著者
加藤 幹郎 田代 真
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

今日のテレビゲーム(以下VG)の構造上の最大の特徴は、それが枠をもっているということである。すなわちゲーム・プレイヤー(以下GP)は一定の空間的枠内の外に出ることをプログラミング上禁じられている。GPはゲーム空間内のキャラクター(以下C)を操作するとき、Cがそれ以上向こう側へは行けない可視、不可視を問わない一種の柵に囲まれていることに気づかされる。これは自然の稜線であったり、人工的な文字通りの鉄柵だったり、たんにVGの所与のフレームであったりするのだが、製作者サイドに立てば、無限の空間設定でヴイジュアル世界を構築することに、物語論的、ゲーム理論的意味を見出せないことを意味している。しかしGPサイドに立てば、一定の世界の枠内でゲーム世界が構築され、そこでしか冒険とファンタジーとヴァーチュアル・リアリティ(以下VR)の世界が成立しないというのは、意識的、無意識的とを問わずに、GPに、閉じられた世界でゲームをすることを文字通り馴致するシステムとして働くことになる。GPがどんなにダイナミックなゲーム空間で遊戯していても、それがつねに不可視的ないし可視的に閉じられた世界であることは、そのダイナミックな外見に閉域としての内実をあたえ、GPが基本的に閉じられた世のなかでしか行動を起こせないということをGPに教育するものであろう。今日のVGの以上のような看過しがたい特徴は、VRとインターネットの展開によって、いながらにして世界のどこへでも行ける、触れる、感じられる、見られる、聞けるという擬似世界の増加によって、ますます強化されているように思われる。そしてこの狭隘化は親密な伝統的共同体の構築を意味せずに、ただ空疎な狭隘化しか意味しない。このようなVGで遊び育った子供が大人になったときに、どのような共同体を現実社会のなかに築くことになるのかは今後の社会学的リサーチの成果に委ねたい。
著者
神岡 太郎
出版者
一橋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

2003年度における研究は以下の(1)(2)(3)(4)に要約できる。(1)画像データを利用した知識、情報共有の仕組みが分散して活動し、そこで得られる情報を他のユーザが情報や知識として利用できることは有意義である。本研究では、そのような情報として画像情報も利用できるようにし、ユーザの意思決定に利用できるサイトを開発している。現在、ビジネス場面ではないが、スポーツコミュニティの中で、その仕組みを実験している過程である。(2)類似画像検索の利用携帯端末を利用して画像情報へアクセスできることは、ビジネス・ユーザにとってもコンシューマ・ユーザにとっても有用である。利用可能な画像情報をキーに、新たな情報を検索する仕組みがあると便利である。このような仕組みは近年Eコマースにおいても注目されつつあり、そのような基礎研究として類似画像検索を応用した実験サイトを用いた実験を行った(論文「類似画像検索を用いた目的地決定支援システム」にて発表)(3)位置情報をコンテクストとして利用したサービス問題解決をする上で、ユーザがおかれたコンテクストに合った情報が入手できることが望ましい。ここではGPS機能を備えた携帯端末に対して、ユーザが音声で必要な情報を求めると、それに対してユーザの位置に応じた適切な情報が音声によって利用できる仕組みを開発した。その成果については現在、論文誌に投稿中である。(4)モバイルビジネスを担う方々とのインタビューモバルビジネス現場の第一線で活躍されている方々とのインタビューが行われた。次の方々が対象で、データは現在整理中である。榎啓一取締役(NTTドコモ)、島田大三課長代理(JR東海)、高橋誠部長(KDDI)、荒川亨社長(アクセス)、高瀬明執行役員(J-Phone)、小野茂教授(大妻女子大社会情報学部・元NEC)、小川善美社長(インデックス)、杉野文則社長(BeMap)。
著者
松本 曜
出版者
神戸大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

今年は,研究の最後の年度として,研究成果のまとめと発表に重点を置いた.大きな研究課題の一つとして掲げたのは「二つの単語が反義語と感じられるのはどういうときか」という問いであった.これに関しては,「方向性の対立と肯定・否定の対立という二つの認知的な対立のいずれかが感じられるときである」という答えを得た.この立場から反義語の再分類を行い,従来の分類(相補性や関係性に基づくもの)よりも有意義な分類ができることが示された.また,もう一つの課題である「反義語らしさを決めている要因は何か」という問いに関しては,「方向性と肯定・否定性が語の意味に顕著な形で含まれているかどうかによる」,という答えを得た.この点に関しては,日本語と英語における実験を行うことによって検証することができた.具体的には,語の意味の中に反対方向の方向性がはっきりと含まれていると感じられる単語ペアほど,また,肯定的か否定的かがはっきりしている単語ペアほど,意味が反対であると判断される度合いが高いことが示された.これらの成果は,学会発表論文と雑誌論文,さらには未発表の論文にまとめた.また,関連する問題を多く含む類義性に関する論文も雑誌に出版した.研究の過程で作った反義性に関する文献リストなどの資料はwebpageに公開している.
著者
金本 伊津子
出版者
平安女学院大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

