著者
川野 有佳
出版者
城西国際大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

18年度の成果として、以下の点が挙げられる。まず、研究テーマに基づく先行研究を体系的に理解することを目指した。つまり(1)これまでのインドにおける女性・フェミニズム運動についての基礎文献をたどり、(2)ダリットや非バラモン主導による解放運動について、歴史的背景とそのおおまかな流れを把握した。これら二つの流れをたどりながら、そこから浮上してきた幾つかの事例から、"主流派"女性運動とダリット女性両者の接点についての考察を深めることができた。そのうちの一事例として、1970年代末、マハーラシュトラ州オーランガバードを起点として広まりをみせた、通称Namantar運動(大学改名要求運動)が挙げられよう。この運動は70年代末以降、ダリットがマラートワーダー大学からDr.ババサヘーブ・アンベードカル・マラートワーダー大学へと大学名の変更を要求したことがきっかけとなり、その後マハール・カーストを主とした非ダリットとダリットとの政治的対立構造が顕著となっていった。この運動については多くが男性政治家・運動家によって記されているが、なかでもダリット女性および非ダリット女性がこの運動をどう理解し、どのように関与したかについては未解明な部分が多い。したがって存在する数少ない資料を掘り下げ、また実際運動に関与した当事者(ダリットおよび非ダリット女性運動家、フェミニストら)に聞き取り調査をおこなった。その結果、この運動には実に多くの人々が賛同し、改名を擁護したことが明らかとなったが、特に草の根レベルにおいて多くの女性が果敢に参加したことについて、記録としてほとんど存在しないことや、賛同したダリット女性や非ダリット女性がいかに運動内で協働し合ったか、あるいはし合わなかったかについては、まだ十分に解明されてはいないことなどが明らかとなった。つまりのそ未解明な部分を明らかにするために、ダリット女性と非ダリット女性の両者の意識がせめぎあう場としてこの運動を位置づけ、それを起点に、当時から現在まで続いている両者の連帯、そして分裂について理解を深めようと試みた。この研究は現在も継続中であるが、2006年10月の日本南アジア学会にてその一部を発表した。今後も引き続き研究を続行させていく予定である。さらに、ダリット女性と非ダリット女性の意見の対立が際立つその他の事例にも注目しており(特に、異なるカースト女性のカースト別の議席配分について)、また近年起きている様々な女性運動家および女性団体での意見の相違についても事例を収集し、その分析を続行させている。これらについても今後も継続して研究を行っていく所存である。
著者
當間 孝子 宮城 一郎 比嘉 由紀子
出版者
琉球大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

蚊は人・哺乳動物の血を吸い病原体を媒介する。哺乳類の吸血行動に関しては多くの研究があり、動物が排出する二酸化炭素や体温を感知し、動物に接近することはよく知られている。最近、我々は冷血動物(蛙)の鳴き声に刺激され、吸血行動を開始する蚊がいることを報告した。本研究では、どんな蚊種がどんな種の蛙の鳴き声に誘引されるのか、それらの音に特徴があるのか、また、誘引された蚊の室内での累代飼育を試み、生態を明らかにすると共に、野外で採集した吸血蚊の吸血源動物を明らかにすることを目的として行った。これらの研究は昆虫媒介性人畜の病原のサイクルの解明、人畜への感染予防対策に役立つと考える。研究の結果、チビカの仲間の蚊、特にUr. macfarlaneiが蛙の鳴き声に多数誘引され、西表島に生息する8種の蛙の声、いずれにも、個体数の違いはあるが誘引されることが明らかになった。本工学部の音声の専門家である高良教授の協力を得て、蛙の鳴き声を分析し、人工音を作成、野外実験を試みたが、蚊を誘引する人工音は特定されてなく、引き続き調査中である。蛙の鳴き声に誘引された西表島産Ur. macfarlaneiは実験室内累代飼育に成功した。1雌が平均61卵粒からなる卵塊を水面に産み、幼虫期間は9-15日、蛹の期間は2-3日で、羽化率は74%であった。羽化成虫は大ケージで自然条件化で交尾し、吸血源として蛙をケージ内に入れると約15%の雌が吸血した。今後本種の実験室内での音に対する反応など生態を明らかにする。本種吸血雌の胃内血液のDNA解析の結果、野外ではサキシマヌマガエル、ヒメアマガエル、アイフィンーガエルを吸血していることも明らかになった。
著者
飯間 等 黒江 康明
出版者
京都工芸繊維大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

