著者
板垣 竜太
出版者
同志社大学
雑誌
評論・社会科学 (ISSN:02862840)
巻号頁・発行日
vol.105, pp.149-185, 2013-05

本資料は,朝鮮学校への嫌がらせ事件について京都地裁でおこなわれている裁判のために書いた意見書を全文活字化したものである。前半は,朝鮮学校の現状に関する説明である。日本および朝鮮民主主義人民共和国のカリキュラムとの比較,教科書の歴史的な変遷,朝鮮学校の組織体系などについて論じた。後半では,まず日本における民族教育史をたどりながら,民族教育権という概念が弾圧と抵抗の歴史のなかで編み出されてきたことを論じた。次に,保護者が子どもの言語習得や自尊心の確立を願って朝鮮学校を選択していること,受け身ではなく自分たちの学校と認識しながら子どもを送っていることも述べた。その上で,本件が,歴史的にも他国との比較においても典型的なレイシズム事件に他ならないことを論証した。
著者
板垣 竜太 戸邉 秀明 水谷 智
出版者
同志社大学
雑誌
社会科学 (ISSN:04196759)
巻号頁・発行日
vol.88, pp.27-59, 2010-08

論説(Article)本稿は国際的な視野から日本植民地研究を再考した。その際、「比較帝国研究」の枠組とは一線を画すことに留意し、日本帝国を他の植民地帝国と比較するというよりは、日本植民地研究の史学史と現況に焦点を合わせた。すなわち、マルクス主義、近代化論、ポストコロニアル論などの欧米の学界に由来する歴史研究の枠組が、日本植民地研究にどう受容され、対話がおこなわれ、批判され、鍛えられてきたかに注目し、議論を展開した。This essay reviews Japanese colonial studies from an international perspective. The essay, however, is not intended as yet another example of so-called 'comparative empire studies'. Rather than comparing the Japanese empire with others, it focuses on the past and present of the historiography of Japanese colonialism. It discusses a range of theoretical issues by examining how the historiographical frameworks developed in the Euro-American academia was received, discussed, and critiqued by scholars of Japanese colonialism.
著者
太田 修 宮本 正明 板垣 竜太 福岡 正章
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

(1)日韓会談文書検索システムの構築2016年度に引き続き、「日韓会談文書全面公開を求める会」(以下、「求める会」)HP上で公開されている日韓会談文書の書誌情報のデータベース化(文書の表題、作成年月日、キーワードなど)を行った。日韓会談文書1916ファイルのうち文書番号601から文書番号1500までの作業を進めた。また、研究代表者と「求める会」メンバーとの打ち合わせ会議を持ち(2017年11月24日、大阪経済法科大学東京麻布セミナーハウス)、データベース作業済ファイルの点検作業、および分担者の調整、検索システムの立ち上げと公開の方法と時期について協議した。検索システムについては、2016年3月に「求める会」HP上に「テスト用検索システム」を構築した状態となっている。データベース化作業が完了した後に検索システムを公開する予定である。(2)戦後日韓関係史研究の深化2017年度は、第5・6回研究会(2017年9月12日、民族問題研究所、ソウル)および第7・8回研究会(2018年3月13日、民族問題研究所、ソウル)をもち、本研究の趣旨・内容、研究範囲、研究方法・研究体制、研究計画などについて再確認し、各分担研究者および研究協力者が研究報告を行った。第5・6回研究会では、宋炳巻(研究協力者)が「崔虎鎮の国経済史研究と東洋社会論」、沈載謙が「国交正常化以前の韓日経済協力論の3つの脈絡と合意」というテーマで報告した。また、第7・8回研究会では、板垣竜太(研究分担者)が「映画「朝鮮の子」(1955年)の製作過程をめぐって」、金丞銀(研究協力者)が「植民地歴史博物館の基本概念と展示の構成」というテーマで報告した。その後、各自の研究の進捗状況を確認し、文献調査の結果について情報を共有し、次回研究会の予定を立てた。
著者
板垣 竜太 太田 修 高 榮珍 水野 直樹 喜多 恵美子 谷川 竜一 森 類臣 呉 永鎬
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2020-04-01

