- 著者
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井上 淳
- 出版者
- 大妻女子大学人間生活文化研究所
- 雑誌
- 人間生活文化研究 (ISSN:21871930)
- 巻号頁・発行日
- vol.2020, no.30, pp.444-456, 2020-01-01 (Released:2020-09-12)
- 参考文献数
- 41
ギリシャに端を発する財政,債務危機で一部では崩壊まで懸念されたユーロだったが,現在は「真の経済通貨同盟へ」の標語のもと,それまで取り組まれてこなかった財政同盟や銀行同盟に向けた取り組みすら進んでいる.EUを分析する理論研究は,それぞれがそうした動向に対する説明能力をもつことを示すために,様々な論考を展開している.本論文は,そのうち,EU理論研究の一大学派を形成しておりEU統合を説明する「ベースライン」だと自らを位置づけているリベラル政府間主義(Liberal Intergovernmentalism)を取り上げ,その説明力を検証する. リベラル政府間主義は,危機後の取り組みがEU内の債権者であるドイツの国益,選好を反映したものであると議論している.ただ,多くの加盟国が参加する制度にかかる選択が特定加盟国のプロフィールで説明されるという結論は,リベラル政府間主義の特徴である選好形成,政府間交渉,制度選択という3段階のモデルを必要としない説明になりかねない.ドイツの意見が,リベラル政府間主義のいう「トランスアクション・コストが下がる」ものだと受け入れられた理由や背景を説明する必要がある.また,欧州中央銀行による国債買い入れ(OMT)決定のように,危機後の対策の全てがドイツの意見の反映ではない.こうしたリベラル政府間主義に見られる説明不足がその静的かつ短期の視座に起因するのであれば,考慮しなければならない問題である. そこで本論文は,経済通貨同盟の提案から今日に至るまでのEUの取り組みを概観した.歴代の経済通貨同盟に関する取り組みは,特定加盟国の国益の反映ではなく,その都度の制度選択は完全な解決でもなかった.経済通貨同盟には,経済や金融面でEUをリードしているドイツよりも,ドイツ・マルクを抑えて対称的な通貨関係を希求するフランスが積極的になっていた.ただ,その制度的なデザインは,フランスの選好,国益通りにはならなかった.それはドイツとて同じであり,各国の国益はそれぞれ部分的にしか反映・採用されていなかったのである. そのうえ,これまでのスネーク,欧州通貨制度,ユーロといった諸制度はいずれも「部分的」な解決,つまり未完成のまま徐々に進んできた.リベラル政府間主義は,この「部分的」あるいは「漸進的」にしか統合が行われていない事実,そしてその部分的な統合では各国の国益が単線的に反映されている訳ではないことを捉えなおすべきである. 初期の経済通貨同盟を実施する直前にこれが破綻したのも,フランスがスネーク(フロート)を離脱したのも,欧州通貨制度が当初不安定だったが1980年代に安定に転じたのも,ドラギ欧州中央銀行総裁がOMT決定にあたって意識したのも,いずれもドイツの通貨や経済政策を評価し,フランス(や危機後はギリシャなど)の通貨や経済評価を懸念する国際金融市場・投機の存在が鍵になっている.加盟国やEUの取り組みを評価する存在がいたからこそ,「部分的」に進められた統合がそれでよしとされることはなく次の危機を招き,加盟国がそれに取り組むことが求められた可能性がある.つまり,統合の進展を説明する際に,加盟国やEU(制度)だけでは説明できない何かを説明要因に加えねばならない可能性がある.今後の研究課題としたい.