著者
北村 卓
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2004

明治期、大正期から昭和にいたるフランス近代詩受容の一つのパースペクティブが、上田敏、永井荷風、谷崎潤一郎、岩野泡鳴、福永武彦らを中心とする具体的な研究を通して明らかになった。またフランス文学・文化の受容に関する研究を、日仏文化交渉の観点から、詩・小説・演劇・映画などを視野に収めた上で行うことによって、立体的な傭職図を獲得できた。こうした受容研究と並行して、日本においてフランス近代詩がどのような過程を経て翻訳・発表されたのか、すなわち原典の確定、翻訳者、発表の媒体、社会的状況を明らかにしようと試みた(これは成果報告書巻末に付した年表形式のデータベースに反映されている)。それらがどのような読者層に受容され、さらには日本の作家や芸術家さらには日本の社会にどのような影響を与えたのかについては、受容研究において具体的に考察を加えている。以上の成果をもとに、100ページにわたる研究成果報告書を平成19年3月に刊行した。その報告書は、5章からなるフランス近代詩の受容研究(序章:日本におけるフランス近代詩受容のパースペクティブ、第1章:永井荷風『珊瑚集』における戦略、第2章:谷崎潤一郎とボードレール、第3章:岩野泡鳴とフランス象徴詩、第4章:福永武彦における「幼年期」と「島」の主題)および年表としてまとめた翻訳文献(ボードレールを中心とする)のデータベースとから構成されている。
著者
大石 和徳 山領 豪 森田 公一 井上 真吾 熊取 厚志
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

