著者
平野 智紀 三宅 正樹
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.36, pp.365-376, 2015-03-20

本研究は,対話型鑑賞で観察される鑑賞者の成長という現象と,それがどのようにして促されるのかを,ヴィゴツキー以降の学習理論,具体的には正統的周辺参加理論(レイヴとウェンガー)と認知的徒弟制の理論(コリンズ)に基づいて明らかにした。鑑賞場面で生起する参加者の全発話をテキスト化し,先行研究をもとに学習支援に関する発話カテゴリを設定して定性的に分析した結果,対話型鑑賞場面ではファシリテーターの学習支援が徐々に鑑賞者に移譲され,さらに鑑賞者同士でお互いに学習支援を"わかちもつ"ことで鑑賞者が成長する現象が確かめられた。さらに対話型鑑賞場面では個人の美的能力の発達よりも"場"としての共同的な発達が促されている様子も明らかになった。
著者
大附 辰夫 佐藤政生 橘 昌良 鳥居 司郎
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会論文誌 (ISSN:18827764)
巻号頁・発行日
vol.24, no.5, pp.647-653, 1983-09-15
被引用文献数
1

複合長方形領域を重複なく最小個の長方形に分割する問題を扱う.ここでは 複合長方形領域が中空部分(窓)を含んだり 複数個の連結成分から成っているような一般的な場合を考察する.分割手順は二つのアルゴリズムから成っている.1番目のアルゴリズムは 縮退していない複合長方形領域を最小個の長方形に分割するものである.同じXまたはY座標上の二つの凹点間が領域内であるとき 複合長方形領域は縮退しているといい そうでない場合には縮退していないという.2番目のアルゴリズムは 与えられた(縮退している)複合長方形領域を最適にいくつかの縮退していない複合長方形領域に分解するものである.複合長方形領域の頂点の数をnとすると 1番目のアルゴリズムの計算複雑度はO(n log n)となり 2番目のアルゴリズムはO(n^5/2)となることを報告する.ここで扱う問題は LSI のアートワーク処理 画像処理 図形データベースなどにおける基本的問題の一つである.
著者
水上 たかね
出版者
公益財団法人 史学会
雑誌
史学雑誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.122, no.11, pp.1876-1902, 2013

When selecting capable personnel to man its Army and Navy, both of which were founded during the last years of that regime, the attribute known as "wazamae" 業前, meaning certain rare and desirable skills, was a key point for the Tokugawa Bakufu. Although there has been previous research on personnel selection, an analysis of the actual situation, particularly actual cases among the lower ranks, has been lacking due to limited historical materials. Furthermore, the situation of the Navy is not as well understood as that of the Army. Therefore, in this article, the author examines the actual conditions under which naval officers were appointed by utilizing the documents formerly stored in tamonyagura 多聞櫓 (the battlement enclosures) of Edo Castle. The article begins with an analysis of the changes that took place in the posts held by naval officers and the way in which appointments were made according to their social status. Methods differing from the norm were adopted in the case of lower ranking officers, putting great emphasis on "wazamae," regardless of individual social or family status and hereditary stipend. These methods made it possible for capable people to play important roles in the Navy, while minimizing changes in social status and expenditures. However, the Navy was not satisfied with these methods and attempted to grant social status and privileges appropriate to their officers' "wazamae" and assigned duties. Next, the author considers the ideas of both the Navy and the Bakufu's central authority during the Keio 慶応 era (1865-68) concerning "meshidashi" 召出 (lit. to summon; but also meaning to grant fiefs or stipends as reward for being taken into the service of the shogun) held by the sons and brothers of direct Bakufu retainers and indirect vassals (baishin 陪臣) demonstrating exceptional "wazamae". Despite the Navy's hope to employ their new personnel selection method, an obstacle existed based on the principle that the recipient of such a fief or stipend served the shogun as the head of a "family" in accordance with that family's status and hereditary stipend. Therefore, while the Navy continued to request that their officers receive meshidashi, the grants were controlled by the Bakufu's central authority, in particular, through restrictions against forming branches of direct retainer families. This occurred against a backdrop of the expansion of departments requiring "wazamae" and the establishment of shared precedents regarding appointments and promotions. Finally, the author takes up reforms in the naval officer personnel system carried out after the battle of Toba-Fushimi. Although the reforms were epoch-making in basing appointments upon "wazamae" rather than family status, the gap between the treatment of the heads of direct retainer families and that of other members was not easily bridged. Even after the reforms at the end of the Tokugawa period dismantled Japan's premodern military system, the warrior class continued to exist firmly upon the basis of the traditional "ie" 家 (family) institution.
著者
本田 領
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, 2003

