著者
束村 博子
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究は、味覚の雌雄差をもたらす脳の性分化メカニズムを明らかにすることを目的とて行われた。味覚のうち、特に甘味に対しメスがオスに比べて高い嗜好性を示すことが報告されていることから、ラットを用いて過去の報告と一致した結果が得られるかどうかを確かめた。カロリーとは関係なく、甘味のみに対する嗜好性を確かめるためにサッカリン水溶液を用いた。雌雄ラットに、0.25、0.5、あるいは0.75%サッカリン水溶液および対照として水道水を与え、その後2週間、水摂取に対するサッカリン摂取の割合を得た。その結果、ウィスター今道系のラットを用いた場合、メスがオスより有意に高い甘味嗜好性を示す日があることが確かめられた。この嗜好性の傾向は、卵巣除去メスと精巣除去オスとを比べた場合にも認められた。一方、Sprague-Dawley(SD)系ラットを用いて、同様の実験を行った結果、これまでの結果とは異なり、オスがメスに比べて有意に高い甘味嗜好性を示すことが明らかとなった。さらに、Long-Evans系ラットを用いて同様の実験を行ったところ、雌雄の間に明瞭な甘味嗜好性の違いは認められなかった。これらの結果より、ラットの系統によって雌雄の甘味嗜好性には違いがあり、メスあるいはオスが高い甘味嗜好性を示す場合、さらに雌雄に大きな違いがない場合があることが明らかとなった。すなわち、「メスは高い甘味嗜好性を示す」というこれまでの研究結果は普遍的でない可能性が高いことを示す結果となった。現在、過去の報告との違いの理由を検討するとともに、本研究結果を報告するための準備を行っている。
著者
児島 将康 佐藤 貴弘 松石 豊治郎 岡本 伸彦 永井 敏郎 西 芳寛
出版者
久留米大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

本年はグレリンの遺伝子発現調節機構について研究を行った。グレリンの発現・分泌調節はグレリンの生理作用を調節する上で非常に重要であるが、グレリンの発現・分泌を調節する因子としては、現在のところ空腹シグナルしか知られていない。そこでグレリンの遺伝子発現調節に関与する因子を探索するために、ヒトグレリン・プロモーターシークエンスをルシフェラーゼ発現ベクターに組み込んだレポーターベクターを作成し、グレリン遺伝子発現を調節する転写因子の研究に取り組んだ。グレリン・プロモーター配列において、これまでに明らかでなかったグレリン遺伝子発現の抑制領域を見出した。グレリン・プロモーターの-1600領域付近まで削ったベクターでは、プロモーター活性が低下した。またコンピューターサーチによってグレリン遺伝子のプロモーター領域に結合する転写因子の候補を探索し、その中で入手できたものについて、プロモーター活性に及ぼす影響を調べた。その結果、グレリン遺伝子のプロモーター活性を調節する転写因子として、抑制性のNF-kBと促進性のNkx2.2が関与していることを見出した。グレリン遺伝子のプロモーター領域に抑制性の領域を見出した。この結果グレリン遺伝子は正負のバランスによって発現調節が行われていると考えられた。またリポポリサッカライド(LPS)投与によって敗血症性ショックに陥るが、このとき血中グレリン濃度の減少が見られる。LPS投与によってToll-like4受容体が活性化され、引き続いてNF-kBが活性化される。NF-kBによってグレリン遺伝子のプロモーター活性が抑制されることから、LPS投与による血中グレリン濃度の減少にはNF-kBが関与している可能性が強いと考えられた。
著者
清水 清美 長沖 暁子 日下 和代 柘植 あづみ
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本年度は、昨年度からの調査を継続(対象者35名へ拡大)した。また、成果発表として、第23回日本受精着床学会(ラウンドテーブル)、第16回日本発達心理学会(シンポジウム)、第3回不妊看護学会(一般演題)として提示、医療者、研究者、一般市民やから評価を得た。不妊治療を実施する医師からは、「日本のAIDの方向づけがない。また、AID実施後にカップルが遭遇する問題や課題が分からない。また分かったとしても臨床の現場ではフォローする時間と余裕がない。このような情報提供やカウンセリングを実施する団体、組織があるなら情報提供することは可能である」などの意見があった。また、看護師からは、「AIDを選択するカップルへどう対応したらよいか分からなかった。対象の特性が理解できた。」「子どもへの告知の問題提示をする必要は感じるが、担当医師はそのように考えていない。どのように折り合いをつけたらよいか難しい」等の意見があった。社会福祉士からは、不妊治療を受ける親と生れた子どもの利益が一致しない現状に対し「AIDは社会的な虐待」という子どもの立場に立った意見があった。また、養子縁組を迎えるカップルからは、「自分たちは親の資質を問われるのに、不妊治療により血のつながらない親子関係をつくるカップルが問われないのはおかしい」という意見があった。今後もAID情報を一般の方にも広め、不妊治療を受けるカップルと生れてくる子ども、双方の利益を考えた我が国の治療体制の有り方の実現化に向け、さまざまな立場から討論される必要があると考えられた。また、AIDが実施されているにもかかわらず、医療者自体がその後のカップルや家族の情報を理解していない現状があり、医療者への情報提供の必要性も考えられた。3年間の調査より、AIDを受けるカップルへの情報提供のツールとして、容易に情報を得る手段として小冊子の作成の必要性が考えられた。そこで、A6サイズの小冊子「AIDについて(仮題)」を現在作成している。作成後には関連する不妊治療施設・不妊相談施設に配布予定である。
著者
外山 勝彦 小川 泰弘 松原 茂樹 角田 篤泰 BENNETT F・GEROGE Jr. 松浦 好治
出版者
名古屋大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

