著者
吉沢 豊予子 跡上 富美
出版者
長野県看護大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

平成13年から15年にわたり、医療とジェンダーという観点から研究を行った。その中でこの3年間で医療の中のジェンダーは、性差医療というひとつの問題提起を行い、その枠組みを明確にするにいたった。1.ジェンダーの概念分析:社会学で使用されているジェンダー、セックス、セクシュアリティ、ジェンダーの違い、さらに医療の中でジェンダーはどのような言葉の意味をもって使用されているかについてジェンダー分析を行った。医学の中でのジェンダー特に性差医療は差異化を明確にしていくことを目的としていた。それは性別による差異化のとどまらず年齢、人種、民族にも及んでいることが明らかとなった。2.看護教科書、看護文献のジェンダー分析:看護の教科書、看護文献について、プロトコールを開発しジェンダー分析を行った。その結果、看護教科書にジェンダーに敏感な視点は見いだされなかった。看護文献においては、母性看護学と老年看護学でジェンダーに敏感な視点を見出す論文が比較的多かった。老年看護学では高齢者そのものの研究ではジェンダーに敏感な視点はなかったものの、介護者を扱った研究ではジェンダー特に性役割とジェンダーの関係を考察している論文が見出された。成人看護学ではジェンダーの視点はなく、男性患者と女性患者を一緒にして、研究結果に出しているものが多かった。3.看護教育とジェンダー:看護基礎教育のカリキュラムにジェンダーの視点をどのように導入していくべきかについて考察した。アメリカのカリキュラムの紹介と研究者が行ってきたジェンダーの視点を入れた「母性看護概論」の紹介および学生のジェンダー観について評価を行った。ジェンダーが健康にどのように影響を与えているかについては、「介護とジェンダー」「ボディーイメージとジェンダー」「セクシュアルヘルスとジェンダー」と様々な気づきをしていた。この研究では、医療の中でのジェンダーとは何かの概念分析を行った。また、看護論文を中心にして、ジェンダーに敏感な視点特に「ジェンダーを考慮した看護」、および看護基礎教育へのジェンダー視点の導入の方向性を示唆した。
著者
高橋 徳幸 伴 信太郎
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

医師の共感的態度醸成の必要性が叫ばれるなかで、医師の共感的態度は経年的に低下することが定説となっている。しかしこれは「患者の視点からの量的検証」を経たものではない。よって本研究は、我々が開発した患者の視点から医師の共感を評価する質問紙票であるCARE Measure 日本語版(Aomatsu et.al, 2014)を踏まえて作成された、医師の診療の質を患者の視点から評価する尺度C Q I - 2 の信頼性・妥当性検証を行うことを目的としている。それに先立ち、CARE Measure日本語版の評価者間信頼性に関して明らかにされていなかったことから、本研究で検討を行っている。その結果、評価者間信頼性を検討するために40枚程度の質問紙票を回収する必要があることが明らかになった。これは過去に他国で検討された数値と比較しても妥当な値であり、日本語版CARE Measureの汎用性を高める意義がある。一方、本研究では医師の共感的態度の経年的低下という定説に対して、質的探索によるアプローチも行っている。すなわち、既に我々は医学生・初期研修医への質的探索により「共感の量的減少ではなく質的変化」の可能性を示した(Aomatsu et.al, 2013)。これを踏まえて、本研究では後期研修医・指導医についても共感に関する認知構造を質的に探索し、共感の認知構造に関する新たな経年的変化モデルを構築することを目的としている。これまでに、患者との信頼関係構築のためのコミュニケーションスキルとして共感を特に重視する総合診療科に焦点を当て、そこで研修をする後期研修医(専攻医)に対して、2017年度は質的探索を行った。その結果、専攻医は臨床経験によって認知的共感を獲得し、それを主に用いながらも、専攻医自身の出産といった非職業的経験によって感情的共感をも行っていることが明らかになった。
著者
河村 満
出版者
昭和大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

