著者
大山 修一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.87-124, 2011 (Released:2011-02-12)
参考文献数
41
被引用文献数
4 2

2000年に開催された国連ミレニアム・サミットでは,世界中の政治家が「ミレニアム開発目標」を設定した.開発目標のひとつに1人・1日あたりの所得1ドルを貧困の基準に設定し,2015年までに貧困人口を半減させることが挙げられている.「1日1ドル未満の所得」というフレーズは,毎日食うに困って飢餓に恐れおののく人びとの姿を想起させる.サハラ以南アフリカの人口の6割は農村に居住しているが,アフリカの農村に住む人びとは飢餓に恐れおののき,衣食住に困っているのだろうか.ザンビア北西部州のカオンデ社会を事例に,焼畑と狩猟,採集,漁撈を組み合わせた多生業形態,世帯間での食料のやりとり,村長のライフヒストリーを検証し,自分たちの食料や生活資材を自分たちで獲得しようとする自給指向性の強さを明らかにした.アフリカ農村は孤立し,外部社会に対して閉鎖的では決してないが,自給指向性が強く,現金を多く介在させない社会であった.つまり1日1ドルの所得を必要としない,自給に根ざした生活様式がいまだ根強く残っているのである.1日1ドル未満の所得の人びとがすべて,飢餓に苦しみ,援助を必要とする人びとではないことを指摘した.現在,アフリカでは共同保有を基本とした慣習地の土地制度が改正され,土地の囲い込みや私有化が進んでいる.外資の導入や資源開発も進み,今後,アフリカは世界経済とも強くリンクし,農村も急激な変化に取り込まれていくであろう.そのとき,人びとが自給を維持できず,1ドル未満の所得しかない社会の最下層に位置づけられていくことを危惧する.
著者
遠藤 匡俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.601-620, 2001-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
58
被引用文献数
1 2

文字を持たないアイヌ社会において,近所に生きている人やすでに死亡した人と同じ名を付けないという 個人名の命名規則が,どの程度の空間的範囲に生活する人々に適用されていたのかは,これまで不明であっ た.アイヌ名の命名には,出生後初めての命名と改名による新たな命名があり,いずれもアイヌ固有の文化 であったと考えられる.アイヌ名の改名は根室場所,紋別場所,静内場所,三石場所,高島場所,樺太(サ ハリン)南西部,鵜城で確認された.中でもアイヌ名の改名が最も多く生じていたのは,根室場所であった. 根室場所におけるアイヌ名の改名は,結婚や死と関わって生じた事例が多かった.改名による新たな命名が 多く生じていたにもかかわらず,同じ名を付けないという個人名の命名規則は, 1848~1858 (嘉永1~安政5) 年の根室場所においては,集落単位のみならず根室場所全域でほぼ遵守されていた.根室場所は,アイ ヌの風俗の改変率が高いことから和人文化への文化変容が進んだ地域とみなされるが,アイヌ名の命名規則 に関する限り,アイヌ文化は受け継がれていたと考えられる.
著者
遠藤 匡俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.3, pp.236-258, 2012-05-01 (Released:2017-10-07)
参考文献数
55

幕府は二度にわたり蝦夷地を直轄地として,アイヌの人々の文化を和人風に変えようとした.この同化政策によるアイヌ文化の変容過程については,あまり知られていない.本研究では1799~1801(寛政11~享和元)年のエトロフ島におけるアイヌの和名化と風俗改変の空間的・社会的拡散過程を復元した.1799年にシャナ集落で始まった文化変容の中で,和名化は1800年に,風俗改変は1801年にほぼエトロフ島全体に広がった.1801年に会所や番小屋が設置された集落とその周辺地域では和名化率と風俗改変率はより高く,ロシアとの境界に接するエトロフ島北部では低かった.1800年に和名化したのは主に10歳以下の子供であり,1801年に和名化・風俗改変したのは主に16歳以上の青壮年であった.和名化と風俗改変が生じるかどうかにおいては有力者の動向が下男・下女に影響力をもっていた.
著者
山神 達也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2016年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100147, 2016 (Released:2016-11-09)

