著者
大向 一輝
出版者
社団法人情報科学技術協会
雑誌
情報の科学と技術 (ISSN:09133801)
巻号頁・発行日
vol.64, no.5, pp.170-174, 2014-05-01

学術情報サービスに求められる多様なニーズに応えるための手段としてウェブAPIは有用である。国立情報学研究所が運営するCiNiiではサービスの機能とウェブAPIの機能との間に質的な差異を設けず,第三者がデータを活用しやすい環境を構築している。本稿ではCiNiiにおけるウェブAPIの戦略的な位置づけとともにこれを実現するためのシステム設計,実装ならびに運用方針について述べる。また,コンテスト等による利用促進とその成果について報告する。
著者
堀 愛 中村 祥子 外平 友佳理 岩野 俊郎 谷口 初美
出版者
産業医科大学学会
雑誌
産業医科大学雑誌 (ISSN:0387821X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.421-429, 2006-12-01

ヒトと動物の共通感染症は現在200種以上が知られており,動物園従業員(飼育係,獣医師など)にとって重要な産業保健上のリスクの一つである.動物園で感染症の伝播を防ぐためには,従業員,来園者,動物,そして施設(環境)のそれぞれに対する感染症対策が必要となる.本稿では,わが国の動物園感染症対策の先駆けとして某動物園において感染症対策システムを構築した事例を産業保健の観点から報告する.本システムは,1.通常時の感染症予防活動および2.感染症発生時に備えた危機管理体制の2つの要素から成る.また,事業所の実情に合致し地域に根ざした持続的な感染症対策システムとするため,産業医,獣医師,地域感染症対策チームなどの専門家が協働した.
著者
春山 功 吉田 悟 元井 文子 山崎 勉 相原 公久
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. SSE, 交換システム (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.97, no.242, pp.25-30, 1997-08-29

広域保守体制下においては集約による効率化の実現やサービス品質の確保のために, 広域保守拠点からの遠隔監視・制御による保守の体制を確立することが急務となっている. 我々は, サービス回復・立会・機械室管理業務をターゲットとして取り上げ, これら業務を遠隔で実施するための機能を抽出し, 本結果に基づき映像・音声・センサ・データ等のマルチメディア情報を有機的に活用して総合的な監視・制御を実現する広域監視システム(Iwatch)の基本構想の提案をした. 更に, 一部機能を実現したシステムの実運用における評価結果等についても報告する.
著者
菊池 勇夫
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.140, pp.23-41, 2008-03

『松前屏風』は、地元の絵師小玉貞良が蝦夷地の場所を請け負う商人の依頼によって、18世紀半ば頃の松前藩の城下町(福山)の景観を描いたものである。この屏風の読解の1つの試みとして、唯一アイヌの人々が描き込まれている松前来訪の部分に焦点をあててみた。彼等は毎年5月前後に艤装した船で蝦夷地各場所から貢物を持ってきて、沖の口番所近くの浜辺に、円錐状の丸小屋と呼ばれる持ち運び可能な仮設の住まいを作り、そこに滞在した。屏風にはアイヌの乙名(オトナ、村の長)らが松前藩主に謁見するために、藩士(通詞)に案内されて丸小屋から松前城に向かうところが描かれている。近世初期、松前城下はアイヌの人々が蝦夷地から盛んにやってきて交易(=ウイマム)する場であった。1640年代頃より商場知行制が展開してくると、松前の船が蝦夷地に派遣されるようになり、アイヌの城下交易は衰退を余儀なくされた。1669年のシャクシャインの戦い以後、このウイマム交易は松前藩によって御目見儀礼に変質させられ、松前藩の政治的支配の浸透として理解されている。しかし、見方を変えてアイヌ側からこの18世紀の御目見儀礼を捉えるならば、アイヌ側の主体的な意思もまた汲み取ることができるのではないか、というのが本稿の主眼である。18世紀末になると、松前城下からアイヌの丸小屋の風景が消えていく。それはどのように評価すべきことなのか。おそらくはシャクシャインの戦い以後の近世中期的な松前藩とアイヌの関係の終焉を意味していたに違いない。"Matsumae-byobu" is a folding screen depicting a castle town (Fukuyama) in Matsumae-han during mid-eighteenth century. Matsumae painter, Teiryo Kodama drew this screen being asked by Oumi-merchant who was in charge of Ezo trading. In order to understand this screen, I examined the Matsumae arrival section which exclusively depicted Ainu people.Ainu people transported articles of tributes from all parts of Ezochi on a rigged ship every year around May. They built a mobile cone-shaped shack for temporary dwelling and stayed on a beach near the customs office (Okinokuchi-bansho). This shack was a necessity for Ainu people's traveling. On the screen, there is Otona, Ainu's head of village, and others who are guided by Matsumae clansman (translator) to Matsumae castle from their shacks. After entering the castle, they met the lord of Matsumae-han and given products such as rice, liquor and tobacco.During early modern period, Matsumae castle town were often visited by Ainu people from Ezochi for trading called Uimamu. During 1640's trading post fief system (Akinaiba-chikousei) had spread and trading ships from Matsumae were sent to Ezochi. This invited the decline of Ainu trading in the castle town. After the 1669 war of Shakushain, Uimamu trading has been changed into Omemie (Uimamu) audience ritual by Matsumae-han and we understand that this shows political dominance over Ainu. However, when we consider this phenomenon from Ainu's point of view, eighteenth-century Omemie audience ritual may have subjective intention of Ainu people. I will explore this issue in this paper.In the late eighteenth century, Ainu shacks disappear from Matsumae castle town. How do we evaluate this? Probably, this suggests the end of Matsumae-han and Ainu relationships during the eighteenth century.一部非公開情報あり
著者
磯野 春雄 安田 稔 竹森 大祐 金山 秀行 山田 千彦 千葉 和夫
出版者
一般社団法人映像情報メディア学会
雑誌
テレビジョン学会誌 (ISSN:03866831)
巻号頁・発行日
vol.48, no.10, pp.1267-1275, 1994-10-20
被引用文献数
27 1

