著者
小島 久子 鞠子 茂 中村 徹 林 一六
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.55-64, 2003

長野県菅平にある筑波大学の樹木園に植栽されたブナとミズナラの開葉時期と,葉の霜に対する耐性について実験を行った.実験にはマイナス5度以下に調節できる生育箱と野外で同じような冷却条件が与えられる自然放射冷却装置を製作して用いた.この自然放射冷却装置は既報の論文を参考にこの実験のために製作した.同時にブナ群落の分布限界とされている黒松内を中心とした北海道南部各地の温量指数と遅霜出現時期を検討した.開葉時期は1988年から1994年までの7年間記録し,その平均を求めた.それによると,ブナはミズナラより平均10日ほど早く開葉し,それに要する日温量指数はブナで平均113℃日,ミズナラで182℃日であった.一方,開葉したばかりの葉の霜に対する耐性の実験では,ブナの開葉したばかりの葉は霜に遭うと枯死し,開葉前の芽の段階では霜にあっても枯死しなかった.ミズナラは枝の先端に複数の冬芽を付け,若葉が霜で枯れても側芽が開葉し,その後成長できた.それにたいして,ブナの頂芽は前年の8月ころから形成され,側芽をもたないので,開葉後,遅霜に遭うとその後の成長ができなかった.ミズナラは,開葉時期が遅いことと,側芽を持つことによって,遅霜の害を回避している.開葉時期の遅れは,遅霜のない地域では光合成の開始時期の遅れとなり,物質生産においてブナに対して不利である.ブナは光合成を早く開始する代わりに遅霜に遭遇する危険をもつ.この二つの実験から,ブナは日温量指数が113℃日に達した後遅霜がある地域には自然には分布できないが,ミズナラは上に述べた生態的特性によってその地域でも分布でき,より北に分布を広げることができると思われる.日温量指数が113℃日に達した後に遅霜がある地域を北海道南部で調べてみると,倶知安と岩見沢が相当する.ブナが分布できる黒松内と倶知安のあいだには羊蹄山,ニセコアンヌプリなどの山塊があり,この山塊付近が113℃日に達した後遅霜がある地域に当たりブナの自然分布を妨げていると考えられる.これをブナの北限を説明する開葉時期-遅霜仮説とする.この仮説から,日温量指数が113℃日に達する前に最後の遅霜のある地域では黒松内以北でもブナは生育できるので,人為的に植えればブナは生育できるであろう.
著者
菊山 史博 鈴木 小夜 地引 綾 横山 雄太 河添 仁 中村 智徳
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
YAKUGAKU ZASSHI (ISSN:00316903)
巻号頁・発行日
vol.140, no.6, pp.799-808, 2020-06-01 (Released:2020-06-01)
参考文献数
28
被引用文献数
2

Pharmacy practice experience (PPE) is essential in the six-year course of pharmaceutical education in Japan. We previously found that PPE reinforced students' self-efficacy for curriculums (SECs), leading robust acquisition and reconstruction of pharmaceutical expertise. In this study, we aimed to clarify whether students' SECs affect successful experiences as enactive attainments in PPE. We distributed survey questionnaires to the fifth-year students in Keio University in 2016-2017 before and after PPE. The students made a self-assessment of their psychological state “expect to do well” on a seven-point Likert scale for each curriculum (C1 to C18), and their successful experiences were also collected from free description type questionnaire. We could follow up 139 students. The SEC scores increased from pre-PPE to post I (p<0.001) and II terms (p<0.01). The increase in SEC scores during PPE was associated with the rate of students' successful experiences in the first-term PPE (p=0.04). The path analysis revealed the following as significant predictive factors of SECs for successful experiences: basic sciences (C1, C2, C3, C4, C5, and C6) with stand-ardizing coefficient 0.35, health and environmental sciences (C11 and C12) with 0.39, and pharmaceutical sciences (C7, C8, C9, C10, C13, and C14) with −0.51. Students in the first-term PPE tended to experience successful performance in medical professions by using their pharmaceutical expertise that they had learned. In this study, for the first time, we demonstrated that Japanese students' SECs for pharmaceutical expertise affected successful experiences, leading better outcomes of PPE.
