著者
森 正人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<br><br>1. 人間あらざるもののカリスマnonhuman charisma<br><br>生産、消費される「自然」は自明ではない。その自然を地理学として問うこととは一体どのように可能であり、意味があるのか。本発表は自然、種、セキュリティをめぐって考えることでこの問いに取り組む。<br><br> 西欧近代において自然は人間主体により手を加えられる受動的な客体と前提されてきた。この人間-自然の形而上学的に文法はポスト人間中心主義の身振りにより掘り崩される。人間あらざるものnonhumanの行為能力は人間の統べ治める近代世界、人新世anthropoceneにおいて「人間なるもの」を鋳直す。生物多様性の危機において象徴性を帯びる人間あらざるカリスマは、この世界の危機を告げ知らせる。<br><br> 日本におけるカリスマの中でも旗艦種flagship species (Lourimer 2007)としての佐渡島のトキを見てみよう。日本を象徴するとも言われるトキは1981年に野生絶滅したものの、1967年に開設されたトキ保護センターで現在も人工孵化、人工繁殖が続けられている。トキの野生絶滅は人間による乱獲に起因するものであり、その意味では人新世的なものである。しかし同時にトキの絶滅は日本的なるものの消滅を訴えかけもする。2011年、世界農業遺産への「トキと共生する佐渡の里山」の登録という出来事は、トキの国民主義化を引き立たせる一例である。空一面を覆う飛翔するトキの風景、佐渡のエコロジーにおいて人間と共生するトキは「日本的なるもの」を象徴するために、里山や棚田とアッセンブリッジされ、審美性を構成する。<br><br> トキに限らず、日本「固有」の種の絶滅に対する危機感は、生政治学と地政学を発動させる。「種」を同定し、その種の数滴把握とそれを生かすことの調整権力は、この調整される種を審美化する(フーコー2007)。したがって、審美的なもの、感性的なるものの分配をつまびらかにすることは、美しきものと生政治的なるものの関わりを暴き出すために重要となる。同時に種の場所と時間を同定し、そこからの移動も管理する力は地政学的である。この移動管理の地理は「生物多様性」という概念とそれに基づく制度によって推進されてきた。興味深いことは、専門家レベルの生物多様性の危機は人間の乱獲や開発によって引き起こされたものと認識されているのに対して、一般レベル(政治的領野)においては侵入外来種によって引き起こされていると想像されがちであることである。したがって、移動管理のセキュリティ強化が政治的アジェンダとして言説化されることになる。<br><br> この移動管理される種(固有種/外来種)は普遍的な区分でも与件でもない。外来種とは、境界づけられた空間と、それをまたぐ移動を前提する。しかし、種が移動する境界とは「自然」ではない。そもそも生物多様性が生物の多様性維持を目的とするのであれば、世界全体で種の個体数管理をする生政治学であるべきであり、国家レベルでの境界管理とは矛盾する。これらは生物多様性の維持、調整が国家によってなされるときの「翻訳」的矛盾である。<br><br> また種の固有/外来性は時間化の問題である。一体どれほど留まれば、どの世代まで遡れば種は固有になるのか。このことは種の問題ではない。振り返れば、保護されるトキは「中国産」である。しかしこの中国産トキの時間性と空間性は審美性によって覆い隠される。なぜなら、中国産のトキは遺伝的に同一であると同定されたからである。<br><br> こうした一連の問いかけは、人間も自然もともに「生き物」であることを確認させる。固有種も外来種もともに人間社会を構成する行為者であり、人間の伴侶種(ハラウェイ2013)であるはずだ。
著者
和田 崇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.310-326, 2021 (Released:2021-09-15)
参考文献数
46
被引用文献数
4

本稿では,平和都市広島でスポーツイベントを開催することが,平和メッセージの発信と積極的平和に向けた取組み,平和学習の効果,市民啓発の4点からみて,どのような意義があるのかを検討した.その結果,平和都市としての国際的知名度があり,また原爆遺産など負の遺産が立地し,そこからさまざまな学びを得ることができる広島市のような都市においては,世界平和の実現を目的に掲げてスポーツイベントを開催する意義が大いにあり,それを政策として展開することもスポーツ振興と平和推進に有効であることが確認できた.それは,スポーツイベントの開催を通じて参加者や観客を迎え入れるスポーツツーリズムと,人類の負の遺産からの学びを得ることを目的に旅行するダークツーリズムを組み合わせたものといえる.そして,これを実効化させるには,スポーツと平和学習による教育プログラムの充実が必要である.
