著者
大平 茂輝
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究では、映像記録の事後処理としてではなく、映像中の事象が発生している瞬間に現場にいる人間の自然な行動から、映像アノテーションの一部となるメタデータを抽出することを目指している。具体的には、試合会場(スタジアム等)における観戦者の視線方向や身体動作に関する情報を、スポーツ観戦メタデータとして携帯情報端末等を用いて抽出し、観戦中に撮影した画像と関連付けることで観戦コンテンツを作成した。方位センサ情報から観戦者のフィールド上の視点を検出する手法について検討し、視線方向や身体動作を含む観戦コンテンツを活用したスポーツ中継映像の視聴システムを試作した。
著者
須藤 斎
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

これまでEocene/Oligocene(E/O)Boundary以後において海生珪藻類が急増した結果,ヒゲクジラなどの大型海生哺乳類の進化が促されたという事実のみが知られていたが,どのような原因でこれが起きたかは未解明であった.また,どのような珪藻が主に急増したのかを示すような研究は行われてこなかった.そこで,本研究では,海洋一次生産の25%を担い,沿岸湧昇流域に多産するがこれまでほとんど研究がなされてこなかった海生珪藻Chaetoceros属の休眠胞子化石を,過去4000万年間の北部・赤道太平洋,赤道大西洋域,北極域の堆積物サンプルを用いて分析した結果,以下のような湧昇流変遷史と陸上環境変遷にも関連した海洋生物進化の原因を明らかにした.1)E/OBoundaryにおいて極域の寒冷化が進み,当時の沿岸湧昇の季節性が崩れた結果,Chaetoceros属が多様化・急増化した.さらに,現在のヒゲクジラ類の餌となるカイアシ類の一部は本属をはじめとする珪藻類を捕食・増殖することから,本属の急増により動物プランクトンが増加し,その結果ヒゲクジラ類をはじめとする大型海生哺乳類の多様化が進んだ.2)約850万年前に,北太平洋広域において,本属の休眠胞子化石が同時に急増した.これらは,海洋水循環の変動により太平洋域の沿岸湧昇が発達し,富栄養化したことを示唆している.この時代には,アジア域の乾燥化やヒマラヤ山脈の上昇などによる鉄・シリカなどの栄養素が大量に運搬された事実と呼応しており,それに合わせるように,昆布・ウニ・魚類・ハクジラ類などが増加・多様化した.これらの結果から,約4000万年以降に,沿岸湧昇域の性質が大きく変化し,それに伴ってChaetoceros属や他の珪藻類,藻類が急増・多様化し,これらを餌とする小型・大型捕食者の進化が促された可能性が大きいことが明らかとなった.
著者
齋藤 秀司 小林 亮一 松本 耕二 藤原 一宏 金銅 誠之 佐藤 周友 斎藤 博 向井 茂 石井 志保子 黒川 信重 藤田 隆夫 中山 能力 辻 元
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

当該研究は(I)高次元類体論および(II)代数的サイクルの研究のふたつの大きな流れからなる。(I)高次元類体論は高木-Artinにより確立された古典的類体論の高次元化とその応用を目指している。この理論の目指すところは数論的多様体のアーベル被覆を代数的K理論を用いて統制することで、幾何学的類体論とも言える。整数環上有限型スキームにたいする高次元類体論は当該研究以前に加藤和也氏との一連の共同研究により完全な形で完成することに成功した。高次元類体論はその後もρ進Hodge理論などの数論幾何学の様々な理論を取り入れつつ展開し、世界的なレベルで研究が続けられている。当該研究の高次元類体論における成果として、整数論においてよく知られた基本的定理であるAlbert-Brauer-Hasse-Noetherの定理の高次元化に関する結果がある。(II)主要な目標は"代数的サイクルを周期積分により統制する"という問題に取り組むことである。この問題の起源は19世紀の一変数複素関数論の金字塔ともいえるAbelの定理である。当該研究の目指すところはAbelの定理の高次元化である。これは"高次元多様体X上の余次元γの代数的サイクルたちのなす群を有理同値で割った群、Chow群CH^γ(X)の構造をHodge理論的に解明する"問題であると言える。この問題への第一歩として、Griffithsは1960年代後半Abel-Jacobi写像を周期積分を用いて定義し、CH^γ(X)を複素トーラスにより統制しようと試みた。しかし1968年MumfordがCH^γ(X)はγ【greater than or equal】2の場合に一般には複素トーラスといった既知の幾何学的構造により統制不可能なほど巨大な構造をもっており、とくにAbel-Jacobi写像の核は自明でないことを示した。このような状況にたいし当該研究はBloch-Beilinsonによる混合モチーフの哲学的指導原理に従い、GriffithsのAbel-Jacobi写像を一般化する高次Abel-Jacobi写像の理論を構成し、GriffithsのAbel-Jacobi写像では捉えきれない様々な代数的サイクルをこれを使って捉えることに成功した。この結果により高次Abel-Jacobi写像がAbelの定理の高次元化の問題にたいする重要なステップであることが示された。当該研究はさらに発展しつつあり、Blochの高次Chow群、Beilinson予想、対数的トレリ問題、などの様様な問題への応用を得ることにも成功している。
著者
前島 正義 中西 洋一
出版者
名古屋大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