著者
大久保 正人 増田 和司 小林 由佳 中村 貴子 鈴木 貴明 石井 伊都子
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
YAKUGAKU ZASSHI (ISSN:00316903)
巻号頁・発行日
vol.141, no.5, pp.731-742, 2021-05-01 (Released:2021-05-01)
参考文献数
18

In 2010, the in-hospital practical training period for pharmacy students was extended from 4 to 11 weeks. We have conducted questionnaire surveys of these students every year with the aim of reviewing the quality of training by conduction of surveys and evaluations. However, it was not clear whether reviewing based on the questionnaire results improved student satisfaction with the in-hospital practical training. Therefore, the aim of this study was to verify the validity of reviewing based on the questionnaire results by analyzing the data accumulated during the long-term practical training. A questionnaire survey was conducted of 333 5th-year students upon completion of practical training at Chiba University Hospital from 2010 to 2017. Students self-evaluated their attitude toward practical training on a 6-point scale and their satisfaction level for each component of the practical training on a 5-point scale. The students were also allowed to share their feelings about hospital pharmacy work. Repeated review of the training content can facilitate communication with patients, which was lacking at the beginning of the training period. Improved communication led to higher-quality pharmacy practice and increased student satisfaction. Meanwhile, changes to work procedures may reduce student satisfaction unless the training strategy is reviewed accordingly. Because the work of hospital pharmacists is constantly changing, it is considered that the content of the practical training should be revised accordingly through continuous conduction of surveys and evaluations, thereby enabling optimal practical training.
著者
秋吉 駿 古居 彬 平野 陽豊 隅山 慎 棟安 俊文 三戸 景永 曽 智 笹岡 貴史 吉野 敦雄 神谷 諭史 中村 隆治 佐伯 昇 吉栖 正夫 河本 昌志 山脇 成人 辻 敏夫
出版者
公益社団法人 日本生体医工学会
雑誌
生体医工学 (ISSN:1347443X)
巻号頁・発行日
vol.Annual57, no.Abstract, pp.S236_2, 2019 (Released:2019-12-27)

【目的】ヒトの疼痛を客観的に定量評価することを目的として,著者らは末梢交感神経活動を反映する血管剛性と電気刺激時の主観的疼痛度の間に有意な関係があることを見出した.本報告では,血管剛性から筋交感神経信号の分散を非侵襲推定し,推定した分散から主観的疼痛度をより高精度で客観的に定量評価する方法を提案する.【方法】広島大学・医の倫理委員会承認のもと事前にインフォームド・コンセントが得られた健常成人男性22名(22.7±1.0歳)を対象に皮膚電気刺激実験を行った.刺激中の心電図,血圧,指尖容積脈波から求めた血管剛性を用いて筋交感神経信号の分散を推定した.その後,ウェーバー・フェヒナー則を用いて筋交感神経信号の分散と主観的疼痛度の関係をモデル化し,モデルによる推定値と実測値との相関解析を行った.比較のため,血管剛性と主観的疼痛度の間においても同様の解析を行なった.【結果】筋交感神経信号の分散から推定した主観的疼痛度と実測した主観的疼痛度の相関は,血管剛性の場合と比較して上昇した(提案法: r = 0.60, p < 0.001, 血管剛性: r = 0.47, p < 0.001).【結論】提案法は主観的疼痛度を従来法より高精度かつ客観的に定量評価可能であった.
