著者
木村 主幸 葛西 扶美夫 有澤 準二
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. MBE, MEとバイオサイバネティックス
巻号頁・発行日
vol.97, no.124, pp.95-100, 1997-06-20
参考文献数
24

磁場の生体影響を検討する目的で、一定時間静磁場内で培養した細胞のヘルペスウィルスに対する感染性の変化について検討した。その結果、細胞を4時間磁場内で培養するとその後のウィルス感染に対して抵抗性を示す因子の出現を誘発する可能性が示唆された。具体的には、アフリカミドリザルの腎臓細胞由来である Vero-BV細胞を4時間450mTの静磁場内においた後、この細胞に単純ヘルペスウィルスを感染させると磁場暴露を受けた細胞がその後のウィルス感染に対してさほど強くはないが抵抗性を示すことが確認された。また、この抵抗性は磁場暴露を受けた細胞そのものよりもこの細胞を培養していた培養液中に存在することが判った。これらの知見は、磁場暴露が細胞に対して抗ウィルス性の液性因子産生を誘発する可能性を示したものと考えられる。
著者
針貝 綾 Aya HARIKAI 鹿児島県立短期大学地域研究所 The Regional Studies institute of Kagoshima Prefectual College
出版者
鹿児島県立短期大学地域研究所
雑誌
鹿児島県立短期大学地域研究所研究年報 (ISSN:02885883)
巻号頁・発行日
no.34, pp.25-44, 2002

This paper describes about one hundred and ten monumental outdoor sculptures erected in Kagoshima Prefecture from the Meiji period to the present time, and provides information and clarification about their historical background. Among features characteristic of them as a group two are pointed out here. The first is that there still remain standing in Kagoshima city three Taisho-period portrait sculptures of members of the Shimazu daimyo family. The second is that most of the outdoor sculptures in Kagoshima after World War II depict men of towering achievement in the past, who had connection with Kagoshima.
著者
的場 光昭
出版者
産経新聞社
雑誌
正論
巻号頁・発行日
no.450, pp.104-111, 2009-09
著者
久保 輝幸
出版者
日本科学史学会
雑誌
科学史研究. 第II期 (ISSN:00227692)
巻号頁・発行日
vol.48, no.249, pp.1-10, 2009-03-25
参考文献数
79

Chii, the Japanese term for 'lichen', is widely used in contemporary East Asia. However, precisely when and by whom this term was first used to refer to lichen is not known. In addition, Japanese botanists from the 1880s to the 1950s had doubts regarding whether Chii was an accurate translation of lichen, given that Chii originally referred to moss that grows on the ground, whereas most species of lichens grow on barks of trees or on rocks. In this paper, the author shows that Li Shanlan and A. Williamson et al., in the late Qing dynasty of China, first used the term Chii to refer to lichen in Zhiwuxue, published in 1858. In Japan, Tanaka Yoshio, who was influenced by Zhiwuxue, first used the term Chii in 1872. However, further investigations led to the discovery that ITO Keisuke translated lichen as Risen in 1829. In 1836, UDAGA WA Yoan also translated lichen as Risen by using a different kanji (Chinese character) to represent sen. In 1888, in his article, MIYOSHI Manabu suggested a new equivalent term, Kisoukin, to refer to lichen (algae-parasitized fungi). In the article, he proposed the term Kyosei as the Japanese translation of symbiosis. Ever since the late 1880s, Kyosei has been used as the Japanese biological term for symbiosis.
著者
磐下 徹 久米 舞子 北村 安裕 堀井 佳代子 宮川 麻紀
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
no.72, pp.173-161, 2021-03-31

『水左記』は平安時代後期に村上源氏の源俊房(一〇三五~一一二一)が残した日記である。平安期の貴族の日記には、儀式・年中行事の様子を中心に、朝廷内外の出来事が記録されている。これらの記事は、当時の政治・行政・社会の在り方を伝える貴重な史料である。また、『水左記』には一〇六二~一一一三年までの記事が断続的に残されているが、この期間には摂関政治から院政へという政治形態の大きな変化が生じている。このことから、この日記は古代から中世への移行期の様相を知るうえで重要な史料であるといえる。今回はこうした『水左記』の康平七年(一〇六四)四月~閏五月の記事を紹介するとともにその註釈を提示して、時代の大きな転換期である平安時代後期研究の一助としたい。
著者
森 雅雄
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.66-85, 1997-06-30
被引用文献数
1

本稿は, 近代において日本人がどのように「他者」を認識したのか, そして日本の民族学がその歴史の中にどのように位置づけられるのかを検討しようとするものである。幕末と明治期における日本人, 特に武士や士族は東アジアにおける共通語である漢文によって「他者」と意志疎通することができた。1850年代のペリー来航の時も, 日本は鎖国政策を採っていたけれども, 通常考えられている以上に効果的に彼らと交渉することができた。これは彼らの漢文能力によるものと考えられる。日本の武士は漢文を通じて「他者」を知ることができたのである。明治時代初期においても, 日本人はなお漢文による論理の儒学の教えが身についていた。このことは日本人が国際法のような西洋の規範を採用する基盤となったと思われる。日本における人類学の創設者坪井正五郎は武士の子弟であり, 西洋の人類学を取り入れ, 日本人を外来種と見ることに躊躇しなかった。大正時代は「他者」の認識が希薄になる時代である。日本人から武士の精神が失われるとともに「自己」に対峙する「他者」の認識は失われていった。それ故, 台湾や朝鮮のような日本の植民地は, 主権国家によって支配される地域ではなく, 日本の同質の一部として見られる様になるのである。これ以降, 日本はこれに対峙する「他者」のないままに拡大してゆくことになる。人類学者も日本人を古来より存在している単一民族として見るようになる。民俗学者柳田国男も日本民俗学を外国を必要としない一国民俗学として成立させる。日本民族学はこの日本民俗学から生まれた。しかも日本民俗学が持っていた方法や観点の一貫性さえ失ってしまったのである。即ち何かを一貫したものとして見るために要請される「他者」というものを。そしてそれは第2次大戦後の民族学者の変わり身の早さや石田英一郎の色々な方法に対して示した抱擁力に見ることができるのである。
著者
泉 桂子 佐々木 理沙
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.103, no.1, pp.1-12, 2021