本研究は,新規プロトンポンプとしての液胞型H^+-ピロホスファターゼ(H^+-PPase)に焦点をあて,その分子構造と酵素機能の作動機構を解明し,分子構築と反応機能に関する明確なモデルを提案すること,ならびにH^+-PPaseの細胞生物学的機能解明を目的とした。この目的のために種々の先端的解析手法を用いた。一次構造上の特定アミノ酸残基の機能上の役割を明らかにするために、分子生物学的手法により特定部位に変異を導入し,基質加水分解,活性発現におけるK^+要求性,基質分解とH^+輸送との共役反応に対する影響を検討し,精密な膜内配向構造を明らかにし,かつ基質分解に関与するアミノ酸残基を特定した。これらの結果は,膜トポロジーモデルとして論文発表し,多様な生物のH^+-PPaseを理解する基本構造として認知された。本研究ではH^+-PPaseの高次構造を直接観察する結晶解析を推進してきた。現時点では,まだ十分なサイズの結晶を得ることに成功していない。しかし,結晶形成に最適な,活性型酵素のみを認識する抗体断片の調製に成功し,これを用いて,高純度の活性型^+-PPaseを大量精製するステップまで到達した。現在,これを試料として結晶形成の条件検討を進めている。さらに,H^+-PPaseのプロトン輸送能を直接測定するため,酵母へのH^+-PPase遺伝子導入,酵母巨大化,巨大液胞を用いたH^+-PPase機能のパッチクランプによる測定,という実験システムを確立した。また,H^+-PPase遺伝子の欠失株を取得し,詳細に分析をしたところ,変異株は小さいのみならず,液胞膜H^+-ATPaseが活性化されていることも見出した。これはH^+-PPase欠失を補完する植物のしなやかな応答であると推定される。
著者
前島 正義 中西 洋一
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

二年間での本研究プロジェクトは,液胞膜のイオン輸送システムに焦点を充て,カチオン/H+交換輸送体,亜鉛輸送体,プロトンポンプを具体的な研究対象とし,次の成果を得た。(1)液胞膜カチオン(Ca^<2+>)/H^+交換輸送体(CAX1a):イネには5種のアイソフォームが存在し,一次構造,金属イオン選択性,発現細胞において明確な特徴をもつことを明らかにした。その中でもCAX1aは液胞膜に局在し,どの器官においても発現が観察されるが,とくにカルシウムが集積し高濃度になる細胞での遺伝子発現が顕著であった。したがって,液胞へのCa^<2+>の備蓄という役割に加えて,過剰Ca^<2+>を液胞に排除する機能をもつと推定した。また,システインスキャニング法によりCAX1aの膜内分子構造を明らかにし,部位特異的変異導入法によりイオン選択性に関わるアミノ酸を同定し,分子モデルを提案し,世界的に認められるに至った。(2)液胞膜亜鉛輸送体(MTP1):植物液胞膜の亜鉛能動輸送体としてMTP1分子を同定した。MTP1遺伝子欠失株は,高濃度(0.2mM)の亜鉛に対して感受性となり,根の伸長阻害,葉肉細胞の壊死など著しい障害を受けることを明らかにし,亜鉛を液胞へプールする役割と共に高濃度亜鉛障害を回避する役割を担っていると判断した。MTP1は液胞膜でのH^+勾配を利用するZn^<2+>/H^+交換輸送体であることを生化学的手法で明らかにし,さらに輸送機能に関わるアミノ酸残基も特定した。(3)液胞膜プロトンポンプ(H^+-PPase):液胞膜H^+-ピロホスファターゼは液胞の酸性pHを維持し,液胞膜プロトン勾配を形成する酵素である。その遺伝子欠失株が,生育不良を生ずることを明らかにし,正常な植物の成長に不可欠であることを明らかにした。その分子構造,膜内配向性を解明して分子モデルを提案し,世界的に受け入れられるに至った。
著者
村岡 輝三
出版者
名古屋大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993

