著者
黒崎 政男(1954-)
雑誌
東京女子大学紀要論集 (ISSN:04934350)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.27-53, 0000

A Japanese translation of Aristotle's De Anima that thematises what kokoro is has recently been discovered. It was done through the cooperation of Jesuit missionaries and Japanese in 1595 during the Kirishitan period (Kirishitan means early Christians in Japan in the 16th to 17th century). The manuscript fascinates us, not only because it tells us that the core of Western thought was already translated three hundred years before the Meiji era in which Japan truly encountered the West, but also because it includes an additional chapter on the permanence of anima rational humanica, which is not found in the Latin original.This suggests that it was absolutely necessary [for Christians] to preach the singularity and permanence of human kokoro (Quod anima intellectiva sit immortalis et aeterna), in order to disseminate Christianity in Japan where no fundamental distinction was made between human and animal kokoro (cf. F. Xavier, letter 29/1/1552). We can here confirm the basic difference between the Western anima and the Oriental kokoro.心とはいったい何か、を主題的に論じたアリストテレスの〈De Anima〉のキリシタン時代の日本語翻訳(1595)が最近発見された。江戸時代以前に西洋の核心となる思想が日本語翻訳されていたということ自体きわめて興味深いのだが、さらに面白いのは、日本語版には、オリジナルのラテン語版底本には存在しない「人間の理性的魂(anima rational)は永遠不滅である」という書き加えの章があることである。人間と動物との 〈心〉 の間に根本的差異をみとめない日本でキリスト教をひろめるには、 人間の 〈心〉 の特異性、 不滅性を教え込むことがどうしても必要だったのである。 ここに西洋と東洋のanimaと〈心〉の差異の基本的図式を確認することができる。
著者
重宗 明子 三浦 清之 上原 泰樹 小林 陽 古賀 義昭 内山田 博士 佐本 四郎 笹原 英樹 後藤 明俊 太田久稔#清水博之#藤田米一#石坂昇助#.中川原捷洋#奥野員敏#山田利昭#小牧有三#堀内久満#福井清美#大槻寛#丸山清明
出版者
農業技術研究機構中央農業総合研究センター
雑誌
中央農業総合研究センター研究報告 (ISSN:18816738)
巻号頁・発行日
no.16, pp.17-37, 2011-03

「華麗舞」は1979年に北陸農業試験場(現中央農業総合研究センター・北陸研究センター)において,超多収品種の育成を目的として,インド型多収品種「密陽23号」を母とし,日本型多収品種「アキヒカリ」を父とする人工交配を行って育成された品種である.1990年から「北陸149号」の系統名で関係各府県における奨励品種決定調査試験およびその他の試験に供試してきたものであり,2006年10月4日に新品種として「水稲農林415号」に命名登録された「華麗舞」の特性の概要は以下のとおりである.1. 出穂期は「コシヒカリ」より4~5日早く,成熟期は「コシヒカリ」より5~9日早く,育成地では"中生の早"である.2. 稈長は「コシヒカリj」より20cm程短く" 短",穂長は「コシヒカリ」より長く" やや長"穂数は「コシヒカリ」より少なく"少",草型は"穂重型" で,脱粒性は"難"である.粒形は"細長"である.千粒重は「コシヒカリ」よりやや軽い. 3.収量は,標肥では「コシヒカリ」より少ないが,多肥では「コシヒカリ」並である.4.炊飯米は, 「コシヒカリ」.「日本晴」よりも粘りが少なく,硬い.表面の粘りが少ないのでとろみのあるカレーソースとのなじみが良く,カレーライスへの嗜好性が高い.5. いもち病真性抵抗性遺伝子はPiaとPibを併せ持つと推定され,葉いもち圃場抵抗性は"中",穂いもち圃場抵抗性は不明である.穂発芽性は"やや易",障害型耐冷性は"極弱"である.
著者
井上 勇一
出版者
慶應義塾大学法学研究会
雑誌
法学研究 (ISSN:03890538)
巻号頁・発行日
vol.85, no.12, pp.45-68, 2012-12

論説一、問題の所在二、満州統治問題三、満州政況問題(第二次満蒙独立運動)四、満州懸案問題の処理(鄭家屯事件)五、むすび
著者
堀川 徹
出版者
京都外国語大学
雑誌
研究論叢 (ISSN:03899152)
巻号頁・発行日
vol.70, pp.71-83, 2007

