著者
久保 倫子 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 = Geographical review of Japan (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.5, pp.460-472, 2011-09-01
参考文献数
21
被引用文献数
8

本研究は,「メジャーセブン」と呼ばれる主要なマンション事業者によるマンション供給の特性および供給戦略を分析し,1990年代後半以降の東京都心部におけるマンション供給の変化を明らかにすることを目的とした.1990年代後半以降,東京都心部においては「コンパクトマンション」と呼ばれる小規模世帯向けの分譲マンションが供給されるようになった.メジャーセブンによるコンパクトマンションの供給は2000年以降単身女性向けに始まった.2005年以降は,単身男性や核家族による都心部でのマンション需要が顕在化したことを受けて,事業者によって,超高層マンションの供給を中心としコンパクトマンションをこれに取り込んだものや,高級なコンパクトマンションに特化したブランドを確立したもの,さらに東京周辺区部での比較的安価なコンパクトマンションの供給を進めたものなどに分化していった.事業者によって,コンパクトマンションの供給地域や販売価格,対象とする世帯が異なるため,東京都心部においてはコンパクトマンションの供給戦略は多様化した.これによって,東京都心部においては,住宅タイプによる居住分化がより複雑化したと考えられる.
著者
滝沢 直樹 森田 浩庸 滝沢 久美子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.C0267, 2007

【はじめに】<BR> 若い男性にとって性行為は、重要なQOLの一つと考えられる。今回、膝関節拘縮により性行為時の体位が制限されていた症例が、2年以上の理学療法を行い正常位・後背位が可能になったのでここに報告する。<BR>【症例紹介】<BR> 35歳、男性、左下腿骨骨折(GASTILOIII-C)。2002年12月仕事中建設重機に挟まれ受傷、10ヶ月間創外固定にて膝完全伸展位をとり、その間、前傾骨筋切除、皮膚移植、足関節固定術を受けた。2004年2月関節受動術を受けた。<BR>【経過】<BR> 2004年4月より当院外来リハ開始、膝関節屈曲60°であった。2004年5月に「性行為時に、正常位ができずに困っている」という訴えを受け、体位獲得のための関節可動域運動(以下ROMex)中心の理学療法を開始した。動作練習として、四つ這い位にて膝を固定し骨盤を前後傾させるClosed Kinetic Chainを行った。2004年11月膝関節90°まで改善したが膝関節の違和感(筋の張り)の訴えがあり正常位での性行為ができなかった。そこでROMexに加え、軟部組織へのアプローチと筋活動をより増加させるために、膝立ち位での動作練習も行った。2005年3月には、膝関節屈曲100°となり軟部組織の柔軟性も向上し、性行為時の膝の違和感は減少した。2005年5月から仕事を始めるようになり、運動量が増加、軟部組織の柔軟性も明らかに向上していった。練習開始から14ヶ月後の2005年7月末、膝関節屈曲100°、正常位での性行為が可能になった。さらにROMex、軟部組織へのアプローチ、動作練習を継続し13ヵ月後、2006年8月中旬には、後背位にての動作も可能になった。この間膝関節屈曲100°で変化は無かった。<BR>【考察とまとめ】<BR> 性行為時の動作獲得のためには、関節可動域の改善は当然であるが、スムースな動きを出す筋活動も求められた。本症例では社会復帰の結果、活動量の増加し、筋活動も増していったことが目標の達成のための大きな要因となったとも考えている。<BR>この症例にとって12ヶ月以降関節の可動域に変化は無かったが、性行為時の動作を再学習するためには、27ヶ月のアプローチは必要であった。<BR>今回の症例のように、青年層が重症外傷によって膝に障害が残るケースもある。このような場合、性行為などのQOLを考慮したサービス提供も考えていく必要がある。<BR><BR>【謝辞】<BR>本症例には、発表に際し内容、個人特定されないよう配慮する旨を説明し、快諾を頂いたことに感謝します。
著者
牧園 清子
出版者
松山大学 総合研究所
雑誌
松山大学論集 (ISSN:09163298)
巻号頁・発行日
vol.29, no.6, pp.55-92, 2018-02
著者
志茂 碩敏
出版者
東洋史研究會
雑誌
東洋史研究 (ISSN:03869059)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.456-405, 2001-09

