著者
奥村 晃史 井村 隆介 今泉 俊文 東郷 正美 澤 祥 水野 清秀 苅谷 愛彦 斉藤 英二
出版者
公益社団法人 日本地震学会
雑誌
地震 第2輯 (ISSN:00371114)
巻号頁・発行日
vol.50, no.appendix, pp.35-51, 1998-03-31 (Released:2010-11-17)
参考文献数
25
被引用文献数
15

The Itoigawa?Shizuoka tectonic line active fault system (ISTL) is one of the longest and the most complex active fault systems on land in Japan with very high activity. The system comprises the northern (55 km long east dipping reverse faults), the middle (60 km long left-lateral strike-slip faults), and the southern (35 km long west-dipping reverse faults) sections. The estimates of the average slip rate range 2 to over 10 m/103 yr in the system. This high slip rate and probable quiescense of the system exceeding 1150 years indicate the possibility of a surface faulting event in the near future. Since historic and instrumental records of seismicity along the ISTL is very poor, geological study on the paleoseismology of the ISTL has an important clue to evaluate the long-term seismic risks of the fault zone. In 1995 and 1996 the Geological Survey of Japan opened six exploratory trenches in the fault system and the results from the three in the northern section are reported in this paper. The Hakuba trench on the Kamishiro fault brought four earthquake events since 6738 BP (dendrocorrected radiocarbon age in calendar year) with the average recurrence interval to be between 1108 and 2430 years. The last event here postdates 1538 BP. The Omachi trench exposed the last event after 6th to 7th century AD and before 12th century at the latest, Only one event after 3rd to 4th century AD was identified in the Ikeda trench. The timing of the last event from each trench is between 500 and 1500 BP, which interval coincides with the timing of the last event in the middle section as well as the 841 AD or 762 AD earthquake reported in historical documents. The dating of the upper age limit of the last event is not precise enough to correlate the event with any of known earthquake. The recurrence interval of the northern section, however, is significantly longer than that of the Gofukuji fault. The difference in the recurrence time from one section to another is concordant with the difference in the apparent slip rate.
著者
楮原 京子 今泉 俊文
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.96, 2003 (Released:2004-04-01)

はじめに鳥取県の西部に位置する弓ヶ浜半島は,美保湾と中海を隔てるように,本土側から島根半島に向かって突き出した砂州であり,主として日野川から供給された砂礫層によって形成された.この砂州は大別して3列の浜堤列(中海側から内浜・中浜・外浜とよばれている)からなり,完新世の海面変化に伴って形成された.また,このうち,外浜は,中国山地で広く行われた「鉄穴流し」による土砂流出の影響を強く受けている(藤原,1972,貞方,1983,中村ほか,2000などの研究). 近年,日野川流域に建設された多数の砂防ダムや砂防堰堤によって流出土砂量が減少し,この砂州の基部にあたる皆生温泉付近では,海岸侵食が深刻化している.筆者らは,空中写真判読と現地調査,既存ボーリング資料,遺跡分布資料などから,弓ヶ浜半島の砂州の形成史と海岸線の変化を明らかにし,その上で,鉄穴流しのもたらした影響,現在深刻化する海岸侵食について2から3の考察を行った.主な結果1.内浜,中浜,外浜の分布形態から,内浜と外浜は,日野川からの土砂供給の多い時期に形成されと考えられる.これに対して,中浜は土砂供給の減少した時期に,内浜を侵食しながら,島根半島発達側へ拡大したと考えられる(図1).3つの浜堤列の形成年代を直接に示す資料は得られてないが,完新世の海面変化やボ[リング資料,浜堤上の遺跡の分布,鉄穴流しの最盛期等から考えると,内浜は6000から3000年前頃に,中浜は3000年から2000年前頃に,外浜は1000から100年前頃に,それぞれ形成された浜堤と推定される.2.各浜堤の面積・堆砂量(体積)を試算した.面積は地形分類図とGISソフトMapImfo7.0によって求めた.体積は半島を6地区に分割し,各地区の地質断面図から,各浜堤断面形を簡単な図形に置き換えて計測した断面積を浜堤毎に積算した.この場合,下限は海底地形が急変する水深9m(半島先端では-4m)までを浜堤堆積物と見なした.各浜堤の面積および堆積は図2に示す.3.各浜堤形成に要した時間を1.の結果とすると,各浜堤の平均堆積速度は,それぞれ内浜が1.56*105m3/年,中浜が0.58*105m3/年,外浜が1.61*105m3/年となる.外浜は,内浜の堆砂量の3分の1程度ではあるが,両者の速度には大差はない.つまり,鉄穴流しがもたらしたと考えられる地形変化は,完新世初期の土砂流出速度に匹敵する.これに対して,中浜の堆積速度は,内浜・外浜に比べると半分以下で明らかに遅い.4.日野川からの流出土砂の減少に伴って,弓ヶ浜半島基部では活発な侵食作用が始まる.中浜の面積を形成期間で除した値(0.14*105m2/年;浜堤の平均成長速度)より小さい区間では,侵食が卓越すると考えられる.現在の状況が中浜と同じとすると,侵食が著しい皆生海岸線(長さ3.5kmの区間)では,侵食速度は少なくとも平均約4m/年と見積もられる.この平均成長速度に基づいて,海岸線侵食速度を,弓ヶ浜海岸で行われた最近の土砂動態の実測値(日野川工事事務所,2002)と比較すると,例えば,皆生工区(3.32km区間)では,4.24m/年(実測値4.38m/年),工区全域(8.95km区間)では,1.57m/年(実測値2.65m/年)となり,ほぼ実測値と近似する.今回作成した地下断面は,主としてボーリング資料の記載内容と既存文献に基づくものであったので,今後は,試錐試料から,粒度分析,帯磁率,年代測定等を行い,確かなデータとしたい.
著者
今泉 俊文 楮原 京子 大槻 憲四郎 三輪 敦志 小坂 英輝 野原 壯
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.5, 2006 (Released:2006-05-18)

