著者
松本 友一郎 釘原 直樹
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.167-173, 2009 (Released:2009-03-26)
参考文献数
21

本研究は,看護師を対象に,上司との関係についてのスタッフの評価,そのスタッフによって推測された上司からの評価,上司との関係における対人ストレスコーピングの3つと部下の心理的ストレス反応の関連について検討した。上司との関係を公的な側面と私的な側面から検討した結果,特に公的な側面において,上司との関係に関するスタッフ自身の評価よりも,上司からの評価に対する推測の方が,そのスタッフの心理的ストレス反応と強く関連していることが見出された。この結果は,自己の抑制を必要とする感情労働としての特徴が,患者との関係と同様に,上司との関係においてもみられることを示唆している。私的な側面については,上司からの評価に対する推測が心理的ストレス反応と正の関連があった。さらに,本研究の対人ストレスコーピングに関する結果は,患者との関係における看護師の対人ストレスコーピングに関する先行研究の結果と概ね一致していた。よって,看護師における対人ストレスの特徴は,患者との関係だけでなく,上司との関係においてもみられるといえる。
著者
吉田 琢哉 中津川 智美
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.30-37, 2013 (Released:2013-09-03)
参考文献数
36
被引用文献数
1

他者との良好な関係を志向する関係目標は,対人葛藤対処方略の選択を左右することが示されてきた。しかしこれまでに得られた知見は,対処方略への影響の仕方について齟齬が見られる。すなわち,関係目標は葛藤の解消に有効とされる協調方略を促進するという結果と,協調方略を抑制するという結果とが混在している。本研究は接近―回避の軸から関係目標を区分し,その齟齬を解消することを目的とした。接近的な関係目標は,対処方略のうち協調と主張に正の影響を与える一方で,回避的な関係目標は,服従および回避の選択を促進すると考えられる。本研究の結果はこれらの仮説を支持するものであった。また,相手との関係性という社会的文脈を親密性と地位から捉え,関係目標への影響を合わせて検討した。その結果,親密性が高いほど協調が選択され,その関連は接近的な関係目標により媒介されることが示された。地位については,関係目標に対しても対処方略に対しても,特に影響は見られなかった。これらの結果について,対処方略を選択した後の相手の反応への期待に起因する可能性に基づいて考察された。
著者
松﨑 友世 本間 道子
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.98-108, 2005 (Released:2006-02-18)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

本研究では社会的アイデンティティ理論から,地位の低い集団がネガティブな社会的アイデンティティ(SI)におかれた状況で,ポジティブなSIを獲得しようと試みる方略である社会的創造の新しい次元比較方略に注目し,低地位集団のSIの変容を検討した。今回,低地位集団に関連する次元を加え,低地位集団のネガティブなSIがポジティブなSIに変化するか,他の次元との比較により検討を行った。実験では集団地位,比較次元を独立変数,課題の内集団・外集団評価差を従属変数とした。その結果,低地位集団は高地位有利次元群で外集団ひいき,中立次元群では両集団評価に差はなく,低地位有利次元群では内集団を外集団よりも高く評価したが統計的に有意ではなかった。ただ低地位有利次元群と中立次元群間で差が認められ,低地位有利次元群で内集団評価がもっとも高くSIがポジティブ方向を示していた。一方,高地位集団では,高地位有利次元群,中立次元群において内集団ひいきを示し従来の知見と一致する結果を示した。低地位有利次元群において,両集団評価に差はみられなかった。本研究では,得られた知見を社会的アイデンティティ理論から仮説に基づいて検討した。
著者
安藤 香織 大沼 進
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.128-135, 2018 (Released:2018-03-03)
参考文献数
27

本研究では,北海道,東北,関東,中部,関西の5地域の大学生を対象とした質問紙調査により,東日本大震災後の節電行動の規定因を検討した。東日本大震災後には日本全国で電力供給量不足が深刻となり,節電の呼びかけが行われた。駅や公共施設などでは照明を暗くするなどの節電が行われた。先行研究では,周りの多くの他者がその行動を実行しているという記述的規範が環境配慮行動に影響を及ぼすことが指摘されている(e.g., Schultz, 1999)。本研究では,公共の場での節電を観察することが記述的規範として働いたのではないかという仮説を検討した。質問紙調査の有効回答数は計610名であった。分析の結果,公共施設等での節電の体験,他者の実行度認知共に個人の節電行動に有意な影響を及ぼすことが確認された。また,震災による価値観の変化,エネルギー問題の深刻性認知,計画停電の体験,地域の電力不足の認知も節電行動に有意な影響を及ぼしていた。災害後で電力供給力が逼迫しているという特殊な状況下においても記述的規範が節電行動に影響を及ぼすことが確認された。最後に公共の場で節電が個人の節電行動に及ぼす効果についての議論を行った。
著者
竹橋 洋毅 唐沢 かおり
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.117-127, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
32