In the history of the relationship between Japan and Turkey, the disaster of the Ottoman Battleship Ertugrul is one of the most important incidents. It is no exaggeration to say that the friendly relationship between the two countries began with this tragedy. In the middle of the night of September 16, 1890, the Battleship Ertugrul sank off the coast of Oshima Island in Wakayama Prefecture. Many of the local village people struggled to rescue the surviving crew of the ship in distress and to collect the bodies of the lost sailors. It was known that the government of the Ottoman Empire awarded Mr. Makoto Oki, the head of Oshima village, a Letter of Gratitude (Jberat) for their kind rescue activities with a Medal after 69 survivors returned safely to Istanbul. In our presentation we will introduce another kind of Appreciation Letter sent to Mr. Inugusu Kawashima, a policeman of Oshima village of the Arabic type including a transcription of the Turkish letters and a translation in Japanese. We would also make it clear that the same Letters of Appreciation were sent to other people, for example, the doctors and the officials who participated in the rescue activities. The possibility of the existence of these other letters is given credence by the letter we will show which was sent to Mr. Ichiro Date, a doctor of the village.
著者
松野 敬文
出版者
関西学院大学
雑誌
美学論究 (ISSN:09113304)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.A33-A47, 2008-03

本稿は画家バルテュス(Balthus,本名バルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ,1908-2001)の油彩画《鏡のなかのアリス》(1933年)(図1)を取りあげて,バルテュスの芸術的特性を「稚拙さ」すなわち技術的貧困さという見地から考察するものである。具体的にはまず作品の文脈を説明し,画面構成と色彩配置,光源の設定,人物像や椅子等の造形を吟味する。次に同時代の他の作品,特に1934年のパリ,ピエール画廊個展に出品された大作-《窓(幽霊の恐怖)》(1933年)(図2),《街路》(1933年)(図3),《キャシーの化粧》(1933年)(図4),《ギターのレッスン》(1934年)(図5)-との比較によって,本作の特性を明らかにする。その結果提示される結論は,以下の通りである。バルテュスの芸術家としての独自性は,画家自身の「稚拙さ」-デッサンの拙さ,迫真性の不足,絵の下手さ-にある。そしてまた人物像の造形上の問題点や鑑賞者への働きかけの乱暴さといった「稚拙さ」が,《鏡のなかのアリス》を魅力的にみせる要因となっている。
著者
那須 義次 黄 国華 村濱 史郎 広渡 俊哉
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.187-193, 2008-06-30
被引用文献数
2

2007年,営巣後のオオタカとフクロウの巣を調査したところ,前者の巣から日本新記録のフタモンヒロズコガ(新称) Monopis congestella (Walker)とマエモンクロビロズコガ M. pavlovskii (Zagulajev),後者からもフタモンヒロズコガの発生を確認した.これら幼虫は,巣内のケラチン源(羽毛,毛,ペリットなど)を摂食していた.オオタカの巣から発生した蛾の記録ははじめてである.大阪府立大学昆虫学研究室の標本を調査したところ,日本各地から採集されていたフタモンヒロズコガの標本も見いだした.幼虫産出性は鱗翅目では極めて珍しいが,ヒロズコガ科を含むいくつかの科で知られている.東南アジアのフタモンヒロズコガは,幼虫産出性を示すことが知られているが,灯火採集された日本産の2♀成虫の腹部内に1♀あたり最大51個体の幼虫が見いたされため,日本産も幼虫産出性であることが確認された.
著者
山崎 陽介 大倉 典子
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. MVE, マルチメディア・仮想環境基礎 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.113, no.109, pp.19-22, 2013-06-18

21世紀に入り,人工物の感性価値の重要性が認識されている.しかし「かわいい」という感性価値についての研究はあまり多くない.そこで我々は,人工物の物理的属性について「かわいい」という感性価値の研究として、これまでにかわいい形や色、大きさ、質感などについて実験を行ってきた。本稿では再度大きさに着目し、拡張現実と仮想現実を用いた表示による「かわいい」大きさの評価の違いを調べる実験を行ったので、それについて報告する。
著者
大岩 幸太 宮崎 雪乃 岩田 萌実 小川 博 安藤 元一
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.200-208, 2014-12-15

