著者
大竹 恵子 島井 哲志 嶋田 洋徳
出版者
一般社団法人 日本健康心理学会
雑誌
健康心理学研究 (ISSN:09173323)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.37-47, 1998-12-25 (Released:2015-03-04)
参考文献数
26
被引用文献数
4 3

The present study was to investigate the emotion and behavioral coping strategies in elementary school children, and the relationship between stress responses and social support. The survey about coping, and subjective symptoms and perceived social support were conducted with 712 (395 boys and 317 girls) upper level elementary school children. The results showed that: 1) Children frequently used emotional and behavioral coping strategies in stress situations. 2) Six coping strategies were found by factor analysis, i.e., problem solving, behavioral avoidance, distraction, seeking social support, cognitive avoidance, and emotional avoidance, 3) Children who frequently used behavioral avoidance showed the highest scores of stress responses, 4) Boys who chose emotional avoidance were easily tired and irritable. These results suggested that it is important for the health of school children to have emotional and behavioral coping strategies, and the approach / avoidance conceptualization of coping help to clarify the ways in which children cope. Finally, it is suggested that further research about the relationship with coping strategies and health in school children is necessary in order to develop stress management education.
著者
木村 崇是 若林 茂則
出版者
日本第二言語習得学会
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.89-103, 2019 (Released:2020-02-05)
参考文献数
35

Tom ate an apple/applesという文において,目的語がもつ数素性や定性に応じて,動詞句によって表される事象の(非)完結性が決定される.本稿では,そういった文がもつ完結性の解釈を通して,冠詞などの語彙項目および数,定性などの形式素性の第二言語習得について,母語からの転移や意味・語用的計算などの観点から考察する.これまでの研究で,the applesのような定複数名詞を目的語として取る場合の完結性の解釈が困難であることが知られてきた(Kaku, 2009; Kimura, 2014; Wakabayashi & Kimura, 2018).また,初級学習者は(非)完結性解釈の際,数素性や定性の違いをうまく計算に取り込めないことも示されてきた(Kimura, 2014; Wakabayashi & Kimura, 2018).その原因として,先行研究では,定複数名詞句の計算の複雑性や発達中の中間言語における機能範疇の欠落などが提案されてきた.本稿では,これらの研究の問題点を指摘し,代案となる,以下の説明を提示する.すなわち,完結性は語用論的知識に基づいて尺度含意(scalar implicature)によって計算される(Filip, 2008)ため,語用論的知識の使用が難しい初級学習者にとっては,この尺度含意の計算が実行できず,その結果,表面的には形式素性が形態統語の計算にうまく取り込まれていないように見える.また,中級学習者になれば,尺度含意計算に基づく完結性の計算は行われるが,定冠詞theで示され,数が複数(plural)である名詞句の完結性解釈に問題が残る.これは,学習者の母語には,形式素性「定(definite)」を表すtheと同等の語彙項目が存在しないため,尺度含意の計算の基となる定冠詞the の習得が難しいためである.
著者
小西 宏史 田口 芳治 山本 真守 温井 孝昌 道具 伸浩 中辻 裕司
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.223-228, 2018 (Released:2018-04-25)
参考文献数
13

症例は63歳男性.左臀部から左下肢のしびれ,下肢筋力低下,膀胱直腸障害などの馬尾症候群を発症し,亜急性に症状が進行し入院した.腰仙髄造影MRIにて馬尾下部領域に造影効果を認め,神経伝導検査では両側脛骨神経の導出が不良で,腓骨神経はF波潜時の延長を認めた.M蛋白血症を認め,多発性骨髄腫を疑ったが,血清可溶性IL-2受容体が4,490 U/mlと著高で,FDG-PETにて椎体,馬尾の集積増加を認めた.L4椎弓根生検にてび漫性大細胞型B細胞性リンパ腫と診断し,R-CHOP(rituximab, cyclophosphamide, hydroxydaunorubicin, oncovin, prednisone(prednisolone))療法を行い症状の改善が得られた.M蛋白血症を伴う馬尾症候群の場合,悪性リンパ腫の可能性も考慮すべきである.
著者
内藤 大輔 若山 文規 静川 裕彦 中野渡 正行 飯田 道夫 福原 敬
出版者
日本緩和医療学会
雑誌
Palliative Care Research (ISSN:18805302)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.85-89, 2020 (Released:2020-04-26)
参考文献数
18

