著者
宇佐美 寛
出版者
明治図書出版
雑誌
現代教育科学 (ISSN:13425315)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.p86-102, 1979-06
著者
村田 由美
出版者
崇城大学
雑誌
崇城大学紀要 = Bulletin of Sojo University (ISSN:21857903)
巻号頁・発行日
no.46, pp.146-135, 2021

夏目漱石が、第五高等学校で生徒に請われて新派俳句の結社「紫溟吟社」を指導したことは知られているが、その実態を論じたものは、わずかに蒲池正紀の「紫溟吟社・その成立と終焉」(『熊本商大論集』一五号、昭三七・一二)があるだけである。今回、俳誌『ほとゝぎす』、雑誌『日本人』、新聞「日本」「九州新聞」「九州日日新聞」をつぶさに調査し、生徒たちの俳句がどのように掲載されたか、「紫溟吟社」に漱石がどのように関わったかを考察した。特にその中心人物である厨川千江、蒲生紫川、寺田寅彦に注目し、漱石との交流を明らかにし、熊本時代、五高教師としての漱石の一面を考察した。
著者
児玉 望 コダマ ノゾミ Kodama Nozomi
出版者
熊本大学文学部言語学研究室
雑誌
ありあけ 熊本大学言語学論集
巻号頁・発行日
vol.5, pp.71-90, 2006-03-20

本稿では、九州の他の方言における指定助動詞の文法的特徴との比較により、熊本方言で起きたと考えられる変化について考察する。特に、「いいきり」の指定助動詞を欠くことと相関するようにみえる文末の終助詞バイおよびタイについても、簡単な史的再建を試みる。
著者
浅川 友幸
出版者
東洋大学人間科学総合研究所
雑誌
東洋大学人間科学総合研究所紀要 (ISSN:13492276)
巻号頁・発行日
no.21, pp.27-43, 2019-03

ジャイ・ギャツビーの「オールド・スポート」は、単なる呼びかけの言葉ではない。ギャツビーは、作品中42回「オールド・スポート」を発するが、その言葉はギャツビーの4 つの側面を反映している。(1)友愛、(2)俗物根性、(3)嘲笑、(4)敗北。「オールド・スポート」を通じて、ギャツビーのニックとトムに対する感情、その言葉を発するギャツビーの望む姿が伝わってくる。そしてその言葉は周囲の人間にとって嘲笑の的であり、そしてトムにとってはニューマニーを象徴するもので、彼が憎み恐れるものである。ギャツビーは夢を追いかけ、現実に直面し、そして元恋人のために死ぬ。そのような彼の生き方が繰り返される彼の「オールド・スポート」に凝縮されている。『グレート・ギャツビー』における「オールド・スポート」は、ギャツビーを理解する上で重要なフレーズである。
著者
斉藤 誠 社 雨霏 丸岡 大祐 八木 啓俊
出版者
大阪大学歴史教育研究会
雑誌
大阪大学歴史教育研究会 成果報告書シリーズ (ISSN:21869308)
巻号頁・発行日
no.14, pp.1-23, 2017-03-15

2016年度大阪大学歴史教育研究会院生グループ報告(1)研究者・教員・市民のための新しい歴史学入門(平成26-29年度科学研究費補助金・基盤研究(A)・課題番号26244034) #研究代表者 桃木至朗(大阪大学大学院文学研究科教授)
著者
五十嵐 由紀 緒方 茂樹
出版者
琉球大学
雑誌
琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要 (ISSN:13450476)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.109-123, 2001-03-31