通常の強化学習では一つのエージェントのみを用いて学習を行うので複雑な問題では学習に時間がかかりすぎるという欠点がある。したがって、強化学習の実用化に向けて学習を高速に行う新しい方法を開発することが必要不可欠である。本研究では、短時間で学習を行うために複数のエージェントを用意し、各エージェントが通常の強化学習法で学習を行うとともに、エージェント間の情報交換により他のエージェントの学習成果を参照して学習を行う群強化学習法を提案した。本年度は、鳥の群れ行動にヒントを得た最適化手法であるParticle Swarm Optimizationを用いた群強化学習法におけるエージェント間の情報交換方法を提案した。また、各エージェントが行う個別学習法として、SarsaやActor-Criticを用いた方法を提案した。また、より複雑な問題に対する群強化学習法の有効性を検証するために、倒立振子制御問題、サッカーゲーム問題、マルチエージェント環境の問題に群強化学習法を適用し、これらの問題に対しても短時間に良い方策を獲得できることを確認した。さらに、蟻の群れ行動にヒントを得た最適化手法であるアントコロニー最適化法を用いた群強化学習法を提案した。この群強化学習法では他のエージェントの学習成果を行動選択に利用する新しい枠組みを用いている。以上の成果より、従来の1エージェント強化学習法より短時間に良い方策を獲得できる群強化学習法を開発することができた。
著者
堀 正士 太刀川 弘和
出版者
筑波大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

研究目体に同意が得られ、音声採取を行った統合失調症患者は12名(男性9名、女性3名)であった。採取時年齢平均44.8歳、平均発症年齢23.5歳、平均罹病期間21.3歳であり、全例が慢性期にある患者であった。全例が抗精神病薬を投与中であり、12例中9例が主に非定型抗精神病薬を投与されており、全例でパーキンソニズムやアカシジア、アキネジアなどの錐体外路症状は認められなかった。これらを我々の主観に基づきプレコックス感あり(以下「あり」と略)とプレコックス感なし(以下「なし」と略)の二群にわけて相違点を検討した。二群間で平均発症年齢、平均罹病期間、採取時平均年齢を見たが相違は認められなかった。しかし、「あり」では5例中2例が解体型であったのに対して「なし」では7例中わずか1例が解体型であり、病型に差違が認められた。また二群間でPANSS得点を比較すると、陽性症状尺度、陰性症状尺度、総合精神病理評価尺度いずれにおいても、「あり」が「なし」に比較して高得点である傾向が見られた。さらに二群間で音声解析結果を比較すると、以下のような傾向が見られた。発声指示から実際の発声までの時間(発声潜時)は怒り、喜び、悲しみのいずれの感情を込めて発声する場合も、「あり」が「なし」よりも短時間であった。なかでも、「なし」では悲しみの感情を込めた発声で他の2つの感情よりも潜時が長くなる傾向があるのに対して、「あり」ではいずれの感情を込めた場合もほぼ同じ潜時であった。また、実際の発声時間においては、怒りと悲しみの感情において「あり」の発声時間が「なし」よりも短時間である傾向が認められた。音声の周波数特性に関しては、二群間ではスペクトログラフィの目視上では明らかな違いが認められなかった。以上まとめると、プレコックス感の認められた症例では解体型が多く、音声採取時点で精神症状がより活発な傾向が認められた。また同群では感情をどのように発声に反映させるかという試行錯誤の時間がプレコックス感なしの群に比較して短く、感情移入の障害があると推察された。
著者
三友 宏志 粕谷 健一
出版者
群馬大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

