著者
山内 昌和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.12, pp.835-854, 2000-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
19
被引用文献数
2 3

本稿では,縁辺部における人口や世帯の再生産が行われている例として,漁業が基幹産業となっている小離島の中から小呂島を取り上げ,戦後の世帯再生産のメカニズムを明らかにした.小呂島における世帯再生産は,漁業労働力の確保という経営体の戦略と,世帯維持に対する規範意識に代表される社会的な制約の双方が深く絡み合いながら行われていた.その際,イノベーション導入による漁業生産の拡大は経済的な保証を与え,一方で社会的制約は小呂島出身者に対し大きな影響力を有し,世帯再生産を支える要因の一つとなっていた.今後は,婚姻形態の変化などの社会的理由から若干の世帯数の減少が予想される.しかしながら,他地域た比べて漁業資源獲得に際しての相対的優位性が続くと想定されるため,今後とも一定の世帯数が再生産されていくであろう.
著者
山内 啓之 小口 高 早川 裕弌 瀬戸 寿一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.288-295, 2019 (Released:2019-08-28)
参考文献数
13
被引用文献数
1

筆者らは,大学の学部や大学院のGISの実習授業を充実させるための教材を開発し,オープンな活用ができるコンテンツとして広く公開するためのプロジェクトを実施している.教材は,既存プロジェクトの成果である書籍『地理情報科学GISスタンダード』と対応するように構成した.GISを用いたデータの処理には,フリーかつオープンソースのソフトウェアを利用した.これらの教材は,GIS実習の課題や使用するソフトウェアの特性を考慮し,二次利用しやすいようにオープンライセンスのパッケージとして整備し,GitHubを用いて試験公開を行っている.本稿では,開発中の教材の設計と初期の構築の経緯をまとめ,既存のGIS教材との比較を行い,本教材の有用性について評価した結果を解説する.
著者
長谷川 直子 三上 岳彦 平野 淳平
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.116, 2019 (Released:2019-09-24)

1. はじめに/研究目的・方法 長野県諏訪湖では冬季に湖水が結氷しその氷が鞍状に隆起する御神渡りと呼ばれる現象が見られる。これが信仰されてきたことにより、その記録が575年にわたり現存している(石黒2001)。この記録には湖の結氷期日も含まれており、藤原・荒川によってデータベース化され(Arakawa1954)それらが長期的な日本中部の冬季の気候を復元できる資料として世界的にも注目されてきた(Gray1974)。 しかしこれらのデータは複数の出典に分かれており、出典ごとに記載されている内容が異なるものであり(表1)、統一的なデータベースとして使用するには注意が必要である。また一部の期間についてはデータのまとめ違いがあることもわかっており(Ishiguro・Touchart 2001)、このデータを均質的なデータとしてそのまま使用することは問題と考えている。そこで演者らはこのたび、諏訪湖の結氷記録をもう一度改めて検証し直し、出典ごとに記載されている内容がどのように違うのかを丁寧に検討し、それらのデータの違いを明らかにしていく。 2.諏訪湖の結氷記録の詳細 写真1:現地調査で確認した原本の例 諏訪湖の結氷記録は出典が様々であり、大きく分けると表1のようになっている。出典毎にそれぞれ、観測・記録した団体が別々のものであったり、観測者が記載したものから情報が追加されて保管されているものもある。表1に示した出典のうち一部は諏訪史料叢書に活字化されて残されているが、そこに掲載されていない資料もある。活字化されていないものについては原本に当たる必要があるが、現在ではその原本が所在不明なものもある。演者らは、活字化されていない資料を中心に、原本の所在を確認しているところである(写真1)。また世界的に広く使われている期日表は藤原・荒川のものであるが、田中阿歌麿が「諏訪湖の研究」(田中1916)の中ですでに期日表をまとめており、これと藤原・荒川期日表との照合も必要であると考えている。 3. 近年の気候変動と諏訪湖の結氷 近年、諏訪湖の結氷が稀になっていることは気候温暖化との関連も考えられ、図1に示すように気候ジャンプとの関連もみられる。これについては諏訪湖を含めた北半球での報告もされており(Sharma et al. 2016)、最近数十年に限定した詳細な検討も必要だと考えている。
著者
小島 泰雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