Stiff-person syndrome(SPS)は,特徴的な筋硬直および有痛性痙攣により進行性に四肢軀幹筋の運動障害を引き起こす極めて稀な疾患であり,診断に苦慮することがある.SPSでは抗GAD抗体や抗amphiphysin抗体などの自己抗体が証明される場合があり,これらの抗体による中枢神経系でのGABA作動性ニューロンの障害が推測されている.今回われわれは,進行期乳がん患者に発症した傍腫瘍性SPSの症例を経験したので報告する.【症例】患者は52歳の女性で,両側肺転移,両側がん性胸膜炎,肝転移,がん性腹膜炎,両側卵巣転移を伴う進行期乳がんと診断された.全身状態不良のため抗がん治療の適応はなく,緩和ケア病棟入院にて酸素投与や胸腹水ドレナージを行ったが,嚥下障害に始まり筋硬直による上肢の運動障害や歩行障害が急速に進行し,脳神経内科にて傍腫瘍性SPSと診断された.ジアゼパム投与で若干効果が認められたが,傾眠となり投与量調整に難渋した.
著者
阪田 祥章
出版者
千葉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
千葉大学人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書 (ISSN:18817165)
巻号頁・発行日
no.269, pp.85-131, 2014-02-28

千葉大学大学院人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書 第269集 『古代地中海世界における文化受容の諸断面』保坂 高殿 編アテナイの位置するギリシア本土とエーゲ海(アイガイオンの海)を挟んで相対する小アジア西岸地域にエペソスというギリシアの一植民都市がある.紀元前 500 年頃がアクメー(盛年)と伝えられるヘラクレイトスはそのエペソスの人である.本稿は,ヘラクレイトスの最初期の引用者であるプラトンに焦点を当て,プラトンの諸対話篇におけるヘラクレイトスの位置付け,およびプラトンとヘラクレイトス思想との接点の所在について考察しようとするものである.プラトンに焦点を当てる理由は,彼が時代的に最もヘラクレイトスの近接する言及者であるゆえばかりではなく,従来,余り重要視されなかったプラトンの証言を,原典に基づいて再吟味しようという意図も本稿が持つからである.ソクラテス以前の哲学に関する権威的な一解説書であるKRSは,ヘラクレイトスやパルメニデス,エムペドクレスに対するプラトンの言及はしばしば,「傍論(obiter dicta)」に過ぎず,「ありの儘の客観的な歴史的判断(sober and objective historical judgements)というよりも,一方的ないし誇張されたものである」と述べ,プラトンよりもアリストテレスの証言を重要視している.しかし,たとえプラトンの「注釈」が誇張されたものであったとしても,それ故にそれを「傍論(obiter dicta)」としてしか扱わないとすれば,そこに含意される重要な示 唆を見落とす恐れがある.我々はむしろ,その誇張されている部分にいかなる要素が,いかなる背景のもとに含まれているのかを考察するべきではないだろうか.しかしながら,プラトンの諸証言を再吟味することは,アリストテレスの証言を軽視あるいは無視することを…
著者
森 哲彦
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.18, pp.167-192, 2012-12

ヨーロッパ哲学は、古代ギリシアに始まる。古代ギリシア哲学の3つの時期区分のうち、ホワトヘッドは「プラトン的」立場から、プラトンを含む第二期に注目し、第一期のソクラテス以前哲学者達を顧慮しない。これに対し、第一期ソクラテス以前哲学者達を高く評価する哲学者達が、数名挙げられる。本論では、西洋哲学の起源は、その哲学者達が指摘するように、第一期ソクラテス以前哲学者達に有ると考え、それらの第一期哲学者達の解明を、試みるものである。なお本論では、副題で示すように、ディールス-クランツ『断片』とカント批判哲学の論述を用いるものとする。本論文の構成について、哲学の兆候を示す哲学以前、前期自然哲学で自然の原理を問うミレトス学派、また別個にピュタゴラス学派、ヘラクレイトスを取り上げる。更に存在と静止のエレア学派、後期自然哲学の多元論と原子論、そして認識論のソフィスト思潮の特質をそれぞれ論述する。この試論は、「哲学的自己省察」の一つである。
著者
廣澤愛子 大西将史 岸俊行
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第57回総会
巻号頁・発行日
2015-08-07