著者
田畑 弾 山川 修治
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.211, 2011

はじめにKBSの大きな目的は、気象官署の観測網でとらえにくいAMeDASレベルの、気圧の急降下、メソ低気圧、前線内の気圧変動などのメソ擾乱に対して、気圧の行方を明瞭な形にすることである。たとえば、Kusunoki,et.al.,(2000)によって ドップラーレーダーで解析されている低層上空(850hPa程度)の低層上空に発生する安定層内における内部重力波や山岳波動の影響を、地上の観測で補完し、新たに地上での影響を考察することも可能となる。2010年4月より本格稼動したKBS(関東気圧システム解析プロジェクト)によって得られたデータのうち、2010年9月23日に前線内の気圧変動に関して顕著な事例が発生したため、今回はこの内容を報告する。データと方法気圧:KBS・気象官署の観測値→月平均をとりその偏差風向風速:AMeDASの10分値以上の関東地方の範囲で作成した図を解析の基本図とする。雨雲の動きは気象庁レーダーエコー図を参照。結果と考察09:00の総観場を見ると、秋雨前線(停滞前線)が関東地方の南岸にあり、銚子沖に低気圧が解析されている。雨雲レーダーを援用すると、この北側で台風の影響を受けた雨雲が発達している。 KBS各観測点の気圧データを挙げると、北関東では気圧の変動が強く、特に榛名山東麓では12:46~13:12の間に+1.9、小山では11:54→12:02で+2.1、直後12:10までに-2.9、さらに12:18までに+1.4という急変動が観測された。それに対して南関東では、長い時間での1.5以上の気圧の変動はあるものの、短い期間での急変動はあまり見られない。基本図とレーダーエコーの図を挙げると、基本的には前線内でNE5~10m/sの風が吹走しているが、前線南部と考えられる勝浦・鴨川付近はSW風となっている。10:30に宇都宮で+1.6と局地的に高い気圧を壬生と日光を巻き込む形で記録している。この領域は10:50までに東に移った。11:20に熊谷で+1.9を観測したときは、日光・宇都宮・壬生・小山・館林を巻き込んでいるが、この10分後には-1.4と-3.3hPa落ち込んだことになる。熊谷ではN→Eと風向が変化している。この後、栃木県内で局地的に高圧部が現れ、12:00では、高根沢で+1.9、小山では+1.4の値を示しているのに対して、宇都宮が+0.3、壬生が+0.1を出すといったコントラストがみられる。13:00には榛名山東麓で+1.3、前橋で+1.2、赤堀で+0.7、桐生で+0.8の高圧域を出し、この領域は14:00までに南に広がり、東に移動している。その後、栃木県内の各地点で-0.5を超す気圧の急下降域が観測された。KBSデータでの「波形」は、先述の通り北関東では周期的に気圧が変動し、南関東はその波が緩い。これを考察すると、雷雨高気圧・ダウンバースト的な下降流、周辺山地の影響による山岳波動が要因として考えられる。レーダーエコーの図を援用して考察すると、高圧域となっているところは基本的に雷雨高気圧によるものとみられる。さらに、09:00における館野の高層観測データを参照すれば、950~925hPaで安定層が認められ、前線面上の安定層が波動を伝えている可能性が考えられる。
著者
府和 正一郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>はじめに</b></p><p></p><p>・研究目的 神社の野外寄進物には鳥居、狛犬、灯篭、社号標、旗竿などがある。これらには寄進者の名称、居住地、寄進年代などが刻まれている場合が多く、文化遺産である。災害で倒壊、破損した事例が多い。神社の野外寄進物の調査と記録が重要である。</p><p></p><p>本稿では口能登の県社であった羽咋神社と能登一宮であり旧国幣大社の気多神社、中能登町の石動山登山口の二宮にある延喜式内社とされる旧郷社天日陰比咩神社、石動山(564m)史跡にある延喜式内社で旧郷社伊須流岐比古神社を対象とする。奥能登では珠洲市の延喜式内社で旧県社の須須神社、輪島市の延喜式内社とされる旧県社重蔵神社を対象とした。以上、能登地方主要6神社について、野外寄進物の特色を明らかにすることを目的とする。</p><p></p><p>・研究方法 市町村史、神社史等による文献調査と現地調査による。現地調査は野外寄進物を社号標、鳥居、灯篭、狛犬、歌碑・句碑、その他に分け、寄進者の個人名・団体名、居住地、寄進年代等を記録する。2019年7月現在の調査結果を考察対象とする。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>野外寄進物の性格</b></p><p></p><p>1 対象野外寄進物の神社別の総数が加賀地方に比べて能登地方は少ない。最多は重蔵神社の56個、次いで須須神社の34個である。最少は伊須流岐比古神社の5個である。加賀地方では白山比咩神社の76個、大野湊神社の76個、菅生石部神社45個である。</p><p></p><p>2 種別では能登地方主要6神社合計、灯篭が44.9%で最多である。次いで狛犬19.4%、鳥居14.6%、社号標8.5%の順である。 3 材質では、石造が81.6%を占める。金属造が11.5%あり、鉄は灯篭の竿部分に使われ、アルミは旗竿に使われ、青銅は神馬像に使われている。木造7.3%は鳥居である。石質は花崗岩が46.1%と多い。凝灰岩は10.3%である。</p><p></p><p>4 分布については、神社境内入り口には鳥居、灯篭、社号標がある。参道の両側には灯篭が配置される。拝殿前には狛犬、灯篭等がある。 </p><p></p><p>気多神社のみ神門がある。伊須流岐比古神社には狛犬が無い。 </p><p></p><p>5 寄進者居住地域別では能登地方主要6神社で、石川県内が62.4%と多く、特に各神社が立地する市町村の割合が高い。気多神社への寄進者は地元羽咋市から中能登町、七尾市まであり、他の神社に比べて範囲が広い。これは気多神社の平国祭、鵜祭りの巡行範囲と一致している点で注目される。</p><p></p><p>県外からの寄進では、移住者が多い東京都、大阪府、愛知県からが多い。須須神社では北海道、樺太への農漁業移住者による寄進が多くある。重蔵神社では愛媛県の輪島塗商が寄進した狛犬がある。伊須流岐比古神社には佐渡から灯篭が寄進されている。 </p><p></p><p>能登地方主要6神社計では、個人による寄進が58.2%と多い。団体寄進は27.3%、不明14.5%である。多人数での寄進は地元住民によるものが多いが、天日陰比咩神社では東京都在住の中能登町二宮出身者一同による事例がある。</p><p></p><p>重蔵神社では、如月祭で神社祭礼を担当する同一年齢階層による団体寄進がある。氏子達が伝統祭礼主体となることで、人的交流が深まり、団体寄進が生じやすい風土が継続されている。</p><p></p><p>6 寄進時代別では、江戸期の野外寄進物は少ない。重蔵神社に7個、須須神社に2個、羽咋神社に2個存在する。これは北前船主等や、有力商家による寄進である。気多神社には江戸期の野外寄進物が残存しない。能登地方主要6神社とも明治・大正期は比較的少ない。昭和前期は奥能登の方が口能登より寄進数が多い。昭和前期でも重蔵神社は昭和天皇即位奉祝の昭和初期、須須神社は皇紀二千六百年(1940年)記念関連が多い神社の寄進物が多い。これは羽咋市と鹿島郡の主産業であった合繊織物業が盛況であった時代を反映する。</p><p></p><p>石動山に近い中能登町芹川原山の神明社の社殿と灯篭や狛犬が1994年二宮の天日陰比咩神社境内に移築された。過疎が進み、神社維持が困難となったためである。過疎により山村の野外寄進物と社殿が地縁のある山麓の神社境内へ移築された事例である。</p><p></p><p></p><p></p><p><b>参考文献 </b></p><p></p><p>府和正一郎. 2018.「白山市白山比咩神社の野外寄進物」2018年人文地理学会大会 研究発表要旨88-89.</p><p></p><p>府和正一郎. 2019.「加賀市菅生石部神社と金沢市大野湊神社の野外寄進物」 日本地理学会発表要旨集 No.95.305.</p><p>府和正一郎. 2019.「珠洲市須須神社と輪島市重蔵神社の野外寄進物」2019年 人文地理学会大会 研究発表要旨94-95.</p>
著者
松本 淳 浅田 晴久 林 泰一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.237, 2008