本研究は,時系列的な観点から,集団内でのコミュニケーション,集団同一視,共有的認知の知覚の関係性について検討することを目的とした。データは,仮想世界ゲーム(SIMINSOC)の参加者269人が3度にわたって回答した質問紙から得た。共分散構造分析の結果,集団内でのコミュニケーションは集団同一視を増加させ,それが共有的認知を高めることが示された。また,コミュニケーションにより形成された集団同一視は,その後のコミュニケーションを促進させていた。これらの結果は,コミュニケーションと集団同一視が他方を高め,それが強固な共有的認知の形成に寄与するという再帰的な強化関係の存在を示唆している。最後に,この強化関係が協力行動や意思決定の集団極化などの集団過程にどのような影響を及ぼすのかについて議論した。
著者
浅井 千秋
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.79-90, 2013 (Released:2013-03-09)
参考文献数
49
被引用文献数
2 1

本研究では,自発的職務改善が,情緒的組織コミットメントとキャリア開発志向の2つの就業態度および,上司エンパワーメント,上司の統制的管理,組織エンパワーメント,キャリア開発支援,業績主義評価の5つの就業環境によって規定されるという仮説に基づいて,構造モデルが構成された。5つの企業の従業員372名に対する質問紙調査のデータを用いた共分散構造分析によって,このモデルの妥当性を検討した結果,自発的職務改善に対して,キャリア開発志向と上司エンパワーメントから正の影響が見られ,業績主義評価から負の影響が見られた。組織エンパワーメントと情緒的組織コミットメントは,キャリア開発志向を高めることを通して,間接的に自発的職務改善に影響を与えることが示された。最後に,本研究を通して明らかになった知見の妥当性と課題について考察を行った。
著者
松尾 藍 吉田 富二雄
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.40-49, 2015 (Released:2015-12-22)
参考文献数
14

本研究では,性ステレオタイプ行動に含まれるネガティブな側面に着目し,性ラベルが,性ステレオタイプ行動を行う人物の好ましさに及ぼす効果を検討した。実験は,実験参加者の性(男・女)と性ラベル(男性・女性・ラベルなし)を要因とする2要因混合計画(後者は実験参加者内要因)であった。実験参加者(N=182,男性87名,女性95名)は,男女の性ステレオタイプに沿った行動傾向の記述文を読み,その記述文に示された行動の行為者の性が明示されない場合(ラベルなし条件)と,行為者が男性の場合(男性ラベル条件)および女性の場合(女性ラベル条件)における行為者の好ましさを評価した。その結果,ネガティブな性ステレオタイプ行動に対し,行動と一致する性ラベルが与えられた場合,対象人物(ステレオタイプ一致人物)のネガティブな評価が緩和された。この効果は評価者が対象人物に対し外集団成員であるときのみ生起した。また,ネガティブな性ステレオタイプ行動に対し,行動と不一致の性ラベルが与えられた場合,対象人物(ステレオタイプ不一致人物)はよりネガティブに評価された。この効果は,女性ステレオタイプ行動に対して男性ラベルが与えられたときに,最も顕著であった。
著者
矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.48-59, 2016

<p>本稿は,アクションリサーチにおける時間性について理論的に検討するものである。アクションリサーチを定義づける変化,目標状態,ベターメントといった特性が共通して前提にしているものこそ,時間だからである。ここで重要なことは,2つの時間系列,すなわち,人間的な実践の外的な枠組みとしての「客観的時間」と,「主体的時間」とのちがいである。「主体的時間」とは,たとえば,「まだ試験終了まで10分以上ある」など,「今はもう」,あるいは「今はまだ」といった,自分自身の営みにおける主体的な構えとともにある時間のことである。「主体的時間」は,既定性(ポスト・フェストゥム)と未定性(アンテ・フェストゥム)という2つの対照的な特性を生み,両者は逆説的なダイナミズムをなしている。さらに,この両者と「客観的時間」における過去・現在・未来とが構成する平面上で展開される〈インストゥルメンタル〉(媒介・手段的)な時間の総体と,それとは対極にある〈コンサマトリー〉(直接・享受的)な時間とが,別の逆説的なダイナミズムをなしている。アクションリサーチでは,これら2組の時間のダイナミズムを,研究者がどのように認識し,かつ自らがその中に巻き込まれつつ,それをいかに構想し運用していくかが重要である。</p>
著者
杉山 高志 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.si4-6, (Released:2018-06-26)
参考文献数
11
被引用文献数
8

