著者
川野 健治 余語 琢磨
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

本研究では、高齢者介護において社会資源を導入する際の、利用者と家族による情報編集の過程の検討を通して、生活者の側から介護保険制度を吟味する。栃木県の伝統的城下町をフィールドした聞き取り調査を行なってきた。最終年度にあたる本年は、補足情報の収集、および理論的欠損事例を加え、ナラティブ・アナリシスを用いて全体的な考察を行なった。後者については、主に介護サービス提供者からより多くの支援を必要としていると思われる介護家庭の情報収集を含む。結果として、利用者と介護者による情報編集は、以下の3つのフェイズによって理解することが適切と解釈された。すなわち、(1)社会資源との相互作用、(2)個人資源との相互作用、(3)介護への意味づけ、が相互に連関しながら情報編集が進行する。例えば介護初期には、高齢者の体調の変化に応じて、まず家庭における状態の見立てと家庭の諸事情(e.g.田植え、連休など)など個人資源が考慮される。次に、社会資源としての役場、ホームドクターとの接触が起こり、そこから介護保険情報が収集され、医療措置が施される。家族は医療施設と家庭との「対比」によって要介護者の新たな側面に気づき、リハビリの様子を「観察」することで適切な介護への考え方を得る。また、病院の利用制限情報が提供され、「家庭介護信念」、また受療と帰宅の『交換性概念』(治らないと家に帰れない)を生成する。これらの介護への意味づけがさらに、社会資源、個人資源との接触に影響する。この3つのフェイズを支える資源分布は同一行政区域内においても偏りがあり、利用可能なサービス内容を限定するだけでなく、生活者の利用を動機づけるものであると考察された。したがって、生活者の介護サービス利用状況を理解し、また必要に応じて促進するためには、地域特性を考慮しつつ3つのフェイズの連鎖から情報編集過程を検討することが有効であると示唆された。
著者
政岡 伸洋
出版者
東北学院大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本研究は、ここ数年各地で見られるようになった「民俗文化」を活用したまちづくりと、それに伴う住民アイデンティティの再構築という現象について、「現代社会における民俗の実践」という視点から、地域を取り巻く政治的・経済的・社会的状況の変化に注目しつつ、民俗がいかに位置づけなおされ、新たな意味を獲得しているのかを、中山間地域および被差別部落の事例を中心に調査検討することで、新たな民俗理解の可能性を考えようとするものである。本年度は最終年度ということで、引き続き大阪府和泉市旧南王子村および徳島県旧東祖谷山村・旧西祖谷山村(現三好市)の資料整理とともに、昨年から調査を開始した青森県三戸郡新郷村のキリスト祭り、これまで台風等による自然災害の影響のため実施できなかった宮崎県東臼杵郡椎葉村の平家祭り、また比較のため近年農漁家レストランで成功している南三陸町他においても調査を行なった。この3年間、上記のような視点からの資料を調査収集し、分析してきたわけであるが、特に注目されるのが、ここで活用されている「民俗」が、新たな生活基盤や住民アイデンティティの再構築といった大きな社会変化に伴う動きの中で、過去ではなく、地域社会の今日的なイメージや状況に合わせるかたちで再構成されたものであった点である。つまり、変化と現在を視野に入れたうえで民俗を理解する必要がある。また、その活用の方法についても、各調査地によってきわめて多様な面もあり、今回取り上げた現象を、現代という一時代だけに押し込めるのではなく、地域社会の変化全体の中に位置づけたうえで、その意義というものを政治的・経済的・社会的状況の変化に注目しつつ再検討する必要もあろう。このほか、地域社会をめぐる変化は、町村合併等の影響をはじめとして、今日においても進行しつつあり、今後も継続的に調査していく必要があることも指摘しておきたい。
著者
中道 正之 安田 純 志澤 康弘
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究では、自然・科学教育の重要性が叫ばれている今日において、動物園はその絶好の場所と捉え、動物園における人と動物の相互作用についての基礎研究を行い、「動物園行動学」という新しい研究分野を確立することを意図した。このために、来園者の行動、動物の行動、動物と来園者の相互作用を記録した。今年度は、特に実際に動物園に来て、動物を直接見ることによって、「好きな動物、見て楽しめる動物」が変わることを確認した。これは、動物園で実際に動物を見ながら楽しむことによって動物への印象が変わることを意味している。また、動物園で新築されたサルの新動物舎が、来園者にどのように評価されるのかを、行動観察、来園者へのアンケート調査で分析した。新動物舎の展示環境が見やすいことが、来園者の滞在時間を増加させること、そして、動物を見つけ出そうとする探索行動も増加することが、旧動物舎との比較から、確認できた。直接観察とアンケート調査の併用で、新動物舎の簡便な評定が可能であることを実証した。自然の中で暮らすニホンザルを近くで見て楽しむことが可能な野猿公園での来園者の意識に関する調査も、昨年度に続いて行った。来園者の関心は、おとなよりも子ザルに、動きの乏しい休息時のサルよりも、毛づくろいなどをしてかかわっているサルや遊んでいる子ザルに対して高かった。また、寿命などの生物学的な点だけでなく、母ザルと子ザルの関わりなどに注目する傾向が確認された。教育価値としての野猿公園の潜在力が確認された。
著者
二宮 彩子 増田 敦子 小泉 仁子
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

