著者
福田 亮子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究は人間の持つ感情、情緒を生体信号測定に基づき客観的に評価する手法の提案を目的としている。感情・情緒に関する従来の研究は情報を受容するいわば受動的な状態において行ったものがほとんどであるが、感性を考慮したインターフェイスや環境の設計を行うには、人間がこれらと受動的にも能動的にも関わることから、何らかの行動をしている際、すなわち能動的な状態でどのような感情・情緒が生起するかを把握することも重要である。前年度までのデータをさらに詳細に分析したところ、各種生体信号データのうち精神性発汗量が能動的に作業する際の感情の継時変化をよく反映していることが明らかになった。また実験課題については、比較的単純で練習効果も大きくない電卓を用いた計算作業が行動による感情の変化を観察する上で適しているとの確証が得られた。そこで本年度は、当該課題を遂行する際の行動観察と生体信号計測、ならびに作業前と作業後の主観評価を組み合わせた実験を行った。その結果、印象評価因子には作業前と作業後で共通するものとそうでないものが存在することが示された。前者は対象物の本質的な印象に関わる因子であるのに対し、後者は使用前は見た目をもとにした印象、使用後は課題遂行という行動経験をもとにした印象であり、課題遂行によりその際用いた道具の印象が変化することが明らかになった。このような変化が作業過程のどの部分で生じたかを分析したところ、押すべきボタンが見つからず探しているときなどで精神性発汗量が増加していた上、試行全体においてその変化の頻度が高く変化量も大きい場合は作業後の印象がネガティブなものとなる傾向が認められた。このような手法により感情の変化を引き起こす行動をある程度特定することが可能となったが、その結果は使いやすさを超え利用者の感情に影響を与えるようなインターフェイスや環境の設計に活かすことができるものと考えられる。
著者
大澤 武司
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

初年度となる平成19年度は、大学院における研究を発展させる基礎を構築すべく、研究の基礎史料となる中華人民共和国外後部档案(公文書)の完全なる調査・収集を目指した。この点については、平成19年8月19日から9月8日までの約3週間、中国北京の中国外交部档案館における調を実施し、その目的をほぼ遂げることができた。また、この期間をはさみ、同年8月から10月までの3ケ月間は、北京大学歴史系客員研究員(受入研究者歴史系主任牛大勇教授)としても研究交流活動を行った。なお、本年度は具体的な研究課題として、(1)戦後初期中国の外交を主宰すると共に、中国の対日「戦犯」処理を指揮した周恩来の日本人「戦犯」認識を明らかにする研究、(2)中国残留日本人の残留過程を実証的に解明する研究、(3)中国の対日「戦犯」処理政策の要ともいえる「一個不殺(一人も処刑しない)」方針の確立過程を解明する研究という三つのテーマを掲げ、いずれも成果があった。まず(1)については、「幻の日本人『戦犯』釈放計画と周恩来」において、周恩来が日本人「戦犯」を外交カードとして認識していたことを中国側公文書に依拠して明らかにした。なお、(1)については、中国の対日「戦犯」処理政策をより詳細に扱った「対日戦犯処理政策与周恩来--相関『領導』的実際情況」を平成20年に中国で公共予定である。次に(2)であるが、まず終戦直後の前期集団引揚について「戦後東アジア地域秩序の再編と中国残留日本人の発生」を公表した。これは総司令部主導の中国地域からの日本人の引揚過程を一次史料に依拠して体系的に解明した成果である。また、(2)については、平成20年に「『ヒト』の移動と国家の論理」(東大出版会より出版予定)という後期集団引揚に関する体系的研究成果も公表予定である。最後に(3)についてだが、前掲の中国語論文「対日戦犯処理政策与周恩来--相関『領導』的実際情況」が一部このテーマに関連しており、これは平成20年度中に日本国内でも公表する予定である。
著者
澤 悦男
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.5, pp.1-17, 2001-12-25