Ⅰ.はじめに通勤流動は居住地と従業地との間の就業者の移動のことを指し,通勤流動の完結性が高い空間的範域を通勤圏という。この通勤圏では労働力の再生産がほぼ完結するとともに日常の消費需要がほぼ満たされることから,通勤圏は日常生活圏を代表するものとみなされている(成田1995)。また,行政上の各種サービスは住民の日常生活を踏まえて提供されることが多く,行政機関の多くは管轄区域を設定している。この点に関し,成田(1999)は近畿地方を対象として,通勤流動で設定される日常生活圏と各種行政機関の管轄区域との対応関係を検討し,多くの圏境が日常生活圏と一致することを明らかにした。しかし,成田(1999)以降,平成の大合併が実施されたことから,現在でも同様の関係を見いだせるのか,検討の余地がある。以上を踏まえ,本研究では,和歌山県を対象として,通勤圏と各種行政機関の管轄区域との対応関係を検討したい。Ⅱ.通勤流動と通勤圏の設定図1は,和歌山県下の各市町村からの通勤率が5%を超える通勤流動を地図化したものである。この地図をもとに通勤流動の完結性が高いといえる範囲を定めて通勤圏とし,その中心となる市や町の名前を付した。その結果,和歌山県下で7つの通勤圏を抽出することができた。これらの通勤圏のなかで特徴的なものを整理すると,有田圏は自治体間相互の通勤流動が多く,雇用の明確な中心地のない状況で全体的なまとまりを形成する。また,この圏域の全ての市町から和歌山市への通勤流出がみられ,全体として和歌山圏に従属している。次に橋本圏は,橋本市が周辺から就業者を集める一方,橋本市も含めて全体的に大阪府への通勤流出が多い。以上の詳細は山神(2016)を参照されたい。Ⅲ.通勤圏と行政上の管轄区域との関係Ⅱで確認した通勤圏は各種行政機関の管轄区域とどう対応しているのであろうか。ここでは,和歌山県における二次医療圏,およびハローワーク和歌山の管轄区域との対応を検討する。二次医療圏は広域的・専門的な保健医療サービスを提供するための圏域であり,生活圏をはじめとする諸条件を考慮して設定される(和歌山県『和歌山県保健医療計画』2013年)。また,ハローワークは就職支援・雇用促進を目指す機関であり,通勤流動そのものと密接にかかわるものである。図2は,通勤圏(図1)・二次医療圏・ハローワーク管轄区域の境界がどれだけ一致しているのかを示したものである。二次医療圏では,岩出市と紀の川市で那賀保健医療圏が設定される点と新宮保健医療圏に古座川町と串本町が含まれる点に通勤圏との違いが現れる。一方,ハローワーク管轄区域では,海南市と紀美野町で「かいなん」が設定される点と「串本」にすさみ町が含まれる点に通勤圏との違いが現れる。また,北山村は,通勤圏としては三重県とのつながりが強いが,二次医療圏・ハローワーク管轄区域のいずれにおいても新宮の管轄区域に含まれる。このように,通勤圏・二次医療圏・ハローワーク管轄区域の間には若干の違いが認められるものの,基本的に3つの境界が重なる部分が多い。また,境界が重ならない地域として和歌山市周辺が挙げられるが,これは和歌山市の通勤圏を細分する形で管轄区域が設定されていることによるもので,通勤圏の境界をまたぐような管轄区域の設定はなされていない。したがって,通勤圏は,平成の大合併後も日常生活圏を代表するものとして,各種行政機関の管轄区域との対応関係も強いといえる。発表当日は他の行政機関の管轄区域を複数取り上げ,それらも検討の対象とした結果を報告したい。
著者
石崎 研二
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.9, pp.579-602, 1995-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
54