フィリピン、マニラ市において78例のデングウイルス二次感染症患者(DF40症例、DHF38症例)の急性期と回復期の末梢血血小板数とPAIgGおよびPAIgMを測定し、血小板数のみならず重症度との相関を検討した。急性期に血小板数は減少するのに対し、PAIgG,PAIgMは増加し、それぞれは血小板数と有意な逆相関を示した。また、PAIgMの増加はDHF進展と有意に相関することが判明した。一方、急性期患者の末梢血血小板の溶出液中には健常者と比較して高い抗デングウイルス活性を検出した。デングウイルス二次感染症において、抗デングウイルス結合活性を有する血小板に付随した免疫グロブリンはその血小板減少機序と重症度に重要な役割を果たすことが推察された。また、血漿中thrombopoetin(TPO)は急性期に増加することから、デングウイルス二次感染症において、デングウイルス感染に伴う巨核球減少が関与することが示唆された。次に、顕著な血小板減少を伴うデングウイルス感染症患者34例(DF18例、DHF16例)を対象として、高用量静注用ヒト免疫グロブリン(IVIG)を0.49/kg/日を3日間投与し、血小板減少の進行阻止あるいは回復促進効果が認められるか否かを前向き比較試験として実施した。入院直後にウイルス学的診断の確定した34症例を封筒法により無作為にA群(IVIG投与+輸液療法)17例、B群(輸液療法のみ)17例の2群に分類した。2群の性別、年齢(平均15歳)、重症度、末梢血血小板数に有意差は認められなかった。A群において、IVIG投与に伴う明らかな副反応は認められなかった。これらの結果から、急性デングウイルス感染症は、ITPとは異なり網内系細胞のFcレセプターを介した血小板クリアランスは主要な血小板減少機序でないことが示唆された。さらに、分化したTHP-1細胞を用いてin vitroの血小板貪食能測定法をフローサイトメトリーを用いて確立した。
著者
澤田 典子
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では、フィリポス2世のもとでのマケドニアの急速な台頭とギリシア制覇の過程を、彼が精力的に進めた軍制改革・都市建設・人口移動・農地開拓などによるマケドニアの社会の変容と関連づけて分析し、こうした社会変容がフィリポス2世のギリシア制覇の重要な背景になっていたことを明らかにした。さらに、そうしたフィリポス2世の治世のマケドニアの発展において、前5世紀初頭以降のマケドニア王たち、とりわけペルディッカス3世の治世からの「連続性」が従来考えられているよりも顕著であったことを検証した。
著者
木村 智哉
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年の研究計画は、国産テレビアニメ草創期の諸動向の中から、商業映像メディアの転換が、アニメーションの制作現場と、その映像表現にあたえた変化や影響を実証的に検討することにあった。この計画は、かなりの程度達成された。平成27年7月に公刊された論文では、国産テレビアニメが放映開始された1963年に、その事業に参入した制作会社およびテレビ局、スポンサーの動向を追跡し、その中でも従来、劇場用映画制作を行っていた東映動画株式会社においては、スポンサーの都合によって番組枠の維持が流動的で不安定かつ、支払われる製作費が低廉なテレビアニメ事業を継続するにあたり、正社員ではなく個人に業務委託を行う契約者制度が重視されるようになったことを論じた。この内容は、12月に公刊された他の論文の内容と合わせ、10月にヴァッサー大学で行われたアジア研究学会でも発表した。さらに平成28年1月に公刊された査読付論文では、先の論文の内容を、東映動画に関してより専門的に深め、テレビアニメ制作事業を継続する過程で、同社の労務管理は時間によるものから作業量によるものへと転換し、そこに作業量を技術力の一端として捉える作画職の一部スタッフが呼応していったことなどを実証的に論じた。また、10月には美学会全国大会にて、テレビアニメ制作事業の開始が、劇場用映画制作の時代に行われていた、アニメーター中心の合議制による作品の質的管理を揺るがし、むしろ演出家による管理へと移行して、それが製作事業における量的管理(スケジュールや予算の厳守)にも寄与したこと、さらにこの「演出中心主義」の成立が、アニメーションの演出において、カメラアングルの多様化など映像表現上の変化をももたらしたことを論じた。ほか2本の論文を含め、計5本の論文と3回の学会発表を行い、最終年度の業績発表としても単著を構成する内容としても、重要な業績が蓄積できた。
著者
筒井 英一郎 中野 美知子 大和田 和治 阿野 幸一 近藤 悠介 上田 倫史
出版者
広島国際大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本プロジェクトの目的は、日本人英語学習者の学習方法の好み、学習不安、意欲の方向性、学習スタイルなどに焦点を当て、自動診断のフィードバックシステムを開発することである。ウェプアプリケーションを用いて、51の調査項目に答えることにより、診断結果が個別出力される仕様となった。この診断システムを受けることで、(1)自分がどういったスタイルで学習に臨んでいるか、(2)英語学習におけるどのような学習方法に頼っている/忘れがちであるか、(3)英語学習においてどのような不安感を持っているか(4)どういったものに英語学習に対する意欲を掻き立てられるのかなどの認識することが可能である。
著者
三根 慎二
出版者
三重大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究の主な成果として,オープンアクセス運動は,1)学術雑誌の価格高騰,2)学術情報の電子化,3)研究者のイニシアティブという3つの異なる文脈が同時代的に組み合わさった結果生じたものだったが,約20年を経て,研究者や図書館から政府や出版社にその主導権が移りつつあり,機関リポジトリの役割は相対的に小さくなりつつあること,当初掲げられていた商業出版社への対抗戦略としての意味合いは弱まっていることなどがわかった
著者
佐藤 アヤ子
出版者
明治学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

環境破壊、種の絶滅、遺伝子工学等に警鐘を鳴らすカナダの作家マーガレット・アトウッドは、環境の危機を人間に伝えるには、「理解の神経回路」を作る物語や文学を含む芸術が必要と強調した。この「理解の神経回路」こそ、出口のない従来のディストピア小説とは違う〈新ディストピア小説〉の構想と解釈し、〈マッドアダム〉の物語である三部作Oryx and Crake(2003)、The Year of the Flood(2009)、MaddAddam(2013)で分析し、アトウッドが希求する〈新小説作法〉を考えた。
著者
當間 孝子 宮城 一郎 比嘉 由紀子
出版者
琉球大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