キノコのベニタケ科チチタケ属(Lactarius属)国産のチチタケ子実体を乾燥後、粉砕し、これをn-ヘプタンで抽出し、メタノールに再沈殿させることによって天然ゴムを得た。これをトルエンでさらに精製後、元素分析で窒素含有量が0であることを確認した。これはゴムアレルギーの主因であるタンパク質を全く含まないことを意味する。このキノコからゴムの収率は約6.6%であった(これは完全なシス1.4-ポリイソプレンであり、キノコゴムと呼ぶこととする)。次に中国産のチチタケから得られたキノコゴムの収率はさらに1%ほど向上した。市販の天然ゴムの数平均分子量は20万以上であるが、国産キノコゴムのそれは4万前後であり、中国産でも約5万であるが、このままでは液体ガム状で成形品にならない。これを改善するため、対照試料として化学合成のシス、トランス混合の1,4-ポリイソプレンオリゴマー(分子量:約1万)を用い、これに数種類の放射線架橋剤を混合し高分子量化を行った。最も有効な架橋剤としてはTrimethylolpropane triacrylate (TMPrA)と1,6-Hexanediol diacrylate (HDDA)であることが分かった。両者のキノコゴムにHDDAを5phr混合して100〜200kGy照射するとかなり耐久性のあるゴム体が得られ、天然ゴムの約50%ほどの力学的性質を示すことが分かった。一方、チチタケを採取後これのフラスコ培養を試みたが成功しなかったので黄チチタケ菌糸体Lactarius chrysorrheus(L.C.)を入手し、これの液体培地中での培養も比較のために行った。培養日数は28日であった。L.C.菌糸体からのゴムは、収率は約2%、数平均分子量は1500前後となり、チチタケ子実体からのゴム(収率:6.6%,分子量:40,000)と比べて収率、分子量とも低くなり、これにTMPTAやHDDAを5phr混合してγ-線照射するとある程度の固さを持った固形物が得られた。このL.C.ゴムはNMR測定の結果、シス型ポリイソプレンのみでトランス型ポリイソプレンは含まれないことが分かった。チチタケの菌糸を大量培養法を検討した。また、固体培養でも大量培養系を検討した。チチタケのイソプレン生産能力は、培養形態や培養条件に依存することが判明したが、分子量を増加させることはできなかった。天然ゴムの老化がキノコゴムでも起こり、これへの対策が求められている。
著者
水本 光美 福盛 壽賀子 高田 恭子 福田 あゆみ
出版者
北九州市立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

研究最終年度である本年度の以下の研究は、ほぼ計画通り進行した。(1)データ収集と分析の補完 (1)ロールプレイによる20代前半と40代の女性同士の会話(2)放送中の外国ドラマ(吹き替え)(2)ジェンダー・フィルタの類型化 (1)脚本家へのアンケート調結果の分析(2)(1)に潜むジェンダー・フィルタの分析(3)研究成果発表:論文3稿・国際シンポジウム発表1件過去2年間の研究成果と今年度の調査結果を比較分析し考察することにより、次の点を豊富なデータにより実証出来たことは、社会言語学、メディア言語研究において、学術的にも大いに意義のあることであり、その点で、今後の研究の発展に貢献することが期待される。(1)テレビドラマに見られる自己主張の場で突如、若い女性が女性文末詞を使用する傾向は、実際の若い世代の女性たちの会話には認められない。(2)現代の若い世代の女性とテレビドラマの中の同世代の登場人物との女性文末詞使用状況には、明確な差が存在しているが、脚本家の3分の2近く(61%)が実際に話されているかどうかより、登場人物のキャラクターが伝わりやすい話し方、および状況設定に合わせて話し方を選択している。(3)脚本家は現実より登場人物のキャラクターや状況を重視した言葉遣いを選択し、キャラクターのデフォルメの道具として意識的に女性文末詞を用いている。(4)(3)は意識的、無意識的に拘わらず、脚本家のジェンダー意識によるところも否めない。(5)20%の脚本家は、現実社会における女性文末詞使用の世代変化を認識し、自身のドラマには現実を反映させている。
著者
小池 透 熊谷 孝則
出版者
広島大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

ヒトゲノム解析がほぼ完了した現在,それらがコードする個々のタンパク質の機能解析が次のターゲットとなっている。その解析には一定量の純粋なタンパク質が必要となるため,主に大腸菌を宿主としたタンパク質発現系が繁用されている。しかし,ヒトのタンパク質(酵素など)を大腸菌で作らせる場合,タンパク質の折りたたみシステムが異なるため,インクルージョンボディと呼ばれるタンパク質の凝集体(非天然型構造のタンパク質,不活性型酵素など)が生成する場合が多い。本研究は,それらタンパク質の凝集体を,本来の活性を持つタンパク質へ変換する人工分子シャペロン(タンパク質三次構造の再構築介添分子)を開発するものである。研究期間内に亜鉛イオンを分子内に二つもつ新規の亜鉛化合物群を合成した。それらの亜鉛化合物の構造とアニオンやチオール物質との相互作用について,NMR,pH滴定,各種分光分析法により検討した。その結果,アニオン種の内特にリン酸基をもつ分子とナノモル濃度で結合することを世界で初めて発見し,それらの分子がリン酸化プロテオーム解析試薬として有用であることが明らかとなった。合成した二核亜鉛化合物は,タンパク質のチオール基やフェノール基と1:1の複合体を形成することも明らかとなった。
著者
塚越 哲 蛭田 眞一
出版者
静岡大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

