著者
伊藤 誠
出版者
日本学士院
雑誌
日本學士院紀要 (ISSN:03880036)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.109-135, 2011-01
著者
三浦 正幸
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.148, pp.85-108, 2008-12

寺院の仏堂に比べて、神社本殿は規模が小さく、内部を使用することも多くない。しかし、本殿の平面形式や外観の意匠はかえって多種多様であって、それが神社本殿の特色の一つと言える。建築史の分野ではその多様な形式を分類し、その起源が論じられてきた。その一方で、文化財に指定されている本殿の規模形式の表記は、寺院建築と同様に屋根形式の差異による機械的分類を主体として、それに神社特有の一部の本殿形式を混入したもので、不統一であるし、不適切でもある。本論文では、現行の形式分類を再考し、その一部を、とくに両流造について是正することを提案した。本殿形式の起源については、稲垣榮三によって、土台をもつ本殿・心御柱をもつ本殿・二室からなる本殿に分類されており、学際的に広い支持を受けている。しかし、土台をもつ春日造と流造が神輿のように移動する仮設の本殿から常設の本殿へ変化したものとすること、心御柱をもつ点で神明造と大社造とを同系統に扱うことを認めることができず、それについて批判を行った。土台は小規模建築の安定のために必要な構造部材であり、その成立は仮設の本殿の時期を経ず、神明造と同系統の常設本殿として創始されたものとした。また、神明造も大社造も仏教建築の影響を受けて、それに対抗するものとして創始されたという稲垣の意見を踏まえ、七世紀後半において神明造を朝廷による創始、大社造を在地首長による創始とした。また、「常在する神の専有空間をもつ建築」を本殿の定義とし、神明造はその内部全域が神の専有空間であること、大社造はその内部に安置された内殿のみが神の専有空間であることから、両者を全く別の系統のものとし、後者は祭殿を祖型とする可能性があることなどを示した。入母屋造本殿は神体山を崇敬した拝殿から転化したものとする太田博太郎の説にも批判を加え、平安時代後期における諸国一宮など特に有力な神社において成立した、他社を圧倒する大型の本殿で、調献された多くの神宝を収める神庫を神の専有空間に付加したものとした。そして、本殿形式の分類や起源を論じる際には、神の専有空間と人の参入する空間との関わりに注目する必要があると結論づけた。Shrine honden (main sanctuaries) are smaller than the butsudo (Buddha halls) of temples and the inside of a honden is not used very much. However, one feature of honden is that they vary in style and external appearance. Architectural history divides these diverse styles into different categories and explains their origins. Descriptions of the size and styles of honden that are designated cultural properties are mainly classified mechanically according to differences in the style of roof, as is done for temple buildings, and the mixing in of some honden styles unique to shrines is both inconsistent and inappropriate.This paper re-examines current classification of styles, and proposes to correct some, especially the ryonagare-style. According to Eizo Inagaki, there are three main styles of honden, those with a ground sill, those with a central pillar, and those consisting of two rooms. Inagaki's classifications enjoy broad support across different academic fields. However, the author is critical of Inagaki's contentions and does not accept that kasuga-style and nagare-style honden with a ground sill changed from being temporary structures like a mikoshi, which were portable, to being permanent structures, or that shinmei-style and taisha-style shrines have the same origin because they have central pillars. A ground sill is a structural member that is necessary to stabilize a small structure, and does not date from the period of temporary honden, but originated in permanent honden that were of similar origin to those of the shinmei-style. Furthermore, with regard to Inagaki's opinion that both the shinmei-style and taisha-style were influenced by Buddhist architecture and were created to counter the Buddhist style, the author believes that the shinmei-style was created by the imperial court in the latter part of the 7th century and that the taisha-style was created by local chiefs. Given the definition of a honden as a" building with exclusive space for the permanently present kami," and also that the entire interior of a shinmei-style honden is exclusive space for the kami and that in a honden of the taisha-style only the inner sanctuary inside constitutes this exclusive space, the author shows that both are completely different in origin and that it is possible that the latter was derived from saiden (an early religious building).The author also criticizes Hirotaro Ohta's theory that honden in the irimoya-style evolved from haiden (worship halls) for shintaisan (mountains which are believed to be kami's body). In the author's opinion, irimoya-style honden came into being in the late Heian period when ichinomiya and other important shrines were built in each province. As honden that were much bigger than other shrines, they had a storehouse for the many sacred treasures given to the shrine in addition to the exclusive space for the kami. In conclusion, when discussing the categories and origins of styles of honden, it is necessary to pay attention to the relationship between space that is exclusive to the kami and space that is used by people.
著者
保木 昌徳 横谷 早姫 瀧 奈津江 田中愉加利 濱田 佳奈
出版者
大阪樟蔭女子大学
雑誌
大阪樟蔭女子大学研究紀要 (ISSN:21860459)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.209-216, 2011-01-31