1.はじめに 陸羽地震(1896年)は,千屋断層が引き起こした典型的な逆断層タイプの地震であり,世界的に見ても歴史地震としては数少ない逆断層の例の一つである.これまで本断層を対象に地形・地質調査,トレンチ調査,反射法地震探査・重力探査等いろいろな調査研究がおこなわれてきた.演者らは,千屋丘陵の西麓・花岡で,陸羽地震時の断層露頭を発見した.地表トレースが地形境界に沿って湾曲することが明確になり,逆断層の先端(地表)から地下に至る断層の形状・構造が複雑であることがわかった,その形成過程とあわせて検討することが必要である.2.断層線 花岡・大道川(菩提沢)の河岸において断層露頭を発見した.この場所は,千屋丘陵西麓(断層崖)から300m程山側(東側)に入り込んだ沖積扇状地の扇頂付近にあたる.露頭の標高は,丘陵前面の断層崖基部に比べて高い.つまり,断層線は地形境界に沿うように湾曲する(図1).松田ほか(1980)は,花岡では断層が扇央を通過すると考えていたが,地籍図・土地台帳図の解釈からは,山際を通過することが指摘されていた(今泉・稲庭,1983).このような崖線の湾曲は,逆断層の特徴でもある.中小森のトレンチ調査現場(天然記念物保存地)の小谷で行われたボーリング調査結果から,このような断層線の湾曲は,地表近くで断層の走向または傾斜が変化(地下から地表に向かって雁行)することによって生じると考えた(今泉ほか,1986).花岡の谷(大道川)は.千屋丘陵の開析谷では谷幅も広い.谷幅に応じて湾入の程度が変わるとすれば,断層面の形状の変化も,谷幅に比例した深度から生じていると考えるべきだろう.この露頭の脇を通って(せせらぎ公園のある沢沿い),1996年に活断層を横切る反射法地震探査がはじめて実施され,千屋断層がemergent thrustであることや,この断層に沿って断層上盤側が東側へ傾動する構造などが明らかにされた(佐藤ほか,1998). 逆断層露頭を直接観察できる地点(一丈木・赤倉川河岸など)や,明瞭な地震断層崖が連続する場所は,千屋丘陵の麓でも,大局は断層線がほぼ北北東〓南南西走向を示す区間である.これに対して,走向が変わる千屋丘陵北端部や南端部では,断層上盤は撓曲変形を示し,陸羽地震時の断層の詳細な位置や変位量は不確かである.北端部や南端部では,逆向き断層を含めた副次的な断層によって,上盤側に数列の背斜状の高まりが生じている.3.断層露頭 上盤側の新第三紀層と段丘堆積物が下盤側の地震前の地表に衝上(傾斜は約30度)して.そこに崖高1.2m程の低断層崖を形成している(崖の上にはかつて小規模な発電所があった).断層に沿っては,砂礫層の回転・引きずりが明瞭である.この地形面(砂礫層の堆積の)年代を知るために年代を測定中である.あわせてこの露頭から陸羽地震以前の活動についても(その時期も含めて)詳細を検討中である.
著者
平野 信一 中田 高 今泉 俊文
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.17-30, 1979-05-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
38
被引用文献数
3 8
著者
小坂 英輝 楮原 京子 今泉 俊文 三輪 敦志 阿部 恒平
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.6, pp.493-504, 2013-11-01 (Released:2017-12-08)
参考文献数
16