間隙性貝形虫類について種ごとの分布範囲をとらえるために,駿河湾・相模湾(伊豆大島を含む)沿岸を調査地とし,Microloxoconcha属の種について調査した.一般に表在性貝形虫類では,一種の分布範囲が本州全体,あるいは本州の西半分程度の範囲を持ち,当該地域程度のエリアであれば,1属につき高々3,4種程度である.本研究では,キチン質部分の解剖によって交尾器の形態差から種を認定し,当該地域より10種のMicroloxoconcha属の種を分類し,いずれも未記載種であった.間隙性貝形虫類は表在性のそれよりも,非常に狭い地域で種分化し,各々の種の分布範囲が狭いという傾向をとらえることができた.また,表在性貝形虫類では一般に背甲表面に開口する感覚子孔の分布パタンが種ごとに独立であり,交尾器の形態差と1対1になることが知られているが,本研究で確認されたMicroloxoconcha属10種のうち4種は,交尾器の形態で区別がつきながらも,感覚子孔の分布パタンは同一であることが明らかにされた.このことは種を特徴づける2つの形質,すなわち交尾器の形態と感覚子孔の分布パタンを比較した場合,前者の方が後者よりも早く変化して個体群中で安定することを示唆するものであり,貝形虫類の進化を考察する上で新たな視点となる.また,北海道南部折戸海岸の2ヶ所より得られた間隙性種が遺存的分類群Terrestricytheridaeであることを確認した.この分類群は,これまで択捉島で1種およびロシア:ウラジオストック付近で2種(1種は択捉島とおなじ),そして英国で2種が見いだされているだけであり,他の貝形虫には見られない半陸棲ともいえる海岸付近の特殊な汽水環境に生息している.この分類群が間隙生種としてとらえられるのは初めての例であり,その生態学的研究にも新たな展開が期待される.
著者
清野 純史 瀧本 浩一
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

2001年7月21日,兵庫県明石市のJR朝霧駅近くの大蔵海岸で花火大会が行われ,15万人の人出を集めたが,花火終了直後朝霧歩道橋上で群集なだれが発生し,11人もの尊い命が失われた.このような事故は,密集空間では常に発生し得る可能性があり,災害やデマなどがそのトリガーになることも十分考えられる.このようなイベント会場のみならず,ターミナル,繁華街,スタジアムなどの閉鎖的で特殊な密集空間を対象に,そこでの人間行動を個体単位でモデル化することにより,その個体の動きや群集全体の挙動を行動心理を含めて再現できるシミュレータを開発する.そして,密集空間で生じるであろう人的被害を定量的に評価し,その安全対策の策定に資するツールを提供することを目的とした.改良した個別要素法(DEM)を用い,また,不特定多数の人々が集まる密集空間で発生する圧力がどの程度のものなのかを計測した結果から決定したバネ定数を用いて,密集空間でのシミュレーションを行った.具体的には,一方向の群集流のみならず二方向の群集流についての群集歩行の再現を試みた.その結果,密集状態において歩行者に働く負荷と歩行速度に関して,解析結果と既往の計測が良い一致を示し,本研究で開発した手法が妥当であることがわかった.避難行動シミュレーションによる方法は,災害事例の結果や避難実験により得られたデータを基に計算を行ったり,様々な状況を設定して計算を行うことができ,設計農階における避難安全性検討に適用可能である.
著者
荒木 令江
出版者
熊本大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2008

