著者
本間 昭信
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.802-816, 2000-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26
被引用文献数
1 1

本研究は,従来,実験室的な空間に限定して考えられることの多かった視覚障害者の空間認知を,日常的な生活空間において考察した.被験者は主に社会福祉法人京.ライトハウスに所属する視覚障害者であり,対象地域は被験者の歩行訓練が行われる東西1,000m,南北600mほどの地区である.視覚障害者の認知距離と認知地点の布置(認知座標)について,全盲者・弱視者・晴眼者を比較考察した. その結果,ルート型の知識を問う認知距離実験,サーヴェイ型の知識を問う認知座標実験のいずれにおいても,視覚障害者の認知地図の歪みは,晴眼者よりも大きいことがわかった.しかし,この歪みの特性には,視覚障害者の障害の度合いのみならず,視覚利用の経験や,.障害の履歴による差がみられた.
著者
安藤 奏音
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.6, pp.425-442, 2020-11-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
28
被引用文献数
1

観光洞内の二酸化炭素濃度の上昇は人体への健康被害を引き起こすため,モニタリングの実施が推奨されている.秋芳洞は世界最高水準の年間観光客数を持つ観光洞の一つである.しかし,大気環境やその状態が観光客に与える影響に関する追究が不足している.そこで,秋芳洞内の小気候の実態を明らかにし,観光客の心身に与える影響を把握することを本研究の目的とした.夏季と冬季に洞内で定点観測と移動点観測を行い,気温,相対湿度,二酸化炭素濃度を測定した.その結果,夏季の気温の変動は1°C以内,相対湿度は94%以上を維持し,外気による移流や混合の影響が小さいと考えられた.二酸化炭素濃度は人体への健康被害を引き起こす基準を上回った.また,洞内人口密度の算出結果から,観光客同士が親密距離に侵入し合う時間帯があった.以上の結果を踏まえると,自然条件に基づく観光客の適正収容量の算出が推奨されているが,観光客の安全面という人的条件も考慮すべきであると本研究は指摘する.
著者
池田 千恵子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.4, pp.297-313, 2020-07-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
27
被引用文献数
4

本稿は,京都市で町家ゲストハウスが急速に増加したことを受け,その町家ゲストハウスの現状および地域に及ぼす影響について明らかにすることを目的とするものである.京都市内でも町家ゲストハウスの増加が顕著にみられる東山区六原を研究対象地域とし,統計データや聞取り調査などを基に,これまでその有効性が多く指摘されてきた町家再利用という現象の社会的インパクトについて,地域的視点からより具体的に検証した.その結果,細街路を有する住宅密集地域内に多く立地するという特徴,またそのために地域社会内では騒音やゴミ等の問題が発生していること,これらの問題に対し地域住民による積極的な働きかけが一定の成果を上げていること,さらに同地区内での地価高騰を誘発している状況が明らかにされた.そして,こうした地域社会への影響に,ツーリズムジェントリフィケーションの一端が見いだされることを指摘した.
著者
吉野 正敏
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.1-16, 1992-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
62
被引用文献数
4 3

First, a definition is given for Föhn-type and Bora-type local winds. The Fan is a fall wind on the lee side of a mountain range. When it blows, the air temperature becomes higher than before on the leeward slope. The Bora is also a fall wind on the lee side of a mountain range, but when it begins, the air temperature becomes lower than before on the leeward slope. This definition can be applied regardless of the vertical structure along the cross-section, which is not always easy to observe for every case in the field. Second, the local winds caused by the airflows crossing a mountain range are classified according to the above definition. Third, vertical and horizontal models are illustrated, and descriptions of topography, clouds, precipitation and wind phenomena for the 12 parts from the windward regions to the leeward regions along the cross-section are given in a table. In the second part of the present paper, the impacts of local winds caused by the airflow crossing a mountain range are discussed. The effects of strong wind on the roofs of houses, wind breaks and hedges in the fields and surrounding houses, agricultural cultivation and land use, and windrelated names of places and passes are striking in the regions with strong fall winds on the leeward part as well as on the passes. Human response to such geographical conditions is quite sensitive, and we are able to know the local distribution of strong winds through observing these responses of the local people.
著者
祖田 亮次 柚洞 一央
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.147-157, 2012-09-28 (Released:2012-09-28)
参考文献数
31
被引用文献数
2 4

