著者
深田 和浩 藤野 雄次 網本 和 井上 真秀 高石 真二郎 牧田 茂 高橋 秀寿
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに】Pusher現象は,非麻痺側上下肢で接触面を押し,他動的な姿勢の修正に対し抵抗する現象であり,その評価と治療は重要である。Pusher現象を客観的に評価するための方法として,Karnathらが開発したScale of Contraversive Pushing(以下,SCP)が一般的に用いられ,測定再現性や妥当性が良好であることが報告されている。このSCPは,Pusher現象の診断において感度や特異度が優れているものの,Pusher現象の回復の変化における敏感度が低いことが指摘されている。この点に関して,Pusher現象の経時的変化を鋭敏に捉えるためのスケールとして,D'Aquilaらは,Burke Lateropulsion Scale(以下,側方突進スケール)を開発した。この側方突進スケールは,寝返り・座位・立位・移乗・歩行の5項目で構成され,0~17点の範囲でPusher現象の重症度を評価するものであり,ADLやバランスとの関連が高いことが報告されている。しかしながら,新たに開発された評価法は,基準関連妥当性の検証が必要とされるが,従来のPusher現象に対するスケールとの関連を検討した報告はない。そこで本研究の目的は,発症早期のPusher現象例に対して,側方突進スケールと従来のPusher現象に対するスケールとの基準関連妥当性を検証することとした。【方法】対象は,当院に入院し理学療法を処方されたテント上の脳血管障害患者のうち,SCPにてPusher現象ありと診断された25例(年齢66.8±15.5歳(平均±SD),性別:男性19例・女性6例,全例右手利き,左片麻痺17例・左片麻痺8例,測定病日17.3±7.0日,SIAS 26点(中央値),半側空間無視21例)とした。取り込み基準は,JCS1桁かつ全身状態が安定していることとし,Pusher現象の診断には,Bacciniらの方法に従ってSCPの各下位項目>0(合計≧1.75)を採用した。脳損傷部位は,脳梗塞:中大脳動脈領域8例・内頚動脈領域6例・前大脳動脈領域1例,脳出血:皮質下4例・被殻3例・視床3例であった。評価は,理学療法を開始後,座位・起立練習が可能となった段階で実施し,側方突進スケール,SCP,Pusher重症度分類を同日に測定した。各スケールの評価は,当院の脳卒中チームに勤務している経験年数4年目以上のPT3名が実施した。側方突進スケールとSCP,Pusher重症度分類との関連については,Pearsonの積率相関係数を用いて検討し,統計処理にはSPSSver16を用い,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮】本研究は当院の倫理審査委員会の承認を得て実施し,事前に本人もしくは家族に本研究の内容を説明し,同意を得た。【結果】側方突進スケール,SCP,Pusher重症度分類の合計得点はそれぞれ8.5±2.7点,3.7±1.4点,3.4±1.3点であった。側方突進スケールは,SCPとPusher重症度分類との間にそれぞれ強い正の相関(r=0.821,0.858,P<0.01)を認めた。【考察】本研究により,側方突進スケールは,SCPとPusher重症度分類のいずれとも強い相関があることが明らかとなった。側方突進スケールは,従来のスケールにはない寝返りや移乗の項目が含まれているが,SCPやPusher重症度分類と同様に座位・立位を中心に評価している点やPusher現象に特異的な他動的な姿勢の修正に対する抵抗に重きを置いているため,強い相関が得られたことが推察される。以上のことから,発症早期のPusher現象例における側方突進スケールの基準関連妥当性が示され,Pusher現象を客観的に評価し,経時的変化を捉えるためのツールとしての臨床的な有用性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】側方突進スケールは,従来のスケールでは評価できないPusher現象の特性や回復の変化をより詳細に捉えることが可能であり,急性期からの戦略的な治療を考える上で有用な指標となることが期待される。
著者
宮崎 哲哉 松井 知之 東 善一 平本 真知子 瀬尾 和弥 森原 徹 堀井 基行 久保 俊一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1365, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに】体幹深層筋である腹横筋は,脊柱の安定性向上,腰痛予防や立位バランス向上などにおいて重要である。Richardson(2002)は,腹横筋による胸腰筋膜の緊張と腹腔内圧の増加が脊柱の安定性に寄与すると報告している。また,太田(2012)は慢性腰痛者に対する体幹深層筋トレーニングで疼痛が有意に軽減したとし,種本(2011)は体幹深層筋への運動介入で重心動揺が安定したと報告している。しかし,腹横筋のみを意識的に収縮させる選択的収縮の獲得は時間を要し,指導も困難である(村上2010)。今回,われわれはテーピングを腹横筋の走行に沿って貼付することで無意識的に腹横筋の収縮を誘導する方法を考案し,テーピングが腹筋群に及ぼす影響について検討した。【方法】対象は,健常男性20名(平均年齢:17.9±2.2歳,平均身長:175.49±6.48cm,平均体重:72.15±10.06kg)とした。超音波画像診断装置(日立メディコ:MyLab Five 10MHz)を使用し,外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の筋厚をテーピングなし,プラセボテーピング,腹部賦活テーピング(abdominal musculature activation taping:AMAT)の3条件において0.1mm単位で測定した。測定中は通常呼吸を行わせ,呼気終末の筋厚を測定した。テーピングはキネシオオロジーテープ50mm(ニチバン株式会社)を使用し,1.4倍の長さまで伸張し貼付した。測定部位は,過去の報告に従い左側前腋窩線上の第11肋骨と腸骨稜との中央部より下部で,筋厚が最も明瞭に描写できる位置とした(犬飼2013)。プラセボテーピングは,臍部から3横指遠位を開始位置とし,腹直筋の走行に沿って剣状突起レベルの高さまで左右1枚ずつ貼付した。AMATは,臍部から3横指遠位を開始位置とし,第11肋骨下端を通り背側上方に押し上げるよう左右2枚ずつ半円状に貼付した。測定肢位は安静立位とし,貼付したテーピングに抵抗しないように指示した。なお,筋厚測定およびテーピング貼付は検者間誤差をなくすため,すべて同一検者で行った。統計は,各測定値の被験者内比較には繰り返しのある一元配置分散分析を行い,主効果が有意である場合にはTurkey-Kramer法の多重比較検定を行った。【結果】外腹斜筋の筋厚は,テーピングなし10.64±2.51mm,プラセボテーピング10.73±2.44mm,AMAT 12.36±2.36mmであり,3条件で一元配置分散分析を行った結果,有意な主効果を認めなかった。内腹斜筋の筋厚は,テーピングなし18.00±3.82mm,プラセボテーピング18.00±3.16mm,AMAT 17.70±4.07mmであり,有意な主効果を認めなかった。腹横筋の筋厚は,テーピングなし6.21±1.21mm,プラセボテーピング5.93±0.86mm,AMAT 8.02±1.53mmであり,有意な主効果を認め,テーピングなし,プラセボテーピングに比べAMATが有意に高値を示した(p<0.05)。【考察】有意な主効果を認めたのは腹横筋のみで,テーピングなし,プラセボテーピングと比較してAMATで筋厚が増加した。Urquhart(2005)は体幹深層筋トレーニングのドローインによる外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の筋厚変化を検討し,腹横筋の筋厚のみ有意に増加すると報告した。腹横筋の収縮を得るためには,表層の腹筋群が活動しないことが重要であると考えた。今回,AMATでは貼付したテーピングに抵抗しないように指示したことで,無意識的にドローイン状態を維持し,腹横筋の選択的収縮を促すことが可能であると考える。体幹トレーニングを行う上で,初期段階は,腹横筋の選択的収縮(小泉2009,村上2010)を行わせ,最終段階では,無意識下での腹横筋収縮活動の獲得が重要である。AMATは腹横筋の選択的収縮が可能,かつ無意識下で収縮を獲得できる方法であり,体幹トレーニングにおいて有効な方法と考えた。【理学療法学研究としての意義】腹横筋は,脊柱の安定性向上,腰痛予防や立位バランス改善などにおいて重要である。体幹深層筋トレーニングとして代表的なドローインでは,意識的に腹横筋を収縮させるのに時間を要す。しかし,AMATは対象者にテーピングを貼付することで,無意識的な腹横筋の収縮が可能である。評価においては,理学療法士が短時間,かつ,意図的に腹横筋を収縮させることができるため,貼付前後の疼痛,動作機能の変化をとらえ,問題点の抽出に有用であると考える。治療においては,AMATを貼付した状態で日常生活が可能なため,腰痛や動作機能を改善できる可能性がある。また,持続的に腹横筋を収縮させることが可能であり,学習効果を得られると考える。
著者
