著者
生友 尚志 永井 宏達 大畑 光司 中川 法一 前田 香 綾田 裕子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.A0604, 2007

【目的】広背筋は背部の複数の部位から起始し、停止部で上下の筋線維が反転して付着する。このような広背筋の筋線維による解剖学的な違いはよく知られているが、運動学的な違いについては知られていない。Patonらは広背筋を6つの部位に分けて肩関節運動時の筋活動を測定し、部位別の差異があることを報告している。我々は第41回日本理学療法学術大会において、広背筋を5つの部位に分け、肩関節運動に加え体幹側屈運動時の筋活動を調べ、運動学的に上部線維と下部線維の2つに分けられることを報告した。今回の研究の目的は、前回の測定項目に体幹伸展、体幹回旋運動を加え、広背筋を上部線維(ULD)と下部線維(LLD)に分けて筋活動を測定することで、ULDとLLDの作用について明らかにすることである。<BR>【対象と方法】本研究に同意を得た健常成人男性14名(平均年齢20.9±2.4歳)を対象とした。筋電図の測定はNoraxon社製MyoSystem1400を使用し、右側のULDとLLDの2ヶ所にて行った。第7頚椎棘突起と上前腸骨棘を結んだ線上で、ULDは第7胸椎レベル、LLDは第12胸椎レベルの位置にそれぞれ筋線維に平行に表面電極を貼付した。測定項目は肩関節運動として腹臥位にて右肩関節内旋・水平伸展・内転・下方突き押しの4項目、体幹運動として腹臥位体幹伸展、側臥位体幹右側屈、端座位体幹右回旋・左回旋の4項目の計8項目とした。各運動項目を5秒間最大等尺性収縮させた時の安定した3秒間の積分筋電図値(IEMG)を求め、それらを徒手筋力検査に準じて測定した肩関節伸展最大等尺性収縮時のIEMGを100%として正規化し、各筋線維ごとに%IEMGを求めた。また、各運動項目のULDとLLDの筋活動比(LLDの%IEMG/ULDの%IEMG)を求め、Friedman検定を用い比較検討した。<BR>【結果と考察】ULDの%IEMGは水平伸展で61.6±20.8%と最も大きく、以下内転41.3±15.6%、体幹右回旋35.4±29.8%、下方突き押し34.7±26.1%、体幹側屈30.5±20.6%、内旋29.5±17.1%、体幹伸展28.1±9.3%、体幹左回旋4.9±3.1%であった。LLDの%IEMGは体幹側屈で100.7±28.4%と最も大きく、以下下方突き押し83.2±28.9%、体幹右回旋66.3±27.5%、内転54.6±21.9%、体幹伸展42.2±11.7%、水平伸展36.8±16.5%、内旋19.8±10.7%、体幹左回旋8.0±5.0%であった。筋活動比は運動項目間において有意な差がみられ(p<0.01)、体幹側屈で最も大きな値を示し、反対に肩関節内旋や水平伸展で最も小さな値を示した。今回の研究により、ULDは肩関節内旋や水平伸展時に選択的に作用し、LLDは体幹側屈時に選択的に作用することが明らかになった。<BR><BR>
著者
高橋 里美 園田 睦 山田 隆治 福満 智代 丸目 弥生
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1500, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】パーキンソン病(以下PD)の非運動症状は,認知機能障害・精神症状(抑うつ・幻覚)・アパシー・自律神経障害等があり理学療法の実施やQOLの妨げとなっている。PDでは黒質-線条体ドパミン系と病期の進行と共に中脳-皮質-辺縁系ドパミン系の2つのドパミン系に変性が起こる。後者の投射系は前頭葉腹内側部,扁桃体,帯状回等に投射されている事から前頭前野の機能異常が起こり,認知機能や報酬,意思決定等に影響を及ぼすと考えられている。近年,運動療法で認知機能や抑うつの改善が報告されているが,PD患者の非運動症状に対する運動療法については報告が少ない。今回の研究は,PD患者の非運動症状の中で,特に認知機能,抑うつ,アパシーに着目し運動療法での変化を検討する事を目的とした。【方法】対象はPD患者11名(男性3名,女性8名,71.6±9.2歳,Hoehn-Yahr分類のStageII8名,III2名,IV1名)とした。(罹患期間は5年未満6名,9~11年4名,26年目1名であった。)評価は,認知機能にはMini Mental State Examination(以下MMSE),抑うつには自己評価式抑うつ性尺度(以下SDS),アパシーにはやる気スコアを使用し,運動療法介入の開始時及び4週後で行った。運動療法はストレッチ・筋力増強運動・バランス運動・歩行運動・有酸素運動とした。運動療法の介入時間は,外来患者は週3回20~40分,入院患者は週5~6回約60分実施した。有酸素運動はエルゴメーターまたは自由歩行を約20分実施した。統計処理はWilcoxon符号付順位和検定を使用し,運動療法介入前後での比較を行い,有意水準は5%未満とした。【結果】MMSEでは開始時24±3.7点,4W時25.5±2.8点であり有意な差は認められなかった(p=0.06)。SDSでは開始時45.9±6.5点,4W時39.7±8.6点であり有意に小さい値となった(p<0.01)。また,やる気スコアでは開始時14.1±7.1点,4W時9.8±7.0点であり有意に小さい値となった(p<0.01)。【考察】今回の結果でMMSEでは有意な差は認められないものの運動療法介入によって認知機能の改善があることが示唆された。先行研究では運動療法においてドパミン細胞が存在する黒質でのグリア由来神経栄養因子(以下GDNF)生成細胞の発生を誘導する事が示されている。また運動療法において脳由来神経栄養因子(以下BDNF)やGDNFなどの神経細胞の成長に必要な神経栄養因子が増加する事や,海馬萎縮の抑制・容量の増加が報告されている事から,認知機能の改善にはこれらの神経栄養因子が関与している事が示唆される。また,SDSにおいては有意に小さい値となり,うつ症状の改善を認めた。抑うつにおいては,前頭前野において報酬系の役割もある事から,この報酬系処理が運動によるドパミンの放出促進に働き,また,うつ病患者への有酸素運動はセロトニン代謝の賦活によるうつ症状の改善の報告から,運動療法介入により,うつ症状の改善に繋がったと考えられる。運動療法によりGDNF,BDNFの増加で栄養サポートメカニズムを通してドパミンシステムの可塑性の促進に繋がり,ドパミン系へ影響を及ぼしPD患者の認知機能・抑うつが改善したと考えられた。やる気スコアでは運動療法介入後に有意に小さい値となり,アパシーの改善を認めた。PD患者におけるアパシーは,ドパミン等の神経伝達の異常や前頭葉-基底核ネットワークでの障害で起こるとされており,これらにもドパミン系への影響により改善したと思われる。運動療法を施行することで認知機能,抑うつ,アパシーが改善し,理学療法への関心や意欲の向上をもたらすことで,理学療法介入が円滑に実施可能となった。【理学療法学研究としての意義】PD患者における運動症状に注目しがちであるが,理学療法を施行するうえで非運動症状による阻害因子の影響は大きい。そしてPD患者の非運動症状に対して薬物療法による治療エビデンスが殆どであり,本研究の結果から運動療法介入による非運動症状の改善が期待され,理学療法の発展に寄与するものと考える。
著者