本研究は台湾の1989年の「調査」(中華民国経済部投資審議会『僑外投資事業運営状況調査及対我国経済発展貢献分析報告、民国78年』台北、1991年7月)資料を基本に、「華僑・華人」の企業投資と資金運営の実態について、統計的検証を通じて明かしするところに意図がおかれている。研究の内容構成は、さしずめ、つぎの8節に分けて把握される。すなわち(1)問題の提起、(2)統計的検証と限界、(3)全般的推移と業種別分布、(4)資産負債の構造、(5)財務収支の構造、(6)資本における産業の構造と市場の構造、(7)経営の効率と金融保険業の突出、(8)残された研究課題、がそれである。1993年12月現在、台湾に対する「華僑」投資は累計2,382件、26億889万ドルを記録。一方、台湾企業の中国大陸向け投資は60億ドルに達した。台湾がいわば「中継」基地として対中投資の重要な役割を演じていることがこの数字から十分推測できる。台湾における「華人・華僑」企業経営に焦点を合わせた理由のひとつはこの点にある。いまひとつは、「華人・華僑」の企業経営に関する統計的調査は台湾しかなく、ほかに選択肢がないことである。それだけに上記の台湾の「調査」報告は貴重な資料である。本研究がさしずめ台湾に焦点を合わせた理由は上記の二点にある。一方、1989年はバブル経済たけなわの局面にあり、その点で以上の作業は台湾における「華僑」系企業の「事業運営」の実態が明かにされると共に、バブル経済と「華僑」資本の「活動」との関係が一定程度浮き彫りできることも本研究の大きな成果である。このように本研究はいくつかの点において特色ある内容が期待できる。以上の研究はほぼ予定通り順調運ばれている。400字原稿用紙50枚程度にまとめて八千代国際大学の紀要特集号に載せることがほぼ決まっており、鋭意執筆中である。
著者
中島 英喜
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

本研究では、中央銀行が Clarida 等(1998)の政策反応関数をベースとしつつ、金利の下限を意識する状況を考え、金利観測に関する Tobit モデルとこれに基づく代替的な推定量を複数準備した。そして「ゼロ金利政策」の期間を含む日本の時系列標本を使い、ベースとなる政策モデルの推定と診断を行った。その結果、GMM 推定と最尤推定の双方で、回帰残差に対照的なバイアスが認められた。追加分析の結果、これらのバイアスは、分布の打ち切りという技術的問題を超える可能性が示された。そこで、ベースのモデルで仮定した金利平滑化仮説の当否を検証した。この仮定の検証はこれまで困難とされてきたが、金利の下限に着目することで新たな検証が可能になる。この検証により、推定期間における金利の平滑化仮説は極めて強く棄却された。
著者
荒川 歩
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2007

意図(特に殺意)および「合理的疑い」に関する、裁判員のしろうと理論について検討した。その結果、殺意の認定については、裁判員に独特の判断傾向があること、評議において、裁判官側が裁判員役の役割を提示せずに、裁判員側の主張を先に聞いた場合も、裁判官側が先に、定義等をしない場合も裁判員が納得する程度には違いがないことが示唆された。このことは、裁判員評議の運営において示唆を与えるとともに、学術的にも、市民の判断の特徴を考える上で有用であると考えられる。
著者
村井 隆文 内藤 久資 千代延 大造 小沢 哲也 舟木 直久 青本 和彦
出版者
名古屋大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991