1.問題の所在<br><br> 深圳は中国南部、珠江デルタの先端に位置し、香港に隣接して国策として建設された都市である。1979年に宝安県から深圳市が析出され、翌年には経済特区として指定をうけ、以後、30年あまりの間に人口1000万の都市に成長するという、類い無き都市化が展開した。<br><br> 深圳は中国ではじめて農村が無くなったことでも知られる。ここで農村が無くなったといわれるのは、制度的に"無農村建制"(農村制度が無くなった)、"無農民戸口"(農民戸籍が無くなった)ことを差すが、同時に農村都市化の一般的な過程を経験したことを示す。<br><br> 本報告は、2017年夏季に行われたフィールド調査と地方誌に依りつつ、いかに深圳が農村を失っていったのかについて検討し、深圳の地域像を更新することと、珠江デルタの農村の一つの極地の形成過程を確認することを目的とする。<br> <br><br>2.万豊村の経験<br><br> 万豊村は深圳市の西北部、宝安区沙井街道に属しており、現在は万豊社区となっている。祠堂の残る旧来の集落を囲んで多様な建築群からなる住宅区と工業地区という2種の景観地域で構成されている。《万豊村史》(2001年)に描かれる万豊村の景観変化は、概略以下のようなものである。<br><br> 農地は水田より畑が多く、西の浜で牡蠣の養殖を行っていた万豊村は、1978年の香港への密航ブームに巻き込まれ、村民の半分近くが香港へ行ってしまった。万豊村の改革開放はこうした負の出発点に始まり、生産請負制の導入による専業戸が牽引する農業活性化が進められた。1982年に最初の香港資本の工場として香港フラワーの工場が進出、続いて金属加工、玩具工場の誘致に成功する。経済特区に隣接し、用地と労働力が安く得られることが立地要因となっていた。その後、"三来一補"と称される加工貿易の工場が毎年10近く増えていった。工業化は農地の転用を必要とし、一時的に外来人口の増加(1990年代末には6万人)の需要を満たす養殖業が盛んになったが、農業は急速に後退していった。<br><br> 万豊村はこの過程で新たな共有制のシステムを立ち上げ、農村開発の一つのモデルとして全国に知られるものとなった。1984年に設立された万豊股份公司は、農民が共同で投資して工場棟を建て、それを外資企業に貸し出すことで賃貸収入を得るという機構をもつ。当初は投資する村民は一部に限られたが、配当の大きさから多くの村民が参加するようになり、1988年には広東省の優秀企業の一つに数えられるまで成長し、村民は生活、福祉の両面で豊かさを享受することとなった。<br><br>3.坂田村の経験<br><br> 坂田村は龍崗区坂田街道に属し、かつて関内と呼ばれた初期の経済特区の北に隣接している。世界有数の情報機器企業に成長したHUAWEIの本部が集落の北にひろがり、丘陵斜面に並ぶ客家集落は旧来の風貌を残すが、二重三重に住宅地区に囲まれ、整備された街路を走っていると、その存在に気づくこともなくなっている。<br><br>《輝煌坂田》(2010年)によると、丘陵地帯に位置する坂田村はかつては交通条件が悪く、近くの市場町の布吉鎮まで自転車で1時間かかっていた。1980年には早くもセーター工場が進出したが、1985年にはすべての工場が撤退し、農民は特区や布吉の工場に流出していった。本格的な開発は1980年代末に始まる都市計画の実施を待つこととなった。1994年には坂田実業股份有限公司が設立され、工場建物の管理を行っていたが、2007年に坂田実業集団に改制される頃には不動産開発と管理が主たる事業となっていた。2004年には、それまでの鎮-村の農村行政制度が街道-社区の都市行政制度に編成替えされ、翌2005年には農地の国有化が終了した。<br><br>4.おわりに<br><br> 経済特区の設定は香港企業を中心とする多くの工場を深圳の農村にも進出させ、その結果、農地の転用が進み、農村の都市化が進展していった。近年、住宅建設が都市化の重要な要素となり、さらに行政制度が農村のそれから都市のものへと転換されたことで、深圳は名実ともに農村を失うことになったと整理されよう。
著者
石黒 直子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.7, pp.415-423, 2001-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
4