土井 剛彦 牧迫 飛雄馬 堤本 広大 中窪 翔 牧野 圭太郎 堀田 亮 鈴木 隆雄 島田 裕之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1520, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】歩行能力低下は軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)や認知症を有する高齢者の問題点の一つとして認識されている。MCIは,認知症を発症するリスクが高い一方で,健常への改善も認められるため,認知症予防ひいては介護予防の対象として着目すべきであると考えられている。しかし,MCI高齢者において歩行速度低下を伴う場合に,認知症の発症リスクが増加するかについては未だ明らかにされていない。本研究は,縦断研究を実施し,歩行速度低下が認知症のリスクにどのような影響を与えるかをMCIに着目して検討することを目的とした。【方法】本研究は,National Center for Geriatrics and Gerontology-Study of Geriatric Syndromesの参加者の中から,2011年度に実施した調査に参加した65歳以上の者とし,ベースラインにおいて認知症,パーキンソン病,脳卒中の病歴がある者,MMSEが24点未満の者,診療情報が得られない者を除外した3749名を対象とした。ベースラインにて測定した歩行速度,認知機能,一般特性,服薬数,Geriatric Depression Scale,身体活動習慣に加え,医療診療情報から得られる追跡期間中の認知症の発症をアウトカムとした。歩行が1.0m/s未満の場合を歩行速度低下とし,認知症ではなく日常生活が自立し全般的認知機能は保たれているが,NCGG-FATによる認知機能評価で客観的な認知機能低下を認めた者をMCIとした。【結果】対象者3749名(平均年齢72歳,女性53%)を,歩行速度低下とMCIのいずれにも該当しない群(control群:n=2608),歩行速度低下のみを有する群(SG群:n=358),MCIのみを有する群(MCI群:n=628),歩行速度低下とMCIの両方を有する群(MCI+SG群:n=155)に群分けした。追跡期間中(平均追跡期間:42.7ヶ月)に認知症を発症した者は168名であった。目的変数に認知症の発症,説明変数に歩行速度とMCIによる群要因を設定し,その他の測定項目を共変量として調整した生存分析を実施した結果,control群に比べ,SG群(HR:1.12,95%CI:0.67-1.87)は認知症の発症との有意な関係は認めなかったが,MCI群(HR:2.05,95%CI:1.39-3.01)ならびにMCI+SG群(HR:3.49,95%CI:2.17-5.63)は認知症の発症と有意な関係性を有していた。【結論】MCI高齢者における歩行能力低下は認知症のリスクを増加させることが明らかになった。高齢者が認知機能障害を有する場合には,認知機能だけではなく歩行能力を評価し,適切なリスク評価を考慮して介入を行う必要があると考えられる。
著者
吉村 和也 山田 実 永井 宏達 森 周平 梶原 由布 薗田 拓也 西口 周 青山 朋樹
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea1009, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 高齢者の転倒は要介護に至る主たる要因の一つに挙げられており、本邦において大きな社会問題になっている。各自治体では、転倒予防を含め積極的な介護予防事業が展開されているが、その事業の転倒予防効果については十分な検証がなされていない。我々は、これらの事業を積極的に開催している地域では、事業参加者だけでなく、波及効果によって参加していない高齢者も含めて健康意識が高まり、その結果転倒発生率が抑制されるという仮説を立てた。そこで本研究では、各自治体が地域で実施している様々な介護予防事業(ここでは運動機能向上教室や転倒予防のための啓発活動のこと)への参加者数とその地域の転倒発生率との関連を明らかにし、その効果を検討することを目的とする。【方法】 本研究では京都市左京区在住の要支援・要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者24,964名を対象に、平成23年4月から8月までに回収した「基本チェックリスト」を分析対象とした。回収された6,970名(返送率27.9%)のうち、検討項目に関する欠落データを含まない6,399名を解析した。左京区を小学校区ごとにAからTの20の地域に区分し、転倒発生率を順位別した。従属変数に過去一年間での転倒の有無を、調整変数として年齢、性別、BMIを、そして独立変数にAからTの20の各地域をダミー変数化して投入した多重ロジスティック回帰分析を行い、転倒発生率が高い地域を「high risk地区」、その他の地域を「moderate地区」とした。次に、区内で実施された転倒予防に関わる事業の状況を調査するために、区内で介護予防事業を実施している9つの行政委託機関(左京区社会福祉協議会、京都市左京区地域介護予防推進センター、区内7つの地域包括支援センター)を対象に平成22年度に実施した転倒予防に関わる事業についてのアンケートを配布し、そのうち回答が得られた7機関の事業を分析対象とした。それぞれの事業を「運動教室」「啓発活動」「運動+知識教示教室」の3つの形態に分類し、地域ごとに各形態の参加者数を算出した。なお解析には、参加者数を各地域の面積で補正した値を用いた。統計解析はhigh risk地区とmoderate地区の両区間においてMann-WhitneyのU検定を用いて比較検討を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は京都大学医の倫理委員会の承認を受けて実施した。【結果】 全地域における転倒発生率は22.5%(最低:D地域18.7%、最高:B地域39.0%)であった。ロジスティック回帰分析によって、転倒発生率の最も低いD地域に対して有意に転倒発生率が高かった、B(転倒発生率39.0%、オッズ比2.78)、R(31.3%、2.05)、S(31.4%、1.79)、T(27.5%、1.64)の4地域をhigh risk地区とし、high risk地区以外の16地域をmoderate地区とした。high risk地区で開催された事業の参加者数の中央値は、運動教室で0.59人/km2、啓発活動で6.01人/km2、運動+知識教示教室で14.02人/km2であった。moderate地区では、運動教室で5.54人/km2、啓発活動で72.79人/km2、運動+知識教示教室で203.75人/km2であった。high risk地区とmoderate地区で比較したところ、moderate地区において介護予防に関わる事業への参加者数は多く、特に運動+知識教示教室では有意に参加者数が多かった(p=0.021)。【考察】 これまでにも転倒予防事業については運動教室や啓発などの有効性を示したものが報告されている。今回の研究の結果では転倒発生率はこれらの事業への参加者数が多いほど低下する傾向がみられた。さらに今回はその両者を含有した運動+知識教示教室が有効な結果を得ている事が明らかになった。これらは想定された結果ではあるが、運動、啓発単独でもそれなりの効果を得られることが示唆され、今後は費用対効果などの見地からも転倒予防事業を検証する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 近年、理学療法士の介護予防や行政の分野での活躍を目にする機会が増えてきており、今後さらに期待される分野でもある。全国の高齢者のうちおよそ7割以上が一次予防の対象となる高齢者であり、彼らに対する介護予防施策は重要なテーマの一つである。本研究は横断研究のため、これらの取り組みによる介入効果まで示すことはできない。しかし、転倒予防において、ポピュレーションアプローチの有用性や運動と知識教示の組み合わせが有効であることが示唆されたことは、理学療法士が地域に介入していくうえで重要な知見であるといえる。
著者
天野 徹哉 玉利 光太郎 浅井 友詞 河村 顕治