岡 恭正 治朗丸 卓三 野口 真一 小島 高広 和智 道生 森 健児 金沢 伸彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0974, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】近年,筋電図を用いて慢性腰痛者の動作中における筋活動パターンについて幾つも報告されている。その特徴的な筋活動パターンを理解することは,日常生活場面やスポーツ場面における動作中の痛みに対してアプローチする上でも重要となる。特に立位から体幹を屈曲した際,体幹屈曲最終域にて健常者では腰背部筋群の筋活動が消失する屈曲弛緩現象(Flexion Relaxation Phenomenon:以下FRP)は,Allen(1948)により初めて報告され,今ではその現象は広く知られている。また,Geisser et al.(2005)やMayer et al.(2009)は,FRPの消失が腰痛増悪と悪化に関与するとし,その感度と特異度が共に高いことから,腰痛の客観的な治療効果判定の指標になりうることを報告している。しかし,慢性腰痛者の筋活動パターンについては未だ不明な点も多く,慢性腰痛者における体幹伸展中の筋活動についての報告は屈曲に比べ少ない。中でも,腰部腸肋筋(以下IL)のFRPが消失している慢性腰痛症者を対象として,腰背部筋群,腹筋群,股関節周囲筋群の筋活動パターンを検討した報告は見当たらない。そこで今回,立位での体幹伸展中の腰背部筋群,腹筋群および股関節周囲筋群の活動を計測し,慢性腰痛者と非腰痛者の筋活動パターンの検討を行った。【方法】対象は成人男性20名(年齢21.9±2.8歳,身長173.2±6.0cm,体重66.3±9.5kg),健常群10名,腰痛群10名とした。健常群は①過去6ヶ月以内に神経学的及び整形外科的疾患を有さず,②ILにFRPが出現する者とした。また腰痛群は①過去3ヶ月以上伴う疼痛,②神経根および馬尾に由来する下肢痛を伴わない,③解剖学的腰仙椎部に局在する疼痛,④ILにFRPが消失する者とした。測定筋は右側のIL,胸部腸肋筋(以下IT),多裂筋(以下MF),腹直筋(以下RA),外腹斜筋(AE),内腹斜(AI),大殿筋上部(GMaU),大殿筋下部(GMaL),腸腰筋(ILIO),大腿筋膜張筋(TFL),大腿直筋(RF),縫工筋(SA)の12筋とした。表面電極は皮膚処理を十分に行い,電極中心距離は20mm,各筋線維方向に並行に貼付した。筋電図測定にはMQ16(キッセイコムテック社製)を用いた。まず体幹屈曲運動は先行研究を参考にまず開始姿勢を立位とし,両上肢は体側へ自然に下ろした肢位とした。開始肢位では3秒の安静立位後,体幹を4秒かけて屈曲,最大屈曲位で4秒静止,その後開始姿勢に4秒かけて戻る動作とし,その際の筋活動を計測した。FRP出現の定義は,三瀧ら(2007)を参考に,安静立位時の筋活動の大きさより低値をFRPの出現の判定とした。次に課題動作としては,安静立位姿勢時(以下安静立位時)と体幹最大伸展時(以下体幹伸展時)の2つの姿勢維持中の筋活動を計測した。筋電図データは,KineAnalyzer(キッセイコムテック社製)を用いて,フィルタ処理を行い(バンドパス10~500Hz),その後,二乗平均平方根(以下RMS)を算出し,最大随意位等尺性収縮(以下MVC)を基に正規化した。測定は各2回の平均値で5秒間のMVCを実施し,間3秒間のRMSを用いた。統計学的分析はSPSS12.0Jを用いて姿勢間の変化に対し筋ごとに対応のあるt検定を行った。なお有意水準は5%とした。【結果】安静立位時と体幹伸展時での%MVCを比較した際,健常群ではIT,MF,GMaUの3筋に体幹伸展時で有意な減少が認められた(P<0.05)。またRA,AEの2筋では体幹伸展時で有意な増加が認められた(P<0.05)。これに対し腰痛群ではMFに有意な減少が認められ(P<0.05),RA,AE,AI,ILIOでは有意な増加が認められた(P<0.05)。【考察】本研究は体幹伸展動作時において体幹筋群及び股関節周囲筋群の筋活動の計測を行った。安静立位時に比べ体幹伸展時において健常群ではIT,MF,GMaUで優位に減少し,腰痛群ではIT,GMaUで有意差は認められなかった。この結果から体幹伸展時において腰痛群ではIT,GMaUに過活動が生じることが明らかとなった。さらに,健常群では,安静立位時に比べ体幹伸展時でRA,AEが有意に増加したのに対して,腰痛群ではRA,AEに加えてAI,ILIOにも有意な増加が認められた。この結果から,体幹伸展時において腰痛群ではRA,AEに過活動が生じていることが明らかとなった。以上の結果から,健常群と腰痛群では体幹伸展での筋活動において異なる筋活動パターンが生じていることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本結果は,慢性腰痛者における客観的な治療効果判定の指標として,今後臨床応用への一助を与える基礎的情報になると考える。
著者
大江 厚 木村 貞治 Ah Cheng Goh 高橋 淳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0805, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】先行研究では,慢性腰痛患者における安静時の側腹筋群(腹横筋;TrA,内腹斜筋;IO,外腹斜筋;EO)の形態について超音波画像診断装置を使用して観察した結果,動作時の脊柱安定化に貢献するとされるTrA筋厚が,健常者に比較して低下しているという報告や,差がみられないという報告がされている。このような見解の違いには,被験者の体格差や,腰痛の重症度などの特性の違いが影響しているものと考えられる。しかしこれまでの報告では,慢性腰痛患者における安静時の側腹筋群の筋厚を体格を考慮した上で健常者と比較した報告や,腰痛の程度など重症度との関連性を検討した報告が少ないのが実情である。そこで本研究では,側腹筋群全体の筋厚に対するTrA,IO,EOの筋厚率を慢性腰痛患者と健常者とで比較するとともに,重症度など腰痛の特性との関連性についても検討することを目的とした。【方法】A病院の整形外科外来を受診した下肢症状を伴わない腰痛患者のうち,腰痛が3カ月以上続いていて,X線およびMRI画像上で器質的な変化を認めない慢性腰痛患者30名(男性14名,女性16名,平均年齢33.23±9.01歳)を腰痛群とし,体幹から下肢にかけて整形外科的疾患とその既往の無い健常者30名(男性13名,女性17名,平均年齢35.37±9.42)を対照群とした。腰痛群においては,外来理学療法初診時に,腰痛の部位,程度および能力低下の状態について,Body Chart,Visual Analog Scale(VAS),Modified Oswestry Low Back Pain Disability Questionnaire(ODQ)を使用して評価した。次に被験者全員における両側のTrA,IO,EOの筋厚を超音波画像診断装置(GE Healthcare,Cardio & Vascular Ultrasound System Vivid 7)を使用して測定した。測定肢位は膝立て背臥位とし,肋骨弓下端と腸骨稜上端の中間で中腋窩線の2.5cm前方に7MHzリニア型プローブを接触させ,Mモードにて安静呼気時における側腹筋群の画像化を行った。撮影は左右2回ずつ行ったが,左右の測定順序については乱数表を用いて無作為化した。得られた画像から,超音波画像診断装置内の計測ソフトを使用して,各筋の筋膜間の距離(mm)を計測し,2回の測定値の平均値を各筋の筋厚の代表値とした。また,被験者の体格差を標準化するために,各筋の筋厚を3筋の筋厚の合計である側腹筋厚(TrA+IO+EO)で除し,TrA筋厚率(TrA/TrA+IO+EO),IO筋厚率(IO/TrA+IO+EO),EO筋厚率(EO/TrA+IO+EO)を算出した。統計解析はSPSS ver. 18.0を用い,まず健常群内および腰痛群内において各筋の筋厚率に左右差が無いことを,対応のあるt検定で確認した上で,各群における各筋の筋厚率として左右の筋厚率の平均値を算出した。次に,健常群と腰痛群間における各筋の筋厚率の差について対応の無いt検定を行った。また腰痛群においては,各筋の筋厚率とVASおよびODIとの関連性について,ピアソンの積率相関分析を行った。なお有意水準はBonferroniの補正を行い1.67%未満とした。【結果】各筋の筋厚率の平均値と標準偏差は,健常群ではTrA:0.21±0.03,IO:0.45±0.04,EO:0.33±0.04,腰痛群では,TrA:0.19±0.03,IO:0.45±0.05,EO:0.36±0.05となった。各筋の筋厚率の群間比較の結果では,腰痛群におけるTrA筋厚率は健常群よりも有意に低い値を示し(P=0.008),腰痛群におけるEO筋厚率は,健常群よりも有意に高い値を示した(P=0.005)。相関分析の結果では,腰痛群における各筋の筋厚率とVASおよびODIとの有意な関連性は認められなかった。【考察】本研究の結果より,腰痛群は健常群に比べ安静時の側腹筋群の筋厚全体からみたTrAの筋厚率が低く,逆にEOの筋厚率が高くなるということが示された。これは,先行研究で報告されているように,慢性腰痛患者における動作時のTrAの機能低下とそれらを代償するとされるEOの過剰収縮の影響を反映した結果であると考える。また,慢性腰痛患者の各筋厚率は,VASやODIとは関連性が無かったことから,筋厚率の変化は腰痛や能力低下の程度以外の要因が影響している可能性があるものと推察された。今後は,患者の身体活動量や罹患期間,腰痛のタイプとの関連性などについて調査していきたい。【理学療法学研究としての意義】慢性腰痛患者における安静時の側腹筋群の筋厚率を明らかにすることで,より効果的な側腹筋群の筋力トレーニングを検討する際の指標となり得ると考える。また,筋厚率に影響を及ぼす要因を明らかにすることで,特定の筋の萎縮や機能低下を予防するための介入内容を検討する上での有用な情報になるものと期待される。
著者