平成15年度は、平成13年-14年度にブラジルで行ったフィールドワークの研究成果の口頭発表を以下の二つの学会にて行った。1.2003年7月(5日〜12日)、イタリア(フィレンッエ)で行われたXV International Congress of Anthropological and Ethnological Scienceの国際会議で研究発表を行う。発表論文のタイトルは、"Those Abandoned Twice-Aging and Ethnicity of Japanese Elderly in Brazil"である。この発表においては、ブラジルの日系老人の老いが、きわめて日本・日本文化との緊密な係わり合い(例えば、日本の年金の受給の有無や家族の日本への出稼ぎ、あるいは、言語や文化的活動など)の中で展開されている社会的・文化的状況についての報告を行った。2.2003年9月23日、東京(中央大学)で行われた第一回日本オーラル・ヒストリー学会設立大会における交流分科会「移民とエスニック・ストーリー」のパネリストとして研究発表を行う。発表論文のタイトルは、「オーラル・ヒストリーにみる日系ブラジル人の老い」である。この発表においては、移民の歴史資料としてのオーラル・ヒストリーの重要性を再確認するとともに、データの収集ならびに保存などの方法論を中心に議論を展開した。また、国際協力事業団の業務委託を受けたサンパウロ日伯援護協会が2003年1月から9月にかけて行われた「ブラジル日系社会高齢者実態調査(要介護者老人実態調査)」の専門家チームに加わり調査協力するとともに、報告書(日系社会高齢者実態調査委員会編「ブラジル日系社会高齢者実態調査(要介護者老人実態調査)」サンパウロ日伯援護協会発行2003年))の執筆・監修を行った。
著者
杉浦 正利 木下 徹 山下 淳子 井佐原 均 大名 力
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本研究では、書きことばと話しことばに関する英語学習者の産出データを大量に収集し、各文に英語母語話者による「書き換え文」を付けた上で、自然言語処理技術を応用し「誤り」や「不自然な表現」をコンピューターを使い自動的に抽出・解析・分類し、その特徴を英語教育の専門家が分析することで、英語学習者の中間言語体系全般にわたるエラーの全体像を明らかにすることを目的としている。本年度は、これまでの分析のまとめと、研究成果および開発したプログラムとデータを公開するための環境整備を行った。(1)英語学習者の誤りに関する体系的な分析:話しことぱと書きことばに関する分析を統合した。(1-1)誤用タグの種類と付与方法に関する知見をまとめた。(1-2)話しことばに関する誤用の傾向をまとめた。(1-3)書きことばに関する誤用の傾向をまとめた。(1-4)話しことばと書きことばの誤用の相違点をまとめた。(1-5)英語学習者の言語習得プロセスを誤用データの分析から把握できるような指標の開発を試みた。(2)開発したプログラムの公開:本研究で開発した誤り表現の自動抽出プログラムをWWW上に公開できるようにした。本プロジェクトで得られた知見のみならず、開発したプログラムも広くフリーで使用できるようにする。(3)データベースの公開:本研究で作成した誤りデータベースをWWW上で検索可能にし公開できるようにした。本プロジェクトで得られたデータをまとめ、今後、本格的に誤用研究を行う際に、さまざまな観点から誤用分析を試せるような検索システムを開発した。本研究により、自然言語処理技術の応用による誤用分析の可能性を追求できたとともに、その限界や問題点も把握でき、今後、本格的な誤用分析研究を行うための基礎となる有益な知見を得ることができた。
著者
澤木 啓祐 鯉川 なつえ
出版者
順天堂大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