1990年に建設省が各地方建設局に通達した「多自然型川づくり」の推進は,従来にない環境配慮型の川づくりを目指したものであった.この方針は1997年の改正河川法に取り入れられ,さらに2006年には「多自然川づくり」と改称され,現在にいたっている.この方針のもと,全国各地の河川でさまざまな人工構造物が設置されてきた.本稿では,過去20数年間に行われた環境配慮型河川改修の諸事例を分類・整理することで「多自然(型)川づくり」の実態を把握し,それらが河川関係者の間に大きな混乱をもたらした状況について,その背景を考察する.
著者
相馬 拓也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.99-114, 2015 (Released:2015-10-08)
参考文献数
30

モンゴル西部バヤン・ウルギー県では,イヌワシを用いて騎馬で出猟する「騎馬鷹狩猟」の伝統が数世紀にわたり伝えられてきた.しかし現在,イヌワシの飼育者は同県全域で100名を下回り,急激な観光化とともに伝統の知恵と技法の喪失に直面する文化変容の過渡期にある.本研究は長期滞在型のフィールドワークにもとづく「鷲使いの民族誌」「牧畜社会の現状」「鷹狩文化の持続性」などの,著者のこれまで得た知見を統合し,カザフの騎馬鷹狩文化を保護・継承してゆくための脆弱性とレジリエンスについて考察した.その結果,騎馬鷹狩の成立条件には,(1) イヌワシの営巣環境の保全,(2) 牧畜生産性の向上,(3) 出猟習慣の継続,の実践が不可欠であることが浮かび上がった.騎馬鷹狩文化とは,「環境」「社会」「文化」が有機的に連結したハイブリッドな無形文化遺産であり,とくに牧畜社会の暮らしの文脈に成立の多くを依存する特質をあきらかにした.
著者
横田 祐季
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p>Ⅰ はじめに</p><p>近年アニメ聖地巡礼が盛んであり,その中で,コラボ終了後の持続可能性は重要な課題とされる(風呂本,2012).作品愛着を超えて地域愛着を持ち地域を何度も訪れるようなファンを獲得することが重要と言えるが,アニメファンの地域愛着については研究が不足している.また近年では聖地に移住するファンの存在も指摘されているが(喜馬ほか,2018),聖地移住についての研究は為されていない.</p><p></p><p>Ⅱ 研究目的と調査概要</p><p> 本研究では,前述の研究背景を踏まえ,①聖地巡礼を通じたアニメファンの地域愛着の存在とその形成に影響を与える要因,また②そうしたアニメファンが聖地巡礼を契機に聖地への移住へと至るプロセスの二点を明らかにすることを目的とする.</p><p> 対象地域は『ラブライブ!サンシャイン!!』聖地静岡県沼津市とした.近年アニメツーリズムの成功事例として注目を集めており,関係者への取材によると,アニメ放送が開始された2016年以降少なくとも50人以上はアニメ聖地巡礼を契機とした移住者がいるという.</p><p> まず上記①を明らかにすることを目的に,聖地巡礼者にアンケート調査を実施した(Ⅲ).その結果アニメファン166名の有効回答を得た.</p><p> また②を明らかにすることを目的に聖地移住者にヒアリング調査とアンケート調査を実施した(Ⅳ).ヒアリング調査は10名の移住者に対して行われ,アンケート調査はさらに10名を加えた20名に対して行われた.</p><p></p><p>Ⅲ アニメファンの聖地への地域愛着</p><p> 地域愛着の分析には,単純な嗜好の程度を表す地域愛着(選好),「そこに住みたい」という地域との結び付きを感じる程度を表す地域愛着(感情),「このような地域であって欲しい」という願いの程度を表す地域愛着(持続願望)の3指標を用いた.また地域愛着の形成に影響を与えると思われる要因として聖地巡礼の内容や地域への意識など様々な質問項目を設定した.分析では相関分析とt検定を用いた.</p><p> 調査の結果,以下の知見が得られた.まず,アニメファンは聖地に対して一定の地域愛着を持つ(平均:選好4.6,感情3.69,持続願望:3.78/5点満点).また地域愛着(選好)→(感情)→(持続願望)と,より深い次元の地域愛着へと段階的に醸成されること,そして地域愛着の醸成が次回,さらにはコラボ終了後の来訪意欲にも繋がることが示唆された.</p><p> 地域愛着(選好)は来訪回数や来訪満足度,地域交流度,SNS利用と関連があり,単純に訪問を重ねることでも醸成されると考えられる.また地域住民との交流機会の創出やSNSの活用を意識したイベント展開で醸成を促せると考えられ,来訪意欲との相関も最も高いことから観光振興を図る上で有効な指標といえる.</p><p> 地域愛着(感情)は滞在日数や来訪満足度,地域交流度,SNS利用と一定の関連があり,地域愛着(選好)と同様の施策展開を行うことである程度醸成を促せると考えられる.また「景色が美しいまち」「人のあたたかいまち」「自然豊かなまち」といったイメージを持つ人は高い値を示す傾向にあり,アニメ作中で描かれるイメージを実際に聖地巡礼でも抱けたことで「居場所がある」といった感情が生まれると考えられる.移住者はこの値が高く,そのために移住に至ったと推察される.</p><p> 地域愛着(持続願望)は地域愛着(選好・感情)と比べると様々な要素と関連が薄く,来訪意欲との関連も薄い.アニメツーリズムの展開を促す上では有効な指標とはいえないと思われる.</p><p></p><p>Ⅳ 聖地移住のプロセス</p><p> 聖地巡礼を通じた認知や体験によって地域愛着(選好)→(感情)というように深い次元の地域愛着の醸成に繋がり,これがプル要因となっていた.その際,自然的環境や都市的環境に加え,アニメ聖地巡礼に特有なものとして「地域の人のあたたかさ」「ファンの集う場所」といった社会的環境や「地域に根付いたアニメの存在」が認知され,アニメが媒介となって自らと地域の結び付きを感じる状態になっていた.前環境への不満がプッシュ要因となった場合もあったが,必ずしも移住の決断に際して必要な条件ではなかった.また移住者・移住希望者交流会の定期開催が近年の移住者数の増加に寄与しており,そこでもアニメを通じたコミュニティの形成が参加への障壁を下げ情報交換を促し移住の決断を後押ししていたと考えられる.</p><p>謝辞:調査にご協力頂いたアニメファンの皆様,沼津市の方々に心より感謝いたします.</p><p></p><p>参考文献</p><p>風呂本武典 2012. 過疎地域におけるアニメ系コンテンツツーリズムの構造と課題—アニメ「たまゆら」と竹原市を事例に.広島商船高等専門学校紀要 34:101-119.</p><p>喜馬佳也乃・坂本優紀・川添 航・佐藤壮太・松井圭介 2018. リピーターの観光行動からみたアニメツーリズムの持続性—茨城県大洗町「ガールズ&パンツァー」を事例として.筑波大学人文地理学研究 38:13-43.</p>
著者
小長谷 一之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.93-124, 1995-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
54