本研究では,東日本大震災の発生以降,日本社会が直面する最大の防災課題として位置づけられた津波からの避難行動を研究対象として,以下のことを示した。まず,避難訓練を支援するために開発したスマートフォンアプリ「逃げトレ」について紹介した。次に,「逃げトレ」が,避難行動の分析・改善の鍵を握る人間系(避難行動)と自然系(津波挙動)との相互関係を,実際に避難する当事者に対して可視化するためのインタラクション表現ツールであることを示した。その上で,「逃げトレ」の効果性,とりわけ,これまでの避難対策や手法―たとえば,ハザードマップや従来型の集団一斉訓練など―に対する優位性を,「コミットメント」(特定のシナリオを絶対視し,そこに没入する傾向性)と「コンティンジェンシー」(それを相対視し,そこから離脱する傾向性)を鍵概念として明らかにした。最後に,人間科学と自然科学の性質のちがいにも言及しながら,「逃げトレ」が担保する「コミットメント」と「コンティンジェンシー」の相乗作用は,「想定外」に対する対応原理としても重要であることを指摘した。
著者
李 旉昕 宮本 匠 矢守 克也
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.1608, (Released:2018-09-19)
参考文献数
27
被引用文献数
2

災害復興に関する課題として,復興に対する支援が十分に提供されるために,かえって復興の当事者たるべき被災地住民から「主体性」を奪ってしまう課題を指摘できる。支援者と被災住民の間に〈支援強化と主体性喪失の悪循環〉が生じてしまうという課題である。ここで「主体性」とは,当事者が抱える問題や悩みを外部者が同定するのではなく,当事者が自ら問い,言語化し,解決しようとする態度のことである。本研究では,東日本大震災の被災地である茨城県大洗町において,「クロスロード:大洗編」という名称の防災学習ツールを被災地住民が自ら制作することを筆者らが支援することを中心としたアクションリサーチを通して,この悪循環を解消することを試み,浦河べてるの家が推進する「当事者研究」の視点から考察した。第1に,「クロスロード」を作成する作業を通じて,一方に,〈問題〉について「主体的に」考える被災地住民が生まれ,他方に,当事者とは切り離された客体的な対象としての〈問題〉が対象化されている。第2に,「クロスロード」として表現された〈問題〉は,多くの人が共有しうる,より公共的な〈問題〉として再定位される。最後に,一連のプロセスに外部の支援者である筆者らが果たした役割と課題について考察した。
著者
村上 幸史
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.80-93, 2023 (Released:2023-04-27)
参考文献数
35

携帯メールやLINEのやりとりにおいては,送受信の行為自体が,一種の社会的交換と見ることができる。ただ返信するだけでなく,できるだけ早く返信するという返報の義務の存在からは,返報の速度自体にも価値が置かれていると考えられる。そのため,利用者が相手との不均衡さを感じた場合には,返信速度を調整することによって,相手に合わせた対応をしたり,何らかの意思表示をしているのではないかと推測される。そのため,やりとりの早さは,返信が早い相手には早いが,遅い相手には遅いという「つりあい」が取れた形で現れると考えられる(互酬性仮説)。本研究ではこの仮説を検証するために,メールとLINEに関する調査を行った。その結果,自分と相手の返信速度や文字数の間には高い相関が見られた。また返信の早さは,相手の返信の早さによって違いが見られた。
著者
矢守 克也 岡田 夏美
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.2217, (Released:2023-05-18)
参考文献数
31