本稿では,クリスタラーの中心地理論の配置原理に関する疑問を提起し,疑問を解消する再解釈の提示,再解釈に基づくモデル化,さらに仮定緩和を考慮したモデルの展開を試みた.供給原理によってK=3システムが導出される理由を吟味し,提起した疑問の妥当性を確認した.そして,財の到達範囲に関する新たな表現方法に基づき,再解釈・モデル化を図ったところ,モデルは立地一配分モデルにおけるp-メディアン問題の一種として定式化された.さらに,(1)財の階次および到達範囲,(2)財の未供給地点の容認,(3)財の包括的保有の条件,について仮定緩和を考慮したモデルは,供給原理をより現実的な理論へと拡張し,数値例への適用からもモデルの柔軟性が確認された.また,これらの緩和モデルの一般形は,既往のさまざまな公共施設配置モデルを統合する,一般化最大カバー問題として位置づけられ,現代の公共施設配置モデルの基盤としての供給原理の含意を再認識した.
著者
成瀬 厚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.5, pp.413-435, 2013-09-01 (Released:2017-12-08)
参考文献数
123
被引用文献数
1

景観研究は多様化している.日本では工学分野を中心に景観は多分野で議論されている.英語圏地理学では,景観の視覚的側面を重視する歴史研究から現代芸術を対象とした動向がある.本稿では,遠近法主義の概念を歴史研究から整理するとともに,現代芸術を対象とした近年の景観研究を整理した.ドイツの画家リヒターに関する美学研究を参照することで,地理学への風景芸術研究の導入線とした.写真を模写するフォト・ペインティングという技法を用い,ぼかしや上塗りを施すことによって,彼の風景画は抽象画とも類似したものとなっている.そうした風景画を制作することによって,リヒターは因襲的な風景芸術をアイロニックに再現し,遠近法に基づく因襲的な見る方法に挑戦しているといえる.
著者
新井 智一 福石 夕 原山 道子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.125-137, 2011 (Released:2011-02-12)
参考文献数
15
被引用文献数
3 2

本研究は,ローカルな環境改変の要因を大スケールの政治経済的コンテクストとミクロな政治との関わりという観点から解明するポリティカル・エコロジー研究を援用し,山梨県白州町(現北杜市)において多くの企業が地下水を大量に採取してきた要因を明らかにした.白州町議会では,企業による環境改変への懸念が表明されてきたものの,白州町の行政は企業に対する地下水採取規制に消極的であった.それは,白州町議会で保守系議員が圧倒的多数を占めてきたこと,企業誘致が順調に進まなかったこと,ミネラルウォーターの採取地であることが白州町の観光に寄与してきたこと,によると考えられる.
著者
田中 雅大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.5, pp.473-497, 2015-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
44

本研究は,視覚障害者を中心に設立されたNPO団体によるWebを用いた地図作製活動を事例にして,地理空間情報を活用した視覚障害者の外出を「可能にする空間」の創出方法を明らかにし,依存先の集中と分散という視点から地理空間情報技術による外出支援の可能性と課題について考察した.ICTの発達によって地理空間情報を可視化する動きが強まる中,この団体は「ことばの地図」というテキスト形式の地図を作製している.それは,触覚情報を中心に伝えるとともに,漠然とした空間の広がりを強調して利用者の探索的行動を喚起することで,依存先の分散化を促し,視覚障害者の外出を「可能にする空間」を創出している.ただし,その内容は道路の管轄にも左右されている.そのため,技術自体の機能性のみが強調される技術決定論的な外出支援策ではなく,地理空間情報技術が関与する物質的空間の設計方法も同時に考慮できる仕組みが必要である.
著者
荒 瑞穂 横山 ゆりか
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2019, 2019