本論では,平野側に大きく湾曲する形状をもつ逆断層のセグメンテーションを検討するために,北上低地西縁断層帯・上平断層群南端部に発見されていた断層露頭を精査した.また,断層露頭周辺の断層変位地形の記載をあわせて行い,断層活動履歴,平均上下変位速度および単位実変位量を求めた.断層露頭の断層は,新第三系の凝灰岩が段丘堆積物に対して48°以上の高角度で衝上する構造をもち,右横ずれ変位を伴う逆断層である.その断層活動は最終氷期後期以降に少なくとも4回,平均上下変位速度は0.3±0.1 m/千年程度,単位実変位量は2.4~3.4 mと推定される.これらの諸元は上平断層群中央部のそれらと同等であり,上平断層群南端は断層セグメントにおいて活動度が低くなるとされる断層末端の特徴を有しない.すなわち,湾曲という断層の平面形態は必ずしも断層セグメントの認定基準にならないことを示唆している.
著者
東郷 正美 長谷川 均 後藤 智哉 松本 健 今泉 俊文
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.111, 2010

ヨルダン高原の北西端部に位置するウム・カイスは、古代都市ガダラに起源もつ遺跡の町である。ガダラは63 BCのポンペイウスよる東方遠征後、デカポリスの中心的都市となって大いに栄えた。しかし、749年に起こったパレスティナ大地震によって壊滅し、以後再興されることはなかったとされる。749年の大地震は、死海トランスフォーム断層に沿う活断層帯の活動で生じたM 7クラスの地震とみられている(Marco et.al, 2003など)。<BR> ウム・カイス遺跡を調査する機会に恵まれた演者らは、749年大地震のガダラ壊滅への関与を示す明確な証拠を求めて、発掘調査で露出した多数のローマ円柱に注目し、その出土特性を調べた結果、以下のような知見を得た。<BR><BR> 1)底面の縁が欠けている円柱が多数見いだされる。<BR> 2)このような底面縁に欠損部が認められる円柱を、64例見つけたが、その 多く(53例)は、円柱表面に特徴的な溶食帯(ひとつの接線に沿い一定の幅 をもって柱の両端に達するように生じている)を伴っていた。<BR> 3)このような溶食帯が上記の底面縁欠損部と対置するように発達するもの が、36例もある。<BR> 4)倒れた方向が判定できる円柱が36例あった。それらの方向性に注目する と、12例がほぼ東西方向、13例が南北方向を示し、この2方向への集中度 が高い。残りの11例はいろいろな方向に分散している。<BR> 5)倒壊した円柱とローマ時代の生活面との間に、10~数10cm、ところによ ってはそれ以上の厚さを持つ堆積物が存在することが多い。<BR> 6)倒壊円柱包含層の年代を把握するため、その上・下位層準中より年代 測 定試料を採取して14C年代測定を試みたところ、1870±40yBP、1740 ±40yBP(以上、下位層準)、1760±40yBP、1730±40yBP(以上、同または 上位層準)とほぼ同時代を示す結果が得られた。<BR><BR> 上記1)の底面縁の欠損部は、円柱が倒れる際に支点となった部分にあたり、この時柱の全過重がここに集中することで破壊が生じて形成されたと推定される。上記2)3)の溶食帯は、円柱が倒れた後、風雨にさらされてその頂部(嶺線付近)から溶食が進行したこと、しかし、溶食は円柱全面に及ぶことなく、また、浸食量も大きいところでも深さにして1cm程度であることから、円柱はまもなく埋没したものと思われる。多くの事例が以上のように同じような痕跡をとどめていることは、建物の倒壊が同じ原因で一斉に生じたことを示唆する。<BR> 上記4)は、倒壊した円柱群に、大地震の地震動による倒壊を思わせる全体的に系統だった方向性が明確に認められないことを示している。上記5)は、建物の一斉倒壊事件に先立ち、ガダラは市街地への大量の土砂に侵入を許していたことを意味しており、この時にはすでに都市維持機能は失われていたことを表している。その時代は、上記6)から4C初頭を前後する頃と推定されるので、ガダラの終焉に749年パレスティナ大地震は無関係と考えられる。
著者
楮原 京子 田代 佑徳 小坂 英輝 阿部 恒平 中山 英二 三輪 敦志 今泉 俊文
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.221-241, 2016-04-25 (Released:2016-05-12)
参考文献数
47

