著者
長池 卓男
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.103-109, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
15

要旨 高山帯・亜高山帯での文化的な生態系サービスの主な享受者である登山者に注目し、ニホンジカの植生への影響の認識を明らかにするために、のべ299人を対象としたアンケート調査を行った。「南アルプスでニホンジカの影響があることについて、ご存じでしたか?」という設問に対しては、「知っていた」が37%、「知らなかった」が62%であった。また、登山歴が長いほど「知っていた」割合が高くなり、各設問での「わからない」という回答が少ない傾向があった。ニホンジカの影響を「知っていた」人の方が、今回登山した際に「見た」割合が高かった。今後、柵の設置などニホンジカ対策を進めるためには、登山者によるニホンジカ問題への理解が重要である。したがって、理解を進めるための普及・広報を広く実施するとともに、登山経験の浅い人をターゲットにすることが有効であることが示唆された。
著者
小柳 知代 富松 裕
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.245-255, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
73
被引用文献数
1

人間活動が引き起こす景観の変化と生物多様性の応答との間には、長いタイムラグが存在する場合がある。これは、種の絶滅や移入が、景観の変化に対して遅れて生じるためであり、このような多様性の応答のタイムラグは"extinction debt"や"colonization (immigration) credit"と呼ばれる。近年、欧米を中心とした研究事例から、絶滅や移入の遅れにともなう生物多様性の応答のタイムラグが、数十年から数百年にも及ぶことが明らかになってきた。タイムラグの長さは、種の生活史形質(移動分散能力や世代時間)によって、また、対象地の景観の履歴(変化速度や変化量)によって異なると考えられる。過去から現在にかけての生物多様性の動態を正しく理解し、将来の生物多様性変化を的確に予測していくためには、現在だけでなく過去の人間活動による影響を考慮する必要がある。景観変化と種の応答の間にある長いタイムラグの存在を認識することは、地域の生物多様性と生態系機能を長期的に維持していくために欠かせない視点であり、日本国内においても、多様な分類群を対象とした研究の蓄積が急務である。
著者
渡部 晃平
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.227-235, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
31

水田に生息する水生昆虫の保全のための基礎知見を得ることを目的として、愛媛県の南予地域において野外実験を行い、水田の水利構造上の違い(明渠の有無)とコウチュウ目およびカメムシ目の水生昆虫の群集組成の関係を調査した。田植直後から稲刈り前までの期間に採集された水生昆虫の平均個体数の比較により、明渠では水田の中の本田部分に比べて水生昆虫の個体数が多く、明渠の有無により水田における水生昆虫の群集組成は異なることが示唆された。本田部分で多い種は、ヒメゲンゴロウ、コシマゲンゴロウ、キイロヒラタガムシ、ヒメガムシ、ゴマフガムシであった。これらは、水田で繁殖を行う種が大半を占めており、繁殖環境として明渠よりも本田が適しているものと考えられた。明渠で多い種は、コガシラミズムシ、マダラコガシラミズムシ、コツブゲンゴロウであった。コガシラミズムシとマダラコガシラミズムシは、藻類を食べることが知られていることから、植生が豊富な明渠に集まったものと考えられた。コツブゲンゴロウは、乾期の少ない水域を繁殖環境としており、ため池や湿地の代替的な環境として明渠が選択されたものと考えられた。
著者
宮崎 佑介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.167-176, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
44

今後の市民科学の在り方を議論する上での意見として、科学、研究、市民の概念を整理し、論考した。日本語の「研究」は新規性を重視しない定義づけがなされている一方で、英語の「research」には新規性の有ることがその定義となっている点についての差異が認められた。また、東アジア(日本を含む)では成人のみを市民と捉えることが一般的である可能性がある一方で、西洋では乳幼児から市民として捉え始める場合が多いことを指摘した。次に、佐々木ほか(2016)によって定義された市民科学の概念を、魚類に関する事例にあてはめ、科学への貢献の可能性と課題の抽出を試みた。以上の検討を踏まえ、今後の日本の市民科学が欧米のcitizen science に近いものを目指す必要があることと、同時に日本の独自性を追及していくことの価値を述べた。
著者
諸住 健 小池 文人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1907, (Released:2021-04-20)
参考文献数
27