<p>Ⅰ はじめに</p><p>近年,アニメやマンガの聖地巡礼という現象が話題になっている.新聞記事やテレビ番組などでも特集されるなど,アニメやマンガに興味がない者もこれらのコンテンツに触れる機会は多い.アニメ聖地巡礼に関する先行研究は数多く存在するが,『らき☆すた』を扱った谷村(2011)や『ガールズ&パンツァー』を扱った石坂ほか(2016)など,以前から対象となる作品が多く存在し研究対象として注目されてきた,作品中に現実に存在する背景が描かれている作品の研究が主である.しかし,ファンの間ではそれらの形態以外の作品での聖地巡礼も行われている.例えば,『刀剣乱舞』や『薄桜鬼』などの作品中に背景が描かれていない作品でも聖地巡礼が行われている.</p><p>そこで本研究では,アニメ聖地巡礼を作品中の描写などとの関連から4種類に分類し,そのなかで特に,先行研究で着目されてこなかった形態の聖地に焦点を当てて分析を試みる.</p><p></p><p>Ⅱ 聖地の分類の仮説</p><p>本研究では,作品に関連しファンの間で行われている聖地巡礼を,作品の描写の中で一つの実在する町が細かに再現され舞台の探訪を可能としている「狭義聖地」と,描写の中で実在する町の再現がない「広義聖地」の2種類に大きく分類する.さらに,町を再現した描写がない「広義聖地」を「モデル地」「ゆかりの地」「依り代」の3種類に分類する.「モデル地」とは作品中の町の雰囲気が現実のいくつかの町に似ているために聖地となったもの,「ゆかりの地」とは歴史上の人物などをモデルにしたキャラクターが登場する作品で,キャラクターのモデルとなった人物などに関連する場所が聖地となったもの,「依り代」とはモノをモチーフとしたキャラクターが登場する作品で,キャラクターのモチーフとなったモノがある場所が聖地となるものと定義する.なお,ここでは「依り代」という言葉をキャラクターの魂の宿るものとして使用している.</p><p></p><p>Ⅲ 調査の目的と方法</p><p>本研究では,前述の4種類の聖地の分類方法の妥当性を確かめ,その特徴を調査するために,アニメやマンガに関連するサークルに所属する者とそれ以外とに向けてそれぞれgoogleフォームによるwebアンケートを行った.前者をサークル向けアンケート,後者を一般向けアンケートと呼ぶ.</p><p></p><p>Ⅳ 結果と考察</p><p>サークル向けアンケートは75件,一般向けアンケートは126件の回答が得られた.以下ではサークル向けアンケートの結果を述べる.回答では,「作者ゆかりの地」「制作会社所在地」や名前が共通する地などの可能性が指摘されたが,今回調査の対象とした作品中の描写やキャラクターのルーツに関連する聖地の分類については概ね意見の一致が得られた.また,各聖地についての特徴なども得られたが,ここでは特に今後の分析の対象とする「依り代」型の聖地について,従来型の聖地である「狭義聖地」と対比しつつ分析を行うこととする.</p><p>回答によると「狭義聖地」の巡礼では,巡礼中の行動として,作品に関連する写真を撮ることや作品関連施設の利用,巡礼後の行動として,SNS,または身近な人との共有があがった.これは「依り代」型でも共通で,巡礼者は同様の行動を起こしている.一方で聖地巡礼先での観光の広がりについては,「狭義聖地」では1つの町に対していくつかの場所の描写があり,それらを巡る行動がみられるのに対し,「依り代」型聖地の特徴は,依り代であるモノのみに巡礼者が集中し,広がりがみられなかった.</p><p>今後の調査では,「依り代」型の聖地巡礼を誘発したゲーム『刀剣乱舞』についてのキャラクター「山姥切国広」とコラボし刀剣「山姥切国広」の展示を行った足利市の事例を取り上げ,イベント運営側,巡礼者側両者へのヒアリング調査を行う.それにより,「依り代」型聖地での巡礼者の巡礼行動と「依り代」型聖地の活用方法についての具体的な検討を行いたい.</p><p></p><p>謝辞</p><p>調査に参加いただきましたサークル関係者の皆様,大学生の皆様,また,ご協力くださいました東京都市大学都市生活学部の諫川輝之先生に心より感謝申し上げます.</p><p></p><p>参考文献</p><p>石坂愛,卯田卓矢,益田理広,甲斐宗一郎,周宇放,関拓也,菅野緑,根本拓真,松井圭介 2016.茨城県大洗町における「ガールズ&パンツァー」がもたらす社会的・経済的変化:曲がり松商店街と大貫商店街を事例に.地域研究年報 38 : 61-89.</p><p>谷村要 2011.アニメ聖地巡礼者の研究(1)―2つの欲望ベクトルに着目して.大手前大学論集 12 : 187-199.</p>
著者
于 燕楠 伊藤 修一 鈴木 晃志郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2022年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.136, 2022 (Released:2022-03-28)