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C3O1137, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】 変形性膝関節症(以下,膝OA)は,立ち上がりや歩行時などの疼痛・筋機能の低下・変形による関節可動域制限が主要因となり,移動動作能力の低下が最も問題とされている。我々は先行研究において,膝OA患者における歩行速度の関連因子は膝屈曲筋力,膝伸展筋力,歩行時の疼痛であることを報告した。しかしながら,本邦における膝OA患者の動作能力と関連因子の検証は,いまだ不十分である。今回,膝OA患者の立ち上がり能力に着目し,その関連因子について検討することを本研究の目的とした。【方法】 2009年3月から5月の間に当院整形外科で膝OAと診断され,保存的治療を実施している53名(男性12名,女性41名;年齢74.6±7.7歳)を対象とした。取り込み基準は,椅子からの立ち上がりが上肢の支持なしで可能な者とした。対象側は疼痛症状が強い側とし,左右同程度の疼痛の場合には膝関節可動域範囲の制限が強い側を対象側とした。研究デザインは横断研究で,立ち上がり能力を評価する指標として5回立ち上がりテスト(Timed Stands Test:以下,TST-5)を使用した。椅子からの立ち上がり動作を用いた評価法には回数法と時間法があるが,今回は回数を規定し時間を計測する回数法を採用した。立ち上がり能力の関連因子として,性別,年齢,Body Mass Index(以下,BMI),患者立脚型変形性膝関節症患者機能評価尺度(以下,JKOM)スコア点,自己効力スケール(以下,K-ASES-J),膝屈曲筋力,膝伸展筋力,大腿四頭筋に対するハムストリングの筋力比(以下,H/Q比),下肢伸展筋力,疼痛の程度(visual analog scale:以下,VAS),膝関節伸展角度,ハムストリング柔軟性(以下,HM柔軟性)の計測および調査を行った。統計学的処理は,TST-5を従属変数とした重回帰分析による多変量解析を行った。説明変数は膝屈曲筋力,膝伸展筋力,H/Q比,下肢伸展筋力,VAS,膝関節伸展角度,HM柔軟性の7項目,交絡因子は性別,年齢,BMI, JKOMスコア点,K-ASES-Jの5項目とした。さらに,説明変数と交絡因子の多重共線性の影響を考慮し,膝屈曲筋力,膝伸展筋力,H/Q比の3つの説明変数を同時に同じモデルに含めることはせず,従属変数に対して3つのモデルを立て解析を行った。統計解析には統計ソフトSPSS(Student Version 16.0)を用い,有意水準は5%とした。【説明と同意】 本研究は吉備国際大学「人を対象とする研究」倫理規程,『ヘルシンキ宣言』あるいは『臨床研究に関する倫理指針』に従った。対象者には書面および口頭にて本研究の目的と内容に関する説明を行い,書面による同意を得た。また,データの収集,分析,公表では個人情報が特定出来ないように連結匿名化を行った。なお,本研究は吉備国際大学倫理審査委員会の承認(承認番号08-14)を得て実施した。【結果】 TST-5に影響を与える因子は,膝屈曲筋力(p=0.008,偏回帰係数-0.42),膝伸展筋力(p=0.034,偏回帰係数-0.32)と立ち座り時のVAS(p<0.05,偏回帰係数0.26~0.34)であった。すなわち,立ち座り時間の短縮には膝屈曲筋力と膝伸展筋力が高値であること,立ち座り時の疼痛が低値であることが関係していた。【考察】 膝OA患者を対象に立ち上がり能力の関連因子について検討した。本研究の結果よりTST-5には膝伸展筋力だけではなく,膝屈曲筋力,立ち座り時の疼痛も関連があることが明らかとなった。また,H/Q比がTST-5に有意な関連性がないことから,膝伸展筋力,膝屈曲筋力がどちらか単独で強ければTST-5が短縮されるのではなく,膝関節周囲筋の筋力が全体的に関連する可能性が示唆された。先行研究より立ち上がり能力の関連因子として,身体機能レベルでは膝伸展筋力,足関節背屈角度などの報告がされ,特に膝伸展筋力との関連性が指摘されている。下肢筋力においては,先行研究を支持する膝伸展筋力とともに膝屈曲筋力も立ち上がり能力に関連することが,本研究の結果より示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から,膝OA患者の立ち上がり能力には膝伸展筋力だけでなく,膝屈曲筋力と立ち座り時の疼痛も関連があることが明らかとなった。現在,膝OA患者に対する筋力強化運動として主に膝関節伸展筋の運動が実施・指導されている。しかし,本研究の結果より今後,膝屈曲筋力を含めた膝関節周囲筋力と立ち上がり能力についての縦断研究や介入研究を行い,立ち上がり能力との因果関係について検討する必要がある。
著者
川端 悠士 林 真美 南 秀樹 溝口 桂
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI1131, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】脳卒中のリハビリテーションにおいては自立歩行獲得までの期間は車椅子が移動手段となる.また重度の障害により歩行獲得が困難と予想される例も少なくなく,その場合には移乗動作獲得・介助量軽減を目的とした理学療法プログラムを施行することとなる.片麻痺患者へ適切な理学療法を提供するためには,早期から正確な目標設定を行うことが重要である.2009年に改定された脳卒中治療ガイドライン2009でも予後を予測しながらリハビリテーションを実施することが推奨されている.片麻痺患者における歩行能力予後に関する報告は多く散見されるが,我々の渉猟範囲では移乗動作能力経過に影響を与える要因を検討した報告は見当たらない.臨床上,下肢の運動麻痺が重度で歩行が困難あっても移乗が自立する症例を経験することは多く,移乗動作能力に影響を与える要因として,歩行能力に関連する要因とは異なる要因が存在することが考えられる.そこで本調査では発症6週後の移乗動作能力に与える発症2週後の患者生物学的要因・機能障害要因について調査することを目的とする.【方法】対象は当院へ入院となり理学療法開始となった脳卒中患者で,テント上に一側性病変を有する初発例107例とした.このうち対象者除外基準(詳細略)に該当する48例を除いた59例を対象とした.移乗動作能力についてはFIM(機能的自立度評価法)を用い,発症6週後における普通型車椅子・ベッド(P-bar設置)間の移乗動作能力を評価した.移乗動作能力の評価にあたっては非麻痺側・麻痺側方向への移乗の両者を評価し,動作能力レベルの低いものを採用した.移乗動作能力経過を予測する要因として以下17項目について前方視的に調査した.性別,年齢,入院前における障害老人の日常生活自立度,診断名,麻痺側の5項目についてはそれぞれ診療録より抽出した.また発症後2週後の機能障害について,SIAS(脳卒中機能評価法)を使用し,麻痺側運動機能(上肢近位・遠位,下肢近位股・近位膝・遠位),体幹機能(腹筋力・垂直性),感覚機能(下肢触覚・位置覚),非麻痺側機能(握力・大腿四頭筋筋力),視空間認知の12項目を評価した.移乗動作能力とその他17項目について,単変量解析(Mann-WhitneyのU検定・Spearmanの順位相関係数)を用いて分析した.単変量解析で移乗動作能力に関連のあった項目を独立変数,移乗動作能力を従属変数としてStepwise法による重回帰分析を行い,移乗動作能力に影響を与える要因を抽出した.なお重回帰分析の実施にあたってはVIF(分散拡大要因)を算出し多重共線性に配慮した.【説明と同意】対象者またはその家族へ本研究の主旨を説明し同意を得た.【結果】対象例59例の移乗動作能力の中央値は5点,独立群22例,監視群6例,介助群31例であった.単変量解析の結果,移乗動作能力と関連のあった項目は,入院前生活自立度・麻痺側下肢運動機能(近位股・近位膝・遠位)・腹筋力・垂直性・下肢触覚・下肢位置覚・握力・大腿四頭筋筋力・視空間認知であった.重回帰分析の結果,移乗動作能力に影響を与える要因として,第1に垂直性,第2に麻痺側股関節運動機能,第3に腹筋力,第4に入院前日常生活自立度が選択され,決定係数R2は0.85となった.各変数のVIF値1.32~4.22の範囲であった.【考察】移乗動作能力経過に影響を与える要因として,体幹機能・麻痺側股関節運動機能・入院前生活自立度が重要であることが明らかとなった.SIASにおける垂直性・腹筋力はそれぞれ前額面・矢状面における座位保持能力の指標である.移乗動作は「座位保持」・「起立」・「立位保持」・「方向転換」・「着座」で構成される動作であり,動作の開始である座位保持の能力が予測要因として重要であると考えられた.また移乗動作能力経過に影響を与える要因として体幹機能の他に,麻痺側股関節の運動機能と入院前の生活自立度が抽出された.麻痺側方向への移乗では方向転換の際,麻痺側下肢を前方へ踏み出す必要があり,移乗動作能力の予測要因として麻痺側股関節の運動機能が重要であると考えられた.さらに入院前の生活自立度が高いほど,非麻痺側機能・動作学習能力が高いと思われ,入院前の生活自立度も移乗動作獲得に影響を与える要因として重要であることが明らかとなった.本研究の限界として調査期間が短いことが挙げられる.今後は多施設共同研究も含めた長期的な前向き調査が必要である.【理学療法学研究としての意義】移乗動作に限定してその能力経過に影響を与える要因を検討した報告は無い.本研究は脳卒中片麻痺患者の移乗動作能力経過を予測する上で臨床的に大きな意義がある.