音楽には、言語と同様に表出(歌う・演奏する)、受容(聞く)、(楽譜を)読む、(楽譜を)書く過程がある。音楽の表出・受容の脳内機構についてはいくつかの知見が蓄積されているが、(楽譜の)読み書きについての検討は極めて少ない。そこで、本研究では、脳病変例を対象に、楽譜の読み書きの脳内機構を明らかにすることを目的とした。われわれは2000年に、左上頭頂小葉の皮質・皮質下病変によって、楽譜の読みに障害がないが、楽譜の書きにのみ障害が認められたピアノ教師を報告した。この症例では文字の書きの障害も伴わなかったことから、楽譜の書きが文字の書きとは独立した過程である事を明らかにした。さらに、この症例の特徴はリズム表記の障害であったことから、音高の表記とリズムの表記は独立した過程であることを示唆した。さらに同年、上記症例とは逆のパターンを示したトロンボーン奏者を記載した。この症例は左角回に限局性の病変で、音高の表記のみに障害を示していた。本研究では、これらの結果を基底にして、ウェルニッケ失語を呈したピアノ教師例を検討した。この症例では、楽譜を読む際の障害はピッチにのみみられリズムでは障害がみられなかった。この結果は楽譜の読み書きにおいて、リズム認知機能とピッチ認知機能とがそれぞれ異なった脳内機構をもつことを明示している。さらにパーキンソン病を対象にして、リズム認知機脳を検討し、本病でリズム認知機能障害がみられることを示した。これは大脳基定核にリズム語知機能があることを示唆している。
著者
天野 和孝
出版者
上越教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究ではエスカレーションの検証に適しているタマガイ科などの腹足類による二枚貝への穿孔捕食痕の新生代における時代的変遷を検討した.対象とした二枚貝は浅海性の貝類としてエゾタマキガイ,ヤマトタマキガイ,エゾシラオガイ,深海性の貝類として化学合成群集中の二枚貝である.その結果,以下のことが明らかとなった.(1)同時代の浅海性貝類の穿孔率は本州の個体群の方が北海道の個体群より高い(エゾタマキガイ,ヤマトタマキガイ,エゾシラオガイ).本州の個体群の方が穿孔率が高いことは,低緯度へと穿孔率が上昇するとしたDudley and Vermeij(1978),Allmon et al.(1990), Alexander and Dietl(2001)の結論と調和的である.(2)エゾタマキガイでは穿孔率は時代的な変化傾向は見られなかったが,エゾシラオガイでは鮮新世の個体群で低く,更新世前期以降高くなる傾向が見られた.(3)穿孔痕の位置は捕食者,被食者により異なる(エゾタマキガイ,エゾシラオガイ,ワタゾコウリガイ).(4)殻縁穿孔は更新世前期以降に出現した(エゾタマキガイ,エゾシラオガイ).これは北米のマルスダレガイ科への穿孔を検討したVermeij and Roopnarine(2001)の鮮新世以降という結果とほぼ一致している.他の種についても今後検討する必要があろう.(5)時代が新しくなるにつれて,捕食者-被食者のサイズ間の相関係数は低くなる傾向が見られた(エゾタマキガイ,エゾシラオガイ).これはエスカレーションと矛盾するように見える.ローカルな要因が働いている可能性もあり,もう少しデータを増やす必要がある.(6)化学合成群集では始新世以降穿孔捕食痕が見られ,中新世を通じて穿孔捕食活動が見られる.場合によっては浅海域の貝類に比較されるような穿孔率も認められた(ワタゾコウリガイ).
著者
星野 聡子
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

覚醒と情動行動中枢である大脳辺縁系由来の生理応答の中でも,心臓活動のドキドキする感覚は鮮明である.ストレス事態下での実力発揮には心身の微調整が必要不可欠である.本研究では,パフォーマンスと最適覚醒水準との関係を示す生理応答を、情動理論であるリバーサルセオリーに依拠して検討することを目的とした.得られた結果は次のとおりである.①不安特性の違いによって、心拍増加は不安という負の情動のみを反映しない可能性が示された.②技能よりもやや高い挑戦課題では心拍減少は興奮または不安を反映し,不安感情では脳の賦活が認められた.③課題への能動的・受動的対処が心臓活動性応答の違いに顕著に示された.
著者
吉川 卓治
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