低酸素環境下におけるトレーニングは、現在心肺機能や造血機能などの効果を期待し、マラソンをはじめ水泳、スキーやスケート等様々なスポーツで取り入れられている。しかし、高地の環境は低圧。低酸素・低温および低湿度であるため、冷たい空気は水分を多量に含むことができない。平成17年度に本研究グループは、高地での運動中は、平地に比べ、呼吸や発汗の促進に伴い身体から大量の水分が失われ、水分の喪失が多く、血液量が減少する原因になる可能性について報告した。そこで本研究では、長距離ランナーの高地滞在中に、水を2リットル/日の適正なウォーターローディングブログラム群(以下Water群)と水を自由に摂取する群(Control群)で、血液データおよび血液レオロジーがどのように変化するかを検討することとした。研究方法は、長距離走を専門とする男子学生ランナー5名を対象に、標高2300mの高地で5泊6日の高地トレーニングを2回実施した。被験者はWater群とContro1群にわけ、1ヶ月以上あけて再度実施する、オーバークロス方式とした。そして、高地トレーニング前後に血液検査と、(株)エムシー研究所製MC-FAN HR300 Bloody7にて血液レオロジー測定を実施した。なお、両群に差がでないよう研究期間中の食事、練習量を統制し、健康調査を実施した。その結果、以下の知見が得られた。1.Water群、Control群ともに高地トレーニング後において、RBC、Hgb、Hctおよび血小板が有意に増加した。2.Control群は、高地トレーニング後において、Na、C1が有意に低下した。またKは有意に高まり、Water群との間に有意な差がみられた。3.高地トレーニング後の血液通過時間は、両群の間に有意な差は認められなかったが、Water群(52.1秒/100μl)に比べControl群(67.1秒/100μl)の方が延長する傾向がみられた。これらの結果から、両群とも高地トレーニング後に血液通過時間が延長したのは、血放生化学的酸素運搬能の向上と、軽い脱水症状によるものと考えられる。しかし、高地滞在中にウォーターローディングを実践することで、血液流動性を改善させ、高地トレーニング効果を高める可能性が示唆された。
著者
山田 修司 中西 康剛
出版者
京都産業大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

結び目理論においては、近年、量子不変量と呼ばれる一連の不変量が発見され、精力的に研究されている。また、結び目理論は、低次元幾何学特有の複雑な現象が見られる分野でもある。当研究では、その複雑な現象と不変量とを暗号理論に結びつけて、新しい公開鍵暗号システムを構築することにあった。公開鍵暗号システムを構築するには、逆関数は存在しているが、その計算は非常に困難であるような、落とし戸関数と呼ばれる関数が必要となる。当研究においては、その関数を結び目の複雑性に求めた。研究成果として、研究代表者は、結び目ダイアグラムおよび組み紐群を用いた、新しい暗号システムの素案を考え出した。結び目ダイアグラムを用いたものは、ダイアグラムを表すコード列である、P-dataと呼ばれるものを暗号化のためのデータとして用いるものである。平文のデータを用いてP-dataを作り、それに適当な交点情報を付け加えてできる結び目ダイアグラムをライデマイスター変形を行うことにより、暗号化を行う。また、組み紐群を用いた暗号システムには、韓国の研究者グループが先鞭を打っているが、当研究においては、彼らの実績をふまえつつ、暗号化手続きにさらに複雑な手順を施し、暗号の保守性を高めたものを考案した。しかしながら、どちらの暗号システムにおいても、暗号化のための効果的なアルゴリズムの存在と、暗号の保守性とを両立させるものを構築するには、至らなかった。
著者
篠原 久枝 藤井 良宜 武方 壮一
出版者
宮崎大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

(1)アンケート調査の実施小学校、中学校における身体性の統一した名称を探るために、2004年度は幼稚園から中学校の保護者(関東、中国、九州地区)、小学生(関東、中国,九州地区)、中学生(九州地区)、高校生(関東、九州地区)、大学生(関東、近畿、中国、四国、九州地区)を対象にアンケート調査を実施した。調査に先立ち、2003年度の小学校教科書検定により今までの小学校保健の教科書で多く採用されていた「ペニス」「ワギナ」が文部科学省の学術用語集に準拠していないとの理由で、「陰茎」「膣」になったとの情報を得た。発達段階に相応しい名称として、男性名称は保護者回答では就学前〜小学校中学年で「おちんちん」、小学校高学年以上で「ペニス」が多くなっていたが、中学生回答では、小学生では「おちんちん」、中学生では「ペニス」が多くなっていた。女性名称については、保護者回答では就学前、小学校低学年で「おまんまん」「おまた」が多く、小学校中学年以上では「ワギナ」「膣」が多くなっていた。中学生回答では小学生、中学生ともに「大切なところ」「性器」が多くなっていた。自由記述として「名称1つで恥ずかしさを持つか、大切に思うか変わるので、自分の身体に責任をもてきちんと向き合える外性器やプライベートゾーンが良い」などの意見が見られた。(2)第2回アジア性教育学術交流会参加(2004年8月20日〜25日、台湾高雄市)日本、台湾、中国、香港、マレーシア、アメリカ、オーストラリアから約300名の参加があり、性教育の実践プログラムのみならず、「性と医療」「日本におけるDV加害者プログラム」などの幅広い知見を得ることが出来た。特に台湾の発表では、「政府による2つの性教育実践モデル」(エネルギー分布モデルと濾過器モデル)、「SAR(Sexual Attitude Restructuring)の応用」、「全年齢における全方位科学的性教育の概念」などの新しい試みが紹介された。
著者
蒲生 俊敬
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