We should understand the earthquake potential in and around Quaternary fault zones, in view of recent destructive inland earthquakes at previously unknown active fault zones in Japan. The Senpoku Plain and its surrounding areas are characterized by high seismic activity in northeast Japan, highlighted by four destructive earthquakes, M 6.8 in 2008, M 6.4 in 2003, M 6.5 in 1962, and M 7.0 in 1900, which occurred during the past 100 years, although few geomorphic features indicate active faulting. A comprehensive survey was conducted on the tectonic geomorphology in the area to understand the structural and geomorphic expression of the Ichinoseki–Ishikoshi Flexure Line (IIFL), which suggests Quaternary activity. Geological and geomorphical mapping shows that the IIFL is located between the Kitakami Lowland Fault Zone and the Senpoku Plain. The IIFL extends about 30 km from Isawa to Ishikoshi with a slightly sinuous trace. A high-resolution seismic reflection profile and a gravity profile define the subsurface geometry of the IIFL. The IIFL is interpreted to be a steeply west-dipping reverse fault. The Pliocene Kazawa and Yushima Formations typically dip 40° to 20°E along the IIFL, and are overlain by the Pleistocene Mataki Formation, which becomes thinner toward the fold axis of the IIFL, and their dips decrease progressively upward. This suggests that the Mataki Formation was deposited concurrently with fault activity of the IIFL. Fission-track dating of a tuff layer within the uppermost section of the Kazawa Formation indicates that active reverse faulting of the IIFL began at about 2 Ma. At least 280 m of the tectonic uplift is consumed by active faulting and the average uplift rates are estimated to be 0.14–0.08 mm/yr. Vertical separations of Hh surface are about 15 to 40 m. Heights of fold scarps on L1 surface are about 2 m. Their ages are determined to be 0.4–0.5 Ma for Hh and 24–12 ka for L1, respectively. Therefore, the Quaternary average uplift rates of the IIFL are estimated to be 0.03–0.17 mm/yr. Quaternary activity of the IIFL is weak, but there are differences in the magnitude of dissection in the Iwai Hills between the hanging-wall and the footwall of the IIFL.
著者
鈴木 毅彦 斎藤 はるか 笠原 天生 栗山 悦宏 今泉 俊文
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.1-16, 2016-02-01 (Released:2016-03-15)
参考文献数
39
被引用文献数
6

東北日本弧南部,福島県会津坂下町で得た3本のボーリングコアからテフラを検出し,これらの認定を行い会津盆地中西部地下のテフラ層序を確立した.また放射性炭素年代測定も実施し,それらの結果と合わせて盆地堆積物の年代と堆積速度を求めた.地下約100m以浅の堆積物はシルト・泥炭・砂を主体とし,ところにより礫層やテフラを挟む.認定したテフラは上位からNm-NM(5.4ka),AT(30ka),DKP(55~66ka),Nm-KN,Ag-OK(<85.1ka),TG(129ka),Sn-MT(180~260ka)である.最長コアから得た堆積速度は,地表/DKP間で0.46~0.55m/kyrs, DKP/TG間で0.19~0.23m/kyrsである.
著者
岡田 真介 坂下 晋 今泉 俊文 岡田 篤正 中村 教博 福地 龍郎 松多 信尚 楮原 京子 戸田 茂 山口 覚 松原 由和 山本 正人 外處 仁 今井 幹浩 城森 明
出版者
社団法人 物理探査学会
雑誌
物理探査 (ISSN:09127984)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.103-125, 2018 (Released:2018-12-28)
参考文献数
43
被引用文献数
2