コンパクトリ-マン多様体上の調和写像に関連して現れる非線型楕円型方程式及び古典力学的ハミルトン系流体現象から現れる同種の非線型方程式を解析し、その幾何学的構造、確率論的解釈及び方程式自身の吟味を試みることが目標である.特に、これらの方程式の泡沫現象、爆発現象、安定性、境界条件の吟味等に焦点を合わせて研究を行っている.これらの幾何学的構造を明らかにし、確率論的意味付けを与えることは純粋数学としての重要性のみならず、応用の立場からも不可欠である.自然現象と照らし合わせながら問題設定、結果の吟味を行う必要がある研究代表者は、方程式の基本構造はその再生的構造が本質的であると考え、この立場から文献1、2(報告書欄11、上から順)をまとめた.楕円型方程式の基本構造は、対応する境界特異積分方程式と境界値問題に帰着する.この立場から、境界上のヒルベルト変換を導入しその構造と境界値条件の関連を調べた.青本氏は方程式の代数化を試みgー解析的立場から文献3,4,5を発表した.舟木氏は確率論的観点から流体力学的方程式(特に、ランダウ型方程式)の吟味とその考察を行い文献6をまとめた.小沢氏は幾何学的立場から、軌跡や安定性についての問題を量子的に定式化した.さらに多様体の埋蔵についての議論も行った.千代延氏は確率論的立場から、ラプラス型方程式の漸近挙動を解析した.内藤氏は微分幾何学的立場から、多様体上の熱力学的調和写象の安定性を議論した.
著者
江崎 光男 奥田 隆明 岡本 由美子 長田 博 金城 盛彦 伊藤 正一
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

当該研究期間である平成12〜14年度の3年間、北京、上海、甘粛省を中心に、中国のマクロ経済発展、地域開発および持続的発展に関連する諸問題について現地調査を実施し、名古屋において3回のワークショップを開催した。これまでの3回のワークショップで報告された研究成果を中心に、『21世紀中国における持続的成長の課題-数量的評価』という標題の4部25章および付論(資料データ)よりなる最終報告書が作成される。第1部は「地域経済発展の課題」であり、中国の地域開発(特に西部大開発)における比較優位構造、労働移動、物流政策、中小企業・農村工業発展、WTO加盟に伴う課題に関する計量モデル分析および定量的実証分析が提示される。第2部は「持続的発展の課題」であり、中国西部地域における生態環境、水資源管理、SO2排出の問題および中国全体の都市問題、日中環境協力の課題が数量的に展望・検討される。第3部は「甘粛省の事例研究」であり、甘粛省の開発計画、開発戦略、労働市場、持続可能な発展が定量的実証的に分析される。第4部は「マクロ経済社会発展の課題」であり、中国の社会保障、教育投資、WTO加盟と貿易、直接投資、生産性、観光発展、失業問題に関する制度分析、計量分析が提示される。報告書は、全体として、中国の経済・社会・地域発展の現状と将来(2010年まで)に関する数量的評価・分析を主たる内容とする。
著者
佐藤 彰一
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的はこの時代の行政文書の使用態様を明らかにすることにより、いかに文書に依存するところ大きかったかを実証的に明らかにし、その国家性の根拠のひとつを明示することであった。西ローマ帝国消滅後の西欧で、豊富な伝来史料を有するのはイタリアであり、東ゴート期、ランゴバルド期を通して、文書による統治実践は基本的に維持された。だが微視的に見ると、そこには文字記録作成とそれらの保存管理への親妥の変動もあった。7世紀初めには行政文書作成の退潮が見て取れるが、それはN・エヴェレットの研究によれば、美文への嗜好の弱化が根底の原因として挙げられる。セナトール貴族の文字文化の審美的探究が、実は最も日常的で、凡庸な記録形態である行政実務文書が日々生産される現実を下支えしていたとするその所説は、ランゴバルド王国だけでなく文字文化一般の理解にとっても、非常に示唆的である。西ゴート国家は、行政文書を一点も残していない。この事実は長く西ゴート国家が行政文書を作成する伝統を持たなかったのがその理由と考えられたが、1967年にマドリッド国立文書館で偶然西ゴート国王文書の断片と思しき数点の羊皮紙が発見された。僅かの断片的記録しか伝来していない理由として、人為的かつ体系的破壊が想定されている。西ゴート国家に独自な文書形態として、地中から出土する粘板岩に刻まれたいわゆるスレート文書がある。これは西ゴート国家における公文書の存在形態と、密接な関係が考えられる。重要なのは西ゴート国家においても統治実践面で、文字記録が用いられていたことが確実と思われる。アングロ・サクソン七王国の一つであるマーシア国家で作成された「トライバル・ハイデジ(TH)」は、国家的賦課をになう地域とその負担量を一覧にした記録である。現存の三写本は全て後代の写しであり、原本は存在していない。またこの種の記録は孤立したものではあり得ないが、周辺的文書は一切現存していない。THがその最終帰結であるところの、個別税査定に始まる一連の文書作成プロセスをが解明するのが今後の課題である。現時点ではこの文書に内在する情報の性格に依りながら、論理的想定として、この時代のイングランドに紛れもなく実務的文字記録作成の慣行が実在した事実を確認することで満足しなければならない。
著者
高木 靖文
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