本研究は、冷戦期(1945年~1980年代)の北朝鮮において、国内外での人口や情報の流動性を背景として、いかに文化の諸領域が歴史的に形成され変化を遂げてきたのかを学際的に明らかにすることを目的とする。研究に際しては、社会の流動性、北朝鮮外の人口の相互影響、個人の能動性、文化の諸領域の相互関係(収斂)という4つの視点を一貫して導入する。その遂行のために学際的な研究体制を組織し、海外に散在する豊富な北朝鮮資料を共同で調査・分析するとともに、インタビュー調査も併用する。
著者
板垣 竜太
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究を通じて、20世紀前半の朝鮮半島北部の地域社会におけるプロテスタント教会の役割の大きさが分かったとともに、北米の宣教師文書が詳細に地域情報を残していたことが明らかになった。それらと公文書・新聞資料やインタビュー等を組み合わせることで、1945年以前の地域社会史の多面的な復元が可能となった。また1945年以降についても新聞記事や米軍の鹵獲文書などのほか、北朝鮮の民俗学等によって地域社会が照明できることも分かった。
著者
板垣 竜太 SHAPIRO MICHAEL SHAPIRO Michael マイケル シャピロ
出版者
同志社大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年度の研究目的は、現在までの研究をシャピロ氏が書籍にまとめることにあった。その内容は、日本帝国とグローバル規模のキリスト教伝道事業を代表するキリスト教青年会(YMCA)との二重の枠組みのなかで、日本と朝鮮におけるキリスト教徒がどのような関係を結んだのかを解明しようとするものである。この目的に向けて、2冊の出版企画書をまとめた。一つは日本・朝鮮・中国のYMCA運動の起源と相互関連を取り上げ、それらが植民地朝鮮においてどう交差したのかを問うものである。これまでの研究では、この過程を単に<非キリスト教勢力 対 キリスト教勢力>の衝突として扱うことが主流であったが、この研究ではキリスト教青年会(YMCA)に焦点を当て、このグローバル規模のキリスト教伝道団体と日本帝国における天皇制という二つの異質的な制度が、いかに植民地朝鮮において妥協点を探りながら共存しようとしたのかという観点に基づき二者の関係の解釈を試みる。もう一つの企画書は、プロテスタント教徒で有名なジャーナリストだった徳冨蘇峰が朝鮮総督府の御用新聞であった『毎日申報』の監督として果たした役割を取り上げる書籍の出版企画書である。1910年代の毎日申報を取り上げている先行研究では、監督の徳富蘇峰の編集方針を度外視してきたが、この発見によって朝鮮における最初の近代小説家とされる李光洙(イ・グァンス)との意外な思想的関係が明らかになる、というのがこの本の主張である。これをもとに、現在、出版企画が進んでいる。
著者
板垣 竜太
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.293-315, 2009-09-30 (Released:2017-08-18)

本稿は、1990年代末から2000年代にかけて日本と韓国にまたがって展開してきた歴史をめぐる対話を事例にしながら、新自由主義が一つの大きな力となって進行しているグローバル化の状況における知的な緊張関係について考察するものである。この時期の対話は、ポスト冷戦期の日本および韓国における歴史研究の同時代的な流れが相互に出会ったものとしてとらえられる。ここでは3つの流れが注目される。(1)ポストマルクス主義:日本の「戦後歴史学」の見直しと、韓国の民主化運動のなかで培われてきた歴史学のパラダイムに対する再考の流れがあった。(2)国民国家論と民族主義批判:国民国家の形成過程を批判的にとらえ直す日本の研究動向と、民族主義的な歴史認識に対する韓国での論争があった。(3)近代性批判:問題の起源を近代に遡って探求する、あるいは近代性そのものの問題を明らかにする研究視角が歴史研究で強まった。それとともに「日本」という時空間で完結し得ない「帝国史」研究の方向と、植民地主義と近代性をめぐる議論の深まりがあった。こうした知的脈絡が出会っていくなかで、いくつかの問題にも突き当たった。特に、以下の3つの徴候が考えるべき問題を投げかけている。(1)「国史」について:ナショナル・ヒストリー批判とひとことでいっても、そこには複数の力のベクトルがせめぎあっており、そこから同床異夢も生じている。(2)植民地主義と近代性:近代性批判が、逆説的にも近代性への問題の還元論となり、植民地主義批判が曖昧になっている。(3)「和解」の政治:「加害」「被害」を単純化しながら、和解のメッセージを読み取る言説が増殖している。以上のような動向は、ポスト冷戦およびグローバル化のなかでのポストコロニアルとポストモダンの緊張関係という観点から考えることができる。
著者
岩崎 稔 今井 昭夫 篠原 琢 長 志珠絵 金井 光太朗 石井 弓 成田 龍一 板垣 竜太 小田原 琳 土田 環 米谷 匡史
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2016-04-01