本研究は,計算機による法制執務支援システムの開発を目的とし,特に,膨大な数の法令文書の構造化により,法令改正に伴う法令統合作業の自動化,高度化,迅速化が可能であることを明らかにする.本年度は,法令自動統合システムの実現と検証に関して,次の研究を行った.1.法令文書用DTDの拡充前年度に引き続き,わが国の法令文書の構造化のための文書型定義(DTD)を拡充した.特に,表,改正規定など,法令文書中に出現する複雑な構造を定式化する手法を明らかにした.2.法令文書自動タグ付けツールの拡充前年度までに開発した法令文書自動タグ付けツールを拡充したDTDに対応させるとともに,スクリプト化により使い勝手を向上させた.3.法令自動統合システムの実現と検証法令自動統合システムのプロトタイプを開発した.また,同システムの動作検証のために,法律17本(改め節965,改正箇所4,355)の新規制定時バージョンから一部改正法令に従って自動統合を繰り返し,現行バージョンと比較する実験を実施したところ,原データの誤植に伴うエラー,文字列の置換において,置換箇所の前後の文脈に注意して実行しなければならない場合を除き,良好な結果を得た.4.構造化法令データの蓄積主要法令101本の日本語原文および英訳,および,昭和22〜23年に新規制定された法律約300本について,構造化法令データを作成,蓄積した.なお,前者の構造化には,上述のタグ付けツールを用いた.
著者
足立 文彦 門脇 正行
出版者
島根大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

1日当たりの潅水量を同一にした条件で、潅水の頻度と時間を変化させた3つの潅水方法でサツマイモ品種テラスライム(丸葉黄葉)とベニアズマを栽培し、植被展開速度と物質生産を比較した。島根大学生物資源科学部3号館屋上に設置した高さ0.1mの木枠内に屋上緑化用軽量土壌をいれ栽培圃場とした。供試サツマイモ品種を5月下旬に、栽植密度2.5株/m^2で移植した。潅水は点滴潅水チューブに潅水タイマーを用いて日当たり約8mm/dayとなるよう与えた。朝1回潅水を行う区(朝1回区)、朝と昼に行う区(朝昼区)、約20分間隔に1分間潅水を行う区(常時潅水区)の3つの潅水処理を行った。植被展開速度をデジタルカメラによる画像解析法で求めるとともに、8月下旬から熱収支式各項(Rn、LE、H、G)、地温、気孔伝導度、土層毎の体積土壌水分含量を測定し、収穫期にバイオマス調査を行った。いずれのサツマイモ品種も葉面積が拡大する時期の植被展開速度は朝1回区に比較し、朝昼区、常時潅水区で大きく、常時潅水区が早期に植被を確立した。収穫期のバイオマス量も朝昼区、常時潅水区は朝1回区に比較して大きかった。朝1回区の気孔伝導度は午前中高いものの午後に急激に減少したのに対して、朝昼区、常時潅水区の気孔伝導度は午後も高く維持されていた。このことは、朝1回区の畝の表層土壌水分含量が午後に低下することに加えて、サツマイモの根長密度が表層に多く、下層には少ない根系特性を持つことから水分ストレスが生じ、物質生産が抑制されたものと示唆された。従って、日中の畝表層の土壌水分含量が高く維持されるよう、頻繁に灌水を行うことにより、日蒸発量程度に使用水量を限定した場合でもサツマイモの植被展開と熱低減が効率化できると結論された。
著者
松本 伸示 佐藤 真 森 秀樹
出版者
兵庫教育大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