政治学者や社会学者の多くは,投票行動の集計結果(投票率,得票率)に現われる地域差を,投票性向の異なる社会階層の居住構成が,地域ごとに異なることに帰着させてきた(構成主義的アプローチ).ところが,地理学者が行なってきた諸外国の研究事例では,地域差のなかで,構成主義理論によっては説明できない部分がかなりあることがわかっている.この説明未了の部分の大半は,近隣効果と呼ばれる地域文脈的効果によるものと考えられる.近隣効果の発見は,過去30年の選挙地理学の最大の成果の1つである. 本稿では,京都市における1991年市議選の都市内地域における投票情報を分析し,次の3点を発見した.(1)有権者の階層構成の地域差は,投票率・得票率の地域差を説明できるほど大きくはない.(2)「地域別の投票率・得票率」は,地域ごとに変動し,その地域差パターンは構成主義モデルではほとんど説明できず,強い残差が残る(集計的近隣効果の存在).(3)「地域別かつ階層別の投票率・得票率」は,同じ階層について比較しても,地域ごとに変動し(非集計的近隣効果の存在),その地域差パターンは階層によらず,「地域別の投票率・得票率」の地域差パターンに類似する.この3つの現象は,普遍性をもち,たがいに密接に結びついていることがわかった.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.80-103, 2010-01-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
119
被引用文献数
2