第一年度に当初予定していた仮説提示のためのワークショップを先送りした影響から、第二年度は二つの課題を並行して進めることになった。まず、この仮説提示のためのワークショップは、歴史叙述と集合的記憶を「記憶論的転回以後」という段階規定で考察する場合の基礎概念を提示することを目的としていたが、10月7日に「『メタヒストリー』の射程で考える歴史叙述と記憶の問題系」と題するシンポジウムとして実現した。この時点までにH・ホワイト『メタヒストリー』を翻訳し、議論の共通のプラットホームを確保した。これを通じて、歴史叙述のレベルとともに資料のレベルにおいても言語論的転回を考慮すべきこと、素朴実在論的な予断にあらゆる意味で依拠することのできない「文化的記憶」の位相において歴史認識を考察しなくてはならないこと、等が確認された。他方、二年度目の本来の課題としては、平成29年6月8日から9日にかけて、UCLAにおいて開催された歴史学部のワークショップに「集合的記憶と傷」をテーマとして報告者を派遣し、「東日本大震災以後の幽霊譚」という主題等をとりあげて全体の議論に貢献した。また、8月30日から9月3日までリスボンで開催されたヨーロッパ日本学会に研究分担者の小田原琳氏などを派遣して、戦後史の記憶について報告させた。9月20日から22日までは韓国の西江大学において、同大の林志弦氏と協力して「グローバルな記憶空間としての東アジア」と題するシンポジウムを実現し、「東アジアのメモリーレジューム」という概念を掘り下げた。10月8日から9日まではアメリカのコーネル大学で、ブレット・ドバリー教授、ナオキ・サカイ教授とともにワークショップを実施し、哲学史と植民地主義の記憶という課題で報告を行った。これらの一連の国際会議をペースメーカーとし、そのつどそれに向けた学際的基盤研究会を断続的に開催して実績を重ねてきている。
著者
永原 陽子 粟屋 利江 鈴木 茂 舩田 さやか 阿部 小涼 今泉 裕美子 小山田 紀子 尾立 要子 小林 元裕 清水 正義 前川 一郎 眞城 百華 濱 忠雄 吉澤 文寿 吉田 信 渡邊 司 津田 みわ 平野 千果子 浅田 進史 飯島 みどり 板垣 竜太 大峰 真理 後藤 春美 高林 敏之 旦 祐介 津田 みわ 中野 聡 半澤 朝彦 平野 千果子 溝辺 泰雄 網中 昭世 大井 知範 柴田 暖子
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

本研究では、「植民地責任」概念を用いて、脱植民地化過程を第二次世界大戦後の植民地独立期に限定せず、20世紀の世界史全体の展開の中で検討した。その結果、第一次世界大戦期の萌芽的に出現した「植民地責任」論に対し、それを封じ込める形で国際的な植民地体制の再編が行われ、その体制が1960年代の植民地独立期を経て「冷戦」期にまで継続したことが明らかになった。
著者
板垣 竜太 Ryuta Itagaki
出版者
同志社大学社会学会
雑誌
評論・社会科学 = Social science review (ISSN:02862840)
巻号頁・発行日
no.134, pp.141-177, 2020-09

