日)に5 か所の森林域において、早朝および夜間に音声録音(録音法)とポイントカウント法を同時に実施した。オオトラツグミやルリカケスなど奄美大島の森林域に生息する保全上重要な鳥類種を含めて、録音法でもポイントカウント法とほぼ同様の鳥類相を記録できた。録音法で記録されたリュウキュウコノハズクとアカヒゲのさえずり頻度は、ポイントカウント法で計数した個体数に対して有意な正の効果を示し、録音法はこれらの種の生息密度のモニタリングにも有効であることが示唆された。
著者
奥田 圭 田村 宜格 關 義和 山尾 僚 小金澤 正昭
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.109-118, 2014-11-30

栃木県奥日光地域では、1984年以降シカの個体数が増加し、1990年代後半から植物種数が減少するなど、植生にさまざまな影響が生じた。そこで当地域では、1997年に大規模な防鹿柵を設置し、植生の回復を図った。その結果、防鹿柵設置4年後には、柵内の植物種数がシカの個体数が増加する以前と同等にまで回復した。本研究では、防鹿柵の設置がマルハナバチ群集の回復に寄与する効果を検討するため、当地域において防鹿柵が設置されてから14年が経過した2011年に、柵内外に生息するマルハナバチ類とそれが訪花した植物を調査した。また、当地域においてシカが増加する以前の1982年と防鹿柵が設置される直前の1997年に形成されていたマルハナバチ群集を過去の資料から抽出し、2011年の柵内外の群集とクラスター分析を用いて比較した。その結果、マルハナバチ群集は2分(グループIおよびII)され、グループIにはシカが増加する以前の1982年における群集が属し、シカの嗜好性植物への訪花割合が高いヒメマルハナバチが多く出現していた。一方、グループIIには防鹿柵設置直前の1997年と2011年の柵内外における群集が属し、シカの不嗜好性植物への訪花割合が高いミヤママルハナバチが多く出現していた。これらのことから、当地域におけるマルハナバチ群集は、防鹿柵が設置されてから14年が経過した現在も回復をしていないことが示唆された。当地域では、シカが増加し始めてから防鹿柵が設置されるまでの間、長期間にわたり持続的にシカの採食圧がかかっていた。そのため、柵設置時には既にシカの嗜好性植物の埋土種子および地下器官が減少していた可能性がある。また、シカの高密度化に伴うシカの嗜好性植物の減少により、これらの植物を利用するマルハナバチ類(ポリネーター)が減少したため、防鹿柵設置後もシカの嗜好性植物の繁殖力が向上しなかった可能性がある。これらのことから、当地域における防鹿柵内では、シカの嗜好性植物の回復が困難になっており、それに付随して、これらの植物を花資源とするマルハナバチ類も回復していない可能性が示唆された。
著者
生態系管理専門委員会 調査提言部会 西田 貴明 岩崎 雄一 大澤 隆文 小笠原 奨悟 鎌田 磨人 佐々木 章晴 高川 晋一 高村 典子 中村 太士 中静 透 西廣 淳 古田 尚也 松田 裕之 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2211, (Released:2023-04-30)
参考文献数
93