<BR> バングラデシュは、日本の4割弱程度の国土面積に日本以上の1億3千万人の人口を抱える世界有数の高人口密度国である。夏に雨が集中する南アジアのモンスーン気候下にあって、ヒマラヤ山脈に源を発するガンジス川・ブラマプトラ川という南アジア有数の大河川下流部にあり、世界最多雨地であるメガラヤ高原を流域にもつメグナ川も国内で合流してベンガル湾へと注いでいることから、しばしば大洪水に見舞われている。またベンガル湾に発生するサイクロンによる被害も大きく、高潮を伴うと数十万人規模の死者が出ることもある。国土の大部分が標高10m以下の低平な平野であることから、今後の地球温暖化の進行による海面上昇によって、洪水や高潮災害がいっそう拡大することも懸念されている。本報告では、バングラデシュにおける洪水およびサイクロン災害の状況に関して述べる。
著者
杜 国慶
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>近年、情報とコミュニケーション技術の発達に伴い、ソーシャル・ネットワークで発生する口コミなどのユーザ生成コンテンツも急増し、生産者と消費者の関係を大きく変えている。観光は消費者の経験に大きく依存する経済活動であり、観光者の関心も従来の観光地や観光事業者の宣伝からユーザ生成コンテンツに変化してきた。他方、観光地のイメージ形成には国籍に差異が存在し、国籍が観光地イメージ形成の共通変数として考えられると指摘されている。同様に、主に言語を媒体としているユーザ生成コンテンツは、言語別に特徴が存在すると推測できる。</p><p></p><p> 本研究は、イタリアのヴェローナを事例として、TripAdvisorに掲載された27言語の投稿数を用いて、観光スポットの分布と言語の異同を分析する。TripAdvisorは2018年に投稿数が1.55億件に達し、世界最多の投稿数を有するサイトであり、観光者だけによるユーザ生成コンテンツに限られている重要かつ貴重な情報源である。事例都市のヴェローナはイタリア北東部のヴぇネット州に属し人口およそ26万人の都市である。2000年以上の歴史をもつ要塞都市として発展してきた中心部には円形闘技場など古代ローマの遺跡が現存し、中世の町並みがよく保存されており、2000年に「ヴェローナ市街」として世界遺産に登録された。また、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』の舞台としても名高い。ミラノとヴェネツィアの間に立地するため、両都市から容易に日帰り旅行ができる。また、1913年に始まった世界最大規模の野外オペラ祭、イタリア最大のワイン祭りVinitalyの開催地として、短期滞在観光者も多い。</p>
著者
曽根 敏雄 高橋 伸幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.59, no.11, pp.654-663, 1986
被引用文献数
5

Large scale frost-fissure polygons are spread at Hokkai-daira plateau, Daisetu volcanic massif, central Hokkaido. In order to ascertain actual frost cracking in the frost-fissures, the authors measured seasonal changes of the width of frost-fissures, ground temperatures and snow cover from September 1984 to September 1985. Main results obtained are as follows;<br> 1. As snow tends to be almost completely blown away by strong wind, snow cover affects the ground temperature only slightly.<br> 2. The annual ground temperature alternations at 1m-depth ranged at least from +0.0_??_1.2&deg;C to -13.6_??_14.8&deg;C, suggesting the existence of permafrost underneath.<br> 3. Horizontal distance changes between the two stakes across frost-fissures from fall 1984 to winter 1985 indicate that the width of frost-fissures increased in winter by 1cm. And frost cracks, about 1cm wide at the surface, occurred by mid-Februauy on the surface of snow and ice which covered or filled in frost-fissures. Therefore, frost-fissure polygons at this site are most likely active.<br> 4. Considering the present climatic conditions of this area, the cross sections of frostfissure and above-mentioned results, we suggest that the frost-fissure polygons at this area are soil-wedge polygons.
著者
小山 拓志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

近年,南極に分布する周氷河地形は,火星の地表および地下環境を推論するのに有用であることが分かってきた(例えば,Marchant and Head,2007;Levy <i>et al</i>.,2010;松岡,2016)。特に,火星で発見された多角形土(ポリゴン)の規模と形態は,南極内陸部のものと比較され,それらを基に火星地表環境を推定する試みもなされている(例えば,Balme<i> et al</i>.,2013)。一方で,南極に分布する多角形土の詳細な三次元形態(規模・形態)やそれらの経年変化,あるいは三次元形態と地下のくさび構造との関係は未だに未解明な部分も多い。<br><br>そこで本研究では,東南極の中央ドロンイングモードランドに位置するVassdalenにおいて,多角形土のUAV-SfM測量を実施し,詳細なデジタル地形モデル(DEM)および分布図を作成した。また,地形量の一つである尾根谷度を活用することで,多角形土の規模および形態の把握を試みた。そして,本研究で得られた詳細な多角形土の三次元形態と,地中レーダーおよびトレンチ調査によって得られた内部構造のデータを活用して,火星地表環境解明へ向けた画像解析を試行したので報告する。
著者
小疇 尚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.179-199, 1965
被引用文献数
3 5

大雪火山は,洪積世初期から沖積世にかけて形成された。そのため,各山峰の噴出時代の違い,さらに地形や積雪量の違いによって植物の垂直分布は,場所による差が大きい.一般的にいって森林限界は1,200~1,800mの間にあり,ハイマツ限界は1,650~2,100mで,尾根すじや風上側山腹斜面では低く,積雪の多い谷間や風下側の山腹斜面では高くなる傾向がある.しかし特殊な場合を除けば1,850mである.構造土はハイマツ限界より下方め斜面ではみられないから,ハイマツ限界をもって構造土限界とすることができる. 123カ所の構造土を調査して次の結果を得た. (1) 構造土の約8割はハイマツ限界以上の風上側頂部斜面に発達し,他は凸地,平坦地等にみられる. (2) 構造土は,それが発達する場所の自然条件の違いによって,大きさ,形態が異なり,土壌水分の多いところほど大きく,形も整っている. (3) 植被構造土は,凍結による地表面の収縮の結果生ずる凍結われ目がきっかけとなり,その後は植生部分の拡張と,不可逆的に進行する地表の収縮および不等凍上によっ'て,次の順に変化する.土質多角形土(凍結われ目)&rarr;凍結はげを持つ植被多角形土(凍結溝)&rarr;凍結坊主. (4) 礫質構造土は,上記の凍結われ目に礫が落ち込んで原形ができ,その後は不可逆的に幅を拡げて行くわれ目の中に,不等凍上と不等沈下のため不安定になった地表の礫が徐々に集積して,形を整える.礫は凍結破砕によって基盤から生成され,反復凍結によって地表にもたらされる. (5) 階状土は融凍流土が植生または礫によって阻止されたために生じたものである.前者の揚合が植被階状土,後者の場合が礫質階状土である. (6) 外輪山上には,過去の氷期に形成されたと考えられる化石構造土があるが,現在は崩壊しつつある.