本研究の課題は、近世大名家の城中における教育の実態の解明と、その様式や慣行の成立・発達の過程にみられる阻害的要因と促進的要因との間の相互関係の検討である。従来、城中教育の展開は、好学の藩主の恣意によるとされ、発展性や継続性を保証しない特異な事績として処理されてきた。何処で、どの様に、どんな科目を学んだかという検討が、学習様式や教育慣行の成立の解明に結びつかなかった。それは、城中という特殊性を過大に評価した結果であるが、必ずしも正確ではない。そこで、比較の基準として、初めに尾張徳川家の城中教育の問題を取り上げ、次いで岡山藩主池田家、加賀藩前田家、高田藩榊原家、新発田藩溝口家と対比し、同様の事態が存在したかどうか、阻害的要因・促進的要因はどの様な形で現れたかを検討したのである。その結果、以下の諸点が明らかになった。(1)城中は(江戸城に典型的に見られるように)、概ね3つの空間(奥・中奥・表)から成り立っており、多様で厳格な制約が勤務する武士・足軽の行動を縛っていた。それ故、家臣が自発的な学習の機会を設定することは困難で、個人的学習の場を外に求めるほかなかった。(2)中奥・表における教育の機会が組織されたのは、そのような制約の緩和によるが、固め・通用・座席などの規式は始終重要な意味を持ち、教育の形態を身分的・閉鎖的・儀式的にした。(3)幕末になると、城中の学習活動は盛んとなり、教育組織と構造を欠くものの「巨大な学校」の観を呈した。翻訳・会読・輪講・素読などが頻繁に行われ、御廉中が「透き聞き」をすることもあった。今後は、さらに多くの大名家の実態を検討し、以上の成果と比較しながら、両要因の影響関係の解明を進めたい。
著者
加藤 内蔵進 青梨 和正
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1994

中国から直接入手した広域の日降水量や鉛直高分解能高層気象データ等や、人工衛星のマイクロ波放射計データ(SSM/I)から評価した降水量分布の解析等により、次の興味深い結果が明らかになった。1.1991年には、梅雨前線の長江・淮河流域での停滞が多く、特に淮河大洪水のあった7月前半には、位置もあまり変えずに半月も停滞した。その期間の前線帯は、約200kmの南北幅を持つ「広域大雨帯」(日雨量50ミリ以上)として維持されていた点が注目される。この期間は、前線帯の南側からの多量の水蒸気流入に対し北側からの流出は他期間に比べても小さく、前線帯スケールでの効率的な水蒸気収束と降水の集中化が示唆される。このような前線帯規模での降水分布の集中性は、過去35年ぐらいの中でも特に顕著であった可能性がある。2.日本列島で異常冷夏・大雨だった1993年には猛暑・渇水年の94年に比べて、梅雨前線帯でのSSM/Iで評価した総降水量の大変大きな期間が8月も含めて頻繁に出現し、また、台風に伴う降水の寄与も少なくなかった。このような状況は、1993年の梅雨前線帯では地上付近の南北音頭頻度が平年より大変大きく、南偏した上層の寒冷トラフの南縁と重なっており、また、60N以北の寒帯前線帯とは明瞭に分離した傾圧帯として維持されていた点が関連していたものと考えられる。SSM/Iにより算定した水蒸気量や降水量の情報は、日本周辺のメソ降水システムの数値予報モデルの初期値として、インパクトが大きいことがわかった。(1988年7月中旬頃の例)。4.1994年の中部・東日本では、秋には台風・秋雨前線により渇水が緩和されたが、95年には逆に秋に深刻化した。アノマリーの季節経過過程は、年によってかなり異なる可能性があり、今後解決すべき重要な問題が提起された。
著者
古尾谷 知浩
出版者
名古屋大学
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、日本古代史における文書行政のあり方を考える上で不可欠な出土文字資料である漆紙文書について、その史料学的性格について次の三つの観点から明らかにすることを目的とした。第一には、漆紙文書は、漆塗作業において用いられた反古紙であることから、漆工房関係遺物全体の中で位置づけること、第二には、漆紙文書と伴出した木簡などの文字資料との関連を明らかにすること、第三には正倉院文書など伝世文書の中に位置づけることである。以上三つの観点を中心に研究を進め、漆生産、流通、漆器生産のあり方と、それぞれの場における反古紙供給のあり方を解明していくこととする。上記の目的を達成するために、具体的作業として、平城京・長岡京などの都城遺跡、及び、多賀城跡・秋田城跡などの東北地方城柵遺跡を含む地方官衙遺跡、その他集落遺跡などから出土した漆紙文書の集成を行った。その成果を踏まえ、特に伴出木簡との関連に留意しながら分析を行った。その結果、都城遺跡についてみると、漆塗作業の場は、継続的に操業していた漆工房の場合、建設現場に関係する場合、天皇、皇族の宮もしくは貴族の邸宅における比較的小規模な漆塗作業の場合、寺院における漆塗作業の場合、という四つの類型に分けられることが判明した。また、地方遺跡についてみると、国府の造営における漆塗作業に際し、国府から払い下げられた反古文書が再利用される場合、国府付属工房に対し、国府から払い下げられた反古文書が再利用される場合、国府付属工房に対し、漆生産地に近い郡において、郡廃棄の反古文書が蓋紙として付され、容器、内容物とともにもたらされる場合、郡家関連の工房に対し、工房に直接関連する部署から反古紙がもたらされる場合、などの類型が抽出できた。このことは、即ち、それぞれの漆塗作業の場の性格により、供給される反古紙の性格が異なることを示しており、漆紙文書の最終保管主体、廃棄主体などをめぐる史料学的性格を明らかにすることができた。
著者
浜田 道代 上田 純子
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