著者
五十嵐 祐介 平野 和宏 鈴木 壽彦 田中 真希 石川 明菜 姉崎 由佳 樋口 謙次 中山 恭秀 安保 雅博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100131, 2013 (Released:2013-06-20)

【目的】変形性膝関節症(以下膝OA)は整形外科疾患において代表的な疾患であり、関節軟骨の変性や骨棘形成など様々な臨床症状を呈する。膝OAの増悪には多くの因子が関与しており、主に肥満や膝関節の安定性、膝関節屈曲及び伸展筋力、膝関節のアライメント、歩行時におけるlateral thrustなどとされている。一方、膝OAの進行予防に関する因子として、膝OA患者の歩行や階段昇降などの動作時に膝関節屈曲筋力と伸展筋力の比であるH/Q (ハムストリングス/大腿四頭筋)比を筋電図で検討した結果、各筋のバランスが膝OA進行予防に重要であるとの指摘がされている。しかし、膝OAの増悪因子と考えられるlateral thrustと膝関節屈曲筋力、伸展筋力のバランスを表すH/Q比との関連を検討した報告は見当たらない。そこで今回、当大学附属4病院にて共通で使用している人工膝関節全置換術患者に対する評価表から、術前評価のデータを使用し、後方視的にlateral thrustとH/Q比との関係を検討することとした。【方法】対象は2010年4月から2012年8月までに当大学附属4病院において膝OA患者で人工膝関節全置換術の術前評価を実施した199肢(男性:33肢、女性:166肢、平均年齢74.1±7.3歳)とした。測定下肢は手術予定側及び非手術予定側に関わらず膝OAの診断がされている下肢とした。筋力の測定はHand-Held Dynamomater (ANIMA社製μ-tas)を使用し、端座位時に膝関節屈曲60°の姿勢で膝関節伸展と屈曲が計測できるよう専用の測定台を作成し、ベルトにて下肢を測定台に固定した状態で伸展と屈曲を各々2回測定した。測定値は2回測定したうち最大値を下腿長にてトルク換算し体重で除した値を使用した。また、lateral thrustの有無は各担当理学療法士が歩行観察により評価した。統計学的処理はlateral thrust有群(以下LT有群)と無群(以下LT無群)の2群に分け屈曲筋力、伸展筋力、H/Q比をそれぞれ対応のないt検定にて比較した。【倫理的配慮】本研究は、当大学倫理審査委員会の承諾を得て施行した。【結果】LT有群95肢(男性:22肢、女性:73肢、平均年齢74.1±7.4歳、平均伸展筋力99.9±42.2Nm/kg、平均屈曲筋力30.1±15.83Nm/kg、平均H/Q比0.34±0.23)、LT無群104肢(男性:11肢、女性:93肢、平均年齢74.5±6.5歳、平均伸展筋力95.5±47.9 Nm/kg、平均屈曲筋力35.4±21.5 Nm/kg、平均H/Q比0.44±0.38)となり、屈曲筋力とH/Q比において2群間に有意差を認めた(p<.05)。【考察】LT有群は、LT無群と比較し屈曲筋力及びH/Q比にて有意に低値を示した。lateral thrustに対し筋力の要因を検討したものでは、大腿四頭筋の最大筋力値が高いほどlateral thrustが出現しにくいという報告や、一方で大腿四頭筋の最大筋力値はlateral thrustの出現に関与しないという報告もあり、筋力の観点からは統一した見解は未だ示されていない。今回の結果にて有意差は認められなかったが伸展筋力ではLT有群の平均値がLT無群よりも高値であったことや、屈曲筋力にて有意差が認められたことは先行研究と同様の傾向を示すものはなく、lateral thrustを単一の筋力のみで検討するには難しいのではないかと考える。本研究でlateral thrustとH/Q比において有意差が認められたことより、各筋力の最大値以外にも比による筋力のバランスという観点も重要であり、lateral thrustが出現している膝OA患者に対するトレーニングとして、最大筋力のみでなく主動作筋と拮抗筋のバランスを考慮したアプローチも重要であると考える。今後はlateral thrustとH/Q比の関係を更に検討するために、歩行時における各筋の活動状態やlateral thrustの程度、立脚期における膝関節内反モーメントなどの評価にて考察を深めていきたい。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果より、最大筋力でのH/Q比がlateral thrustの出現に関与する一因である可能性が示唆され、理学療法研究として意義のあることと考える。今後、更に考察を深めていくことでlateral thrust の制動に効果的なH/Q比の検討につなげていきたい。
著者
安田 明太 小森 健太郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.770, 2003

【はじめに】本邦での医学研究における統計的方法の重要性への認識は一般的には高いとは言えない。筆者は第37回日本理学療法学術大会(以下静岡学会)で前回の学会抄録集を基に、「理学療法研究における統計学の現状」という演題名でその現状と問題点について述べたが、今回はデータ・尺度・t検定について、その学会でのコンセンサスが充分であるとは言い難いが、誤用について検討をした。【方法】静岡学会抄録集(837題)より、以下のことについて検討した。1.症例数とデータ数が一致していないことがある。延べ患者数で処理している。(例えば、11名の両下肢22脚など)。この状態でn=22として統計処理するには無理があるのではないか。2.尺度に対して統計処理の方法が適当でない。順序尺度はノンパラメトリック検定(以下ノンパラ)で処理しなければならないのに、パラメトリック検定で処理されている場合がある。〔例えば、ADL評価(FIM・バーサルインデックスなど)のように、数値を振り当てて、スコア化したもの。〕またその逆で数量データ(間隔尺度以上)に対してノンパラで処理されているものがある。3."対応のあるt検定"を適用すべきものに対して、"t検定"を使用したと記載しているものがある。("t検定"と"対応のあるt検定"との区別がついていない。)【結果と考察】 1.症例数とデータ数が一致しないものは23件あっが、7件に関しては統計処理をしていないので、まちがいであるとは言えない。残り16件の内、7件は基礎研究などで健常者からのデータや、対照群としてデータをとったものであった。4件はTKA術後で、3件がその他の膝疾患であった。動物の器官には2つが一組の対になって構成された器官が少なくないが、ここでは、両下肢(膝)を対象にして測定し1人から2つのデータをとったものが多かった。それには少しでもデータ数を増やしたいという思いがあったのかも知れない。2.数量データ(間隔尺度以上)にノンパラを使用していたものは13件、逆にFIMなどの順序尺度に対してパラメトリック検定を使っているものは10件であった。医学上の評価、例えばアプガー指数・長谷川スケール・ADL評価のFIMやバーサルインデックスは、いっけん間隔尺度のように見えるが本来は順序尺度であり、ノンパラで検定されなければならない。 3.ここでは4題が"対応のあるt検定"を適用しなければならないのに、"t検定"を使用したと記載していた。"対応のあるt検定"は一標本の時間的な前後の比較、左右差(健側と患側の比較)など、一つの標本に関して、2群を比較してその差を検定するものであるが、たぶん"対応のあるt検定"と"t検定"の区別がついていないのではないかと推測する。
著者
浅野 大喜 福澤 友輝 岩見 千恵子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.BbPI2133, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】重度の痙性四肢麻痺児は,時として強度の全身伸展筋緊張を伴った後弓反張姿勢を呈し,安楽な臥位姿勢をとることができずに睡眠障害や脊椎変形などの二次障害につながりやすい.またその強い筋緊張のために母親が抱くこともまた寝かせることもできずに,子どもだけでなく家族のQOL低下につながる.そこで今回,全身の後弓反張姿勢によりQOLの低下を主訴にもつ2症例に対し,自己身体の認識を目的にダブルタッチ(二重接触)を用いたアプローチを実施し改善が得られたので報告する.【方法】対象は,全身の後弓反張姿勢が2ヶ月以上持続しており,薬物による筋緊張や睡眠のコントロールが困難な2例.症例Aは3歳女児.原因不明の脳炎による痙直型四肢麻痺.症例Bは3歳男児.分娩時の低酸素性虚血性脳症による痙直型四肢麻痺.2例ともGMFCSレベル5,Chailey姿勢能力発達レベルはレベル1で,安静背臥位を維持することができず,後弓反張姿勢が顕著であった.全身的に外部からの接触刺激に対して過敏な状態となっており,常に不機嫌で睡眠も確保できない状態であった.治療仮説としては,接触による自己の身体認識の欠如から体幹背面と床面との関係性が作れない状態と考えられたため,まず手掌に対し弱い接触刺激を受け入れることから行い,徐々に手指の屈筋緊張が緩和されたところで,自分で自分の身体に触れるダブルタッチを可能な範囲で他動かつ愛護的に行った.それにより自己身体部位の位置関係の学習と身体図式の獲得がなされ,環境に適応することが可能になると考えた.ダブルタッチはまず手と体幹,手と口,手と顔周囲,足部と足部からはじめ,筋緊張の緩和に伴い徐々に手と下肢,足と口へと進めた.頻度は外来にて症例Aは2週に1回,症例Bは週1回実施し,可能な範囲で自宅でも行ってもらった.【説明と同意】本発表にあたり,対象児の両親に口頭にて説明を行い同意を得た.【結果】2例ともアプローチ開始から3~4ヶ月後,四肢・体幹の過剰な伸展筋緊張は減少し,抱っこやリラックスした左右対称の背臥位の保持が可能となった.また易刺激性も減少し,睡眠時間の確保が得られるようになり家族のQOLも向上した.Chailey姿勢能力発達レベルはレベル3へと向上した.さらに2例とも下肢の交互性の屈伸自発運動が出現するようになった.【考察】今回,後弓反張姿勢を呈する四肢麻痺児に対し外界との相互作用の入口としての手への接触課題と注意,さらに体幹の身体図式獲得のためのダブルタッチを実施し,体幹の筋緊張制御が得られ,左右対称の背臥位姿勢が可能となった.胎児期や新生児からの身体図式の形成過程として,まず手と口周辺の接触による認識から始まり体幹や下肢の認識へと進んでいくと考えられている.この過程において直接手で触れることのできない体幹背面については体幹・下肢伸展時の子宮壁との接触や,出生後には床面との接触による相互作用の経験が重要な役割を果たしていると考えられ,身体図式形成のためにはダブルタッチや外界との接触経験が重要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本報告は脳性麻痺児の身体認識という内部表象の形成を目的としたアプローチの症例報告であり,外見上の姿勢評価にとらわれない認知的な視点で評価,治療することの重要性を示唆するものである.