河邉 真如 秋吉 直樹 山下 剛司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0535, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】腹横筋は体幹の深部に位置し,腹圧のコントロールに関与するとされている。尿失禁患者や出産経験のある女性は腹横筋や骨盤底筋の機能低下から失禁や臓器脱,腰痛を起こしやすいとされている。腹横筋の促通を行う場合,呼吸を通したアプローチが多いが呼吸時に胸郭の可動性が乏しい患者を目にする。腹横筋が付着するとされる下位胸郭の可動性が低い場合だけでなく,上位胸郭の可動性が低下している場合でも腹横筋の収縮が乏しいことを経験する。先行研究では,腹部・骨盤への口頭指示の違いによる腹横筋の活動が変化することや腹横筋の促通で体幹可動性が向上すると報告されているが,胸郭の可動性と腹横筋の機能については報告されていない。本研究は,胸郭高位の拡張差の違いが腹横筋の収縮と関連があるか調べることを目的とする。【方法】対象は健常成人女性10名(平均年齢35.5±14.21歳)。計測肢位は全て膝関節90度屈曲位の背臥位とした。計測する胸郭高位は腋窩高(以下,上位胸郭)・第10肋骨高(以下,下位胸郭)とした。各レベルで最大吸気・最大呼気の胸郭周径をテープメジャーで3回計測し,平均値を算出した。超音波(SIEMENS社製)にて腹横筋を撮影し,最大吸気時と最大呼気時の腹横筋厚を比較した。腹横筋の測定位置は布施らの方法を参考に,上前腸骨棘と上後腸骨棘間の上前腸骨棘側1/3の点を通り,床と平行な直線上で,肋骨下縁と腸骨稜間の中点とした。統計処理はR(Ver.1.4-8)を使用し,超音波測定の検者内信頼性は級内相関係数(ICC)を算出し,上位胸郭と下位胸郭の拡張差と腹横筋厚の関係はピアソンの積率相関係数を算出した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究にあたり,医療法人社団淳英会倫理委員の承認を得た。また,被験者には本研究の目的・方法について十分に説明を行い同意を得た。【結果】超音波による腹横筋厚測定の検者内信頼性は級内相関係数(ICC(1.1))=0.94となった。最大吸気の値から最大呼気の値を引いた上位胸郭の拡張差は3.13±1.0cm,下位胸郭の拡張差は3.67±2.05cmとなった。上位胸郭・下位胸郭の拡張差と腹横筋厚の相関係数はr=0.65(p<0.05)となり,上位胸郭の可動性が低く下位胸郭の可動性が大きいほど腹横筋厚は増加しやすい結果となった。【考察】上位胸郭と下位胸郭の拡張差の違いと腹横筋厚に有意な相関が認められた。腹横筋は第7肋骨~第10肋骨に付着し肋骨を引き下げ呼気時に胸郭全体を下方へ運動させる。腹横筋は下位胸郭に付着を持つため上位胸郭の可動性が低下している場合でも腹横筋の収縮を十分に行うことができると考える。しかし,上位胸郭の可動性の減少は下位胸郭の体容積を増加させるとの報告があり,これにより胸郭の形状が変化し全体的な可動性の減少を起こすことが考えられる。胸郭の全体的な可動性の低下は腹横筋の収縮を制限すると考えられる。また,今回は女性のみの被験者であったため乳房や普段着用している下着の着用位置や締め付け具合なども影響することが考えられ,胸郭可動性だけでなく形状による評価も必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】今回,腹横筋の促通には下位胸郭の可動性が必要なことが示唆された。腹横筋の促通には腹部・骨盤への直接的な介入・運動療法だけでなく,胸郭の柔軟性や形状にも配慮した介入が必要と考える。女性は加齢によっても出産によっても体幹筋の機能低下は起こしやすく,骨盤・腹部への口頭指示や運動療法では腹横筋の促通を十分に誘導できないことは多々ある。今回の研究で胸郭の可動性を確保することで,腹横筋を促通しやすい身体環境に整えることが可能と考える。
著者
木村 浩三
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.B3O1088, 2010 (Released:2010-05-25)

【はじめに】 脊髄小脳変性症(SCD)の理学療法として、弾性包帯や重錘負荷による方法がある。しかし、これらの方法は代償的要素が強く小脳の賦活は低い。そこで、脳科学の研究結果を読み解き小脳の賦活が認められる身体活動・脳活動から新しく理学療法(Physiotherapy Based on Brain Sciences:PTBBS)を創造した。PTBBSを症例に試行し良好な効果が得られた。【目的】 脳科学の研究結果において、小脳が賦活する多くの身体活動・脳活動の中からPTBBSの運動課題として1)感覚識別課題、2)選択的注意による課題、3)時間的要素を含む課題、4)空間的要素を含む課題を重点に創造し、試行したPTBBSの一部を紹介する。【方法】 SCDの症例に、PTBBSを試行し、試行前後で理学療法評価を行った。評価内容は、運動失調症のテスト(鼻指鼻・鼻指・膝打ち・手回内回外・足趾手指・踵膝・向こう脛叩打試験)・坐位バランス(エアスタビライザー上で坐位保持、同上で坐位保持での足踏み)・立位バランス(平地・前傾斜面・後傾斜面・側方斜面での立位保持)とした。また歩行実態も確認した。PTBBSの実際は、認知神経リハビリテーションの技法を変用し独自に創造した。【説明と同意】 症例本人へPTBBSの試行について説明し同意を得て本研究を行った。また、大分県立病院リハビリテーション科の臨床研究に関する倫理審査で承認を受けた。【症例と経過】 患者は70歳代女性。診断名はSCD。現病歴は3年前よりめまい出現、最近ふらつきが悪化し、転倒傾向が強くなった。平成21年7月15日に当院入院となる。初期評価は平成21年7月28日。PTBBS開始は同年7月31日、最終評価は同年8月25日に行った。【理学療法の実際】 小脳が賦活する身体活動・脳活動の中からPTBBSの運動課題として、1)感覚識別課題は、下肢へ圧覚(スポンジ)、触覚(コイン)、位置覚(傾斜板)重量覚(体重計上で左右均等)などの課題を、2)選択的注意による課題は、上肢や下肢での形や線を擦る運動、下肢で順序運動、歩行では点踏み歩行を、3)時間的要素を含む課題は、上肢や下肢でリズム運動を、4)空間的要素を含む課題として上肢での積み木、ドミノ、ブロックパズルなどを試行した。【結果】 運動失調症のテストでは、鼻指鼻・鼻指・膝打ち・手回内・回外、足趾手指試験、踵膝は陽性から陰性に、向こう脛叩打試験で左下肢は陽性で変化なかった。座位バランスでは、エアスタビライザー上での坐位保持での動揺が軽度から消失へ、同上での坐位保持で足踏みの動揺が、前後方向で重度から消失へ、左右方向で重度から軽度へ改善した。立位バランスでの動揺は、平地で軽度から消失へ、前傾斜面で軽度から消失へ、後傾斜面で転倒から軽度へ、側方斜面で軽度から消失へ改善した。歩行は歩行器介助歩行から杖監視歩行になった。【考察】 小脳は、繊細な運動・非常に複雑な運動・新しく経験する運動・順序が決められた運動などで賦活する。小脳を賦活させるには、感覚情報(視覚・聴覚・体性感覚)を使用した身体活動・脳活動の中で、感覚情報と身体運動をいかに時間的・空間的に同調させ、規則的な運動課題を行わせるかが重要である。脊髄小脳変性症の改善にPTBBSが小脳機能の改善に効果を示す可能性は高い。【理学療法学研究としての意義】 新しい理学療法の創造
著者
阿波 邦彦 堀江 淳 白仁田 秀一 堀川 悦夫
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.D3P2523, 2009 (Released:2009-04-25)

【目的】 Timed Up and Go Test(以下、TUG)は機能的移動評価として用いられることが多く、起立動作や歩行動作、方向転換を含む複合運動であるため多くの身体機能が影響する.慢性呼吸不全患者の運動機能評価に関する研究で、筋力評価、運動耐容能評価などは多くなされているが、機能的移動評価であるTUGはほとんど検討されていない.しかしながら、慢性呼吸不全患者の多くは高齢者であり、呼吸困難と運動不足による運動機能低下を呈していることがしばしば確認される.本研究では、慢性呼吸不全患者を対象にTUGが慢性呼吸不全患者において評価法の一つに成りえるのかを検討したので報告する.【対象】 対象は当院で呼吸リハビリテーションを実施している慢性呼吸不全患者21名(男性15名、女性6名)とした.平均年齢は77.1±9.2歳、標準体重88.7±11.1%、疾患の内訳として、COPD 11名、塵肺4名、肺結核後遺症3名、びまん性汎細気管支炎2名、気管支喘息1名であった.MRC息切れスケール(以下、MRC)はGrade 2が7名、Grade 3が9名、Grade 4が4名であった.なお、対象の選定においては、重篤な内科的合併症の有する者、歩行に支障をきたすような骨関節疾患を有する者、脳血管障害の既往がある者、その他歩行時に介助を有する者、理解力が不良な者、測定への同意が得られた者なかった者は対象から除外した.【方法】 測定項目はTUG、MRC、肺機能検査、呼吸筋力検査(最大吸気口腔内圧(以下、MIP)、最大呼気口腔内圧(以下、MEP))、上肢筋力として握力、下肢筋力として膝伸展筋力検査、6分間歩行距離(以下、6MWD)、The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire(以下、NRADL)とした.【結果】 TUG測定結果について、全対象者では8.1±2.3秒であった.MRC 2では5.7±0.6秒(n=7)、MRC 3では9.4±2.1秒(n=9)、MRC 4では9.2±1.4秒(n=5)であった.MRC別比較においてMRC 2とMRC 3(p=0.01)、MRC 4(p=0.04)の間に有意差が確認された.また、TUGと身体機能の関係において、MRC 2.9±0.8(r<0.000、p=0.740)、MIP 54.7±29.4cmH2O(r=0.018、p=-0.510)、MEP 80.5±37.5cmH2O(r=0.004、p=-0.600)、膝伸展筋力検査23.0±10.5kgf(r=0.006、p=-0.576)、6MWD 320.0±117.3m(r<0.000、p=-0.719)、NRADL連続歩行距離6.7±2.7(r=0.002、p=-0.634)であった.他の項目では有意な相関は確認されなかった.【まとめ】 TUGとMRC息切れスケール、6MWDとの間に相関を認めたことで、TUGは慢性呼吸不全患者の機能的移動能力を反映することが示唆された.またMRC別比較を行い、MRC 2とMRC 3、4との間に有意差が確認されたことから、重症慢性呼吸不全患者の機能的移動能力の評価としては、より鋭敏に反応する評価であると考えられた.これらよりTUGが慢性呼吸不全患者において評価法の一つに成りえることが示唆された.
