著者
根来 孝治 中野 泰子 清水 俊一
出版者
帝京平成大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015

申請者らは、これまでに制御性T細胞(Tregs)の主制御遺伝子であるFOXP3のsplicing variants発現量が喘息患者で対照に比べ変化していることを報告した。一方、T細胞受容体刺激によるTregsのカルシウム不応答性を利用し、Tregsの機能解析も行ってきた。喘息患者では、Tregsの機能異常を認め、そのため炎症の慢性化をきたしていることが推測されたため、FOXP3 variants発現量の変化がその機能異常と相関するかどうかを検討した。各variantsのHalo-tag constructsを作製し、細胞に最適なトランスフェクション条件を選定した。さらに、特徴的なターゲット遺伝子群の発現量をreal-time PCRにより解析し、カルシウム応答性についても検討した。抑制機能の一端を担うと考えられているcAMPの産生量を測定したところ、全長FOXP3(FL)とexson2欠損体(delta2)では、delta2の方が高産生量を示していた。Tregsの機能と相関があるカルシウム応答性に関しては、FLとdelta2との間に差異は認められなかった。Exson2が欠損していてもFOXP3の機能に問題は生じていないと考えられたが、Th17細胞の主制御遺伝子であるRORgtの発現量が亢進していた。喘息患者(成人)においてdelta2/FL比が高くなることより、TregsからTh17へのシフトがvariantsの発現量によりコントロールされているかもしれないことが示唆された。
著者
萩原 正敏 武内 章英 大江 賢治 二宮 賢介 飯田 慶 奥野 友紀子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究の目的は、スプライシング異常に起因するRNA 病を標的とした新規治療方法を創製することであり、関連する論文を2報、報告した。一つ目は、加齢黄斑変性症における病的な脈絡膜血管新生を抑制する化合物SRPIN803を同定した論文である(Molecular Pharmacology May 20, 2015 mol.114.097345)。SRPIN803は、SRPK1(SRSF protein kinase 1)とCK2 (Casein kinase 2)を同時に抑制することにより、リード化合物であるSRPIN340よりも強い病的血管新生作用を示した。加齢黄斑変性症のモデルマウスにおいて点眼による効果であり、臨床応用の可能性が示唆される報告である。二つ目は、メタボリックシンドロームにおける脂肪分化を抑制する化合物BINDYを同定した論文である(Bioorganic & Medicinal Chemistry 23:4434,2015)。BINDYは、リード化合物であるINDYよりも強いDYRK kinase阻害効果を有し、脂肪分化に重要な転写因子であるPPARγとC/EBPαの発現を抑制することにより、3T3-L1細胞の脂肪分化を抑制した。最近、DYRK1Bの機能獲得型の遺伝子変異がメタボリックシンドロームを増悪させる報告からも、BINDYがメタボリックシンドロームに効果を示す可能性が示唆された。
著者
高橋 宏知
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では,多様性を生み出す能力を明らかにするために,シャーレ上に培養した神経回路において,どのようにして静的な神経回路構造から動的な活動パターンが生じるかを調べた.特に,培養神経回路によるリザバー計算を考えたとき,培養神経回路のリザバーとしての特徴を明らかにした.神経回路が自発活動で時空間パターンの再現性と多様性を両立するメカニズムとして,神経回路に部分的な神経集団が存在し,部分集団単位で逐次的に活動伝達することで安定性を確保し,かつ自律的な内部状態依存で部分集団間の関係が変化することで多様性を両立することを示した.
著者
高井 真司 金 徳男
出版者
大阪医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