厚木市の中山間地域と平地農業地域における獣害に対する住民感情を2009-2010年にアンケート調査し,1,462件の回答を得た。販売農家は中山間地域で9割以上,平地農業地域で5割が獣害被害を受けていた。いずれの地域でも農作業への関わりの高い住民は野生動物に強い「怒り」を感じるのに対し,農作業への関わりが低くなると「かわいい,うれしい」と感じる傾向が見られた。捕獲駆除については,中山間地域では農作業に関わりの高い住民の賛成率が高まる傾向があったのに対し,平地農業地域では逆の傾向がみられた。性別で見ると,男性の捕獲駆除賛成率が中山間地において高かったのに対し,女性における地域差は少なかった。行政への要望として,中山間地域では情報提供や資金・物品提供など農地を守るために直接役立つ対策への要望が強かったが多いのに対し,駆除の促進への要望順位は低かった。しかし,アンケートから判明した住民の求める要望と,行政が行っている実際の獣害対策を比較すると,住民の要望が反映されているのは駆除対策だけであった。
著者
伊福部 達
出版者
一般社団法人日本音響学会
雑誌
日本音響学会誌 (ISSN:03694232)
巻号頁・発行日
vol.56, no.9, pp.657-662, 2000-09-01
参考文献数
14
被引用文献数
4
著者
糸賀 雅児
出版者
日本図書館協会
雑誌
図書館雑誌 (ISSN:03854000)
巻号頁・発行日
vol.108, no.2, pp.108-111, 2014-02
著者
菊井 和子 山口 三重子 渡邉 美千代 白岩 陽子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.120-126, 2005-09-19

医療が宗教と乖離した今日でも、ホスピスでは宗教者がケアチームで重要な役割を担っているが、仏教僧侶の関与についての報告は少ない。本研究は仏教僧侶の終末期ケアへの参加状況について調査し、その現状と将来への展望を明らかにすることを目的とする。調査対象は中国地方真言宗青年会の僧侶で、29名中23名(79.3%)が回答した。約3分の2が何らかの形で終末期患者・家族に援助をした経験を持っていたが、彼らはそれを医療と関連のある活動とは認識していなかった。死については、仏教の教えを説くよりも現代社会に受け入れやすい言葉で助言をする者が多かった。今後の活動として、日頃から壇信徒と交流を持ち、相談相手になることに意欲を示していた。全人的ニーズに対処するには宗教的ケアは重要であり、特にグリーフケアは仏教僧侶に最も適した領域と考えられる。終末期ケアに関する僧侶の継続的な研修と並行して、社会も僧侶に活動の場を拓くことの必要性が示唆された。
著者
佐藤 正志
出版者
摂南大学経営学部
雑誌
経営情報研究 : 摂南大学経営学部論集 (ISSN:13402617)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.15-34, 2014-02

革新官僚としての岸信介は、その卓抜した思考能力から戦間期における資本主義の歴史的変化をいち早く認識し、国家の産業政策としては、学生時代に影響を受けた「国家社会主義」思考と親和性の高いドイツの産業合理化運動さらにナチス統制経済に連なる「ファシズム型」資本主義を選択し、その遂行者となった。彼が商工省で策定した「自動車製造事業法」はその国産化政策を推進する法律であり、ドイツの産業合理化における国家統制のあり方に学び、軍部の意向をも反映したものであった。しかし一方で、岸が経営実務能力を高く評価した鮎川義介の「外資・技術力」導入という「国際協調」的な主張にも賛意を示すなど、経済(経営)合理的思想をも持っていた。しかしながら、岸が鮎川を助けて有効な政策手段を講じたり、行動したわけではなかった。岸は、多層的で柔軟な合理的思考をも有し、官僚としての政策立案能力は卓越していたが、現実には国際関係の悪化や軍部の外資排除の意向を前にして、主体的で責任を有した行動を行ったとは言い難いのである。
著者
沼尻 正之
出版者
追手門学院大学社会学部
雑誌
追手門学院大学社会学部紀要 (ISSN:18813100)
巻号頁・発行日
no.5, pp.181-196, 2011

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