この稿は,筆者が2001年1月23日に慶意義塾大学商学会報告会で行ったリポートの内容をまとめたものである。このようなトピックを選んだきっかけは,商学研究科世界銀行プログラムの一環として会計学(Accounting)の授業を担当していたときに,山一証券の倒産劇が起こり,それに関連して当時の日本の企業会計・監査制度を取り巻く環境を"粉飾"することなく留学生に伝えることを試みたことにある。最近の日本における「監査の失敗」と目される事件のいくつかは,山一証券のケースも含めて,1990年代までの日本的会計慣行,日本的監査慣行および日本的裁量行政がその背後要因としてあったことを探るのがこの稿の目的である。一口にいって,数年前まで日本の企業会計および財務諸表監査には次のような特徴が存在したといえる。・商法,証券取引法および法人税法からなる3つの会計法令および関係諸法令は,法人税関係を除き,財務諸表の様式と表示・開示に係る規定は詳細を極めるが,会計処理の基準については大まかでフレキシブルであった。・監査基準および同準則は監査の基本的な考え方を示しているに過ぎず,具体的な監査実務指針(監査基準・手続書)は公表され始めたばかりであり,リスク・アプローチの監査手法は立ち上がりの段階にあった。また,1998年に容認された銀行の保有する株式の評価基準を低価法から原価法に切り替える措置や同年の土地再評価法などに見られるように,政府・行政による企業会計への介入,さらに金融機関等の貸倒引当金設定額や飛ばし行為の幇助的助言などのような業界または企業に対する決算指導が行われていたこも否めない。そして,このような介入や指導を産業界および会計士業界ないし公認会計士がよりどころとする傾向もあった。すなわち,それらを所与の前提として受けとめることにより,独自の判断を回避し,責任を政・官にゆだねることができるからである。最後に,山一証券の監査人に対して破産管財人により損害賠償要求訴訟が起きているが,法廷の場で当該事件の全容が解明され,問題の本質が明らかになることを期待したい。なお,この報告の後に活発な質疑応答があり,多くの僚友から貴重なコメントを頂いたが,紙幅の都合で割愛することをお許し願いたい。
著者
関場 武 高橋 智 佐々木 孝浩 住吉 朋彦 川上 新一郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

本研究では、中近世期の東アジアに広く行われた辞書および類書につき、その社会的影響の基盤となった出版情況を明らかにすべく、和書班と漢籍班の二班に分かれて、関連する文献の書誌調査と研究を行った。和書班は、関場・川上新一郎(前半2年のみ・斯道文庫・教授)・佐々木の3名、漢籍班は高橋・住吉の2名によって組織した。関場は、『節用集』類の総合的伝本研究を行い、慶應義塾図書館主催の「辞書の世界-江戸・明治期版本を中心に」展を企画・立案し、解題図録を作成した他、特に「早引節用」類の書誌調査を行い論文を執筆した。川上は、版行された近世期歌枕書類の調査研究を行い、辞書的構造を持つ歌枕書とその他の文献との関係を整理し、解題書目「近世版行歌枕書一覧(稿)」を作成した。佐々木は、類書的な性格を有する『新類題和歌集』と『歌合部類』を取り上げ、伝本研究を行って、歌書をめぐる商業出版と社会的需要の関係を考察し、論文を執筆した。高橋は、中国明清時代に於ける音韻学書の書誌的調査を行い、特に慶應義塾大学言語文化研究所所蔵永島文庫と台湾師範大学所蔵趙蔭棠旧蔵書を集中的に調査し、各々の書目や解題を作成した。住吉は、中国元代成立の類書『韻府群玉』の東アジアに於ける普及を主題として研究を進め、東アジアとアメリカでの総合的な伝本研究を行い、その改編・版刻の経過を追跡し、その成果を書目や論文などの形で発表した。以上の成果の一部は、平成13・14年度の単独の研究成果報告書、及び平成15・16年度調整班(B)出版物の研究の成果報告書に発表している。
著者
仲嶋 一範
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