平均年齢67歳の高齢者27名(男性14名女性13名)に対して、ベッド及び和式布団から起き上がる際の血圧変動について検討を行った。tilt-up試験のように受動的な起立ではなく、圧受容器反射の違いを考慮し日常生活で行われる能動的な起立方法を用いて、仰臥位から立位への姿勢変換時における血圧データを収集した。起立直後の血圧最低値からその後血圧が上昇をする態様を観察した結果、血圧の最低値に対する最高値の割合は、ベッドの場合125%、和式布団の場合134%であった(収縮期血圧)。同じく拡張期血圧においては、ベッドでは108%、和式布団では120%の上昇が見られた。拡張期血圧、収縮期血圧それぞれにおいて、ベッドと和式布団との間で上昇率に有意差が認められた。このことは和式布団からの起き上がりはベッドの場合に比べて、血圧の変動が大きいことを示唆していると思われる。脈圧に関しては、収縮期血圧の変動が拡張期血圧の変動に比して大きいため、起立直後一時的に安静時の約4割にまで減少していた。主観的なめまい、ふらつき感、浮遊感などの症状についての訴えは、ベッドからの起き上がり時で約1割、和式布団からの場合では約2割の者に見られた。特筆すべきことは本人にその自覚がなくても足元がふらついている者が2名、布団からの起き上がり時にみられたことである。ベッドの場合には一度、マットレスの縁で端座位の姿勢を保持することによって、上体を起こす際の静脈還流量減少が和式布団の場合に比べて少なく、同時に足腰への負担も軽減されること等から、布団からの起き上がりよりも身体にかかる負担が少なくてすむと考えられる。一方、和式布団での仰臥位から立位への姿勢変換時には、今回の研究結果からもわかるように血圧の変動がベッドに比べて大きい為、めまいやふらつきによる転倒の予防に十分配慮して立ち上がる必要がある。
著者
江口 厚仁
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

本研究は、内外の最新の研究動向を参照し、「日本型法化社会」の動態に適合するリスク・マネジメント・システムの基礎理論を構築することにより、多種多様なリスク問題に対する法システムの応答可能性を模索する試みとして計画・実施された。研究計画最終年度(20年度)は、初年度から継続的に収集してきた内外の文献・資料・データの翻訳・要約・分類・整理をつうじて、現代日本社会のリスク・マネジメント問題の全体像を俯瞰する理論体系の構築と、研究成果の公刊に向けて準備を進めてきた。あわせて、効率的なデータ検索・利用に資するデータベースの作成作業にも引き続き取り組んだ。本研究計画の期間をつうじて、現代日本社会における市民的公共性/専門家倫理/リスク管理の実態を批判的に再検討する研究会・セッション・出版企画などに参与し、本研究の中間的成果を示す論考二本を順次公刊するとともに、21年度上半期には岩波書店より「暴力・リスク・公共圏-国家の暴力/社会の暴力と折り合うための技法-」を含む書籍の公刊が決まっている。本研究の最終年度にあたって、リスク・コミュニケーションそれ自体のはらむリスク、及びそのマネジメント上の問題点を、リスク管理の技術的問題を越えた市民社会的視点から、かなりの程度まで明らかにできたものと考える。だが他方で、現時点では研究成果の一部を漸進的に公表する段階にとどまっているため、今後も本研究の所期のテーマを継承し、その全体像を解明した体系的論考へとまとめていく研究に引き続き取り組む所存である。
著者
松見 法男
出版者
広島大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