近年、虚血性ストレスによる脳神経系の組織障害が問題となっている。我々は、急性・慢性的な虚血や癲痛性発作等における局所的な脳組織障害の発生に、p53分子を介する脳神経特異的な細胞死へのシグナルが大きく関与していることを明らかにした。本研究では、虚血性ストレスによる脳神経組織障害発生のメカニズムを解明する一つの手段として、p53遺伝子ノックアウトマウスを用いて、虚血性神経細胞死の誘導と、脳神経組織・細胞内のp53の動態、及びp53有無に付随して発現や機能を調節されるシグナルネットワークに関わる分子群を検索/同定し、これらのタンパク質レベルでの構造と機能解析を行い、p53を介して誘導される脳神経細胞死に関連するシグナル分子の検索を行った。p53正常(+/+),ノックアウト(-/-)マウスの総頸動脈結紮による海馬・線条体神経細胞の再現性のある虚血性遅延障害モデルを開発し、各脳組織・細胞のプロテオーム及びトランスクリプトーム解析の方法論を確立した。プロテオミクス融合解析法は、2種類(2D-DIGE法・iTRAQ/cICAT法)のproteomic differential display法を同時進行で行うとともに、DNAチップによるmRNA発現差異解析を行った。現在までに、2D-DIGE法においては、約4000個の全蛋白質から213個の特異的な蛋白質(p53遺伝子の有無に関わる93個、虚血性アポトーシスに関わる53個、p53およびアポトーシス両者が特異的に関わる39個)が検出された。又、iTRAQ/cICAT法による解析においては297個の特異的な蛋白質がp53およびアポトーシスに関わる分子として同定された。さらに、DNAチップ法によって特異的に変動する分子群合計294個(上昇195,減少79)をプロテオミクスの結果と融合させ、これらの結果をシグナルネットワーク解析ソフトに供与して特異的p53依存性のアポトーシスシグナル経路を抽出したところ、caspase9を介したアポトーシス経路に加え、レドックス関連因子群、notch,wint,cadherin,IF等の関与するシグナル系がユニークな経路として検出された。本研究によってp53及び関連分子の神経細胞死に関わるシグナル伝達機構の一旦が明かになり、これらの分子シグナルの活性を調節する薬剤やターゲット分子が、脳神経系組織障害の予防や治療へ応用できる可能性が示唆された。
著者
氷室 昭三
出版者
有明工業高等専門学校
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

直径が37μmのマイクロバブルを30秒ごとに顕微鏡で観察し,撮影に成功した.時間とともに小さくなり,350秒で目視できなくなるくらい小さくなった.これまで水中に発生したマイクロバブルは水面まで上昇して消失すると思われたが,このようにこの程度の大きさのマイクロバブルは,水中でだんだん小さくなり消失することを見出した.さらに,直径の異なるいくつかのマイクロバブルについて観察した.直径100μm以下のマイクロバブルは大きさに応じて寿命をもっていることを見出し,空気の水への溶解度に関係なく,マイクロバブルの大きさで寿命が決まっていることを見出した.一方,直径100μm以上のマイクロバブルは,測定条件下では小さくならなかった.むしろ大きくなる傾向が見られた.また,本研究室では直径2μmのマイクロバブルを撮影することに成功したが,それより小さいマイクロバブルを観察することはできなかった.したがって,ナノバブルなるものの存在は,ここでは確認できていない.一方,マイクロバブルが発生する環境でその挙動が大きく異なることを見出すことができた.この実験結果は,さまざまな方法でつくったマイクロバブルにはそれぞれの機能性があり,それぞれの機能性を利用した用途に用いる必要があることを見出した.
著者
伊狩 裕
出版者
同志社大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

数世紀にわたって国家を持つことのできなかったウクライナ人は、18世紀末のポーランド分割以降は、ハプスブルク帝国、ロシア帝国に分断され、それぞれの地域において、支配者の側から、「ルテニア人」、「小ロシア人」と呼ばれ、被抑圧者の立場におかれ、自らのアイデンティティを主張することも困難であった。19世紀を通じて、西欧諸国においても、ウクライナ民族の認知度は低かったのであるが、ガリツィア出身のユダヤ系ドイツ語作家カール・エーミール・フランツォースは、19世紀の後半、先駆的にウクライナの民族文化を高く評価し、ウクライナの民謡、文学を西側に向けて紹介している。しかし、20世紀を通じてもウクライナの民族と文化に対する西側の関心は低く、そのため、ウクライナ民族の歴史と文学とを紹介した『小ロシア人の文学』、今日でもウクライナの国民的詩人であるシェフチェンコについての評伝『タラース・シェフチェンコ』といったフランツォースの著作も、ウクライナ民族と運命をともにし、今日まで評価されることはなく、フランツォースは、もっぱら、東方ユダヤ人の世界を描いたゲットー作家とみなされている。今年度の研究においては、フランツォースの「ウクライナ」をとりあげ、ユダヤ系ゲットー作家という従来のフランツォース像を正すと同時に、ユダヤ人によるウクライナ文化のドイツ語圏への紹介という多文化間の交渉が、19世紀ガリツィアという空間を俟って初めて可能であったということを明らかにした。
著者
斉藤 了文
出版者
関西大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