活断層の評価を行うにあたっては,断層の地下形状も重要な情報の1つである。地下数十m以深の情報は,主に物理探査の結果から得ることができる。これまでには,物理探査は横ずれ活断層にはそれほど多く適用されてこなかったが,本研究では各種の物理探査を行い,横ずれ活断層に対する物理探査の適用性について検討した。対象地域は,近畿地方北西部の花崗岩地域に分布する郷村断層帯および山田断層帯として,4つの測線において,多項目の物理探査(反射法地震探査・屈折法地震探査・CSAMT探査・重力探査)を実施した。その結果,反射法地震探査は,地表下200〜300 m程度までの地下構造を,反射面群の不連続としてよく捉えていた。しかし,活断層の変位のセンスと一致しない構造も見られ,他の物理探査の結果と比較する必要があることがわかった。屈折法地震探査は,原理的に断層の角度を限定することは難しいが,横ずれ活断層の運動による破砕の影響と考えられる低速度領域をよく捉えることができた。CSAMT探査では,深部まで連続する低比抵抗帯が認められ,地下の活断層の位置および角度をよく捉えていたが,活断層以外に起因する比抵抗構造変化も捉えていることから,他の探査との併用によって,その要因を分離することが必要である。重力探査は,反射法地震探査と同様に上下変位量の小さい横ずれ活断層に対しては適さないと考えられてきたが,測定の精度と測定点密度を高くすることにより活断層に伴う重力変化を捉えることができた。
著者
楮原 京子 今泉 俊文
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.96, 2003

はじめに鳥取県の西部に位置する弓ヶ浜半島は,美保湾と中海を隔てるように,本土側から島根半島に向かって突き出した砂州であり,主として日野川から供給された砂礫層によって形成された.この砂州は大別して3列の浜堤列(中海側から内浜・中浜・外浜とよばれている)からなり,完新世の海面変化に伴って形成された.また,このうち,外浜は,中国山地で広く行われた「鉄穴流し」による土砂流出の影響を強く受けている(藤原,1972,貞方,1983,中村ほか,2000などの研究). 近年,日野川流域に建設された多数の砂防ダムや砂防堰堤によって流出土砂量が減少し,この砂州の基部にあたる皆生温泉付近では,海岸侵食が深刻化している.筆者らは,空中写真判読と現地調査,既存ボーリング資料,遺跡分布資料などから,弓ヶ浜半島の砂州の形成史と海岸線の変化を明らかにし,その上で,鉄穴流しのもたらした影響,現在深刻化する海岸侵食について2から3の考察を行った.主な結果1.内浜,中浜,外浜の分布形態から,内浜と外浜は,日野川からの土砂供給の多い時期に形成されと考えられる.これに対して,中浜は土砂供給の減少した時期に,内浜を侵食しながら,島根半島発達側へ拡大したと考えられる(図1).3つの浜堤列の形成年代を直接に示す資料は得られてないが,完新世の海面変化やボ[リング資料,浜堤上の遺跡の分布,鉄穴流しの最盛期等から考えると,内浜は6000から3000年前頃に,中浜は3000年から2000年前頃に,外浜は1000から100年前頃に,それぞれ形成された浜堤と推定される.2.各浜堤の面積・堆砂量(体積)を試算した.面積は地形分類図とGISソフトMapImfo7.0によって求めた.体積は半島を6地区に分割し,各地区の地質断面図から,各浜堤断面形を簡単な図形に置き換えて計測した断面積を浜堤毎に積算した.この場合,下限は海底地形が急変する水深9m(半島先端では-4m)までを浜堤堆積物と見なした.各浜堤の面積および堆積は図2に示す.3.各浜堤形成に要した時間を1.の結果とすると,各浜堤の平均堆積速度は,それぞれ内浜が1.56*105m3/年,中浜が0.58*105m3/年,外浜が1.61*105m3/年となる.外浜は,内浜の堆砂量の3分の1程度ではあるが,両者の速度には大差はない.つまり,鉄穴流しがもたらしたと考えられる地形変化は,完新世初期の土砂流出速度に匹敵する.これに対して,中浜の堆積速度は,内浜・外浜に比べると半分以下で明らかに遅い.4.日野川からの流出土砂の減少に伴って,弓ヶ浜半島基部では活発な侵食作用が始まる.中浜の面積を形成期間で除した値(0.14*105m2/年;浜堤の平均成長速度)より小さい区間では,侵食が卓越すると考えられる.現在の状況が中浜と同じとすると,侵食が著しい皆生海岸線(長さ3.5kmの区間)では,侵食速度は少なくとも平均約4m/年と見積もられる.この平均成長速度に基づいて,海岸線侵食速度を,弓ヶ浜海岸で行われた最近の土砂動態の実測値(日野川工事事務所,2002)と比較すると,例えば,皆生工区(3.32km区間)では,4.24m/年(実測値4.38m/年),工区全域(8.95km区間)では,1.57m/年(実測値2.65m/年)となり,ほぼ実測値と近似する.今回作成した地下断面は,主としてボーリング資料の記載内容と既存文献に基づくものであったので,今後は,試錐試料から,粒度分析,帯磁率,年代測定等を行い,確かなデータとしたい.
著者
松田 時彦 山崎 晴雄 中田 高 今泉 俊文
出版者
東京大学地震研究所
雑誌
東京大學地震研究所彙報 = Bulletin of the Earthquake Research Institute, University of Tokyo (ISSN:00408972)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.795-855, 1981-03-07