「労働の地理学」は,従来の経済地理学が企業や資本の視座に立脚していたことへの反省から,労働者の行為主体性を正当に評価するべきことを主張し,企業や資本の視座から労働者の視座へと,経済地理学のポジショナリティを転換することを目指している.資本によるフレキシブルな労働力の活用は,労働者にとってはリスクとみなされる.エンプロイアビリティは個人に帰すことのできない地理的多様性を持った状況依存的な概念として再認識され,失業や不安定雇用の原因を労働者のスキル不足に求め,労働市場への参入を動機づけようとするワークフェアの概念は,その妥当性を問われることになる.「労働の地理学」において,労働市場は本質的に地理的多様性を持ち,社会的に調整されたアリーナであると認識される.「労働の地理学」は空間スケールを所与のものとみなさず,労働者を含めた諸主体の相互作用によって空間スケールが生み出され,それがより上位/下位の空間スケールと接合している態様を分析するのである.
著者
阿部 智恵子 若林 芳樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

平成の大合併をめぐって地理学では,その地域的傾向や様々な問題点が検討されてきた(森川, 2012;神谷ほか, 2012)。とくに住民生活に直結する公共サービスへの影響に対して強い関心が向けられ,高齢者福祉を対象とした研究が進められている(畠山, 2007; 杉浦, 2009)。こうした高齢者福祉サービスは,市町村を越えた広域的運営がみられる(杉浦, 2007)のに対し,保育サービスは基礎自治体が担っているため,市町村間の多様性も大きい。しかしながら,市町村合併による保育サービスへの影響を取り上げた地理学的研究はみられない。本研究は,石川県かほく市を対象として,市町村合併に伴う保育サービスの調整過程を明らかにし,合併後の変化について検討することを目的とする。 かほく市は,2004年3月に河北郡の3町(高松町,宇ノ気町,七塚町)が対等合併して成立した。合併の動きが本格化したのは,地方分権一括法が施行された翌年の2001年からで,旧3町による合併協議会は2002年4月に発足した。2003年7月の合併協定書調印および町議会での議決を経て,2004年に平成の合併としては県内最初のケースとなった。合併に伴い,市庁舎を旧宇ノ気町役場に設置した。当初は旧高松町役場,旧七塚町役場にも一部の部署を分散させて支所として利用していたが,その後は宇ノ気の本庁舎に統合され,他の二つの旧庁舎はサービスセンターとして住民への窓口機能のみを担っている。合併前の職員は,新市でも継続して雇用されている。保育を担当する部署は子育て支援課で,保育所のほか,児童手当,子ども医療費助成,学童保育クラブ,児童館,ひとり親助成 などの業務を担当している。 合併協議会では,公共料金決定の基本方針を「住民の負担は軽い町に,サービス水準は高い町に合わせる」としており,保育サービスの水準もこれに基づいて定められている。表1のように,合併前の水準が相対的に高かった旧高松町に合わせてサービス水 準が設定されている。合併協議会においても保育料の設定をめぐる目立った議論はなく,また住民から特段の要望は出されていない。ただし,児童数の減少により定員充足率が低かった旧宇ノ気町では2つの保育所が休園している。 前述のように,保育所の定員充足率は合併前から低下しており,2004年当時は83.3%であった。その後も未就学児は減少が見込まれていたが,0歳及び1歳児の入園数の増加や,土・休日保育,延長保育のニーズの高まりに伴い,保育士を増やす必要性があった。当時市内にあった17箇所の保育所は,定員充足率に大きな差があり,また多くの施設が1970年代以前の老朽化した建物であったことから,効率的な運営のために保育所の統廃合が実施された。統廃合に当たっては,2005年に住民意向調査を実施し,保護者へのアンケート結果に基づいて立地やサービスに対する要望を把握している。これに基づいて統廃合の方針を定め,需要予測と通園圏を加味した上で,必要となる保育所数を高松地区3カ所,七塚地区3カ所,宇ノ気地区4カ所と割り出し,統合計画をたてている(図1)。また,かほく市の認可保育所はいずれも公設公営で,民間に比べて維持コストがかかるため,2014年度中には9カ所に統合されることになっている。
著者