著者
安達 拓 吉野 克樹 北目 茂 猪飼 哲夫 林 雅彦 後藤 慎一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.D3P2522, 2009 (Released:2009-04-25)

【はじめに】呼吸筋機能は腹部臓器を初め身体各臓器重量の作用方向の影響を受け、これが体位による換気メカニクスの違いとなる.我々はこうした体位による呼吸筋メカニクスの違いを利用して呼吸リハビリに応用する方策を検討しているが、今回主要吸気筋である横隔膜の体位を利用したトレーニング法を検討するため頭低位における横隔膜機能を調べた.【原理】横隔膜筋力強化法として従来吸気回路に粘性抵抗を負荷する方法や腹壁に砂嚢などの重し袋を載せて呼吸するいわゆるabdominal pad法がある.一方腹腔内臓器重量は横隔膜筋力に対して、立位では補助的に作用し横隔膜収縮力を軽減するが、仰臥位では拮抗的に作用し横隔膜にとっては負荷となり、頭低位では腹部重量が横隔膜に対して腹壁に載せた砂嚢と同様の働きをする.【方法】本研究に同意が得られた健常成人を対象として、ティルトテーブルを利用し臥位(0°)より各10°間隔でー30°まで頭低位姿勢をとり各角度で測定した.測定パラメーターは、ニューモタコメーターによる一回換気量・気流量.また胸部および腹部に装着したインダクタンスプレスチモグラフ(レスピトレース)による胸・腹壁の動きからrib-cage volume.(Vrc)abdominal volume(Vab)Chest wall volume(Vcw)を測定しiso volume法にて補正後、Konno-Meadダイアグラムでchest wall configurationを解析した.胃・食道バルーン法により食道内圧Pesと腹腔内圧Pgaを測定し経横隔膜筋力Pdi(=Pga―Pes)を計測した.比較対象として仰臥位でabdominal pad法(0kg~2kg)行い同パラメータを検討した.【結果】頭低位では換気運動においてVrcに対してVabの寄与度の割合が多くなり、FRCの低下が認められた.換気量に対する横隔膜出力(ΔPdi/ΔV)は-10°以下で増大した.同様にabdominal pad法ではΔPdi/ΔVは砂嚢1.0~1.5kg重量から増加した.【結論】臨床的にabdominal pad法で用いられる1.0kg加重による横隔膜負荷は頭低位-10°~-20°で達成され、この程度の頭低位姿勢では自覚症状は見られず呼吸を維持できた.頭低位姿勢を利用した横隔膜トレーニング法の可能性が示された.
著者
小野寺 智亮 梅田 健太郎 菅原 亮太 谷口 達也 瀬戸川 美香 村田 聡
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0277, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに】大腿骨近位部骨折の機能予後に影響する因子は,諸家により年齢,受傷前移動能力,認知機能,大腿四頭筋筋力などがあると報告されている。骨折の機能予後には,骨折型や術後整復位が影響することが多いが,大腿骨近位部骨折においてその報告は少ない。大腿骨近位部骨折における機能を大腿骨頸部骨折と大腿骨転子部骨折で比較した研究は散見され,大腿骨転子部骨折の方が機能低下しやすいとの報告(kristensen,川端)が多い。しかし,大腿骨転子部骨折は大腿骨頚部骨折とは病態が異なり,骨膜や股関節周囲筋群付着部を含む骨折であることや術式が異なることから,これは当然の結果であると考えられる。今後は大腿骨転子部骨折での骨折型ごとの検討が重要と考えるが,大腿骨転子部骨折での詳細な骨折型を比較した報告はほとんどない。また,従来行われてきたX線画像による大腿骨転子部骨折の骨折分類(evans分類,jensen分類)では読影のミスマッチが報告されている。近年では中野(2006)により,3D-CTを利用した中野3D-CT分類が提唱され,前述したX線画像による分類よりもその有効性が報告されている(正田,2014)。今回,大腿骨転子部骨折について中野3D-CT分類を用いて骨折型を分類し,各骨折型の術後早期移動能力について比較検討したので報告する。【方法】2013年4月~2014年6月までに当院で骨接合術が施行された大腿骨転子部骨折239例のうち,下記の除外基準に該当しない59例(平均81.5±8.2歳,男性15名,女性44名)を対象とした。除外基準は,受傷前の移動が自立していない者,入院時HDS-Rが21点未満の者,重篤な合併症を有する者,術後荷重制限のある者,当院入院期間中に歩行器歩行獲得に至らなかった者とした。なお,全例で髄内釘による骨接合術が施行されていた。中野3D-CT分類による骨折型は主治医を含む当センターの医師数名で分類を行なった。中野(2006)は小転子骨片の有無が安定性に影響すると報告しており,それに準じて安定型と不安定型に分けた。移動能力獲得の基準については,起立はつかまり立ち,平行棒内歩行は2往復,歩行器歩行は20Mとして各動作が監視となった日を獲得日とし,当センターの理学療法士2名以上で判断した。各移動能力獲得日について,まず各骨折型間で比較検討し,さらに安定型・不安定型にわけた2群間での比較検討を行なった。統計学的手法としてKruskal-Wallis検定,welch検定を用い,有意水準は5%とした。【結果】対象者の骨折型の内訳は2partA:13例,3partA:14例,3partB:12例,4part:20例であり,安定型(2partA,3partA):27例と不安定型(3partB,4part):32例に分けられた。各骨折型において,年齢,移動能力に有意差は認めなかった。安定性での比較では,歩行器歩行獲得日数は安定型が11.0±6.0日,不安定型が14.6±7.9日であり,安定型の歩行獲得が有意に早かった(p<0.05)。その他の移動能力について有意差は認めなかった。【考察】大腿骨転子部骨折での安定性での比較では不安定型で予後不良とする報告(stark,1992)と有意差はないとする報告がある(武田,2006)。これらはX線画像上での分類であり,前述したとおり信頼性には疑念が残る。また,福田(2013)は大腿骨転子部骨折では術後整復位の重要性を報告し,その分類であるAP3×ML3分類で,正面像で外方型・側面像で髄内型が予後不良とした。当院ではそれに基づき,術中に外方・髄内型は必ず整復されており,術後整復位で差はない。よって今研究では信頼性の高い中野3D-CT分類を用い骨折型のみで検討したところ,安定性で術後歩行器歩行器獲得に有意差が認められた。これについては,荷重時痛と筋力が関係していると考えられる。歩行器歩行は,起立・平行棒内歩行よりも患側股関節に多くの荷重がかかる。不安定型では,荷重のかかる内側皮質の破綻が大きいことから,荷重時痛が強い可能性がある。また,川端(2014)は杖歩行の獲得には股関節外転筋力が重要であると報告し,甘利(2012)は,大腿骨転子部骨折における大転子骨折の形態に着目し,中殿筋機能の破綻が機能予後に影響を与えると報告している。4partなどの不安定型では,大転子部の骨折を含んでおり,同部位に付着する中殿筋が筋力低下をきたしている可能性がある。今研究では,疼痛と筋力についての検討に至っておらず,今回の結果を第一報として,今後は筋力や疼痛などの因子を含めた多変量解析を実施していくことで,大腿骨転子部骨折における予後規定因子を明確にしていけると考える。【理学療法学研究としての意義】信頼性のある中野3D-CT分類での大腿骨転子部骨折の骨折型は機能予後に影響する有用な因子であることが示唆された。
著者
藤下 裕文 浦辺 幸夫 沼野 崇平 堤 省吾 森田 美穂 竹内 拓哉 前田 慶明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1261, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】アンプティサッカーは主に切断者が行うスポーツであり,ロフストランドクラッチ(以下,クラッチ)を使用して走行する。筆者らは第51回の本学会でクラッチを用いた片脚走行は,骨盤前傾角度と走行速度に相関があることを報告した。しかし,足部とクラッチの位置関係,クラッチの支持時間等が走行速度に与える影響については不明であった。一般的な走行では,ストライドの延長と足部の接地時間の短縮が走行速度を増加させる一要因とされており,クラッチを用いた片脚走行でも足部とクラッチ接地の距離が走行速度に影響している可能性が考えられた。本研究では,クラッチの接地方法が走行速度に与える影響を明らかにすることを目的とした。仮説は,足部とクラッチ接地位置の距離が伸び,クラッチの支持時間が短縮されることで走行速度が速くなるとした。【方法】対象は下肢切断のない健常男子大学生で,アンプティサッカー経験群6名(年齢20.5±1.3歳,身長173.7±4.9cm,体重64.5±0.8kg,経験歴:3か月以上),未経験群6名(年齢21.0±0.6歳,身長171.5±5.4cm,体重60.7±7.0kg)の計12名とした。測定には三次元動作解析装置と床反力計を用いた。反射マーカーをPlug-in Gait modelで全身に35か所,クラッチの先端部に1か所貼付した。課題動作は,下肢切断者を想定し,非利き脚を弾性包帯で膝関節最大屈曲位にて固定した。分析項目は走行速度,クラッチ接地時のクラッチ先端部とToeのマーカーの距離,足部接地時のクラッチ先端部とHeelのマーカーの距離,クラッチ支持時間とした。距離は身長で除し,クラッチに貼付したマーカーの鉛直座標の変化量が1mm以下になった瞬間を接地,それ以上変化した瞬間を離地とした。統計学的解析には,各項目の2群間の比較に対応のないt検定,走行速度との関係を示すためにピアソンの相関係数を用い,いずれも危険率5%未満を有意とした。【結果】走行速度(m/s)は経験群で3.3±0.2,未経験群で2.9±0.3となり経験群が有意に速かった(p<0.05)。クラッチ先端とToe,Heelのそれぞれの距離は2群間で差がなく,クラッチ接地の位置に差はなかった。クラッチ支持時間(ms)は,経験群で227.8±36.3,未経験群で324.4±40.4となり有意に経験群が短かった(p<0.05)。クラッチ支持時間は走行速度と強い負の相関(r=-0.87,p<0.05)を認めた。【結論】アンプティサッカーでのクラッチを用いた片脚走行は,クラッチを接地させる位置による走行速度の違いはなく,走行速度が速いほどクラッチ支持時間が短いことが分かった。より速く走行し,競技力を高めるための指導として,クラッチ支持の時間を短くするように指導することが有効である可能性を示した。