著者
福留 千弥 竹内 大樹 青山 倫久 太田 夏未 中村 崇 平田 正純 綿貫 誠
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】近年,超音波画像診断装置(以下,US)を用いた研究報告が盛んに行われている。理学療法の実施場面でもUSによる動態評価が用いられてきている。USによる動態評価は徒手評価では得られない体内の深層筋の動態評価も可能である。特に,体幹筋の筋機能は針筋電図よりも低侵襲で簡易的に評価の実施が可能であり,USによる臨床研究が進んでいる。しかし,USによる体幹筋の動態評価を行い,検者間信頼性を検討した研究報告は少ない。そこで,本研究はUSを用いて異なる運動課題を行い,内腹斜筋(以下,IO)と外腹斜筋(以下,EO)の動態評価における検者間信頼性を検討することを目的とした。【方法】健常成人男性4名(平均年齢:25.0歳 身長:171.5cm体重:60.5kg)を対象とした。運動課題は自動下肢伸展挙上(以下,Active SLR)と片脚ブリッジを行い,左右のIOとEOの最大筋厚を測定した。また,安静時も同様に最大筋厚の測定を行った。安静時の測定は呼吸による影響を除くため呼期終末時に測定した。最大筋厚の測定はUS(HITACHI社製 Noblus)を用い,プローブは7.5MHzのリニアプローブを使用した。測定モードはBモードとし,撮像位置は被験者の臍高位で,腹直筋鞘,IOおよびEOが描出できる位置とした。プローブは体幹に対して短軸像となるように検者が手で把持して固定した。超音波画像の撮像は3名(理学療法士2名,日体協公認アスレチックトレーナー1名)が行い,最大筋厚の計測はそのうち1名が行った。統計解析にはSPSS Ver.20を使用し,検者間信頼性には級内相関係数:ICC(2.1)を用いた。【結果】ICCは安静時においては0.44~0.73であり,中程度~良好な信頼性を得た。Active SLRにおけるICCは0.45~0.70であり,中程度~良好な信頼性を得た。片脚ブリッジのICCは0.41~0.62であり,中程度の信頼性を得た。【結論】検者間信頼性は安静時およびActive SLRは良好な信頼性を示した。一方,片脚ブリッジにおいては安静時およびActive SLRと比較し,信頼性が劣る結果となった。Active SLRよりも片脚ブリッジはIOまたはEOがより大きな筋収縮を必要とするため,測定誤差が大きくなり,信頼性に影響を与えたと考える。先行研究において,検者間信頼性が良好とする報告はプローブを固定する専用器具を製作し,プローブが一定の位置に保たれるように配慮している。しかし,臨床場面においてUSを用いて動態評価を行う際は今回の研究と同様に手で把持して固定することが多い。そのため,筋収縮の大きい運動課題の動態を臨床場面でUSを用いて異なる検者が動態評価をする際は,プローブを固定する必要があると考える。さらに,検者の撮像技術の習熟度に差があった可能性も考えられるため,検者の撮像技術についても検討が必要である。しかし,Active SLRのような筋活動の少ない運動課題では良好な信頼性を得たため,今後臨床場面で体幹筋の動態評価を行う際にUSを十分活用することが出来ると考える。
著者
垣花 学 井関 俊 中村 清哉 渕上 竜也 神里 興太 須加原 一博
出版者
日本臨床麻酔学会
雑誌
日本臨床麻酔学会誌 (ISSN:02854945)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.386-391, 2013 (Released:2013-07-13)
参考文献数
19

胸腹部大動脈手術中に硬膜外モルヒネを投与された症例で,ナロキソンの静脈投与により対麻痺症状が著明に改善された.この症例を機に,ラット脊髄虚血モデルを用いて一過性脊髄虚血後のくも膜下モルヒネ投与による脊髄運動神経障害に関する研究を行った.その結果,くも膜下モルヒネには虚血性脊髄障害を増悪させる作用があることが示唆された.これまでの臨床経験およびわれわれの研究結果から,「麻薬は虚血性脊髄障害を増悪させる」可能性が高いと思われる.
著者
中村 美知夫
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 (ISSN:09124047)
巻号頁・発行日
no.24, pp.229-240, 2009

More than half a century has passed since Imanishi (1952) proposed &lsquo;culture&rsquo; to nonhuman animals. Now, although there is still some skepticism, the discussion of nonhuman cultures is widely accepted in the international academic world. It seems that the study of cultures has become one of the important topics in primatology. In this review, I introduce recent trends of cultural studies on nonhuman primates. First, I give a brief outline of the history of the studies. Then I summarize recent findings of cultural primatology by dividing them into the following three domains: 1) chimpanzee tool use; 2) chimpanzee cultures other than tool use; 3) cultures in other primate species. The most well studied domain is the foraging tool use where more and more additional information about the distributions of known tool types has been reported from new study sites in addition to several novel tool types. From long studied sites, the details of developmental process or tool selection are often well investigated. There are some reports on cultural behaviors outside of foraging tool techniques but the information is still limited compared to tool use. Finally I introduce some of the recent debates on nonhuman cultures by focusing on the distinction between culture and tradition, the distinction between social and asocial learning, and the &lsquo;ethnographic&rsquo; method often employed by field primatologists. I argue that recent discussions of animal culture often tacitly include the idea of hierarchical advances that implies the complex and sophisticated human culture is in the highest and the best stage. This reminds us of the outdated view on human cultural hierarchism which saw the modernized western culture as the final stage. I stress the importance of writing &lsquo;real&rsquo; ethnographies of nonhuman primates for full development of cultural primatology.