本研究は、戦後改革期の公立大学について、「理念」、「制度」、「実態」の三側面から、一次資料を収集・分析することで実証的に解明することを課題としている。本年度は、「理念」および「制度」の面については、昨年度までに収集してきた資料に加えて、国立国会図書館憲政資料室に所蔵されている連合国軍最高司令官(GHQ/SCAP)の公衆衛生福祉局(PHW)文書の「マイクロフィッシュ」を集中的に調査・収集したほか、引き続き国立公文書館、国立国会図書館所蔵の関係資料を集めた。また、福岡共同公文書館、および秋田県立図書館・秋田県立公文書館でも資料の調査・収集を実施した。さらに情報公開請求によって、福島県立医科大学に戦後改革期の制度改革にかかわる資料が所蔵されていることが判明したため、その資料の収集も行なった。これらの資料の分析を進めることで、昨年度、その成果の一端を、戦前から戦後改革期の医学専門学校や医科大学の成立・展開において重要な役割を果たした医学視学委員制度の成立過程と組織改編、およびそれがもった意味を解明した論文のなかにまとめることができた。公立大学の「実態」にかかわっては、昨年度収集した山梨県庁所蔵の資料を分析することで、戦時中に発足した山梨県立医学専門学校を前身とした山梨県立医科大学の設立運動が、どのようにはじまり、どう展開して、そしてなぜ成功しなかったのか、ということについて新たな見解をまとめた。これは公立大学の成立過程の実態をいわば裏側から明らかにする意味をもっていた。中部教育学会において報告した。そのうえで所属大学の紀要に論文として発表した。
著者
小針 誠
出版者
同志社女子大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究課題は私立小学校の学校経営を巡る諸問題や特質を、イギリスのPrep School(私立初等教育機関)との比較を通じて明らかにしようとするものであった。最も大きな研究成果は2015年10月に刊行した『〈お受験〉の歴史学』(講談社選書メチエ)であった。同書では日本の私立小学校の入学志向と入学選抜の問題を明治期から今日まで解明しつつ、イギリスのPrep Schoolとの比較を通じて、学校経営等の特質を明らかにした。本書は新聞各紙の書評などで取り上げられ、一定の社会的反響が得られた。
著者
吉川 卓治
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011-04-28

本研究は、戦後における高等教育機関の都道府県格差の淵源をその大増設期だった1940年代とみなし、その時期に高等教育機関が府県ごとに設置されたりされなかったりしたことに注目して、その原因を解明しようとしたものである。公立高等教育機関を設置した地域では「官立医学専門学校誘致ブーム」に反応して過熱した地方議会の要望を地方当局が公立へと落とし込んでいったこと、政府・文部省側には設置認可の弛緩という状況が生じていたこと、反対に高等教育機関が設置されなかった地域では、財政問題はもとより、複数の高等教育機関像が競合し、地方議会レベルおよび地方当局レベルで調整されない状況がネックとなったことなどを解明した。
著者
本多 容子 笹谷 真由美 田丸 朋子 岩佐 美香 米澤 知恵 河原 史倫
出版者
藍野大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究では、認知症の高齢者のための新たな転倒予防策として、病棟の色彩環境に着目した。認知症高齢者の入院環境の、手すりやベッド柵に鮮やかな着色を施すことで、転倒率や転倒状況が変化するかを調査し、色彩を用いた転倒予防策の実用化への示唆を得ることを目的としている。研究は、基礎研究の研究Ⅰと、実際の病院での介入調査を行う研究Ⅱより構成される。【研究Ⅰ/追加実験】目的:ベッド柵や手すりに鮮やかな着色を施した前後の視線や動作の変化を明らかにする。今年度研究実績の概要:昨年度実施した結果をうけ、研究Ⅱでの介入に向けて、静止時の視線データも必要であると考え、急遽追加実験を行った。①被験者は、健康な女性高齢者10名であった。②通常の模擬病室(コントロール群)と、ベッド柵に鮮やかな着色を施した模擬病室(着色群)の、被検者の視線ついて同一被験者内比較を行った。③測定項目は、視線軌跡と注視時間である。測定にはトークアイライト(竹井機器工業)を用いた。なお、結果は現在解析中である。【研究Ⅱ】目的:認知症治療病棟の手すりやベッド柵に鮮やかな色彩を着色し、着色前後で転倒率や転倒状況が変化するか否かを検証する。今年度研究実績の概要:コントロール期間を開始した。協力病院との調整により、転倒数、転倒状況については、病院で従来使用している転倒報告書を活用することとなった。また当初予定より、介入病棟が増えて最終的に4病棟となる予定である。
著者
冨田 哲也 中神 啓徳 二井 数馬 吉川 秀樹 郡山 弘
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