近年、日本では、急速な人口減少が進む中、自然災害の頻発化、地域経済の停滞、新型コロナウィルス感染症の流行等、様々な社会課題が顕在化している。一方で、SDGs や生物多様性保全に対する社会的関心が高まり、企業経営や事業活動と自然資本の関わりに注目が集まっている。このような状況を受けて、グリーンインフラ、NbS(自然を活用した解決策)、Eco-DRR(生態系を活用した防災減災)、EbA(生態系を活用した気候変動適応)、地域循環共生圏等、自然の資源や機能を活用した社会課題解決に関する概念が幅広い行政計画において取り上げられている。本稿では、日本生態学会の生態系管理専門委員会の委員によりグリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や、これらの考え方を整理するとともに、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するためのポイントを生態学的な観点から議論した。さらに、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」を提案した。基本原則:1)多様性と冗長性を重視しよう、2)地域性と歴史性を重視しよう。生態系の特性に関する留意点:3)生態系の空間スケールを踏まえよう、4)生態系の変化と動態を踏まえよう、5)生態系の連結性を踏まえよう、6)生態系の機能を踏まえよう、7)生態系サービスの連関を踏まえよう、8)生態系の不確実性を踏まえよう。管理や社会経済との関係に関する留意点:9)ガバナンスのあり方に留意しよう、10)地域経済・社会への波及に留意しよう、11)国際的な目標・関連計画との関係に留意しよう、12)教育・普及に留意しよう。
著者
佐藤 夕夏 赤坂 卓美 藪原 佑樹 風間 健太郎 河口 洋一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1928, (Released:2020-11-10)
参考文献数
74

洋上風力発電は陸上風力発電よりも極めて大きな発電量を持つことから、近年気候変動問題の緩和策として最も有力視されている再生可能エネルギーのひとつである。その一方で、風車への海鳥の衝突等、野生動物への影響も懸念されている。このため、海鳥の生息に配慮した風力発電事業計画のための実用的なセンシティビティマップが求められるが、多くの国で作成されていない。本研究は、海鳥類への影響を最小限にとどめることを目的に、オオセグロカモメ Larus schistisagusをケーススタディとし、本種の生息場選択に関わる要因を明らかにし、センシティビティマップを作成した。 2018年 6-8月に、北海道道東地方に生息するオオセグロカモメ 6個体に GPSロガーを装着し 5分間隔で利用場所を特定した。オオセグロカモメの利用頻度は海水面温度、クロロフィル a、および営巣地からの距離が関係しており、海水面温度やクロロフィル aの上昇に伴い増加し、営巣地からの距離に応じて減少した。しかし、営巣地からの距離が 25 kmを越えた辺りからは横ばいとなった。これらの結果を用いてセンシティビティマップを作成したところ、営巣地に近接した海域だけでなく、遠方であっても潜在的に餌資源量が多い海域であれば、本種が風車に衝突する可能性が高くなることが示唆された。国内での洋上風力発電事業が計画されつつある今日では、本研究で示された手順で緊急にセンシティビティマップを作成し、事前の開発地選択に活用する必要がある。
著者
佐藤 綾
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.103-110, 2008-05-30 (Released:2018-02-09)
参考文献数
65
被引用文献数
4

ハンミョウ(コウチュウ目ハンミョウ科)は、山道や河原などの裸地に見られる肉食性の昆虫である。成虫は、昼間に裸地上を走り回って、アリなど小さな節足動物を捕らえて食べる。一方で幼虫は、地面に縦穴を掘って、入口に頭を出して待ち伏せし、通りかかった小動物を捕らえる。海辺に生息する海浜性ハンミョウは、日本では6種類見られ、同じ海岸に複数種が共存することもある。近年、護岸などの人為的改変によって自然海岸が激減し、それに伴い海浜性ハンミョウの絶滅が危惧されるようになった。一方で、海浜性ハンミョウを自然海岸の指標生物として注目し、天然記念物に指定するなどの保全対策を打ち出す地方自治体が出てきた。本稿では、海浜性ハンミョウについて、その生態、現状、減少をもたらす要因、そしてその保全対策について紹介しつつ、海浜性ハンミョウに注目した自然海岸の保全対策を打ち出すことの意義を強調したい。
著者
豊岡 由希子 松田 勉 山崎 裕治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.219-228, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
34
被引用文献数
1