近年の日本においては、大規模な会社法改正が相次いでいる。現時点においても、明治期以来の会社法制を一新する「会社法制の現代化」の法案が、国会において審議されている。このような会社法を巡る激しい変革の動きは、日本に限られない。国境を超えた市場競争が激化する中で、会社法制のあり方自体がグローバル社会の中で競われている。そのような観点から諸外国を見た場合に、最も注目すべきはイギリスであろうと考えて、本研究に着手した。というのも、イギリスでは1998年にDTI(通商産業省)が会社法大改正作業に乗り出していたからである。2002年7月にDTIが公刊した白書は、その名も「Modernising Company Law」であり、日本語では「会社法制の現代化」とも訳しうるものであった。ちなみに、日本において「会社法制の現代化」に関する諮問が法制審議会になされたのは平成14年2月であったから、着手時期としてはイギリスに遅れること4年であるが、上記タイトルのDTI白書に5か月先だって、たまたまほぼ同じタイトルでもって、日本においても会社法の根本的改正作業が開始されたことになる。ところがその後においては、日本の会社法制の現代化のスピードが、イギリスの会社法制の現代化のそれを凌駕した。イギリスにおいては「現代化白書」以降も膨大な報告書や改正提言が積み上げられてきており、改正作業は精力的に進められてきている。またOFR(営業財務概況報告書)に関する指針が採択され、2005会計年度からすべての上場会社においてその作成が義務付けられるに至るなど、改革が実現した部分もないわけではない。しかし、従来の会社法を一新する「会社法制の現代化」は、未だ実現の目処が立っていない。この間、本研究においては、イギリスの改正作業の進展具合をフォローしてきた。そして研究会や講演会を開催し、あるいは白書の翻訳をウェブで公開することによって、広くイギリス会社法改正に関する情報を発信するとともに、本テーマに関連する論文や著書を刊行してきた。なお、本研究期間の最終段階である本年3月になって、DTIは「会社法改革」白書を公表した。そこで、この度の研究成果報告書(C-18)には、その概要も盛り込んだ次第である。
著者
谷川 恭雄 長谷川 哲也 黒川 善幸 森 博嗣
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