著者
堀本 雅章
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.188, 2009

現在,都市部でも学校の統合は見られるが,過疎地域においては,学校の統合だけでなく,廃校になった例は多々ある。沖縄県竹富町にある鳩間小学校は,1974年の春と1982年の春,2度にわたり廃校の危機に直面したが,その都度親戚の子どもを呼び寄せ廃校になるのを免れてきた。その後も,沖縄本島から里子として施設の子どもや,山村留学に類似した「海浜留学」という形で全国各地から子どもを受入れ学校を維持してきた。<br> 一方,近年の離島ブームや,2005年に海浜留学生として鳩間島に来た少女を主人公にした「瑠璃の島」がテレビ放送された影響もあり,観光化の波が急速に訪れ,民宿や船便が増え,島は以前より活気づいている。<br> 本稿では,過去に廃校の危機に陥った鳩間島の学校の役割について島民の意識調査を実施し,学校の役割は子どもの教育以外に何があるのか,また,鳩間島民にとって学校はどのような存在なのかを解明することを研究目的とする。<br> 鳩間島は周囲3.9km,面積0.96k_m2_で,西表島の北約5.4kmに位置し,人口は2007年9月末日現在69人である(調査当時)。集落は,港付近の島の南側1ケ所で,フクギに囲まれた赤亙屋根の家屋が今も残っており,島内には多くの御嶽がある。島の産業は,民宿,食堂・喫茶,マリンスポーツのほか,少ないながら農業,漁業が見られる。また,音楽活動が盛んで,民謡歌手も数名在住している。<br> 調査は,2007年7月および9月に実施し,鳩間島に住民票がありかつ実際に居住している20歳以上の島民47人を対象とし,41人から回答を得た。質問項目は,「学校の役割について」,「廃校になっていた場合の島の状況について」,「里子・海浜留学生受入れ後の島の変化について」,「里親・受け親の経験について」等である。また,鳩間島の居住期間の違いから生じる学校に対する考え方を比較するため,島での通算居住期間を10年以上(19人)と10年未満(22人)とに分け比較した。さらに,近年の観光の発展との関連を検討するため,観光産業就業者(18人)とそのほか(23人)に区分し比較した。<br> 本来学校の役割は,「教育の場」と考えられるが,今回の調査では7回答に留まった。一方,「島の存続」12,「島の活性化,過疎化させないもの」が10回答あった。また,廃校になっていた場合の現在の島の様子として,「無人島になった」10,「過疎化した」10,「老人だけ,もしくは老人がほとんどの島になった」が6回答を占めた。学校は教育の場であるが,島にとって学校はなくてはならないものである。<br> 調査を行った2007年9月現在,海浜留学生4人のほかに,親とともに転入してきた小中学生が7人いた。しかし,鳩間島の血を引く子どもは一人もいない。学校を維持するために,親戚の子どもを呼び寄せ,1983年からは里子を受入れ,近年は「海浜留学生」の受入れが中心になっている。さらにこの数年,小中学生が家族とともに鳩間島に転入するケースが見られた。2008年度は海浜留学生4人を含む9人が在籍したが,2009年3月に海浜留学生の卒業や転校により4月から,家族で転入してきた小中学生の4兄弟のみの在籍となった。彼らが,家庭の事情で急遽6月19日に島外の学校へ転校したため,開校以来小中学校ともに在籍者数ゼロとなった。学校を存続させるためには小中学生の受入れが急務となったが,鳩間島での生活体験のある親とともに転入してくる子どもを含め,2学期から小中学生各1人の転入が確定し,鳩間小中学校は3度目の廃校の危機を免れる見通しがついた。このほかにも転入希望者はいるが,受入れ家庭等の調整中である。<br> 数年後,鳩間島出身の子どもの小学校入学が予定されているが,そのほかは目途が立っていない。鳩間小中学校を維持していくために,子どもを連れた帰島者や転入者が定住できるような産業の整備が必要である。そのためには,鳩間島に合った観光を取り入れると同時に,観光だけに頼らない新たな島の産業の確立が急務である。
著者
吉田 国光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.34, 2008

<BR>1.研究課題<BR> 現在,日本の農業は国際競争の波にさらされている.その対抗手段として,政策的に農業経営の大規模化が推進されている.この大規模化という現象は,農地の売買,貸借,作業受委託などによって達成される.しかしながら,大規模化に成功する農家は一部に限られる.農地拡大のために,労働力と経済力に余裕があって,地縁・血縁をもとに,集落内外の農地を取得することができる経営者が,大規模化に成功すると考えられる.日本の農村において,ほとんどの世帯は,顔見知りであり地縁関係にあり,またいくつかの血縁に基づいた同族集団に所属する.<BR> 農地移動については,従来から指摘されるものの,農地移動に至るプロセスについては,「地縁・血縁によるもの」と指摘されるにとどまり,その具体的なプロセスについては不明瞭な点が多い.農地移動が円滑に進められる要因や障壁となるものを明示し,これらが機能する仕組みの解明が必要である.<BR> そこで本研究では,大規模化の基盤である,農地移動に至るプロセスを明らかにする.集落を基点に,農地移動がいかなる社会関係によって行われ,その社会関係が,どのように空間的に広がってきたのかを明らかにすることを目的とする.<BR><BR>2.研究対象地域と研究方法<BR> 研究対象地域である北海道音更町大牧・光和集落は,1950年に入植が始まった開拓地で,大規模畑作農業が卓越し,酪農家,野菜作農家が混在している.開拓時には,141戸が入植したが,2007年には,31戸にまで減少した.<BR> 研究方法としては,現地調査にて,大牧・光和集落の全農家の農業経営の現状を把握し,これまでの農業経営の変遷について,農地移動の実施状況を中心にして情報を得た.この情報をデータ化し,ネットワーク分析における多重送信性の概念(ボワセベン 1986)を援用し,農業者のもつ複数の社会関係を,その組み合わせから分析した.