国指定特別天然記念物であるライチョウLagopus muta japonicaの遺伝的多様性を保全するために、非侵襲的なDNA試料採取方法の確立と、その方法を用いた遺伝的多様性の評価を行った。富山県の立山周辺において、ライチョウの糞を採取し、ミトコンドリアDNA調節領域についてハプロタイプの決定を試みた。その結果、排泄直後の腸糞を用いた場合、約66%の確率でハプロタイプの決定に成功した。しかし、盲腸糞や古い腸糞においては、成功率が低下した。そして採取した102検体のうち50検体から、3種類のハプロタイプを決定した。このうち1つは、新規に発見されたハプロタイプであった。ライチョウ立山集団の遺伝的多様性は、他の山岳集団のそれと同等か、高い傾向にあることが示唆された。このことは、立山集団における生息個体数の多さを反映していると考えられる。ミスマッチ分析の結果、ライチョウ立山集団は、近い過去に集団の急速な拡大を経験していることが示唆された。この結果から、約9000-6000年前の気候温暖化によるボトルネックを受けた後に、集団が回復したことが推察される。
著者
小山 明日香 小柳 知代 野田 顕 西廣 淳 岡部 貴美子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.41-49, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
56

要旨 孤立化した半自然草地では、残存する草原性植物個体群の地域的絶滅が懸念されている。本研究は、都市近郊の孤立草地において地上植生および埋土種子の種数および種組成を評価することで、埋土種子による草原性植物個体群の維持、および埋土種子からの植生回復の可能性とその生物多様性保全上のリスクを検証することを目的とした。千葉県北総地域に位置するススキ・アズマネザサが優占する孤立草地において植生調査を行い、土壌を層別(上層0~5 cm、下層5~10 cm)に採取し発芽試験を行った。これらを全種、草原性/非草原性種および在来/外来種に分類し、地上植生、埋土種子上層および下層のそれぞれ間で種組成の類似度を算出した。結果、地上植生では草原性種が優占しており、外来種は種数、被度ともに小さかった。一方、埋土種子から出現した草原性種は地上植生より少なく、特に土壌下層からは数種(コナスビ、コシオガマ、ミツバツチグリなど)のみが確認された。対して外来種は埋土種子中で優占しており、特に土壌上層で種数および種子密度ともに高かった。種組成の類似度は、草原性種、外来種ともに地上植生―埋土種子間で低く、埋土種子上層―下層間で高かった。これらの結果から、孤立草地における草原性種においては、埋土種子からの新たな個体の更新により維持されている個体群は少ないことが予測された。また、長期的埋土種子の形成が確認された草原性種は数種であり、埋土種子からの個体群の回復可能性も限定的であると考えられた。さらに、埋土種子中には、地上植生では確認されていない種を含む多くの外来種が存在していた。これらの結果は、孤立草地における埋土種子を植生回復に活用する上での高いリスクを示しており、今後孤立化が進行することにより植生回復資源としての有効性がさらに低下すると考えられる。
著者
小粥 淳史 八柳 哲 神戸 崇 井上 頌子 荒木 仁志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2216, (Released:2023-09-01)
参考文献数
37