平成16年度は,「日本語を母語とする幼児の英語学習において,言語の種類と色のイメージがものの認識にどのような影響を与えるか」を明らかにするため,日本語単語と英語単語の聴解課題を用いた実験を行った。被験児は英語未習の幼稚園年長児24名であった。日常カタカナ語として用いられる「赤,黄,緑,青,黒,白」の6色を色イメージとして選定し,それらの日本語単語と英語単語を,特定の色をもつ普通名詞3個(いちご,ヒヨコ,はっぱ)ならびに特定の色をもたない普通名詞3個(かばん,車,花)と組み合わせ,計72個の言語刺激材料を作成した。6色の名詞に対応する絵カードは,標準絵を利用して36枚を作成した。実験計画は2(刺激言語:日本語,英語)×2(色イメージ性の有無)×2(音韻短期記憶容量の大小)の3要因配置であった(第3要因のみ被験者間変数)。実験は個別に行われ,被験児は,ヘッドホンから流れる言語刺激(日本語-英語バイリンガルによる発音)を1個ずつ聴き,それが表すものをできるだけ早く36枚の絵カードから選ぶ(1枚を指差す)ように教示された。測度は正答率と反応時間であった。聴解課題終了後,日本語ディジットスパンテスト(DST)が行われた。正答率に関する分散分析の結果,言語刺激の主効果が有意であり(日本語で高い正答率がみられ),DSTの主効果にも傾向差(DST高群で高い正答率)がみられた。色イメージの主効果は有意ではなかった。幼児が「色のついたもの」を認識するときは,色イメージよりも言語音声に影響されること,また,カタカナ語の借用元である英語よりも日本語で色名単語が発音されるほうが「色のついたもの」の認識が正確になることがわかった。さらに「色名単語+普通名詞」の聴き取りでは,音韻情報を一時的に保持する音韻短期記憶の容量が要因の一つとして関わることが示唆された。
著者
田中 雄次 加藤 幹郎
出版者
熊本大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

ワイマール映画史にとって最も重要な出来事のひとつが、ドイツ最大の映画社ウーファとアメリカの大手映画社パラマウント社とメトロ・ゴールドウィン・メイヤー社との間に取り交わされた<パルファメト>協定であった。研究代表者(田中雄次)と研究分担者(加藤幹郎)は、この協定のもつ歴史的意義を明らかにするために、海外(ドイツおよびイタリア)および国内(国立フィルムセンター)での調査研究をふまえつつ、論文化する作業を行った。平成14年度は、研究分担者に予定していた加藤幹郎がフルブライト奨学金によるアメリカでの映画研究のため参加できなかったために、研究代表者一人がドイツの国立映画研究所および東京のフィルムセンターでの調査研究と文献調査を行ない、その成果として論文「ワイマール映画のなかの女性たち」(『女と男の共同論』所収)を発表した。平成15年度は、8月にアメリカでの留学から帰国した加藤幹郎を研究分担者に加え、加藤のアメリカでの研究成果の報告と研究代表者のそれまでの研究成果の突き合わせを行なった。さらに研究分担者は、2003年10月にイタリアの無声映画研究シンポジウムに参加してドイツを含む1920年代ヨーロッパの無声映画の研究資料を収集して帰国した。研究分担者はその研究成果を研究代表者の勤務する熊本大学を訪問して報告し、その内容について双方で討論し検討した。その成果は、研究代表者の論文「ドイツの<アメリカ化>と国民映画の諸問題-<パルファメト>協定の歴史的意義」(『熊本大学社会文化研究2』・2004)で発表し、2004年秋までに刊行予定である研究分担者の著書『「ブレードランナー」論序説』(筑摩書房・2004)において公表される。今後は、<パルファメト>協定成立に至るまでのワイマール時代初期(1919-1923)の映画界の混乱した状況の詳細な分析と、<パルファメト>協定が形骸化していくワイマール時代後期(1928-1931)に製作されたドイツ映画の分析に重点をおいて研究を継続したいど考えている。
著者
西部 忠
出版者
北海道大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