19年度は,兵庫県加東市の小学校で低学年児童を対象として絵本の「読み聞かせ」活動を取り入れた日本版の「哲学」授業を実践した。これは,これまでIAPCで開発されたテキストを用いてきたが,低学年児童を対象するには討論の題材が身近であること,さらには,低学年児童の読解力の発達を考慮にいれたことによる.また,これまで「総合的な学習の時間」を活用して「哲学」授業をおこなってきたが,今年度は子どもたちにもっと哲学的討論を身近なものとするため,学校のカリキュラムに縛られることのない放課後の学童保育の時間を活用することも考えてみた.これにより教室という物理的,心理的な条件に縛られることなく子どもたちは自由に哲学的討論を楽しむことができた.さらに,兵庫教育大学附属中学校においても選択科目の時間を活用し日本版の「哲学」カリキュラムを開発して授業実践した。これはイギリスのNEWSWISEを手がかりにニュースを教材としたP4Cの手法を参考としつつ,討論テーマを生徒の身のまわりの出来事から取り上げた実践研究である.この実践ではより哲学的な要素を含んで討論が展開されるようにカリキュラムを設定した.また,17年度に収集した韓国の資料をもとに思考力育成を図るための副読本「お母さんとともに創る日記」を完成させた。これらの基礎データによって日本においても「哲学」授業が可能であり,児童・生徒の思考力の育成につながっていくことを明らかにした。
著者
杉山 あかし
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究の目的は、おたく文化系コンベンションの実態を明らかにすることである。本年度は最終年として、研究の取りまとめを行なうとともに、研究成果報告書を作成した。本研究で主に取材・調査対象としたのは、同人誌即売会の「コミックマーケット」と造形物即売会の「ワンダーフェスティバル」である。この二つのコンベンションを中心に、(1)日本におけるおたく文化系コンベンションの歴史と展開をあとづけ、(2)現在のコンベンションの実態を明らかにし、そして、(3)おたく文化系コンベンションの社会的意味について考察した。研究成果報告書の目次を以下に掲げる。第1章 おたく文化系コンベンションについて1.「おたく文化系コンベンション」と「おたく文化」2.おたく文化系コンベンションの展開(1)同人誌即売会3.おたく文化系コンベンションの展開(2)造形物関係4.大衆文化生産社会と「おたく文化系コンベンション」第2章 おたく文化系コンベンション調査1.「ワンフェス」実地調査2.「コミックマーケット」一般参加者調査2.1.調査の実施と回収2.2.調査結果(1)回答者の基本属性2.3.調査結果(2)同人誌即売会参加状況2.4.調査結果(3)同人誌購入状況2.5.調査結果(4)コミックマーケットの魅力など2.6.結びに換えて第3章 そして"解放"とは本研究の当初予定した方法論はカルチュラル・スタディーズ的エスノグラフィー作成であったが、調査対象(コミックマーケット)からの好意的な協力によって、数量的な社会調査の実施が可能となり、調査方法を変更した。これまでこの種の調査の対象となって来なかったおたく文化系コンベンションの実態を数量的データの形で明らかにすることができた。
著者
西島 央
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

本研究は、戦前期の小学校の唱歌教育について、学校の建築図面などから読み取れる唱歌室の配置やつくりと、学校日誌などの学校公文書などから読み取れる楽器などの備品・消耗品・教具類を整理し、実際にどのような唱歌の授業が行われており、どのような"音"が奏でられていたかを明らかにすることを目的とする。平成16年度は、調査対象地域の長野県で、唱歌科の普及の早かった上田市・小県郡周辺と、遅かった下伊那郡を中心に、唱歌科の普及期である明治10年代後半から30年代までの時期に限定して、学校建築、楽器等の設備・備品や、唱歌科の授業、儀式・学校行事等における唱歌に関する史料を蒐集した。この調査によって明らかになった知見は以下のとおりである。第一に、唱歌科普及を推し進める要因について、従来から論じられてきた(1)小学校令、教授細目などの制度の整備、(2)小学校祝日大祭日儀式規定と同儀式用唱歌などによる儀式の制度化、(3)各種講習会や個人の尽力に基づく教員養成に加えて、(4)唱歌室の設置、楽器などの教具の購入といったモノ的条件の整備が非常に重要であることがわかった。第二に、残念ながら、当該時期における学校の楽器保有状況を示す史料は非常に少なく、どのような"音"が奏でられていたかを検証するに足る史料は得られなかったが、五線譜に記譜された唱歌の普及とオルガンなどの伴奏用楽器の普及に時差があることから、少なくとも、当時つくられた唱歌を現在演奏するのとは、音程などがかなり違う"音"であったことは推測できる。以上から、今後は、今日の日本人の音楽性を形成していく過程について、モノに注目した調査研究が必要であることが示唆できる。同時に、これまで連携されることのほとんどなかった、戦前期の学校音楽の研究と大衆音楽の研究をつないでいく必要を痛感した。本補助金助成期間は終了するが、引き続きこれらの点に留意して研究を続けていきたい。
著者
大西 克也
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2000