Faced with imminent dissolution of the Ilkhanate, Ghazan Khan determined that he would reflect on the strong unity of the tribal confederation and embarked on the compilation of a dynastic history simultaneously with the expedition against Syria. Ghazan himself recounted in detail the long-term ties between the hereditary retainers, nokor, amir-ibuzurg, of the various Mongol tribes and the Chinggisid house in the Persian language History of the Mongols, Tarikh-i Mughul. The work is an utterly unique and extremely valuable source providing first-hand knowledge of the inner workings of the nomadic tribal confederation of the Mongol empire in the voice of a Mongol emperor himself, but the various scholars who have gone through the Persian text have failed to comprehend the fundamental structure of the tribal confederation. This has been due to the fact that they proceeded to consider the entire work without comprehending the meaning of the terms buzurg, the Chinggisid house, and amir-i buzurg. hereditary retainers. A close analysis of the long-term ties of the hereditary retainers and the Chinggisid house across the breadth of the Mongol empire reveals the following points. ・The strength of the bonds between the Chinggisid house and individual Mongol tribes was common to each urus of the Mongol empire, and the structure of the Mongol ruling class in each urus was nearly identical. ・Those who served the qa'an and khan, the Chinggisid house, and who held high-ranking and vital posts inherited from their ancestors, and were charged with the management of the urus were retainers from particular lineage groups within special tribes with especially strong bonds to the Chinggisid house, such as fictive kin, fathers-in-law, sons-in-law, tutors (atabek), adopted children, the children of wet-nurses (kukaltash), and subjects who came from families of hereditary vassals who had served Chinggis Khan's ancestors for generations. If Persian language historical sources and those written in Chinese are read with care and insightfully, it will surely become clear that in other nomadic states as well as the Mongol empire and in its successor states, tribal confederations were formed, and the royal family and their fictive kin occupied the core of the political regime.
著者
菅 良樹
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.287-311, 2012-09

本稿では、幕末期における大坂町奉行の動向について初めて具体的に検討し、幕臣川村修就の「家」についても論じた。使用した主な史料は、川村自筆の「日新録」と称する町奉行在任中の「日記書抜」である。この記録が、新潟市歴史文化課に残存していたことは、幕末期の大坂を考察するにあたり僥倖であったといえよう。川村は、両町奉行所での御用日、内寄合と、城代上屋敷での宿次寄合を軸に、町奉行所行政を統括していた。町奉行は宿次寄合開催日以外にも、「触書」の作成や刑罰の決定に関して城代土屋寅直と用談をしていた。川村と相役の佐々木顕發は、大坂の経済復興を期するため、城代をとおして老中阿部正弘に「伺」を立て、「取調書」作成に腐心していた。さらには、欧米列強の軍艦に対する海防費が増大するなかで、町奉行にとって大坂の富裕者からの上納金徴収が重要な責務となっていたが、この嘉永七年(安政と改元)には、プチャーチン来航問題や津波被害からの復興に取り組むことも喫緊の課題であった。このため、川村は御用日、宿次寄合などに出席できなくなっていたのである。川村は荻野流砲術免許皆伝の技能を有し、和歌や書画にも精通していた。川村家は「将軍家御庭番」の家筋で、少禄の幕臣ではあったが、修就は軍事を核に、外交、民政をはじめ幅広い分野に通暁する俊才であったので、大坂町奉行に抜擢されていたと解される。ロシア軍艦来航問題については、城代の土屋が老中の阿部に「伺」を立て、その「差図」に従い、町奉行の川村が最前線で対処していたと認識できた。その一方、被災地復興については、大坂町人の自治能力に依拠しつつも、非常時であるので、川村は「自立的・主体的」に活動していたと論じた。川村自身が大坂市中を頻繁に見廻り、復興の手順を直接指示し、その費用には、川浚冥加金が割り当てられていたことが明らかとなった。修就が同伴していた孫の清雄は、在坂時田能村直入の弟子となり画法を磨き、その後明治洋画草創期の指導者になった。日本の近代化に際し諸分野で貢献した幕臣の子弟に注目する必要があるであろう。
著者
稲垣 伸一
出版者
山梨英和大学
雑誌
山梨英和短期大学紀要 (ISSN:02862360)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.170-158, 1995-12-10

19世紀末アメリカの消費社会では、人々の購買意欲を刺激して消費へと向かわせるさまざまな戦略が登場した。その代表として挙げられるのが、豊富な商品を分類し、効果的に照明をあててショーケースの中に入れたデパート、さらにその展示の場を印刷物に移したカタログ商法である。消費社会の中で商品は必要に迫られて購入されるより、展示の方法や広告によってイメージが増幅させられた結果購入されるものへとその性質が変えられていく。言い換えれば商品はその本質的価値のために実用に供されるのではなく、豊かさや知的満足などへの欲求を充足するものとして流通し、人々の欲望を刺激する記号へと変化した。ヘンリー・ジェイムズの『ポイントンの蒐集品』では、集められた美術品や骨董品がそれ自体の価値よりも、登場人物たちの共通のコードの中で負わされた役割ゆえに争われると考えられる。本稿では、登場人物により意味が変化させられる蒐集品の性質を消費社会という文脈の中で読み、同時にそこに込められた作者ジェイムズのアメリカ消費文化に対する感情についても検討していく。
著者
田中 八州夫
出版者
同志社大学
雑誌
同志社政策科学研究 (ISSN:18808336)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.209-221, 2013-03