The Rikuu earthquake (M = 7. 2) occurred in the Mahiru Mountains in Tohoku district on 31 August 1896. Associated with the earthquake, reverse faults appeared on the surface along the western and the eastern feet of the Mahiru Mountains (Table 1 and Fig. 1), which are known as Senya and Kawafune earthquake faults (YAMASAKI, 1896), respectively. This was the largest on-land surface faulting of reverse fault type among events in historical time in Japan. These surface faults were re-studied.
著者
高田 圭太 中田 高 野原 壯 原口 強 池田 安隆 伊藤 潔 今泉 俊文 大槻 憲四郎 鷺谷 威 堤 浩之
出版者
一般社団法人 日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2003, no.23, pp.77-91, 2003-06-30 (Released:2012-11-13)
参考文献数
28

Large inland earthquakes bigger than Mj 7.2 during the historical past on Japanese islands have mostly been generated from active faults (Matsuda,1998). The 2000 Tottoriken-seibu earthquake of Mj 7.3 (Mw 6.6), however, occurred in the area where distinctive active faults were not mapped before the earthquake, and the surface ruptures associated with the earthquake were small and sparse. Active faults are hardly recognized even by detailed interpretation of aerial photographs after the earthquake but sharp lineaments. In Chugoku district in southwest Japan is characterized by less densely-distributed active faults with lower activities than other areas in Japan, and the 1943 Tottori earthquake of M 7 occurred by reactivation of the Shikano fault with rather obscure fault traces.Taking this condition, in mind, we carried out detailed mapping of active faults and lineaments, and compared with their topographical, geological, seismological and tectonic settings, in order to develop a new technique to find potential seismogenic faults.The results obtained are as follows;1) Active faults and lineaments were not evenly distributed, and the dense zone is recognized along the Japan Sea while the sparse zone in the central part of the district. The active faults known before are mainly located in the dense zone (Fig.1).2) The lineaments mapped are mostly less than 10km long, and half of them strike to NE-SW or ENE-WSW and 30 per cent to NW-SE or WNW-ESE (Fig.2). NE-SW lineaments prevail in the western part of the district, and NW-SW lineaments are systematically distributed only in the western-most and eastern-most area of the district probably reflecting their tectonic setting under the present stress condition.3) Lineaments with poor topographical manifest were not commonly recognized by individual geologist, and were generally short, scattered, isolated, random in strike, and independent from geological structures. These lineaments will not be considered as potential seismogenic faults.4) Epicenters of the small earthquakes are characteristically distributed to the north of the backbone range probably coincided with the past volcanic front. On the contrary, the area to the south of the backbone range the seismicity is sparse, except for several swarms. These seismic condition well matches with the distribution of active faults and well-defined lineaments (Fig.3).5) Most of the active faults and lineaments follow the pre-existed geological faults that had moved opposite direction to the active faulting, indicating their inversion movements under the present stress field.6) Surface ruptures reported as earthquake faults associated with the 2000 Tottoriken-seibu earthquake are considered as results of subsidiary shallow-sheeted faulting spontaneously caused by stain release around the seismogenic faulting in depth, because many of them appeared spontaneously, and not always along rather well-defined lineaments. They are small in extent and displacement. Therefore, it is rather difficult for evaluate such minor surface fault ruptures, but such ruptures may not displace the surface in large extent.
著者
野原 壯 郡谷 順英 今泉 俊文
出版者
日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2000, no.19, pp.23-32, 2000