近藤 暁夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1.</b><b> 問題の所在</b><br><br> 近年日本では「地政学」を名乗る一般書・入門書が陸続と出版され,『人文地理』の学界展望でも紹介されるに至っている.これらの大部分は,学術的な論究よりも著者の政治的主張や解説が前面に出ており,学術書と区別して「論壇地政学」(高木 2017)や「ポップ地政学」(土佐 2017)と括られる.日本地政学の負の歴史を背負う我々地理学界が,今更論壇地政学に関わることは憚られるべきだが,他方で昨今の「地政学ブーム」といわれる出版・言論の状況に沈黙を保つのもいささか無責任であろう.<br><br> そこで本報告では,「ポップ地政学」の一般書に掲載されている地図図版に着目し,その表現や内容の科学的検討を行いたい.どのような本であれ「地政学」を名乗る以上は地図を重視しているはずであり,また地図の客観的検討に限定すれば地政学論壇に参加しない形で地理学の立場からの言及も容易となる.また,従来の批判地政学における地政言説分析の問題点とされてきたテクスト偏重の傾向を埋める役割も期待できよう.<br><br><br><br><b>2.</b><b> 検討の手順と方法</b><br><br> 書名に「地政学」を含み,2017年12月現在インターネット書店で入手でき,かつ価格が2000円以下の書籍のうち,訳書や復刻本,ムック等を除く39冊を「地政学一般書」として抽出し,そこに掲載されている地図(主題図)の内容と表現について評価付けを行った.評価は次の基準で行った.①地形や領域の表現・表記などに,高等学校地図帳に記載されている「事実」レベルでの誤りはないか.②地理学の一般書にふさわしい水準の主題図表現になっているか.例えば方位記号や距離尺を欠いていないか.<br><br><br><br><b>3.</b><b> 結果と展望</b><br><br> 対象とした書籍に掲載されている地図の枚数は,地図帳形式や「図説」を名乗る数冊を除けばまちまちで,10枚以下の本も少なくない.例えば,地政学論壇の第一人者とされる佐藤優の著書では対象とした5冊合計で13枚の地図しか掲載されていない.ハウスホーファー(1938)『太平洋地政治学』には47枚,マッキンダー(1942)『デモクラシーの理想と現実』には32枚の地図(主題図)が掲載されていることを考えると,地政学本としては異例の少なさといえる.渡部昇一『世界の地政学的大転換を主導する日本』(徳間書店, 2016)や黄文雄『地政学で読み解く没落の国・中国と韓国 繁栄の国・日本』(徳間書店, 2017)に至っては地図が1枚も掲載されておらず,これなどはマッキンダーらが体系化した地政学とは別の世界に属するものといえよう.<br><br> これらの書籍に掲載されている地図(主題図)の表現や内容については,基礎的な事実レベルでの誤りが多く,ほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.例えば,山内昌之・佐藤優『新・地政学』(中央公論新社, 2016)では「南スーダンの位置にケニアが描画」され,船橋洋一『21世紀地政学入門』(文藝春秋, 2016)では「竹島が対馬海峡に描画」され,日本再建イニシアティブ『現代日本の地政学』(中央公論新社, 2017)では「チェコとスロバキアが合体」している.残念なことに,対象とした39冊のなかで,10枚以上の地図を掲載し,かつそれらすべての地図が一般的な地理学の書籍において必要される地理的知識と地図学の成果を踏まえた主題図表現の水準に達しているものはなかった.少なくとも,掲載されている地図の内容が高等学校地理修了水準未満の誤りを多々含んでいる以上,これらの書籍が「地理を下敷きにした科学」の名を名乗ることは許されないであろう.<br><br> 土佐(2017)は「ポップ地政学」が地図という視覚情報を使うがゆえに,難解になりがちな地政学批判よりも一般社会への訴求力が強いことを懸念しているが,それはポップ地政学が用いる地図が高度なものであることを前提にしている.質の低い地図の大量掲載という事実は,適切に指摘さえすれば,逆に「ポップ地政学本」のレベルの低さを訴求する.日本のポップ地政学は,少なくとも用いる地図に関してはほとんど科学的な批判に耐えられる水準にない.地理学の仕事は,ポップ地政学の批判だけでなく,彼らがせめて高校レベルの地理と地図の知識を習得して出直すことができるよう,教育的見地から優しく諭すことだろう.<br><br>【文献】<br>高木彰彦 2017. 学界展望 政治地理. 人文地理69: 317-321.<br><br>土佐弘之 2017. 地政学的言説のバックラッシュ―閉じた世界における不安と欲望の表出―. 現代思想45-18: 60-70.
著者
呉羽 正昭
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.12, pp.818-838, 1991-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
16
被引用文献数
2