平成7年度は、RC構造物の外壁仕上げ材の剥離調査のためのサーモグラフィー法および内部探査のための電磁波レーダ法に関して、以下のような研究を実施した。1)剥離調査のためのサーモグラフィー法の適用限界に関する実験および解析:人工空隙を有するコンクリート試験体の両面の温湿度を自動制御して一連の実験を行った。また、3次元有限要素法解析プログラムを用いて、実験結果の検証を行うとともに、各種環境条件下における適用限界および最適計測条件を明らかにした。2)内部探査の電磁波レーダ法に関する研究:構造体中の内部欠陥や鉄筋位置を探査するためのモデル実験を行うとともに、ハギア・ソフィア大聖堂(トルコ・イスタンブル)の劣化度調査に本手法を適用した。その結果、本手法の有効性を明らかにするとともに、ハギア・ソフィア大聖堂の2階ギャラリー部において過去に報告されていなかった数本の補強材を新たに発見した。平成8年度は、RC構造物の外壁改修のための立体不織布・アンカーピン併用工法に関する研究に関して以下の2シリーズの研究を実施した。1)使用材料の選定実験:試験版体を作成し、版のせん断力試験、層間接着耐力試験、曲げ耐力試験などを行った。また、版とピンの接合耐力試験、アンカーピンの配置とワッシャー径の決定、負圧に対する検討などを行った結果、水平方向に負圧を受ける版体の最大耐力は、フィラーを含むモルタルの強度に依存すること、繊維を太く、亀甲状の網目部分の面積を大きくしたネットが有利であることなどが明らかとなった。2)改良繊維の検証試験:改良されたネットの性能を検証した結果、それらの改良効果を確認すると共に、下地層を設けることで、アンカーピンとの接合強度を向上させることができた。
著者
森際 康友
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

この研究の目的は、法科大学院における授業科目としての「法曹倫理」を支える理論的な基盤を打ち固めることにあった。法曹養成機関における法曹倫理教育についてのイギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・中国などの取り組みを調査し、それぞれの特徴をその背景にある歴史と法理論との関係で明確にした。すなわち、立法府中心の法体制と思想によって運営されているフランスと司法府を重視したアメリカとを両極におき、ドイツ、イギリスなどをその中間に属するものと位置づけ、司法府を担う法曹に要請されるエートスとその実現を促進・担保する諸制度を取り上げ、それらを運用するためのいわばソフトウェアとして、そこでの倫理規定や原理を解釈した。研究期間の3年で上記5カ国とわが国の法曹倫理教育の現状把握を行った。とくに、司法府の役割が国際的にますます注目されつつ現在、公的イデオロギーとは別に、法曹倫理教育現場では実質的にどのようなエートスが法曹に要請されているかを、日本に焦点を当てつつ見極めるよう努めた。ここ得られた成果を、実践面そして理論の面で活用した。まず実践面では、法科大学院におけるカリキュラム策定作業の中で成果を活かした。配当年次の決定について、各国の比較を行うことなどにより長短を検討し、名古屋大学法科大学院では第三年次後期とした。第2に、私が主催する、地域の法科大学院での法曹倫理担当者および法曹倫理に関心を持つ実務家・研究者からなる愛知法曹倫理研究会での研究活動を軸にして、わが国法科大学院における標準的法曹倫理教育のモデル教育内容を提示すべく、教科書編纂に励んだ。その成果は、名古屋大学出版会より『法曹の倫理』として近刊の予定である。また、法科大学院における法曹倫理の教育方法の開発にも力を注ぎ、その成果は、16年12月、「法曹倫理教育の理念と課題」シンポジウムにおいて発表した。その理念として、実務の場で尊敬を呼ぶ法曹像の確立とその教育的実現、その課題として、理論的基礎の充実、国際的視野の確立、そして現場の葛藤が伝わる教育手法の開発、が提起された。また、実務家と研究者の協働がなければ、法曹倫理学の樹立とそれに基づく教育方法の確立は困難であることが強調され、地域およびインターネットを利用した全国的ネットワークの確立の必要性が浮彫となった。理論面では、弁護士倫理について、多面的な考察ができ、その成果は教科書に盛り込まれた。また、裁判官倫理研究の面で大きな進展があった。同じ16年12月、ドイツの裁判官アカデミーでの講演が好意的に受け入れられた。法曹倫理の要は、よい法解釈が提供できる法曹が持続的に社会に供給されること、という観点からドイツの法曹史と日本のそれとの比較などを行い、「法の欠缺は存在しない、あるのは法律の欠缺だけである」とのテーゼを展開したものである。こういった研究成果のわが国への還元に取り組みたい。
著者
飯高 哲也 定藤 規弘
出版者
名古屋大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