The horizontal strain rate caused by fault activity for the past several hundred thousand years was calculated using the latest active fault database. Features of fault activity at the scale of the Japanese Islands were estimated, and the results were compared with the strain rates that the pre-existing literature showed.<BR>The strain rate required using the latest active fault database resembles the strain rate requ ired using the pre-existing data on active faults in the Quaternary period (Kaizuka and Imaizumi,1984). The distribution of the strain rate required from active fault data resembles the distribution of the strain rate required from the GPS observations (Sagiya<I>et al</I>.,1999) in many regions, with the exception of the Pacific coast region. However the value of strain rate required from active faults data (10<SUP>-8</SUP>/year) is smaller than the value of strain rate required from the GPS data (10<SUP>-7</SUP>/year). In the region along the Ou Mountains, Northeast Japan, the value of strain rate required from the latest active fault data was nearly equal to the strain rate required from the geological section (Sato,1989).
著者
東郷 正美 池田 安隆 今泉 俊文 佐藤 比呂志
出版者
一般社団法人 日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.1996, no.15, pp.9-16, 1996-11-29 (Released:2012-11-13)
参考文献数
14
被引用文献数
1

The Kamishiro fault, extending for at least 20 km from the north Hokujyo basin to the south of Lake Kizaki, is one of major active faults along the Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line in central Japan. We investigated detailed features of fault morphology along this fault, by interpretation of large scale aerial photographs. It became clear that faulting characteristics at the both ends of the Kamishiro fault are essentially different. At its northern end, the fault has become inactive progressively southward with time. However, the southernmost portion of the fault is still active in Holocene time, and continues southeastward to the Eastern Boundary fault of Matsumoto basin.At the southernmost portion of the Kamishiro fault, we also found evidence that remarkable thrust-front migration have occurred recently. Young offset features along the main portion of the Kamishiro fault suggest that at least one or two faulting events have occurred in Holocene time, and the latest event occurred probably in historic time.
著者
中田 高 木庭 元晴 今泉 俊文 曹 華龍 松本 秀明 菅沼 健
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.29-44, 1980
被引用文献数
40

房総半島南部の完新世海成段丘は,相模トラフに沿って発生する過去の大地震に伴う地殻変動の歴史を記録している.地形的証拠および36個の<sup>14</sup>C年代測定を含む年代資料をもとに,本地域の地殻変動の量と様式について考察した.<br> その結果,本地域は, 6,150年前, 4,350年前, 2,850年前および270年前に急激な海水準の相対的低下があり,これらは,大正・元禄型地震による地震性地殻隆起によるものであると考えられる.地震間の安定期間の長さは,前回の地震時における変位量と比例関係にある.各地震直前の年代と相対的海水準高度をもとに,長期的平均隆起速度を最小二乗法を用いて求めたところ, 3.0mm/年という値が得られた.また,長期的平均隆起速度と各地震間において求められた隆起速度との値の差は,当時の海水準変動の傾向を示すものと考えられる.これによれぽ,約2,700年前ごろには海水準は低下傾向にあり,それ以降,上昇傾向にあるとみることができる.なお,同様の地殻変動様式と海水準変動の傾向は,琉球列島・喜界島の離水サンゴ礁においても認めることができた.
著者
松田 時彦 山崎 晴雄 中田 高 今泉 俊文
出版者
東京大学地震研究所
雑誌
東京大学地震研究所彙報 (ISSN:00408972)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.795-855, 1981-03-07

The Rikuu earthquake (M = 7. 2) occurred in the Mahiru Mountains in Tohoku district on 31 August 1896. Associated with the earthquake, reverse faults appeared on the surface along the western and the eastern feet of the Mahiru Mountains (Table 1 and Fig. 1), which are known as Senya and Kawafune earthquake faults (YAMASAKI, 1896), respectively. This was the largest on-land surface faulting of reverse fault type among events in historical time in Japan. These surface faults were re-studied.
著者
原口 強 中田 高 島崎 邦彦 今泉 俊文 小島 圭二 石丸 恒存
出版者
一般社団法人 日本応用地質学会
雑誌
応用地質 (ISSN:02867737)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.306-314, 1998-08-10 (Released:2010-03-25)
参考文献数
3
被引用文献数
6 13