本研究の目的は,群馬県片品村におけるスキー観光地域,とくに1970年代までのスキー観光地域が, 1980年以降どのように変化してきたかに注目して,その形成の諸特徴とそれにかかわる条件を明らかにすることである. 片品村では, 1970年代までに,規模の小さい8つのスキー場が,伝統的利用が行なわれていた共有林野のなかに開設された.スキー場の開設に伴い周辺地域では民宿が開設され,またスキー場の冬季臨時従業員といった雇用機会がうまれた.住民は,スキー場に関連した新しい就業を取り入れ,それに,夏季の農業,林業および建設業を組み合わせるようになった. 1980年代になって,スキー場ではペアリフトなどの新しい施設の建設が進み,入込客,とくに首都圏からの週末の日帰り客が急増した.一方,周辺地域では,スキー場関連産業が重要な位置を占あている.片品村では,高速道路開通による首都圏からの近接性の向上,面積拡大を可能にした林野所有形態といった条件をいかしながら,スキー観光地域は, 1980年以降大きく発展してきた.そこでは,スキー場の入込客許容量が増加し,また多種類の宿泊施設が存在することによって,スキー客の多様な需要に対応してきた.
著者
内藤 正典
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.134-163, 1987
被引用文献数
1

クフレイン村は,ダマスカスの近郊に広がるオアシスの東端,シリア沙漠との境に位置する人口約1,600人の農村である.年間降水量100mmのこの村では,灌漑による夏季の疏菜と降雨による冬季の小麦栽培がおこなわれてきた.しかし1960年代以降,灌漑用水の不足と農地改革による経営規模の縮小とによって農家経営は行き詰まり,耕作放棄が進んでいる.この傾向は,オアシスの東半分を占めるステップ地帯の諸村に共通にみられる.数千年にわたって,都市民に食糧を供給してきた灌漑農業の歴史は,独立後の40年というわずかな問に崩壊の危機を迎えた.危機を招来した直接の原因は,首都への人口集中に伴う周辺農村の急速な都市化と,経済効果の伴わない農地改革の2点にある.そしてこれらの問題は,国家統合のために不可欠の政策が実現される過程で顕在化した.オスマン帝国時代から都市権力の中枢にあった名望家地主層の追放,およびマイノリティー・グループによるセクタリアニズムの解消という2つの政策がそれである.本稿は,2つの国家統合政策が,その実現過程で,近郊農村をどのように空間的に編成し,結果として農村の崩壊をもたらしたのかを分析した.第1の政策は,エジプトとの連合が成立した1958年に農地改革を実施し,名望家地主を追放することよって実現した.しかし農地改革は,都市権力の交代の副産物にすぎなかった.その後1963年のバアス革命をへて,1970年まで続く政権抗争では,-社会主義を標榜するバアス党内の権力抗争であったにもかかわらず-農民が革命の主体となることはなかった.1970年に成立した地方山村出身のアラウィー派政権も,農民組合員に対する特権の供与を通じて,上からの組織化を進めているが,農村全体の基盤整備には消極的である.第2のセクタリアニズムの解消は,アラウィー派政権の樹立によって一層困難となった.国家権力の中枢が位置する首都で,多数を占めるスンニー派住民に対抗するために,少数民族・宗派集団のオアシス農村への定住は黙認されている.このため,水需要の増大から灌漑用水は極度に不足し,既存の灌漑設備はオアシス内への集落の展開によって破壊された.農地改革によって村落の社会・経済構造が一変し,しかも灌漑農業の限界地に位置するクフレイン村では,権力による空間編成の過程で発生したさまざまな矛盾が,最も明示的なかたちで農村自体の存立を脅かすことになったのである.
著者
桐村 喬
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.176-186, 2021 (Released:2021-05-15)
参考文献数
6
被引用文献数
2

地域メッシュ単位で集計されたメッシュデータをGISソフトで地図に示すには,メッシュのポリゴンデータを用意したうえで結合する必要があり,場合によっては事前の加工が必要なこともある.そこで,これらの手間を省き,メッシュデータから簡易的にメッシュマップを描画する,ウェブブラウザベースの「MeshDataView3D」を開発した.本ツールでは,e-Statのデータも含めたメッシュデータを読み込むことができ,ポイントやポリゴン,3Dポリゴンでメッシュマップを描画できる.本ツールを使用することで,メッシュマップの描画に要する時間を大幅に削減でき,授業であれば,さまざまなメッシュマップから情報を読み取り,地理的思考を働かせることに十分な時間を割くことができる.また,インターネット接続と最新のウェブブラウザさえあれば動作することから,自宅学習などでも活用でき,GIS教育や地理教育に役立てることができる.
著者
寺床 幸雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.6, pp.588-603, 2009-11-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
17
被引用文献数
2 1