著者
山田 真伸 長谷川 睦 石井 ゆりこ
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.A3P3038, 2009

【目的】<BR>アレクサンダー・テクニーク(以下、AT)は、19世紀のオーストラリア人、F.M.アレクサンダーがはじめたものである.ATとは、抑制のプロセスを適用し、頭部と脊椎の関係に着目し四肢を解放することにより、頭頚部の動きが身体全体をリードするようになり、人間本来の身体機能に近づくことを追求したものである.頭部と脊椎、特に頭頚部は姿勢制御において重要な役割を果たし、理学療法でも治療対象部位となる.そこで今回、AT概念を取り入れた手技(以下、手技)をAT生徒であり理学療法士(以下、PT)の筆者が行い、その前後での姿勢制御機能の変化を重心動揺計にて検討した.<BR>【方法】<BR>対象は、研究趣旨を説明し同意を得た健常者11名(男性5名、女性6名、平均年齢29.8±6.4歳、平均身長167.1±7.1cm)とした.方法は、重心動揺計(Active Balancer EAB-100、酒井医療)を用い、手技(背臥位、座位)前後での静止立位時の重心動揺測定を行った.測定は、日本平衡神経学会の基準に従い、開眼閉脚60秒間とした(サンプリング周波数20Hz).測定項目は総軌跡長、外周面積、実効値面積、単位面積軌跡長とした.統計処理には、t検定を用い、各測定項目を手技前後で比較した.<BR>【結果】<BR>総軌跡長は、手技前937.0±84.1mmから手技後909.8±98.9mmと有意差は認められなかった.外周面積は、266.7±150.2mm<SUP>2</SUP>から213.3±111.8mm<SUP>2</SUP>と有意に減少した(p<0.05).実効値面積は、186.8±151.8 mm<SUP>2</SUP>から118.7±78.4 mm<SUP>2</SUP>と有意に減少した(p<0.05).単位面積軌跡長は、4.3±1.8mmから5.2±2.1mmと有意に増加した(p<0.05).<BR>【考察】<BR>結果より、手技後に重心動揺の大きさを示すパラメーターの外周面積、実効値面積は有意に減少し静止立位の安定化を示唆した.さらに重心動揺の性質を示すパラメーターの単位面積軌跡長が有意に増加した.単位面積軌跡長は、重心動揺における姿勢制御の微細さを示すパラメーターとされ、この微細な制御は固有受容器姿勢制御機能によるもので、増加を示すことは姿勢制御機能が向上したと考察できる.これは手技後に、ATで重要視される頭頚部の位置関係が適切となり、固有受容器の筋紡錘が高密度に含まれる頚部深層筋が賦活されたことが考えられる.それに伴い身体重心線が理想的配列に近づき、骨構造を通しての体重支持が可能となり、各関節内にも多く含まれる固有受容器が賦活されたことも姿勢制御機能向上の一因と考えられる.<BR>【まとめ】<BR>健常者に対して手技を行うことにより、静止立位時の重心動揺における姿勢制御機能への効果が示された.しかし、本来ATは認定教師が行い最も効果が期待できるものであり、単純に姿勢制御のみへの効果を示すものではない.筆者はあくまでも約3年間AT教師からレッスンを受けたAT生徒という立場のPTである.今後もATで得た知識をPTとして臨床展開していきたい.
著者
岡本 善敬 山本 哲 梅原 裕樹 石橋 清成 沼田 憲治
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0882, 2015 (Released:2015-04-30)

【目的】脳卒中後の後遺症の一つに運動麻痺があり,その多くが錐体路損傷による痙性麻痺を呈する。錐体路の損傷では四肢遠位部の手指や足部の分離した運動がより重度に障害されることが多いが,今回遠位部と比較し近位部の機能障害が重度であった症例を経験し,その病態メカニズムについてMRI画像を元に考察したため報告する。【症例提示】70歳代,女性。めまいを自覚し近医受診され左橋梗塞の診断を受け同日入院。保存的加療にて第25病日にリハビリテーション目的に転院となった。第31病日のMRI画像では,T2強調画像にて左橋背側部からやや腹側方向へ広がる高信号変化を認めた。身体機能面では,意識状態はJCS1桁であったが会話および従命可能。明らかな疼痛や感覚低下はなし。企図振戦,眼振など小脳失調症状は認められなかった。右上下肢で軽度腱反射亢進。Brunnstrom stageは右上肢V,右手指V,右下肢V。筋力はMedical Research Council scaleにて右上下肢は肩関節外転3,肘関節屈曲4-,手指伸展4,手指屈曲4,股関節屈曲3,右膝関節伸展4-,右足関節背屈4+と近位筋優位に筋力低下を認めた。左上下肢は4~5。Berg Balance Scaleは30/56点であり立位での検査項目で減点がみられた。起居動作は自立,立位保持はふらつきあり上肢の支持を要した。歩行では膝折れがみられ歩行器の使用が必要かつ介助を要した。箸の使用,ボタン閉めはともに可能であった。【経過と考察】退院時においても近位筋優位の筋力低下は残存し移動には歩行器の使用が必要であった。姿勢の保持に関与する近位筋の運動制御には橋背内側部を通る皮質網様帯路および網様帯脊髄路や外側前庭脊髄路など内側運動制御系が関与する。本症例の臨床所見は近位筋優位に筋力低下を認め立位姿勢維持に障害をきたしていた。画像所見では,巧緻性動作に関与する錐体路が通る腹側部より背側に病巣が認められることから内側運動制御系の損傷による影響が示唆された。
著者
西村 珠美 菅野 輝哉 相馬 幸太 川村 慶 伊藤 亘
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】近年,不動・安静臥床による合併症として呼吸器・循環器・運動器・消化器・皮膚など多臓器,さらには精神機能への影響が挙げられている。里宇は座ることの効果として上記臓器機能の向上・改善の他,局所圧迫の軽減や日常生活動作(以下ADLとする)・介護負担の軽減,社会参加の促進を加えている。我々は病棟と連携し,特に廃用症候群によりADLの低下をきたしやすい高齢者に対する離床の促進に日々取り組んでいる。しかし食事等病棟での離床場面では肘かけ椅子の代用として,本来は短時間の移動を目的とした道具である普通型車椅子を用いていることが多い。多くの高齢者は加齢変化により姿勢保持能力が低下し,重力に負けた結果潰れた姿勢となってしまう。頭頸部は前下方に落ち込み,その代償として臀部を前すべりさせ,上肢の自由度も制限させてしまっていると考える。加えて,普通型車椅子は多くの高齢者の身体寸法にそぐわず経年劣化が問題となる。また材料や時間,技術不足により,現状では対象者の個別性に配慮したシーティングは困難である。今回我々は「キャスパークッションZAFU」(以下ZAFU)を用いて円背高齢者のシーティングを行い,同クッションの効果検証を目的に,本研究を実施した。【方法】普通型車椅子に一般的なウレタンクッション(以下一般とする)とZAFUを用いてのシーティングを実施し,座圧・車椅子座位姿勢(矢状面・前額面)と,上肢の運動機能評価として食事(摂食量・時間・姿勢)の3項目について二者間の比較を行った。座圧はPalm Q(ラック株式会社製)を使用し,両坐骨~仙骨,尾骨の座圧を5ブロックに分けて測定した。対象者は脊柱後弯位で円背を呈した80代の女性。介入時の病棟ADLはFIM65点,基本動作軽介助レベルだが臥床傾向,病前より食事への関心は強く,食事時間は離床可能であった。【倫理的配慮,説明と同意】倫理的配慮として,対象者の家族に本研究の趣旨説明を十分に行い,同意書に署名を得た上で実施した。【結果】座圧:一般では座圧計140.2,測定部位での最大差41.1(mmHg)に対しZAFUでは座圧計55.1,最大差14.3(mmHg)とZAFUの座圧の低下および分散効果を示した。座位姿勢:一般では頭頸部が重力に抗せず屈曲し,正面を見るために努力的な頭頸部伸展を行っている。胸郭は前下方に沈み込み,バックレストにもたれていなかった。ZAFUでは頭頸部・肩甲帯・胸郭が矢状面上で一直線上に位置し,頭頸部の支持における努力性は見られなかった。食事:両者全量摂取可能だが,一般ではは右肘を支点としており,リーチ動作での有効なアームは右前腕以遠に制限され,左上肢の使用は見られなかった。スプーンで次々に口に運び,皿の手前側には食塊が残っていた。一方ZAFUでは右上肢のアームが延長,箸を併用し皿の隅の食塊をきれいに集めることができた。また左上肢の協力動作が生じた。食事時間は両者ともに適正な時間内であったが,ZAFUでは同席の他患者と会話したり,周囲を気に掛ける様子が見られた。【考察】ZAFUでの座圧の低下について検討する。ZAFUでは坐骨受けで臀部の前方への滑り出しを止めて座面での荷重が向上し,骨盤がバックサポートにもたれている。下部体幹の重みをバックサポートで受けることで,胸郭全体の下方への潰れが止まって頭頸部のアライメントは胸郭上方となり,頭頸部の支持性向上につながったと考える。一般では,下部体幹が骨盤より上位の身体の重み乗せられず座面に体圧が集中し,臀部は前方に滑り仙骨への剪断力を増加させる。対象者は円背のため抗重力位での頭頸部の保持能力が低下し,臀部を前にずらし頭頸部が下方に落ち込むのを回避していると考える。さらに体幹は腹側で弛緩し背側は伸張されているため筋出力のバランスが破綻し,安定性の低下をきたす。一般の食事場面では努力的に頭頸部を伸展位に保持,左上肢の協力動作は乏しく,膝やアームレストに押し付けて姿勢保持を行っている。前方へのリーチでは体幹の左側屈・回旋で代償している。上肢を姿勢保持に積極的に使用することで上肢の自由度が低下し,食事動作に影響したと考える。ZAFUでは頭頸部の安定保持から,上肢の自由度を高めてリーチでの前方への重心移動が可能になったと考える。【理学療法学研究としての意義】ZAFUを使用し簡便なシーティングを行い,クッションの即時効果を検証した。今回の検証により,円背高齢者の姿勢保持能力の低下による弊害を解決する一手段として,ZAFUの有効性を示唆された。今後は嚥下機能への影響および主観的評価も加味し,効果検証を進めたい。