長野県中部に位置する諏訪湖で起こる御神渡りは宗教的に重要な現象であったため,その記録は550年以上にわたりほぼ途切れることなく継続する.そしてこの記録は冬季の気候復元のための貴重なデータとして注目されてきた.本研究では,この記録を使用するのに際し,重要な問題となるデータの均質性にっいて,・データソースの歴史的変遷の観点から検討を行った.その結果,諏訪大社管轄の記録の中でも,データソースの変化に伴い内容に相違がみられた.とくに,15~17世紀にかけての御神渡りの観測基準が現在と異なり,氷の割れる音を聞いて観測していた可能性が示唆された.さらに近年の気象観測データに基づいた解析から,諏訪大社と諏訪測候所による結氷日の観測基準が異なることに由来する,両者の結氷日の質的な違いを明らかにした.これらの違いに留意してこのデータを使用することによってより精度の高い気候復元が可能になるであろう.
著者
村田 陽平
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.165-190, 2012 (Released:2012-03-26)
参考文献数
139

本稿の目的は,現代日本の地域政策において主要な課題の一つである喫煙問題に対して,受動喫煙に苦しむ当事者の視点から,身近な環境問題としての受動喫煙被害の実態を明らかにすることである.2007年から2008年にかけて,タバコ問題に取り組む市民団体等の紹介を経て,東京,名古屋,大阪の三大都市圏において受動喫煙被害の当事者に対する聞き取り調査を実施した.その結果,現代の日本では,さまざまな日常空間において受動喫煙の被害が生じており,それにより少なからず生活に支障をきたしていることが明らかになった.本稿の調査を通じて,日本の受動喫煙対策が不十分であることが導出されるとともに,早急な法的整備などによる社会環境の改善が望まれる.
著者
東郷 直子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.190, 2011 (Released:2011-05-24)