大脳皮質層形成において必須の役割を有することが遺伝子変異マウスの解析等によって明らかであるにも関わらず、その生物学的機能が長年不明であるリーリンの移動神経細胞に対する機能を明らかにすることを目指した。これまでに、発生期大脳皮質に異所的にリーリンを強制発現することによって細胞凝集が誘導されることを見いだしたので、その詳細な解析を引き続き進めた。まず、受容体に結合できないリーリンを点突然変異で作成し、そのin vivoでの異所的強制発現を行ったところ、凝集塊は形成されないことを確認した。すなわち、細胞凝集は確かにリーリンとその受容体の結合を介した現象であることがわかった。次に、異所的凝集塊内において、遅生まれ細胞が早生まれ細胞を乗り越えて凝集塊の中心近くに配置される現象の特異性を検証するため、リーリン及びGFP発現ベクターを胎生14日で導入し、その後胎生16日にRFP発現ベクターとともにDab1のshRNA発現ベクターを導入した。その結果、Dab1がノックダウンされた赤色細胞(遅生まれ細胞)は緑色細胞(早生まれ細胞)による凝集塊の周辺に留まり、中心近くに向かって進入することはできないことがわかった。そこでさらに2種の既知のリーリン受容体(ApoER2及びVLDLR)についても同様の実験を行ったところ、やはり受容体がノックダウンされた遅生まれ細胞は凝集塊の周辺に留まった。以上より、リーリンは特異的なシグナル経路を使って移動神経細胞の凝集及び"inside-out様式"の細胞の配置を引き起こすことがわかった。
著者
藪 友良
出版者
慶應義塾大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

本研究では、マルコフ連鎖・モンテカルロ法(MCMC)を用いることで、高頻度の介入額を推計した上で、介入の為替レートへの効果をHourlyデータを用いて推定する(詳しくは、時間当たり介入額をauxiliary variableとして扱い、MCMC によって未知パラメータと時間当たり介入額の同時分布を求める)。この新アプローチを使って、1991/4/1~2002/12/31における日本の介入効果を推定したところ、1兆円の為替介入は、円ドルレートを1.7%変化させることがわかった。これは、1ドル=100円のとき、1兆円の介入により為替レートを1.7円動かすことを意味する。介入効果は、先行研究に比べて、その効果が倍以上となっていた。日本の通貨当局は2003年初から2004年春にかけて大量の円売りドル買い介入を行った。この時期の介入はJohn TaylorによってGreat interventionと命名されている。本稿では,このGreat interventionが,当時,日本銀行によって実施されていた量的緩和政策とどのように関係していたかを検討した。第1に,円売り介入により市場に供給された円資金のうち60%は日本銀行の金融調節によって直ちにオフセットされたものの残りの40%はオフセットされず,しばらくの間,市場に滞留した。この結果は,それ以前の時期にほぼ100%オフセットされていたという事実と対照的である。第2に,介入と介入以外の財政の支払いを比較すると,介入によって供給された円資金が日銀のオペによってオフセットされる度合いは低かった。この結果は日本銀行が介入とそれ以外の財政の支払いを区別して金融調節を行っていたことを示唆している。
著者
山口 房司
出版者
慶應義塾大学
雑誌
史学 (ISSN:03869334)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.403-429, 1994-08

(一) はじめに(二) シャーマン反トラスト法制定百年目の周辺(三) 「見えざる手」と「目に見える手」(四) 「条理の法則」への道(五) おわりに
著者
山口 房司
出版者
慶應義塾大学
雑誌
史学 (ISSN:03869334)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.1-31, 1990-03

論文(一) はじめに(二) ボイコットの背景と経過(三) アメリカ鉄道組合と総括支配人協会(四) ストライキとデブス差止め命令(五) 連邦軍派遣とイリノイ州知事(六) おわりに
著者
正岡 建洋
出版者
慶應義塾大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