著者
井上 博道 梅宮 善章 中村 ゆり
出版者
一般社団法人 日本土壌肥料学会
雑誌
日本土壌肥料学雑誌 (ISSN:00290610)
巻号頁・発行日
vol.76, no.6, pp.875-880, 2005-12-05 (Released:2017-06-28)
参考文献数
21
被引用文献数
5

ウメ干しの仁中微量元素濃度を分析し,多変量解析手法を用いて日本産と中国産の判別を行った。1)塩蔵ウメ仁中のSr濃度の中央値は,中国産では日本産の10倍以上の値を示し,8.0mgkg^<-1>を簡易基準とすることで93.2%のウメ干しサンプルが日本産と中国産に正しく判別できた。2)ウメ干し仁中の9元素濃度を用いた3成分からなる主成分分析で日本産と中国産は分離した。3)線形判別分析によって93.2%の判別的中率が得られた。KNN法による解析では,判別的中率は94.3%と向上した。
著者
小川 潤 永崎 研宣 中村 覚 大向 一輝
雑誌
じんもんこん2020論文集
巻号頁・発行日
vol.2020, pp.215-222, 2020-12-05

本研究の目的は,時間的文脈情報を含む社会ネットワーク分析に利用可能なデータを構築することである.既存モデルにおいても,人物間の関係性に時間情報を付加することは可能であったが,それは年月日など絶対的な時間情報に基づくものであった.だが歴史史料,とくに古代史史料では,物事の前後関係といった非常に曖昧な時間情報しか入手しえないことが往々にしてある.そのような問題に対処すべく,本研究は史料中に言及される出来事の継起関係をもとに時間的文脈情報を表現し,それを用いて人物および人物間の関係性に「相対的な」時間情報を与えるためのモデルを設計するとともに,一次史料を用いてその有効性を検証した.
著者
田中 基雄 安本 昌彦 渋谷 勲 川端 康治郎 中村 貴義 橘 浩昭 萬田 栄一郎 関口 辰夫
出版者
公益社団法人 日本化学会
雑誌
日本化学会誌(化学と工業化学) (ISSN:03694577)
巻号頁・発行日
vol.1989, no.11, pp.1937-1941, 1989-11-10 (Released:2011-05-30)
参考文献数
10
被引用文献数
1

高圧下において中間物とSquaricacidの縮合によりN-オクタデシルスクアリリウム(SQ)色素を合成する方法について検討した。中間物〔1〕または〔3〕とSquaricacidの反応による色素〔2〕または〔4〕の生成反応は,400~800MPaの加圧処理により促進され,常圧下における合成を大きく上回る収率をもたらした。また中間物〔3〕から色素〔4〕を生成する反応はクロロ酢酸,トリクロロ酢酸触媒の存在下でさらに収率向上を示すことが認められた。常圧下において従来得られなかったキノリン構造を有する色素〔6〕および〔8〕を本高圧法により合成することができ,新たに4種のスクアリリウム色素を得た。これら新色素のVIS,IR,iH-NMRスペクトルを測定した結果,〔6〕が〔2〕,〔4〕と同様に1,3-型スクアリリウム環構造に合致するのに対して,〔8〕は1,2-型スクアリリウム環構造の形をとるものと推定された。
著者
中村 文哉
出版者
山口県立大学
雑誌
山口県立大学学術情報 (ISSN:21894825)
巻号頁・発行日
no.13, pp.41-91, 2020-03-31

ともに「慢性伝染病」に分類される「癩」と「結核」は、1904年の省令「結核豫防ニ關スル件」および1907年公布の「癩豫防ニ關スル法律(件)」を端緒に、明治後期、それらの豫防関連法規が整備されていった。更に、両疾病の特効薬となった抗生物質は1950年代前後から実用化され、化学療法の途により、治癒に至る消長の過程も、重なる。沖繩縣においても、「本土」と同様の過程を辿った。本稿は、戦前期の「癩」および結核予防関連法規およびそれらの各條文から、沖繩縣の関連地方制度も踏まえ、相互のネクサス(nexus)を、引き出す。そして、それらのネクサスから、これら予防法の前提をなす「論理」を照射する。以上の考察を踏まえ、「癩」および結核の豫防法関連法規には、病者・患家を取り締まる「淸潔方法及消毒方法」に象徴される国家利害を前提とした感染予防対策・病者所と在宅療養とを抱きあわせにした論理、「療養ノ途ナキモノ」への救恤の論理、療養所構築による入所療養の論理が混在・共在する法理が示され、患者の医療に関する規定が希薄であること、そしてそれらの混在ないし共在が、〈豫防法〉といわれる法規の特性であることを、論示したい。