研究目的 超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに,その舞台として共有される心霊スポットの布置には,社会の価値観や役割期待が反映されうる.本発表は,基盤地図情報としてオープンデータ化されている各種公共施設や森林地帯のデータと心霊スポットの位置情報を手掛かりに,心霊スポットがどのような地物と近似の分布傾向を示すかの検討を通じて,分布傾向上の特質を解明する企図をもつ.エミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象の有無を論ずるオカルティズム的関心も有しない.研究方法・分析対象 周知のとおり,空間解析は商圏分析に代表されるXY軸上のデータの分析と,流域解析に代表されるZ軸の分析からなる.本発表ではこれを,①最近隣空間的隣随伴尺度による空間分布パターンの随伴性の分析(X,Y軸),②森林地帯ポリゴンを用いた被包含率の分析(X,Y軸),③DEMを援用した標高値および傾斜角の解析(Z軸)に読み替えることで,心霊スポットの分布特性を三次元的に検証する.データは,2021年時点で入手可能な最新の国土数値情報の各種公共施設と,森林地帯ポリゴン,「全国心霊マップ」から抽出した心霊スポットの点データである.分析対象には,その総面積(83,450 km²)がチェコ(78,865 km²)やオーストリア(83,871 km²)に比肩し,かつ広域自治体とその地理的領域がいずれも隣接する他の都道府県からの影響を受けない北海道を選定した.結 果 Z検定の結果,病院,最終処分場, 精神病院が心霊スポットとの有意な随伴傾向を示す一方,小学校,公民館, ダム, 浄水場, 役所, 配水池, 僻地保健福祉館, 火葬場が有意な離反傾向を示した.この傾向は、我々が先に公表した日本全国の分析結果と概ね矛盾しない(鈴木ほか2020). しかしながら,水平軸上では離反傾向にある浄水場,火葬場,配水池は,垂直軸(高度や傾斜角)上では心霊スポットと有意差が検出されず,分布傾向の近似性が示された.同様に,森林地帯ポリゴンを用いて,各施設の立地地点が森林地帯に含まれる割合を求めたところ,10%以上の値を示した施設はダム(25.3%),心霊スポット(33.3%),火葬場(37.8%),配水池(43.8%),浄水場(53.4%)の5種類のみであり,ここでも心霊スポットとの近似性が示された(全施設平均とのχ2検定結果はいずれも有意差あり). 心霊スポットは他の公共施設と異なる独自の分布傾向を示す(鈴木ほか2020).この独自性は,水平軸で病院や精神病院,最終処分場に近く,かつ垂直軸で有意差のない浄水場や配水池,火葬場に近似する高度や傾斜,あるいは森林への被包含率をもつ場所が心霊スポットの好発地になりうることを示した本発表の知見によって解釈可能である. 分析はなお継続中であり,当日はオープンデータを用いたさらなる分析結果を議論に供する予定である.文 献鈴木晃志郎・伊藤修一・于 燕楠 2020. 心霊スポットは何と空間的に随伴するのか. 日本地理学会発表要旨集2020(807) https://doi.org/10.14866/ajg.2020s.0_31
著者
大平 晃久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.270-287, 2010-05-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
60
被引用文献数
1

本稿では,3種の比喩,すなわちメタファー,メトニミー,シネクドキの認知プロセスとしての役割に注目し,場所が比喩によって構築されていることを認知言語学の視点によりつつ論じた.まず,場所の意味形成の全体像を探るため,場所をめぐる表現や認識,地名による命名を検討し,従来は指摘されていなかった事例も含め,場所に関する比喩を網羅的に提示した.その上で,場所の意味が3種の比喩によってネットワーク状に拡張していることを明らかにした.また場所の意味拡張においては,メトニミーの上にメタファー,シネクドキが働く例が多いという場所の特徴を引き出した.さらに,場所が参照点として成立することに着目して,メトニミーは場所それ自体を構築する認知プロセスとしてみることが可能であることを論じ,意味形成にとどまらない比喩の意義の一端を示した.比喩は場所の言語的構築の基本的な部分に大きな役割を果たしていると考えられる.
著者
加藤 晴美
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.22-43, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
56