一酸化窒素(NO)は生体内でメディエーターとして様々な作用を持つことが知られており,NO供与体であるsodium nitroprusideの投与で,摂食量が増加する報告や,NO合成酵素(NOS)の阻害薬(L-NAM)の投与により,摂食量,体重が減少する報告から,NOは摂食調節に関与していると考えられるが,その機序の詳細は明らかではない。我々はFunctional dyspepsia(FD)の患者で血漿グレリンが高値であることを報告しているが(Aliment. Pham. Ther.24:104,2006)、神経型NO合成酵素(nNOS)ノックアウトマウスでは著明な胃拡張と胃排出能の低下を呈する(Gastroenterology119:766,2000)ことや、FD患者へのNOドナー投与は胃運動低下を改善させる(Gastroenterology 118:714,2000)ことから、NOがFDの病態形成へ関与している可能性が示唆されている。本研究ではnNOSノックアウトマウス(nNOS<^-/->)を用いて、nNOS由来のNOによるグレリン分泌調節機構について検討した。nNOSノックアウトマウスの解析12週齢のnNOSノックアウトマウス(nNOS<^-/->:n=10)と野生型マウス(WT:n=10)を18時間の禁食後,解剖に供した。血漿中及び胃粘膜中のグレリン量はRadioimmunoassay、胃粘膜中プレプログレリンmRNA発現量は定量的RT-PCR、胃粘膜中グレリン陽性細胞数は免疫組織化学、血漿アディポネクチン、血清インスリン及びレプチンはELISA法で検討した。nNOS<^-/->では、WTと比べて摂食量、血漿中の活性型グレリン及び総グレリン、胃粘膜中の活性型グレリン及び総グレリン、胃粘膜中プレプログレリンmRNA発現量、胃粘膜中グレリン陽性細胞数は有意に増加した。血漿アディポネクチンはWTマウスと比べて有意に減少したが、血清インスリン及びレプチンは有意な変化を認めなかった。以上より、nNOS由来のNOが胃粘膜からのグレリンの産生及び分泌を抑制し、摂食調節に寄与する可能性が示唆された。
著者
大津 由紀雄
出版者
慶應義塾大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1998

統語解析理論は、脳波や脳画像などの資料を解釈するうえで、重要な役割を果たす。今年度の研究では、昨年度の研究成果にもとづき、つぎの隣接結合の原則を心理実験により検証した。[隣接結合の原則]結合は隣接した構成素同士でのものが最適である。日本語の統語解析においてこの原則が重要な役割を果たしているか否かを大津研究室に設置のタキストスコープによって調査した。被験者総数は20名で、画面上に文節ごとに提示された文字列を読み、その意味を理解したごとに反応キーを押すという課題で実験を行った。刺激材料には、隣接結合の原則にしたがう文とそうでない文が混在している。もし被験者が隣接結合の原則を使って解析を行っているのであれば、後者では、隣接結合の原則が貫徹されないことを示す間題の部分が提示された直後の反応時間が田の部分での反応時問に比べ、長くなることが予想される。実験の結果はおおむね、それを支持するものであった。今後はこの結果をもとにより多くの刺激文を作成し、それらを用いてERPや機能MRIを用いた実験を行う予定である。これらの実験では、それぞれのタイプの刺激文に対し、100以上の刺激文(トークン)が必要とされるからである。なお、大津は現在、京都大学病院において、この実験の一部を予備実験の形で実施中である。
著者
森田 正彦
出版者
慶應義塾大学
雑誌
若手研究(A)
巻号頁・発行日
2008

「外殻の形状情報と高精細でフォトリアリスティックなテクスチャ情報、および内部の構造情報を有した小型実物体の3次元コンピュータモデルを短時間に生成可能とする」ことが本研究の目的である。この目的を実現するために、X線CT装置と超広視野顕微鏡などの画像計測装置を利用した装置開発を行った。本研究成果を用いて作成したコンテンツは実際に多数のミュージアムで使用されており、本研究の有効性を示すことにも成功している。
著者
庄司 克宏
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