そして,その社会関係が,時代とともに,いかに多様化し,空間的に拡大してきたのかを明らかにした.<BR><BR>3.社会関係からみた農地移動プロセス<BR> 大牧・光和集落における,農地移動に関係する社会関係は,集落と中音更地区内での地縁や,本家分家,姻戚などの血縁に加えて,小学校での同級生,同窓生,PTA役員同士との関係,農業開発公社などの公的機関を介したより広範囲にわたるものまである.近隣世帯や集落などの地縁よりも,血縁の方が例え空間的に離れていても重視された.すなわち血縁が,他の社会関係よりも強く,決定要因となりうるものであった.血縁をもたない場合については,同一集落における近隣世帯で,の場合が最も多く,より近接性の高い農家との農地移動が行われることが多かった.農地移動が隣接集落におよぶ場合は,小学校の校友関係や,開拓以前からの付き合い,開拓世帯などの結社縁を含む場合が多かった.これらに加えて,地縁や血縁,結社縁が希薄である場合については,公的機関などを介したものが関係していた.<BR> このような,農地移動に関係する社会関係は,各農家によって差異がみられ,全体として5つに類型化できた.それらは,近隣・集落完結型,中音更地区拡大型,選択縁活用型,二次入植型,入作型である.それぞれの類型に該当する農家の事例分析から,農地移動に関係する社会関係が,いかなる経緯をもって成立したのかを提示した.さらにその社会関係が,いかにして農地移動に結び付けられてきたのかを明らかにした.このことから,農地移動に関係する社会関係は,時間の経緯とともに,近隣世帯や集落内で完結していたものから,中音更地区,他地区,音更町外に空間的に拡大するようになった.また,農地移動に関係することがなかったような社会関係が,従来からの地縁や血縁,結社縁に加えて,農地移動に結びつくようになり,社会関係の多様化をもたらした.その結果,農地移動は,地縁,血縁以外の社会関係によって行われ,集落や地区の範囲を超えて展開するようになったといえる.<BR><BR>【参考文献】ボワセベン, J.著,岩上真珠・池岡義孝訳 1986.『友達の友達-ネットワー ク,操作者,コアリッション-』未来社.Boissevain, J. 1974.<I>Friends of Friends :Networks, Manipulators and Coalitions.</I> Basil Blackwell.
著者
渡辺 隼矢 羽田 司 周 宇放 佐藤 壮太 張 楠楠 市川 康夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

<b>1.研究の背景</b> <br>&nbsp; 健康食品としてレンコンの需要は拡大傾向にある.こうしたレンコンを扱った地理学的研究では,産地形成の要因や農家の経営形態,土地条件とレンコン栽培の関係性が解明されている.しかし,農家の高齢化や離農に伴う農業労働力の不足が深刻化する近年において,レンコン生産地域を対象とした精緻な現地調査は管見の限り見当たらない. そこで本研究では土浦市田村地区を事例に,国内有数のレンコン生産地域である霞ヶ浦湖岸平野において継続するレンコン生産がいかに存立してきたのかを考察した.その際,生産から消費までを体系的にとらえる中で,レンコンの作物特性や農地の貸借関係,レンコンの販売戦略に着目して,レンコン生産地域の実態の把握を試みた.<br> <b>2.研究対象地域</b> <br>&nbsp; 茨城県南部に位置する土浦市はレンコンの生産量が日本一である.その中でも研究対象地域とした田村地区は,土浦市中心部から東へ約4kmに位置し,地区内の霞ヶ浦湖岸平野(沖積低地)には一面の蓮田が広がる.湖岸平野の土壌は主に粒径の細かいシルトや細砂から構成され,特に湖畔に近い低位面は反腐植土を含む柔らかな土壌となっている.この土壌条件はレンコン栽培に適しており,1940年代後半以降のコメからレンコンへの転作を促進する一翼となった.現在,レンコン生産は平野部高位面や谷津にも拡大し,2010年のレンコン栽培面積は127haとなっている.これは当地区内の経営耕地面積のうち87.8%を,田全体面積のうち98.5%を占める.<br><b></b> <b>3.調査結果<br></b>&nbsp; 本研究では,各農家の生産量や必要労働力,経営志向等を反映する指標として蓮田の貸借関係に着目し,当地区の農家を3類型に大別した.1つ目は借地型農家であり,3類型の中で最も経営規模の大きな農家群である.地区内外に蓮田の借地を持ち,当該類型の中でも経営規模が大きい農家は,外国人実習生を含む家族外労働力を導入している.2つ目の類型は自作地型農家である.家族内労働力のみで生産から出荷までの全工程が可能な1ha前後の自作地のみで営農しており,雇用労働力はみられなかった.3つ目の類型は地区内の借地型農家を中心に蓮田を貸与している貸地型農家である.貸地型農家では農業従事者の高齢化および農外就業者の増加による農業労働力の減少を契機として,レンコン生産の規模を縮小していた. <br>&nbsp; 他方,レンコンの流通においてはJA土浦による系統出荷が主な出荷形態となっていた.この系統出荷では東京市場の他,中京市場など東日本の地方都市へも積極的に出荷している.JA土浦にはかつての任意組合を単位とする複数のレンコン部会が存在し,各部会によって重点市場や販売戦略に差異がみられる.田村地区には田村蓮根部会と田村共撰部会との2つの部会が存在するが,前者に所属する農家が大半を占める.田村蓮根部会は,2004年にJA土浦に参画するまでは任意組合であり,現在も任意組合の頃の重点市場への出荷や独自の販売戦略を展開している.また,JA土浦管内のレンコンの洗浄および箱詰め作業を受託し,レンコン生産農家の出荷にかかる作業負担の軽減を目的としたJA土浦れんこんセンターが稼働し,農業労働力が不足している農家で利用が目立つ.JA土浦では系統出荷のほかに,レンコン加工にも積極的な取り組みがみられた.一方,農協を経由しない出荷の動きもみられ,個人や少人数による市場出荷,個人・小売店・飲食店への宅配,直売所の運営といった流通チャネルを駆使した個人出荷も存在する.