本資料は,京都大学が保管する琉球民族遺骨の返還を求める集団訴訟で,京都地裁に提出した意見書である。本意見書は,まず人骨研究を中心とする近代人類学の系譜を整理したうえで,京都大国大学の人類学者が統計学的な手法を駆使しながら集団的に人骨研究を進めたことを明らかにした。そのうえで京都帝大の人類学者による琉球遺骨の収集には,解剖学教室の金関丈夫によるもの(1929年)と病理学教室(清野謙次人類学研究室)の三宅宗悦によるもの(1933年)の2系統があり,前者は台北帝国大学に移管され,後者が京都帝大に残されたことを論証した。最後に,人骨収集の態度において,本州・四国・九州における慎重さと,南島における手軽さが対照的であったことを示し,植民地状況においては「純粋」な科学的研究に対する法的・倫理的な歯止めが働かなくなったという意味で,それを「植民地主義的ダブルスタンダード」と呼んだ。資料(Material)
著者
板垣 竜太 Ryuta Itagaki
出版者
同志社大学社会学会
雑誌
評論・社会科学 = Social science review (ISSN:02862840)
巻号頁・発行日
no.128, pp.39-65, 2019-03

記録映画「朝鮮の子」(1955年3月)は、東京都立朝鮮人学校への東京都教育委員会の廃校通知(1954年10月)をきっかけとして、それに対する反対運動のなかから製作された。本稿はこの映画の製作プロセスに注目し、そこに表れている関係性を歴史化することを目的としている。「朝鮮の子」の製作は在日朝鮮人の教育運動組織が推進し、在日朝鮮映画人集団が共産党系の記録教育映画製作協議会のメンバーとともに脚本、演出にあたった。荒井英郎が中心となって進めた脚本の<初稿>にもとづき、1954年12月下旬から撮影がはじまるが、内容に異論が出たため、1955年1月には一度撮影を中断し、京極高英を中心に脚本の<改訂稿>をまとめた。その過程で、子どもの語りを中心としたつくりに変わった。実際に作文を原典とするシーンは多くないものの、改訂により全体として朝鮮人の主体性がより強まる内容になった。この映画には、朝鮮人学校の教育実践とそれをとりまく教育運動をめぐる関係性が記録されており、とりわけ「敏子」の作文シーンはそうした特徴をよく示している。ただ、脚本改訂や資金難により当初の予定より完成が遅れた。その間に廃校反対運動は学校の各種学校化を前提とした条件闘争に転換しており、結果的に上映も不活発だった。The documentary film "Children of Korea (Chōsen no ko)", released in March 1955, was produced in the midst of the counter movements against the Tokyo Metropolitan Board of Education's decision in October 1954 to close the Tokyo Metropolitan Korean Schools (Tōkyōtoritsu Chōsenjin Gakkō). This article analyzes the making process of "Children of Korea" in order to historicize the political and social relationships which were reflected both explicitly and implicitly in the film. The documentary was produced by the Korean education movement organizations and was scripted and directed by the Zainichi Korean Cineaste Group (Zainichi Chōsen Eigajin Shūdan) with the professional assistance of Japanese members of the Documentary and Educational Film Production Council (Kiroku Kyōiku Eiga Seisaku Kyōgikai) which was led by the Japanese Communist Party. Based on the ‹first draft› of the scenario written by Arai Hideo, they started shooting from late December 1954. Facing with objections within the production staffs, however, they ceased shooting for a time and asked Kyōgoku Takahide to rewrite the scenario, what I call the ‹revised version›. One of the most radical revisions was that Korean schoolchildren had come to narrate in most of the scenes as if they read their own compositions. As a result, the representation of the independent identity of Zainichi Koreans had been emphasized in the film. Educational activities in Korean schools and relationships among educational movements at the time were vividly recorded in "Children of Korea". Toshiko/Minja's scene of reading her composition well-reflected such relationships and changes in the film. However, due to the scenario revision and financial difficulty, the completion of the film had delayed more than a month. During the delay, the strategy of the counter movement had shifted from the anti-closure of the Metropolitan Korean Schools to negotiation on conditions in privatizing the schools, ending up with the inactive screening of the film.論文(Article)
著者
板垣 竜太 Ryuta Itagaki
出版者
同志社社会学研究学会
雑誌
同志社社会学研究 (ISSN:13429833)
巻号頁・発行日
no.25, pp.45-65, 2021-03