蚊は人・哺乳動物の血を吸い病原体を媒介する。哺乳類の吸血行動に関しては多くの研究があり、動物が排出する二酸化炭素や体温を感知し、動物に接近することはよく知られている。最近、我々は冷血動物(蛙)の鳴き声に刺激され、吸血行動を開始する蚊がいることを報告した。本研究では、どんな蚊種がどんな種の蛙の鳴き声に誘引されるのか、それらの音に特徴があるのか、また、誘引された蚊の室内での累代飼育を試み、生態を明らかにすると共に、野外で採集した吸血蚊の吸血源動物を明らかにすることを目的として行った。これらの研究は昆虫媒介性人畜の病原のサイクルの解明、人畜への感染予防対策に役立つと考える。研究の結果、チビカの仲間の蚊、特にUr. macfarlaneiが蛙の鳴き声に多数誘引され、西表島に生息する8種の蛙の声、いずれにも、個体数の違いはあるが誘引されることが明らかになった。本工学部の音声の専門家である高良教授の協力を得て、蛙の鳴き声を分析し、人工音を作成、野外実験を試みたが、蚊を誘引する人工音は特定されてなく、引き続き調査中である。蛙の鳴き声に誘引された西表島産Ur. macfarlaneiは実験室内累代飼育に成功した。1雌が平均61卵粒からなる卵塊を水面に産み、幼虫期間は9-15日、蛹の期間は2-3日で、羽化率は74%であった。羽化成虫は大ケージで自然条件化で交尾し、吸血源として蛙をケージ内に入れると約15%の雌が吸血した。今後本種の実験室内での音に対する反応など生態を明らかにする。本種吸血雌の胃内血液のDNA解析の結果、野外ではサキシマヌマガエル、ヒメアマガエル、アイフィンーガエルを吸血していることも明らかになった。
著者
鈴木 智之 与那覇 恵子 塩月 亮子 加藤 宏 松島 浄 加藤 宏 武山 梅乗 松下 優一 ヴィクトリア ヤング
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

本研究では、戦後沖縄における「文学表象」と「文化的実践の場」の構造に関する社会学的分析を行うことを課題としてきた。沖縄において「文学」は、政治的状況の強い規定力と、文化的・言語的な固有性に影響されながら、「弱い自律性」を特徴とする文化的実践の場を形成している。地域に固有の制度的布置の中で、文学は、この地域の歴史現実を表象する重要な媒体でありつづけている。本研究では、戦後沖縄を代表する何人かの作家たちについて、社会的状況と文学的実践を結ぶ、その多面的な媒介の論理を明らかにすることができた。
著者
阿子島 功 坂井 正人 渡邊 洋一 本多 薫 坂井 正人 渡邊 洋一 本多 薫 PAZOS Miguel OLAECHEA Mario
出版者
山形大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2006

ペルー中南部海岸沙漠のナスカ台地とその周辺の地上絵は、B.C.1~A.D.8世紀頃のナスカ期の文化遺産であり、1994年に世界遺産に指定されたが、詳細な測量図が作成されているのは動植物図像が集中しているナスカ台地の一部のみであり、ナスカ台地全域にわたる地上絵の分布の全体像については必ずしも明らかではなかった。地上絵の成り立ちの解明や今後の保全計画の基礎となる資料を整備する目的で、高精度人工衛星画像解析や現地調査によって分布図作成を行い、自然地理学、考古学、認知心理学などの観点から考察した。ナスカ台地全域の地上絵の分布図が作成されたことにより、自然地形との関係や、地上絵が制作された文化的背景、また現在進行している地上絵の破壊状況などを明らかにすることができる。
著者
宮崎 千穂
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成20年度より平成23年8月まで(途中、出産・育児による中断あり)の約3年間に亘る本研究では、医療・衛生の観点より「帝国」を捉えなおすことを目的とし、特に、ロシアから日本へと伝播された「検黴」(梅毒検査)を手がかりに、「性病」のあり方を考察してきた。最終年度である本年度(平成23年4月~8月)は、幕末の長崎で日本初の検黴を実施したロシア艦隊がその後、1890年代にいかなる「梅毒との闘い」を繰り広げたのか、ロシアにおいて収集した史料を分析することで明らかにし、その内容を論文としてまとめた。日本最初の検黴以後も、ロシア艦隊は継続して<長崎の梅毒>を憂慮しており、特に、<秘密売春(私娼)>目を向け、その取締りを長崎当局に要請していた。一方で、注目すべきことは、同時に、<売り手>である長崎の女性のみならず、<買い手>であるロシア水兵に対する管理も本格化していたことである。1890年代、ロシアでは梅毒蔓延対策をめぐり梅毒学者や医師などが参加する全国規模の大会が開催され、子孫の絶滅危機という梅毒を<国民病>とする語りによって農村での梅毒蔓延の危険性が訴えられた。その時、下級軍人(兵士)には<帝国全土への梅毒の散布者>というラベルが貼られ、罹患者の洗い出しのため、病に対する差恥心を捨てて病を自白し医師の治療を受ける必要性が教育されるとともに軍務生活中の自律が強く求められたのである。その際、下級軍人には、梅毒は都市の売春婦との性的関係により感染するものの、帰郷後の農村では性的関係以外の経路で家庭、子孫に感染させると教えられた。かような軍医による医学的語りは、<都市の性病>、<農村の生活習慣病>としての梅毒像を結んだのである。
著者
鈴木 彰
出版者
神奈川大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2004