メタボリックシンドロームの臓器障害におけるキマーゼの役割を解明するため、高血圧ラットに高脂肪・高コレステロール食を負荷して高血圧と高脂血症を伴った新規非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデルを作製した。本NASHモデルの肝臓ではキマーゼが著明に増加し、キマーゼ阻害薬はNASHの発症および進行を予防し、生存率を有意に増加させた。ハムスターでも高脂肪・高コレステロール食を負荷して高血圧、高脂血症、糖尿病を伴う新規のNASHモデルを作製した。本モデルにおいても肝臓でキマーゼが増加した。メタボリックシンドロームによる合併症であるNASHの発症および進展にキマーゼが需要な役割を果たしていた。
著者
吉田 武美 沼澤 聡 山元 俊憲 中谷 一泰 黒岩 幸雄
出版者
昭和大学
雑誌
がん特別研究
巻号頁・発行日
1993

生薬センソ成分のブファリン(Bu)およびブファジエノリドが、ヒト由来白血病細胞HL60、K562、U937、ML1およびTHP-1細胞を5〜10nMの低濃度で分化誘導を引き起こし、分化誘導能と、Na^+,K^+-ATPase阻害の間に高い相関性(0.987)が存在することが明らかになった。Buの生体内代謝物3α-Buの効果は、ほとんど認められなかった。^3H-BuのK562細胞への結合は、スカッチャード解析の結果、Kd=6.05,Bmax=521.2fml/10^6cellsが得られ、^3H-ウワバイン(^3H-Oub)よりKdは小さく、Bmaxは同程度であることを明確にした。^3H-Buの結合は、高濃度Oubにより置換され、両者は同一作用部位を共有した。Oub耐性K562細胞株を作成し、同様に検討したところ、Buの分化誘導能は、著明に減弱し、^3H-Buの結合も半減した。また、Bu抵抗性のM1細胞に対する^3H-Buの結合はK562細胞に比べ1/10程度であった。Buは、K562細胞への^<45>Ca^<2+>の取り込みを顕著に上昇させたが、Oub耐性株では、ほとんど認められなかった。Buは、癌遺伝子産物(c-myc、c-myb等)も大きく変動させ、またras-raf系を介してMAPkinaseを活性化すること、U937細胞でアポトーシスを誘発することが明らかになった。抗Bu抗体の作成に成功し、正常ヒト血清に抗Bu抗体と交差するBu様の分化誘導物質が存在する可能性があることを、各種ヒト由来各種白血病細胞、Oub耐性株およびM1細胞に対する作用をBuと比較検討することにより、示唆した。Buは、FM3A担癌…C3Hマウスに対し、1日1回0.5mg/Kg腹腔内投与により。顕著な抗腫瘍効果および延命効果を認めたが、WiDr担癌ヌードマウスに対する効果は認められなかった。この投与条件では、in vitroで得られたこれら癌細胞に対し、細胞毒性を示す濃度よりかなり低いことから、免疫系への影響を調べたところ、Bu処置C3HマウスではNK細胞活性が著明に高いことが明らかになった。以上のように、Buは、Na+,K+-ATPase阻害を一義的作用部位として分化誘導作用を示すことともに、in vivoでは免疫系を介した抗腫瘍作用を有することが示唆された。Buの多彩な作用が明らかになり、今後の展開が期待される。
著者
岩田 修一 陳 迎 金田 保則
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

データ駆動型の方法論の基礎を提示するため、データサイエンスの視点から検討した.材料データを記述するための変数群 : メタデータは複雑で、精度や粒度も多様であるため、それらの非均質性に適応可能な測度論を検討し、データシステムの基本的な枠組みとした.データは、測定対象の属する空間あるいはメタデータが張る空間の部分集合についての「何か」をはかった結果についての記述であり、部分集合の測度とよばれる.データ駆動型材料設計は、データを集積することによって、社会のニーズに対応した解空間を作成し、ニーズに最も適合した材料の組成、諸構造、特性、価格を特定する設計作業と定義した.測度については、観測・測定方法あるいは経済性の限界に依り不完全であるため、多様なデータ群を目的に沿って誤差を補正し不完全な部分をモデルや近似により補完し、ニーズに合うデータ群を探索(写像)するプロセスを、材料データベースをプラットフォームにして実装し、データ駆動型材料設計の実例の蓄積をWeb 上で展開した.
著者
篠原 真毅
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究はマイクロ波によるワイヤレス給電技術を用い、バッテリーレス・電池レスセンサーの実現を目指した研究である。その成果として、1) バッテリーレス・電池レスセンサーに適したマイクロ波を受電・整流するレクテナ(Rectifying Circuit)の開発、特にワイヤレスセンサーの動作状態の変化によっても効率が変動しない反射波利用型RF-DC整流回路と、本広範囲・高効率で動作するRF-DC-DC整流回路の開発, 2) 間欠(パルス)送電による、センサー情報とワイヤレス給電の干渉低減の研究を行い、ワイヤレス給電によるバッテリーレス・電池レスセンサーの開発に成功した。
著者
櫻井 美香
出版者
小樽市総合博物館
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2013-04-01