自然に接することを求める需要に応えるため様々なツーリズムが発達している。日本では海に接する大都市が多く、海岸の生態系は都市生活者にとって身近な自然となり得る。都市において、現在は市民によるアクセスが制限されている護岸などを適切に開発、開放することができれば都市住民の生活の質の向上が見込まれる。本研究では、東京都市圏の都心から郊外を経て農村に至る景観傾度に沿った海岸で、砂浜海岸や岩場海岸、コンクリート護岸、親水石積み護岸などの様々な海岸生態系に対する市民の利用の状況をルートセンサスによる直接観察で調査し、利用人数に影響する要因を統計的に検出した。調査の結果から、利用者数は魚釣り、遊び(砂遊びや水遊び)、生物採集の順に多く、魚釣りと生物採集の利用者数は全体の 53%と半数を超えることがわかった。このことから、市民による海岸生態系の利用には生態系の直接的な利用と関わりが深い需要が多いことが示唆された。最も利用者の多かった魚釣りは、秋にコンクリート護岸で利用者密度が高く成人男性の利用が多かった。遊びでは、初夏に砂浜海岸で利用者密度が高く、性比に偏りは見られなかったが、他の海岸利用と比較して子どもが多かった。生物採集は、初夏に岩場海岸が利用され、遊びについで女性や子どもの利用も多かった。今回の結果から、未開放のコンクリート護岸に対しては魚釣りの潜在的な需要があることや、親水石積み護岸の造成は垂直護岸よりも生物採集が行いやすいため、都市の子どもに自然と接する機会を提供しうることが示された。今回の結果は、都市の人工護岸を未利用の自然資源として開発する際に目的とする利用タイプと利用者属性を定めた計画策定が可能であることを示唆している。
著者
角野 康郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.2004, 2020 (Released:2020-12-31)
参考文献数
64

湧水域は特有の環境と生物相を有し、生物多様性保全の観点からも重要な湿地である。近年、外来水生植物の湧水域への侵入と分布拡大の事例が報告され、生態系被害が危惧されている。本調査では、日本の湧水域における外来水生植物の侵入と定着の実態を明らかにすることを目的に、北海道、東北地方南部、南九州をのぞく全国 26都府県の湧水河川ならびに湧泉 201カ所を調査した。そのうち維管束植物が生育していたのは 165地点で、沈水形で生育していた陸生植物も含め 69種が記録された。この結果に基づき、在来種も含め、湧水域における水生植物相の特徴を考察した。外来種は 20種が 114地点から確認され、我が国の湧水域に広く侵入・定着している実態が明らかになった。オランダガラシ(広義)、オオカワヂシャ、コカナダモが多くの地点で確認されたほか、イケノミズハコベ、オオカナダモ、キショウブが 10カ所以上の地点で確認された。これら外来水生植物の生態リスクには湧水特有の環境が関係していることを論じるとともに、今後の課題について考察した。
著者
照井 滋晴 太田 宏 石川 博規 郷田 智章
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.67-73, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
17

冬期にまとまった積雪のある北海道・東北地方において、道路への融雪剤の散布は交通の安全性の確保の面からは不可欠であるが、一方で、動植物に悪影響を及ぼすことが懸念されている。そこで本研究では、融雪剤として利用されるCaCl2 が、どの程度の濃度でサンショウウオの卵や幼生の生存に影響を与えるのかを把握することを目的とし、エゾサンショウウオとトウホクサンショウウオの卵嚢と幼生を用いてCaCl2 曝露実験を行った。卵嚢を用いた実験の結果、エゾサンショウウオの半数致死濃度(以下、LC50 と表記)の推定値(CaCl2 換算)は316.6 mg/L、トウホクサンショウウオでは234.4 mg/L であった。幼生を用いた実験では、エゾサンショウウオのLC50 の推定値(CaCl2換算)は271.1 mg/L、トウホクサンショウウオでは519.0 mg/L であった。加えて、エゾサンショウウオの卵嚢を用いた実験では、400 mg/L 以上の濃度の水溶液中で孵化した幼生の17.9%は外鰓が委縮しており、たとえ孵化することができたとしてもCaCl2 の影響により形態的な異常が生じる可能性が示唆された。これらの結果は、残留するCaCl2 の濃度次第では自然条件下の繁殖水域においても、融雪剤の散布がエゾサンショウウオ及びトウホクサンショウウオの卵や幼生に対して孵化率や生存率の低下をもたらしうることを示唆している。
著者
鬼頭 健介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2125, (Released:2022-08-03)
参考文献数
41

