- 著者
-
長谷川 裕
- 出版者
- 日本教育社会学会
- 雑誌
- 教育社会学研究 (ISSN:03873145)
- 巻号頁・発行日
- vol.96, pp.25-45, 2015-05-29 (Released:2016-07-19)
- 参考文献数
- 23
本稿の課題は,新自由主義時代へと社会のあり方が変容する中で,生活困難層の子育て・教育,生活にいかなる変化が生じているかを検討することである。生活困難層の子育て・教育,生活の実態は,私たち共同研究グループが,北日本の大都市B市のある大規模公営団地の居住者を対象として,1990年前後及び2010年前後の2回にわたって実施した調査によって得られたデータに基づいて把握した。その際,社会哲学者の後藤道夫の大衆社会論に依拠し,大衆社会統合と新自由主義的諸施策によるその再収縮という観点から社会の変容を捉えた上で,生活困難層の子育て・教育,生活の実態の変化の性格を掴もうと試みた。 大衆社会統合は,全体社会の既存秩序に適合的な一定の生活様式を,大衆に自明視させることによって成立する。日本の大衆社会統合の場合,個別家族ごとに,その諸局面で競争的関係に組み込まれつつ働き暮らすという社会標準の示すところが,その自明視された生活様式であった。 1990年前後の調査時には, A団地居住の生活困難層にもこの社会標準の自明性がかなりの程度浸透しており,そのことによる統合がかれらにも及んでいた。2010年前後の調査時には,従来の社会標準は揺らぎを見せるようになっていたが,それに基づく働き方・暮らし方に代わって現実的に広範に存立可能な新たなものが見出されているわけではなかった。生活困難層は,個々の個人・世帯で日々の生活やその困難にやりくりをつけようとして,結局のところ依然として統合の下にあるというのが,この時点の実相だった。