本研究では,中山間地域の限界集落における耕作放棄地の拡大とその要因について,各農家の農業経営における意思決定に注目し,背景となる社会変化を踏まえて明らかにした.さらに,中山間地域等直接支払制度の有効性についても検討した.農業経営と土地利用の変化に注目すると,対象地域の農業は二つの時期に区分できた.第1期の1980年代までは,生産調整や機械化にともない,耕地跡への植林が進行した.第2期の1990年代以降においては,主たる農業従事者の引退が発生し,それにともなって耕作放棄地が急速に拡大した.耕地の貸借が行われるようになったものの,耕作放棄を十分に抑制するまでには至っていない.中山間地域等直接支払制度は,農業の持続にある程度の役割を果たしていたが,指定基準の問題など,改善すべき課題も明らかとなった.
著者
今井 修 寺田 悠希 松木 崇晃 杉野 弘明 林 直樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000030, 2018 (Released:2018-06-27)

農村地域における鳥獣被害が発生する場所では、主としてハンターによる捕獲が行われている。一方で住民は、自分達の地域を守るために果たすべき行動を学ぶことが必要である。鳥獣対策ボードゲームのもつロールプレイン機能は、動物、ハンター、住民それぞれの空間行動を学ぶことができる。住民の行動を引き出すように設計されたボードゲームをプレイすることにより、住民は短時間に具体的な対策行動について学ぶことができる。その結果、ゲーム後具体的な地域において住民は、動物の目撃情報の提供、餌場対策等、ハンターと協力し対策の効果を上げることができる。また、ボードゲームとして高校生による参加が期待でき、地域課題への関心を促す道具となる。
著者
牛山 素行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.44, 2020 (Released:2020-03-30)

台風2019年19号および10月25日の発達した低気圧による大雨(以下「台風19号等」)による死者・行方不明者101人を対象に,筆者が整理している最近約20年間の風水害(以下「1999-2018」)による死者・行方不明者(「犠牲者」)1259人の発生状況と比較し,主にその発生場所に関する特徴を速報する.「洪水」(河川からあふれた水に起因する犠牲者),「河川」(増水した河川等に接近して転落など)犠牲者で,発生位置が推定できた者について,国土交通省「重ねるハザードマップ」を元にその場所が浸水想定区域(計画規模)または浸水想定区域(想定最大)の「範囲内」か検討すると,1999-2018(集計対象270人)では「範囲内」または「範囲近傍」(図上で30m以内)が4割程度だが,台風19号等(同68人)では7割程度だった.「重ねるハザードマップ」に示された「地形分類(自然地形)」,「土地分類調査」等により地形分類との関係を見ると,1999-2018,台風19号等ともに犠牲者のほぼ全員が「低地」で発生した.中小河川では浸水想定区域の指定が進んでおらず「範囲外」となりやすいが,地形分類図を用いれば補完が可能と示唆された.しかし,地形分類図は複数の作成体系があり,地域により凡例も異なるなど,広く一般に利用は薦められないのも現状であり,さらなる工夫が必要だろう.
著者
長谷川 直子 横山 俊一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.202-220, 2018 (Released:2018-05-31)
参考文献数
18

本稿では,学生が主体となった雑誌の出版やテレビ出演などのアウトリーチ活動から,社会がそれをどのようにとらえ,また学生自身が社会の反応をどのようにとらえたのかについて考察した.当初は授業の成果を出版することで地理学をアウトリーチする意図があった.しかし社会からは,男性的なイメージの強い地理に女子がいることの意外性から女子の側面が取り上げられ,発信した学生の中には当初の意図と違うとらえ方をされたことに対する戸惑いがあった.結果的には,その意外性から多くのマスコミに取り上げられ多くの人にアウトリーチできた.学生主体のアウトリーチは,学術的専門性とはまた別の次元でその親しみやすさ,面白さを伝えられるという点で,学問に直接的な興味をもたない人々へのアプローチを可能にする.研究者が先端的な研究内容をアウトリーチするのとは対象者・目的・内容が異なり,一つの効果的な社会へのアプローチ方法であると考えられる.