研究代表者は『地域通貨のすすめ』(北海道商工会連合会,2004年)で,地域通貨の二大目的である「地域経済の活性化」と「地域コミュニティの活性化」を同時達成するため,社会福祉やボランティアのような非商業取引を商業取引が補完する地域通貨循環スキームとして「ダブル・トライアングル方式」を提唱した。この制度設計に基づく地域通貨流通実験が北海道苫前町で2004年11月22日から2005年2月20日まで行われ,その調査研究成果を西部忠編著『苫前町地域通貨流通実験に関する報告書』として今年度に発表した。そこでは,二つの研究手法を駆使して,地域通貨が実施される地域の特徴や背景を記述し,地域通貨の経済的効果を評価しようと試みた。一つは,数回にわたるインタビュー、2回のフォーカス・グループ・ディカッション、および、3回実施したアンケートの結果を利用する定性的分析であり,もう一つは,地域通貨の経済活性化効果を評価するために,ネットワーク理論を応用して流通ネットワーク分析である。この調査の結果,地域通貨の流通速度が法定通貨の6-7倍であることがわかり,経済活性化効果について顕著な有効性が確認された。また,ネットワーク分析により,個々の地域通貨の流通ネットワークの特徴,例えば、どの地区や主体が中心的役割を果たしているか,ボランティア活動はネットワークの形成にどの程度の影響を与えるかなどを明らかにした。これは、地域内部のミクロ主体レベルでの観察情報を提供するもので,人体に対するCTスキャン技術のような役割を果たす。こうした情報を定性的情報とともに利用することで、地域の経済面とコミュニティ面についての診断(「地域ドック」)を行うことが可能になり、それを元にして,経済的自立とコミュニティ的豊かさを備えるまちづくりのための処方箋が書けるものと期待できる。他方,地域通貨の経済思想,政策思想の研究も発表した。
著者
加藤 直樹 村瀬 康一郎 益子 典文 松原 正也 伊藤 宗親 興戸 律子
出版者
岐阜大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

情報通信手段を活用した学校改善のための課題解決方略を,高等教育の取組を事例として検討し,より一般的な教育改善に対する教育経営工学の枠組みを検討した。このために,高等教育の取組として,岐阜大学の教育経営戦略について新たに調査分析を行い,学校教育でのこれまでの調査結果と比較検討して,教育改善を効果的に推進するための方略を検討した。具体的には,以下のように実施した。(1)高等教育における情報通信手段を活用した戦略的な取り組みについての調査分析とくに,教育改善の視点から導入された情報通信手段を中核にして検討し,学生や教員等の意識の変容等についての調査を試み,とくに学生からの取組期待が高く,指導者側の意識改革が肝要となることを指摘した。(2)教育課題に対して,情報通信手段に対する利用実態と期待の分析高等教育での取組は,組織的な教育改善と情報通信手段の位置づけ,及び具体的な方略を分析し,総合的な教育改善を支援するシステムとしての重要性が増していることがしてきされた。さらに,学校教育への適用の可能性について検討し,過去の取組経緯と照らしてCMIの取組を近年の情報通信技術の進展に対応させて検討する枠組みの構成が重要となることを示した。(3)情報通信手段の活用による教育改善の方略のための経営的モデルの検討情報通信手段は,情報共有,組織構成員及び関係者のコミュニケーションなどを支援する手法として活用されるが,学校教育における従来からの取組は基本的な枠組に大きな変化はないことから,過去の事例を「課題解決型の学校経営に関する教育工学的アプローチの開発」として研究資料に整理した。
著者
山名 淳
出版者
東京学芸大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

研究計画の最終年度となる平成18年度は、論文「『もじゃもじゃペーター群』の教育学的分析(前半)-絵本に描かれる「悪い子たち」の境界づけをめぐるライナー・リューレの試みとその妥当性について」(『東京学芸大学紀要第一部門 教育科学』第57集、2006年3月、47-62頁)において特定した教育学的に重要な『もじゃもじゃペーター』の類似本の一覧にもとついて、引き続きドイツの類似本収集家たち(とりわけ、代表的な収集家であるライナー・リューレ氏、ヴァルター・ザウアー氏、ディーター・ザロモン氏)と郵便およびメールのやりとりを通じて未収集であった類似本の情報および複写を入手した。考察対象の候補としてリスト・アップした182冊の作品のうち、収集した類似本は、約81パーセントの155冊(約1,250話)である。それらを対象として、各物語の内容を確認した後に、(1)主人公の性別、(2)具体的な特徴および行為(3)忠告の有無(4)忠告の与え手、(5)行為の帰結、(6)懲罰の種類、(7)懲罰の与え手、(8)推奨されるモラル、(9)危険の区別(危険としての子ども/危険としての環境)、について分析を加え、それにもとついて物語の歴史的な変遷について検討を行った。その結果、時代の変遷とともに、戒めの多様化、危険な時間帯および空間の変遷、物語における親の役割の普遍性、偏見への配慮の増大、などの傾向が見られることを確認した。これらの結果を「文明化」理論に依拠しつつ解釈した。本研究の成果については単著の形で公刊する予定であり、現在、その準備を進めている。
著者
小西 加保留
出版者
桃山学院大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本調査の目的は、HIV感染者が社会福祉施設サービスを利用しようとする時に、サービス提供者側が抱える不安や課題となる要因を明らかにすると共に、どのような要因が、サービス提供や受け入れ意向に影響を及ぼしているかを分析することにある。平成15年度に実施した調査の対象は、重度身体障害者更生援護施設、身体障害者療護施設、知的障害者更生施設、児童養護施設、精神障害者生活訓練施設の各全数(平成11年度現在)、合計2377箇所。各施設に対して1)施設長、2)生活・児童指導員、3)その他の計3名に依頼。調査期間は、2003年10月〜11月。有効回収数は、施設数で999箇所(回収率42.03%)。結果としては、因子分析により、12因子が抽出され、受け入れ姿勢への阻害要因や促進要因は多岐に複雑に影響していることや施設種別ごとの課題があることが示された。各施設に共通する因子としては、「他者への対応困難」(一方向)「性の陽性価値観」」(+方向)が代表的なものであった。HIV感染者の受け入れ経験は22施設にあったが、受け入れ経験より研修経験が今後の受け入れ姿勢に有意に関連しており、今後具体的な感染発生時への不安や事後対応に対する具体的な知識・情報提供、施設特性に関連する性の支援システム作り、またコスト保障やハード面の対策も合わせて重要であることが示唆された。16年度は、調査結果を踏まえて、HIV医療の現場で感染者支援に従事するカウンセラーらと共に、さらに総合的に考察、検討を加え、今後の支援のあり方や施策、ガイドライン作成の準備段階としての小冊子を作成し、対象とした施設に配布した。また関連学会において研究報告を行うと共に、研究報告書を作成した。
著者
福村 一成
出版者
宇都宮大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