本研究は,既存の質問紙調査研究やそのデータをメタレベルの視点から考察する立場に立って,防災・減災に関する実践・実務に対して,これまで欠落・不足していた長期的かつ俯瞰的な観点を与え,あわせて,質問紙調査法に新たな視点を提供することを目的とした。特に,単一の調査研究から得られた結果だけではなく,複数の調査研究の方法や結果を俯瞰的に総覧することで,新たな洞察が得られる場合があることを指摘した。具体的には,第1に,日本社会における家庭での防災対策を具体的なトピックとして取りあげ,質問紙調査から得られるデータを読み解く際の〈ベンチマーク〉や〈ベースライン〉の重要性について論じた。第2に,「自助・共助・公助」というフレーズを取りあげ,「自助・共助・公助」をめぐる葛藤や矛盾を十分に把握するためには,一つには,調査の結果ではなく,調査の形式(設問の立て方)に注目する必要があること,また,もう一つには質問紙調査を通して主として〈平均化〉の論理によって得た知見を,それ単体としてではなく,〈極限化〉の論理を通して別途得た知見とリンクさせて総合的に理解することが重要であることを明らかにした。
著者
松本 良恵 神 信人
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.15-27, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
36
被引用文献数
2 2

現実の社会では,社会的ジレンマはリーダーが非協力者を罰し,メンバーがそうしたリーダーを支援すると言う相互依存関係を通して解決されていると考えられる。この研究の目的は,進化ゲームシミュレーションを用いて,そうした相互依存関係がリーダーとメンバーの間に生まれる条件を明らかにすることにある。我々のシミュレーションでは,20の集団が設定されており,集団はそれぞれ20人のメンバーと1人のリーダーで構成されていた。リーダーは,自分の集団内の非協力者と,自分をサポートしない者を罰することができた。コンピュータ・シミュレーションの結果,ある条件が満たされる時に,非協力者とリーダーを支援しない者の両方を罰するリーダーが出現し,それにより多くのメンバーが協力とリーダーへの支援が強いられることで,社会的ジレンマは解決された。その条件とは,リーダーは個人的利益と集団利益の両方を高めないと,その地位を維持できないというものである。
著者
原田 春美 小西 美智子 寺岡 佐和 浦 光博
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.72-83, 2009 (Released:2009-08-25)
参考文献数
19
被引用文献数
1 3

本研究の目的は,支援という枠組みにおける保健師と精神障害者や彼らにとっての重要他者との相互作用について,保健師が用いた人間関係形成の方法に焦点をあて,その特徴とプロセスを明らかにすることであった。対象は市町村に所属する保健師12名であった。データ収集は半構成的面接法を用いた。分析は,面接内容の逐語録をデータとし,Modified Grounded Theory Approachを用いて質的・帰納的に行った。分析の結果抽出された29の概念から,【温かで人間的な関係の結び方】【冷静で客観的な関係の結び方】【他者との関係の取り持ち方】【適切な心的距離で関係を維持する方法】という4つのカテゴリが生成された。支援場面における相互作用は,保健師が精神障害者と良好な関係を形成し,その関係が途絶えることの無いように適度な距離を保ちながら,さらに精神障害者と彼らを取り巻く地域の人々との関係形成とその維持を支援しようとするプロセスであった。同時に,その関係性の中で,個々の精神障害者のための支援の仕組みを作り,精神障害者が主体的にその仕組みを活用しながら地域で暮らし続けることを目指すものであった。
著者
矢守 克也 松原 悠
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
pp.si5-6, (Released:2022-10-05)
参考文献数
34

新型コロナウイルス感染症に対する日本社会の反応の中で,特に目を引いたことの一つは,「外出自粛」,「旅行自粛」,「営業自粛」といったフレーズに登場する「自粛」という現象やそれをめぐる論争である。本論文では,まず,「自粛ムード」,「自粛要請」,「自粛警察」などのワードに暗示されているように,自粛が,一方で,当事者の主体性に基づく行為のようでもあり,他方で,他者からの強制・誘導に拠る行為のようにも見えること,つまり,主体性と従属性とが両義的に混在した行為として生み出されていることを確認する。その上で,以下のことを明らかにする。第1に,主体性と従属性との混在は,「(コロナ)自粛」という例外的な事象にのみ観察される特殊なものではなく,主体性というもの一般が,もともと,主体性と従属性をめぐるグループ・ダイナミックスを通して形成され,自粛はそのあらわれ方の一つである。第2に,とは言え,現代の日本社会には,自粛という特殊な様式を採用したくなるだけの特別な背景―〈マイルドな個人主義〉―が存在する。最後に,この様式が日本社会で支配的であることは,コロナ自粛とは別に,「中動態」および「ナッジ」といった概念に対する大きな社会的注目によっても傍証される。
著者
柿本 敏克 細野 文雄
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.149-159, 2010 (Released:2010-02-20)
参考文献数
28
被引用文献数
1