本論文は、北朝鮮で活躍した言語学者・金壽卿(1918-2000)が記した朝鮮戦争手記(1994年脱稿、未公刊)を資料とし、そこに登場する研究者や学生の記述を抽出して分析することにより、既存の研究では明らかにし得なかった戦場および戦前・戦後の知識人らのリアルな姿を浮かび上がらせようとするものである。まず、この手記は金壽卿が主に離散家族向けに書いたものであるという資料の性格を明らかにしたうえで、言語学者に関する記述と戦時中または戦後に死去または行方不明となった人々に関する記述に分けて、手記の内容を検討した。こうした検討作業を通じて、この手記の記述が戦地に赴いた知識人の揺れ動く姿を等身大で描いたものであると位置づけた。研究論文(Original paper)
著者
板垣 竜太 戸邉 秀明 水谷 智 Ryuta Itagaki Hideaki Tobe Satoshi Mizutani
出版者
同志社大学人文科学研究所
雑誌
社会科学 = The Social Science(The Social Sciences) (ISSN:04196759)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.27-59, 2010-08-10

本稿は国際的な視野から日本植民地研究を再考した。その際、「比較帝国研究」の枠組とは一線を画すことに留意し、日本帝国を他の植民地帝国と比較するというよりは、日本植民地研究の史学史と現況に焦点を合わせた。すなわち、マルクス主義、近代化論、ポストコロニアル論などの欧米の学界に由来する歴史研究の枠組が、日本植民地研究にどう受容され、対話がおこなわれ、批判され、鍛えられてきたかに注目し、議論を展開した。
著者
宮嶋 博史 中 純夫 板垣 竜太
出版者
同志社大学言語文化学会
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.8-24, 2012-08

講演会記録(Lecture Record)同志社大学言語文化教育研究センターの「朝鮮半島のことばと文化」研究会の主催で,2011年12月に開かれた講演会の記録である。当日は,同志社大学言語文化教育研究センターの小川原宏幸氏が司会を務め,同センターの洪宗郁氏から趣旨説明があり,成均館大学東アジア学術院の宮嶋博史氏から「「際」を自覚した者の苦悩-朝鮮思想史の再検討-」と題した講演をいただいた。その後,京都府立大学文学部の中純夫氏,同志社大学社会学部の板垣竜太氏から,それぞれ「実学思想と「際」―宮嶋博史先生の発表に寄せて―」・「宮嶋史学の展開と儒教論」という題名でパネル討論が行われ,最後には一般の参加者を交えた「討論」の時間が設けられた。パネル:中純夫・板垣竜太
著者
水谷 智 平野 千果子 有満 保江 三ツ井 崇 永渕 康之 松久 玲子 板垣 竜太
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本共同研究では、日本(朝鮮、台湾、沖縄等)とヨーロッパ(イギリス、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ等)の植民地史を、「医療」「官僚制」「人種主義」といった<近代性>の問題系に属する主題を軸に再検討した。植民地主義をグローバルな文脈で共同研究するにあたっての<比較>の必要性と危険性の両方に十分に注意を払いながら、様々な支配経験に関する実証研究を突き合わせ、相互参照を可能にする枠組および概念の創出を目指した。その結果、近年の植民地研究の鍵となっている「植民地近代性」(colonial modernity)の概念の可能性と限界が明らかになった。また共同討議の過程で、議論の対象とした植民地帝国のそれぞれが、他国との<比較>によって自国の支配を正当化し統治政策を策定していた歴史像が浮かび上がってきた。<比較>それ自体を歴史研究の対象として主題化し、植民地主義の一部としてそれを根底的に検証し直す必要性が理解されるに至ったのことも、本研究の重要な成果の一つである。
著者
駒込 武 冨山 一郎 板垣 竜太 鳥山 敦
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究では、近代日本において「辺境」とされた地域において空間的移動と社会的移動の可能性がどのように開かれていたのか、その中で学校教育がどのような役割を果たしたのかを解明した。具体的には、奄美諸島の経験を基軸としながら、かつて日本の「植民地」とされた台湾・朝鮮や、「内国植民地」と称された琉球諸島・北海道を含めて、これらの地域に生きる人びとが高学歴の取得を通じて脱「辺境」を志向しながらも、その試みが挫折したプロセスを分析した。また、いわば「法制化された不自由」が存続した時代に構築された資本格差が、「法制化された不自由」撤廃後の不平等を存続させるための重要な因子としての役割を果たしたことを指摘した。