日本に生息する汽水・淡水魚のうち、約4割が環境省レッドリストにおいて絶滅危惧種に指定されており、なかでもタナゴ類の減少は顕著である。その一要因として外来種の影響が挙げられ、国内の溜池に広く見られるオオクチバスやカムルチーによる捕食、タイリクバラタナゴによる競合のほか、産卵母貝の生活史に必須なハゼ類の減少による間接的影響が懸念されている。既存生態系保全のためにはこれら外来種による生物群集への影響を正しく評価し、優先順位に基づく管理を行う必要がある。しかし、外来種の影響を総合的に評価するのは技術的に難しく、研究事例は限られている。そこで本研究では、上記三種の外来魚と在来タナゴ類が生息している秋田県雄物川流域の溜池に注目し、35地点から採集した水サンプルおよび魚類ユニバーサルプライマー MiFishを用いて環境DNAメタバーコーディング解析を行い、外来種が在来タナゴ類、ハゼ類をはじめとする溜池の魚類群集に与える影響を複合的に評価した。その結果、非計量多次元尺度法を用いた群集解析においてはオオクチバスの強い影響が示され、本種のDNAが検出された溜池では平均検出在来種数・Shannon-Wienerの多様度指数が共に約4割も減少するなど、在来群集構造を大きく改変している可能性が示された。またタイリクバラタナゴは在来タナゴ類と同所的に生息し、タイリクバラタナゴDNAの検出地点では在来タナゴ類の平均DNA濃度がタイリクバラタナゴDNA非検出地点平均のわずか2.4%と有意に低い傾向が確認された(p =0.0070)。一方、オオクチバスは在来タナゴとは共存しない傾向があり、オオクチバスとカムルチーのDNA検出地点では有意差はないものの共に在来タナゴ類の平均DNA濃度が低い傾向がみられた(外来種DNA非検出地点平均のそれぞれ6.6%、8.0%)。これらの結果から、オオクチバスは高い捕食圧によって溜池の魚種群集構造全体に大きな影響を与える一方、タイリクバラタナゴは在来タナゴ類と競合することで後者の生物量に強い負の影響を与えている可能性が示唆された。北日本における溜池の既存生態系保全のためにはオオクチバスの迅速な駆除と拡散防止が最優先となる一方、在来タナゴ類が生息する場所ではタイリクバラタナゴやカムルチーの個体数管理も併せて重要となるものと考えられる。
著者
曲渕 詩織 山ノ内 崇志 黒沢 高秀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2009, (Released:2020-11-10)
参考文献数
60

東北地方太平洋岸域の海岸林は東日本大震災で大きな被害を受け、現在、かつてない規模で山砂の搬入と盛土を伴う海岸防災林再生事業が進められている。生物多様性の劣化が懸念されるが、復旧事業直後の生物多様性に関する研究は乏しい。本研究では松川浦に面した砂洲である福島県相馬市磯部大洲において、施工直後の生育基盤盛土上の植物相と植生を調査した。造成完了から 3年以内で、植樹した翌年の生育基盤盛土上は、植被率が低く裸地に近い相観で、出現率が高かった植物の多くは一般に二次遷移の初期に出現するとされる夏緑性一年草や夏緑性多年草であった。木本は少なく高木性種はクロマツだけであり、海岸生植物は 3種類で被度も低かった。帰化植物は侵略的外来生物を含め 23種類(帰化率約 40%)であったが、被度は低かった。出現した維管束植物 58種類には震災前から林内や路傍で確認されていた種類が多く、生育基盤盛土の材料は砂岩由来で散布体に乏しいと推測されることから、これらは近隣から侵入したものが多いと思われた。本研究の対象地は限られたものであり、広大な復旧事業地の全域にわたる生物多様性の研究と知見の集積が望まれる。
著者
田和 康太 中西 康介 村上 大介 金井 亮介 沢田 裕一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.119-130, 2015-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
33

アカハライモリはその生活史において、幼生期と成体期には水田や池沼などの止水域で過ごし、幼体期には林床などの陸上で生活する日本固有の有尾両生類である。アカハライモリは圃場整備事業による水田環境の改変等の影響を受け、その生息数を全国的に減少させている。しかし、現状として、その保全対策に不可欠な生活史や生息環境の条件などに関する情報は非常に限られている。本研究では、アカハライモリの生息環境と季節的な移動を明らかにするために、滋賀県の中山間部水田地帯に設定した調査地において、未整備の湿田とそれに隣接する素掘りの土側溝に生息するアカハライモリの幼生および成体の個体数を水田の農事暦に則して調査した。その結果、アカハライモリの繁殖期である5月から6月には、土側溝でアカハライモリ成体が雌雄ともに多く出現し、水田ではほとんどみられなかったが、7月以降には、成体の個体数が雌雄ともに土側溝で減少し、水田で増加した。幼生は7月中旬から土側溝に出現し、9月までその生息が確認された。このことから、アカハライモリ成体は産卵場所として土側溝を利用し、幼生はそのまま土側溝に留まって成長し変体上陸するが、繁殖期後の成体は水田に分散している可能性が高く、アカハライモリはその生活史や発育段階に応じて隣接した水田と土側溝を季節的に使い分けているものと考えられた。以上より、水田脇に土側溝がみられるような湿田環境を維持していくことがアカハライモリ個体群の保全に極めて重要であると推察された。
著者
金指 あや子 菊地 賢 杉山 正幸 石田 清 永光 輝義 鈴木 和次郎
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.139-149, 2014-11-30