事前調査でレンガ造り構造物遺跡のうち東南アジア(タイ、カンボジア)に多くみられる(低温の)焼成レンガ遺跡では塩害による劣化が報告されているがその範囲・程度は、日干しレンガ遺跡建造物に比較して限定的であった。これは東南アジアでは雨季に乾季中にレンガに蓄積した塩分が洗脱されること、さらに降雨侵食対応した焼成レンガ(日干しレンガより塩分結晶成長による劣化を受けにくい)が用いられていることが報告されている。それに対し、乾燥・半乾燥地域(南西アジア〜北アフリカ)の遺跡では日干しレンガ(焼成していない)日干しレンガを使った遺跡構造物が多くみられ、その構造物基底部(地表面近く)で塩類集積による日干しレンガの劣化が報告されている。日干しレンガの塩害実験を行うために模擬日干しレンガの作成を行った。文献にある日干しレンガ材料の情報、土質(砂混じり粘土)、補強材料(スサ、麦わら)と現地の日干しレンガ作成過程の写真を参考に、日本家屋の土壁施工職人からアドバイスを得つつ、20×10×30cmの模擬日干しレンガ(乾燥密度1.5Mg/m3)を作成して電気浸透験の供試体とした。電気浸透による水分、塩分移動実験では電極に白金メッキしたラス電極を用いた。実験結果から塩分移動量と印加電圧、印加時間、電流の条件と水分、塩分移動量の関係を解析した。その結果、水分、塩分移動量と消費電力量に有意な相関関係を得ることができたが、当初予想した印加時間、印加電圧初期塩分量と水分、塩分移動量の間に有意な関係を見出すことはできなかった。また初期含水量の大小は水分、塩分の移動量に顕著な影響を与えるとの結果が得られたが、統計的に有意な関係を得るには至らなかった。以上の結果から、除塩に電気浸透を利用できる可能性を示し、除塩量の指標として消費電力量が有用であることを示した。しかし、初期水分量を大きくすることで移動量が大きくなることが指摘ができたものの、日干しレンガの含水量のコントロールと除塩の関係については十分な知見を得るに至らなかった。
著者
肥田 登
出版者
秋田大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