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.72, 2009

<b>I.はじめに</b><br> 日本の医薬品業界は2009年6月に改正薬事法が施行されたことでコンビニやスーパーで大半の一般用医薬品が販売可能となるなど、制度環境が激変しており、流通システムの再編が予想されている。そうした動きに流通の中間段階に位置する医薬品卸売業も対応を迫られている。1990年代以降、医薬品卸は大規模化し現在では大手4社で8割のシェアを占めるに至っている。この寡占状態は10年前の米国と同様の状況であり、両国の国民性や制度環境は異なるにもかかわらず、卸売業の再編成の方向性について共通点が多い。したがって、今後日本の卸売業の役割はいかに変化するのかを占ううえで海外の動向は示唆に富んでいる。<br> 本発表は、米国の卸売業のビジネスモデルや空間的展開を概観することで、日本の医薬品卸売業が業界において果たしている役割を相対化することを目的とする。<br><br><b>II.米国における医薬品卸売業の再編</b><br> 米国では日本と異なって、民間による医療保険制度が充実しており、薬価も一部公的に償還されるものを除いて市場で決定される。医薬品の価格交渉は製薬メーカーと保険会社から委託された医薬品給付会社(PBM=Pharmacy Benefit Management)との間でなされることが多い。しかし、PBMは配送機能をもたないため、医薬品卸が医薬品の配送を請け負っている。医薬品卸を経由する処方薬の割合は30年前に5割程度であったが、現在は8割にまで高まっており、流通システムにおける卸の存在感はむしろ高まっている。それにもかかわらず、利幅は縮小しており、規模の拡大と、定期配送を原則とした徹底した物流効率化が実現している。さらに、追加サービスを利用した分の料金を徴収する体系が確立しており、情報の付加価値利用を利益に還元する仕組みが整っている。米国の医薬品卸には日本のMSにあたる営業マンは存在せず、その存在価値を物流機能と情報提供機能でアピールせざるを得なかった。卸各社は自社の競争優位を獲得するため、情報化を活用した支援情報システムを調剤薬局に提供しており、1990年代半ばには受発注などの定型業務をはじめ、従業員教育、カード決済、経営戦略情報まで網羅したメニューを揃え、日本よりも早くからリテールサポートを充実させてきた。<br> 米国の医薬品卸は合併再編を繰り返して、物流や情報機能を強化するための投資余力を向上させるとともに価格交渉力を高める努力をしてきた。1980年に約140社あった医薬品卸は、現在では37社に集約され、大手3社(マッケソン、カーディナル・ヘルス、アメリソース・バーゲン)で95%のシェアを握る寡占市場が形成されている。<br> 米国の配送システムは1日1回の定期配送が基本である。その背景にはHMO(Health Maintenance Organization)やPBMが医師や薬局を指定することで、薬局の需要予測が容易になるという取引上の要因と、夜間に高速道路を利用して広範囲の配送圏をカバーできるという技術的側面が影響している。物流センターは1社平均5ヵ所であり、西低東高の分布傾向を示すが、その規模は年々拡大している。大手3社についてみると、本社の位置はそれぞれ異なるものの、物流センターの分布密度は各社とも2州に1カ所程度である(図)。30の物流センターが全米をテリトリーにすると、1センターが日本の面積とほぼ同程度の広範囲をカバーすることから、米国では日本の小規模分散型物流システムとは対照的な大規模集約型システムが浸透している。<br><br><b>III.日米における医薬品卸のビジネスモデルと空間的展開</b><br> 米国の医薬品卸は近年、単価が決まった在庫、営業、配送、棚割りといった各サービスに対して利用分を請求する出来高払い(Fee-For-Service)方式を採用している。