犯罪の発生を地理的にとらえる試みは,19世紀の地図学派や1920年代のシカゴ学派による研究以来,社会学や環境犯罪学の分野を中心に行われてきた.地理学においても近年,警察機関などからの情報公開が進んだことを受けて,GISを用いた犯罪情勢の視覚化・分析・モデル予測が盛んである.しかしながら,田中(1984, 1988)のように犯罪の発生を一種の都市病理現象とみなし,犯罪被害者と犯罪発生場所の関連性について社会地理学的な観点から分析・考察したものはまだ少ない. そこで本研究では,地理学的な分析に適しているであろう街頭犯罪のうち比較的標本数の多いひったくり犯罪に着目し,その空間パターンから都市内部の犯罪発生につながる諸関係を明らかにすることを試みた. 研究対象地は大阪市全域とした.分析資料は「大阪府警察犯罪発生マップ」1)および同府警が実施している「安まちメールサービス」を用いた.研究対象期間は2009年(n=1,386)および2010年2月19日~同年12月31日(n=860)である.ひったくり被害者の年齢・性別,発生時刻,被害者・加害者の交通モードをクロス集計し,発生地点のポイントデータからカーネル密度推定により作成したひったくり密度分布図や空間スキャン統計で検出した犯罪ホットスポットなどと比較しながら,被害者属性と発生場所の地域特性について考察する.さらに,ひったくりと短時間の人口移動との関連性をみるために,パーソントリップデータを用いた分析を行った. 調査期間内に観察されたひったくり被害者数のうち約9割が女性である.これらの女性被害者を年代別・24時間帯別にみると,一般的なオフィス職の始業・就業時刻と前後する7時台と19時台を境に,中心となる被害者の年齢層が20歳代から60歳代・70歳代にシフトしている(図1).彼女たちがひったくりに遭った場所については,それぞれ市中心部の商業地域,および市東部から南東部にかけての住宅地域に明瞭な高密度ゾーンがみられ,これは23時台の非居住滞留人口密度および16時台の居住滞留人口密度のパターンによく対応する.原田ほか(2001:42)が東京23区の事例で指摘したように,大阪市でも繁華街の深夜営業の飲食店などで働く女性(おそらく若年層が中心)が帰宅中に被害に遭いやすく,一方で無職女性(高年層の多くが含まれる)の被害は自宅から近い日常行動圏内で起こる傾向がある.歩行者・居住者の属性や時間帯によって被害に遭う場所の潜在性が異なることは,都市内部での多様な防犯対策の必要性を意味している. さらに今回の発表では,都市病理現象としての大阪市のひったくり発生分布の差異について明らかにするために,空間スキャン統計量によって犯罪集積のクラスターを検出し,各々について高齢者率・人口密度・エスニシティといった地域特性指標との相関分析を行う. 注 1) http://www.map.police.pref.osaka.jp/Public/index.html(最終閲覧日:2011年1月18日) 文献 田中和子 1984.大阪市の犯罪発生パターン―都市構造と関連づけて―.人文地理 36(2):1-14. 田中和子 1988.被保護層居住パターンからみた大阪市の都市構造.福井大学教育学部紀要III(社会科学) 38:1-19. 原田豊・鈴木護・島田貴仁 2001.東京23区におけるひったくりの密度分布の推移:カーネル密度推定による分析.科学警察研究所報告防犯少年編 41(1・2):39-51.
著者
森野 友介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.88-101, 2014-07-04 (Released:2014-07-10)
参考文献数
23

スクリーンスケイプはスクリーンの映像だけではなく,その背後にあるさまざまな事象とその構造を含んだ概念である.この概念を用いることで現実の空間とサイバースペースの垣根を越えた研究が可能であり,双方の空間にわたる情報化社会にアプローチすることができる.映像の背後には技術,マーケティング,社会状況,コミュニケーションの4種類の要素がある.本稿では2Dのビデオゲーム空間の視点に注目した分析と聴き取り調査を行うことで,主に技術やマーケティングに関する調査を行った.その結果,コストと技術の制約の中でクリエイターは性能を最大限に活かす努力を行ってきたこと,技術の発展に伴い,ビジネスモデルが複雑化し,マーケティングの影響が徐々に強くなり,ビデオゲームの内容も変化したことが分析できた.このように,技術とマーケティングの影響を受けつつビデオゲームのスクリーンスケイプが発達したことが明らかになった.
著者
戸井田 克己
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.19-26, 2012 (Released:2012-04-09)
参考文献数
6

2009年3月,新学習指導要領が公示され,高校では引き続き地理が選択科目にとどまることになった.この危機的状況を前に,新学習指導要領地理の内容を分析するとともに,高校地理歴史科において,あるべき地理カリキュラムの方向性を提言する.
著者
池田 真利子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.4, pp.281-310, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
82
被引用文献数
1