生態系サービスを持続的に享受するためには、その定量的評価が重要であるが、文化的サービスの評価は他の生態系サービスと比べて進んでいない。文化的サービスの 1つである、芸術にインスピレーションを与えるサービスは、生態系を対象にした芸術作品の数を用いて評価されつつある。しかし、一般市民が作った現代の芸術作品を評価した国内の事例はない。そこで本研究では、鳥類を対象にした現代俳句を題材に、本サービスの定量的な評価を試みた。朝日新聞の投句欄である朝日俳壇に掲載された俳句の中から、鳥類を対象にした俳句を収集し、 2014 -2019年に掲載された鳥類の各科の俳句数と生息環境の関係を調べた。さらに、 1996 -2019年に掲載された鳥類を対象にした俳句数の年変化を調べ、本サービスの増減傾向を調べた。解析の結果、農地、湖沼河川に生息している鳥類の科の俳句数が多いことが分かった。両環境では人と鳥類が生活空間を共有しているため、本サービスが提供されやすいと考えられた。俳句数の変化を調べた結果、鳥類を対象にした俳句の総数は変化していなかった。しかしその内訳を調べると、特定の科に限定されない鳥綱全体を対象とした俳句は増加しており、特定の各科を対象とした俳句は減少していた。この傾向の理由として、特定の科を対象とする俳句を詠むのに必要な、種の識別や生態に関する知識レベルや、詳細な観察意欲が低下していることが影響している可能性が考えられた。これらの結果を踏まえて、農地と湖沼河川を中心とした生態系の保全や、生態に関する知識の教育などが、本サービスの維持にとって重要である可能性が考えられた。本研究は、日本の現代の芸術を対象にインスピレーションサービスを定量的に評価した貴重な事例である。この結果を他の生態系サービスの定量的評価に統合することで、よりバランスの取れた保全に関わる意思決定につながるだろう。
著者
高槻 成紀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.101-106, 2005
参考文献数
16
被引用文献数
1

"Sika deer problems" in Japan are primarily thought of as pest problems affecting agriculture and forestry, although attention has recently been given to their effects on natural vegetation. In decision making regarding deer problems, the opinions of urban residents have relatively little influence. A problem that must be taken into account when planning deer management programs is the concern that sika deer are destroying natural habitats in Japan and therefore cannot be allowed to increase in number. There is also conflict between agriculture-oriented offices, which target damage control, and conservation-oriented offices, which target biodiversity conservation. Local officers are often influenced by mass communication, which may oversimplify the issue as one of deer population problems. Important information needed for effective deer management includes the proper evaluation of damage, vegetation, and deer habitats. Deer population assessment is of low priority. It is necessary to avoid repeating previous mistakes that considered deer population to be a high priority issue. Continuous monitoring by wildlife specialists for at least five years is essential.
著者
奥田 圭 藤間 理央 根岸 優希 ヒントン トーマス G. スマイサー ティモシー J. 玉手 英利 兼子 伸吾
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.137-144, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
27

2011 年の東北地方太平洋沖地震は、福島県の一部地域における人間活動を大きく変えた。福島第一原子力発電所の津波被害やその後に生じた放射能汚染は、結果的に放棄耕作地や住民の避難に伴う空き家を増加させ、避難区域内における家畜の逸出を招き、野生の哺乳動物の個体群も拡大させた。本研究では、福島県におけるニホンイノシシと逸出したブタとの交雑の可能性を検証した。2014 年から2016 年の間に福島県内の個体群から集められた75 頭のニホンイノシシのミトコンドリアDNA 配列を分析した結果、71 個体からはニホンイノシシ固有の既知の配列が得られたが、それらから著しく分化したブタに該当する配列が4 個体から得られた。この結果は、野生化したブタからニホンイノシシ個体群への遺伝子汚染を示唆している。また、今回の知見は、当該地域における核DNA マーカーを用いた詳細な遺伝解析とモニタリングに基づく個体群管理の必要性を示唆している。
著者
藤井 伸二
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.3-15, 2010-05-30
被引用文献数
3