本研究は、出土資料の相互比較による漢語語法史、語彙史再構築を展開するための予備的研究として、正確な解読に困難の大きい楚系文字資料を取り上げ、その集成、正確な釈文の作成、資料の性格の探求、基礎的語彙の調査ならびに他地域出土資料との比較を目指すものであるが、平成14年度に行なった実績は以下のとおりである。楚簡解読の基礎となる字釈関係論文のリストアップと、字釈の収集の作業は、昨年に引き続き行なったが、主たる対象は『郭店楚墓竹簡』『望山楚簡』等の基本的著録に示されている字釈や、李運富『楚国簡帛文字構形系統研究』等文字学関係専門書の中で検討されている楚系文字の解釈である。逐次刊行物中の字釈も引き続き収集した。次にこれらの字釈を参考に既刊釈文の再検討を行ない、新たな釈文を作成し、データベース化した。現時点で完成しているのは郭店楚簡、包山楚簡(遣策を除く)、望山1号墓楚簡、上海博物館蔵楚簡(緇衣、孔子詩論)、戦国楚系金文(劉彬徽『楚系青銅器研究』所収金文)である。入力はテキストデータのみだが、複雑な文字は一字を幾つかの構成要素に分割して入力し、構成要素からの検索が可能なようにした。構成要素の分割に関しては、特に諧声符の認定に留意した。なお、膨大なテキストを処理したために、構成要素分割処理に統一性を欠く部分が有ること、入力に使用したエディタが研究開始時点ではユニコードに対応していなかったために、高電社製Chinese Writer独自の文字コードを使用したこと、外字の使用を最小限に抑えるため現時点では代用記号を使用していること等問題点も多く、これらの解決は将来の課題としたい。言語研究に関しては、平成14年8月に中国広州市で開かれた中国古文字学研究会に出席し、「論古文字資料中的"害"字及其讀音問題」という題で報告を行い、また閉幕式で日本における古文字研究の現状を紹介した。また下記論文「従方言的角度看時間副詞"将""且"在戦国秦漢出土資料中的分布」は各地域の出土資料を比較検討した結果、将来を表わす時間副詞「且」が秦の、「将」が東方六国系の語であったことを論じたものである。
著者
中尾 充宏 吉川 敦 横山 和弘
出版者
九州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