前年度製作の可搬型高精度ガス分析システムに改良を加えつつ,フィールド観測への応用を図り,沿岸及び外洋海水中に溶存する水素の分析データを蓄積した。水素の供給源や消費速度について他の気体とも比較しつつ考察を進めた。平成20年5月19日〜5月26日,および同年10月20〜22日にかけて,東京大学海洋研究所附属国際沿岸海洋センター(岩手県大槌町)に本システムを持参し,大槌湾内および大槌川河口域での観測を実施した。河口域において大気平衡時濃度の95倍という極めて高濃度の溶存H_2を観測した。大槌湾における溶存H_2,COおよびCH_4濃度は,塩分との関係からみて,濃度の高い河口域の水,濃度の低い大槌川の水,および外洋性の海水の混合によって決まると推定した。また,大槌湾表層水の溶存H_2はすべて過飽和(136〜9478%)であり,このことから大槌湾表層水から大気への明確なH_2の放出を明らかにした。溶存H_2とCOは類似した挙動を示すことから,同一の供給源すなわち有機物の無機的な光分解に由来する可能性のあることを示したなお,大槌川河口域では高濃度の溶存CH_4が検出されたことから,還元的な微小環境の存在が示唆され,そこでH_2も生成する可能性がある。さらに,外洋域でもデータを取得するため,6月24日から7月4日にかけて,学術研究船「淡青丸」KT-08-14航海に参加し,相模湾・伊豆黒潮周辺海域における溶存H_2およびCO濃度の観測を行った。黒潮海域ではクロロフィル濃度極大と溶存H_2濃度極大の深度が合致することを見いだした。H_2濃度極大(過飽和)をもたらすプロセスとして,(1)有機物の非生物的な光分解,(2)微小還元環境での嫌気性バクテリアによる有機物の発酵による生成,および(3)海洋シアノバクテリア等の窒素固定に伴う生成,の可能性を指摘した。9月17日〜9月19日に開催の日本地球化学会年会および日本海洋学会秋季大会において中間発表を行ってレヴューを受け,平成21年3月までに最終結果を取り纏めた。
著者
小野嵜 菊夫 林 秀敏 瀧井 猛将
出版者
名古屋市立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

関節リウマチ(RA)は、原因不明の多発性関節炎を主体とする進行性炎症性疾患である。種々の研究から、関節滑膜細胞から産生されるIL-1が本疾患に重要な役割を果たしていることが明らかにされている。極めて興味深いことに、西欧では17世紀までは関節リウマチ(RA)の記載はなかった。今日、タバコとRAの関係が疫学的に証明されている。タバコはアメリカ大陸発見後にアメリカから西欧に取り入れられた。本研究は、タバコの成分や化学物質とRAとの関係を明らかにすることを目的とする。コラーゲン誘導性の関節炎(CIA)モデルを用いて、タバコの煙抽出物(CSC : cigarette smoke condensate)が関節炎の発症を増強するか検討した。実験は、DBA/1Jマウスに、不完全アジユバントに溶かした抗原(ウシII型コラーゲン)+結核死菌で初回免疫し、3週間後に抗原のみを投与し、関節の腫脹を測定するものである。初回感作時に抗原のみ、抗原+主流煙CSC、抗原+結核死菌、抗原+結核死菌+CSCの組み台わせで検討した。その結果、抗原のみに比べ、抗原+CSCで関節の腫脹が強まる傾向が見られた。また、抗原+結核死菌にくらべ抗原+結核死菌+CSCで、関節の腫脹の発生が早まる傾向が見られた。また、ヒトRA患者由来線維芽細胞様滑膜細胞株MH7Aをin vitro培養下、主流煙、副流煙で刺激したところ、共に用量依存的にIL-1α,IL-1β,IL-6,IL-8のmRNAの発現が誘導された。以上の結果は、Realtime PCR法を用いて確認された。また、TNFα刺激によるこれらサイトカインのタンパクの発現もCSC添加により増強された。また、多環芳香属化合物(Ah)の受容体(AhR)アンタゴニスト、α-ナフトフラボンを用いた実験により、これらサイトカインmRNAの誘導は部分的にAhRに依存的していること、IL-1α,IL-1β,IL-8 mRNAの発現誘導には新規蛋白質の合成が必要であることが明らかになった。
著者
ASKEW David
出版者
立命館アジア太平洋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