欧州連合(EU)は国際条約により設立されたが、欧州司法裁判所により実質的憲法化が行われた。それは、加盟国憲法との共存を前提とする「立憲的多元主義」という概念で説明することができる。EUの実質的憲法を成文化する試みであった欧州憲法条約の挫折を踏まえながら、リスボン条約という形で従来の形式が維持されつつも、実質的憲法の強化が行われつつある点の解明を行った。他方、域内市場における自由移動との関係で、法政策面における立憲的多元主義の限界もまた明らかとなった。
著者
樫尾 直樹
出版者
慶應義塾大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

本研究は、現代の宗教性を個々人の宗教意識の中に見、その宗教意識を摘出するために、現代的宗教性を表現する言葉として「スピリチュアリティ」を選択するとともに「スピリチュアリティ」を主題とした映像作品を制作し、視聴者がその映像作品を鑑賞した後、制作者と作品について対話するという実践から生成された言説を解釈、分析するものである。諸作品は、民俗や伝説、人工的生命としてロボットを題材としたドキュメンタリー、様々な素材のコラージュによって映像化した前衛的作品などがあり、それぞれの作品の表現していると考えられる「スピリチュアリティ」の像をめぐって対話が行われた。まず主題に関しては、神霊や無機物のいのちや偶然や縁あるいはトランスが主題とされており、いずれも一言でまとめれば、「超人間的なもので人為によって操作することのできない何ものか」を「スピリチュアリティ」の意味内容として考えられているという点である。対話が実質的に可能だった作品とそうでなかった作品とがあったが、対話が成立したものはいずれも、制作者の意図したところを視聴者が探りあてようとし、それを受けて制作者が説明するという流れで展開された。神霊がスピリチュアリティ言説のひとつの核となっている点は、伝統的であるとされる表象文化を背景としている点では異なっているものの、昨今の「スピリチュアル・ブーム」と称される文化的動向と共通している。無機的ないのちと有機的な人間存在との絆という関係性はそれに対して新しいスピリチュアリティ言説である。しかし、不可視の動態と人間の諸動作に対する反応というコミュニケーション的観点からすれば、人間間あるいは人間とペットなどの生命体との関係性と相似的である。対話はある意味で主題の確認と解釈として成立し、「超人間的なもので人為によって操作することのできない何ものか」という意味での宗教的聖性を現代的素材で反復している。
著者
柚崎 通介 松田 恵子 飯島 崇利
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2008

成熟した個体の脳におけるシナプスの生成・消滅を支える分子機構については未だに不明な点が多い。その原因の一つは、成熟脳におけるシナプス形成や消滅は、数が少なく、かつ時間的に揃っていないことである。私たちはこれまでにδ2グルタミン酸受容体とCbln1分子が、発達時のみでなく成熟脳においてもシナプスの機能的可塑性と新規形成を制御することを見いだし、δ2受容体とCbln1シグナル経路を特異的に活性化ないし不活化する分子ツールの確立に成功した。これらの独自の分子ツールを活用することにより小脳と海馬をモデルとして、成熟脳におけるシナプスの機能的・形態的可塑性の分子機構を明らかにするとともに、これらの過程を外的に制御することを目指している。最近、δ2受容体のN末端部分をδ2受容体欠損動物の小脳に強制的に発現させると、わずか24時間以内に新たなシナプスが形成され、成熟後においても運動失調症状が劇的に改善することを見いだした(J Neurosci,2009)。また、組換えCbln1を小脳に注入すると、プルキンエ細胞樹状突起上の棘突起に特異的に結合すること(Eur J Neurosci,2009)、小脳における運動学習の成立過程を制御できること(投稿準備中)、も分かってきた。面白いことに、いったん成立した運動記憶については、平行線維-プルキンエ細胞シナプスが存在しなくとも、正常に想起でき、かっ消去できた。このように、記憶の各相における可塑性シナプスの移動機構の解明の糸口もつかみつつある。
著者
塩濱 愛子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