研究分担者がそれぞれの分担課題に関して恒常的に検討を続け、以下のような研究実績を得た。1.中尾は、前年度に引き続き非線形楕円型境界値問題および定常Navier-Stokes方程式の解に対する数値的検証法の改良・拡張について検討し、特に本年度は、以下の成果を得た。(1)楕円型方程式の検証に関して、double turning pointの検証法を定式化し具体例を与えた。 (2)非凸領域上の定常Navier-Stokes方程式で記述されるStep-flow問題に対してその解の精度保証付きで計算することに成功した。 (3)特異随伴作用素をもつ楕円型問題に対する有限要素解の構成的なL-2誤差評価について、Aubin-Nitscheの技巧を用いない計算機援用的方法により数値的に評価する知見を得た。 (4)空間3次元熱対流問題の精度保証に関して、新たな分岐解の検証定式化とその実例を与えた。2.吉川は、ソボレフ空間の計算可能構造について、数値解析における有限要素法との関連を見込むために、ソボレフ関数の近似と近似の評価の管理を帰納的関数により行う手法について知見を得た。3.横山は、制御におけるパラメータ値の決定の最適化問題に対して、記号的代数的手法を適用し、大域的最適値を正確に求めることに成功した。数学研究応用では、逆ガロア問題において数値計算による証明を行い、さらに分解体計算では代数的近似を利用した高速化を実現した。
著者
苧阪 満里子
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は、情動評価をとりあげ、情動のフィルターを通したワーキングメモリの機能を、脳の神経基盤を基に解明することである。本年度は昨年度に続き、ワーキングメモリの中央実行系の機能を評価するリーディングスパンテスト(Reading span test)を用いて、その遂行に及ぼす情動の効果を、行動データとともに、fMRIによる神経基盤の検討を実施した。具体的には、RSTの刺激文に情動を喚起する文を用いて情動RSTを作成した。情動には肯定的情動(positive emotion)と、否定的情動(negative emotion)の2種類の情動を用いた。この2つのRSTと比較する統制群として情動の喚起の少ないRSTを作成して、遂行成績の比較を行なった。その結果、肯定的情動条件ではRSTの遂行成績に促進効果が認められた。一方、否定的情動条件では、成績の低下が認められた。また、このような情動が及ぼす影響は、若年者だけでなく、高齢者にも同様に認められた。その結果、fMRIによる神経基盤の検討の結果、肯定的情動は、脳の帯状回の活動を高めワーキングメモリの課題遂行に必要な注意の制御機能を促進することが、他方、否定的情動は、脳の扁桃体の活動を強め、帯状回を中心とする制御機能に干渉を起こして、課題遂行を妨害する知見を得た。このよう結果から、ワーキングメモリの神経基盤の核をなす前頭前野背外側領域や前部帯状回は情動制御とかかわりを持ち、注意の制御に関わる中央実行系の統御システムが、"うれしさ"や"怒り"などの情動の修飾を受けることがわかった。
著者
玉井 克人
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2004

ケラチン5(K5)遺伝子プロモーター・GFP遺伝子を有する遺伝子改変マウス(トランスジェニックマウス)より骨髄細胞を採取し、骨髄間葉系幹細胞を培養した。培地にBMP4を添加することにより、GFP陽性細胞が出現することを明らかにした。これらの細胞をヌードマウス皮膚に装着したチャンバー内に移植し、皮膚が再生した後にGFP陽性表皮細胞の出現を検討した。その結果、再生表皮内に散在性にGFP陽性表皮細胞が存在すること、その一部は毛包および毛組織に分化していることが明らかになった。K5・GFPトランスジェニックマウス骨髄を移植したマウス皮膚に全層性創傷を作製し、その治癒過程でのGFP陽性表皮細胞出現を検討した。その結果、創傷治癒後に表皮内GFP陽性細胞の出現を確認した。表皮内での陽性率は、数%で、一部毛包では、数10%の細胞でGFP陽性であった。また、創傷閉鎖からGFP陽性細胞出現までの日数は、6ヶ月間の経過内では4ヶ月以降から顕著に陽性率が高くなる傾向を示した。即ち、創傷形成直後から骨髄細胞の創部への誘導は開始されるが、表皮細胞への形質転換後は増殖までにある程度の日数が必要であると考えられる。K5・GFPトランスジェニックマウス骨髄から間葉系幹細胞を分離・培養し、創傷モデルヌードマウスの尾静脈から連日7日間静脈内投与した。その結果、創傷治癒後皮膚毛包部に尾静脈投与したGFP陽性骨髄細胞が集積し、表皮を再生していることが明らかとなった。以上のデータにより、骨髄間葉系幹細胞が表皮細胞再生に寄与しうる可能性が示され、重症熱傷や先天性表皮水庖症などの難治性潰瘍治療に応用可能と考えられる。
著者
鈴木 秀次
出版者
早稲田大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

我々は小山裕史が開発した初動負荷トレーニング動作の特徴を解明するために、ラットプルダウン動作を用いて検討した。初動負荷トレーニングにおける動作は、動作の切り換えしが素早く、短時間で最大パワーの発揮が可能であることが明らかとなった(平成15年度)。そこで平成16年度は、本動作の特徴である「かわし動作」(伸展-屈曲で動作が切り換わるときにひねりを加える動作)について筋活動とキネマティクスをしらべ、検討した。動作はラットプルダウンを用いた。筋活動は、僧帽筋、広背筋、大胸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋から記録し、解析した。その結果、かわし動作を行うことによって、伸筋から屈筋へと動作が切り換わる時に回旋筋群が協力筋として位相のタイミングをずらしながら活動することが明らかとなった。すなわち、これらの活動は伸筋と屈筋だけで賄う筋張力を分担することとなり、主動筋への負担を軽減する機能ともなっていた。「かわし動作」は体幹筋から末端部へ力を合目的的に伝達させ、負荷を持ち上げるのを助け、動作をストレス無く起こさせるように働くことが示唆された。本成果は、国際電気生理運動学会で発表し、アメリカスポーツ医学会で発表する。論文としては、バイオメカニクス研究9巻1号で報告した(印刷中)。本初動負荷トレーニングは、関節への外乱に対する抵抗力と筋の柔軟性を高め、怪我の予防と健康の維持増進につながる。この特徴を活かし、マシンなしでも効果が可能な連鎖反射ストレッチング体操を考案した。現在のところ42種類の体操を考案、実践し、映像化した。この成果の一部はホームページ(http://www.f.waseda.jp/shujiwhs/index-j.htm)に開示した。
著者
山本 浩史 成田 卓也 山浦 玄武 石橋 和幸 山本 文雄 山本 浩史 千田 佳史 向井田 昌之
出版者
秋田大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