リバタリアニズムとは、現代正義論を語る際に無視することのできない思想的立場であると同時に、民営化・規制緩和政策などを推進する「小さな政府」論の理論的基礎を提供する政治哲学でもある。これまで筆者は、個人の自由を非妥協的に擁護し、私有財産制度や自由競争市場を最大限尊重するリバタリアニズムの自由主義哲学を概観し、殊にリバタリアニズム陣営内の論争に着眼して、最小国家論と無政府資本主義との間の対立について論じてきた。今回の研究プロジェクトでは、近代国民国家の衰退と共に、戦争も含めて、かつて国家の正常な守備範囲内と目されてきた機能を果たすため、市場メカニズムをはじめ公共部門以外の部門が積極的に活用されるようになったことに着眼し、環境問題に取り組む市場メカニズムを分析することとした。市場原理の導入で公共財などの財やサーヴィス供給の改善や効率化、合理化がはかられている中で、環境問題や絶滅の危機に瀕している動植物の保護など、市場があたかも公共部門によって解決することのできない多種多様な問題を解決する万能薬と看做すことができるかどうかを検討してきた。そのためにも、従来注目されてきたエコ・ツーリズムなどといった事例ではなく、国立公園の民営化および絶滅の危機に瀕する植物の繁殖・販売を請け負う民間企業のような事例を取り上げることとした。研究の結果は、リバタリアニズム理論という理論枠組を更に展開する形で研究論文としてまとめられてきた。近刊のものを含めて、今年、来年に数本の学術論文が公になる予定である。
著者
今村 律子
出版者
和歌山大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

同一素材肌着を夜間睡眠時に4週間着用することによって、皮脂腺活動に違いが認められるかについて検討した。供試肌着は、綿およびポリエステルフライスの長袖・長ズボンの肌着とした。研究協力者は、健康な男子大学生17名であり、綿肌着着用者(C群)9名、ポリエステル肌着着用者(PET群)は8名であった。実験実施時期は10〜11月とし、4週間の実験前後に研究協力者の背中肩甲骨上部から皮脂をカップ法によって有機溶媒を用いて採取した。皮脂成分の分析には、薄層クロマトグラフ法を用い、スクワレン(SQ)、トリグリセリド(TG)、ワックスエステル(WE)、遊離脂肪酸(FFA)コレステロールエステル(CE)、コレステロール(Cho)、セラミド(Cer)の7種類に分離するよう展開した。展開後の薄層プレートは、デンシトメーターによって各波長ピークから濃度を算出した。各皮脂成分のうち皮脂腺由来成分であるWEおよびTGは、PET群では8例中7例においてそれぞれの濃度が4週間経過後に低下したが、C群では9例中5例においてその濃度が上昇またはほぼ変化なしという結果であった。SQに関しては、C群もPET群も4週間経過後に低下する例がほとんどであった。以上のことより、肌着の水分特性の差が皮脂活性に何らかの影響を与えることがわかった。皮脂の分泌はホルモンによって調節を受けることは広く知られている。特にアンドロゲンは、脂腺の成長と皮脂の合成を促進するといわれている。一方、ストレスが増すとアンドロゲンの分泌が減少するともいわれている。疎水性のポリエステル肌着を長期間着用することが何らかのストレスとなり、皮脂腺活動が抑制されたと考えられるが、今後ホルモン測定もふまえて検討する必要がある。
著者
古賀 一男
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

本研究課題では,1歳未満の乳幼児の眼球運動を正確かつ定量的に記録するための新しい方法を開発すると共に,その方法を用いて乳幼児の眼球運動から眼科的あるいは認知発達的な見地から発達の不具合を早期に検出するという極めて限定した目的で研究が進められている.本研究課題では,言語的コミュニケーションが不十分な場合でも被験者の眼球運動を定量的に計測する手法を確立することと,その応用例を示すことを採取的な目標としている.特に萌芽的研究の限られた期間内に上記の目標のみをアクション・アイテムとして設定し確実に方法を確立することを目指す.初年度では,赤外光による角膜反射光法をとるため薄暗い中で撮影が行えるよう、現有システムに、リモートコントロール可能な赤外線カメラと、複数カメラ間の同期をとるための装置を追加した.さらにXY-tracker(浜松ホトニクス:フレーム内の最明点を検出し、その座標値をXY軸同時にデジタル出力できる)を用い、XY-trackerで追った眼球運動と頭部運動の軌跡を解析することで眼球の移動量や方向などを定量的に測定するシステムを構築した。このシステムを用いて引き続きデータの取得を継続し,また取得されたデータの解析を行い.新規に考案されたアルゴリズムを用いて,すでに取得された乳幼児の眼球位置の較正を試みた.
著者
箕浦 信勝
出版者
東京外国語大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