環境省レッドリストで絶滅危惧II 類に指定されている日本固有種ハナノキAcer pycnanthum(ムクロジ科)の最大の自生地である岐阜県中津川市千旦林において、ハナノキ個体群の分布と構造を明らかにし、その成立について考察した。調査は、2カ所の自生地(A区:7.5ha、B区:0.9ha)で行った。自生地はいずれも造林地や広葉樹二次林に覆われているが、A区には、ため池沿いの湿地や水田跡地などの開放的な環境も含まれる。A区では胸高周囲15cm以上の幹を持つハナノキ個体が785個体、B区では44個体が確認され、A区は個体数規模においてハナノキの我が国最大の自生地であると認められた。A区では、逆J字型のサイズ構造を示し、若い未成熟個体を多く含んでいたが、B区は幅の広い一山型分布を示した。現存個体の死亡にともなう地域個体群の絶滅が危惧されるB区に対し、A区では更新木の存在により個体群の存続が見込まれる。こうした個体群構造の違いは、開放的環境の有無や森林の取り扱い履歴に起因する。特に過去、複数回行われたスギ、ヒノキなど針葉樹植林時の森林伐採が、ハナノキの順次更新をもたらした結果、A区における最大規模の個体数の維持に寄与していると考えられた。多くのハナノキ自生地では実生の更新がほとんど見られず個体群の衰退が危惧される中、ハナノキの保全管理のモデルケースとして、本区域のハナノキ個体群の動態を注意深く見守り、個体群の持続機構を解明するとともに、更新サイトを確保するための上層間伐(受光伐)などの管理を行う必要がある。
著者
石濱 史子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.21-40, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
110
被引用文献数
12

博物館の標本情報や市民調査による観察情報などに代表される、不在情報がない分布データは、在のみデータと総称される。GBIF(Global Biodiversity Information Facility)などの公開データベースの整備により、在のみデータは分布推定に広く用いられるようになり、その成果が保全生物学分野でも幅広く応用されている。しかし、在のみデータに基づく分布推定に際しては、不在情報がないことに起因する特有の注意点が生じる。特に注意が必要なのが、サンプリングバイアスの存在と、バイアスに対応した偽不在(pseudo-absence)の選び方、推定値が分布確率そのものではない場合が多いこと、推定精度の評価指標の値が偽不在の選び方に依存して変わることである。在のみデータに基づく分布推定を、保全対策に適切に活用するためには、これらの注意点とその対処法を十分に理解することが欠かせない。これらの注意点と対処法に関して、蓄積されつつある海外での報告事例を紹介する。
著者
露崎 史朗 先崎 理之 和田 直也 松島 肇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2104, 2021-10-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
24