京都府に位置する芦生研究林の枕谷において、シカ摂食圧の顕在化にともなう開花植物相と開花株数の変化を調査した。その結果、開花植物の種数は84種から56種に減少していた。開花株数の増減評価を行った77種の内訳は、顕著に増加したものが8種、顕著に減少したものが47種であった。22種は地域絶滅した可能性がある。大形の植物種において減少種数の割合が高く、小形の植物種については増減変化の顕著でない種数の割合が高かった。開花時期を検討した結果、春咲き種群に比べて初夏・夏咲き種群と秋咲き種群での減少種数の割合が高かった。したがってシカ摂食の影響評価のためには植物体サイズと開花時期の両方の形質が重要と考えられる。推定開花株数とシンプソンの多様度指数の季節変化パターンは大きく変化したことが明らかになり、開花植物を利用する訪花昆虫や植食昆虫に対する植物の季節的群集機能の変化が示唆された。
著者
岡本 八寿祐 中村 雅彦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.193-202, 2009-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1

毎年、大量の外国産クワガタムシ・カブトムシが日本に輸入されている。このような現状の中、在来種との競合、交雑など様々な問題点が指摘され、それに関わる検証実験等が報告されている。しかし、その報告の多くは外国産クワガタムシの例であり、外国産カブトムシの例はほとんどない。外国産カブトムシも外国産クワガタムシと同様、定着、競合など生態系や在来種への影響等のリスク評価を行なう必要がある。本研究では、コーカサスオオカブトムシが、成虫期・幼虫期で日本の野外で定着することができるのか、また、日本本土産カブトムシと競合し、その採餌行動等に影響を与えるのかを調べた。野外観察と飼育実験の結果、コーカサスオオカブトムシの成虫は、日本本土産カブトムシと同等に生存し、産卵した。また、野外でコナラの樹液を吸った。しかし、幼虫は、冬に野外で生存できなかった。これらのことから、コーカサスオオカブトムシの日本への定着は、困難であることが示唆された。成虫の活動に関しては、コーカサスオオカブトムシの雄の活動時間帯は、日本本土産カブトムシの雄と重なる時間帯があり、餌場で闘争した場合、コーカサスオオカブトムシが勝つことが多かった。これらのことから、コーカサスオオカブトムシは、逃げ出したり放虫された成虫が、野外で活動する際、日本本土産カブトムシと競合し、その採餌行動に影響を及ぼす可能性が高いと考えられた。
著者
諸澤 崇裕 萩原 富司 熊谷 正裕 荒井 聡 奥井 登美子 岩崎 淳子 三浦 一輝
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2213, (Released:2023-04-30)
参考文献数
39

霞ケ浦において、定置網で漁獲された魚類を参加者が回収、種同定、重量の計測を行い、最後に漁獲物の一部を試食し、群集調査を行う一日漁師体験というイベント型の市民参加型モニタリングを 2006 年 4 月から 2020 年 1 月までの期間、月に 1 回程度の頻度で実施した。計 142 回のイベントを実施し、参加者数はのべ 2177 人、1 回あたりの参加者数は約 20 名であった。モニタリングの結果、在来種については、シラウオ Salangichthys microdon、オイカワ Opsariichthys platypus、クルメサヨリ Hyporhamphus intermedius、アシシロハゼ Acanthogobius lactipes、マハゼ Acanthogobius flavimanus、ジュズカケハゼ Gymnogobius castaneus などが一時的に減少したのち再び増加傾向に転じたこと、タナゴ類は 2009 年ごろを境に確認されなくなったことが明らかとなった。また、外来種については、国外外来種のダントウボウ Megalobrama amblycephala が 2018 年から確認され始めたほか、国内外来種のゼゼラ Biwia zezera が 2013 年から確認され始めるなど新規定着、もしくは増加傾向の種が確認できた。さらに、国外外来種のアオウオ Mylopharyngodon piceus やペヘレイ Odontesthes bonariensis については、2010 年以降確認されなくなり、外来種の減少傾向も捉えることができた。以上の結果から市民参加型モニタリングが在来種や絶滅危惧種の増減、外来種の定着や増減を把握するために有効であることが示唆された。一方で、15 年間継続したモニタリングも新型コロナウィルスの流行等により継続できなくなり、継続性という観点からイベント型の市民参加型モニタリングの課題も明らかとなった。
著者
奥田 圭 關 義和 小金澤 正昭
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.121-129, 2013-11-30