本研究の目的は旧西ベルリン市インナーシティ,ノイケルン区ロイター街区におけるジェントリフィケーションの複合的過程を明らかにすることである.まず,ジェントリフィケーション指標モデルを援用し,機能・社会・構造・シンボルの各価値上昇を検証した.次に2000年代後半から増加した新利用(アート関連利用・新しい小売業・新しいサービス業)の地理的特徴や建造年代との関係性を明らかにした.また,新利用の事業主に対する聞取り調査からは,対象地域の商業環境の変化と要因を明らかにした.その結果,対象地域は初期に再活性化の様相を呈していたがジェントリフィケーションへと変容した点,シンボル的価値上昇がそのほかの価値上昇を誘発する点,中でもカフェ・バー,レストランのシーンガストロノミーがナイトライフ街区形成を促す点,それらが商業環境の変容に寄与する点から,ジェントリフィケーションにおいて文化・消費の役割が大きいことを示した.
著者
松宮 邑子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.2, pp.47-71, 2019 (Released:2022-09-28)
参考文献数
53
被引用文献数
6 1

本稿では,体制移行後のウランバートルで転入人口の増加とともに拡大した居住地「ゲル地区」を対象に,ゲル地区という住まい空間が形成され拡大していくマクロな過程を,居住者個々の移住・移動・定着というミクロな実践から描き出す.ゲル地区の形成は,遊牧生活に由来する住居「ゲル」,所有権を付与された広い土地,親族関係の紐帯に基づく居住地移動によって担われてきた.これを象徴するのが,移住や移動において活発に実践される親族のハシャー(居住区画)での一時的なゲル居住である.ゲル地区は,居住者が自らのハシャーを取得していく過程で外縁部へと拡大すると同時に,内部において固定的な家屋が建設されることで恒久化が進む.さらに居住者は,自らが定着を進める過程で新たなゲル居住者を受け入れていく.ハシャーという個々の空間につねに定住性と遊動性を有しながら,居住地としての恒常性を獲得してきた点に,ゲル地区という住まい空間の固有性が見出せる.
著者
室岡 瑞恵 安藤 大成 宮本 真人 楠田 聡 内藤 一明
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.247-257, 2023 (Released:2023-08-18)
参考文献数
31

養殖業は世界的にみて重要性を増している.北海道のサケマス養殖業も同様である.今後,北海道のサケマス養殖業を発展させていくために,養殖業のピークであった1991年と2019年の養殖場の分布を地形的な側面から明らかにした.水量は河川水の方が湧水よりも多いが,湧水の方が冬期の温度が高くサケマス類の成長に適し,河川水と湧水を併用している養殖場が多く存続する傾向にあった.水理地質図および地質図では,台地・段丘・扇状地におけるローム台地の境目の地下水量が豊富で採水が容易である所に養殖場が多かった.また,2019年の養殖場は火山フロントとほぼ一致しており,山麓で湧水が出やすい地点の養殖場が存続したと推察される.さらに,河川水を利用する養殖場はほぼすべてが石狩川,十勝川上流,沙流川上流にあった.また,標高の高い地域の養殖場が多く廃業していたことから,都市部から離れた厳寒地は養殖場には向かないと考えられた.
著者
羽佐田 紘大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.94, no.4, pp.187-210, 2021-07-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
121
被引用文献数
1

濃尾平野,矢作川下流低地の堆積土砂量を基に,木曽三川・庄内川および矢作川流域における完新世中期以降の侵食速度を1,000年ごとに求めた.過去6,000年間の侵食速度は,木曽三川・庄内川流域で0.29~0.55mm/yr,矢作川流域で0.15~0.29mm/yrと算出された.流域の平均傾斜から推定した侵食速度は,それぞれ0.45,0.16mm/yr,また,体積計算範囲外側の土砂堆積を考慮した侵食速度は,それぞれ0.37~0.64,0.26~0.48mm/yrとなった.これらの値には桁が異なるほどの違いはないことから,低地の堆積土砂量から流域の長期的な侵食速度の傾向をある程度見出すことが可能であると指摘できる.ただし,矢作川流域の各侵食速度の差については,三河湾の土砂堆積の過大評価や山地に分布する花崗岩類の崩壊のしやすさが影響した可能性がある.体積計算範囲外側における土砂堆積の考慮の有無にかかわらず,両流域の侵食速度は1,000年前以降が最大であった.これは流域での森林伐採などの影響によると考えられる.
著者
坂本 優紀
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.3, pp.229-248, 2018-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
48

