著者
加藤 司 長山 格 玉城 史朗
出版者
一般社団法人 電気学会
雑誌
電気学会論文誌D(産業応用部門誌) (ISSN:09136339)
巻号頁・発行日
vol.141, no.2, pp.124-129, 2021

<p>In 2019, we proposed an industry-school education skill succession (I-SSS) process and used it to develop a fisheries and marine skill learning system. In this study, we evaluate the appeal of the teaching materials in this system by using the ARCS motivation model from the perspective of learning motivation and search for the components of this system that would motivate learning. We used a teaching material evaluation sheet based on the ARCS motivation model to conduct a survey of students at a fisheries high school after using this system. From the results, we obtained many positive answers with all ARCS model factors, which confirmed that our proposed system had a high degree of usefulness for students. In addition, the results of the factor analysis on the motivation factor for student's learning show that the following the components lead to increased motivation for learning: "Procedure confirmation image, Presentation of finished form", "Basic skills listed in textbooks", "Explanation of practicality of skills", "Explanation of the relevance of skills and work/Qualification", and "Adoption of terms in textbooks, Easy-to-understand expressions".</p>
著者
寺本 辰之 早田 亮 大森 眞由美 秦 恭裕 坂尾 良美 加藤 泉 松下 久美子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.48-52, 2003-01-01

2001年2月9日(現地時間),太平洋ハワイ沖にて,愛媛県立宇和島水産高校実習船「えひめ丸」が,アメリカ合衆国海軍の原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され,沈没する事故が発生した.直ちに知事を本部長とする愛媛県対策本部が設置され,県精神保健福祉センターを中心としたケアが検討された.しかし,地元の被害者が多数いることから,保健所としても早急な対処が必要と判断し,支援活動を開始した. 「えひめ丸」には,生徒(事故当時2年生)13人,指導教官2人,乗組員20人の総勢35人が乗船していた.事故直後,26人が救助艇に避難したが,生徒4人,指導教官2人,乗組員3人が行方不明となった.10月の船体引き揚げ時に,行方不明者9人のうち8人の遺体は収容され,身元確認がされたが,残る生徒1人の遺体は発見されなかった.
著者
加藤 美和 古江 増隆 江藤 綾桂 松永 拓磨 井上 慶一 橋本 弘規 水野 亜美 芥 茉実 平野 早希子 古江 和久
出版者
日本皮膚科学会西部支部
雑誌
西日本皮膚科 (ISSN:03869784)
巻号頁・発行日
vol.82, no.5, pp.370-376, 2020

<p>Endothelin-1(EDN1)は正常表皮の基底細胞に限局的に強く発現され,基底細胞癌でもその発現が認められることが報告されている。しかし基底細胞癌を二次的に発生しやすい脂腺母斑での EDN1 発現はこれまで検討されていない。我々は脂腺母斑 10 例,基底細胞癌を発生した脂腺母斑 4 例,脂腺母斑周囲の正常皮膚 9 例,およびランダム生検にて採取した正常皮膚 10 例のパラフィン包埋標本を用いて,EDN1 の発現を免疫組織学的に検討した。EDN1 は正常表皮や上部毛囊脂腺系の基底細胞,エクリン汗腺の導管部と分泌部に強い発現を認めた。下部毛囊では,内毛根鞘細胞,毛幹,毛母,毛乳頭は EDN1 陰性であった反面,外毛根鞘細胞は全体的に EDN1 陽性を示した。脂腺母斑表皮でも基底細胞は EDN1 強陽性であった。正常皮膚に比べ,脂腺母斑では肥厚した有棘細胞層内とりわけ毛囊分化を示しつつある部位には EDN1 陽性有棘細胞が有意に増数集簇していた。基底細胞癌が発生した脂腺母斑の基底細胞癌は EDN1 陽性であった。また基底細胞癌から離れた脂腺母斑部に比べ,基底細胞癌近傍の脂腺母斑部では EDN1 陽性有棘細胞が有意に増数していた。これらの結果から EDN1 陽性の毛囊分化を示しつつある部位が基底細胞癌の発生母地になるのではないかと推察した。加えて正常毛囊の EDN1 分布から類推すると,脂腺母斑表皮内の EDN1 陽性有棘細胞は外毛根鞘細胞への分化を示している細胞ではないかと考えた。</p>
著者
川上 治 加藤 雄一郎 太田 壽城
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.7-18, 2006-01-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
84
被引用文献数
14 5