平成19年度の研究計画として(1)血流量と電磁誘導効果によって発電された電流量の研究(2)電磁誘導コイルの作製(3)電磁誘導コイルの挿入手技の開発とした。しかし進行の遅れと変更が生じた。誘導起電力が極めて小さく、蓄電およびペースメーカー電源としては不充分な電力しか得られないことが根本的な問題であった。また高冠動脈圧での大動脈圧の加速度的変動が起電力の源となるが、かなり高い大動脈圧では、冠動脈の圧力により心筋コンプライアンス(主として拡張機能)が大きく影響を受けることがわかってきた(coronary turgor effect)。さらに開心術中に心筋が受ける虚血再灌流傷害は、冠動脈内圧力が心筋に与える影響を増強するらしいこともわかってきた。そこで日常、遭遇する肥大心筋の場合はどうような影響を受けるかを調べることにした。これは高い圧力(高血圧)が加速度的に生じる場合の起電力評価の前に、心機能に与える影響を評価することを意味している。ラットの肥大心モデルを作成し、ランゲンドルフ摘出灌流とし、逆行性冠灌流の圧力を変化させた。左室内に留置したバルーンを用いて左室拡張末期圧(心筋コンプライアンスとしての指標)を虚血再灌流の前後で測定した。冠動脈内圧が100mcmH_2Oと150cmH_2Oおよび冠動脈遮断(0cmH_2O)下の左室拡張末期圧を測定した。冠動脈圧の変化は肥大心筋でより大きな影響を受けるが、特に虚血再灌流後ではその影響が著しく大きいことがわかった。電磁誘導を利用した起電力を得るための血圧の加速度的変化は高血圧下では心機能に悪影響を与える可能性が出てきた。
著者
村林 直樹 上野 慶介 梅垣 敦紀 西村 拓士
出版者
山形大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

主偏極CM型アーベル多様体がある代数曲線のヤコビ多様体となるための必要十分条件を対応するCM体の言葉で書き下すことが本研究のテーマである。そのために、京都大学の塩田氏により証明されたKP方程式に関するNovikov予想に着目し、KP方程式と虚数乗法論の関連を探ろうというのがアイデアである。本年度の目標は、引き続きコンピューターを使ってCM体からつくられるデータ関数のフーリエ係数を高い次数まで計算し、この計算結果とこれまで文献調査を通じて学んだ4つの事:「(1)代数曲線とKP方程式の関係を論じたKricheverの理論;(2)微分方程式の知識を駆使しNovikov予想を解決した塩田の理論;(3)塩田の理論から微分方程式に関するテクニックを極力排除し幾何的な証明を試みたArbarello, Concini, Mariniの理論;(4)KP方程式の解全体が普遍グラスマン多様体を形成するという佐藤理論」を用いて、KP方程式と虚数乗法論の関連、特にKP方程式とアーベル多様体の自己準同形写像との関連に関して深く考察する事であった。この目標についてはあまり著しい結果が得られなかったが、この考察の課程で新たな二つの研究課題:「(A)CM型楕円曲線のmodularityの定義体とその応用;(B)QM型アーベル曲面の場合のclass polynomial」が見つかった。(A)に関しては、「代数体上定義されたCM型楕円曲線はある等分点の座標を添加した体まで係数拡大すると、そこ上必ずmodularとなる」という結果が得られ、現在、それをまとめた論文:「Modularity of CM elliptic curves over division fields」を、Journal of Number Theoryに投稿中である。(B)に関しては、このテーマで平成18年度の基盤研究(C)(一般)に申請中である。
著者
清水 誠
出版者
東京大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2003