現在,合掌造りの里として知られる飛騨白川村は,明治・大正期には山奥の別世界とみなされ,大家族制をはじめとする「奇異」な風習が残る地域として認識されていた.本稿では,このような認識が変容し,白川村が「古い文化」を有する貴重な地域として高い評価を獲得していくのはいつ頃であるか,またその背景はいかなるものであったかを検討し,山村が近代日本の中でどのように位置付けられていたのかを考察した.本稿では山村像が変容した時期を昭和戦前期と位置付け,この時期における白川村の生活変容や,当時盛んに行われた郷土研究や観光開発などが,白川村に対する認識の変容に影響を与えたことを明らかにした.白川村はブルーノ・タウトによってその価値が初めて認められたとも言われるが,実際にはタウト以前に始まった日本人郷土研究者らによる認識像の変容が,白川村に対する評価の高まりを導いたと考えられる.
著者
田口 淳
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.6, pp.305-324, 2001-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

日本の都市問題の中でもとくに深刻な職住分離による通勤の高負担をもたらす一因に,大規模な住宅開発と通勤交通網の整備とのアンバランスがあげられる.本稿では,鉄道が段階的に整備されてきた千葉ニュータウンを対象として住宅供給と交通網整備の関係を分析した.北総開発鉄道の都心直通前後の入居者を比較すると,前住地の分布は近隣市町村のみならず外延的に拡大したことから,交通体系の変化や都心との時間距離の短縮が世帯の居住地選択の範囲を変化させることが明らかになった.また就業地の分布にも変化がみられ,北総線の直通する沿線に就業地分布が拡大したほか,都心3区就業者の千葉ニュータウンへの入居が加速した.さらに,鉄道を利用した通勤流動は鉄道網の整備状況を反映し,所要時間が最短になるような通勤ルートが選択され,対都心の絶対的な交通路を持ったことで通勤ルートの一本化が進んだ.
著者
龍崎 孝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって宮城県は142漁港全てが被災するなど多大な被害を受けた. 宮城県は水産業復興に向け、集約・効率化を図る施策を選択し、機能集約が図られる漁港は60港に絞られた. さらに県は水産業復興特区構想を打ち出し、2011年12月に国の特区法施行を経た上で2013年8月に石巻市桃浦が復興特区に認定された. 特区はこれまで漁協が優先順位一位で付与されてきた特定区画漁業権を、民間が資本参加した経営体を漁協と同列の一位で審査し、漁業権を付与する政策で、付与された経営体は漁協に参加せずに漁業を営むことができる. 水産業の復興にあえて「格差」を持ち込んだのである. 宮城県水産業復興特区には漁業文化、漁業経済の視点から賛否両論があるが、政策導入により漁業集落コミュニティがどのような影響を受け、変化し、その再生と持続につながりうるのかを本考察は明らかにしようとするものである. 漁獲量が戦後のピークの三分の一まで落ち込んでいるなど水産業を取り巻く状況は厳しい. 原因のひとつは漁協の漁獲量管理がずさんなためと指摘されている. 水産業復興特区は漁業権を保有し組合員たる漁民の「管理主体」としての役割を漁協から奪い、漁業権を一経営体に付与する政策で、県漁協の理解を得ないまま2013年4月に石巻市桃浦の特区が認定された. 