著者
関 悠一郎 青木 啓成 児玉 雄二 唐澤 俊一 村上 成道
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.35 Suppl. No.2 (第43回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C0933, 2008 (Released:2008-05-13)

【目的】古府らによりアキレス腱保存療法を奨励する報告はされているが、保存療法のリハビリテーションに関する報告は少ない。当院におけるアキレス腱保存療法の治療成績について報告する。足関節可動域に着目し、装具除去(通常9.5週にて除去)時に関節可動域(以下ROM)が平均以下の症例について、原因を紹介し装具固定期間のROM訓練施行上の課題を検討したので報告する。【対象・方法】対象は平成18年12月から平成19年11月の間に受傷、保存療法を行った23例、平均年齢41.1歳(25~72歳)、男性15名、女性10名。装具療法は受傷・ギプス固定1週の後、装具装着。直後から装具装着下での足関節自動底屈運動と部分荷重を開始。Thompson testの陰性化を認めた3週前後から自動背屈運動を開始。9.5週以降で装具除去、荷重下での底屈運動を開始する。足関節背屈のROMを受傷3週・6.5週・装具除去時・3ヶ月で測定し平均値を算出した。また受傷から復職までの期間、杖なし歩行獲得までの期間、つま先立ち・走行(軽いジョギング)が可能となるまでの期間について調査、平均値を算出した。【結果】受傷から3週の足関節背屈ROMは-9.5°(-20°~0°)受傷から6.5週-4.2°(-30°~10°)装具除去時5.0°(-5°~15°)3ヶ月9.6°(0°~15°)。復職は3.4週(0週~9週)杖なし歩行獲得3.9週(2週~8週)つま先立ち14.7週(13週~16週)、ランニング17.2週(14週~20週)。装具除去時のROMが平均以下の症例は、距腿関節のモビリティー低下2例、腓骨神経麻痺と麻痺の疑い2例、足趾・足関節底屈筋群の短縮と筋硬結の残存2例、edemaの残存2例、背屈に再断裂への恐怖心伴う1例を呈していた。【考察】古府らの研究では受傷後6.5週の足関節背屈ROMは平均-11°、3ヶ月で平均6.3°とし、つま先立ち4.1ヶ月、走行4.8ヶ月で獲得したと述べている。当院の結果は、ROMについては概ね報告を上回る結果となった。つま先立ちと走行開始の期間も概ね同様の結果であった。ROM制限を来した原因のなかで、特に距腿関節の可動性低下と、程度の差はあるが下腿三頭筋以外に足関節底屈に関与する筋の短縮と筋硬結を有する症例が多くみられた。断裂による侵襲に加え長期の底屈位固定と荷重を行なうことから、周囲筋が代償して疲労が蓄積した結果であると考えている。早期から距腿関節の可動性と下腿周囲筋・腱の柔軟性と腱鞘部の癒着の改善を図ることで装具除去後の機能改善や再断裂予防に役立つものと考えている。今後の課題として、装具除去後の抗重力運動をスムーズに獲得するため、腱の修復過程・代償作用を考慮し、効果的な装具療法中の運動プログラムを作成する必要性が示唆された。
著者
山本 圭彦 浦辺 幸夫 前田 慶明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】静的ストレッチング後に,筋力発揮が低下することは知られている。これは,神経筋の生理的反応とされている(Marek SM, 2005)。ストレッチング後に筋収縮を加えることで,筋力低下が解消できると考えた。本研究は,ストレッチング後に筋収縮を伴う抵抗運動を行わせ,筋力がどのように変化するかを検討した。仮説は,ストレッチング後に筋収縮を加えることで筋力低下が解消するとした。</p><p></p><p>【方法】対象は,健康な男性15名(平均年齢:20.9±1.5歳,身長:169.9±7.1 cm,体重:68.4±7.4 kg)であり,ハムストリングを対象筋とした。一側の下肢を安静肢,他側の下肢をエクササイズ肢(以下,Ex肢)に分けた。なお,安静肢とEx肢の測定は1日あけた。筋力測定は,等速性筋力測定器(Biodex system3,BIODEX社製)を用いて300°/s,180°/s,90°/sの3種類の角速度で計測した。ストレッチングの方法は,背臥位で股関節屈曲90°,膝関節屈曲90°から検査者が膝関節を他動的に伸展させた。最大膝関節伸展可動域を1分間保持するストレッチングを2セット実施した。</p><p></p><p>測定手順は,両肢ともにストレッチング前とストレッチング直後に筋力を計測した。その後,安静肢は5分間の安静,Ex肢は5分間のエクササイズを実施した後にストレッチング5分後の筋力測定を行った。エクササイズは,等速性筋力測定器にて角速度120°/sでの膝関節屈伸運動を5回3セット実施し,セット間は1分間の休息を入れた。</p><p></p><p>統計学的解析は,測定時期(ストレッチング前,直後,5分後)と2条件(安静肢,Ex肢)を2要因とした反復測定二元配置分散分析を用いて検討し,有意な効果が得られた場合には,FisherのPLSD法による多重比較を行った。いずれも危険率5%未満を有意とした。</p><p></p><p>【結果】ストレッチング直後はストレッチング前と比べ安静肢,Ex肢ともにすべての角速度で7.4~11.2%筋力が低下した(p<0.05)。安静肢はストレッチング5分後も筋力低下(4.8~8.9%,p<0.05)が持続したが,Ex.肢は有意な減少を認めずストレッチング後の筋力低下は解消した。</p><p></p><p>【結論】ストレッチングによる低下筋力は,筋収縮を加えることで即時的に解消することが確認できた。静的ストレッチングは筋力低下をもたらすため,スポーツ現場ではウォーミングアップに静的ストレッチングを取り入れることは考慮すべきという意見がある。しかし,今回の結果から静的ストレッチング後に筋収縮を加えれば筋力低下に対する問題は解決できることが分かった。成長期には,柔軟性を改善することが成長期障がいの予防につながるため,ウォーミングアップ時に静的ストレッチングの励行は有効であると考える。</p>
著者
大橋 啓太 藤原 芽生 小野 くみ子 石川 朗
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに,目的】スタティックストレッチングがもたらす効果として,リラクセーション効果がある。リラクセーション効果を目的としたスタティックストレッチングに関する研究では,5分から10分程度のストレッチングプログラムを実施した場合のリラクセーション効果についての報告はあるが,一般的に推奨されている30秒程度のスタティックストレッチングがもたらすリラクセーション効果に関する報告は見当たらない。そこで,本研究ではスタティックストレッチングの伸張時間の違いが,自律神経活動に及ぼす影響について検討することを目的とした。</p><p></p><p>【方法】9名の健常若年成人男性を対象とした。実験に先立ち,膝関節伸展位での股関節屈曲(SLR)可動域(ROM)を測定し,そこから3度減じた角度をストレッチング実施角度に決定した。実験は,5分間の安静背臥位(PRE)後,スタティックストレッチングとしてSLR(ST)を行い,その後5分間の安静背臥位(POST)を行い,終了とした。実験条件は,ストレッチングを10秒間(10秒条件),30秒間(30秒条件),60秒間(60秒条件)それぞれ行う3条件に加え,安静背臥位を保持する条件(CON条件)の計4条件を設定した。実験を通して,心拍数(HR)および心臓副交感神経系活動(lnHF)の測定を行い,効果判定として実験後にSLRのROM測定を行った。さらに,交感神経活動指標として唾液アミラーゼ活性(SAA)を,PREの最後の1分間,ST直後1分間,POST終了後1分間,それぞれ唾液を採取して測定した。ST実施角度決定時およびST時の自覚的伸張感はVisual Analog Scale(VAS)を用いて測定した。データ処理として,PREにおける測定値は,最初と最後の1分間を除いた3分間の平均値を,STにおける測定値は,それぞれの条件の後半の10秒間の平均値を,POSTにおける測定値は5分間の平均値をそれぞれ算出し,比較検討した。</p><p></p><p>【結果】ROMは,30秒条件(P<0.01)および60秒条件(P<0.05)において実験前と比較して実験後に有意に増大した。VASは,各条件においてストレッチ角度決定時およびST時に有意差を認めなかった。HRは,時間および条件の交互作用に有意差を認め(P<0.01),10秒条件においてPREおよびPOSTと比較してST時に有意な上昇を認めた(P<0.01)。lnHFは,PREと比較してST時に有意に上昇した(P<0.01)が,条件間および交互作用には有意差を認めなかった。SAAは,条件,時間,交互作用とも有意差を認めなかった。</p><p></p><p>【結論】リラクセーション効果を目的としたスタティックストレッチングの伸張時間について,60秒までの短時間のスタティックストレッチングでは,伸張時間の違いによる自律神経活動,特に副交感神経活動への有意な影響は認められず,リラクセーション効果を目的とした場合は,少なくとも60秒よりも長い時間のスタティックストレッチングを実施する必要があることが示唆された。</p>
著者