転倒・骨折は高齢者に好発する老年症候群の一つであり, 要介護の主要な要因となっている. 転倒・骨折の要因は, 国内外の調査研究により多くの危険因子が同定されており, そのうち改善可能なものに目標を定める介入研究が行われている. しかし, 高齢者の身体特性は千差万別であり, どのような身体特性を持った高齢者にどのような介入をしたら効果があるかに関して, 系統的な評価は少ない. 本総説では, 高齢者の転倒・骨折の発生率, 危険因子等のこれまでの観察研究と疫学研究に関してまとめた. 特に,介入研究に関しては, 無作為化対照比較試験といった科学的信頼性の高いものを中心にまとめ, 対象者の身体状況ごとの介入方法とその効果について整理した. 日常生活活動の効果については, 介入研究が少ないことから観察研究を中心にまとめた. 高齢者の転倒発生状況は, 転倒の定義によってもまちまちであるが, 欧米諸国での年間転倒率は65歳以上の高齢者で28~35%, 75歳以上では32~42%と特に後期高齢者で高くなる傾向が見られた. 本邦では, 約20%で欧米諸国より低い傾向であった. 脳卒中患者では, 特に自宅に戻った際に転倒する確率が極めて高く, その対策が問題となっている. 転倒の危険因子は内的因子と外的因子があり, 主な改善可能な因子としては, 筋力, バランス能力, 移動能力などの生理的機能と,内服薬や生活習慣の内的因子の他に住宅環境といった外的因子がある. 地域在住の高齢者に対する転倒予防介入では, 筋力向上トレーニングや太極拳といった運動訓練が有効とする報告がある. 施設入所中の虚弱高齢者には, 運動訓練単独ではなく, 個別に危険因子を同定して多角的に介入する方法が有効とあるが, その効果は小さく, より有効なプログラムの開発が必要とされている. また, 転倒予防が困難な例ではヒッププロテクター装着により股関節骨折が予防可能であるが, 定着率が低いのが課題である.
著者
伊藤 詩菜 松田 康子 加藤 弘通
出版者
北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター
雑誌
子ども発達臨床研究 (ISSN:18821707)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.5-12, 2015-03-25

本研究では、援助要請行動生起における利益とコストの関係性を検証するため、中岡・兒玉(2011)の援助要請期待尺度の信頼性・妥当性の検討を行うとともに、援助要請不安尺度を元に援助要請行動生起における心理的コスト尺度を作成し、その信頼性・妥当性の検討を行った。そのため、大学生、大学院生208名を対象とし、既存の援助要請期待尺度(中岡・兒玉,2011)と、本研究で作成した心理的コスト尺度を合わせた計46項目を「カウンセリングに対する印象」として質問紙を用いて調査した。その結果、心理的コスト尺度は「スティグマへの懸念」因子、「カウンセラーの対応への懸念」因子、「強要への懸念」因子の3因子となり、中岡・兒玉(2011)と同様の結果となった。一方、援助要請期待尺度については、「内面の安定への期待」因子、「カウンセラーの対応への期待」因子、「知識習得への期待」因子の3因子となり、中岡・兒玉(2011)と異なる結果となった。また、Cronbachのα係数と2つの尺度の下位尺度との相関により、本研究で作成された心理的コスト尺度は十分な信頼性と妥当性が示された。援助要請期待尺度(中岡・兒玉,2011)についても再検討され、因子構造は中岡・兒玉(2011)とは異なる結果となったものの、より多くの項目数からなる、より信頼性・妥当性を有した尺度が作成されたと考えられる。
著者
尾山 大知 加藤 柊也 丸山 智朗 乾 直人
出版者
アクオス研究所
雑誌
水生動物 (ISSN:24348643)
巻号頁・発行日
vol.AA2021, pp.AA2021-2, 2021 (Released:2021-02-06)