1. 平成18, 19年度に引き続き, 20年度も本研究課題にそった実験と記録の採取を秋田県六郷扇状地扇(央部は39°25'N, 140°34'E)において継続・実施した。扇状地は, 東西約4km, 南北約5km, 扇頂の標高は90〜100m, 扇端の標高は約45m, 約100m厚の帯水層は主に砂礫から成り, 透水係数は10^0〜10^<-2>cm/sec, 比産出率は10%強である。扇状地の地下水循環の特性を活かし, 地下水人工涵養池(扇央部 : 39°25'00"N, 140°34'05"E,標高68.0mにある)により地下水の人為的強化を試みた。2. 水頭の上昇について : 扇央の野中(39°25'02"N, 140°33'55"E)のピエゾメータにおいて明確な記録を採取し, 時間差をおいて扇端の馬町(湯川)(39°25'18"N, 140°33'03"E)のピエゾメータにおいても上昇の反応が現れた。3. 人工涵養池に給水する水温の影響が野中, 馬町(湯川)の各ピエゾメータ地点にどのように及ぶのか, この点の記録が一部収得された。特に低水温を人工涵養池に給水すると, 扇央と扇端の双方とも20m深ピエゾメータの地下水温の記録に特徴的な現象が現れた。低温の湧水を地下水の涵養源として再利用する際に参考可能な基礎データである。4. 本研究で目指した「地下水循環系の人為的強化」は可能であることが確認された。その成果の一端は, 裏面の「研究発表」欄に記したHida(2009)で公表したとおりである。5. 本研究は, 今後, 人工涵養池に給水する水を増やすことによって, さらに有効な研究へと発展させられる。民家の屋根の雪, 生活道路の雪を地下水で融かし, 揚水した地下水と融雪水を併せて人工涵養池の水源に充てる。この試みにより給水量を増すことは可能である。地下水保全と高齢化社会における除排雪という難問の解消とを統括した研究へ発展させられる。今後の新たな研究課題としたい。
著者
清水 教之 村本 裕二
出版者
名城大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、含水冷却固化させた竹繊維(竹-氷複合系)をガラス繊維強化プラスチック(GFRP)の代替材料として極低温超電導機器の電気絶縁システムに適用する可能性を検討することにある。従来から、超電導電力機器に必要とされる極低温領域の電気絶縁材料としてはもっぱらGFRPが使われてきた。しかし、GFRPは廃棄の際に環境に与える負荷が大きいことが問題視されている。これに対して、竹と氷で構成した竹-氷複合系は廃棄の際に環境に与える負荷は著しく小さい。竹材は、構造上水分を吸収するために、竹材に水分を含浸させた後、極低温冷媒中(液体窒素)に含浸し竹-氷複合絶縁系を形成させることを考えた。この複合系を試料として絶縁破壊特性を観測し、極低温領域における新しい複合材料の電気絶縁構成の可能性を評価した。本年度は、竹-氷複合絶縁系における交流絶縁破壊特性に及ぼす竹の異方性の影響を取り除くために竹をパルプにし、竹パルプ-氷複合系として実験を実施し、検討を行った。その結果、竹が持つ構造上の異方性を取り除くことができ、交流絶縁破壊特性に及ぼす異方性の影響も小さくすることができた。交流絶縁破壊特性においては、GFRPのものと同等程度の値を得ることができた。さらに竹をパルプ化することで形状を変化させることが可能となった。これらの結果より竹パルプ-氷複合系は、低環境負荷の極低温電気絶縁材料であることが実証され、今後、GFRPの代替材料として実機への応用の可能性が示された。
著者
市野 隆雄
出版者
信州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

1. まず、クヌギクチナガオオアブラムシを野外で飼育するための装置の開発に成功した。クヌギ幹上に通風性の高い小型のプラスチックケージをとりつけ、毎日容器内にたまった甘露を取り除くことで,安定的にアブラムシを生存,繁殖させることに成功した.これを用いて長野県各地から採集してきた別クローン由来のアブラムシコロニーを隔離累代飼育して繁殖させた.2. 次に,多数の2齢虫,3齢虫,4齢虫および成虫に個体識別マークをほどこし,各個体について,経日的に甘露分泌量を測定した.得られた甘露分泌量のデータをクローン間,クローン内に分けて分散分析した結果,甘露分泌量にクローン間での遺伝分散が存在することを明らかにした。このことは、アリの選択的捕食によってアブラムシの甘露分泌量が進化する可能性を示すものである。なお、上記の実験から得られた甘露分泌量の遺伝率は比較的低かった。これは野外飼育系であることから,環境分散の影響が大きかったことが影響したものと考えられる.3. アリが,自身の化学物質をアブラムシに塗りつけていることを、両者の体表面炭化水素の化学分析から明らかにした.アリとアブラムシが共有している体表面化学物質の中には,アブラムシ自身が分泌する「アリに似せた化学物質」と,アリがアブラムシに塗りつける「マーキング物質」の両方があることを,アリ非随伴アブラムシとの比較から明らかにした。一方、あるアリコロニーに随伴されていたアブラムシを別コロニーのアリに随伴させると有意に捕食率が上がることを示した。これらの結果は、自コロニーのマーキング物質の多寡によってアリが捕食対象のアブラムシを決めている可能性を示唆するものであり、アリによる「育種」の具体的な実現メカニズムの一端を示す結果である。
著者
苅安 誠
出版者
九州保健福祉大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