前年度、本研究の結果として典型的な欠失領域の両端であるLCR22-2とLCR22-4周辺及び欠失領域から、多型が見込まれる20塩基対程度のマイクロサテライト領域を36箇所抽出し、これらのPCR産物を蛍光標識・多型同定する高速ジェノタイピング解析法を確立した。その結果、多型が認められる24箇所のマーカーを選別した。本年度は、患者由来の培養細胞を用いて本解析法の妥当性を確認した。22q11.2微小欠失が確認されているDGS患者より樹立された細胞株(GMO7939B、GMO5876、GM13325、GM10382A、GMO3479、GMO7215)からゲノムDNAを抽出し、この設計されたプライマー群を用いて微小欠失領域に対するジェノタイピング解析を行った。また、実際に欠失領域を検出する際に問題となるのは、ゲノムDNAの精製法である。現在はFISH法による診断法のため血液採取が必要となるが、本方法では少量のゲノムDNAのみで解析可能である。そこで口腔粘膜からのゲノムDNA採取法を検討し、歯間ブラシで軽く10回こする程度で、本解析に必要とする十分量のDNAを採取できることを確認した。
著者
松岡 克善
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

腸管の慢性炎症性疾患であるクローン病の原因は未だ解明されていない。一方で、好中球NADPH oxidaseの先天性異常のために、好中球殺菌機能が障害される慢性肉芽腫症において、クローン病類似の消化管病変を発症することが知られている。このことは、好中球殺菌能の異常により、クローン病に類似した病態が発症し得ることを示している。そこで、好中球による腸内細菌に対する殺菌能の異常がクローン病の病態形成に関与している可能性を考え、クローン病患者の好中球機能異常を系統的に調べ、クローン病の病態への関与を明らかにすることを目的として下記の検討を行った。クローン病患者の末梢血好中球および腸管粘膜内好中球を用いて1) 細菌刺激によるサイトカイン産生能、2) 細菌貪食能3) 活性酸素産生能4) アポトーシス5) 抗菌ペプチド産生能について検討した。アポトーシス、細菌貪食能、活性酸素産生、抗菌ペプチド産生は健常人の好中球と差を認めなかったが、クローン病患者の好中球からのIL-6・IL-1E産生は有意に低下していた。以上より、クローン病では好中球機能が異常になっている可能性が考えられたが、今後さらにそのメカニズムや、病態への関与を検討する必要がある。
著者
向井 邦晃 三谷 芙美子 西本 紘嗣郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

低分量基底膜蛋白質であるAZ-1は、血管基底膜の構成因子として構造的細胞外マトリックス蛋白質、血管内皮増殖因子、同受容体、インテグリン群との結合能を持つ多価相互作用因子であることが判明した。この相互作用が血管内皮細胞の接着、増殖、管腔形成などを制御することにより、血管内皮増殖因子による細胞の活性化が抑制されて血管内皮の恒常性が維持されうることが示唆された。
著者
小野 修三 永岡 正己 小笠原 慶彰 坂井 達朗 米山 光儀 松田 隆行 永岡 正己 小笠原 慶彰 坂井 達朗 米山 光儀 松田 隆行 長沼 友兄 安形 静男 安東 邦昭
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

石井十次の岡山孤児院は明治20年に、加島敏郎の大阪汎愛扶植会は明治29年にそれぞれ設立され、一時合併話もあったが、競合する児童保護団体だった。この両者の運命を決定的に分けたのは明治43年韓国併合と同時に、加島が朝鮮扶植農園という移民事業に挺身した点である。本研究は事務所日誌の翻刻により、また朝鮮総督府文書の調査により、両者間の比較を行ない、殖民思想の違いの他、セツルメントに着手するなど社会事業としての共通性も明らかにした。
著者
清水 龍瑩
出版者
慶應義塾大学
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.185-224, 1997-08-25