研究ノート・資料(Note)2000年に創設された介護保険制度は、それまで主に女性が担ってきた家庭内での介護を、社会全体で支えることを目的に創設された。そして、わが国の介護保険制度は「介護を要する状態」の要介護者だけでなく、「介護を要する状態に陥るおそれがある」要支援者も介護保険での給付対象としている。2000年の介護保険制度の創設後、要支援や要介護1の軽度認定者が著しく増加した状況に対応するため、2005年の法改正で介護予防の拠点として地域包括支援センターが創設された。しかし、その後も要支援認定者等の軽度認定者は増加を続け、地域包括支援センターは介護予防支援業務に忙殺され、本来の業務である包括的支援事業に取り組む余裕がない状況が続いている。2000年に創設された介護保険制度の検討過程において、軽度者に対して予防的給付を行うことは、保険事故に対して給付を行う保険制度の原則に反するのではないかという意見も多く出された。しかし、最終的には要介護と要支援は一体のものとして取り扱うべきであると結論づけられ、要支援認定者に対しても予防給付が行われることとなった。介護保険の本来の目的である「介護の社会化」の「介護」の概念から逸脱しているケースが多くみられる現状に対し、本論文では、要支援者に対する予防給付が過剰に発生するメカニズムについて、申請時の状況、それに続く要介護認定における認定調査と介護認定審査会およびケアマネジメントの各プロセスの状況分析をもとに考察を行うことで、申請・利用の件数が増加する仕組みを明らかにしていく。
著者
浜田 泰彦 河戸 愛実
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.104, pp.107-127, 2020-03-01
著者
中村 唯史
出版者
山形大学
雑誌
山形大学人文学部研究年報
巻号頁・発行日
vol.3, pp.29-44, 2006-02-20

日本のある種のマンガ(いわゆる「少女マンガ」)には,一時期,他の芸術にはない独自の言語位相が認められた。図1における中央部白ヌキの言葉は,その一例である。1981年にこのページに驚いた私は,その後少女マンガをよく読むようになったが,それは主としてこの位相に引かれたためであった。これはマンガを描く能力を持たない私のような者には,なかなか実現できない位相である。このような言葉は,他の芸術ジャンルでは,たとえマンガの隣接領域である文学やアニメにおいてさえ,作り出すことが容易ではない。白ヌキの言葉(「ハンプティ/ダンプティ/死んでしまった/白ねずみ, くだけた/ガラス/食べちゃった/お菓子,すべて/もとには/もどらない」) それ自体はいうまでもなく『マザーグース』の歌詞であり,文学の領域においてすでに実現されているものだ。したがってこの言葉が少女マンガ独自の位相を帯びているというのは,言葉それ自体によるのではない。この言葉と作中人物たちとの関係や,この言葉が作品世界で果たしている役割が,他の芸術ジャンルにはあまり見られないようなものなのである。この位相を持つ言葉は,形態面についていえば,吹きだしや枠で囲まれることなく,いわばむき出しで画面上に配置されている場合が多い。本稿はこの少女マンガ独自の言語位相の考察を目的とする。ただしここで対象とする言葉の位相は,1970年代から80年代にかけて発達し,一部の少年マンガや劇画にまで影響を及ぼしたものの,1990年前後を境に急速に衰退して,現在ではすでに少女マンガにおいてさえアクチュアルな位相とは見なされていない。1990年代以降に登場した描き手たちの多くは,この言語位相の使用を好まない。
著者
中尾 央
出版者
科学基礎論学会
雑誌
科学基礎論研究 (ISSN:00227668)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.1-8, 2012
参考文献数
46

This paper analyzes modularity in biological and cultural evolution. Evolutionarily modularized or quasi-independent biological traits can vary relatively independently from other traits and have higher variability, and developmentally modularized biological traits have robust developmental processes and higher variability and heritability. First, I point out that these two concepts should not be confused. Second, by focusing on the concept of evolutionary modularity, I argue that it can increase (and actually have increased at least in some cases) evolvability also in the context of cultural evolution if cultures are modularized through looking at some specific examples of cultural evolution.