状況の現実感尺度(柿本,2004)の妥当性を,仮想世界ゲーム(広瀬,1997)を用いて構成された集団間状況において検討した。研究1では従来型の仮想世界ゲームを用いた実験が行われ,研究2では今回新たに開発されたその電子試作版を用いた実験が実施された。研究1では参加者がゲームのルールを学習しその状況を想像しただけのシナリオ条件と,実際のゲームに携わったゲーム実施条件の間で,状況の現実感尺度の各下位尺度得点と全体尺度得点を比較した。予想通り,ゲーム実施条件でシナリオ条件でよりも状況の現実感尺度の諸得点が大きいという傾向がみられた。研究2では電子試作版のゲーム場面と,研究1の従来型のゲーム場面からの結果を比較した。電子試作版では,その特徴を反映して参加者の現実感が従来型よりも小さかった。下位尺度の得点パターンとともに,全体としてこの尺度が状況の現実感を比較的良好に捉えていると解釈できた。いくつかの研究方法上および理論上の問題が議論された。
著者
早瀬 良 坂田 桐子 高口 央
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.135-147, 2011 (Released:2011-03-08)
参考文献数
47
被引用文献数
2 1

医療機関では,安全で質の高い医療サービスの提供が求められている。そのためには,医療機関のスタッフが,職種の異なるスタッフと協力することや,自発的に役割外行動に従事することが不可欠である。本研究の目的は,社会的アイデンティティ理論に基づき,看護師が安全で質の高いサービスを提供する心理過程について検討することである。調査対象者は看護職者217名であった。分析の結果,以下のことが示された。(1)自分の職種に誇りを感じることと同僚から尊重されることの両方が職種アイデンティティを増加させ,職種アイデンティティは協力行動を増加させた。(2)また,同僚から尊重されていることは役割外協力行動を増加させた。(3)さらに,職種アイデンティティは職種間協力行動を増加させ,病院アイデンティティは病院への定着意志を増加させた。以上の結果から,安全で質の高いサービスを提供するためには,看護師が職種と病院の両方に同一視することが有益である可能性が示唆された。
著者
沼崎 誠 工藤 恵理子
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.36-51, 2003 (Released:2004-02-17)
参考文献数
34
被引用文献数
3 1

自己呈示が呈示者の能力の推定に及ぼす効果を検討した。先行研究のレビューから実験室実験とシナリオ実験の結果が異なり,この方法的問題と文化的説明が混交している可能性が示唆された。この問題を明らかにするために,日本人女子大学生を実験参加者として,実験室実験とシナリオ実験をおこなった。実験1では,実験室実験をおこなった。実験協力者は,課題の遂行前に,自分の能力に関して自己高揚的主張をおこなうか,自己卑下的主張をおこなうか,主張をしないかのいずれかの呈示をおこなった。実験協力者の遂行は高い遂行か低い遂行に操作された。自己高揚的呈示は自己卑下的呈示に比べ,実験協力者の能力を高く推定させていた。この結果は,欧米人を実験参加者としておこなわれた実験室実験での知見と整合しており,東洋人を実験参加者としておこなわれたシナリオ実験での知見と整合していなかった。実験2では,実験1の手続きを説明したシナリオを読ませ,呈示者の能力を推定させた。実験2では,呈示スタイルは能力推定に対して影響を与えなかった。これらの結果は,能力推定に対する自己呈示の効果に関して,実験室実験から得られる結果とシナリオ実験から得られる結果が異なることを示している。
著者
吉澤 寛之 吉田 俊和
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.103-116, 2010 (Released:2010-08-19)
参考文献数
21
被引用文献数
6 2

本論文では,単一の親友や仲間集団の反社会的傾向が個人の同傾向に与える影響を,相互影響モデルに基づいて検討した。その際,社会的な情報を処理する過程に沿って,相互的な影響を検討した。高校生を対象とした研究1において,主観的相互影響モデルを検討した結果,仲間集団からの影響が単一の親友からの影響よりも強いことが示された。中学生を対象とした研究2において,客観的相互影響モデルを検討した結果,親友や仲間集団との反社会的傾向は,行動傾向のレベルではなく主に認知レベルにおいて相互に影響していることが示された。親友と仲間集団とで影響の方向が異なることから,単一の親友との相互影響は,個人が逸脱的な他者を親友として意図的に選択することを意味し,仲間集団との相互影響は,個人が仲間集団から逸脱性のトレーニングを受けていることを意味する可能性が示唆された。