今年度は、公開講演会を4回行った。羽原敬二(関西大学教授)、中里公哉(九州大学非常勤講師)、藤本温(名古屋工大助教授)、井上能行(東京新聞)、佐藤健宗(弁護士)、山田健二(北見工大)、張明国(北京化工大学文化法律学院STS研究所)、岡田佳男(雪印)の諸氏の講演である。これによって、研究課題に関する議論を深めることができた。そして、成果としては長い論文が一つ、事例報告が4つある。なお、著書として単著が一つ、編著が一つ、また著書の中での論文として一つが公刊された。また、中国の東北大学で、工学倫理を含めた国際会議に出席して講演を行った。これらによって、制度を手がかりとした、人工物に関わる失敗知識の位置づけに関しては、成果の公表の点でもある程度の成果をあげることができた。去年と今年の研究会を通じて、「制度を手がかりとした、人工物に関わる失敗知識の位置づけ」には、工学内の分野の違いによって、様々な問題領域があることが見取られた。例えば、航空機の分野、船舶の分野、食品の分野、原子力の分野、化学工学の分野、情報システムの分野、等々において、問題とされるポイントも異なり、それに対処する方法も異なっている。従って、単純に「テクノロジー一般」について語る方法は見つからない。ただ、各分野の基本概念を抽出することによって、ある程度の鳥瞰的な見通しを得ることは必要とされる。それを通じて、科学技術の失敗そのものだけでなく、それと深い関連を持つ科学ジャーナリズム、法律、国際関係などの社会技術の寄与も重要になる。これらをどのように整理するかが今後の課題となる。
著者
三ツ矢 幸造
出版者
東北大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

ヒトDNAに書き込まれた全遺伝情報は,新聞記事に換算するとおおよそ30年分にも及ぶ。このゲノムDNAは「生命の設計図」とも表現されるが,そもそも親から子へ,親細胞から娘細胞へと伝達される情報は,すべてDNAに書き込まれているわけではない。例えば,卵子には一束のDNA以上のものが含まれている。つまり,クロマチンには「遺伝暗号」あるいは「遺伝子コード」と表現されるいわゆる遺伝情報に加え,膨大なDNA情報が適切に利用されるための第2の暗号が隠されていると考えることもできる。これは,DNAメチル化やヒストンの化学修飾に代表される「エピジェネティックコード」とも呼ばれ,近年になって大変な注目を集めている。本研究課題においては、維持メチル化酵素であるDnmt1に結合能を有する新規のヒストンユビキチン化酵素(XNDs)を欠失したマウスES細胞とノックアウトマウスを樹立し、XND95を特異的に欠失させたES細胞だけでなく,胎生初期に致死に至るノックアウトマウス個体においても大規模な脱メチル化が認められることを明らかにした。また、母親と父親由来の遺伝子が区別されるゲノムインプリンティングが完全に消失することを明らかにした。このように、個別的かつ包括的なDNAメチル化状態とヒストン修飾の解析を精力的に進め、DNAメチル化とヒストン修飾の機能的な役割分担を明らかにすることにより,エピジェネティクスの分子基盤の本質に迫る大変に貴重な知見が得られた。
著者
横川 吉晴
出版者
信州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

【目的】脳卒中既往者に血流制限を伴う低負荷抵抗運動(以下加圧トレーニング)を行い、運動療法としての可能性と安全性について検討した。【対象】73歳男性。脳梗塞(被殻部位)。平成13年7月に発症。左片麻痺、感覚障害あり。高次脳機能障害、心疾患既往なし。現在ADLは自立。下肢静脈血栓症なし。【研究方法】シングルケーススタディ。4週間毎にプログラムを交代するABABデザイン。A:既存の理学及び作業療法を各40分。B:A+加圧トレーニング30〜40分。A、B共に治療は週2回。専用ベルトを上腕及び大腿基部に装着、空圧式加圧装置により加圧し運動を行った。1回加圧時間は10分以内。手指の屈伸、重錘1kgによる肘関節屈伸、肩関節挙上を麻痺側上肢のみ行った。下肢は、ハーフスクワット、一歩踏みだし、つま先立ちを行った。各回数は3セットにわけ合計45回とした。【測定項目】肘および膝関節等尺性収縮筋力。10m歩行速度、Timed up and go test(以下TUG)、片脚立位時間。筋力と10m歩行速度は、A、B前後に測定した。TUGと片脚立位は、すべて治療開始前に測定した。最終日上下肢各10分間の加圧トレーニングを行い、開始前、直後、終了15分後に採血、生化学検査を行った。介入前後に上腕中央部と膝蓋骨上縁10cm上位の断面をCT画像撮影した。【結果】運動中、脳貧血など健康被害はなかった。初回A期に比べ、TUG遂行時間は短縮、非麻痺側片脚立位時間は延長した。同じく終了時麻痺側筋力は、非麻痺側以上の増加を示した。10m歩行速度は23.1%増加した。成長ホルモン、IGF-1、ノルアドレナリン、硝酸イオンがトレーニング直後に増加した。CT画像では麻痺側上腕三頭筋横断面積が増加した。【まとめ】一定の実施基準のもとで、加圧トレーニングによる身体機能の改善を得ることが示唆された。
著者
堤 俊彦 千代丸 信一 繁成 剛
出版者
近畿福祉大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