タウリンはβ-アミノ酸の一種であり生体内で様々な生理機能を有することが知られている。タウリンは、タウリントランスポーター(TAUT)による外部からの取込とMetやCysからの生合成の二通りによって生体内へ供給される。昨年度は、脂肪細胞のモデルとしてマウス由来前駆脂肪細胞株3T3-L1を用い、3T3-L1細胞におけるTAUTの特性、またTAUT及びタウリン生合成の律速酵素であるシステインジオキシゲナーゼ(CDO)の制御について解析を進めた。そこで本年度は、脂肪細胞分化過程におけるTAUTとCDOの制御についてまず検討した。3T3-L1の脂肪細胞分化過程におけるTAUT活性及びTAUTとCDOのmRNA量を測定したところ、TAUT活性とTAUTmRNA量は分化誘導時において一過的に増加し、その後徐々に減少していくことが示された。一方、CDOmRNA量は分化が進むにつれて増加し、特に分化誘導直後に顕著な増加がみられた。そこで次に、タウリンが脂肪細胞分化に及ぼす影響について検討することとし、分化の指標となる細胞内トリグリセリド量とGPDH活性に対するタウリンの影響を検討した。しかしながらタウリンはいずれの活性に対しても影響を与えず、脂肪細胞分化に対して影響を与えないことが示された。一方、分化した脂肪細胞が分泌するアディポサイトカイン類の発現に対するタウリンの効果を検討した結果、TNF-αによるアディポネクチンの発現抑制がタウリンの添加により改善されることが見出された。さらにタウリンはTNF-αによるPAI-1mRNA発現量の亢進を有意に抑制した。以上の結果より、タウリンは脂肪細胞においてインスリン抵抗性のサイトカイン(PAI-1)を抑制しインスリン感受性のサイトカイン(アディポネクチン)を増加させることで、インスリン抵抗性さらには生活習慣病を改善する可能性が示された。
著者
塚本 康浩
出版者
京都府立大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

マウスやウサギの蛋白質はヒトとの類似性が高いために、ヒト由来抗原に対する抗体が作製困難となる場合が多くある。また、哺乳類を用いた抗体作製はコストが高いために、抗体の工業的使用には不適とされている。本研究では哺乳類とかけ離れている大型鳥類“ダチョウ"に焦点を当て、哺乳類(マウスやウサギ)では作製することが出来ない有用抗体を、高精度でかつ低コスト・大量に作製する方法を見出し、これにより、ロット間差の少ない優れた医療用抗体(獣医畜産および医学領域における診断用・治療用)の供給へと実用化をはかることを目的とした。特に、癌治療用抗体、感染症・食中毒病原体検出用抗体の大量作製法の開発を試みた。本年度は、肺癌細胞に強発現する細胞接着分子SC1に対するダチョウ抗体を作製し、動物実験による癌治療効果を検証した。その結果、ダチョウ抗体の投与により肺癌細胞の転移が抑制されることを見出した。今後、治療薬としての有用性を詳細に検討する必要がある。特に、ダチョウ抗体分子を酵素により切断し低分子化することで個体投与における安全性をあげる必要性がある。さらに、ノロウイルスの組み替え蛋白をバキュロウイルスベクターを用いた実験系により作製し、それを抗原としてダチョウに免疫することで産卵されたダチョウ卵の卵黄よりノロウイルス特異抗体を大量に回収することに成功した。今後、ノロウイルス診断および予防用薬品としての応用化を図っていく予定である。
著者
下林 典正
出版者
京都大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

奈良県吉野郡天川村より採集された,イリデッセンスによって虹色に輝く"レインボーガーネット"を試料に用いて電子顕微鏡観察を行った結果,本産地のレインボーガーネットが通常のガーネットでは見られない波状のラメラ組織および数百nmオーダーの微細なラメラ組織をもつことを示し,後者の微細ラメラによる光の干渉がイリデッセンスを引き起こすことを明らかにした。しかし,電子顕微鏡による観察だけでは,作製試料に依存した局所的な情報のみに限られてしまい,例えば試料全体の歪みの分布などの情報を得ることは困難である。そこで,これまで電子顕微鏡を用いて観察してきたレインボーガーネット中のラメラ組織の形成に格子欠陥等の結晶不整が関連しているのかを検証するために,放射光を用いたX線トポグラフィーによる結晶評価を行なった。実験はSPring-8のBL28B2に設置された白色X線トポグラフカメラを用いて,室温で撮影を行なった。その結果,得られたトポグラフ像においては,ほとんどの回折斑点内に結晶外形に垂直方向に伸長した2または4本の筋が確認できた。これまでの電子顕微鏡による観察から確認されている累帯構造・波状ラメラ組織・微細ラメラ構造のうち,累帯構造および微細ラメラ構造は結晶外形に平行な構造を持っており,本実験で得られた結晶外形に垂直方向に伸びた筋の成因としては考えにくい。そのため,波状ラメラ組織がこの筋の成因だと考えられる。前年度の報告書に「レインボーガーネットの構造色の原因は,初生的には微細ラメらによる多層膜干渉による」が、「その副次的な効果を波状組織が担っている」と仮説した。今回観察された波状組織による僅かな方位のズレがその副次的な効果を与える要因である可能性が示唆された。
著者
馬場 哲生
出版者
東京学芸大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