<p>現在マツタケは生育場所となるアカマツ林の荒廃と減少によりその生産量が減少しているが,季節の食材として珍重される。料理雑誌・漫画を資料に用い,マツタケの高級食材としての評価は家庭料理においていつ頃定着したのかを明らかにした。1950年代後半から1960年代の消費者にとってマツタケは一面では惣菜用のキノコであった。料理書では他のキノコの代替や節約料理の材料となり,洋食や中華料理にも用いられ,多様な調理方法,切り方や加熱法が見られた。レシピサイトを用いて家庭料理におけるマツタケの代替物を調査した。限られた資料からではあるがエリンギ単独,またはマツタケ味の吸い物の素(1964年発売)と組み合わせたマツタケ代替レシピが確認された。さらに,岩手県内の山村を事例として,マツタケの採取や生育環境づくり,その後の稼得機会の獲得,調理,贈与,保存の楽しみや技術について聴き取り調査を行った。採取者は高齢となってもマツタケ採取に熱中し,現金収入や共食,贈与を楽しみに採取のためアカマツ林の採取地に入り込んだり,環境整備を行ったりしていた。これら採取者の調理は和風料理であり,保存には冷凍や真空パックを用いていた。</p>
著者
畑中 千晶
出版者
国際基督教大学キリスト教と文化研究所
雑誌
人文科学研究 (キリスト教と文化) = HUMANITIES (Christianity and Culture) (ISSN:24346861)
巻号頁・発行日
no.52, pp.(213)-(235), 2020-12-15

After the impressive appearance of the comic version of The Great Mirror of Male Love (published by Kadokawa in 2016), this remarkable work of Ihara Saikaku, which has fallen into oblivion for a long time, started attracting the attention of readers who have been indifferent to classical literature. Moreover, the comic adaptation of Saikaku's novel has opened the way for other adaptations, such as new translations into modern language, TV programs, and even a dramatization. The aim of this paper, which has been inspired by the drama adaptation, is to suggest new sources of the chapter "3:2 Tortured to Death with Snow on His Sleeve" of The Great Mirror of Male Love. The paper questions the traditional interpretations, which relate this chapter to the Noh drama Tenko, by pointing at the feeble argumentation. Then it proceeds with the exploration of its possible connection with the Noh drama Matsumushi by referring to some symbolic expressions, which can be considered as allusions to the famous poem of the Chinese poet Po Chü-I (Bai Juyi): "in times of snow, the shining moon, and cherry blossoms, I think of you, my dear friend!"The shocking words in the title "Tortured to Death", can be consider as an imitation of the famous Noh play and farce. This allows us to suppose that the death of Haemon, the elder lover of the young boy Sasanosuke, was an accident caused by Sasanoske's childishness, rather than labeling the boy as a sadist.The paper ends up with the conclusion that the analysis of the adaptions of classical texts is akin to the investigation of their potential context. This methodology will open new horizons for the study of sources in the field of classical Japanese literature.
著者
小林 功
出版者
史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
雑誌
史林 = The Journal of history (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.102, no.1, pp.40-74, 2019-01

六三〇年代以降、アラブがビザンツ帝国の領域への侵攻を開始し、シリア・パレスティナ地域やエジプトなどが短期間にビザンツ帝国の手から奪われた。当初ビザンツ帝国の人びとは、アラビア半島からの侵攻者がどのような人びとであるのか、十分に理解できていなかった。だがアラブ国家が安定し、彼らとのさまざまな形の交渉が進むにつれて、アラブがどのような人びとであるのか、ビザンツ帝国の人びとも徐々に理解していく。そしてアラブとの対峙が続く中で、自らを「神の加護を得ている皇帝が支配するキリスト教徒の共同体・地域=ローマ帝国」とみなすアイデンティティも再確認されていった。一方アラブもビザンツ帝国を滅ぼすことができなかったため、「ローマ帝国の後継者」となることができなかった。そのためビザンツ帝国との併存が確定的となった七世紀末以降、独自のイスラーム文明を形成していく道を選ぶことになる。
著者
高見 寛孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.31, pp.17-30, 2021-03-15

神や死霊あるいは動物霊などの霊的存在と人間との交流が憑霊である。夢や存在しないはずの姿を見たり、声を聴いたりすることもまた憑霊現象のひとつで、シャーマニズムでは憑霊に何らかの意味があるものとして、霊的存在との接触を試みる。一方、科学としての精神医学は霊的存在を認めず、憑霊を身体的障害によって生じる幻覚と捉え、個人を社会から切り離して治療しようとする。しかし昨今では、ホリスティック医学に代表されるように、医学側も霊的存在(精神文化)に関心を寄せ、シャーマニズム研究に接近しつつある。