石巻市桃浦は津波でカキ養殖施設が壊滅的な状況にあり、集落存続の危機にあった. 桃浦の漁民の大半が2011年秋に特区構想に応じることを決め、仙台市の水産会社と共同出資の「桃浦かき生産者合同会社」(以下桃浦LLC)が桃浦の養殖漁業者15人により発足した. 桃浦LLCは被災前の年間売上1億9400万円を2016年度には3億円に伸ばすことを目標にし①沿岸養殖漁業における六次産業化②持続的な地域産業形成によるコミュニティの再構築―を目指している. 宮城県は2012年2月に発表した「富県宮城の復興計画」の中で特区構想の特徴として(1)漁業権の行使料などの経費が不要(2)新たな販売経路が構築しやすい―などと説明している. これは漁協が独占している共販制度から離脱して加工販売の自由を確保し、六次産業化を容易に進めることを狙いとしており、これは漁民が漁協の管理下を離れることを意味する. 村井嘉浩県知事は震災直後の2011年5月10日に首相官邸で開かれた東日本大震災復興構想会議で水産業復興特区を提案した. 宮城県漁協は反対を表明したが、知事は5月29日の同会議で漁協を中心とする現在の水産業の在り方を批判的に説明し、同時に特区構想の必要性を主張、6月11日には原案となる復興特区法の全容を会議で提示し、6月25日に発表された「復興提言」の中に盛り込まれた. その間に宮城県漁協は反対署名などを提出したが、県は一切顧みることはなかった. 知事の動きなどから特区構想導入は、震災からの復興に寄与することは副次的な目的で主眼は漁協排除のきっかけを作ることではなかったか、と考察する. 水産業復興特区は、漁業コミュニティにどのような変化をもたらすのか. 視点の一つとして新自由主義的な政策を展開した英国・サッチャー政権下で行われた炭鉱闘争とその帰結を考察する. 英国の炭鉱産業は、労働者の流動性が少なく、地域のコミュニティと密接不可分にあった. その特性は日本の漁業集落と似ている. 1984年の英国炭鉱ストは、生産性の高いデューカリズ地区の炭鉱群がストに参加しなかったことなどから次第にスト離れが続いて崩壊し、その帰結として炭鉱は民営化された. 漁業権を得て漁協から離脱した桃浦の存在は、宮城県水産業における「デューカリズ」となる可能性を持つ. 県漁協は特区構想の導入によって、漁業紛争の解決にあたる調整者としての機能が失われる. 当事者能力が奪われる中で、漁業集落というコミュニティを束ねてきた漁協の地位は揺らぎ、漁協コミュニティの「分断」と「融解」が始まると考えられる. 一方桃浦では二つの事象が起きている. 一つは仮設住宅などで避難生活を送ってきた住民たちが桃浦に隣接する高台に移住する計画が進みつつあること、また桃浦LLCに参加せずに、従来通りの漁協組合員として桃浦でかきの養殖に取り組む漁民1名が存在することだ. 漁業集落コミュニティでは「生活の場」と「生業(なりわい)の場」が一体であることが常態であったが、桃浦では高台における「集落コミュニティ」と浜における「漁労コミュニティ」のふたつに「分離」することになり、その「融合」を今後どう図るかという視点が求められる.
著者
高橋 昂輝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.50-67, 2018 (Released:2018-03-16)
参考文献数
21
被引用文献数
4