渥美半島太平洋岸の7河川において水生動物の採集調査を行った結果、魚類30種、十脚甲殻類21種、腹足類5種を確認した。また、そのうちの注目すべき14種については標本に基づき詳述した。特に、ユゴイKuhlia marginata、オカメハゼEleotris melanosoma、ミナミテナガエビMacrobrachium formosense、コンジンテナガエビM. lar、コツノテナガエビM. latimanus、トゲナシヌマエビCaridina typus、ヤマトヌマエビC. multidentata、タイワンヒライソモドキPtychognathus ishii、フネアマガイSeptaria porcellanaの9種は愛知県からの初記録となった。これらはいずれも近隣地域では既に確認されていた種であるため、本地域の小河川での調査記録が少なかったことが、初記録種が多かった一因であると考えられる。一方、これら9種にはより南方の地域を主な生息地とする通し回遊種も含まれていたため、地球温暖化の影響によって近年愛知県内で確認されやすくなった可能性も考えられる。
著者
大道 香織 加藤 望 権 赫虹 中坪 史典
出版者
広島大学大学院人間社会科学研究科
雑誌
広島大学大学院人間社会科学研究科紀要. 教育学研究 (ISSN:24360333)
巻号頁・発行日
no.1, pp.213-220, 2020-12-25

The purpose of this study is to provide an overview of how multi-vocal visual ethnography is applied in the world and to examine its possibilities and problems as a research methodology. Twenty-three academic articles using multi-vocal visual ethnography were collected and analyzed. The analysis results revealed the following: (1) multi-vocal visual ethnography is used as a tool for understanding not only the "visible," but also the "invisible." (2) The technique is used not only in comparative cultural research, but also as a tool for capturing different perspectives within a single culture. (3) Photographs and websites are used as cues, in addition to videos. (4) Cues consist of a variety of content. Unlike conventional ethnography, multi-vocal visual ethnography is a research methodology that has the potential to promote dialogues between researchers and people in and outside the field.
著者
小室 譲 加藤 ゆかり 有村 友秀 白 奕佳 平内 雄真 武 越 堤 純
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<b>中心市街地における飲食店の新規開業</b><br> 地方都市における中心市街地では,店主の高齢化や後継者不足および,それに伴う空き地や廃店跡の増加が喫緊の地域課題である。こうした衰退基調にある中心市街地では,これまでにまちづくり三法をはじめ,中心市街地の活性化に向けたさまざまな補助金政策や活性化の方策が官民学により検討されてきた。<br> 本発表では,シンポジウムの主旨であるUIJターンによる起業が中心市街地において進展している長野県伊那市を事例とする。発表手順は,UIJターン者により開業された主に飲食店の実態を報告したうえで,次に対象地域でいかにして,いかなる理由から新規開業が増加しているのか,地域的背景を踏まえて検討する。<br> 伊那市中心市街地では,2000年代以降に都市圏からのUIJターンによる移住者の新規開業が増加しており,2018年9月現在で,52店舗を数える。そのうち,飲食店が過半数の33店舗を占めており,そのほとんどが個人経営である。開業者は主に20〜50歳代であり,移住以前の飲食業や他業種における就業・就学期間を通じて得られた,経験や知見をもとに開業に至る。伊那市中心市街地では,ダイニングバーやスポーツバー,カフェなどである。そして,それぞれの店舗では開業者の経験や知見に裏付けられた地域のマーケットニーズのもと,地酒や地元の食材を積極的に活用し,周辺の官公庁向けにランチ営業をするなど中心市街地において新たな顧客層を獲得するに至っている。<br><br><br><b>新規開業者を支える地理的条件</b><br> まず伊那市内が地方創生関連の補助金や移住先輩者のインターネット上による情報発信のもと,Uターン者はもとより,IJターン予定者の居住地選択に入る地域であることが新規開業の前提として指摘できる。その上で移住者は官公庁や鉄道駅があり,既存の利用客による一定の集客が見込める中心市街地を開業先として選定する。その店舗開業の過程には,高齢化や後継者不足により中心市街地に残存していた低廉な飲食テナント,および開業助成金を開業資金の一部として充てることで大都市圏よりも開業時のイニシャルコストを抑えられることが新規開業を後押ししている。また既存商工会や既存商店主は,こうした中心市街地の空き店舗に対する新規開業者を市街地活性化の新たな救世主として好意的に捉える店舗が多い。事実,一部の既存店主は新規開業者に中心市街地内の空きテナント情報や開業時に申請できる補助金情報を積極的に提供している。<br> 新規開業者の移住・開業経緯の詳細は当日述べるものの,東京大都市圏出身者の中には会社員生活における昇進主義や満員電車の通勤生活に疲弊して,ワークライフバランスを考慮した生活環境を求めて移住を決意する事例がある。こうした開業者にとって個人飲食店の開業は,自己実現の機会であるとともに,移住先の就労機会として移住者やその家族が移住先で生活していけるだけの必要最低限の収入を得るためのなりわいとして成立している。一方で,中心市街地においては新規開業店の増加が単に空きテナントの量的補完にとどまらず,既存店舗の顧客増加,既存商店組織の活性化,開業者ネットワークの構築による中心市街地イベントの創出などの相乗効果として認められる。
著者
加藤 健太
出版者
経営史学会
雑誌
経営史学 (ISSN:03869113)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.3-27,100, 2006-06-25 (Released:2009-11-06)
被引用文献数
2