菓子の木型は落雁などの干菓子や、練きり等の製作時に使用する道具であるが、環境が良ければ長い年月保存できるため、地域の菓子文化や菓子業界の歴史を知るための貴重な資料である。しかし近年、和菓子店は後継者不足や和菓子の売上不振により廃業する事例が相次ぎ、全国各地で木型が流出・散逸している。そこで小樽市内の菓子店に現在残されている木型の悉皆調査をおこない、市内の菓子文化についての現状記録を行った。さらに北海道の開拓期における菓子文化の伝播を探るため、小樽市と同様に北前船の交易拠点だった道南の港町と、それらとの比較のため太平洋側の浦河町と内陸の帯広市、本別町でも調査をおこなった。調査方法は、木型に彫刻されている意匠や打刻印・焼印、記載されている文字、大きさの測定、写真撮影による記録である。また菓子店の経営者や町民に、店の歴史や菓子を利用する行事等の聞き取り調査をおこなった。その結果、以下の点が明らかになった。1. 明治初期から経済活動の中心であった函館市や小樽市では、移住者により次々と菓子店が開業し、そこで修行をした職人が道内各地で独立開業していった。2. 道内における木型の彫刻師の系譜が一部明らかになった。明治初期までは本州から北前船によって木型もしくは彫刻師が北海道に運ばれていたと思われる。明治なかばには兼業ではあるが彫刻師が誕生した。さらに昭和になると菓子の需要増加に伴い、旭川市と小樽市で木型の彫刻を専門におこなう彫刻師が活躍した。3. 漁村と農村では木型を使用した菓子の利用に違いがみられた。明治初期、北海道各地に集落が形成されたが、その早い段階で菓子屋が存在、活動したことがうかがわれ、「贅沢品」と思われていた菓子が、集落形成に必要な業種であった可能性が見いだされ、開拓期の北海道史に新たな視点の提示が可能となった。
著者
松本 英実 吉村 朋代 溜箭 将之 葛西 康徳 イベトソン D. ケアンズ J. ベネット T. オズボーン R. テイト J. アヴラモーヴィチ S. ニコリッチ D. ラショヴィチ Z. ジヴァノヴィチ S. ヴコヴィチ K.
出版者
青山学院大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