【目的】アスリート、男性、肥満女性、マウスを対象としたVAAM配合のヴァーム(R)(明治乳業株式会社)投与の研究では脂肪燃焼促進効果が報告されている。しかし、若い女性を対象とした検討はなされていないため、今回我々は女子大生におけるヴァーム(R)経口摂取による脂肪燃焼促進効果の検討を行った。【方法】ボランティア学生25名を対象にヴァーム(R)または対照飲料投与後30分に自転車エルゴメーターで持久性運動を負荷した。脂肪燃焼促進作用は呼気ガス分析器(ミナト医科学株式会社)で得られたV4 CO2、V4 O2より、脂肪由来のエネルギー消費量を算出(西の方法)し比較検討を行った。分析にはt検定を用いた。【結果】ヴァーム(R)摂取群と対照飲料摂取群を比較したところ脂肪由来のエネルギー消費量に目立った差は得られなかった。しかし、ヴァーム(R)摂取時、体脂肪率28.0%超(過多)の群において、18.0〜28.0%(標準)の群より脂肪由来のエネルギー消費量が有意に高値であった(P<0.05)。
著者
平井 郁子
出版者
大妻女子大学
雑誌
大妻女子大学家政系研究紀要 (ISSN:1346860X)
巻号頁・発行日
no.47, pp.121-126, 2011-03-03
著者
金澤 由佳
出版者
長崎国際大学
雑誌
長崎国際大学論叢 = Nagasaki International University review (ISSN:13464094)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.135-147, 2018

『犯罪白書』には精神障害者による犯罪という項目がある。そして、「刑法」「医療」「福祉」を中心にこれまでに多くの学際的な研究が『犯罪白書』を引用し、精神障害者の犯罪率は一般刑法犯に比べて低いこと、一方で特定の罪種についてはより高い犯罪率を示すことなどを指摘してきた。精神障害者による犯罪は『犯罪白書』が刊行された当初より、継続して語られてきた重要項目の1つであるが、時代をさかのぼって『犯罪白書』をみるならば、刊行当初は「精神障害」という用語が示す定義自体もあいまいであり、一般刑法犯に占める精神障害者の比率やその罪種別の割合も示されていなかった。そこで、本研究では、『犯罪白書』における精神障害者の定義や精神障害者による犯罪率の変遷について着目し、全57冊の『犯罪白書』を概観した。『犯罪白書』を引用する場合は、本研究で明らかになった『犯罪白書』における定義や特徴を念頭におき、誤解や偏見を招かないよう留意する必要性があると思われた。In 1960, the "crime white paper" first acknowledged crime by mental disorders. Many interdisciplinary studies quoted in past "crime white papers" mainly focused on criminal law or medical care or welfare etc. Comparing mental disorder crime rates to general criminal crime, it was pointed out that the mental disorder crime rate was lower than the general criminal crime rate. However, there are mental disorder crimes which are higher than the general ones. Analyzing crimes by mental disorder vs general crime was one of the important discoveries which still continue today. This new idea to separate the mental disorder data from the general crime data had been debated and talked about after the publication of this particular crime white paper. Before 1960, the definition of mental disorders was vague, unclear. Therefore the "crime white papers" stated their observation without differentiating between mental disorder and general crime. My intention in this study is to identify the changes in the "crime white papers" from 1960 to 2016 both in definition and crime rate data. Therefore I examined all 57 "crime white papers". Trying to remain neutral, I read each crime white paper and examined its respective definition and its history of process.
著者
丹下 和彦
出版者
関西外国語大学
雑誌
研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.79, pp.77-93, 2004-02
著者
岩佐 美代子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.7, pp.33-42, 2006-07-10

西園寺公宗の宝、日野名子の日記「竹むきが記」は、皇統・公家社会・婚姻形態にかかわる三つの危機を乗越え、これに鍛えられた女性によって書かれた作品である。困難きわまる時代の中で、夫を失い、その家に乗込んで遺児を育て上げ、家門を守った彼女は、同時に自らの判断で信仰の道を定め、在俗修行に徹する。中世までの自立性高い女性と、近世の夫に従属し家を守る女性の分岐点に立つ本記は、危機を描く文学として価値高いものである。新たな見直しを期待したい。
著者
平尾 和子 西岡 育 高橋 節子
出版者
The Japan Society of Home Economics
雑誌
日本家政学会誌 (ISSN:09135227)
巻号頁・発行日
vol.40, no.5, pp.363-371, 1989