今年度、臨地研究としては、2008年8月8日から、9月6日までマダガスカル国マハザンガ市及び、首都アンタナナリブ市に滞在しました。マハザンガ市では、4年に1回開催される、マダガスカル全国ろう者大会に参加し、マダガスカル各地から集まったろう者達と交流を深めました。また、マダガスカル全国ろう者協会の支援国であるノルウェーからのろう者とも交流を持ちました。マダガスカル手話は、1960年にアンツィラベに最初のろう学校が設立されたときに、ノルウェーから多数の教師が赴き、そのせいでノルウェー手話の手話単語を多く受け入れているようです。これは、今後の研究課題になります。アンタナナリブでは、ミティアろう学校のラウベリナ・エバ先生から聞き取り調査を行ないました。マダガスカル手話は、管見の及ぶ限り、他の言語学者によっては研究されていません。ろう者自身の語彙集編算は、マダガスカル全国ろう者協会を中心に進められています。以上のことから、マダガスカル手話の文法、語彙、テクスト・談話収集などのすべての領域において、言語学的訓練を受けた人間によるさらなる研究が俟たれており、本研究は、その一端を担っています。なお、最終年度において、予算を大幅に消化せずに終わってしまいましたが、特に2008年度後半、2008年10月辺りから、2009年4月辺りまで、持病の鬱が重篤化し、物品を注文するなどの事務処理が、全くできない状況に陥ってしまったことによります。予算を大幅に使わなかったこと、および持病の鬱が重篤化したことで、本研究最終時期の研究および、今後の研究に少しく影響があったことは否めませんが、本研究の全体的な達成度については、発表論文などを、持病の鬱の重篤化以前に提出していたこともあり、おおむね順調であったと考えます。
著者
橋本 巌 澤田 忠幸 松尾 浩一郎
出版者
愛媛大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

本研究では、成人期および成人になろうとする青年期における感情経験(つらさや感動)によって「泣くこと」が、自己の内面や他者との関係を揺り動かし内省する機会となり、自他認識の変容をもたらすという可能性を検討した。19年度は、中年期(看護師、およびボランティア)を対象として、成人版の泣き経験状況と泣きによる心理的変化を調査・分析した。また青年対象では、つらさによる泣き(17、18年度)に加えて感動による泣きを検討した。本年度までの主要な成果を報告する:1.泣きを経験する状況本研究では、結果的な泣きの頻度ではなく、泣きそうになって自己抑制する喚起過程を考慮した新たな泣き経験尺度を開発した。自分の直接的つらさによる泣き状況には、青年・成人共通に、A愛着危機、B自己確信のなさ、があり、成人ではC対人的葛藤(対人的業務にかかわる)が見出された。一方、代理的(共感的)な泣き状況因子は、青年・成人ともにD身近な他者の肯定的(またはE否定的)感情、Fメディア・物語の他者の感情、の3因子が抽出された。代理的泣きの傾向は、過去の感動経験の影響を受ける。また代理泣き傾向は、感動時の実際の落涙を促すと実験的に実証された。直接・代理の泣き状況因子には年齢差を示すものがあった。2.つらい状況での泣きによる心理的変化は、(1)自己意識の変化(共通に、(1)解放・安堵、(2)自己の直視・意欲(3)否定的現実の実感、成人では他に(4)消極的態度、(5)絆の実感)と(2)他者への影響(6)泣きへの否定的評価、(7)被援助・慰め、成人では他に(8)他者の巻き込み)とから捉えられた。泣きによる他者への影響は自己意識の変化と相関した。心理的変化は気分変動だけでなく持続的な人格面も含み、肯定・否定両面がある。また上記の(1)、(2)、(5)は感動による心理的変化とも共通する。3.泣きによる心理的変化に影響する要因として、泣きエピソードにおける感情、出来事の種類や、泣く際の対人表出選択(ひとりで泣くか、他者の前で泣くか)、性別、パーソナリティ要因(多元的共感性、ストレス対処)の関与が示された。上記諸要因間の関係の考察・モデル化が課題である。
著者
堀之内 末治
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