伊藤 俊一 世古 俊明 田中 智理 久保田 健太 富永 尋美 田中 昌史 信太 雅洋 小俣 純一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0326, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】筋ストレッチングは,疼痛改善や関節可動域改善のための治療法の一つとして臨床で多用されている。その実施に関しては,静的ストレッチング(static stretching:以下,SS)と動的ストレッチング(dynamic stretching:以下,DS)が一般的である。SSは,目的とする筋群を反動動作なしにゆっくりと伸張を数秒から数十秒間保持する方法であり,SSは筋や腱の損傷の危険性が低く安全に実施することが可能とされている。近年では,近赤外線分光法(Nuclear Information and Resource Service:以下,NIRS)を用いた動物実験での筋血液動態の検討結果として,DSではSSに比べて筋収縮による血液循環の改善が認められるとされているが,ヒトにおける詳細な検討はない。また,ヒトを対象とした研究では,ストレッチング前後の関節可動域やパフォーマンスの比較は多数みられるが,血液変化での検討はほとんどない。本研究の目的は,ストレッチング法の違いがヒトでの筋血液量に与える影響を検討することである。【方法】対象は健常成人女性20人(21.7±0.7歳)とし,内科および整形外科的疾患を原因とする肩こりを有し薬物を使用している者や通院している者は除外した。また,対象のBMIは22.4±0.8であった。方法は,各被験者の利き手側を対象として,僧帽筋上部線維に対して頚部側屈他動的伸展によるSSとDSを24時間以上の間隔を空けてそれぞれ施行した。SSはストレッチ持続時間を30秒間×3セットとし,セット間は10秒間の安静とした。DSは5秒間の筋収縮後25秒間の安静を1セットとして3セット施行した。また,各ストレッチングの施行順序は無作為とした。筋血液量の変化は,ストレッチング介入前後での酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb),脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)をDyna Sence社製NIRSを用いて測定した。NIRSのデータの測定間隔は1秒とし,僧帽筋上部線維(第7頸椎棘突起と肩峰を結ぶ線上で,第7棘突起から3横指外側)に筋線維の走行と平行にプローブを貼付した。さらに,頚部側屈角度は酒井医療社製REVOによりストレッチング施行側の最大側屈角度を測定した。関節可動域の測定方法は,日本整形外科学会の測定方法に準じた。筋硬度の測定箇所は,イリスコ社製筋硬度計PEK-1を用いてNIRSのプローブ貼付部位と同一箇所とした。被験者は,いずれの条件下でも15分以上安静を保った後に測定を開始した。頚部側屈角度と筋硬度の測定は椅座位とし,筋ストレッチング実施前と実施後の2回の測定を行った。統計的解析には,Mann WhitneyのU検定とWilcoxonの順位和検定を用い,関節可動域および筋硬度には対応のあるt-検定を有意水準は5%未満として検討した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,福島県立医科大学会津医療センター倫理委員会の承認を得て,全対象者に書面により本研究の趣旨を説明し,同意書を得て実施した(承認番号24-21)。【結果】Oxy-Hb変化量(安静時値とストレッチング後の値との差)は,DSではSSと比較して有意な増加を認めた(p<0.01)。しかし,deoxy-Hbの変化および頚部側屈可動域,筋硬度には有意な差を認めなかった。【考察】NIRSの測定値に影響を与える因子として,被検者の皮下脂肪圧が挙げられている。先行研究では,BMI20-24の被験者では皮下脂肪厚が影響されないとされており,本研究の対象はすべてBMI20-24の範囲内であったことから,測定値に皮下脂肪厚の影響はないと考えられた。また,光岡らによるNIRSを用いた運動前後の筋内酸素動態の検討結果では,動脈血内においてはoxy-Hb量・deoxy-Hb量は両者ともに変化するが,静脈血内においてはoxy-Hb量は変化するがdeoxy-Hb量は変化しない,あるいは減少傾向を示すと報告されている。今回の結果,DSでは随意的な筋活動により,筋の収縮-弛緩による静脈還流を高めるミルキング作用が働き,DSではSSに比べ有意にoxy-Hb量を増加させた理由と考えられた。しかし,本研究により頚部側屈可動域,筋硬度には有意な差を示さなかったことは,今回の対象を健常成人女性としたためと考えられ,肩こりや頚部痛を有する対象者で再検討する必要がある。またさらに,本研究の対象者は20歳代の成人女性だけであるため,今後高齢者での加齢変化や性差の影響なども検討していく必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】従来から,疼痛の原因の一つとして筋の血行障害が挙げられている。これまでのヒトを対象としたストレッチングの検討結果は,ストレッチング施行前後の可動域,筋出力,パフォーマンスでの比較であり,筋血液動態での検討は少ない。本研究結果は,今後臨床において血行障害改善のためのストレッチングの選択や適応を検討するに際に有用になると考えられる。
著者
戸田 晴貴 長野 明紀 羅 志偉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0947, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】高齢者の歩行中の筋活動は,若年者と比較し全般的に大きくなり,活動パターンが異なることが報告されている(Finley, 1969)。しかしながら,高齢者と若齢者の筋活動パターンの違いの定量的な分析は,我々が渉猟した範囲においてはなされていない。主成分分析は,次元数を減らす統計学的手法で,歩行分析において運動学,運動力学,筋電図の時系列データの全体的な量,形状,時間的パターンの分析に用いられる。本研究の目的は,健常高齢者と若年者における歩行中の大腿四頭筋とハムストリングスの筋張力パターンの特徴の違いを,主成分分析を用いて分析することとした。【方法】対象者は,65歳以上で歩行補助具および介助なしで歩行可能な高齢者20名(男性10名,女性10名)と若年者20名(男性10名,女性10名)であった。歩行に影響を及ぼす疾患を有しているものはいなかった。課題動作は定常歩行とした。対象者は,7 mの直線歩行路にて最も歩きやすい速度で歩行した。運動学データは,赤外線カメラ8台を用いた三次元動作解析装置VICON MX(VICON Motion Systems社製)を用いて計測した。同時に床反力は,床反力計(AMTI社製)8枚を用いて計測した。得られたマーカー座標データと床反力データからOpenSim3.2を用いて筋張力の推定を行った。モデルは,23自由度92筋を使用した。各筋の活動度の2乗値の和が最小になるように最適化が行われた。解析した筋は,大腿直筋,大腿広筋群,ハムストリングスであった。各筋張力の大きさは,体重で正規化した。本研究の高齢者と若年者の筋張力波形の特徴を抽出するために主成分分析を行った。分析を行うにあたり,データから筋ごとに40(対象者数)×101(100%に正規化した波形)の行列を作成した。この行列を用いて主成分分析を行い,主成分と成分ごとに主成分得点を算出した。分析は,第3成分まで行った。各主成分が示す特徴を解釈するために,主成分得点が高い5試行を平均した波形と低い5試行を平均した波形の特徴を視覚的に確認した。高齢者と若年者の各主成分得点の比較は,性別の影響を考慮し,年齢と性別の2要因による2元配置分散分析とTukeyの多重比較検定を用いて行った。統計解析には,SPSS 17.0 J for Windows(エス・ピー・エス・エス社)を使用した。有意水準は,5%とした。【結果】本研究のすべての変数において,年齢と性別の交互作用は有意にならなかった。つまり男性と女性は,同様の傾向を示した。大腿直筋における第3成分の主成分得点は,高齢者は若年者と比較し有意に大きかった。大腿直筋の第3成分は,立脚中期から後期の筋活動の大きさと解釈され,高齢者の大腿直筋は,立脚中期からつま先離れまで活動が持続的であるという特徴を有していた。またハムストリングスにおける第2成分の主成分得点は,高齢者は若年者と比較し有意に小さかった。ハムストリングスの第2成分は,踵接地後の小さな筋活動と遊脚中期の活動の大きさと解釈され,高齢者のハムストリングスは,踵接地後の筋活動が大きく,遊脚中期の筋活動が小さいという特徴を有していた。大腿広筋群の筋張力波形は,高齢者と若年者の間に統計学的な違いがなかった。【考察】本研究の結果,高齢者と若年者の膝関節周囲における筋張力パターンの違いは,大腿直筋とハムストリングスに認められた。よって,高齢者の膝関節周囲筋では,2関節筋の筋活動パターンに加齢変化が見られることが示唆された。Ostroskyら(1994)は,高齢者は若年者と比較し,歩行中の膝関節伸展角度が減少し屈曲位での歩行となることを報告した。高齢者において初期接地時にハムストリングスの筋張力が増加することは,大腿四頭筋との同時収縮により膝関節の剛性を高めて荷重する戦略をとっている可能性を示している。またこのことは,高齢者の初期接地時の膝関節伸展角度の減少と関連も示唆している。さらに高齢者の大腿直筋の筋活動は,立脚初期に活動が見られず立脚中期から後期にかけて持続していた。このことから,高齢者では膝関節屈曲位で歩行を行うことにより,膝関節の安定性を高めるために大腿直筋が過剰に働いていたことが推測された。【理学療法学研究としての意義】本研究の意義は,歩行中の高齢者と若年者の膝関節周囲筋の筋活動パターンに違いがあることを示したことである。歩行の加齢変化に対して,膝関節周囲筋においては筋力低下に対する介入だけでなく,2関節筋が適切なタイミングで活動できるよう介入することが必要である。
著者
松山 太士
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100909, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】 スキルとは,「手腕.技量.また,訓練によって得られる特殊な技能や技術」とされる.専門職として理学療法士が身につけるべきスキルは多岐にわたり,また難易度の高いスキルを習得するには繰り返し何度も経験することが必要となる.卒前教育において,スキル習得の機会は主に臨床実習の場である.しかし,近年は患者の権利意識の高まりやコンプライアンス遵守の必要性,集団療法から個別療法のみの診療体制へと変遷したこと等,理学療法士を取り巻く環境は大きく変化し,無資格者である学生が臨床実習で経験を積むことが以前より困難になっているのが現状である.一方,卒後に目を向けると,予防から急性期・回復期・生活期まで理学療法士の活躍の場は拡大しており,臨床現場で求められるスキル項目は近年増加している.よって,臨床実習中に経験するスキル項目と,卒後必要とされるスキル項目との乖離を埋めるような工夫が求められる. 本研究の目的は,臨床実習中に経験したスキル項目と卒後必要とされるスキル項目とを比較検討し,卒前教育と卒後教育とが一貫して継続される臨床実習の実現へと活かすことである.【方法】 当院の理学療法士のうち,急性期の整形外科・脳神経外科・神経内科担当チーム,急性期の外科・内科担当チーム,回復期リハビリ病棟担当チーム,訪問・通所リハ担当チームそれぞれのチーム内指導者を対象に,現場で必要なスキル項目を自由記載でアンケート調査した.