タピオカパールは, 調理に際して煮くずれしやすく, 芯が残りやすいなどの問題点があり, その加熱方法はむずかしい.透明感や歯ごたえがあり, 煮くずれが少なく, 芯のないタピオカパールを得るためのより簡便な加熱方法を知る目的で本実験を行った.<BR>加熱方法は, 湯煎による加熱の湯煎法と魔法瓶を用いるポット法について比較し, 顕微鏡観察, 物性測定および官能評価の結果から浸水効果や加熱方法を検討した.結果は次のとおりである.<BR>1) タピオカパールは, 加熱に際しての浸水効果は認められず, 浸水することなく, 直接ふりこんで加熱するほうが煮くずれしにくい結果となった.<BR>2) 加熱方法では, ポット法が湯煎法に比べて煮くずれせず, 弾力があり, 芯のない煮上がりとなるなど, 物性値においても, 官能評価においても最も好まれた. 魔法瓶を用いるポット法は, 加熱途中の攪拌や湯を補うなどの手間もかからず, しかも形状やテクスチャーのよいタピオカパールを得ることができるなど, 簡便かつ効果的な加熱方法と考えられる.<BR>3) 湯煎法のうち, 水にふり込んで加熱する水湯煎法は, 熱湯にふり込む熱湯湯煎法に比べて加熱時間が短縮され, とくに2時間加熱することにより, 透明で歯ごたえのある試料が得られた.
著者
菊地 悟
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.108-122, 2006-04-01

歌人・石川啄木の「ローマ字日記」のローマ字表記自体の研究のため、市立函館図書館・函館市文学館所蔵の複写版を閲覧し、原本により忠実なテキストを作成した。「ローマ字日記」におけるローマ字表記の変遷は大別して4期に分けることができ、日本式からヘボン式に劇的に転換する第2期と第3期の間には「国音羅馬字法略解」というローマ字の表が挿入されている。この表は、ほぼ日本式の表であるが、拗音がアイウエオの5段にわたり、擬音の後の母音には『独立発音符号』として「¨」を付ける旨の注記がある、という二つの特徴がある。後者に関しては、実際の日記の表記でもわずか2例ではあるが、使用が認められた。国立国会図書館所蔵のローマ字関係文献を調査したところ、前者には南部義簿ら、後者には末松謙澄、丸山通一らの例を見出せ、啄木の表記が語学の素養ある碩学に通じる点のあることをうかがわせる成果が得られた。
著者
北山 祥子
出版者
北海道大学大学院文学研究科北方研究教育センター
雑誌
北方人文研究 (ISSN:1882773X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.69-87, 2019

本稿は、建国神話が国民形成と国家推進にもたらす影響力に注目し、朝鮮総督府統治下における朝鮮と日本の建国神話の位相について考察する。植民地朝鮮で起きた「檀君論争」では、日本人研究者による圧倒的な檀君否定が支配的であり、その根底には、多様な神話群を認めない記紀の排他的な「一国一神話化」の論理があった。明治政府が天皇制の精神的支柱とした記紀は、その成立過程において、「一国一神話化」の淵源ともいえる「神話の淪滅」を行う。具体的には、記紀以外の神話が、天皇家の都合に合わせて取り込まれ、改変吸収され、抹殺されて記紀神話が成立した。長く続いた武家社会において、記紀の大衆的な認知度は低かったが、明治時代になると、天皇制とともに日本神話=記紀という「一国一神話化」が徹底される。その影響は当然のことながら植民地朝鮮にもおよび、歴史を四千年以上も遡る檀君神話は、朝鮮史編修会の御用学者らによって徹底的に批判された。朝鮮史編修会が編纂した『朝鮮史』に、檀君朝鮮の条はない。日本人研究者らの強引な「一国一神話化」の背景には、記紀しか認めない絶対的な排他性はもちろん、朴殷植や申采浩らが民族主義運動の精神的支柱に檀君を据えたことも要因となっている。彼らや、『三国遺事』の再発見により檀君復権をめざした崔南善、檀君神話の重用に懐疑的だった白南雲や金台俊らの檀君言説からは、立場の違いはあっても、朝鮮民族としての自負心や長い歴史への誇りがにじむ。日本人研究者と朝鮮人研究者の議論は、国民国家と建国神話の不可分性という点において、実は同質的であり、日本がもたらした「一国一神話化」の衝撃は、そのまま朝鮮民族が主体となる「一国一神話化」の希求へとつながった。
著者
奥野 克巳
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.76, no.4, pp.417-438, 2012

マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)の狩猟民・プナン社会において、人は「身体」「魂」「名前」という三つの要素から構成されるが、他方で、それらは、人以外の諸存在を構成する要素ともなっている。人以外の諸存在は、それらの三つの要素によって、どのように構成され、人と人以外の諸存在はどのように関係づけられるのだろうか。その記述考察が、本稿の主題である。「乳児」には、身体と魂があるものの、まだ名前がない。生後しばらくしてから、個人名が授けられて「人」と成った後、人は、個人名、様々な親名(テクノニム)、様々な喪名で呼ばれるようになる。その意味において、身体、魂、名前が完備された存在が人なのである。人は死ぬと、身体と名前を失い、「死者」は魂だけの存在と成る。これに対して、身体を持たない「神霊」には魂があるが、名前があるものもいれば、ないものもいる。「動物」は、身体と魂に加えて、種の名前を持つ。「イヌ」は、イヌの固有名とともに身体と魂を持つ、人に近い存在である。本稿で取り上げた諸存在はすべて魂を持つことによって、内面的に連続する一方で、身体と名前は多様なかたちで、諸存在の組成に関わっている。諸存在とは、身体と魂と名前という要素構成の変化のなかでの存在の様態を示している。言い換えれば、諸存在は、時間や対他との関係において生成し、変化するものとして理解されなければならない。人類学は、これまで、精神と物質、人間と動物、主体と客体という区切りに基づく自然と社会の二元論を手がかりとして、研究対象の社会を理解しようとしてきた一方で、複数の存在論の可能性については認めてこなかった。そうした問題に挑戦し、研究対象の社会の存在論について論じることが、今日の人類学の新たな課題である。本稿では、身体、魂、名前という要素の内容および構成をずらしながら諸存在が生み出されるという、プナン社会における存在論のあり方が示される。
著者
澤崎 文
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.75-61, 2012-01-01

万葉仮名はその一般的な定義の中に、字母である漢字の字義を捨象して機能する文字であることが合まれているが、『万葉集』において、訓仮名は字母の字義を利用して表記されることがある。本稿では、『万葉集』における訓仮名について、これまで指摘されてきたような字義を表現に利用するための字母選択だけではなく、そこに表記されることで読者に表現意図を意識させてしまうような字義の文字はなるべく使用を避け、万葉仮名の字義を意識させないための字母選択がなされたことを指摘する。また、平安時代の平仮名資料に見られる訓仮名出自の字母を『万葉集』と比較し、『万葉集』における字義を意識させない字母と同じ性質の字母が使用されていることを指摘して、平仮名の表音性に関係づける。
著者
勝山 清次
出版者
史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.97, no.6, pp.813-848, 2014-11

一一世紀前半以降、神社による怪異の訴えと朝廷でのト占(軒廊御卜) の実施が急増する。本稿はその要因と歴史的な意義を究明したものである。軒廊御トが増えはじめる一一世紀前半、貴族の間でその時代を乱れた末世とみる末代観が深まるにつれ、彼らは将来の災厄をもたらす神の崇りの予兆である神社の怪異に敏感に反応するようになり、神社側が自己主張を強化したことと相挨って、卜占の盛行をもたらすにいたった。卜占が盛んに行われるようになると、貴族たちは崇りをもたらす神事の違犯に鋭敏になり、穢れを避けようとして忌避を強化する。それは日常的に神事に関わっていた天皇周辺から始まり、次第に範囲を広げていった。一一世紀後半以降、天皇の名で行われる恩赦において、しばしば神社の訴えに触れるものを対象から除外する措置がとられるが、これも神慮に背く行為を慎み、神事不信による神の崇りを避けようとする点で、穢れ忌避の強化と同根である。神社における怪異はまた、神の崇りが現れる前に、それを人間に知らせ手立てをこうじさせる予兆の意味をもっていた。神はあらかじめ予兆することによって、崇りを避けるための対応を求め、そうした人間の行為に応えようとしているのであり、ここに中世的な「応える神」が明確な形をとって現れているとみることができる。一一世紀前半から中葉にかけては、こうした神が性格変化をとげる画期でもあったのである。
著者
ローレンス ウェイン
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.1-16, 2011-07-01

本稿では13,610の姓からなる苗字アクセントデータベースに基づいで、複合語構造の姓はアクセントの付与の仕方によって三つのタイプに分かれることを提案する。無標のタイプ(姓の三分の二以上)ではアクセント型が姓の後部成素の長さによって決定される。二つ目のタイプ(姓の約四分の一)では、特定の音環境に適用する規則が姓を有標のアクセントにする。残りの姓(六パーセント程度)は例外的に語形の一部としてその不規則的なアクセントを習得せざるを得ない。