著者
田中 直美 牛膓 昌利 牛膓 真美 坂本 あづさ 稲田 美帆 河原 俊 長谷川 拓馬 持田 美香
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0836, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】車いす座位姿勢の評価・シーティングを行う際,骨盤を起こし,水平,前後傾中間位とし,その上に胸郭・頸部・頭部が位置すると考えられている。しかし超高齢者は座位保持能力の低下により,骨盤を起こした姿勢では重力に抗することができず,頭部にかかる重力ストレスにより頭部が前下方へ落ちこみ,臀部が前方へ滑りだす姿勢を取ることが多い。骨盤を起こした姿勢が本当に安定した座位姿勢となっているのか疑問に感じる。そこで,シーティングの新しい考え方である,骨盤の後傾をゆるしもたれることで身体の物体的な安定を図る,脳性麻痺児・者を中心とした理論及び技法のキャスパー・アプローチ(以下,CASPER)に基づき,車いすシーティングを実施し,超高齢者への有効性を検討した一症例について報告する。【方法】普通型車いすでの一般的な座位姿勢(以下,非介入)と三角クッションを使用しCASPERを実施した座位姿勢(以下,介入)の二者間で開始座位姿勢,座位保持可能時間(バイタル変動をアンダーソンの基準に基づき終了),姿勢変化の3項目を比較した。対象は98歳認知症女性。コミュニケーション困難。介入当初BIは0点。【結果】開始座位姿勢:非介入;胸郭と仙骨が背もたれと接触し,頭頸部は右前下方へ傾く。介入;胸郭下部,坐骨がクッションと接し胸郭,頭部は一直線上に位置する。座位保持可能時間:非介入;平均3分53秒。介入;平均13分41秒。姿勢変化:非介入;頭頸部は右前下方へ倒れるまたは左情報へ伸展。右回旋は可能だが,左回旋は正中を超えなかった。約3分経過後から頭頸部の右屈曲が強まる。声かけに対して発声により反応するが,検者と視線を合わすことはなかった。介入;頭頸部が自由に全方向へ可動し,正中に戻ることも可能。全方向からの声かけに対して検者と視線を合わせ,言葉で返答することが可能。【結論】非介入で垂直に設定された骨盤は後方へ倒れようと不安定で,背もたれが上部胸郭と仙骨の倒れを固定する。上方の頭頸部は重力により前下方へ落ち込む。そのため臀部を前方へずらすことで頭頸部の落ち込みを回避していると考えられる。この座位姿勢では頭頸部の落ち込み回避のために筋力が必要であり,頸部回旋の自由度を減少させると考える。介入では,骨盤を後傾位に設定するが,坐骨を座面に設置した三角クッションに乗せることで臀部の前方への滑りを固定した。また,後方へ倒れる胸郭の重みを背もたれに設置した三角クッションで受けることで胸郭から下方が安定し,上方の頭頸部の支持性が向上したと考えられる。そのため,座位保持に必要な筋力が減少し,楽に座ることができた。また,声かけなどの刺激に対して,多様な反応を示すことができたと考える。今後,対象者数を増大,評価項目を検討し,高齢者に対する座位保持理論を系統化していきたい。
著者
平沢 良和 山本 浩基 上野 順也 尾崎 泰 藤盛 嵩浩 好井 覚
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.CbPI1211, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】異所性骨化とは、通常骨化の起こらない組織に新生骨が発生する異常骨化現象である。整形外科やリハビリテーションの領域では、外傷後の拘縮した筋に関節可動域(Range of Motion;ROM)改善のための強制的外力が過度に加わった時に生じる化骨性筋炎として経験的に知られている。異所性骨化を併発すると、一旦運動療法を中止して局所の安静を図る必要があり、ROM制限の原因となることが多い。しかし、異所性骨化の診断には一般的に単純X線検査が用いられるため、X線像では軟部組織の評価は困難であり、異所性骨化がROMに及ぼす病態について不明である。今回、我々は異所性骨化を合併した大腿骨顆上骨折に対し、超音波検査(Ultrasonography;US)を行い、運動療法を継続した結果、正座が可能となるまで回復した症例を経験した。本研究の目的は、今回実施したUSでの異所性骨化の経時的変化について報告することである。【方法】対象は右大腿骨顆上骨折(AO/ASIF分類C1型)と診断された60歳代女性である。観血的整復内固定術(Zimmer NCB distal femoral plating system)後、膝蓋骨上内方に認めた腫瘤に対しUSを実施した。USにはGEヘルスケア社製LOGIQ9および10MHzリニアプローブを使用した。測定肢位は端坐位とし、測定部位は膝蓋骨直上から大腿骨長軸に近位へ5cm、内側へ3cmの部位で、腫瘤がプローブの中心となるように長軸走査を行った。大腿骨が鮮明に描出されるようにプローブの角度を調整し、膝関節屈曲-伸展の自動運動時の動態を撮像した。撮像した動画より腫瘤部の動態について定性的に観察を行った。測定は術後1ヵ月、術後2ヶ月、術後3ヵ月、術後7ヵ月に実施した。【説明と同意】対象には本研究の趣旨を説明し同意を得た上で実施した。【結果】術後1ヵ月のUSでは、腫瘤は高エコー像と低エコー像が混在する血腫であり大腿四頭筋との癒着を認めた。また血腫内部には音響陰影を伴う高輝度エコー像を認め、膝関節屈曲-伸展に応じて可動性を有していた。術後2ヵ月のUSでは血腫は骨化し、大腿骨との連続性を認めた。血腫と大腿四頭筋との癒着は剥離され、大腿四頭筋の滑走を認めていた。術後3ヵ月、術後7カ月のUSでは異所性骨化は経時的に縮小していた。【考察】異所性骨化の発生過程において、NicholasまたはKewalramaniらが述べる急性期の段階では、X線像での骨化は陰性であり、局所の腫脹、発赤、熱感やROM制限などの理学所見と、赤血球沈降速度、アルカリホスファターゼやクレアチニンホスホキナーゼなどの血液データが早期診断の指標となる。本症例では、局所の腫脹、熱感やROM制限を呈し、膝関節屈曲時に疼痛を認めたが、血液データによる評価は行われていなかった。後方視的にX線像を精査すると、術後1ヵ月の時点でわずかではあるが腫瘤部に仮骨形成を認めており、USでも血腫内部に仮骨と思われる音響陰影を伴う高輝度エコー像を認めた。しかし、当時はUSでの異所性骨化の動態に関する報告がなく、術後1ヵ月の時点では異所性骨化と判断できず、血腫が大腿四頭筋に癒着したものと考え、癒着剥離目的に大腿四頭筋の滑走を主眼とした膝関節屈曲-伸展の自動運動を継続した。術後2ヵ月のX線像では異所性骨化の形成を確認できたが、USでは大腿四頭筋と異所性骨化の癒着は剥離されており、また熱感や疼痛は消失しROMも拡大傾向であったため運動療法を継続した。機械的刺激が骨形成を促進すると考えられるため、異所性骨化の発生部位が関節運動により機械的刺激が加わるかどうかの判断が重要となる。術後1ヵ月では、仮骨を含む血腫は大腿四頭筋に癒着しており関節運動に伴い機械的刺激が加わり、骨形成を促進した可能性がある。術後2ヵ月では、X線像では異所性骨化を呈していたが、USでは大腿四頭筋などの軟部組織外に異所性骨化を認め、機械的刺激が加わらないと判断し、通常の大腿骨顆上骨折の運動療法を継続した。異所性骨化は経時的に吸収され術後1年のX線像では消失しており、運動療法を継続することで増悪することはなかった。本症例のX線像での異所性骨化は、USではKewalramaniが述べるcontiguous to boneであり、運動療法を継続することに問題はなかったと考える。【理学療法学研究としての意義】USでは軟部組織の動態観察が可能であり、異所性骨化の早期発見および発生部位を把握する上で非常に有用である。X線像だけで運動療法の中止を判断するのではなく、USにて異所性骨化の関節運動に伴う動態を判断した上で運動療法の適否を決定する必要がある。
著者
澤田 誠 村松 憲 深澤 雄希 石黒 友康