次に,臨床経験1~2年目の理学療法士11名を対象に,学生時代に臨床実習で経験した事のある項目について指導者から調査した項目の中から選択するよう求めた.経験した事のある項目については,「指導者の実践を見学のみ(以下,見学)」「指導者の実践を模倣しながら実施(以下,模倣)」「指導者の監督のもと単独で実施(以下,実施)」のどの段階まで経験したのかを回答するよう求めた.【倫理的配慮,説明と同意】 全ての対象者に対して研究の趣旨を説明し同意を得た.【結果】 指導者の求めているスキル項目は各チームによって大きく異なっていた.また,「吸引の知識・技術」「人工呼吸器管理下のリスク管理方法」「心電図モニターの理解とリスク管理方法」「ケアマネとの連携方法」など,無資格の状態で経験することが困難な項目や,複合的スキルが要求され臨床実習中での習得は難易度が高いと思われる項目も散見された. 臨床実習中に経験したスキル項目は,リスク管理に関する項目:「フィジカルアセスメント」と「離床時の点滴・尿道カテーテル等の扱い方や禁忌事項」は概ね実施されていたが,「感染対策」「NGチューブ,胃瘻の扱い方や禁忌事項」については未実施も多く存在した.動作の分析・介助方法に関する項目:「歩行分析,動作分析」「歩行介助方法」「移乗動作介助方法」はいずれも概ね実施されていた.多職種連携に関する項目:「看護師との情報共有」は概ね実施されていたが,「ケアマネとの連携方法」「リハ実施計画書」の作成」は殆どが未実施であった.「カンファレンスでの報告」は実施が2名であった.機器の使用方法に関する項目:「電動ベッドの操作方法と注意点」は概ね実施されていた.「物理療法の適応と使用方法,禁忌」は概ね実施されていたが未実施が2名存在した.「車椅子の構造理解,調整」と「装具の選定,調整,フィッティング」は殆どが未実施あるいは見学であった.【考察】 各チーム指導者が求めているスキル項目は大きく異なっていたことから,実習先の施設あるいは卒後就職する施設の特性により経験できるスキル項目・必要とされるスキル項目は大きく異なることが考えられる.スキル項目の難易度については,臨床実習中に経験しておくべき内容と卒後教育にて担うべき内容とを理解した上で指導に当たることが重要である.臨床実習で経験した項目については,「感染対策」「NGチューブ,胃瘻の扱い方や禁忌事項」「実施計画書の作成」「カンファレンスでの報告」「車椅子の構造理解,調整」と「装具の選定,調整,フィッティング」等は卒後多くの施設で求められ,かつ臨床実習にて経験が可能と思われるスキル項目であることから,臨床実習中に経験を促す必要がある.臨床実習では,スキル項目の施設特性・難易度を考慮した上で臨床現場に求められている項目を経験できるよう配慮することが重要であるが,この実現にはスキル項目を細分化し経験させるクリニカルクラークシップ方式での教育体制が必要である.【理学療法学研究としての意義】 臨床現場で必要なスキル項目の習得には臨床実習はどうあるべきかを提示したことにより,卒前教育と卒後教育とが一貫して継続される臨床実習の実現に寄与することができる.
著者
澤 龍一 土井 剛彦 三栖 翔吾 堤本 広大 小野 玲
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea0344, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 日本は屋内を裸足で生活するという独自の文化を有しており、そのため足底温度は冬場に約15℃まで温度低下すると言われている。足底部は、温度下降に伴い触覚閾値が上昇すると報告されており、そのため閾値上昇による感覚低下はバランス能力の低下や転倒リスクの一因になると考えられるが、日常生活で生じるような足底温度低下による歩行への影響は報告されていない。我々の研究グループは、第46回日本理学療法学術大会にて、足底温度が低下すると、足部に装着した小型ハイブリッドセンサにより得られた歩行時の下肢運動の時間的変動性が増大し、歩行が不安定化することを報告した。しかし、歩行時の体重心の動きを捉え、よりバランス機能を反映しているとされる体幹部分の定常性についても検討する必要がある。そこで、我々は「日常で生じうる足底温度低下が感覚閾値を上昇させ、それは下肢の時間的変動性のみでなく体幹部分の定常性にも影響を与える」という仮説を証明するために研究を行ったので報告する。【方法】 対象は、健常若年成人で、研究参加に同意の得られた34名 (男性20名、女性14名、平均年齢22.2±2.5歳)について、加速路と減速路を2mずつ用意し、その間12mについて歩行計測を行った。歩行条件は2条件とし、通常歩行 (Normal条件)では、計測前に裸足になり、両足底面を20分間床面に接地させた後、足底温度・足底感覚を測定して、歩行を計測した。その後、氷を用いて足底面を冷却し、足底温度が15℃以下となったことを確認し、感覚検査を実施した後に、歩行計測を行った (Cold条件)。足底温度、足底感覚は、それぞれ足底部の母指、母指球、踵にて測定を実施した。温度測定は熱電対温度計を用い、冷却中3分ごとに実施した。感覚検査にはモノフィラメントを用いた。歩行計測には3軸加速度計と3軸角速度計を内蔵した小型ハイブリッドセンサを用い、体幹及び両踵部にサージカルテープで装着した。指標には、歩行周期時間 (stride time)について、平均値および歩行の周期時間変動性を示す指標として変動係数 (coefficient of variation: CV)を算出した。また体幹の定常性を示す指標として、自己相関係数 (autocorrelation coefficient: AC)を垂直 (VT)、左右 (ML)、前後 (AP)方向について算出した。統計解析は、歩行指標に対し、Normal条件とCold条件の条件間比較を行うためpaired t testを用い5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、神戸大学保健学研究倫理委員会の承認を受けた後に実施し、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し、同意を得た者を対象者とした。【結果】 足底感覚は各部位において冷却による有意な低下が認められた (p < .0001)。stride timeの平均値は、条件間で統計学的に有意な差は認められなかった。一方で、stride time CVは条件間に統計学的に有意な増加が認められた (p = .0278)。ACはVT方向がNormal条件で0.88±0.07、Cold条件で0.81±0.10 (p = .0001)、ML方向は0.69±0.15から0.61±0.19 (p = .0041)、AP方向は0.87±0.07から0.82±0.10 (p = .0011)と全てにおいて有意な低下が認められた。【考察】 本研究は、日常生活でありうるような足底温度低下により足底感覚が低下し、時間的指標である歩行周期時間の変動性の増大に加え、体幹部分の定常性の低下、つまり体幹部分においても変動性の増大が生じることを示唆した。足底感覚の低下は、足底温度低下による感覚閾値の上昇が原因と考えられ、足底からの感覚入力は通常に比べ相対的に減少する。歩行中の姿勢制御において、足部からの体性感覚入力が重要な役割を担うことはよく知られており、末梢神経障害を有する者は歩行周期時間変動性が増大することも報告されている。また歩行における周期時間変動性の増大と歩行時の定常性低下について、相関があることも報告されており、本研究において日常生活生じるような足底温度低下によって感覚低下が生じ、周期時間変動性の増大だけでなく体幹における定常性低下も生じたと考えられる。高値のstride time CVや低値のACは、転倒リスクが大きくなるとの報告もあり、高齢者の場合、足底の温度低下により歩行中の不安定化ひいては転倒リスクの一因になると考えられる。今後は高齢者において、足底温度が歩行に与える影響を検討し、保温することで歩行の安定性を維持または向上できるのかを明らかにしていくことが必要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は、屋内で靴をはかず、保温しにくい状況で生活している日本人にとって、屋内での転倒を減らすための一要因を解明していく一助になると考えられる。
著者
長澤 由季 猪村 剛史 今田 直樹 沖 修一 荒木 攻
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1885, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】脳梗塞の病態には,アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞に加え,1989年にCaplanが提唱した脳血管穿通枝入口部のアテローム血栓性病変により閉塞が生じるbranch atheromatous disease(以下,BAD)が知られている。BADの好発部位にはレンズ核線条体動脈,傍正中橋動脈領域があり,進行性の運動麻痺が生じやすく,ラクナ梗塞と比較して,身体機能の予後は不良と報告されてきた。しかし,臨床での予後に関する報告数はまだ少なく,臨床像は明確ではない。本研究では,脳梗塞の病型の違いによる運動機能の変化や予後の差異について検討した。【方法】対象は,平成24年4月から平成26年9月までに脳梗塞の診断で当院に入院した120名とした。対象者はいずれも錐体路症状を呈し,除外規準は既往に脳血管障害を有する者,精神疾患を有する者,骨折・四肢欠損患者とした。運動機能評価には急性期病棟退院時のNIHSS運動項目を用いた。また,FIM効率(FIM利得/在院日数),在院日数についても評価した。統計解析には,一元配置分散分析を用いた。【結果】病型の内訳は,アテローム血栓性脳梗塞は67名,BADは24名,ラクナ梗塞は29名であった。急性期病棟退院時のNIHSS運動項目の合計点は,アテローム血栓性脳梗塞は2.1±2.8,BADは0.6±2.0,ラクナ梗塞は0.4±1.5で,一元配置分散分析の結果,病型に主効果がみられた(p<0.01)。群間比較の結果,NIHSSのスコアでは,アテローム血栓性脳梗塞でラクナ梗塞(p<0.01)およびBAD(p<0.05)と比較して有意に高かった。また,ラクナ梗塞とBADではNIHSSスコアに有意な差を認めなかった。FIM効率では,アテローム血栓性脳梗塞は1.3±1.7,BADは1.7±1.3,ラクナ梗塞は1.6±1.0で,アテローム血栓性脳梗塞はラクナ梗塞と比較して,有意に低値であった(p<0.01)。