これによって、薬局や病院の在庫管理、トレーサビリティの導入による医薬品の品質管理、薬局のフランチャイズ事業など付加価値を収益に結びつけつつある。翻って、日本では小規模かつ多数の顧客への営業機能を維持しながら、多頻度小口配送を実現してきた。また製薬事業や薬局事業への進出もみられる。しかし、米国のように付加価値を収益の柱とするビジネスモデルが確立しておらず、米国ほど物流拠点の集約化は進んでいない。日本の医薬品卸は取引先との力関係上、営業機能を残しつつ、物流拠点の集約化と分散化のバランスをとらざるを得ないのが現状である。
著者
寺田 勝彦 藤田 修平 田端 洋貴 脇野 昌司 井上 美里 中前 あぐり 小尾 充月季 辻本 晴俊 中村 雄作
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ac0400, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 脊髄小脳変性症(Spino-cerebellar degeneration:SCD)の立位・歩行障害の改善には,体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調によるバランス障害,脊柱のアライメント異常による歩行のCentral pattern generator(CPG)の不活性化に対応した多面的アプローチ(the multidimensional approach:MDA)が必要である.今回,SCDの立位・歩行障害へのMDAの有効性について検討した.【対象および方法】 当院の神経内科でSCDと診断され,磁気刺激治療とリハビリテーション目的に神経内科病棟に入院した40例である.無作為に,従来群(the conventional approach group:CAG)20例(MSA;5例,SCA6;12例,SCA3;3例),多面的アプローチ群(MDAG)20例(MSA;8例,SCA6;8例,SCA3例;ACA16;1例)に分別した.CAGでは,座位・四這位・膝立ち・立位・片脚立位でのバランス練習,立ち上がり練習,協調性練習,筋力増強練習,歩行練習を行なった.MDAGでは,皮神経を含む全身の神経モビライゼーションと神経走行上への皮膚刺激,側臥位・長座位・立位・タンデム肢位での脊柱起立筋膜の伸張・短縮による脊柱アライメントの調整,四這位・膝立ち.立位およびバランスパッド上での閉眼閉脚立位・閉眼タンデム肢位での身体動揺を制御したバランス練習,歩行練習を行なった. 施行時間は両群共に40分/回,施行回数は10回とした.評価指標はアプローチ前後の30秒間の開眼閉脚・閉眼閉脚・10m自立歩行可能者数,10m歩行テスト(歩行スピード,ケイデンス),BBS,ICARSの姿勢および歩行項目,VASの100mm指標を歩行時の転倒恐怖指数とし,両群の有効性を比較検討した.統計分析はSPSS for windowsを用い,有意水準はp<.05とした.【説明と同意】 本研究に際して,事前に患者様には研究の趣旨,内容および調査結果の取り扱い等を説明し同意を得た.【結果】 CAGの開眼閉脚の可能者数は13例(65%)から14例(70%)(p<.33), 閉眼閉脚は7例(35%)から9例(45%)(p<.16),10m自立歩行は14例(70%)から14例(70%)(p<1.00)と有意差は認められなかった.MDAGでは,開眼閉脚が14例(70%)から20例(100%)(p<.01),閉眼閉脚が6例(30%)から14例(70%)(p<.002),10m自立歩行が12例(60%)から20例(100%)(p<.002)と有意に改善した.CAGの歩行スピード(m/s.)は,0.56±0.24から0.69±0.28(p<.116),ケイデンス(steps/m.)