IL-17AエピトープDNAワクチンをDBA/1Jマウスに2週間隔で3回投与した後、II型コラーゲンを投与して関節炎を惹起させ、関節炎スコアの上昇程度をワクチン無投与群と比較した。その結果、IL-17Aワクチン群で抗IL-17A抗体の産生と、有意な関節炎スコアの抑制が認められた。DBA/1Jマウスに抗II型コラーゲンモノクローナル抗体カクテルおよびLPSを投与することにより関節炎を惹起するモデルでも同様の実験を行った。IL-17Aワクチン予防投与群で、有意な関節炎スコアの抑制が認められた。この抑制効果は抗マウスIL-17A中和抗体の治療投与群よりも有意に優れていた。
著者
棚村 政行
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

本研究及び関連するプロジェクト研究を通じて、日本における親権・監護法における問題点を具体的に析出するとともに、欧米先進諸国及び他のアジア諸国における親権・監護法制の展開や改革動向を比較検討することにより、また、日本における家庭裁判所や弁護士実務における運用面での工夫や自治体や民間機関と行政・司法などの関係機関の連携を進めつつ、日本における親権・監護法の具体的な立法提言を行い、その一部は実際の民法等の一部改正や解釈運用の改善に結び付けることができた。
著者
金井 淑子
出版者
横浜国立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究はフェミニズムと倫理学を架橋する問題意識から、ジェンダー、身体、本質主義、構築主義をめぐる議論のある種の膠着状況にあるとの認識に立ち、それを突き破りうる「身体論」の位相を拓こうとするものである。身体の問題について、哲学の場面に登場しつつある臨床哲学や現象学的身体論を批判的に引き込み、その議論の土俵をつくる企てであった。フェミニズムに「フェミニニティ」を立てれば、本質主義という批判を免れがたいのだが、あえてそこに踏み込み、フェミニズムにおいて知の余白に置かれてきた身体の主題化に挑戦した。計画年度初年度は、主としてフェミニズムの側から、フェミニニティ、身体、社会構築主義/本質主義、ジェダーのキーワードに関わる課題について考察した。中間年度は、哲学・倫理学の側でキーワードとなる、身体、女性、パターナリズム、ケア、家族・家庭、親密圏についての概念的整理を通して、「弱いパターナリズムとしてのケア倫理」の提唱に及んだ。研究は、論文数編と、編著『ファミリー・トラブル近代家族/ジェンダーのゆくえ』に結実した。最終年度は、単著『異なっていられる社会を女性学/ジェンダー研究の現在』、編著『身体のアイデンティティ・トラブルセックス/ジェンダーの二元論を超えて』、共著『差異を生きるアイデンティティの境界を問い直す』『ジェンダー概念が開く視界-バックラッシュを越えて』、他、論稿数本において、本研究テーマの成果を反映した刊行につなぐことができた。なお本稿が立てた「フェミニニティと現象学的身体論批判」について、身体への現象学的アプローチの考察に十分な展開を果たせていないことを付言しておきたい。
著者
MARIANNE SIMON・O 月村 辰雄 中地 義和 野崎 歓 塚本 昌則
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は、フランスにおける16世紀以降の視覚詩を研究対象として、文字の視覚性を特徴とする。視覚詩の歴史、視覚詩の視覚性、作者と読者の関係、フランスの視覚詩の国際的な位置づけといった四つの視点から、文学とイメージの関係性について考察するものであった。なかでも、近年発見された新しい資料をもとに、20世紀の詩人ピエール・アルベール=ビローとピエール・ガルニエの作品研究を進めた。
著者
鯉渕 晴美 藤井 康友
出版者
自治医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