本研究は、重度運動発達障害児童(重度児)を対象として、他動的な移動補助具の適合性を高めることにより向上すると予測される、重度児の自発性や自立移動意欲に関した研究を行うものである。昨年度年度は、これまで専門家の勘や経験に頼っていた補助移動具の選択・適合度に関しSRCウオーカーを中心に,科学的なデータベースの構築を行った.今年度は,実際の現場においてSRCウオーカーを療育に用いている養護教諭,あるいは介護者に,導入によって高まるだろうと予測される心理的な自立移動意欲の評価を行った。具体的には,TFIP (Trunk Forward Inclining Posture)アプローチ経験のある養護教諭,及び介護者12人を対象として半構造化面接法を行い質的なデータを収集した.質問内容は,1)TFIPアプローチに関する知識,2)重度児の自発性や移動意欲,3)身体活動向上に伴う恩恵(Pros:メリット),4)身体活動向上に伴う負担(Con:デメリット)である.結果は,インタビュー内容をデータ化し,重要な表現と内容の抽出を行った後,概念化とカテゴリーの名を付与した.その結果TFIPアプローチのメリット(pros)は,1)身体感覚が高まる,2)体力や筋力の向上,3)精神・心理的な効果,4)社会性/コミュニケーションが高まる,5)介護者のQOLとなった.一方,デメリット(cons)は,1)メカニカルな限界,2)体力的な問題,3)訓練/トレーニングとして捉えられる,4)介護者の考え方,5)環境の制限となった.重度CP児の身体活動を高めることには,身体機能だけでなく,心理面や社会性などに関した恩恵である.これの効果は,重度児の身体を活性化させることにより,環境に対して注意を向けたり,ものに対する興味関心が広がるなど,積極的に外界に関わろうとする自立移動意欲の促進につながることを予測させる。
著者
布施谷 節子 大村 知子
出版者
和洋女子大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

1)女子大生21名を被験者にして、昨年に引き続き浴衣の着崩れ実験を行った。これまでは一連の動作の結果としての着崩れを把握したが、今年度は動作の違いによる着崩れの特性を明らかにした。さらに対丈と二部式の着物を実験に加え、お端折の有用性を把握した。2)女子大生398名を対象に中・高の学習指導要領の新旧による製作実習教材の違いなどをアンケート調査した.その結果教材に差は見られず、いずれもエプロンが主流であった。製作品を活用しない者が多く、高校では約3割が実習未経験であった。高校では浴衣の製作が約15%みられた。さらなる教材開発の必要性を実感した。3)大学1年生31名を対象にミシンの操作実験を行った。その結果、上糸かけは正しくできた者は皆無、下糸巻きは約半数、下糸セットは約8割、下糸の引き出しは約8割の達成率だった。ミシン操作の指導を小・中・高校と工夫する必要性が示唆された。4)家庭科教育の中での福祉教育について、大学生37名を疑似障害者として着脱動作を行わせた。録画資料から身体上の6点の動作軌跡を検討した。その結果、着脱を行わせることが、障害者を理解させるためのシュミュレーションとして有用であることが明らかになった。5)本科研費を得て、伝統文化を理解させるための教材として浴衣を取り上げて、様々な角度から検討を行ってきた.授業での補助教材の開発や、指導法などを改善し、中学・高校での実習に伴う問題点を明らかにできた。また、浴衣の染色業者に提案し、中・高生が取り組みやすい浴衣教材が開発され、教育現場で使用され始めた。また、三次元動作解析システムを購入できたことから、浴衣以外の靴、ブラジヤー、パンツなどの着脱や動作性の研究手段として有効に活用できるようになり、研究の範囲が広がった。
著者
三村 秀典 青木 徹 根尾 陽一郎
出版者
静岡大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、X線入射によりCdTeダイオード内で発生する正孔によるイメージパターンをマトリクス駆動微小電子源アレイからの電子ビームで読み出すことにより、微小電子源アレイの画素ピッチで解像度が決まる、超高精細の微小電子源アレイ駆動CdTe X線イメージセンサを開発することである。本年度は、イオン注入プロセスを用いた薄膜誘起立体化により直立薄膜微小電子源からなる5×5と10×10のマトリクス駆動直立薄膜微小電子源アレイを開発した。イオン注入プロセスを用いた薄膜誘起立体化は比較的歩留まりよく、ほぼ全ての画素が動作するマトリクス駆動直立薄膜微小電子源アレイを製作できることがわかった。そこで、CdTeショットキーダイオードとマトリクス駆動直立薄膜微小電子源アレイを組み合わせ、微小電子源アレイからの電子ビームでX線照射により発生するCdTeダイオードの正孔イメージパターンを読み出すX線センサを製作した。X線センサ特性として、X線管電流とX線管電圧を変化させ、CdTeダイオード上に置いた銅版の有無とによる信号電流の変化を読み取った。その結果、この微小電子源アレイ駆動CdTeショットキーダイオードは、CdTeダイオードに入射するX線量に比例した信号を出力できるX線センサとして動作することを確認した。以上、薄膜誘起立体化によるマトリクス駆動直立薄膜微小電子源アレイとCdTeダイオードで超高精細の微小電子源アレイ駆動CdTe X線イメージセンサの開発の基盤技術を確立した。
著者
西本 陽一
出版者
金沢大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