混合法(ミクスト・リーガル・システム、mixed legal system)の方法論に立脚して、信託及び信託類似の制度について、比較法制史的考察を行った。混合法における信託を考察するためには、ローマ法の考察が不可欠であることを基本として、一方では古代ローマ法、古代ギリシア法を、他方では狭義混合法(特に南アフリカ法)、広義混合法(バルカン法)を比較対象として、混合法としての日本法との比較を試みた。特に、信託の公的コントロールにの多様なあり方を抽出し、ローマ法と信託法の伝播diffusionという視点から長期にわたる法の展開の全体像と日本法の位置づけを得ることが出来た。
著者
松本 礼子
出版者
一橋大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は、旧体制末期のパリにおいて、民衆を含めた住民による反王権的な言動一般(「悪しき言説」)に着目し、都市統治全般を意味するとともに秩序維持を担う「ポリス」との関連においてそれらを分析し、これまでの世論研究では捉えきれなかった旧体制末期の政治文化の変容を包括的に解明することを目標としている。既存の権力行使のあり方に対する異議申し立てが、あらゆる社会層において顕著になる1760年代以降において、「悪しき言説」へのポリスの取り組みがいかなる変容を迫られたのかを解明し、旧体制末期の社会と文化の理解に新しい光を当てることを課題とする。研究代表者は、平成27年度および平成28年度にフランス国立図書館および国立文書館で「悪しき言説」をめぐる事例の資料発掘と収集を行い、国立図書館・アルスナル分館所蔵の「バスティーユ文書」コレクションからコーパスを確定しているが、平成29年度の第一四半期は、平成28年度に引き続き、特に現場のポリス担当官の報告書や、彼らを統括する警視総監との書簡の精読を主として行い、18世紀後半に固有の都市統治の技術を明らかにすることに注力した。その成果を平成29年5月に開催された『社会経済史学会』第86回全国大会で報告し、そこで得たフィードバックを反映させた論文が、平成29年12月に公刊された論集『地域と歴史学―その担い手と実践』に収録された。
著者
春名 正光 大和谷 厚 近江 雅人 玉田 康彦 玉田 康彦
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

交感神経の支配下で機能する汗腺や末梢血管は重要な微小器官であり、そのダイナミックな生理機能を解明することが重要である。本研究では、光コヒーレンストモグラフィ(OCT)を用いて、ヒト指汗腺や小動脈の生理機能を可視化した。汗腺においては、外部刺激に反応する精神性発汗の動的解析を行い、新たに内部発汗を見出した。小動脈においては、脈動を観測し、弾性型動脈と筋型動脈として同時に機能することを明らかにした。
著者
尾川 浩一
出版者
法政大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究では、遺伝的アルゴリズムにおける、生殖、増殖、交叉、突然変異などの、遺伝子が変化し種が淘汰されていく過程の操作を画像再構成にどの様に応用するかを中心に研究を行なった。1.2値画像の画像再構成問題ミュレーションは、最も簡単な2値画像の再構成問題を取り扱い方法論の検討を行なった。実際には、乱数によって作成した16x16の2値画像を100枚用意し、この画像に対して投影計算(投影方向数18)を行い、測定投影データ(予め計算してある理想的な投影データ)との平均自乗誤差が最も少ないものから、子孫を残す優性度を決定し、次にこれらの画像の一部をでたらめに組み合わせた交叉画像(交叉点数32)を優先度を考慮して100枚作成し、子孫とした。画像をstringにコーティングする際は、全ての画素を1行ずつ連結させて実現した。この様な操作を、投影データの平均2乗誤差が少なくなるまで続けた。この際、突然変異を一定の確率(0.00195)で発生させ、局所的な画素値を変化させながら、画像を発生させた。このようにして、255世代で誤差の最小値が0となり、GAによる画像再構成に成功した。また、この演算速度を速めるために初期画像をフィルタード・バックプロジェクションした画像からも行なった。この結果、50世代で誤差の最小値が0になり、効果が現られた。2.多値画像の画像再構成問題多値画像の場合は、遺伝子コードをどの様に表現するかが問題となる。本研究では簡単のため画素データは3ビットとして取り扱い、コーティングはビット列をそのまま連結することで実現した。当初はハミング距離が短いグレイコードで表現することも考えたが、こちらの方法の方が良好な結果が得られるため方法を変更した。個体数は200、投影方向数は16、画像サイズは16×16で行なった。また、多点交叉の確率は0.1392、突然変異の確率を0.00098で行なったところ良好な結果が得られた。また、多値画像を取り扱う場合にはチェッカーボード状のアーチファクトが発生したため、画素間の連続性を考慮し、平滑化処理を行なうことで100世代程度で良好な画像再構成が可能となることがわかった。
著者
癸生川 陽子
出版者
横浜国立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