1996年8月から1997年6月までの1年間,為替レートは乱高下した。日本経済は円安時には輸出に支えられ成長した。しかしこの1年間を通して,日本経済は情報化・グローバル化・ボーダレス化で競争が激化し,各企業はコスト削減,品質向上,短納期が求められた。さらに少子化,高齢化,超低金利で消費は低迷し,公共投資も波及効果が少なく,長期低迷,閉塞状態が続いている。一方,本来人間の意識が固定してできる法律とか制度が,外圧によって,人々の意識より早く変わってしまい,多くのトラブルを生ぜしめている。内需拡大,規制緩和,金融ビックバンなどは人々の意識より早く変わっている。それに対応できない人々が野村証券,第一勧銀などのようなトラブルをおこしている。このような構造的大変革を多くの経営者は身をもって認識しはじめ,経営についての考え方,哲学を変え,新しい対処行動をとりはじめた。グローバル化・国際競争激化に対処するため,レジャー製品の大メーカーは,社長自身が雇用を守ることが大前提だと明言して,競争力の弱くなったスキー板から撤退した。国際競争激化に対処するため,自動車電装品大メーカーは,エレクトロニクスからバイオにいたる基盤技術を強化し,自動車関連ハイテク製品で勝負する。ボーダレス化に対処するため,音響中堅メーカーは音響機器は今後必ずしもハイテクでないからとして,製造をやめ企画,販売に集中する。化学企業は規模では国際競争ができないため,通信・電子関係のコアの事業に集中する。ボーダレス化・情報化に対応するため,大手海運会社は,荷主の分散化.Eメールによる情報の共有化をはかる。高齢化に対応して,警備保障会社が予防医療に進出し,少子化にともなう輸送人員数の減少に対処して,私鉄が不動産業に力を入れる。これらは,各企業とも従来の経営の考え方や哲学までも修正する大転換戦略である。すなわち従来のような産業構造上の連鎖の中での固定的な小売の優位,アセンブリの仕入れ優位,下請不利などはなくなり,部品メーカー,メーカー卸,小売が平等で競争・協調しなければならなくなったことを示している。〈製造等関係〉[セコム]34年前にセキュリティを中心に創業し,その周辺に医療,教育,情報等の事業をおこし現在マルティプル産業に成長。次々に事業展開をするために,家庭用セキュリティシステムはレンタルとし,その安定収入をもとにして新投資を行うという原則。復数の事業を束ねるには遠い先に目標を定める。医療は今後治療医学から予防医学へ。[日本金属工業]日本の製造企業に共通している"製造設備の自社開発は強み"という説はあてはまらない。ノウハウを蓄積して三菱重工,日立に注文生産してもらうが第1番目の設備は非常に高価格になる。これを購入する第2,第3番目のメーカーは非常に安い設備を導入できる。台湾,韓国のメーカーはこれを買い汎用品を大量生産し,日本へ輸出してくる。競争激化。[デンソー]日本国内の自動車保有量は限界に達し,これ以上供給量をムリにふやせば輸出ドライヴがかかり,再び円高になる。それに対処するため自動車関連電装品の強化,すなわち環境,安全,エネルギー関連に特に力を入れる。エレクトロニクスからバイオに至るまでの基盤技術の強さが,企業成長の原動力となり,この企業成長の理念こそが構造的な経営問題解決の条件となる。[アイワ]ハイテクはもはやハイプロフィットではない。アセンブリーに近い音響メーカーは繊維産業のように日本からなくなっていく。日本に残っていけるエレクトロニクス産業は技術の蓄積のできる会社,100億の投資のできる大企業だけ。アイワはこれからは,企画と販売だけで食っていく。これが中堅企業の生き残る道。[ヤマハ]NEW YAMAHA PLANで沈滞したムードの意識改革を行った。この前提として雇用を守ることを大前提とした。強みをさらに強化するためにR & Dに集中投資をし,弱いところから撤退する。撤退の意思決定は社長にしかできない。役員は自分の担当に専念しているから,過去と比べて改善されたと思って撤退できない。スキーからの撤退は社長がきめた。[昭和電工]企業倫理を浸透させるために,従業員にフェアについての話を繰り返しする。化学産業は規模において国際競争力がないから,今後のコアとなる通信・電子関係の事業の研究開発に注力する。その事業規模は10億,20億でいい。また少しでもスケールを大きくするため合弁会社をつくる。そのとき出資比率を50 :50にしない。そうすると社内でエネルギーを消費してしまい,経営責任がもてなくなる。〈運輸関係〉[大阪商船三井]産業構造の大変革を一番はじめに経験したのは外航海運であり,その対処策は既に十分にとっている。グローバル化・情報化を積極的に利用して,荷主の海外拠点分散,本社組織・海外子会社とEメールによって情報の共有化を行い,タイムリーに意思決定する。特にアジア全体の輸送量の増大を見込んで戦略をたてる。[小田急]鉄道輸送人員が年700万人ずつ確実に減っている。年10%の減少率であり,大変な問題である。これは人口構成上の問題だからアンコントローラブルである。それなのに混雑緩和のために収入の4割を設備投資しなければならない。対処策として不動産業等に注力している。外国には私鉄という業態はない。〈流通業関係〉[島忠]家具はクレーム産業である。クレームには出来る限りの対応をする。それでいて利益を出す。顧客の千差万別の要求に対処する。クレームをつけた客を満足させリピータにすることが最大の戦略。一旦仕入れた商品は返品しないし,関東一円以外の遠くは取り扱わない。在庫量,販促費がかからない。[国分]流通業は毎日配送搬入して顔を合わせていても,相手の明日の動きがわからない程環境変化が激しい。対処策としてクイックリスポンスをする組織をつくること,さらに,メーカー,問屋,小売がお互いに裸になって自分のやりやすい機能を,相手方の領分まで入って果たしていく,という生販三層のコスト削減等が必要である。〈研究所関係〉[三菱総研]日本ではもう公共投資にはそれ程の波及効果はない。消費刺激がいい。長期的にみれば最も心配なのは高齢化とグローバル化。高齢化に対して日本人は個人で身を守ることができない。自分で稼ぐシステムをつくる。グローバル化の問題は日本人が外国人を使うのが下手だということ。アウンの呼吸で意思疎通ができると思っている。
著者
山本 淳一 小嶋 祥三
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