本稿は,長野県松川村におけるスズムシの鳴き声の地域資源化に着目し,サウンドスケープの持つ地域資源としての有用性を明らかにしたものである.観光資源の少ない松川村では,居住地の異なる住民主体の二団体により,スズムシの鳴き声という聴覚的地域資源を活用した取組みが行われてきた.スズムシの鳴き声は,古くから住民に親しまれており,地域資源としての活用が問題なく受け入れられた.しかし二団体の活用方法は異なっており,その要因として音を聞いてきた環境の違いによる,サウンドスケープの差異が指摘できる.また松川村においてスズムシの鳴き声は,地域アイデンティティ醸成の機能を果たしたが,特に注目すべきは,地域資源化の過程において,地域に対する再理解と新たな視点の獲得が行われたことである.本稿における考察の結果は,視覚的景観を重要視してきた日本の地理学において,聴覚を用いた地域理解の可能性を広げる点で重要な意義を持つ.
著者
三木 理史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.65, no.7, pp.548-568, 1992-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

従来,国家的統制政策の所産と考えられてきた昭和初期から第二次世界大戦中の交通事業者の統合問題を,大手私鉄資本による地域交通体系の再編成という視点から再考して,その空間構造を検討した.事例は三重県における近鉄資本による事業者統合に求めた. その結果,大正期まで基本的に国鉄駅起点の路線形態をとり国鉄線中心の交通体系下にあった局地鉄道線は,大手私鉄資本下に統合されてゆくなかで,大手私鉄幹線中心の交通体系に再編成されてゆく過程を跡づけることができた.そうした地域交通体系の再編成構想の実施にあたっては,戦時交通統制という国家政策の利用が不可欠であった.
著者
畠山 輝雄 中村 努 宮澤 仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.486-510, 2018 (Released:2018-11-28)
参考文献数
19
被引用文献数
5 9

本稿は,ローカル・ガバナンスの視点から,地域包括ケアシステムに空間的・地域的なバリエーションをもたらす要因を考察するとともに,バリエーションごとの特徴と課題を抽出した.地域包括ケアシステムにバリエーションが生じる要因の一つには,自治体の人口規模の差異があり,それは地域包括支援センターの設置ならびに日常生活圏域の画定に関する基準人口によるものであるとわかった.小規模自治体では,単一の日常生活圏域における地域ケア会議を中心に集権型のローカル・ガバナンスとなる一方で,人口規模が大きくなるほど自治体全域と日常生活圏域の重層的なローカル・ガバナンスによる地域包括ケアシステムが構築される傾向にある.後者は,地域包括支援センターが日常生活圏域単位に複数配置される自治体において,各地域の特性を考慮した分権型のローカル・ガバナンスを統括するための自治体全域でのガバナンスが重視された結果である.
著者
荒井 良雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.4, pp.279-299, 2017-07-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
55
被引用文献数
3

本稿では,国際交通・通信インフラの変遷を検討することによって,近代日本のグローバル化の過程を論じた.日本のグローバル化は19世紀末に最初の国際定期航路・電信線が整備された段階で,英国の植民地統治を支える交通・通信システム(「英国グローバルシステム」)に組み込まれる形で始まった.産業革命後の英国はインドや中国への交通・通信ルートを拡大していったが,「極東」日本はその延長上に位置し,日本から見た西廻りルートが成立した.一方,太平洋を渡る東廻りルートは米国主導で整備され,日本は新興の「米国グローバルシステム」に否応なく組み込まれた.日本は,国策として定期航路や通信網を維持し,両ルートを確保し続けたが,第二次大戦後は航空輸送や衛星通信の発達,さらには20世紀末のインターネットと光ケーブル網の発達によって米国のプレゼンスが拡大すると,「米国グローバルシステム」へ急速に傾斜することになった.