本研究では、特に知的障害特殊学級に在籍する自閉的傾向を伴う知的障害児の事例について、教科としての音楽の枠組みにとらわれずに、学校生活全般にわたる各場面で音楽を活用した取り組みを行った経過とそれに伴う子どもの発達についてまとめ、事例を通して障害児教育における「音楽を活用した取り組み」の有効性について検討を加えた。小学校1年生から本児を実際に担当した2年間の取り組みの内容から、音楽や歌遊ぴを活用した取り組みを続けることで、自閉的な傾向をもつ知的障害児の全般的な発達を促すことができた。すなわち、歌に含まれる歌詞の意味を少しずつ理解することで、ある程度他人の気持ちを理解できるようになり、その結果として対人関係の改善がみられた。また当初は覚えているだけで言葉として理解されていなかった歌詞の内容が、教師との歌遊びを通じて有意味なものに変化するなかでコミュニケーション能力の発達が促され、場に応じた言葉の使い方などを身につけることができた。その他にも算数や図工の教科の時間に、数や色の概念を含んだ歌を歌いながら指導することで教科の内容の理解が進んだ。本児は歌を歌うことにきわめて大きな興味・関心を示す特異的な事例であったが、自閉的な傾向を伴う知的障害児に対する音楽を活用した取り組みの有効性が示されたと考えられる。
著者
木村 直弘 KIMURA Naohiro
出版者
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター
雑誌
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13472216)
巻号頁・発行日
no.15, pp.131-160, 2016-03

2015年春,再び「世界のTOMITA」がクローズ・アップされた。4月23日から5月30日の約一ヶ月間に世界25カ国から42の芸術団体や104のバンド他が北京を訪れ,室内,野外,合わせて計150ステージが上演される第15回北京国際芸術祭「相約北京」(「北京で会いましょう」の意。中国文化省,国家報道出版ラジオ映画総局,北京市人民政府による共同主催の,春季開催としてはアジア最大級の国際アート・フェスティヴァル)に,冨田勲作曲の《イーハトーヴ交響曲》が,日本から唯一招待されたプログラムとして,5月20日に北京世紀劇院で河合尚市指揮による中国中央音楽院のオーケストラ「EOS交響文献楽団」と岩手県人を中心とした合唱団「混声合唱団IHATOV FRIENDS」およびCGアーティストKAGAYAによって中国初演され,会場を埋めた1700人の聴衆から大好評を博したのである(1)。1974年には米国RCAから発売されたレコード(国内への逆輸入アルバム名『月の光――ドビッシーによるメルヘンの世界』)が日本人によるものとしては初めてグラミー賞にノミネートされ,翌年には次作アルバム『展覧会の絵』がビルボード・キャッシュボックスの全米クラシック・チャートの第一位を獲得して,作曲家冨田勲はシンセサイザー音楽の分野で一躍「世界のTOMITA」となった。さらに冨田は,1980年代には,世界平和の希求をコンセプトに,オーストリアのドナウ川で「宇宙讃歌」(1984年),米国のハドソン川で「地球讃歌」(1986年)と銘打たれた,超立体音響「TOMITA Sound Cloud」による壮大な野外イヴェントを成功させ,また,1998年には日本の伝統楽器,オーケストラ,シンセサイザーを融合させた《源氏物語幻想交響絵巻》をロサンゼルス,ロンドンで上演するなど,世界的に活躍してきた。そして,こうしたこれまでの国際的な活躍に対して,Japan Foundationによる平成27(2015)年度国際交流基金賞が,「~(前略)~近年は宮沢賢治の世界を描いた「イーハトーヴ交響曲」において,全世界の若者たちに絶大な人気を誇るボーカロイド(ヴァーチャル・アイドル・シンガー)の初音ミクをソリストに起用して話題を集め,今年5月には中国政府からの要請で「イーハトーヴ交響曲」北京公演を大成功させるなど,83歳を迎えてなお,日本文化紹介と国際相互理解の増進に大いに貢献し続けている」その「功績を称え,今後益々の活躍を期待」して,2015年8月27日に冨田に授与されている(2)。しかし,冨田が齢80を越えてから再び世界的に注目を集めたこの《イーハトーヴ交響曲》が,ヴァーチャル・アイドル・シンガー「初音ミク」をフィーチャーしてはいるものの,基本的には,同じく世界平和と希求したベートーヴェンの交響曲,特に《第九交響曲》以降,クラシック音楽の王道的ジャンルとなった「交響曲」であることは看過されてはならない。筆者はすでにこの「交響曲」に取材した2本の論考(3)で,宮澤賢治におけるベートーヴェン《第九交響曲》のいわゆる〈歓喜の歌〉からの影響について指摘してきたが,本稿は,いわば《イーハトーヴ交響曲》に関する拙論三部作の締めくくりとして,これまでその意味について言及してこなかった,いわばこの曲の構成原理とも言える音楽引用の問題について考察する。音楽における引用の問題については数多くの先行研究があるが,この交響曲はそうした先行研究の射程では捉えきれない内容をもつ。そこで,本稿では,改めて「ノスタルジア」という視点を設定し,それらが音楽引用という構成原理によっていかにこの交響曲で効果的に機能しているかを捉え直すことによって,この交響曲だけでなく,本家本元の宮澤賢治作品についての新しい視角をも提示することを目的としている。
著者
遠山 潤 Jun Tohyama
出版者
久留米大学文学部
雑誌
久留米大学文学部紀要. 情報社会学科編 = Bulletin of Faculty of Literature, Kurume University. Information Sociology (ISSN:13481010)
巻号頁・発行日
no.15, pp.1-11, 2020-03-31