著者
海津 正倫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p>地理学はもともと記述・記載が中心の分野であった.その後,近代科学としての地理学が成立し,自然・人文現象に対する科学的真理の追究という現代の地理学へと進化した.このような学問としての発展の一方,最近まであまり注目されてこなかったことが,地理学の人類に対する使命という点ではないだろうか.地理学の人類の未来に対する貢献という観点である.</p><p></p><p>現在の我々を取り巻くさまざまな環境は,以前の歴史時代に比べてはるかに速いスピードで変化しており,そのような変化に対応して人類がいかに持続可能な発展をしていかなくてはならないか,ということが現在緊急の課題として問われている.地理学においてもこれまで培ってきた人文地理学や自然地理学の成果をいかに社会に還元するかが大きな課題となっている.</p><p></p><p>そのような課題の一つとして近年大きな問題となっている災害問題がある.地理学の成果を社会や人々にわかりやすく伝える上では地域の特性を明確に示すことが必要である.なかでも災害ということを念頭に置くと,水害地形分類図から発展したハザードマップや活断層分布図など各種の土地条件を示す地図の情報が有効である.また,地理学の得意とする地理情報システム(GIS)を駆使することも重要であり,これらを軸に避難行動に関わる事柄などをも含めて災害地理学を確立していくことが望まれる.</p>
著者
島本 多敬
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p>滋賀県立公文書館には,1874年(明治7)頃に滋賀県内各村から県に提出された村絵図を綴じた,合計1174編からなる10冊の簿冊(明へ1〜9,68)が所蔵されている.これらは,1873年(明治6)12月,県令松田道之の指示で各村の普請所(土木施設)を村絵図に描かせ提出させたものとして知られている(滋賀県県政史料室編 2017,古関 2015: 26-27).しかし,その作製・提出過程や記載情報の規定などの詳細は明らかにされていない.</p><p> 本報告ではそれら基礎的事項を明らかにし,明治初期の治水政策の動向に即して,県によるこれら絵図群(以下「普請所調査絵図」)の作製事業の含意を考察する.</p><p></p><p> 村による絵図の作製・提出は,1873年12月8日付の布令(滋賀県立公文書館所蔵,明な275-1編次5)に基づいている.布令によれば,提出期限は翌年1月20日で,各村が属する区の区長が取りまとめて県に提出するよう定めている.また,土地利用に応じた彩色区分や記すべき文字情報などが例記され,記載を求めた主な項目には,</p><p> ・堤防の長さ,直高(堤内・堤外),馬踏と根敷の幅</p><p> ・河川および用水路の幅</p><p> ・水制工(杭,牛など)の規模</p><p> ・堰・樋の法量</p><p> ・往還・脇往還の長さ・幅</p><p> ・橋の材質(板・土・石)と法量</p><p> ・川筋の名称,水源と流末の地名</p><p>が挙げられている.そして,堤防などの土木施設に,普請費用の官費・自費の別を付記するよう指示している.滋賀県立公文書館に収められた普請所調査絵図は一部を除き,概ねこの布令に準拠して作製されていた.</p><p></p><p> 1873年8月に政府が公布した河港道路修築規則は,利害の広域性に即して河川・港湾・道路を一等から三等に分け,その等級に従って国,府県,関係地域の土木工事への関与と費用負担のあり方を定義した法令である(松浦1994).同規則の施行を前に,滋賀県では同年12月7日付の県令への伺で,等級分けに妥当性を期するため,また,土木施設の配置・規模や普請に関する官・民の費用負担区分を記録し,水論の発生や新規の水制工設置の出願に備えるために絵図提出による普請所調査が提案され,実施が決まった.県は,河港道路修築規則による新しい治水制度が,これまで幕藩領主の公認をともなって現状とその秩序が維持されてきた村々の水利土木のあり方を覆し得るものであると認識していた.</p><p></p><p> 村から提出された絵図には,山腹の「砂留」(砂防堰堤)や用水路に設けられた沈砂池,堤防の素材など,布令が求めていない情報や景観を描くものも複数みられる.当時の村々は県の想定以上に,近世から廃藩置県までに確立していた,御普請・自普請という費用負担の区分と不可分に公認されてきた村の普請所の全体像を自己表象していた.</p><p></p><p> 一方,布令の前後に県令松田は,旧来の錯綜所領を単位に設定された県内の普請所の費用負担や水害対策を最適化する意志を表明していた.普請所調査絵図の作製事業は,県が水利土木の既存の秩序に留意しつつ,所領という単位から滋賀県という地理的スケールでの治水へと再編を進めるための情報収集行為であったと評価できる.</p>
著者
加賀美 雅弘
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

日本語文献における外国地名の表記方法は,現地語による表記方法が重視されつつも,実際には内生地名endonymと外来地名exodymが混在し,現地語とは異なる表記が慣用化しているケースも少なくない。また,同じ地名が異なる表記なるなど表記のブレもあらわれている。このように外国地名の表記方法は,一定の規定がないために混乱しているといえる。しかし,国際的な情報交流を推進する上でも,地名表記方法の標準化は不可欠である。内生地名と外来地名それぞれの意義と問題点に関する議論が国連地名標準化会議と,その下部組織である国連地名専門家グループUNGEGNで活発に議論されているが,日本の地理学においても,地名の表記方法についての関心を高める必要がある。一方,ドイツ語圏では地名表記に関する議論が積極的になされており,地名の表記が,そこに住んできた人々の歴史や伝統文化を想起させる点で,彼らのアイデンティティと深くかかわっていることが指摘されている。以上を踏まえて,ドイツの地理学文献における東ヨーロッパの地名の表記方法を整理し,日本における外国地名表記のあり方について検討した。その結果として,ドイツ語圏において外国地名の表記方法が過渡的な時期にあることを明示し,日本の外国地名表記にもアイデンティティの問題が考慮されるべきである点に言及した。
著者
榧根 勇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.66, no.12, pp.735-750, 1993
被引用文献数
3 1

文部省科学研究費補助金の分科細目の大幅変更を機に,特定地域の自然と人間との関係を研究する地理学の存在理由について,自然地理学の側から考えてみた. 17世紀に西洋で始まった近代科学は,差異の捨象と法則性の追求を主目的とし,個別事例の説明は法則による演繹で可能としてきた.かって自然地理学を構成していた地形学・気候学・水文学などは,このような近代科学の枠組みのなかで,それぞれ独立したディシプリンとしての基礎をかためた.近代科学の目的は,均質で比較的単純な系については達成されたが,人間と直接かかわる自然,すなわち不均質で時間とともに進化する複雑な系については未だしの感がある.自然地理学の存在理由は,たぶん自然の一部である人間がよりよい生を送るために必要な知の提供にある.その目的は地域情報を総合して自然史を編み上げることで達成できると思う.一例として,ヒマラヤ・チベットの隆起が第四紀後期の氷期一間氷期出現の原因になったというHT効果仮説について説明した.現在地球上に展開している人文現象の地域的差異の理解にとっても,地域の自然史は不可欠の情報である.