未固結堆積物を定方位で連続的に採取する方法として独自に考案・開発した地層抜き取り装置と, 建設現場ですでに確立している鋼矢板打ち込み工法を組み合わせた定方位連続地層採取方法を提唱する. 本方法の原理は, 2つに分割したサンプラーを2段階に分けて地層中に差し込んで地盤中で閉合した断面を完成させ, それを同時に地盤から引き抜くことにより, その間に挟まれた地層を定方位で採取する方法である.本方法は, 活断層調査の現状における様々な問題点を克服するために開発されたもので, 2つの事例 (糸魚川-静岡構造線活断層系・神城断層と東京都旧江戸川) を示す. 糸魚川-静岡構造線活断層系・神城断層では幅35cm, 厚さ12cm, 深さ約11mの連続する定方位地層断面を2本採取し, 急傾斜する地層を切る小断層がとらえられた. 東京都旧江戸川では水深5mの川底から深さ約9mにわたって完新世の軟弱な未固結堆積層を幅30cmの地層断面として採取し, 縦ずれ量約25cmの連続する正断層状の地割れを含む地層断面を採取した. これらの採取結果から本方法が, 軟弱な未固結堆積物の定方位連続地層採取方法として広範に有効であることが明らかとなった.
著者
箕浦 幸治 今村 文彦 今泉 俊文
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究では,砂の堆積現象が最も広範囲に現われた869年貞観仙台沖地震津波による堆積物運搬の様式を粒度組成及び堆積相から類推し,津波による流れの水理学的実体を理解するための初期条件を求める堆積学的検討を行った。また,静岡県南伊豆町入間において東海地震津波によって形成された丘陵状の集積土砂堆積物も研究対象とし,堆積物運搬過程の検討を行った。申請設備備品であるレーザー回折式流度分析装置による粒子組成解析結果からは,貞観津波堆積層を構成する砂層の明瞭な陸側細粒化現象が検出された。この現象は堆積物の移動と集積を試行する水槽実験装置の再現結果と調和しており,堆積層の細粒化様式が溯上津波のエネルギー散逸を反映する重要な基準として扱い得る可能性が示されるとともに,水理学的結果と堆積作用の理解から,我が国において特に顕著な災害を及ぼした貞観地震津波・東海地震津波による破局的な流れの堆積学的作用が明らかにされた。この基準は,海岸とその後背平野の成り立ちを理論的に理解する自然地理的条件を与え,更に海岸平野に於ける都市・産業基盤整備に不可欠の知識を与えるものと期待される。また,タイ南西部海域において採取した堆積物試料を用いて古生物学的解析を行い,津波前後での底生有孔虫群集の変化を明らかにするとともに,引き波によって生じた混濁流が海底に津波の痕跡を残しうることを示した。したがって,海域における堆積物掘削により,津波発生の履歴を知ることが出来る。平成19年7月にイタリア・Perugiaで開催されたIUGG総会において,これらの結果を津波災害と堆積現象の実例として紹介し,注目を集めた。
著者
松多 信尚 池田 安隆 今泉 俊文 佐藤 比呂志
出版者
日本活断層学会
雑誌
活断層研究 (ISSN:09181024)
巻号頁・発行日
vol.2001, no.20, pp.59-70, 2001 (Released:2013-03-22)
参考文献数
12
被引用文献数
1

The Kamishiro fault is one of the major active faults constituting the Itoigawa-Shizuoka Tectonic Line (ISTL) in central Japan. The Kamishiro fault is an east-dipping reverse fault. This fault cuts and warped the young lake deposits (late Pleistocene and Holocene in age) in the Kamishiro basin. The slip rate on the Kamishiro fault near the surface has been estimated by Geo-Slicer and shallow drillings survey, but was found to be significantly smaller than the vertical slip-rate that was estimated from the displacement of the AT volcanic ash. We carried out a 55 m deep drilling and a seismic reflection profiling using S-waves in this basin to clarify the subsurface structure of the Kamishiro fault. As a result, it was clarified that the Kamishiro fault is associated with drag folding near the surface. If we take the drag folding into account, the overall rate of slip on the fault would be as high as 4.4-5.2mmlyr during the past 28ka.