本稿は,『シカゴ・スタイル:研究論文執筆マニュアル』(A Manual for Writers of Research Papers, Theses, and Dissertations)が,7版(2007)から8版(2013)を経て9版(2018)に至るまでの11年間に,インターネット上に存在する情報を論文に引用する時の取り扱い方をどのように変化させてきたのか,という問いに対する調査の結果報告である.最初に7版,8版,9版の第1章-第26章の目次構成全体を概観し,次に第15章-第17章の目次と本文の変化を比較した.本文は,オンライン情報の引用に関わる変化を対象とした.その結果,第1章-第26章の目次構成全体は変わらないものの,9版の第17章 17.5-17.10については,目次の配列順序・階層構造・用語選択すべてに再編の跡が見られた.オンライン資料そのものに関し,7版は非公式なものであり本質的に信頼性が劣ると評価したが,8版9版はオンライン情報は変更を受けやすく権威と信頼性が疑われるという指摘に留まった.オンラインの学術雑誌記事に関し,7版は新種の資料として独立した目次を立てていたが,8版9版は特別の目次を立てず,オンラインの記事を媒体の違いとして指示・例示し,記事一般として扱うようになった.原典を同定する要素として,7版8版は広くアクセス日を認めていたが,9版では,原則としてアクセス日を認めず,DOI の方を重要視するようになった.
著者
温井 亨
出版者
社団法人日本造園学会
雑誌
造園雑誌 (ISSN:03877248)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.79-84, 1992
被引用文献数
5 7 3

5年にイタリアで制定されたガラッツ法は, 国土の風景の荒廃を防ぐため, 海岸線から300m以内の国土の全域等を風景規制下に置くと同時に, 州に風景計画の策定を義務づけ, 策定までのあいだの暫定措置として, さらに規制地域内等に建築禁止区域を設けた。本研究では, こうした極めて大胆な内容を持っガラッツ法の背景を, 州制度導入による地方分権, 保全対象の拡大過程, 風景の公共性と私権制限の関係という3つの側面から歴史的に考察し, 同法の法的性格を明らかにした。

4 0 0 0 OA 共生論再考

著者
曽和 信一
出版者
四條畷学園短期大学
雑誌
四條畷学園短期大学紀要 (ISSN:18811043)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.5-15, 2015-05

本稿では、まず「鶴女房」を素材として、鶴の恩返しと恩送りの問題から出立した。等価交換と密接に関連した「恩返し」と贈与交換と連関した「恩送り」という考え方について、等価交換と贈与交換のバランスをとっていくことの必要性について考察した。それに次いで、「無縁・公界・楽」と「アジール」について論じたが、孤立(死)と関わった無縁社会とは異なり、もうひとつの無縁社会について、網野善彦氏と阿部謹也氏の所論を踏まえて言及したところである。そして、「鶴女房」という民話を題材にして、『夕鶴』という民話劇に翻案した木下順二氏の創作の内実を検討するとともに、現代社会が抱える自然と人間、人間と人間の「共生」というアポリアな課題について考察したところである。