著者
卯田 卓矢
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>近年,星空を新たな観光資源と捉え,交流人口の拡大を図る自治体を各地でみることができる.例えば,長野県阿智村の「天空の楽園・日本一の星空ナイトツアー」や,鳥取県の「星取県」プロジェクト(2017年開始)は星空を活用した代表的な観光振興策と位置づけられる.日本の都市部の夜空は明るく,多くの星を眺めることができない.それゆえ,満天の星空を観望することは「非日常的な体験」=観光対象となる.とくに,都市から遠く,光源の影響を受けない列島縁辺地域では星空は有用な観光資源になりえるといえよう.一方,星空はこうした地域の住民にとって身近過ぎることで観光対象と認知されず,資源化の取り組みが浸透しない傾向にある.また,星空は暗い夜空を見上げれば「誰もが自由に(無料で)」観望できるという性格をもつため,観光振興を進める際は観望の「付加価値化」を図ることが重要となる.</p><p>本発表は以上の課題を踏まえ,沖縄県の八重山諸島を事例に,列島縁辺地域の離島における「観光資源としての星空」の可能性を検討する.八重山諸島を含む南西諸島は緯度の関係上本土と比して多くの星を観望することができる.その中で,石垣島は先進的に星空ツーリズムを推進し,官民一体となった取り組みを展開している.本発表ではこの石垣島に注目し,発展のプロセスとその特徴を明らかにしたうえで(卯田・磯野 2020),八重山諸島への星空ツーリズム拡大の可能性を「すみ分け」という観点から考察する.</p>
著者
高橋 優樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.47, 2008

<BR>1.はじめに<BR> 本研究は,詳細な空間スケールにおける,世帯あたり自動車保有台数と車種別自動車数の分布の地域的な差異を明らかにすることを目的としている.本研究の対象地域としては,埼玉県南部地域(旧浦和・旧与野・旧大宮・戸田・蕨・鳩ヶ谷・川口)を取り上げた.本地域は東京のベッドタウンとして発展してきた経緯から,現在では東京大都市圏の北部を成しており,人口分布や交通・就業機会などの多くの側面において東京へ向かう鉄道網に大きく影響を受けている地域である(高阪・関根,2005).<BR> 自動車台数のデータとして,(財)自動車検査登録情報協会が発行する『町字別自動車保有車両数統計』を用いた.これには,メーカー別・車種別(通称名)・初度登録年別の台数が町字単位で記載されている.<BR>2.世帯あたり自動車保有台数の分析<BR> 国勢調査小地域統計を用いて,世帯あたりの自動車保有台数を求め,第1図に分布を示した.研究地域における平均世帯あたり自動車保有台数は0.91台/世帯であった.世帯あたり自動車保有台数が高い町字は,旧浦和市東部・川口市東部・旧大宮市西部など,郊外に分布がみられる.最高値は,埼玉高速鉄道線 浦和美園駅に近い,旧浦和市東部に位置する旧浦和市大字高畑(2.52台/世帯)であった.世帯あたり自動車保有台数が低い町字は,都市部に分布がみられ,川口市南西部から旧大宮市に向かうJR京浜東北線に沿っておよそ2kmの範囲内に特に密集して分布がみられる.最低値は,JR京浜東北線 蕨駅に近い川口市芝園町(0.31台/世帯)であった.よって,世帯あたり自動車保有台数の分布には「郊外で高く都市部で低い」という傾向が見られ,最高で8.1倍の地域差がみられることが明らかになった.<BR>3.車種グループ別構成割合の分析<BR> 車種別にみた自動車保有台数の地域的差異を明らかにするため,町字別自動車保有車両数統計に含まれる559車種を,価格帯を考慮して3つのグループに分類し,3グループ12車種を研究対象車種とした.<BR> 安価な価格帯(90~150万円)の車種を「普及車グループ」,高価な価格帯(300~450万円)の車種を「国産高級車グループ」,輸入車の車種を「輸入高級車グループ」として,この3グループの分布を第2図に表した.図中の円チャートのサイズは研究対象車種の台数に比例し,チャート内の割合は各車種グループが台数に占める割合を示している.<BR> 研究地域全体でみた各車種グループの構成割合は,普及車グループが48.2%,国産高級車グループが24.6%,輸入高級車グループが27.2%となっている.普及車グループの割合が48.2%より高い町字は,研究地域北部の旧大宮市に多くみられる.国産高級車グループの割合が24.6%より高い町字は,川口市の北東部や戸田市の西部などに多くみられる.輸入高級車グループの割合が27.2%より高い町字は,旧浦和市中心部や蕨市・川口市南西部など,京浜東北線や埼京線に沿った都市部に多くみられる.<BR> 以上のことから,自動車分布を車種別にみると,都市部では輸入高級車が占めるシェアが平均よりも高くなり,郊外では安価な普及車のシェアが高く,川口市東部などの都市部と郊外の中間地域では国産高級車のシェアが高いことが明らかになった.