ラクナ梗塞とBADではFIM効率に有意な差は認めなかった。在院日数では,アテローム血栓性脳梗塞は71.0±70.1日,BADは39.1±43.6日,ラクナ梗塞は19.3±23.8日で,アテローム血栓性脳梗塞はラクナ梗塞と比較して有意に在院日数が長かった(p<0.01)。ラクナ梗塞とBADでは在院日数に有意な差は認めなかった。【考察】本研究では,脳梗塞の病型別における運動機能や予後予測因子の関連を調査した。結果より,NIHSSの得点,FIM効率,在院日数において,アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞では有意な差を認めたが,BADとラクナ梗塞では有意差は認めなかった。従来,BADとラクナ梗塞の運動機能の比較を行った場合,進行性の運動麻痺はBADで多く認め,NIHSSやmRSの得点はBADの方が高いことが多く報告されている。一方で,BADはアテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞の中間の病態であり,BADとラクナ梗塞の重症度の差は少ないとの報告もある。BADには非進行性の病態もあり,発症部位によっても重症度は異なり,必ずしも予後不良でない可能性もある。理学療法介入を行う上で,病型の確認に加え,損傷部位・損傷の程度・画像所見などを比較しながら,予後について検討する必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】本研究を通し,理学療法介入を行う上で,従来の報告に加えて予後予測の一助となると考えられる。
著者
小林 信吾 岡本 健佑 北口 拓也 佐野 佑樹 和中 秀行 山原 純 稲場 仁樹 小西 佑弥 岩田 晃
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0092, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】日本人工関節学会によると本邦における2015年度の人工膝関節全置換術(以下TKA)件数は約54,000件とされ,その約87%が変形性膝関節症(以下膝OA)と診断されている。肥満は膝OAの危険因子とされており,Heatherらは肥満群は非肥満群と比べTKA術後のFIM運動スコアの改善率が有意に低いことを報告しているが,体格差や肥満基準の違いといった制限があり,術後早期の筋力やROM,歩行能力と肥満との関連については明らかにされていない。本邦では森本らがTKA術前と術後4週の膝機能や歩行能力,Timed Up & Go test(以下TUG)には肥満群(BMI>25.0)と非肥満群(BMI<25.0)を比較し有意差がないことを報告しているが,単施設研究でサンプル数が少ない等の制限がある。今回,我々は多施設共同研究によって集められたデータを基に,肥満の有無がTKA術前,術後3週の膝機能や歩行能力に影響をもたらすかを調査したので報告する。【方法】多施設共同による前向き観察研究に参加した4つの施設にて,2015年6月から2016年9月までに片側のTKAを施行した60歳以上の男女153名を対象とした。術前,術後3週における術側の膝伸展筋力,膝屈曲ROM,歩行速度,TUGを計測した。筋力測定は端座位・膝屈曲60°にて等尺性膝伸展筋力を測定し最大値を体重で除した値を算出した。歩行速度は8m歩行路の中央5mの歩行に要した時間を計測し速度(m/s)に変換した。TUGは椅子から起立し3m先のマークを回って帰り椅子に着座するまでに要した時間を計測した。術前のBMIが25.0未満を非肥満群,25.0以上を肥満群とし,各時期における測定値の群間比較を対応のないt検定を用いて検討し,有意水準を5%未満とした。【結果】非肥満群は63名(男性17名,女性46名,平均年齢74.9±7.1歳,身長152.1±8.2cm,体重52.3±6.7kg,BMI22.5±2.0kg/m2),肥満群は90名(男性17名,女性63名,平均年齢75.2±6.7歳,身長151.6±7.7cm,体重64.7±8.3kg,BMI28.1±2.3kg/m2)であった。以下,全項目の結果について非肥満群,肥満群の順に示す。術前の膝伸展筋力は0.26±0.1kgf/kg,0.23±0.05kgf/kg,膝屈曲ROMは125.0±15.1°,119.0±17.6°,歩行速度は1.20±0.37m/s,1.15±0.36m/s,TUGは13.0±5.4秒,12.9±4.3秒であった。術後3週の膝伸展筋力は0.17±0.06kgf/kg,0.15±0.06kgf/kg,膝屈曲ROMは119.2±11.3°,119.2±10.8°,歩行速度は1.18±0.34m/s,1.09±0.28m/s,TUGは12.4±3.9秒,12.7±3.6秒であった。群間の比較において有意差が認められた項目は術前の膝伸展筋力(p=0.03)と膝屈曲ROM(p=0.03)であり,その他の項目では有意差が認められなかった。【結論】術前の膝伸展筋力と膝屈曲ROMには肥満の有無によって有意差が認められたが,術後3週においては全ての項目で有意差は認められなかった。これらの結果から,肥満の有無はTKA術後の膝機能や歩行能力の改善には影響しないことが示唆された。
著者
木下 和昭 橋本 雅至 中 雄太 米田 勇貴 北西 秀行 大八木 博貴
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1394, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】簡便な下肢筋力推定方法であるスクリーニングとして30秒椅子立ち上がりテスト(以下,CS-30)や5回椅子立ち上がりテスト(以下,SS-5)がある。CS-30は歩行速度(曽我2008)や下肢伸展筋力(Jones CJ 1999),SS-5はレッグプレスによる下肢伸展筋力,Timed up and go test(以下,TUG)など(牧迫ら2008)と関係性を認め,それぞれ信頼性が報告されている。またCS-30とSS-5の間には有意な相関が認められ,相互に代用ができることも報告されている(大村ら2011)。しかし,これらは対象が虚弱高齢者や脳卒中片麻痺などであり,変形性膝関節症の患者(以下,膝OA)やその後,手術に至った患者での有用性は明らかにされていない。そこで本研究は膝OAの人工膝関節全置換術前(以下,pre)と人工膝関節全置換術後(以下,post)にて,この2種類の椅子立ち上がりテストの有用性について検討した。【方法】対象は膝OAの50名(年齢73.2±8.6歳,身長153.9±9.2cm,体重60.4±10.3kg)とした。測定項目はCS-30,SS-5,膝関節伸展筋力,台ステップテスト(以下,ST),TUGとした。2つの椅子立ち上がりテストは安静座位を開始肢位とし,両上肢を胸の前で組ませ,最大努力で40cm台からの立ち座り動作を繰り返す課題を行った。SS-5は5回の立ち座り動作の所要時間をストップウォッチにて測定した。CS-30は30秒間にできるだけ多く,立ち座り動作を繰り返させた回数を測定した。膝関節伸展筋力は加藤ら(2001)の方法に従い,端座位から膝関節屈曲90°位での最大等尺性収縮をハンドヘルドダイナモメーターにて測定した。測定値は体重にて除した数値とした。STはHillら(1996)が提唱した方法を一部改変し,静止立位をとった対象者の足部から前方に設置した20cm台の上に,最大努力で一側下肢を10秒間ステップさせた回数を測定した。TUGは椅子座位を開始肢位とし,任意のタイミングで立ち上がり3m前方のコーンで回転して開始肢位に戻るまでの歩行時間を計測した。本研究では,最大努力を課す変法(島田ら2006)を用いた。検討方法は手術2日前以内(pre)と退院時(post)に各項目を測定し,術前後の関連を検討した。統計学的手法はSpearmanの順位相関係数を用い,有意水準を5%未満とした。【結果】CS-30はSS-5との間に有意な負の相関が認められた(pre r=-0.65 p<0.01;post r=-0.83 p<0.01)。pre SS-5はpreの全ての測定項目との間に有意な相関が認められた(術側膝関節伸展筋力r=-0.44,p<0.01;非術側膝関節伸展筋力r=-0.37,p<0.05;術側ST r=-0.49,p<0.01;非術側ST r=-0.80 p<0.01;TUG r=0.46,p<0.01)。pre CS-30はpre術側のST以外に有意な相関が認められた(術側膝関節伸展筋力r=0.43,p<0.01;非術側膝関節伸展筋力r=0.33,p<0.05;非術側ST r=0.60 p<0.01;TUG r=-0.38,p<0.01)。post SS-5はpostの術側の膝関節伸展筋力以外に有意な相関が認められた(非術側膝関節伸展筋力r=-0.32,p<0.05;術側ST r=-0.48,p<0.01;非術側ST r=-0.61 p<0.01;TUG r=0.58,p<0.01)。post CS-30はpostの術側の膝関節伸展筋力と術側のSTにおいて,それぞれ有意な相関が認められなかった(非術側膝関節伸展筋力r=0.31,p<0.05;非術側ST r=0.38 p<0.01;TUG r=-0.49,p<0.01)。【考察】SS-5は今回測定した他の動作テストとの関係性が確認でき,先行研究と同様に膝OAに対して使用が可能であることが示唆された。CS-30はpreとpostともに,術側の動的バランステストとの関連を示さなかったため,人工膝関節全置換術前後の術側の評価においてはSS-5の方が短時間にて可能であり,負担が少なく,有用性の高いテストであると考えられた。しかし,下肢の筋力の推定を行う場合や立ち上がりが不可能な場合は,回数の規定がないCS-30の方も有用であると考えられ,荷重関節である膝関節に障害を持つ対象者に合わせて使用することが望ましいと考えられる。またpostでは今回用いた2つの椅子立ち上がりテストは,術側の膝関節伸展筋力と関係を示さず,退院時の術側の膝関節伸展筋力を推定するには課題があり,術後の動作に影響を及ばす関節可動域や変化した下肢アライメントなどが考慮されなければならないことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】椅子立ち上がりテストは,臨床現場で簡易に行えるパフォーマンス(動作)テストであり,人工膝関節全置換術前の膝OAにも使用可能であったが,人工膝関節全置換術後の患者では術側の筋力を推定するには術後の動作に影響を及ばす他の要因を考慮する必要性が示唆できた。