は101.4±20.2から109.8±13.3(p<.405)と有意差は認められなかった.MDAGの歩行スピードでは,0.69±0.21から0.85±0.28(p<.000),ケイデンスは110.6±13.6から126.6±22.4(p<.049)と有意に改善した.CAGのBBS(点)は33.2±14.6から37.4±14.0(p<.01),ICARS(点)は17.2±7.9から15.4±8.5(p<.000)と有意に改善した.MDAGのBBSでは,30.0±9.1から40.9±6.8(p<.000),ICARSは16.1±4.9から9.4±3.0(p<.000)へと有意に改善した.CAGのVAS(mm)は55.7±28.1から46.3±29.0(p<.014)と有意に改善した.MDAGのVASでは72.4±21.6から31.4±19.4(p<.000)へと有意に改善した.また両群で有意に改善したBBS・ICARS・VASの改善率(%;アプローチ後数値/アプローチ前数値×100)は,CAGでは順に,15.2±17.3,15.0±18.0,22.1±44.3,MDAGでは33.1±17.3,43.7±9.9,59.2±21.7と,それぞれにp<.03,p<.001,p<.002と,MDAGの方が有意な改善度合いを示した.【考察】 今回の結果から,磁気治療との相乗効果もあるが,MDAGでは全ての評価指標で有意に改善し,BBS・ICARS・VASでの改善率もCAGよりも有意に大きく,立位・歩行障害の改善に有な方法であることが示唆された.その理由として,SCDでは体幹の前後動揺,体幹・四肢の運動失調による求心性情報と遠心性出力の過多で皮神経・末梢神経が緊張し,感覚情報の減少や歪みと筋トーンの異常が生じる.皮神経を含む神経モビライゼーションで,皮膚変形刺激に応答する機械受容器と筋紡錘・関節からのより正確な感覚情報と筋トーンの改善が得られた.また神経走行上の皮膚刺激で末梢神経や表皮に存在するTransient receptor potential受容体からの感覚情報の活用とにより,立位・歩行時のバランス機能が向上したといえる.その結果,歩行時の転倒恐怖心が軽減し,下オリーブ核から登上繊維を経て小脳に入力される過剰な複雑スパイクが調整され小脳の長期抑制が改善された事,脊柱アライメント,特に腰椎前彎の獲得により歩行のCPGが発動され,MDAGの全症例の10m自立歩行の獲得に繋がったといえる.【理学療法研究としての意義】 SCDの立位・歩行障害の改善には確立された方法がなく,従来の方法に固執しているのが現状である.今回のMDAにより,小脳・脳幹・脊髄の細胞が徐々に破壊・消失するSCDでも立位・歩行障害の改善に繋がったことは,他の多くの中枢疾患にも活用し得るものと考える.
著者
秋吉 駿 神谷 諭史 中村 隆治 佐伯 昇 吉栖 正夫 河本 昌志 山脇 成人 辻 敏夫 古居 彬 平野 陽豊 隅山 慎 棟安 俊文 三戸 景永 曽 智 笹岡 貴史 吉野 敦雄
出版者
公益社団法人 日本生体医工学会
雑誌
生体医工学 (ISSN:1347443X)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.S236_2, 2019

<p>【目的】ヒトの疼痛を客観的に定量評価することを目的として,著者らは末梢交感神経活動を反映する血管剛性と電気刺激時の主観的疼痛度の間に有意な関係があることを見出した.本報告では,血管剛性から筋交感神経信号の分散を非侵襲推定し,推定した分散から主観的疼痛度をより高精度で客観的に定量評価する方法を提案する.【方法】広島大学・医の倫理委員会承認のもと事前にインフォームド・コンセントが得られた健常成人男性22名(22.7±1.0歳)を対象に皮膚電気刺激実験を行った.刺激中の心電図,血圧,指尖容積脈波から求めた血管剛性を用いて筋交感神経信号の分散を推定した.その後,ウェーバー・フェヒナー則を用いて筋交感神経信号の分散と主観的疼痛度の関係をモデル化し,モデルによる推定値と実測値との相関解析を行った.比較のため,血管剛性と主観的疼痛度の間においても同様の解析を行なった.【結果】筋交感神経信号の分散から推定した主観的疼痛度と実測した主観的疼痛度の相関は,血管剛性の場合と比較して上昇した(提案法: r = 0.60, p < 0.001, 血管剛性: r = 0.47, p < 0.001).【結論】提案法は主観的疼痛度を従来法より高精度かつ客観的に定量評価可能であった.</p>