表皮ブドウ球菌が生成したバイオフィルムに対し超音波を照射すると、これまで報告されてきた超音波強度よりも弱い強度でも、24時間照射すればバイオフィルムは破壊されることがわかった。さらに、培養皿に表皮ブドウ球菌液と液体培地を混和し、ここに超音波を照射することによって、超音波照射はバイオフィルム生成阻害にも寄与することが判明した。また、バイオフィルム生成の初期段階に超音波を照射すれば、より短時間の照射でも(20分)バイオフィルム形成阻害効果があることが証明された。これらより、カテーテル関連バイオフィルム血流感染症の発症予防に超音波照射が有用でありさらに実現可能であることが示唆された。
著者
桐原 隆弘 今井 敦 中島 邦雄 小長谷 大介 福山 美和子 熊谷 エミ子 増田 靖彦 西尾 宇広 稲葉 瑛司
出版者
下関市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究はF・G・ユンガー『技術の完成』(1939年執筆、戦後に公刊)における技術論を哲学、ドイツ文学、エコロジー思想、科学技術史の各観点から総合的に検討することを目指した。同書の論点として、①機械論的自然観と有機的生命観/人間観/社会観との絡み合い、②技術による富/余暇の逆説的な減少過程、ならびに大衆のイデオロギーへの感染性および技術時代の戦争の全面戦争への展開、③富(存在および所有)と時間(生産および余暇)の理論を軸とするエコロジー思想の萌芽を読み取った。ユンガー自身が有するこれら複数の論点を照らし合わせる作業から、科学技術の公共哲学的意義をめぐる議論に新たな一石を投じることができよう。
著者
原田 環
出版者
県立広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2006

本研究は、第二次日韓協約と通称される、大韓帝国(1897-1910)が外交権を日本に委譲した条約(Convention、1905年11月17日締結)を取り上げた研究である。これまで韓国では、この条約が日本によって強制されたものであるので、国際法上無効であると主張してきた。これに対して、報告者はこれまでの研究において、皇帝高宗が当時の大韓帝国の政府閣僚に命じてこの条約の締結を進めさせた事実を明らかにした。本研究では、さらに次のことを明らかにした。1)第二次日韓協約の締結を自ら進めた皇帝高宗が、条約の締結後は一転してこの条約に反対する運動を扇動したこと。2)他方においてこの条約に反対する運動が求める政府閣僚の罷免要求を退け、条約の締結を推進したこと。3)この結果、皇帝高宗とこの条約反対派との間に対立が生じたこと。これらの研究成果によって、大韓帝国においては第二次日韓協約に対して皇帝と国民が一致して反対したというこれまでの韓国における通説が否定された
著者
斎藤 夏来
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

研究課題において設定した研究対象である宇喜多能家画像について、その伝来事情を論考「宇喜多能家画像の伝来事情」にまとめ、『岡山地方史研究』に投稿した。大寺社や大名家に伝来したわけではなく、近世期には村方社会において保存されてきた本画像の伝来経緯をいおおむねあきらかにすることができた。こうした伝来事情の検討を通じ、研究対象である能家画像が、むしろ典型的な中世画像の一例と考え得ることなどを指摘した。この論考は年度内の刊行予定である。また、主な研究目的である画像賛の読解について、高精細赤外線画像を用いた読解作業と、関連史料の収集とをほぼ終了し、「(仮)室町武士の創出ー宇喜多能家画像賛の検討」と題する論考の執筆に着手した。文書や記録などの補助史料としてではなく、むしろ文書や記録などの読み直しを迫られる史料として、画像賛という史料の特性や価値を捉えようとしている。なお本研究で撮影作成した高精細赤外線画像は、求めに応じて東京大学史料編纂所に提供し、『大日本史料』9編28の346~349頁掲載の「絹本着色宇喜多能家像」の翻刻に用いられた。この翻刻の成果も、執筆中の論考において、あわせて検討を加える予定である。また、本研究課題に密接に関連する著書『五山僧がつなぐ列島史ー足利政権期の宗教と政治ー』(名古屋大学出版会)を刊行した。
著者
小林 千余子 蛭田 千鶴江 鈴木 隆仁
出版者
奈良県立医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