著者
村中 亮夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.100044, 2011

本研究では,横須賀鎮守府に次いで1889年に第二海軍区の鎮守府が設置された呉を事例に,呉の住民が呉の都市景観をどのように評価しているのかを分析することを目的とする.具体的には,景観の持つ価値の経済的側面を議論することができる仮想評価法(CVM)と,人間が景観に対して持つ意識を構造的にモデル化できる構造方程式モデリング(SEM)を応用し,近代期に形成された軍港都市としての歴史的背景を持つ呉の歴史的景観を保全することに対する地域住民の支払意思額(WTP)から,呉の歴史的景観を後世に継承することに対する住民の意識構造をモデル化することに取り組む.本研究では,呉の住民の歴史的景観保全に対するWTPの背景を探るため,歴史的景観に関する社会調査を実施し,その調査から得られた歴史的景観の持つ価値に関する5変数,歴史的景観の持つ機能に関する6変数,居住地域での暮らしに対する意識に関する2変数,回答者の居住年数・所得・職業を表す変数が,WTPに対してどのような因果関係にあるかをSEMを利用して検討した.分析の結果は,以下のようにまとめられる.?@歴史的景観に関する意識がWTPに対して与える影響については,歴史的景観の持つ機能に対して高く評価する者ほど,歴史的景観の持つ価値に対して高く評価し,高いWTPを表明していることが示された.歴史的景観の持つ機能と価値がそれぞれWTPに対して与えている総合効果にはほとんど差はみられず,歴史的景観の持つ機能と価値に対する意識はほぼ等しい程度にWTPに対して影響を与えていることが示唆された.?A居住地域での暮らしに対する意識がWTPに対して与える影響として,居住地域での暮らしに対して高い意識を持っている者は歴史的景観の持つ機能や価値に対する高い意識を介して,高いWTPを表明していることが示された.この居住地域での暮らしに対する意識がWTPに対して与える影響は,歴史的景観に関する意識がWTPに対して与える影響の約8割5分程度であり,WTPに対して与える影響としては,歴史的景観に関する意識のほうが強い効果を持っていることが示された.?B社会経済的地位や居住地域の居住年数に関する変数については,居住年数や所得,職業のいずれの変数も有意な変数とならなかった.本研究では,普段の生活に身近な景観を保全するという生活に身近な政策課題であったため,居住年数や所得階級,職業間においてWTPの表明に差が認められなかったものと推察される.
著者
山本 健太
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.65, 2010

本発表の目的はアニメーション産業労働者の日行動に着目し,労働者の生産活動の実態を明らかにすることである.これまでのコンテンツ産業研究では,労働者個人の感性やネットワークの重要性を指摘しながらも,現場で働く末端労働者の日々の生産活動をとりあげたものはみられない.そこで本発表では,アニメーション制作企業の協力のもと,生産部門および制作部門の末端労働者である「作画」労働者5人および「制作」労働者5人を対象として,就業実態に関するアンケート調査および,2009年12月15日午前0時から18日午前0時までの活動パス調査を実施した.また期間中,ある「制作」労働者に合計12時間程度同行し,行動を記録した.加えて,対象となった労働者10人に聞き取り調査をした.<br> 調査協力企業の概要は以下の通りである.1986年設立,資本金1,000万円,従業員数33人である.アニメーションの生産については,下請け生産のほか,元請け生産もする.自社内に有する職種部門をみると,経営部門(3人),制作部門(9人),作画部門(10人),演出部門(8人),仕上げ部門(4人)である.これらから,当該企業は典型的な元請け企業であるといってよい.<br> 「作画」労働者の活動パスをみると,初日には,回答者全員が帰宅し,24時間ほど休息をとっている.その後の調査期間中は,いずれの労働者も帰宅していない.制作企業からの外出先と所要時間をみると,ある労働者が3日目21時からおよそ2時間,同僚と食事に出かけているのを除けば,最寄りの大型スーパーへ食事の買出しに30分程度,1回から2回外出するのみである.そのほかの活動では,仮眠や仕事待ち,アニメーション鑑賞,同僚との雑談等がみられ,制作企業内での待機時間が長い.調査期間3日間を通して,ルーチン活動はみられず,不規則な就業をしている.<br> 「制作」労働者の活動パスをみると,自宅が徒歩30圏内にある労働者(3人)については,3日間のうち2から3回帰宅している.それ以外の労働者では,3日間を通じて帰宅しないか,帰宅しても1回のみ4時間程度の滞在に過ぎない.最も活動的な時間帯は19時から3時である.就業時間中は取引先制作企業やフリーのクリエイター間の半製品運搬のため,外出を繰り返す.半製品の運搬については,自社と取引先との単純な往復のほか,1度のトリップで複数の取引先を周回する場合もある.トリップの所要時間は30分から1時間程度の短時間のものが多い.また,労働者毎に取引する企業,クリエイターがある程度決まっている.<br> 密着調査した労働者の2009年12月15日19時から21時における接触記録をみると,間接接触では5箇所計6回の電話をしている.1回の通話時間は1分から5分である.また,多くの場合,1回の電話で1つの話題に限られる.話題は6回の電話のうち,作業進度の作業4回,日程指示3回である.電話をするのとは別に,フリーランサーからの電話への応答,中国子会社へのファクシミリによる納期指示をしている.<br> また,対面接触の回数についてみると,5人計4回している.内容は,「制作」労働者への仕事指示,上司への日程報告のほか,「仕上げ」労働者および作画監督との品質確認作業である.これらの対面接触の1回あたりの所要時間は2分から15分と,電話での接触と比較して長い.単純な作業指示のほか,品質確認作業については,作画監督や仕上げ部門労働者に意見を求めるなど,活発な意見交換がなされていた.<br> 以上の結果から,分業関係について次のような構造が示唆される.「作画」労働者は制作企業に常駐し,「制作」労働者が運搬してくる半製品を受け取り次第,生産する.「制作」労働者はそのようにして生産された半製品を回収し,次の取引先へと運搬する.また,「制作」労働者は現場労働者との短時間での情報共有や意見交換を頻繁にすることで,プロジェクトを進行していく.労働者がこのような生産活動を維持するためには,労働者の多様な働き方を受容する制作企業の存在とともに,各部門労働者が近接し,同時間帯に活動することが求められよう.