1.伝本調査および関連資料収集作業和鋼博物館・刀剣博物館・東京大学史料編纂所を中心に、各機関に所蔵されている文献・写真帳等を調査し、刀剣伝書および伝書の生成と展開に関する書物群の伝本調査を推進した。書誌カードとして成果を累積し、それらをパソコンに入力した。また、デジタルカメラでの撮影や複写によって原本の写真版を手元に集め、伝本分類作業をおこなった。前年度までの調査に加えて、新たな中世にさかのぼる内容を持つ伝本を複数見出し得た。2.本研究のまとめ本研究のまとめして、「中世刀剣伝書伝本一覧(稿)」を作成し、公表した(鈴木彰『平家物語の展開と中世社会』<汲古書院2006>に掲載)。また、本研究で収集した関連資料とあわせて、将来的に「室町期刀剣文化関連資料集」(仮称)を公表するべく、整理を続けた。本年度の成果を盛り込み、初発的な完成を期したい。また、軍記物語との関連という観点からの論文「源家重代の太刀と曾我兄弟・源頼朝--『曾我物語』のなかの「鬚切」「友切」--」をまとめた(『軍記物語の展望台』(和泉書院・2006刊行予定。校正中)に掲載予定)。3.研究成果の公表2にも記したような著書と論文を公刊・執筆した。また、本研究の過程で得た知見を盛り込んだ研究発表もおこなった(軍記・語り物研究会大会 2005.8 於名古屋大学)。その内容についても、同会の機関誌「軍記と語り物」42号(校正中)に掲載予定である。
著者
林 琢磨
出版者
信州大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

子宮平滑筋腫(子宮筋腫)は、50歳以上の成人女性に罹患率70~80%で発症する良性腫瘍で、女性に発生する腫瘍で最も頻度の高い腫瘍のうちの一つである。従来はその大きさを基準に手術が行われてきたが、女性の晩婚化・高齢初産婦の増加などライフスタイルの変化により、40 歳代女性の妊孕性温存希望が強くなっている。故に、今日の子宮筋腫の治療方針ではこの社会的背景を考慮して、子宮を温存する方法が要求される。しかし、子宮筋腫に類似した悪性疾患である子宮肉腫がまれながら存在するため、多くの子宮筋腫患者の中で子宮温存の是非を決定する際、その除外診断が重要となる。残念ながら、現行の鑑別法は、手術摘出組織の外科病理診断であり客観性に欠けている。さらに、これまでに各国において臨床試験が行われているが、既存の抗癌剤では、子宮肉腫に対する顕著な延命効果が認められていない。そこで、子宮肉腫に対する新規治療法・診断法の確立に向け、子宮肉腫の生物学的特性を理解することが重要である。林らの研究グループは、蛋白分解酵素複合体プロテアソームの構成因子であるLMP2の欠損マウスにおいて、子宮肉腫が自然発症することを見出した(利根川 進 教授:米国マサチューセッツ工科大学の研究協力)。そこで、私達は、病理ファイルより選別された各種子宮間葉系腫瘍の生検組織でのLMP2の発現状況について免疫組織化学染色により検討し、特異的に子宮肉腫でLMP2の発現が著しく減弱することを報告した。提携の医療機関との連携の基、私達は、LMP2に着目したDNA MicroArrayの遺伝子プロファイリングを行い、子宮間葉系腫瘍の診断マーカーの候補分子の探索を行っている。本研究より、林らの研究グループは、カベオリン、LMP2、Cyclin Eなどの候補因子に対する子宮間葉系腫瘍の診断マーカーとしての可能性を検討した。
著者
亀井 靖子
出版者
日本大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

郊外戸建住宅地の先行事例である、マー・ヴィスタ―・トラクトと高幡鹿島台ガーデン54の現状を調査分析し、(1)住宅地コンセプトを明快に表す全戸共通要素、(2)居住者の住宅地と住環境に対する意識と関心の高さが良好な住宅地の維持形成に影響することが明らかになった。その中で、戸建住宅でも、団地景観に影響を与える部分については共用部分とみなし維持管理していくことが大切であり、その線引きが次の課題であることが明らかになった。
著者
渡邊 浩 平林 民雄
出版者
筑波大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1986