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.D3O2176, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】臨床的に糖尿病患者において、四肢の末端を優位に感覚障害を呈する事が知られている。この感覚障害は糖尿病性神経障害に起因するものと考えられている。臨床で用いられる神経の機能評価の一つとして、感覚神経伝導速度(sensory nerve conduction velocity、以下:SCV)が挙げられるが、kimuraらの報告によれば健常成人の正中神経のSCVが61.9±4.2m/secであるのに対し、感覚障害を呈した糖尿病性神経障害患者の正中神経のSCVの平均が53.2m/secと大きく低下している。よって、SCVの低下により表在感覚の低下が引き起こされていると考えられてきた。しかし、本当にSCVの低下によって表在感覚の低下が生じるのかSCVと表在感覚の関係を詳細に解析した研究は殆どない。そこで、私たちは正中神経の経皮的冷却によって引き起こされる一過性の伝導速度の低下を用いて、支配領域である第2指から触覚・2点識別覚を測定し、SCVと表在感覚の関連性について検討した。【方法】対象は、健常成人10例(男性5名・女性5名・年齢21.4±0.8歳、体重59.1±9.5kg、身長168.8±10.3cm)とした。正中神経の冷却については、手関節腹側にコールドパックを置き、神経線維を経皮的に冷却した。SCVの計測は第3指末節腹側に刺激電極、手関節腹側、肘関節腹側に記録電極を設置し、第3指末節腹側の電気刺激をトリガーに記録を200回以上加算平均して計測した。また、触覚(定量知覚計、semmes-Weinstein Monofilaments)・2点識別覚(スピアマン式触覚計)は第2指末節腹側部にて行い、測定間隔は、安静時、冷却開始3分後、6分後、9分後とした。冷却によって皮膚温が7度以下に冷却すると凍傷が生じる可能性が存在するため、皮膚温が7度以下にならないように非接触デジタル温度計を用い、皮膚温が7度以下となった場合には直ちに実験を中止した。【説明と同意】本研究は、ヘルシンキ宣言に従って、研究に対する十分な説明を行い、同意を得られた被験者にのみ行った。また、健康科学大学実験倫理委員会の承認を得ている。【結果】経皮的に正中神経を冷却することによって正中神経のSCVは冷却前69±6.71m/secに対し、冷却9分後では57.8±4.2m/secと統計学的有意差を持って低下した(p<0.01)。しかし、定量知覚計、スピアマン式触覚計を用いた皮膚感覚検査では、冷却前後の測定値に変化は観察されなかった。さらに1g以下の微細な触覚についてsemmes-Weinstein Monofilamentsにて測定を行ったが、同様に感覚閾値の変化は観察されなかった。【考察】正中神経の経皮的な冷却によってSCVの低下が生じたにも関わらず、正中神経支配領域の触覚・2点識別覚の低下は観察されなかった。このような結果は神経伝導速度の低下が不足していたことに起因する可能性が考えられるが、藤村らの報告によると感覚障害を呈する糖尿病患者の正中神経のSCVは平均53.2 m/secであり、本実験で観察された冷却後の神経伝導速度57.8±4.2m/secと近似するものであるため上記の伝導速度低下の不足が原因であるとは考え難い。従って、本研究は臨床的に感覚障害が生じる可能性が高いと考えられている神経伝導速度だけでは糖尿病の感覚障害を説明し得ないことを示唆している。なぜ、臨床所見と本研究結果に乖離が生じてしまったかという点については、実際の糖尿病では神経線維そのものの障害だけでなく、感覚受容器や皮膚自身の変性等も生じることが予測される一方、本研究が冷却を用いて神経線維のみの機能を選択的に障害したことに起因すると考えられる。恐らく、「糖尿病性神経障害に伴う感覚障害」とされている病態は神経線維、感覚受容器、皮膚の変性などの複合的な要因によって生じるものである可能性が高い。少なくとも本研究において50 m/sec程度の神経伝導速度だけでは表在感覚の障害は生じないことが明らかにされたので、今後は神経伝導速度低下以外の何が表在感覚の低下に関与しているのか検討を進める目的で糖尿病患者の感覚受容器の機能や皮膚の性状などを調査していく必要があると考えた。【理学療法学研究としての意義】糖尿病診療ガイドラインに於いて運動療法が推進されており、今まで以上に理学療法士が糖尿病治療に対し、積極的に参加していく事が予想される。今回の研究では、SCVの低下と表在感覚の低下の関連性の低さを明らかにし、受容器の機能低下などの他の要因との関連性の再検討の必要性を示した。今後本研究が発展し感覚障害の原因究明が進むことで、感覚障害の予防に必要な要素を明らかにできると考えている。
著者
岩城 大介 出家 正隆 折田 直哉 島田 昇 細 貴幸
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1083, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 一般に若い女性は,ファッション性のためハイヒールを履くことが多い.しかし,ハイヒール歩行は荷重中心軌跡の内側偏位,立脚中期での接触面積の減少などの影響があるとされ,このことからハイヒール歩行は非常に不安定であると考えられる.また,近年運動連鎖の観点から一関節の変化による他関節への影響が重要視されている.ハイヒール歩行は足関節の底屈強制により歩行周期を通して底屈位となるため,足関節の剛性が低下した不安定な状態で初期接地を行わなければならない.運動連鎖から考えてこの足関節での変化は,膝関節,股関節の運動へ影響していると考えられる.そのため本研究では,これらのハイヒール着用による足関節の変化が膝関節・股関節に及ぼす影響について検討した.【方法】 対象は健常若年女性8名(年齢22±0.63歳,身長161.1±3.8cm,体重50.3±3.9kg,)の左下肢4肢,右下肢4肢とした.測定には三次元動作解析装置(赤外線カメラ7台,VICON612:Vicon Motion System社,USA)と床反力計4枚(AMTI社,USA)を使用し赤外線カメラはサンプリング周波数120Hzにて,床反力計はサンプリング周波数500Hzにて赤外線カメラと床反力計を同期し,赤外線反射マーカーの動きと床反力を記録した. マーカー貼付位置はPoint Cluster法を参考に,直径14mmの赤外線反射マーカーを骨盤に6 個・下肢に23個,計29個のマーカーを貼付した.測定条件は10mの直線歩行を至適速度で行い,運動靴着用時とハイヒール着用時で5試行ずつ行った.なお,測定順序はランダムとした.また,ハイヒールは5cm高のものを使用した. 得られたデータはVicon Workstation(Vicon Mortion System社,USA),Vicon Bodybuilder(Vicon Mortion Systems 社,USA)を用いて処理した.Point Cluster法を用いて膝関節屈曲角度,内反角度,脛骨回旋角度,脛骨前方移動量を出力し,その後体節基準点の位置座標を用いて,股・足関節中心を算出し股関節角度,足関節角度を算出した.またPoint Cluster法によるデータは,すべて大腿骨に対する脛骨の相対運動として示した. 有意差検定は対応のあるt検定を用い,有意水準5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 実験に先立ち対象に本研究の目的と主旨を十分説明し,文章および口頭による同意を得た.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 運動靴歩行と比較してハイヒール歩行では,歩行周期を通して足関節底屈角度の増加,立脚終期・遊脚初期~中期での膝関節屈曲角度の減少,立脚初期・中期・遊脚終期での膝関節内反角度の増加がみられた.脛骨回旋角度,脛骨前方移動量,股関節屈曲角度で有意差はみられなかった.【考察】 まず,歩行周期全体を通して足関節底屈角度の増加がみられたことは,ハイヒールによる底屈強制が働いていることを証明している.また,立脚期の終わりから遊脚中期にかけて膝関節屈曲角度が減少したのは,ハイヒール歩行では足関節底屈強制のため立脚後期で前上方への十分な推進力が得られず,足部が床面の近くを通ることで膝関節屈曲角度が減少したのではないかと考えられる.立脚初期・中期・遊脚終期での内反角度の増加に関しては,ハイヒール歩行では踵接地から前足底接地にかけて,足関節内反から外反へ向かう運動を行う時間を稼ぐことができず,脛骨を直立化させる運動連鎖を起こすことができないため,内反角度が増加したのではないかと考えられる.この立脚期における内反角度の増加は膝関節内側のストレスを上昇させ変形性膝関節症のリスクとなるかもしれない. 今回股関節ではハイヒール着用による影響はみられなかった.これは,股関節が膝関節に比べてより体幹近位にあるため,足関節の変化による影響は膝関節で代償したためと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 近年,女性の社会進出に伴いハイヒール着用の機会は増えてきている.ハイヒール歩行による運動学的変化は日常習慣性,反復性に軽微なストレスを蓄積し膝やその他の関節に筋骨格系の障害を及ぼすかもしれない.ハイヒール歩行の運動学的変化を知ることは生活指導や運動連鎖の観点からも重要であると考えられる.