刺胞動物門ヒドロ虫綱に属するマミズクラゲは、淡水棲でありながらクラゲを放出する生物である。日本全国で夏場にマミズクラゲ成熟個体の発生が報道されるが、一つの池で一性別だけしか確認されないことが多く、その生物伝播や性決定に関して謎多き生物である。申請者は 7年前にマミズクラゲポリプを入手し、1個体から個体数を増やすことに成功し、さらに温度変化によるクラゲ芽形成の条件を確立した。そこで本研究では、実験室内で有性生殖世代を再現し(性成熟を引き起こし)、さらに核型解析による染色体情報やゲノム情報を得ることで、マミズクラゲにおける性決定が、遺伝的要因なのか環境的要因なのかの決着を付けることを目的として研究している。H28年度はワムシを餌に用いた幼クラゲからの性成熟に挑戦した。その結果、ワムシを与える頻度や飼育の水深等を工夫することで、初めてメス池から採集したポリプから分化した幼クラゲの生殖腺が発達し、卵を持つ卵巣へと成熟した。H29年度は オス池から採集したポリプから分化した幼クラゲをワムシを用いて飼育することにより、精子を持つ精巣が発生してくることを確認した。また、メス池から採集したポリプから分化した幼クラゲと、オス池から採集したポリプから分化した幼クラゲを、同じ飼育水槽で、ワムシという同一の餌の条件下で飼育しても雌雄異なる性が発達したことから、マミズクラゲの性はポリプの世代で決まっている、つまり遺伝的要因である可能性が大きく示唆された。
著者
須田 勝彦 岡野 勉 大竹 政美 大野 栄三
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究は、日本の公教育の成立・形成期(国定教科書成立以前)における数学(算術)、自然科学関係の教科書を検討し、その中で「基礎・基本」がどのように構想されていたのかを明らかにし、今日の教育課程・教育内容編成の問題に有効な指針として生かし得る視点を抽出することを目的とした。数学教育では分数の概念に焦点をあて、次のような知見を得た。(1)分数指導は、初期においては複数学年にわたる指導内容の分配(分断)がなく、導入から乗除まで一貫した連続指導を進める構成であり、形成期に様々な形での分散方式への移行がなされた。この過程の検討は、現行カリキュラムにおける根拠のない分散への批判的検討の素材として重要である。(2)分数の定義に関して、現行と同様の等分割と整数倍によるものばかりではなく、指導の早期にその定義と併せて、商の表現としての分数という定義も導入し、両者の同等性を説明する試みも少なくない。後者は現在の分数指導過程の構成に生かし得る。(3)演算の指導に関して、整数の乗法との連続性・同一性を懇切に説明する教科書も多い。演算の遂行方法の指導に偏りがちな指導方法への批判の視点として重要である。自然科学関係では、近年の中学校・高校における物理分野の教育内容編成の問題点を検討し、明治期中学校物理教科書から読み取れる教育内容編成のあり方と比較した。現在の中学校学習指導要領理科とほぼ同様の教育内容の編成が明治期の中学校物理教科書の一部でも採用されている。しかし、詳細に見ると音の学習の位置づけにちがいがあり、明治期教科書における系統性の方が豊かな音の学習を展開できる可能性がある。さらに読本教科書においても、科学教育の一環を担いうるテーマが多く登場しており、それを位置づけうる教科を越えた理論的カテゴリーの構築の重要性が示された。