バイオリンは顎に荷重を加えて使用するため,顎変形や顎関節症状との関連性が指摘されており,演者も演奏時間・時期と顎変形の関係について以前報告を行った.今回は正面頭部X線規格写真を用いて,バイオリン奏者と顎変形症患者の顎骨形態の特徴について比較検討を行う.方法:被験者は19歳から29歳までのバイオリン奏者10名と,本学附属病院に来院した18歳から35歳までの下顎側偏位を伴った顎変形症患者15名である.これら被験者の正面頭部X線規格写真を撮影し,Z(前頭頬骨縫合内側点)-lineを基準平面として次の項目を計測した.(1)Zyg(頬骨弓最上縁)line(2)Ms(乳様突起最下点)line(3)Cd(下顎頭最上点)line(4)UM(上顎第一大臼歯)line(5)AG(下顎角前切痕)line(6)Ans(前鼻棘)-Me(メントン)lineこれらの相関関係について,被験者群ごとにそれぞれ求めた.結果:バイオリン奏者群においては,AG lineとZyg lineとの間に1%の危険率で相関が認められ,AG lineとAns-Me line,AG lineとCd lineの間にそれぞれ5%の危険率で相関が認められた.顎変形症患者群において,AG line とAns-Me line,Cd lineとZyg lineの間にそれぞれ1%の危険率で相関が認められ,AG lineとUM line,Cd lineとMs line, Zyg lineとMs line の間にそれぞれ5%の危検案で相関が認められた.またバイオリン奏者のAG line はすべての被験者において反時計方向に回転しており,Ans-Me lineは時計方向に回転していた.結論と考察:バイオリン奏者において,AG lineとAns-Meを反対方向に回転させる変形が生じていることがわかった.これは一般の顎変形症患者にはみられないことから,楽器の荷重がもたらす変形であることが考えられた.またAG line とCd line, Ag line とZyg line それぞれの間に相関が認められることから,頬骨および側頭骨に変形が生じていることが示唆された.
著者
佐藤 宗子
出版者
千葉大学教育学部
雑誌
千葉大学教育学部研究紀要 = Bulletin of the Faculty of Education, Chiba University (ISSN:13482084)
巻号頁・発行日
no.67, pp.410-402, 2019-03-01

[要約] 第二次世界大戦後に刊行された少年少女向文学叢書は、新制中学発足に伴う十代前半の「少年少女」読者の出現をうけて、この新しい読者層に対する「教養形成」の役割を担った。これらの叢書のうち日本近代文学を対象とする叢書は、1950年代以降、当初はカノン形成が図られつつ国語教育の補完的意義も比較的強く有していたが、60年代に入り、偕成社「ジュニア版 日本文学名作選」において、また対抗するポプラ社「アイドル・ブックス」においては、作品主体の叢書となり、書目の編成にも特定作家や特定作品の定着が見られるようになってきた。また、それらの叢書は、資料館に残された読書の痕跡等から、家庭における読書を念頭に置いたものであり、近しい年長者から年少の読者に向けて、「教養形成」を図る趣旨で手渡されていたことが容易に想像される。こうした叢書が1980年代まで20年近く読み継がれていた事実を、児童文学全体の中でどのように評価すべきかは、今しばらく時間をかけて検討していく必要があるだろう。
著者
高尾 和宏 大村 寛
出版者
一般社団法人日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.190-193, 2008-06-01