本研究では(1)二次元ゲル電気泳動法による群体間の質的な違いの検索、(2)イタボヤ二種における群体特異性の記載、(3)拒絶反応の組織・微細構造学的観察、(4)ホヤ被嚢の組織・微細構造学的観察についてそれぞれ以下の成果を得た。(1)についてはクローン株の間で易動度の異なる種内変異と判断されるタンパクを数種見つけることができたが、群体特異性とそのタンパク群との関連性は見いだせなかった。(2)最も進化した有性生殖(胎性)を行うイタボヤ二種(Botrylloides violceus,B.fuscus)はこれまで知られていなかった新しいタイプの群体特異性を示すことが明らかになった。また、本種では自己・非自己認織の場が被嚢(特に被嚢細胞)に限定されていることが示唆された。(3)拒絶反応は本質的には血球の1種であるmorula cellが被嚢内に浸潤し、これが崩壊して含有物を放出することと、被嚢内に壊死した組織と群体とを仕切るnew wallが形成されることであるらしい。(4)イタボヤ類の被嚢は特異な構造を持ったcuticle層が最外層を覆っているが、同様な構造は近縁の単体ホヤにも見られるため、この構造は群体特異性に直接は関与しないと思われる。被嚢中には種によって一〜三種の被嚢細胞が観察される。予報的な知見ではあるが、特にvacuolated tunic cellは被嚢内における自己・非自己認織と深くかかわっている可能性がある。本研究によって、イタボヤ類における群体特異性の進化や拒絶反応の詳細について深い議論が行えるようになってきたが、「認織」のステップについてはまだ不明確な点も多い。しかし(2)については自己・非自己認織の場について、(4)では認織担当細胞について議論してゆく端緒が得られてきている。今後(3)(4)の研究を発展させてゆくことによって、更に認織機構の実体に近づいていくことが期待される。
著者
久我 清 浦井 憲 入谷 純 永谷 裕昭
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

現在の一般均衡理論(GE),就中,伝統的な企業理論がその記述に重要な理論構成要素であるはずの予算制約式・販売・産出投入・在庫活動等の記述を行っていない。そのような非現実的なあり方を改めて,企業は財を所有し,家計のように予算制約式をもち,産出投入・販売購入・在庫設備投資計画を策定し実行する森嶋(1950,1992,1996)型の構造をもつものと規定した。現在のGEにおける均衡解の存在とそのパレト効率性命題が企業を単なる利潤最大化原理に依る組織と見る法人擬制説に依存している事とは対照的に,我々は市場の構造を多期間型一時的均衡として追求し,企業がいずれの期間においても収支条件の制約下にあり,財所有を行う組織として利潤の現在価値の流れの総和を最大化するものと規定するとき,「厚生経済学の基本定理」が受ける制約を価格メカニズムの本質論として展開した。家族とその家計行動についても,複数のリーダーがそれぞれ異なった価値観をもって家族の意思形成を統合するメカニズムを一般均衡理論的に活写し,家族意志への連帯と個人の自由意志の共存の可能性を検証し,併せて,予算制約式のみならず,家計も産出投入・販売購入・在庫設備投資計画を策定し実行する経済活動主体たちの集まりとして規定した。このような流れと従来のアプローチを統合的な視野から検討することもまた重要である。完全予見的な動学理論において,明らかに企業というものの像は単純化されすぎており,また一時的一般均衡理論においては市場の非完備性という問題が(そもそも完備性などありえないという立場から議論が始まっているがゆえに)議論の中心にはならず,それゆえ市場構造が明確でないという欠点が存在する。一時的一般均衡モデルと完全予見型の非完備市場一般均衡モデルとを統合的に扱うことによって,動学的経済の運行を描く最も普遍的な枠組みを提供し,同時にその範疇に入らないものを浮き彫りにしたという作業は,本研究課題における重要な成果の一つである。租税論は従来法人の資産所有を認めないモデルすなわち法人擬制説にしたがって商品課税と効率性について検討してきたが,法人実在説を念頭に置けば,法人の資産所有が明瞭に考察されねばならない。この点で,企業の予算制約の有無が,法人実在説と法人擬制説のどちらの立場をとるかへの分岐点となるが,我々の研究プロジェクトでは,法人実在説にもとずいて法人所得への課税がどの経済主体への相対的に重い課税になるかという租税帰着を研究した。