本研究は、「周縁性」を中心テーマとして、社会的な周縁におかれた少数者集団が、自らが経験してきた歴史・社会的な苦境の中で、何を感じ、何を希望として抱いているかという問題の解明を目指すものである。具体的には、東南アジア大陸部北部から中国西南端にかけての山岳地帯に暮す少数民族ラフを対象として、歴史的・社会的な周縁化の過程の中で、彼らの間で起こってきた伝統宗教の改革・復興運動およびキリスト教への改宗に焦点を当てる。特に、「周縁性」の経験および「周縁性」への応答としての宗教変容や宗教運動についての、ラフ自身による語りの実証的な記録と分析とによって、その社会的な経験を彼/彼女らの視点にできるだけ近づいて理解しようとするものである。このような研究目的をもつ本研究は、(1)東南アジア大陸部山地における諸民族の政治・経済・文化的権力関係の歴史研究、(2)ラフの宗教復興・改革運動の研究、(3)村人自身の語りによる「周縁性」の経験の研究の3つの部分から構成される。このうち平成20年度には特に、(2)と(3)について研究を進めた。平成20年8月から9月にかけて、中国雲南省およびタイ国チェンマイ市にて現地調査をおこなった。研究最終年度にあたる平成20年度には、論文と学術発表を積極的におこない、成果の発表にも努めた。平成20年度末には、3年間の研究成果の報告書である『平成18年度〜20年度科学研究費補助金萌芽研究(課題番号:18652077)研究成果報告書「周縁性の経験-少数民族ラフの宗教変容と語り-」、研究代表者:西本陽一』(2009年3月31日、全302ページ、DVD付)を刊行した。
著者
佐藤 成 貝羽 義浩 橋爪 英二
出版者
東北大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

血管吻合における自動吻合器開発を目指し、ステント型形状記憶合金と微小突起ステンレス板を用いた血管端々吻合法を考案し、動物実験にてその開存性、有用性を検討した。高さ70μm、直径30μmの微小円錐(300μm間隔)を有する厚さ60μmステンレス板を作成し梯子状の形態にした。Z字ステント型の形状記憶合金を人工血管に縫い付けておき、冷却し軟化させた後にシースに装填、吻合部に挿入後プッシヤーにて誘導し、加温復元させた。外周よりステンレス板を密着させて、微小突起で摩擦力を生じ長軸方向に十分な固定力を得られるようにした。ブタ大動脈(5頭)へ、中枢側吻合は当吻合法で、末梢側は手縫いで人工血管を移植した。吻合時間、4週例の開存性を検討した。遮断解除直後の吻合部からの出血は中枢側ではほとんど観察されず、末梢側の針穴からのものが多く、軽く圧迫することにより止血が得られた。平均吻合時間は、我々の考案した吻合法188.8±50.8秒、手縫い法848±77.8秒で、全例4週開存が得られ、吻合部に仮性動脈瘤などの異常所見は認めなかった。内腔は平滑で形状記憶合金はneointimaにて覆われ、ステンレス板は周囲組織に強固に密着していた。抗張力試験では、吻合直後で350g、350g、650g、吻合後4週例では2300g、2950gで、耐圧試験では、吻合直後、吻合後4週とも500mmHgの加圧で吻合部に異常をきたしたものはなかった。我々が考案した血管端端吻合法は、3分程度と短時間で施行でき、かつ、開存性、安全性も問題なく十分に有用と考えられた。