1.問題と目的:ヒトの音声は、音源が声道で共鳴を受けた産物である。この音声が家族で近似していることは知られ、遺伝的により近い形態をとる双生児では声道が類似するために、音声がより近似すると考えられる。これまで、双生児音声を知覚的に観察した報告は数多くあるが、それを定量化して遺伝で規定される音声の諸側面を調べた研究はあまりない。そこで、本年度は、双生児の音声の音響的特性について、一卵性と二卵性双生児ペアでの近似性を調べた。2.研究対象:日本全国の多胎児サークルに文書で研究の依頼を行った。研究期間内に協力可能であったサークルの集い(青森、山梨、神奈川、福岡、宮崎)で、音声の収録を行った。対象は、幼児から学童の双生児ペア27組で、分析対象とした音声資料が収集可能であったのは、21組(一卵性MZ8組、二卵性DZ13組)であった。双生児42名(男子20名、女子22名)の年齢は、2〜12歳(平均4.52歳)であった。3.方法:音声資料は、日本語5母音の持続発声とし、音響分析プログラムMulti-Speechを用いて解析を行った。母音の中央部を切りだし、音声基本周波数Foと共鳴周波数(F1,F2,F4)を測定した。さらに、音響理論に基づいて、F4値より声道長(声帯から唇までの距離)の推定値を求めた。統計処理として、MzとDzで別々に級内相関を求めた。4.結果と考察:母音Foは、202Hz〜514Hz(平均307.6Hz)であった。級内相関係数は、Mzで0.73、Dzで0.09、であった。一方、F4(3930〜5560Hz)より推定された声道長は、10.70〜15.14cm(平均11.76cm)であった。級内相関係数は、Mzで0.86、Dzで0.34、であった。この声道長の級内相関の違いより、かなりの部分が遺伝で規定されると考えられた。5.結論と展望:双生児の音声は、その基本周波数(声の高さとほぼ一致する)と推定された声道長において、近似しており、特に声道長が遺伝でかなりが規定されることが明らかになった。これは、声道が構造上個体に付随する管腔であり、その随意的変化が小さいものであることからも、支持される。一方、声の高さは意図的かつ場面への適応的行動として変化の可能性がより高いため、遺伝の影響が明確化されなかったのであろう。
著者
澤瀬 隆 熱田 充 柴田 恭明 馬場 友巳
出版者
長崎大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

我々はリン酸カルシウムを貝殻の成分として有するミドリシャミセンガイの貝殻-貝柱間の強固な接着機構に着目し,バイオミメティックス技術を応用することで,生体材料であるチタンに同様の軟組織との結合能を付与することを目的として研究を開始した.平成17年度においてはチタン表面へのアパタイト/ラミニンの析出及びラミニン含有アパタイトコーティングディスクを用いたin vitroにおける細胞培養に関する研究を行い,その結果は昨年の報告書に記載した通りである.引き続き本年度はファイブロネクチンコーティングディスクにより線維芽細胞を用いたin vitroでの検討,ならびに同様の処理・コーティングを行ったスクリューインプラントを用い,ラット口蓋粘膜への埋入実験を行い,in vivoでの検討も加えた.その結果接着タンパクであるファイブロネクチンの存在により線維芽細胞の有意なケモタキシスが観察され,またインプラントに直行する線維の走行を可能とした.しかしながらバイオミメティックスという本題に振り返ると,貝殻-貝柱間において観察された,貝殻内面再表層と貝柱筋線維を繋ぐような10-15μm程度の膜様構造を再現することは困難であった.この膜様構造は,興味深いことに歯根表面と歯槽骨とを繋ぐ歯根膜と類似の構造を呈し,独立した組織を連結するためには,この2層構造が鍵となるのではないかとの仮説に至っている.今後,発展の一途をたどる再生医療とのコラボレートも視野に入れ,本研究を一層深めることが必要である.
著者
中川 裕
出版者
東京外国語大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究の最終年度である今年度は、主に次にあげる3項目の研究を遂行した。まず一つ目として、昨年度までつづけてきたグイの韻文ジャンルである「ハノ」と、「歌」と翻訳することのできるジャンル「ツィー」のテキストを、音韻論的に妥当な記述の枠組みを用いて、言語学的に文書記録化すること(linguistic documentation)をさらに進めた。次に二つ目として、グイにおける、マザリーズ(motherese「子守ことば」)というスピーチ・スタイルと、上記「ハノ」という韻文ジャンルと、上記の「ツイー」のうち旋律のないタイプという3つの特殊スピーチを、音声学的・音韻論的な視点から精密に比較し、それらに共通する韻律的特徴に焦点をあてて精査を行った。最後に三つ目として、韻文ジャンル「ハノ」のテキストのモチーフとなっている自然・野生の側面について、環境認識の専門家との討議をとおして考察を行った。以上の3つの研究項目は、すべて、これまでのコイサン研究では取り上げられることのなかった、音韻論的接近法と民族言語学的接近法による民族誌研究の先駆けとなる研究といえる。コイサン言語民族学的研究は、ここを端緒として、民族詩学や音韻民族誌をさらに展開することができるはずである。また、本研究がクローズアップして、その実態に迫った韻文ジャンル「ハノ」については、ロマン・ヤコブソンの言語機能論との関連で、その伝達行為としての特異性の解明という新しい問題も浮かび上がってきた。本研究は、このように、言語民族学的文脈においても、また、言語機能論的文脈においても、きわめて興味深く新しい視座をもたらすことに成功した。
著者
太田 成男 大澤 郁朗
出版者
日本医科大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