日本生態学会は、 2011年に石狩浜銭函地区に風発建設計画が提案されたことを受け、海岸植生の帯状構造が明瞭かつ希少であるという学術的な価値から「銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書」を北海道および事業者に提出した。これを受け、自然保護専門委員会内に石狩海岸風車建設事業計画の中止を求める要望書アフターケア委員会( ACC)を発足させた。しかし、風発は建設され、 2020年 2月に稼働を始めた。そこで、 ACC委員は 2020年夏期に、銭函海岸風発建設地および周辺において、植生改変状況・鳥類相に関する事後調査を実施したので、その結果をここに報告する。建設前の地上での生物調査を行わなかったため、建設後に風発周辺の地域と風発から離れた地域を比較した。概況は以下の通り。(1)改変面積 5.5 haのうちヤードが 61%を占め、作業道路法面には侵食が認められ、(2)風発は海岸線にほぼ並行して建設されたため、内陸側の低木を交えた草原帯の範囲のみが著しい影響を受け、(3)風発建設時に作られた作業道路・ヤード上には外来植物種、特にオニハマダイコンの定着が著しく、(4)鳥類は、種数・個体数が低下し群集組成が単純化していた。
著者
山ノ内 崇志 倉園 知広 黒沢 高秀 加藤 将
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1924, (Released:2020-05-15)
参考文献数
53

2011年 3月に発生した東北地方太平洋沖地震の津波被災地では新たに形成された湿地に希少な湿性植物の出現が見られたが、その後の復旧工事などで消滅した生育地も少なくない。特に多くの沈水植物がみられた宮城県野々島において小規模な湿地の沈水植物相を調査するとともに、地形や津波前後の土地利用を調査した。 2015年 8月には、沈水植物として沈水生維管束植物 4種、車軸藻類 1種を確認した。空中写真、衛星画像および都市計画図の判読から、この湿地は海岸浜堤の後背に位置し、少なくとも 1950年代から津波を受ける 2011年までの間は水田または休耕地であった。この湿地は 2016年までに復旧・復興事業にともなう埋立てにより消失した。災害復旧には迅速性が求められるため、災害後に出現した希少種の保全策を検討する時間を確保することは容易ではない。そのため攪乱後の希少種の出現傾向を予測し、災害に先だって情報提供や注意喚起を行うことが必要である。地形情報や土地履歴などの地理情報を活用した希少種の出現の予測は、災害やその後の復旧・復興事業に先だった情報提供・注意喚起の手段として検討の価値があると考えられる。
著者
田和 康太 中西 康介 村上 大介 西田 隆義 沢田 裕一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.77-89, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
6

圃場整備事業の拡大に伴い、平野部の水田では乾田化が進められてきた。このことが近年、水田の多種の水生動物が減少した一要因と考えられている。一方で、山間部などに多い排水不良の湿田では、一年を通して湿潤状態が保たれる。そのため、非作付期の湿田は水生動物の生息場所や越冬場所となり、生物多様性保全の場として重要な役割を担うといわれるが、実証例は少ない。本研究では、滋賀県の中山間部にある湿田およびそこに隣接する素掘りの側溝において、作付期から非作付期にかけて大型水生動物の生息状況を定量的に調査した。全調査期間を通じて、調査水田では側溝に比べて多種の水生動物が採集された。特にカエル目複数種幼生やコシマゲンゴロウに代表されるゲンゴロウ類などの水生昆虫が調査水田では多かった。このことから、調査水田は側溝に比べて多種の水生動物の生息場所や繁殖場所となると考えられた。その原因として餌生物の豊富さ、捕食圧の低さなどの点が示唆された。一方、側溝では水田に比べてカワニナやサワガニなどの河川性の水生動物が多い傾向があった。またドジョウの大型個体は側溝で多く採集された。このことから、中山間部の湿田では、調査水田と側溝のように環境条件や構造の異なる複数の水域が組み合わさることによって、多様な水生動物群集が維持されていると考えられた。また、非作付期と作付期を比較したところ、恒久的水域である側溝ではドジョウやアカハライモリなどが両時期に多数採集された。さらに調査水田ではこれらの種に加えて、非作付期の側溝ではみられなかったトンボ目やコウチュウ目などの多種の水生昆虫が両時期に採集されたことから、非作付期の水生動物の種数は側溝に比べてはるかに多かった。このことから、非作付期の水田に残る水域が多くの水生動物にとって重要な生息場所や越冬場所になると考えられた。