刎橋が,江戸時代に静岡県北部,大井川の上流部に存在した。古文書の調査によれば,架橋当初の1607(慶長12)年から1692 (元禄5)年まで85年間の橋長は72.8m(40間)のままであった。ところが1692年に刎橋の10km上流で推定3,600haの森林が伐採され始め,1700(元禄13)年までの9年間に皆伐状態にされた。森林の伐採後,1702(元禄15)年に橋長は85.5m(47間)となり,以後,1729(享保14)年に91.0m(50間),1815(文致8)年に100.0m(55間)と,架け替えのたびに長くなっている。架橋場所は橋台を建設する場所の限定から,毎回同じ場所であった。橋長の延長は,大井川の川幅の拡大によるものであろう。すなわち,洪水により流失した刎橋は,拡大した川幅に併せて架け替えされたと推測される。さらに,洪水の原因は,上流部における大規模伐採で森林の保水機能が失われたことによるものと推測される。
著者
川口 俊明
出版者
一般社団法人日本教育学会
雑誌
教育學研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.386-397, 2011-12-29

本稿の目的は、教育学における混合研究法の可能性について検討することである。混合研究法(Mixed Methods Research: MMR)とは、量的調査と質的調査を組みあわせる研究法のことである。日本でも混合研究法に注目する研究者は増えているが、どのように量的調査と質的調査を組みあわせるか、どのように混合研究法を使った研究を評価するか等の議論がほとんどない。本稿では、教育学における混合研究法の主要な論点・利点・今後の方向性を提示する。
著者
岸本 真弓 金子 弥生
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 = Mammalian Science (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.237-250, 2005-12-30
参考文献数
18
被引用文献数
5
著者
藤田 節子
出版者
国立研究開発法人 科学技術振興機構
雑誌
情報管理 (ISSN:00217298)
巻号頁・発行日
vol.53, no.9, pp.492-503, 2010
被引用文献数
1

近年,学術論文の参照文献に,インターネット情報の利用が増加している。Webページは更新や削除が頻繁に行われるため,インターネットからの参照文献は読者が後になって入手できるとは限らない。本調査は,2007年と2005年に刊行された図書館情報学関係学術誌4誌に掲載された論文の参照文献のうち,インターネット情報を参照した858件の入手可能性を調べた。その結果,2007年では参照されたインターネット文献のうち28%,2005年では41%が,論文の著者が記述したURLのもとでは見つからなかった。見つからなかったインターネット文献を,そのサイト内で検索したり,検索エンジンを使うと,2007年は89%,2005年では82%が入手可能になった。参照されたインターネット文献の保存,サイト運営者の適切な管理運営,著者の正確な引用と,必要十分な書誌記述が入手可能性を高める。
著者
大取 一馬
出版者
密教研究会
雑誌
密教文化 (ISSN:02869837)
巻号頁・発行日
vol.1983, no.142, pp.28-41, 1983
著者
山田 哲也 長谷川 裕
出版者
東洋館出版社
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.86, pp.39-58[含 英語文要旨], 2010

学校への不信を背景に導入された近年の教員政策は,(1)教員の権威のゆらぎと,(2)職場同僚関係の変化を促す方向で展開してきた。本論文は,教員文化論の視角から質問紙調査データを分析し,(1)(2)を含む教員世界の変化の中で,教員の職業上のアイデンティティ(教職アイデンティティ)とその確保戦略としての教員文化がどうあるのかの把握を試みた。分析で明らかになった知見は以下の3点である。第一に,国際比較データを分析すると,いずれの国でも教職アイデンティティに教員としての成功感覚に裏打ちされた「安定」層と,教職上の困難による教育行為・教職観の揺らぎを意味する「攪乱」層の二層があることが明らかになった。第二に,他国とは異なり,日本の教員は上記の二層のそれぞれと結びつくことがらを相対的に切り離されたものと捉え,教職上の諸困難に直面する際にその一定部分を自分自身では対処不可能と見なすことで「安定」の動揺を回避する「二元化戦略」によって教職アイデンティティを維持していた。第三に,異なる時期に実施した調査結果を比較したところ,上記の教員世界の変化が,献身的教師像と求心的な関係構造が結びつくことで教職アイデンティティを維持していた従来の教員文化が衰退するなかで生じていることが示唆された。これらの知見を踏まえ,論文の末尾では,教員世界の個別化・自閉化や現状追認志向を回避するためには教員世界の外部に学校を開くことが重要であり,そのためにも不信を基調とした教員政策を再考する必要があると結論づけた。
著者
東川 浩二
出版者
金沢大学
雑誌
金沢法学 (ISSN:0451324X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.199-228, 2005-11-30