著者
野澤 淳史
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
vol.20, pp.165-179, 2014

本稿は,福島第一原子力発電所事故の影響によるリスクと被害の結びつきを明らかにすることを目的とする。具体的には,福島市で自立生活を送る障害者を対象に,生活環境の変化をリスクと捉え福島に留まらざるをえなかった障害者が直面した介助者不足の深刻化について,福島市にある自立生活センターのスタッフを中心とする聞き取りにもとづいた分析を行うことで,具体的に現れた被害がどのようなことがらであるのかを考察する。福島原発事故発生以降,障害者にとってリスクとは,むしろ福島から離れることを意味していた。避難や移住をめぐって制度的な制約を受けやすい重度の障害者であるほどこのリスクは高くなり,福島に留まらざるをえない。そうした状況の中,子どもを守る親のリスク回避行動によって介助者が減少し,かつ震災後の介護労働現場の選好の偏りを受けて新規の介助者が集まらなくなり,不足の問題は深刻化した。障害者が留まらざるをえないという「選択」の結果として介助者不足が深刻化し,自立の機会が奪われていくとすれば,それは被害の具体的な現れとして規定することができるのではないか。
著者
蔭山 拓 カゲヤマ ヒロシ Kageyama Hiroshi
出版者
大阪大学国際教育交流センター
雑誌
多文化社会と留学生交流 = Journal of multicultural education and student exchange : 大阪大学国際教育交流センター研究論集 (ISSN:13428128)
巻号頁・発行日
no.20, pp.1-7, 2016

本稿では、日本語教育における主要な対話観を概観・整理し、それらの意義・課題について、バフチンの対話原理およびそれを基盤とする対話主義的な第二言語教育という視点から考察した。その結果、日本語教育における主要な対話観としては、「会話」とほぼ同義の対面式の口頭言語コミュニケーションを指す対話観、相互理解や課題の発見・解決といった目的を達成するための「話し合い」や「交渉」とほぼ同義の対話観、「内省」と同義の自己内対話を指す対話観などが混在していることが明らかになった。そして、対話主義的な第二言語教育の視点からの考察では、それら従来の主要な対話観に基づく研究や教育実践は、一方で依然としてモノロジズム的な言語観・言語活動観あるいはコミュニケーションのコードモデルを踏襲するものであること、そして、一方で日本語教育における対話の活用を目指してはいるものの実践が依拠している日本語の習得と指導の原理を十分に提示できていないことなどを指摘した。
著者
倉地 曉美
出版者
広島大学大学院教育学研究科日本語教育学講座
雑誌
広島大学日本語教育研究 (ISSN:13477226)
巻号頁・発行日
no.26, pp.1-7, 2016

This study aimed to determine how globalization in education, which can be widely observed in Japanese universities, influences Japanese-language education programs and full-time faculty positions for those programs. This research was conducted via a postal survey to full-time instructors selected by referral sampling at 54 universities in Japan (national, public, and private universities). It was evident that globalization in education exerts a considerable influence on both Japanese-language education and faculty positions. The results of this study have a bearing on such questions as how overseas student education programs in Japan should be efficiently promoted. However, it is clear that the increasing workload on fulltime faculty should be reexamined and reduced. Full-time instructors are obliged to commit considerable time to other duties. Faculty are required to provide overseas students with necessary information to help them pursue their studies in a different cultural environment. Giving intercultural education to Japanese students is also an indispensable part of faculty duties. These issues demand further reconsideration and discussion.本研究は,基盤研究(B)『多文化にひらかれた大学教員の国境を越えたネットワーク形成に関する研究』(研究代表者:倉地曉美)の国際共同研究の一環として実施されたものである。2015年6月異文化間教育学会のケース・パネル(共同発表者:中山亜紀子,加藤鈴子)「グローバル化の大学の日本語教育への影響について」で,日本,米国,韓国で実施した研究成果を発表したが,本研究はその一部である。
著者
吉田 文和
出版者
経済理論学会
雑誌
季刊経済理論 (ISSN:18825184)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.14-24, 2013-04-20

If we review the accident at Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant on 11 March 2011 and examine the nuclear disaster that has followed it from the standpoint of the theories that have been developed to deal with the problems of pollution, and analyze it first from the point of view that focuses on "the causes of pollution" and "the damage that pollution causes", and then, further, to go on to consider the various theories or concepts that relate to issues of "responsibility", "countermeasures", "social cost", "relief", and finally to weigh up proposals for "an alternative policy", it should become possible to determine the extent of the problem, the issues that have to be faced and the courses of action that we need to take, the prospects for finding a solution, and a timeline that may lead to its resolution.
著者
宮島 喬 藤田 英典
出版者
日本教育社会学会
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.398-399, 1992-08-07
著者
芹澤 知広
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 (ISSN:03892204)
巻号頁・発行日
no.29, pp.215-229, 2001-03

この論文においては、映画を媒介にして現代香港の社会生活における住居、家族及び都市性について論じる。香港の独特の社会生活は、都市社会研究者に対して多くの興味深い材料を提供してきた。そしてその社会生活を特徴づけるもののひとつとして、「香港映画」といわれる香港で制作された商業映画がとりあげられることがしばしばある。ここでは近年の文化研究の映画批評とは対照的に、この香港映画が単なる芸術作品ではなく、それが生産され、流通され、消費されるローカルな社会をもっていることを強調する。家族関係など住居をめぐる生活の細部を記述・検討することから、香港社会と香港映画の双方にとっての住居の重要性が明らかになる。
著者
向井 良人
出版者
熊本保健科学大学
雑誌
保健科学研究誌 (ISSN:13487043)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.49-62, 2012-03-31

戦争,公害,災害など,暴力的な出来事を「なかったこと」にしないためには,その体験者の記憶が語られなくてはならない。そこで体験者は〈語り部〉となる。また,災厄の痕跡は博物館や資料館に保存され展示される。あるいは災厄の現場自体が巡礼地となる。語りは痕跡に文脈を与え,痕跡は語りを媒介する。こうして,体験者の語りと物理的な痕跡によって出来事の記憶は聞き手の前に可視化される。そのストーリーは,語り手と聞き手の出会いの産物である。ただし,想像を絶するほど凄惨な出来事は,体験者にとって語ることのできないものでもある。他方,聞き手が期待しているのは,悲劇の再演やモデル・ストーリーの補完かもしれない。それゆえ,出来事は聞き手の日常を脅かすことのない,一過性のものとなりがちである。語り手が発するメッセージは,聞き手による共感も解説も受け付けないものであるかもしれないが,両者が出会う意義は,まさにそうした断絶を可視化することにある。