シカの高密度化に伴う鳥類群集への影響を明らかにするため、栃木県奥日光地域における1977年から2009年にかけての繁殖期の鳥類群集のデータを過去の資料から抽出し、当地域においてシカが増加し始めた1980年代前半以前からシカが高密度化した現在までの鳥類群集の変遷を検討した。そして、その変遷要因についてシカの高密度化と絡めて考察を行なった。鳥類群集の変遷過程の概略をつかむため、1977年、1978年、1979年、1991年、1992年、1993年、1998年、2003年、2008年、2009年の計10時期のデータを用い、各時期において確認されたすべての鳥種を生活型(営巣型および採食型)により分類し、その組成の経年変化を検討した。また、TWINSPANにより種組成の似通った時期および出現傾向が類似する鳥種の分類を行なった。その結果、生活型の組成は1993年と1998年を境に大きく変化していた。また、TWINSPANの結果からも同様に、1993年と1998年を境に種組成が大きく変化していたことが示された。キツツキ類などの樹洞営巣型および樹幹採食型に属する鳥種や、サメビタキ属などの樹上営巣型、フライキャッチ(飛翔採食)型の鳥種は1998年以降に高い相対優占度を有していた。一方、ウグイス類やムシクイ類などの森林の下層を営巣や採食に利用する鳥種や、托卵習性を有するカッコウ類の鳥種は、1993年以前には高い相対優占度を有していたものの、1998年以降にはほとんど欠落していた。奥日光地域では1990年代後半からシカによる下層植生の衰退や樹皮剥ぎの増加などの森林植生への影響が顕在化したことが報告されている。これらのことから、シカの高密度化に伴う下層植生の衰退は、ウグイス類やムシクイ類などの営巣および採食環境の劣化をもたらし、負の影響を及ぼしたことが考えられた。さらに、それに付随して、これらの鳥種を主な托卵相手とするカッコウ類の鳥種にも二次的な負の影響を及ぼした可能性が示唆された。また、シカの高密度化に伴う樹皮剥ぎの増加は枯死木を増加させ、枯死木を営巣や採食に利用する樹洞営巣型や樹幹採食型の鳥種に正の影響を及ぼしたことが考えられた。また、枯死木の増加は樹上営巣型やフライキャッチ型の鳥種にも正の影響を及ぼした可能性が示唆された。以上から、奥日光地域において1993年と1998年を境に鳥類群集が大きく変化した主要因は、シカの高密度化に伴う植生改変であると結論した。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
大澤 剛士 三橋 弘宗 細矢 剛 神保 宇嗣 渡辺 恭平 持田 誠
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2105, (Released:2021-10-31)
参考文献数
56

Global Biodiversity Information Facility(GBIF)日本ノード JBIFは、体制を刷新した 2012年以降、国内における生物多様性情報に関わる活動の拠点として、生物多様性に関わるデータの整備や公開、それらの支援、普及啓発等の活動を行ってきた。日本は 2021年 6月をもって GBIFの公式参加国、機関から外れることが決定しているが、 JBIFは引き続き同様の活動を継続していく。本稿は、 JBIFのこれまでの主な活動をまとめると同時に、国内における生物多様性情報が今後進むべき方向、課題について意見を述べ、日本の生物多様性情報の発展について今後必要と考える事項について提案する。
著者
稲葉 慎 高槻 成紀 上田 恵介 伊澤 雅子 鈴木 創 堀越 和夫
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.51-61, 2002-09-30
参考文献数
26
被引用文献数
2

小笠原諸島に生息するオガサワラオオコウモリのうち,父島個体群の生息数は近年150頭前後でほぼ安定していたが,2001年頃から急速に減少しており,保全対策を緊急に実施する必要がある.オガサワラオオコウモリは果実食で現在では栽培植物に大きく依存し,またエコツーリズムの対象となりつつあるなど,本種をめぐる自然環境・社会環境は複雑であるため,問題点を整理し,保全策の提言をおこなった.
著者
秋山 辰穂 水島 希 標葉 隆馬
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.187-198, 2018 (Released:2018-12-27)
参考文献数
55