The purpose of this paper is to consider the effects of the mergers in the electric power industry during the inter-war period in Japan, based on the case of Tokyo Electric Light Co. (TELC). The foci of our analysis are the formation of a largearea electric supply network and the change in the company's performance.Through the 1920's, the aim of the mergers of the TELC changed. In the beginning of 1920's, the firm consolidated the electric power companies that supplied the industrial areas of Tokyo and its surrounding environments. The purpose of these mergers was to secure access to the electric power demand from which growth was expected. Afterwards, because TELC urgently needed to increase its electric power capacity to meet the greater demand, the firm acquired electric power companies with large-scale hydroelectric power plants one after another. Subsequently, in the latter half of 1920's, when an oversupply of the electric power became strong, TELC merged with three electric power companies that owned wide supply districts.Though the purpose of the mergers was different depending on time, the equipment and facilities obtained by TELC through the various mergers worked to expand the company's electric supply network. Toward this end, the company actively improved existing power lines and substations and built new ones in order to tie organically each power plant together. As a result, in the latter half of 1920's, achievements in cost reductions at each stage (transmission, transformation, delivery) of the supply of electric power were made possible due to progress made in the electric power ream system and through the possession of an advantageous supply district with a high customer-density.
著者
加藤 健太
出版者
経営史学会
雑誌
経営史学 (ISSN:03869113)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.1-27, 2004-09-24 (Released:2009-11-06)
参考文献数
71

The purpose of this paper is to analyze the effects of corporate acquisitions during the inter-war period in Japan, using the case of Oita Cement Co., Ltd. The focus of our analysis is the behavior and performance of the acquired company.In the first half of the 1920s, most of Oita Cement's directors were from among the firm's large shareholders, who at the same time held management positions in firms in other industries, for example banking, manufacturing, and commerce, and businessmen of local fame. Foremost among these was advisor Toyoji Wada, who was a leading magnate in financial circles and had significant influence over the firm's operating policy and decision-making.In the 1920s, Oita Cement pursued an aggressive growth strategy, including merging with two other cement companies, Asahi Cement Co. and Sakura Cement Co. At the time, Oita Cement had a burden of debt service and tried to reduce profitability through the issuance of debt bonds to finance an extensive capital expenditure program. The amount of debt increased from 1, 588, 000 yen to 7, 724, 000 yen through the 1920s.Onoda Cement acquired Oita Cement's stocks in 1930. Two directors, Shinzo Kasai and Shuzo Karim, who also held posts as Onoda directors, together with technical experts they dispatched to the firm, played an important role in formulating and implementing the recovery plan for Oita Cement through research of the firm's manufacturing capabilities, equipment, and factory management. With this acquisition as a turning point, by the end of 1934 Oita Cement paid back its borrowings from the Industrial Bank of Japan and other banks because the firm was able to borrow fixed-rate funds by issuing bonds. Onoda Cement's technological assistance made it possible for the firm to reduce manufacturing costs. Furthermore, in 1930 the firm adopted the accounting principle of listing incurred depreciation charges as expenses and also wrote off fixed assets. As a result, in first half of the 1930s Oita Cement saw a remarkable increase in net incomes both before and after depreciation.In conclusion, the acquiring company, Onoda Cement, promoted change in Oita Cement's behavior and contributed to its ability to regain profitability.