組織が虚血再灌流(I/R)に曝露されると、再灌流の早期段階でROSが大規模に生成され、肝、脳、心臓および腎など様々な臓器の組織に深刻な障害を引き起こす。これまで酸化ストレスによる1/R傷害は基礎研究および臨床研究の重要な焦点とされてきた。I/R誘発性臓器障害の考えられる基礎的な機序は、多くの因子が関与し、相互依存的であり、低酸素症、炎症反応およびフリーラジカル障害に関与している。I/R傷害の病因は未だ解明されていないが、酸素フリーラジカルが重要な役割を担っていることは明らかである。それゆえI/R傷害への臨床的対応としては、フリーラジカル・スカベンジャーが実用的であると考えられている。実際に、これまでにもnicaraven, MCL-186,MESNA,およびαトコフェロールとGdCl_3などの多くの薬剤が、I/R傷害を予防するためのスカベンジャーとして試みられてきた。私たちは、2007年に水素分子がラットの中脳動脈閉塞モデルを用いた研究で、水素分子が治療的抗酸化活性を呈することを報告した。また、昨年は、肝臓の虚血再灌流障害が、水素ガス吸引によって軽減されること、ヘリウムでは効果がなかったことを示した。虚血再灌流障害で、最も患者が多く、適用可能性が高いのは心筋梗塞であると予測されるので、心筋の虚血再灌流障害に対する水素ガスの吸引効果をラットモデルを用いて調べた。結果は、水素ガスを吸引させると虚血状態でも心臓内に水素が浸透しることが確認できた。また、心筋梗塞モデルラットで水素ガスを吸引させることで、梗塞層が小さくなり、心機能の低下も抑制された。分離した心臓を用いても虚血再灌流障害を水素は抑制することが明らかとなった。
著者
長谷部 正基 明嵐 政司
出版者
北海道大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

都市部においては道路舗装やコンクリート構造物など、熱容量の大きい構造物で覆われた空間が形成されており、赤外放射等による温度上昇が発生しやすい環境となっている。特に道路舗装面は太陽熱エネルギーにより真夏には70℃以上にまで上昇する。近年、地球温暖化防止、一次エネルギー消費量削減のために新エネルギーの普及促進、未利用エネルギーの利用促進が求められており、こうした道路舗装面に蓄積された太陽熱エネルギーの有効利用は省資源、省エネルギーの見地から重要である。利用方法としては温水供給などの直接利用方式と電気エネルギーへ変換する間接利用方式とがあるが、直接利用方式は需要、立地などの観点から今後とも大規模な利用は困難である。本発電システムでは熱源の温度変動などに即応できる性能が要求される。道路舗装面の太陽熱エネルギーによる熱電発電の場合、システムの構成要素が熱電素子を含む熱交換器のみで、負荷の変動による燃料所要量の変化に対する追従性が良いこと、可動部分が無いため信頼性が高く保守が容易である等の利点がある。本研究では道路舗装面の熱エネルギーを熱電素子の発電機能により電力として回収する発電システムを研究した。我々は当該システムを路面熱利用発電システム(RTEC : Road Thermal Energy Conversion System)と称する。本研究はRTECの概念設計を行い、その実用化の可能性を明らかにした。なお、アスファルト舗装は舗装材料の物性により高温になると軟化し、その結果通行車両から受けるせん断力によりわだち掘れが発生する。これは舗装の耐用年数を短縮させる主因となっている。RTECの機能として、発電による路面温度の低下、これによるヒートアイランド現象の緩和、なおかつアスファルト舗装の耐久性が向上することも期待される。