グラム陽性細菌である放線菌は、菌糸状に生育して最終的には珠玉状胞子を着生する複雑な形態分化を行う。放線菌中に見出されたカルシウム結合タンパク質CabAは、遺伝子破壊などのデータからカルシウムバッファーまたはトランスポーターとして機能すると推定された。CabBと名付けたタンパク質は放線菌に広く分布し、2個のEFハンドモチーフを有する。CabBは真核生物のカルモジュリンと高い相同性を示す。なお、カルモジュリンは相同性のあるドメインが2個連なったダンベル構造をとっているが、CabBはその1個分の大きさを持つ。CabBについて以下の知見を得た。(1)S.ambofaciensとS.coelicolorにおいて、cabBは培養期間を通じて単一の転写開始部位から転写された。(2)CabBは放射ラベルのCaを用いた実験で、高いCa結合能が確認された。CabBは2個のEFハンド有することから、2個のCaイオンを結合すると推定された。(3)CabBはCa結合により、そのα-ヘリックス含量が大幅に増加することをCDスペクトル分析で確認した。(4)cabB破壊株では、胞子の発芽に違いが見出され、また高濃度カルシウム培地での生育が遅れた。したがって、CabBは、放線菌の増殖、胞子発芽に関係することが推定された。CabBと相互作用する菌体内タンパク質の同定やその分子機構の解明は今後の興味ある課題である。
著者
津富 宏
出版者
静岡県立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

割れ窓理論によると、町のわすかな「秩序の乱れ(例えは、落書きや放置された建物なと)」が地域住民の不安・無力感を喚起し、地域に対する働きかけが減少することで、より重大な犯罪を引き起こすとされる。本研究は、静岡県のある2地域において、割れ窓理論に基づく介入(清掃およびパトロール活動)を各地域4ヶ月弱ずつ時期をずらして実施し、その効果を比較した日本で初めての分析である。研究最終年度の本年度は、これまでの研究で得たデータの分析を行った。主な分析内容と結果は以下の通りである。1.各地域への介入の効果をオッズ比により検討した。分析結果から、(1)全刑法犯に対しては介入の効果は無いかあるいは逆効果がありえる、(2)屋内刑法犯に対しては介入の効果がありえる、(3)屋外刑法犯に対しては介入の効果が無いかあるいは逆効果がありえることが明らかになった。ただし、この分析は、統計的有意性検定ではない。2.次に、犯罪件数の増減が、介入の有無によるものかどうかとの有意性検定を行うため、ログリニア分析を行った。複数のモデルを分析したが、いずれの分析においても、地域のもともとの犯罪発生水準あるいは時期的な変動による有意な影響しか認められず、介入の有無による有意差は認められなかった。現段階での分析結果から、割れ窓理論に基づく介入(ゴミ拾いや落書き消しなど)は犯罪を有意に減少させるには至らないという知見が得られた。つまり、直接的な犯罪抑止効果は無かった。今後は、間接的な効果に焦点を当ててさらに分析を進めることが課題となる。
著者
宇田 暢秀 久能 和夫 小野 幸生 青木 隆平
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

炭素繊維強化樹脂(CFRP)を用いた水素貯蔵用高圧タンクの研究が国内外で進められているが、CFRP積層板の層間強度が低いために、き裂が発生すると水素漏れを引き起こすことが懸念されている。そこで、CFRP積層板の層間にカーボンナノチューブ(CNT)のような優れた力学的特性を有するナノ材料を分散させたナノ複合材料が開発できれば、これまでにない高破壊靭性複合材料となる可能性があり、水素貯蔵タンクの外板へ適用できる。しかしながら、CNTは樹脂との接着の弱さや樹脂中に均質に分散されないという問題がある。分散の問題については、製造時にCNTがお互いに絡まりあい、樹脂中で凝集したままの状態で存在してしまうことが原因の1つに上げられる。本研究では、分散性を向上させるために超音波を用いて多層カーボンナノチューブ(MWCNT)を切断し、複合材料を製作した。引張試験、摩耗試験を行い、製作した複合材料の力学的特性を評価した。超音波処理したMWCNTのSEM画像から、超音波処理を行うことでMWCNTが切断され、大きな凝集がなくなったことが確認できた。試験片として、(1)エポキシ樹脂試験片、(2)超音波処理をしていないMWCNTをエポキシ樹脂に混ぜた試験片(MWCNT/epoxy)、(3)超音波処理したMWCNTをエポキシ樹脂に混ぜた試験片(超音波MWCNT/epoxy)の3種類を製作した。MWCNTの含有量は1重量パーセントとした。引張試験の結果から、MWCNT/epoxyおよび超音波MWCNT/epoxyのヤング率は、エポキシ樹脂単体よりもそれぞれ10%と2%向上した。一方、MWCNT/epoxyの引張強度はエポキシ樹脂よりも12%低下し、超音波MWCNT/epoxyでは3%増加した。ヤング率の向上はMWCNTを含有させた効果と考えることができる。超音波MWCNT/epoxyのヤング率がMWCNT/epoxyよりもかなり低くなっている原因としては、CNTの分散が促進されたことと、ボイド率が増加したことの2点が上げられる。また、MWCNT/epoxyではCNTが凝集したままになっており、引張強度は大きく低下している。超音波処理したMWCNTをエポキシ樹脂に混ぜると樹脂の粘性が上がり、ボイドの除去が大変難しくなるという問題が発生した。摩耗試験では、超音波MWCNT/epoxyの比摩耗量がエポキシ樹脂に比較して11%低下しており、CNTの含有と分散性の向上による効果と考えられる。
著者
中嶋 健明
出版者
広島市立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