目 的 解離とは,苦痛をもたらすものを自己から切り離す心的作用であり(Putnum,1997),解離性同一性障害に代表されるような病的解離もあれば,単に苦痛な事柄をなかったことにしようとする非病理的な解離もある。Putnum(1997)によると,病的解離は正常な人が稀にしか体験しないものであり,病的解離と非病理的解離は異なる認知構造を有すると言う。そして両者の大きな違いは,非病理的解離が苦痛な状況を切り離したことを覚えている点である。近年,非病理的解離の増加が指摘されているが(岩宮, 2009),その研究は,病的解離と比べて極めて少ない。そこで本研究では,病的解離とは異なる認知構造を有する非病理的解離の尺度を作成する。なお,非病理的解離は自分にとって苦痛なものを意識的に切り離す行為であるため,ストレスへの対処行動と考えることができる。そこでこの尺度を解離的対処行動尺度と呼ぶ。方 法 調査協力者 大学生154名(男80名,女74名,平均年齢20.51,標準偏差1.35)を対象に質問紙調査を実施した。 調査内容 (1) 解離的対処行動尺度 いじめ体験に関する記述回答(廣澤,2008),及び回避的なストレス対処行動に関する既存の尺度を参照し,苦痛な体験を「切り捨てる」14項目,苦痛な体験と「距離を置く」12項目,辛い気持ちを「割り切る」10項目,計36項目の尺度を作成した。評定は全く当てはまらない~非常に当てはまるまでの6段階である。 (2) 解離性体験尺度 病的解離との弁別的妥当性を確認するために,Bernstein&Putnam(1986)による解離性体験尺度の日本語版28項目(田辺・小川,1992)を用いた。「0%:そういうことはない」から「100%:いつもそうだ」の11件法で回答を求めた。 (3) 対人ストレスコーピング尺度 加藤(2001)による本尺度は,ポジティブ関係コーピング16項目,ネガティブ関係コーピング10項目,解決先送りコーピング8項目から成る。評定は,当てはまらない~よくあてはまるまでの4段階である。結果と考察 解離的対処行動尺度の因子分析 尺度の候補項目について3因子を指定し,因子分析(主因子法,Promax回転)を行った。そして因子負荷量が.35未満の項目,当該因子以外への負荷量が.20以上の項目,計21項目を削除し,再度因子分析(主因子法,Promax回転)を行ったところ,想定した3因子構造(切り捨て6項目,距離を置く5項目,割り切り4項目)が得られた。3因子の累積寄与率は47.7%であった。因子負荷及び因子間相関をTable1に示す。 解離的対処行動尺度の信頼性の検討 3因子ごとのα係数は,切り捨て(α=.77),距離を置く(α=.75),割り切り(α=.68)であった。「割り切り」のα係数がやや低いが,項目数が4項目であることを考えると,許容範囲と考えられる。 解離的対処行動尺度の妥当性の検討 解離性体験尺度との相関では,「切り捨て」「距離を置く」「割り切り」のいずれも相関が見られず,病的解離との弁別的妥当性が確認された。次に対人ストレスコーピング尺度との相関では,「切り捨て」及び「距離を置く」はネガティブコーピングと(r= .31,r= .26),「割り切り」は先送りコーピングと(r= .36),弱い正の相関が見られた。対人ストレスコーピングとの関連が見られたことから,本尺度の構成概念妥当性が示された。また,抑鬱や友人関係における否定的影響との関連が指摘されているネガティブコーピングと相関が見られた「切り捨て」及び「距離を置く」は,望ましくない結果をもたらす対処行動と言える。一方,「割り切り」と相関が見られた先送りコーピングは,ストレス緩和や友人関係における満足感の向上との関連が指摘されており(今田, 2000など),肯定的結果をもたらす対処攻略と言える。このように,解離的対処行動は肯定的・否定的両面の結果をもたらす心性であることが示唆された。
著者
杉田 正樹
出版者
関東学院大学人間環境学部人間環境学会
雑誌
関東学院大学人間環境学会紀要 (ISSN:13489070)
巻号頁・発行日
no.16, pp.1-16, 2011-09

On March 11th 2011 a huge earthquake hit the Tohoku district of Japan resulting in brought serious damage. The earthquake has been shown to have destroyed the Fukushima nuclear power plant. As a result The high-level radioactive material was, and continues to be emitted into the air, the groundwater and the Pacific Ocean. The nuclear accident power plant is still unfortunately in progress.This earthquake-caused tragedy has presented us with philosophical and ethical problems to consider. In this paper, the pettiness, weakness, and helplessness of human being is treated first, and, oddly enough, human arrogance backed by progress in technology is then discussed.
著者
大田 孝太郎
出版者
広島経済大学経済学会
雑誌
広島経済大学研究論集 (ISSN:03871444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.9-30, 2010-12