次の6つのステップからなる療育プログラムを構成し,3歳から7歳の13名の重度自閉症幼児に適用した効果を詳細に分析した.(1)「基本的社会的相互作用」対人刺激の過敏性をとり、遊びを中心にした社会的相互作用を安定させることが、支援プログラムの初期段階においては最も重要であった。(2)「共同注意」応答型共同注意は、指さしから視線に手がかりを移行させることで、全ての子どもで成立した。始発型共同注意は,相手がその刺激を見ることができない場面設定をし、参加児の興味を引く刺激を用いることで促進された.(3)「模倣」以下の摸倣を系統的に評価し、運動、知覚、自己他者認知の障害のあり方を分析した。粗大・微細,動作・音声,対称・非対称,他者方向・自己方向。(4)「音声言語理解」聞き取り理解の学習と前頭葉の活動との相関関係が見られた。(5)「言語表出(哺語,単音,単語,文)」視覚的枠組み使って,文法にあった文を成立させていく指導ステップを構築した。(6)「機能的言語」叙述言語に関して、自分の経験した事象を報告する指導によって、獲得と般化がなされた。子どもの注意を十分引く必要があり試行回数が学習効果を決定する課題は「離散試行型指導法」を用い,社会的相互作用を目的とした課題と般化促進のために「ピボタル行動指導法」を用いた.基本的には週1回、大学での子どもへの指導,親面接,家庭でのかかわり方と指導のアドバイスを実施した.その結果、9名の自閉症児の社会言語領域、認知領域の発達年齢に大きな向上が見られた.また,適応行動尺度では,全員について向上が見られた.このような指導だけでは,音声言語の獲得と拡張、機能化がなされなかった4名の自閉症児については,絵カードの交換によるPECS(Picture Exchange Communication System)を導入し,3名について音声模倣の獲得がなされた.