幼い子供を対象とする犯罪から子供たちを守るため、CGやVR技術を用い、地域全体の監視性と関心を高め、犯罪の起こり難い環境を作り、もし犯罪に巻き込まれた時には、子供たち自身の力で危機的な状況から、インタラクティブなゲーム感覚のシミュレーション装置による繰り返し訓練を行う事によって危機回避が出来る様にし、大切な子供たちの命を守る事に役立てようと試みた。研究代表自身の子供たちの通う小学校の校長・副校長あるいはPTAや地域の子ども会や町会など、子供を取り囲む各々の役割を持つ組織や個人の方たちを取材し、犯罪が起こりそうな特有な環境が判明した。神社や裏路地など数点に絞り実地調査を行った。また、彼らの意見から、ゲームをするように未就学の幼児でも簡単に操作が可能で、なお且つのめり込む様に興味を抱かせる環境を提供するためには、パソコンの画面だけではなく、もっと直感的なインターフェースが必要であることが判明した。最も親しみがあって実体のあるインターフェースとして玩具を取り上げることとした。ミニチュア模型のジオラマの様な、町や郊外の風景を再現し神社や空き地を配置して通学路を作成した。レールの上を動く車体の先端に取り付けた超小型の車載ビデオカメラの映像(被体験者の目線)に、インタラクティブに襲い掛かる犯罪者の映像を合成し、被体験者は足踏みマットの上を大きな声を張り上げながらダッシュして逃走を試みる。走る速さ(足踏みの回数/秒)と、マイクロフォンから入力された声の大きさ(dB)から、犯罪者から逃げ切れたかを判定する。それによって犯罪の起こり易い場所の理解と、犯罪から身を守るための対処行動の方法を身に着けてゆく。装置自体は研究期間内に完成させることが出来、実験の反響から装置の重要性は確認された。今後は実験を繰り返し行って行き、併せて普及に努める。
著者
東 達也 安里 亮
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

本年度は甲状腺癌そのものの検討は行わず、頚部リンパ節の検討を行った。甲状腺癌および下咽頭癌の術前患者43名を検討し、これらの症例において見られた頚部リンパ節転移を検討し、リンパ節転移の良悪性鑑別を試みた。リンパ節は術後に病理組織にて確認された転移性のリンパ節が60ケ、転移のないリンパ節が81ケが対象となった。良悪性鑑別は通常の超音波検査、パワードップラー超音波、およびエラストグラフィで行った。通常の超音波検査、パワードップラー超音波では良悪性の鑑別の因子として「短軸径」 「短軸-長軸径比」 「エコー濃度」 「石灰化」 「定性的血流量」を用いた。エラストグラフィでは良悪性の鑑別の視覚的因子として「リンパ節視覚的描出」 「視覚的輝度」 「境界部の規則性」 「境界部の明瞭性」、さらにエラストグラフィでは定量的因子として「リンパ節・周囲筋肉ストレイン比」を用いた。結論として「リンパ節・周囲筋肉ストレイン比」が1.5以上という因子が頚部リンパ節転移の良悪性鑑別因子としてもっとも正確で、鋭敏度98%、特異度85%、正診度92%であった。これに対し通常超音波エコーでは「短軸-長軸径比」が0.5以上という因子がもっとも正確であったが、鋭敏度81%、特異度75%、正診度79%程度であった。エラストグラフィは昨年度までの甲状腺癌の良悪性鑑別のみでなく、頭頚部癌の頚部リンパ節転移の良悪性鑑別因子としても有用であることが確認された。