大学生を対象として速聴タスクの効果を検証した。学習内容としては英語の音声変化を取り上げ、タスクとしては音声識別の可否を詳細に判定出来る書き取りを用いた。各被験者の使用したマテリアルは、2枚のCD-R、27頁の問題タスク冊子(7日分)、9頁の解答用紙からなる。前半の3日間が弱形・同化・連結などの性質を持つ音声素材(1日約30分)による学習であり、後半の3日間が各種リダクションを扱ったより高難易度の音声素材(1日約40分)による学習である。調査は、1)プリテスト→2)6日間のリスニング学習→3)7日目のポストテスト、からなる。前半の3日間におけるタスクは、「a)書き取りテスト⇒b)学習タスク⇒c)書き取りテスト⇒d)学習タスク⇒e)書き取りテスト」を1セットとした。後半の3日間は、「a)書き取りテスト1⇒b)学習タスク1⇒c)書き取りテスト1⇒d)書き取りテスト2⇒e)学習タスク2⇒f)書き取りテスト2」を1セットとした。学習タスクは、実験群においては、「i)スクリプトを見ながら通常スピード音声の口頭反復→ii)スクリプトを見ながら1.5倍速の口頭反復→iii)スクリプトを見ないで1.5倍速のリスニング→iv)スクリプトを見ながら2倍速の口頭反復→v)スクリプトを見ないで2倍速のリスニング」を1セットとした。統制群においては、タスクはすべて通常スピードであり、「i)スクリプトを見ないでリスニング→ii)スクリプトを見ながら口頭反復→iii)スクリプトを見ないで口頭反復→iv)スクリプトを見ながらシャドーイング」を1セットとした。タスク前後の書き取りのパフォーマンスを実験群・統制群で比較することによって、学習の効果を検証した。実験群の明確な優位性は認められず、速聴は比較的効果の実感されやすい学習直後の音声認識においても必ずしも有用であるとは言えないことが示唆された。
著者
盛屋 邦彦 長岡 健 山本 文 小野田 哲弥
出版者
産業能率大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

今年度の研究作業としては主に昨年度後半から学習ポートフォリオシステム(CoCoCo)を試験的に実際の授業に適用した。適用した授業は昨年度から合計すると全部で7科目となった。その中から学生の利用ログを用いて学習の分析を行った。その結果、学生がポートフォリオ(レポート)を作成する上で、みずからが考えなければならないものについては、他の学生のポートフォリオを参照する傾向があることをみいだした。このことはCoCoCoがゆるやかな(学生間の関係が強くない)協調学習の環境として効果的に働いたものとして評価できる。このことについては学会への発表および論文としてまとめた(経営情報学会春季全国研究発表大会、産業能率大学紀要)。またCoCoCoシステムについては改良を行い、応答時間の改善を図り、システムの利点や機能・アーキテクチャについて、実際の開発に携わった学生が学会にて発表を行った(CIEC PC Conference学生論文賞受賞)。CoCoCoについての学生側からの意見についてはアンケートを実施することで収集し、現在の学生が(1)どのような環境で学習をするのか適切か?(2)電子ポートフォリオはどのように形成されるか?(3)今後、システムとしてどのような機能を入れるべきかについて分析・考察した。その結果、電子ポートフォリオは学生みずからの過去の内容、及び他の学生の内容を参照するという点でCoCoCoのようなSNSを利用することは効果的であることが再確認された。また機能的には、現時点での学生の考え方をリアルタイムに教員ヘフィードバックできる機構が必要であることがわかった。今後は、このリアルタイムでの教員へのフィードバック機能として、アンケート機能をCoCoCoに付加していくことを検討している。また、より学生間の関係が強い、いわゆるグループワークに適した環境も追加していくことを考えている。