本論は,鹿児島県奄美大島の瀬戸内町嘉鉄において,Iターン者の価値観と集落の機能に注目し,Iターン者を取り入れた集落の維持形態を明らかにした.1990年代末以降,嘉鉄には大都市圏からの移住者が継続的に流入している.彼らは島内の都市的地域を避け,選択的に嘉鉄に居住する.Iターン者が嘉鉄に住居を確保するには,住宅所有者の社会的ネットワークに参加することが求められる.また移住前,住民は会合を開き,移住希望者に対し集落行事への参加を確認する.閉鎖的な住宅市場と集落行事に関する合意形成は,地域社会に適合する人材を選別する役割を果たす.移住後,集落行事は従前の住民がIターン者を受け入れる場所となる.非都市的生活を希求するIターン者と彼らを選別して受け入れる集落の機能が結びつき,嘉鉄ではIターン者を空間的・社会的に取り入れた集落維持が行われている.本論は,限界集落論を反証する事例として位置づけられる.
著者
成瀬 厚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.78-95, 2013 (Released:2013-09-13)
参考文献数
34

日本国内の航空旅客数は減少傾向にあり,国や地方自治体が管理する多くの空港は赤字経営が続いている.さまざまな空港利用促進事業が行われるなかで,近年は空港に愛称や通称をつける動きがある.本稿はこの動向を中心に地方空港の運営状態を地理学的に考察することを目的とする.本稿では,地理学における場所論と地名研究,場所のプロモーション研究を参照することで,空港を一つの場所としてとらえている.国内の政治的階層,地理的スケールにおいて中間の位置を占める地方自治体は,下位の地域住民から意見を集約し,決定した名称を上位の国家から公認を取得する形で公式化する.空港名の愛称化の目的は日本全体に対する地方空港の認知度や親しみやすさの向上であり,それに付随して空港で開催されるイベントの目的は地域住民に対するイメージの向上であると同時に空港施設の多目的利用化であるといえる.
著者
渡辺 満久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.62, no.10, pp.734-749, 1989-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
69
被引用文献数
2

北上低地帯は,その西縁を逆断層に限られる典型的な構造性の内陸盆地であり,鮮新世以降に奥羽山地から分化してきたと考えられる.北上低地帯は活断層,第四系基底面の形状,および地質構造によって, O-typeの地域 (同低地帯の北部と南部)と hypeの地域 (中央部)とに分類される. O-typeの地域では,新第三系,第四系基底面,および第四系 (厚さ数丁十程度以下)に東方へ緩く傾斜する構造が認められる.この地域の西縁部は,活断層がきわめて直線的であることから,比較的高角の逆断層で限られると推定される. I-typeの地域では,第四系基底面は西縁の活断層系に向かって数度以内の傾斜で一方的に傾き,第四系の層厚は奥羽山地では 200m以上に達する.西縁部には東へ凸な多数の活断層線が認められることから,低角の逆断層から成る複雑な断層系が形成されていると考えられる. これらの構造的な特徴と,半無限弾性体に対する食い違いの理論に基づく計算結果から想定される地震時の地殻変動,および地殻とマントルの非弾性的な性質に起因して地震後に現われる地殻変動とを比較した.その結果,西縁断層系への傾動が認められる 1-typeの地域では,断層活動によって低地が奥羽山地から分化してきたと結論した. 0-typeの地域に認められる構造を得るには,地表で確認できる断層活動以外の要因を想定する必要がある.
著者
金 延景
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.4, pp.166-182, 2016-07-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
31
被引用文献数
9 2

本研究は,東京都新宿区大久保地区における韓国系ビジネスの機能変容を,経営者のエスニック戦略の分析から明らかにした.大久保地区では,韓国人ニューカマーの増加に伴い韓国系ビジネスが集積し始め,その後一般市場へ進出していった.その背景には,韓流ブームによって開かれたホスト社会の機会構造の下,経営者が用いたエスニック戦略の役割があった.韓国系ビジネスでは,ホスト社会の需要を事前に把握した経営者が,豊富な人的資源を用いて韓国飲食店のほか,韓流グッズ店や韓国コスメ店など韓国文化の商品化を通じた娯楽性の高い新業種を展開する多角経営を行うと同時に,日本人顧客の確保に重点を置いた立地戦略をとっていた.その結果,大久保地区の韓国系ビジネスは,従来の同胞顧客に向けた財やサービスの提供機能に加え,広域なホスト社会の日本人顧客に向けてエスニック財やサービスを提供する娯楽機能を有するようになったといえる.
著者
廣瀬 俊介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2023年日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.139, 2023 (Released:2023-09-28)

造園学は、近代の市民社会における公共空間の創出を契機として創始された。公共空間は、民主主義や社会的に公正な資源配分からもたらされるが、造園学における史的研究の対象となる庭園には、各時代に権力と富を集中的に得た者たちが所有していたり、植民地で教化空間として用いられたりした例が含まれる。そして、造園学領域における既往の研究では、一部を除いて庭園の所有者と非所有者の間の非対称性を批判的に検討した例があまり見られない。ことに、わが国では前近代性を残存させた社会階級構造が成立し、富と権力の集中の結果でもある庭園の評価に基づく景観の価値形成が、社会階級構造の維持ひいては文化的再生産に結びつくことが懸念される。このような問題意識を持って、本研究は、造園学の研究と実践において庭園がどう扱われてきたかに着目し、そのことによる歴史認識が景観の価値形成とどう結びつき、そこにどのような問題が含まれるかについて考察するものである。