隕石に含まれる有機物は,隕石母天体である小惑星の熱履歴の情報を保持していると考えられている。本研究は,隕石中の有機物の「脂肪族炭素の減少」及び「芳香族化度の増加」の2つの独立した指標を用いて,小惑星の熱履歴を推定することを目的とする。まず,芳香族化度の増加から熱履歴の指標とするために,あまり加熱を受けていない隕石の加熱実験を行い,ラマン分光法によりスペクトルの変化を調べた。しかし,精度よく速度論パラメータを決めるために十分な測定点がまだ得られていないため,今後も継続して実験を行う必要がある。また,比較的短期間の加熱を受けたと考えられている2種類の隕石について,暫定的に加熱温度・時間を求めた。
著者
高田 修治
出版者
独立行政法人国立成育医療研究センター
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2011

申請者は本提案によりIG-DMRの解析を中心としたPlk1-Pio3インプリンティング領域の遺伝子発現制御、DNAメチル化の確立、DNAメチル化維持の分子メカニズムを解明することにより生殖細胞の正常な分化に必須の領域であるIG-DMRの機能を同定し、将来の再生医学、再生医療への応用のための分子基盤を築いていきたいと考えている。今年度は昨年度までに同定したIG-DMR内の進化上保存された配列とIG-DMR内の特異的リピート配列に対する結合タンパク質の精製とその同定を行った。DNA配列をビーズに結合し、胎生13.5日の核タンパク質をプルダウンすることにより結合タンパク質を精製、その後DSD-PAGEと銀染色によりタンパク質を可視化、質量分析によりタンパク質を同定する手法を用いた。その結果、IG-DMR内の特異的リピート配列に結合する因子の一つとして、ピストンのメチルトランスフェラーゼの一種であるSmyd2が同定された。まだ質量分析による同定までには至っていないが、進化上保存された配列に特異的に結合するタンパク質も銀染色により確認できている。また、今までにこのリピートに結合する因子の候補として酵母One hybrid法でZbtb22を同定している。Zbtb22ノックアウトマウスの作製と掛け合わせを行ったが、Zbtb22ノックアウトマウスは妊性のある正常な個体であった。Zbtb22ノックアウトマウスでのDlk1とGt12の発現解析をreal-time RT-PCRにより行ったが、Zbtb22がインプリンティングの確立や維持には影響がないという結果を得た。現在メチル化解析を行っているところである。
著者
友永 雅己
出版者
京都大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では、1群のチンパンジーに食物と交換可能な「トークン」(代用貨幣)を導入するとともに、さまざまなトークン使用場面を設定することによって、チンパンジーの多様なトークン使用行動を引き出し、そこでみられる、トークンを使用する場所へ運搬する際に発揮される「こころの空間」にかかわる能力、そして、将来に備えてトークンを蓄えることを可能にする「こころの時間」にかかわる能力の検証を通じて、彼らの未来予測能力を「社会実験」として検討してきた。平成27年度は、平成26年度に実施した個体ベースのトークンを使用した選択実験をさらに進展させた。実験室場面において、トークンを消費する選択肢(トークンを投入すると報酬と交換される)と、トークン投入によって課題がスタートし、正解するとトークンが増えて戻ってくる(投資)選択肢を用意し、チンパンジーたちが、トークンを「増やす」という未来予測型の行動を示すかについて検討を行った。その結果、実験に参加したすべてのチンパンジーにおいて投資選択肢では消費選択肢を選好する傾向が強く示された。この結果は、位置偏好、報酬量の差に対する感受性の低さ、さらには、投資選択肢の方で必然的に生起する遅延時間、などに起因するものではなく、チンパンジーの「衝動性」ないしは未来予測能力の制約に起因する可能性が示唆された。この1個体場面での研究に並行して、チンパンジー集団に対してトークン使用を行わせるための研究計画、装置開発についても進めた。なお、これらの成果は、黒澤圭貴(研究協力者)、川上文人(連携研究者)とともに実施し、国内の学会やシンポジウム等で発表した。