情動写真や表情に反応する扁桃体の活動が、遺伝子多型や文化的背景により影響を受けるかどうかを調べた。日本人、日系アメリカ人、白人系アメリカ人の3群を被験者としてfMRI実験を行った。同時に遺伝子解析のための血液採取と、性格傾向質問紙(NEO)調査も行った。NEOによる神経症傾向は、白人系アメリカ人と比較して日本人で有意に値が高かった。扁桃体の活動は、日本人で日系アメリカ人及び白人系アメリカ人と比較して有意に高い活動を示した。現在はセロトニントランスポーター(5-HTTLPR)多型を米国において調べており、その多型に基づいて結果を再解析している。社会感情神経科学研究会と題した講演会を主催し、その中で本研究結果が発表された。情動の生成に関わる扁桃体と前頭前野の関係を、顔と声を用いた嫌悪条件づけ課題とfMRIを用いて研究した。24名の日本人被験者のデータを解析した結果、扁桃体の活動は開始早期に一過性に上昇するが前頭前野は実験を通して賦活されていた。米国の共同研究先で5-HTTLPR多型を調べ、その多型に基づいてfMRIデータを再解析した。ストレスに脆弱性があるとされるs/s型被験者では、条件づけに伴う前頭葉の活性が有意に低下していることを示した。社会性に関わる認知機能として、自分が成育した環境と類似した風景に対する学習・記憶の実験を行った。ここでは日本と米国(国籍)、都市と田舎(場所)という2要因を含んだ風景写真のfMRI記憶実験を行った。米国のNortbwestern大学では白人被験者を対象とした実験が終了しており、当方では16人の日本人被験者を対象としたデータ収集を行った。同時に被験者から得られた血液サンプルからDNAを抽出し、BDNF多型を調べている。白人被験者のデータ解析では、海馬および海馬傍回の活動が認められている。今後は国籍やBDNF多型の脳活動に与える影響を検討する予定である!
著者
長畑 明利
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、T・S・エリオットの詩と詩論を、同時代の詩人や芸術家たちが展開した「抽象」についての言説に照らし合わせて再検討し、また、彼の詩に現れる死者の声の再現の意味をその「抽象」観との関連から明らかにしようとすることであった。このため、エリオットの詩作品、評論および書簡等における「抽象」および「死」への言及を分析し、また、ニューヨーク市立図書館にて、エリオットの詩草稿に加えられたパウンド、エリオット両者の欄外書き込みを調査した。調査・分析の結果、エリオットと抽象の関係について、概略次のことが明らかになった。(1)パウンド同様、エリオットも「抽象」を批判的に見る傾向がその博士論文などに見られること。しかし、(2)エリオットの初期の詩・詩論においては、パウンドの「漢字的抽象」と通底する構成主義的な抽象観も見られること。しかし、(3)エリオットには宗教意識に根ざすと考えられる形而上世界及び死後世界への強い関心があり、これが彼の普遍主義的、もしくは有機体的・全体論的(holistic)な「統合」への関心に連結されていること。(4)その形而上世界への関心は、構成主義的抽象に対するエリオットの関心が低減した後にも維持され、彼の後期の詩と詩論の一つの核をなすこと。以上の研究結果をもとに、研究成果報告書を作成した。またエリオットとパウンドの関係について、共編著書『記憶の宿る場所--エズラ・パウンドと20世紀の詩』(思潮社)所収の論考にその一部を記述した。なお、研究成果はさらに研究論文として別途公表の予定である。今後は本研究、そして、すでに一部考察を終えているスティーヴンズ、スタイン、パウンド、クレインと抽象に関する研究に加え、他のモダニズム詩人の抽象理解についての研究にも取り組み、アメリカのモダニズム詩と抽象をテーマにした包括的研究を進展させる計画である。
著者
橋本 直純 長谷川 好規 今泉 和良
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

肺線維症の線維化病変においてさまざまな細胞起源由来線維芽細胞の存在が証明された。その中で血管内皮間葉系細胞転換による線維化病変は低酸素状態をもたらしうる。遷延化低酸素状態は線維化微小環境として更なる線維化および肺構成細胞間葉系形質転換を介した線維芽細胞誘導をもたらすことを明らかにした。これらの知見は、線維化形成における誘導因子を解明することにつながり新たな治療標的を確立できると考えられた。