序 Ⅰ.ソクラテスとパスカル Ⅱ.哲学的方法としての<ディアレクティケー> Ⅲ.ヘラクレイトスとパスカル Ⅳ.<気晴らし>と<想像力>─人間本性の隠蔽 Ⅴ.人間と社会の規制原理としての<想像力> Ⅵ.un roseau pensant Ⅶ.宗教のディアレクティク 結びにかえて
著者
山本 巍
出版者
東京大学教養学部哲学・科学史部会
雑誌
哲学・科学史論叢 (ISSN:13446185)
巻号頁・発行日
no.11, pp.1-46, 2009-01-10

冊子出版時より1箇所を訂正 <訂正> 41頁 註2(九鬼彰夫訳) [誤]「九鬼」→ [正]「鬼界」
著者
大石 学
出版者
三田哲學會
雑誌
哲学 (ISSN:05632099)
巻号頁・発行日
vol.109, pp.1-22, 2003-03

1. 時代の課題としての哲学史的思索2. 生動性・対立性・火 : 存在は仮象である3. 力の伝達としての歴史 : ヨルクによる「歴史性」探究の光と影4. 結語 : 宗教なき時代の歴史性・宗教性の行方投稿論文
著者
永井 康視
出版者
京都女子大学史学研究室
雑誌
史窓 (ISSN:03868931)
巻号頁・発行日
no.58, pp.25-36, 2001-02
著者
幸原 伸夫 川本 未知 石井 淳子 村瀬 翔
出版者
一般社団法人 日本臨床神経生理学会
雑誌
臨床神経生理学 (ISSN:13457101)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.28-35, 2016-02-01 (Released:2017-03-01)
参考文献数
17

LEMSは非特異的な疲労感が主訴となることが多いが, 近位筋の筋力低下と腱反射の低下, 口渇を認める患者をみたときにはLEMSを疑う必要がある。診断は手筋のCMAP振幅低下を確認し, 筋収縮後のCMAP振幅の増大をみることで容易に行える。10秒間の筋収縮終了直後に電気刺激を加え, 60%以上の振幅増大を認めたときにはLEMSの可能性がきわめて高い。神経末端のP/Q型電位依存性Caイオンチャンネルに対する抗体の存在が本症候群の原因であり, 陽性率は約90%である。対症療法として抗コリンエステラーゼ剤のほか3,4ジアミノピリジン (3,4 DAP) が有用である。悪性腫瘍を伴う場合は原因治療および免疫治療が, 伴わない場合は対症療法を中心として長期のフォローアップが重要である。
著者
澄田 宏
出版者
日本西洋古典学会
雑誌
西洋古典学研究 (ISSN:04479114)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.56-59, 1972

Heraclitus' Fr. 101 (DK) is regarded as one of the fragments referring to the basis of his philosophical thoughts. But there is little reference to it in most of the studies of Heraclitus' philosophy. This is, I suppose, because of some difficulty in the interpretation of Fr. 101. For instance, the fragment is given different interpretations from the two different sources and it is isolated from any of his other fragments. The purpose of this essay is to approach the problem of its interpretation with the help of his other fragments, especially Fr. 22 which is something like a proverb. The author examines the meaning of each word of Fr. 22 in which there is the participle form of the same verb as used in Fr. 101. In Fr. 22, where are found at least four terms of his philosophy, i. e., 'much', 'little', 'earth' and 'gold', the verb 'search' is paraphrased in his analytical way into two other verbs, 'dig' and 'find'. Then my work is to make clear the meaning of the whole passage. Fr. 22 is a kind of proverb saying that whoever seeks for something valuable will. take much pains and get small profits. Now there rises some doubt whether he was talking by metaphor about his own philosophical method. The preferable way to get the true meaning of this metaphor is, I believe, to refer to the following fragments one after another: Frr. 29, 104, 41, 32, 90, 118; 10, 40, 35; 55, 107, 56. The conclusion is as follows: (1) Fr. 22 suggests his philosophical method of recognition and so its metaphor proves to be a formula of recognition. "The subject that searches 'digs' (se. perceives or inquires) the medium and 'finds' (sc. understands and recognizes) the object." (2) The object is called by many different names, but in fact it is 'one'. (3) On the other hand the medium is a sensible object whose structure is of many forms. The medium is significant for the investigator only when it is related to the object. (4) The subject is the soul, ψυχη. Now self-search is one way of philosophical research. To this, therefore, must be applied the formula. If not applied, it is obvious by reference to Fr. 45, that self-search does not take any means i. e., the medium. But the same fragment seems to say that to "discover" is needed for the soul to know everything. So to "find" or "discover" is to research without digging or perceiving. Self-search is research in absence of the medium. It is self-discovery. I think self-search may be proposed to be a major premise of Heraclitus' philosophical thoughts of ψυχη.