近年、生物多様性は急速に失われつつあり、その保全と持続可能な利用は人類社会の重要な課題である。「生物多様性」は、生物学者たちによって1986年に創られ保全活動の普及宣伝に使われてきた言葉であり、1992年に採択された生物多様性条約において異なる3つの階層(生態系、種、遺伝的多様性)を包括する概念であると定義される。日本は条約締約国として生物多様性国家戦略を過去5回にわたって策定してきた。しかし、日本で国家戦略がどのように生物多様性の科学的側面と関わり、その内容を変化させてきたかは明らかでない。本研究では、全5回の国家戦略を対象に定量テキスト分析ならびに内容分析を行い、内容の変遷を特に多様性の3つの階層の扱われ方の違いに注目して記述した。さらに、最新の第5次国家戦略において基本戦略や世界目標である愛知目標に対してどのように施策が設定されているかを定量的に調査した。その結果、国家戦略において中心となる話題が、「野生生物」から「自然環境」、そして「人間社会」へと2度の大きな変遷をしてきたことが示された。生物多様性の3つの階層に関連する各コンセプトに言及している段落の出現頻度も変化し、「生態系」に関してはどの時期の国家戦略でも27%程度で最も頻繁に言及されていたが、「種」に関する言及は23.4%から11.2%に、「遺伝子」に関する言及は15.9%から6.2%まで、第1次から第5次国家戦略までの間に減少したことが明らかになった。現行の国家戦略では施策数においても、種や遺伝的多様性に関する施策は特に少なく、遺伝的多様性に関する数値目標数はわずか1つのみにとどまった。そして科学的基盤の強化に関する基本戦略に対応する施策が他の基本戦略と比較して少ない一方で、「生態系サービス」への言及頻度は急激に増加し、「生態系サービス」が生物多様性を宣伝する新たな用語として使われ始めていることが示唆された。
著者
片野 修 佐久間 徹 岩崎 順 喜多 明 尾崎 真澄 坂本 浩 山崎 裕治 阿部 夏丸 新見 克也 上垣 雅史
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.147-152, 2010-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
20
被引用文献数
6

The channel catfish, Ictalurus punctatus, is an invasive alien species introduced from North America. We investigated the present status of the fish in Japan and found that it is widely distributed in the Abukuma, Tone, and Yahagi River systems, as well as in Lake Shimokotori. In 2008 and 2009, several channel catfish were also caught in Lake Hinuma and the Miya and Seta Rivers. We concluded that the distribution of channel catfish has rapidly expanded within natural rivers during the past several years. To avoid severe damage imposed by channel catfish to the river ecosystems and inland fisheries of Japan, risk assessments and examinations of the ecological characteristics and methods of capture of this fish species are urgently required.
著者
岩田 明久
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.133-141, 2006-12-05
参考文献数
11
被引用文献数
4

現在、アユモドキLeptobotia curtaの天然個体群は岡山県の二カ所と京都府の亀岡のみにしかなく、日本の淡水魚で最も絶滅の危険性が高い種の一つとされる。本種は、水田に取水するために灌漑用ゴム布引製起伏堰が稼働した後に、水位の急激な上昇で水没する陸生植物の繁茂した堰上流部のうち、緩傾斜が続く泥底止水城浅所のごく狭い範囲に産卵する。しかも、産卵日は水位の上昇が止まった直後の一日から二日間のみという集中的な産卵習性を持つ。仔魚には3-4週間浮遊しながらミジンコ類を専食するための安定した一時的水域が必要である。一方、稚魚から成魚の環境要求性は狭くない。従って、本種の存続はひとえに産卵場と仔魚の育成場所の存在にかかっている。このような場所はモンスーン地域の雨季に、河川水位の急激な上昇で水没する氾濫原や河跡湖の岸辺といった、水田生態系が作出される以前の始源的状態を保持しているといえる。現在、この条件を満たす箇所は用排兼用型灌漑のもとに在来水田農業が営まれる、用水路に続く遊水地や灌漑堰のある河川支流にごく僅かに残されているにすぎない。そして、このような場所は水田農地・河川改修で最初に消失する部分である。アユモドキのような在来水田農業に依存した生物を存続させるには、水田周辺の用排水路・小溝・河川支流等といった場所に残存するモンスーン気候遣存環境の維持と再創出を強く目指さなければならない。