著者
船引 啓祐
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1572, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】看護師・介護士の腰痛発生率は高率であり大きな問題となっている。腰痛治療において推奨される治療の1つに認知行動療法が挙げられる。また,集団的に行う認知行動療法は,集団の作用を活用しながら認知・行動に関する知識・方法を獲得し,集団に対して治療的に働くという相乗効果が期待でき,セルフコントロール力を高めることができるとされている(岡田,2008)。そこで,当院の病棟勤務看護師・介護士98名(有効回答率84%)に腰痛の有無を質問紙による調査を実施した所,57%に腰痛の訴えがあった。本研究は当院病棟勤務看護師・介護士に対し腰痛教室を開催し,集団認知行動療法を実施することで,腰痛が軽減できるのか,また,痛み・腰痛関連QOL・不安・抑うつについても検討した。【方法】腰痛教室は第1回「腰痛基礎知識,認知行動療法」,第2回「腰痛予防対策(姿勢工夫,介助動作工夫,腰痛体操),ディスカッション」とし,1回の講義時間は40分,参加者15名程度と設定し,同内容の資料も配布した。また,腰痛教室第1回を計4回,第2回を計4回開催した。対象者は,第1・2回ともに参加した各評価において有効回答を得た非特異的腰痛者の看護師31名,介護士16名,計47名とした。評価時期は腰痛教室実施前,実施3ヶ月後とし,各評価項目における実施前後の分析を行った。評価として,痛み評価Numerical Rating Scale(以下NRS)と腰痛関連QOL評価Roland-Morris Disability Questionnaire(以下RDQ),不安・抑うつ測定尺度Hospital Anxiety and Depression Scale(以下HADS)を行い,NRS,RDQ,HADSの変化を対応のあるt-検定を用いて比較した。(p<0.05)また,Spearmanの順位相関係数を求め,相関分析を行った。集団認知行動療法実施前後のNRS,RDQ,HADSの効果量についても検討した。【結果】実施前と実施後を比較した結果,NRS(4.6±1.9→2.7±1.8),RDQ(2.5±2.5→1.2±1.7)であり,HADS不安(7.7±4.2→5.2±3.4),抑うつ(6.9±2.6→6.8±3.3),合計(14.6±5.5→12.1±5.8)であり,NRS,RDQ,HADS不安,HADS合計において有意な改善を認めた。NRSとRDQは優位に相関関係にあったが,NRSとHADS,RDQとHADSには相関が認められなかった。また,効果量については,NRS(r値:0.81),RDQ(r値:0.88),HADS(r値:0.71)であった。【結論】本研究の結果より,非特異的腰痛者において集団認知行動療法がNRS,RDQ,HADSの改善に有効であることが示唆された。またそれらの効果量においても効果を認めた。しかし,NRS・RDQとHADSに相関が認められなかった。看護師・介護士の職業性腰痛には身体的負荷以外にも精神的ストレスをはじめとする心理社会的要因が関与しているためであると考えられた。本研究より,非特異的腰痛者の看護師・介護士に対して,産業保健としての理学療法が,身体機能面だけでなく,心理・社会面のアプローチにより痛みが軽減できることが示唆された。
著者
竹井 和人 甲斐 義浩 政所 和也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ab1080, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 上肢挙上運動時の上腕骨と肩甲骨の規則的な運動は,腱板を代表とする肩関節周囲筋の協調的な活動によって成り立っている。従来の報告では,上肢挙上運動に外部負荷を加えることで,肩関節周囲筋の筋活動性を変化させても肩甲上腕関節や肩甲胸郭関節の運動は変化しないことが示されている。すなわち,正常な関節運動は筋活動性の増減に依存せず,筋活動の至適調節によって再現される可能性がある。しかしながら,筋活動の至適調節能の破綻によって肩関節運動が変化するか否かは不明である。そこで本研究では,上肢挙上運動への関与がすでに確認されている肩外旋筋に焦点をあて,肩外旋筋疲労による活動調節能の破綻が肩甲上腕関節および肩甲胸郭関節の運動におよぼす影響について検討した。【対象と方法】 対象は,健常成人男性18名の利き手側18肩(平均年齢20.4±1.9歳)とした。被験者は,体重の約5%に相当するダンベルを用いて,側臥位にて反復外旋運動を可能なかぎり行った。外旋運動後,筋力測定(ハンドヘルドダイナモメーター)によって外旋運動前より70%以上の筋出力低下(筋疲労)を確認したのち,ただちに上肢挙上運動時(肩甲骨面挙上)の肩甲上腕関節および肩甲胸郭関節の運動学的データを計測した。測定には,磁気センサー式3次元空間計測装置(3SPACE-LIBERTY,Polhemus社製)および解析ソフトMotion Monitor(Innovative Sports Training社製)を用い,上肢挙上運動5°ごとの肩甲上腕関節挙上角(GHE),肩甲骨上方回旋角(SUR),肩甲骨後方傾斜角(SPT)を求めた。磁気センサーは,胸骨柄,肩峰,上腕骨三角筋粗面にそれぞれ工業用両面テープを用いて強固に貼付した。センサー貼付後,上腕骨,肩甲骨および胸郭における骨格ランドマークのデジタライズ処理によって,解剖学的な座標系を求めた。運動軸は,International Society Biomechanics推奨のISB Shoulder recommendationに従い定義し,上肢挙上角(胸郭と上腕骨のなす角)5°ごとのGHE,SUR,SPTを算出した。なお,測定は反復外旋運動前後にそれぞれ2回計測し,平均値を代表値として採用した。統計処理は,各測定値の再現性について,2回の測定値から級内相関係数(ICC)を求めた。また,各測定値(GHE,SUR,SPT)の外旋筋群疲労前後の比較には,二元配置分散分析およびBonferroniの多重比較検定を採用し,危険率5%未満を有意差ありと判断した。【説明と同意】 対象者には研究の趣旨と内容,得られたデータは研究の目的以外には使用しないこと,および個人情報の漏洩に注意することについて説明し,同意を得た上で研究を開始した。【結果】 各測定値のICCは0.99(95%CI:0.96-0.99)で,極めて高い再現性が確認された。上肢最大挙上時の各測定値の平均は,GHEが疲労前84.5±8.2°,疲労後82.1±9.8°,SURが疲労前39.8±5.4°,疲労後39.9±5.4°,SPTが疲労前26.2±7.5°,疲労後24.4±6.3°であり,筋疲労前後での有意な差は認められなかった。上肢挙上角5°ごとのGHE,SUR,SPTを外旋筋群疲労前後で比較した結果,SURは挙上10°から60°の間で,疲労前と比べ疲労後で有意に高値を示した(p<0.01)。一方,GHEおよびSPTでは疲労前後で有意な差は認められなかった。【考察】 本研究の結果より,外旋筋疲労によって上肢挙上60°までの肩甲骨上方回旋角が有意に高値を示した。肩関節外旋筋の1つである棘下筋は,肩甲上腕関節の動的安定化に貢献する重要な筋である。また棘下筋の役割は,肩外旋運動や安定化作用のみならず,上肢挙上運動時の動作筋としての作用を合わせもつことが報告されている。さらに,上肢挙上運動における棘下筋の筋活動性を分析した先行研究では,挙上60°から90°の間でピークに達することを述べている。すなわち,肩甲上腕関節に作用する棘下筋の活動調節能の破綻は,上肢挙上運動に伴う肩甲骨運動の変化をまねくこと,また棘下筋が活動性を高める上肢挙上60°まで肩甲骨上方回旋を増加させることが示された。【理学療法学研究としての意義】 肩甲上腕関節に直接作用する外旋筋の筋疲労は,肩甲骨運動の変化を招くことに留意する必要がある。