特別なメガネをかけなくても立体画像を見ることができるレンチキュラー方式による液晶投写型の50インチ8眼式3次元テレビジョン装置について述べる.さらに, 8眼式立体テレビカメラ, レンチキュラースクリーンおよび立体視領域などについても述べる.本装置は, 8台で構成された立体テレビカメラからの映像信号を電子的に画素単位で合成してストライプ状の画像とし, 2台のハイビジョン液晶ビデオプロジェクタを用いてレンチキュラースクリーンに背面投写するものである.この結果, 明るく鮮明な8眼式立体画像をメガネなしで見ることができるようになり, 従来よりも立体画像の観察視域が前後, 左右方向ともに拡がり, 立体画像の見やすさと自然さが大きく向上した.
著者
松沢 寛 北原 洋生
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
衛生動物 (ISSN:04247086)
巻号頁・発行日
vol.17, no.4, pp.232-235, 1966
被引用文献数
3 3

ヒトスジシマカの生態, とくに, その産卵, 発育, 成虫の生存期間等を調査研究し(1965), 次のような成績をえた. 1) 野外から採集した吸血ずみの雌蚊は, 25℃で80%ぐらいまで, 正常に産卵した.これらは, 捕獲後3〜5日間に, 全卵の80%まで産卵した. 2) 1雌成虫あたりの平均産卵数は, 25℃の温度のもとで, 80個内外であつた. 3) 各ステイジの発育所要日数は, 20℃では, 卵8.1日, 幼虫10.2日, さなぎ5.9日計24.3日, 25℃では卵3.8日, 幼虫7.5日, さなぎ2.4日, 計13.7日となり, 30℃では, 卵3.8日, 幼虫5.9日, さなぎ2.3日計12.0日であつた.これらの成績から, 本種の発育零点は, 卵10°〜11℃幼虫9℃, さなぎ11.5°〜13.5℃, 全体を通すと9°〜10℃と推定された. 4) 成虫の25℃における生存日数は, 雌より雄の方が多少短かかつた.水のみを給与した場合は, 概して6〜7日, 砂糖水(20%)を給与した場合は, 21〜26日であつた.しかし, 飼育容器が適当であれば, いつそう生存日数が長びくものと思われる.
著者
尾崎 康
出版者
三田史学会
雑誌
史学 (ISSN:03869334)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.61-88, 1967-11

The Wen-lin-kuan was established on the ping-wu day 丙午 of the second moon in the fourth year of wu-ping 武平 (573), as indicated in the Pel Ch'i shu Hou-chu chi. 北斉書後主記 This may be illustrated as follows. In the autumn of 573 soon after the compilation of a great anthology named Sheng-shou-t'angyu-lan 聖寿堂御覧 was completed, Premier Tsu Ting 祖珽 summoned seventeen literary gentles to the Hsiu-wen-tien to assign them to revise and supplement the anthology. Prior to this revision work, Emperor Hou-chu, who had been reputed extremely imbecile and fond of screen paintings with pictures of the famous old sages and varied stanzas of contemporary light verse, sometimes invited Yen Chih-t'ui 顔之椎 and others to the Court as Kuan-k'o 館客 and enjoyed their company in reciting poems. After Yen joined in the revision, in the second moon of 574 the two circles were combined to form the Wen-lin-kuan, with the participating literary gentles renamed tai-chao 待詔. The Hsiu-wen-tien yu-lan was completed a month after the Wen-lin-kuan was thus set up. Although the anthology is no longer extant, it was composed of 360 scrolls, according to the existing catalogues. It was to be used as one of the sources in the preparation of the T'ai-ping yu-lan 太平御覧 of the Sung Dynasty.松本信廣先生古稀記念
著者
大野 浩之 北口 善明 鈴木 裕信
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
研究報告マルチメディア通信と分散処理(DPS)
巻号頁・発行日
vol.2014, no.4, pp.1-6, 2014-07-17

電子回路を活用したものづくりの愛好者が増加する中,2012 年に登場した手の平サイズでありながら Linux が動く "Raspberry Pi" は,電子工作の世界とインターネットの世界を近づけたが,同時に,単に電子工作を楽しみたいだけであっても作品がネットワークを介した通信を行うのであれば,情報セキュリティに関する知識と運用技術の習得が必須となった.純粋に電子工作を楽しみたいだけの者にとってこれは望んだ結果ではない.そこで著者らは,Raspberry Pi のために Raspberry Pi で作ったセキュリティゲートウェイ装置である "Raspberry Gate" と,情報セキュリティ上の脅威を簡単かつ持続的に低減する手法である "Raspberry Guardian" の二つを提案している.本報では,Raspberry Gate を構成する要素技術について性能評価を行い,Raspberry Pi のために Raspberry Pi で構成した Raspberry Gate が十分な性能を有することを示す.
著者
赤坂 太郎
出版者
文芸春秋
雑誌
文芸春秋
巻号頁・発行日
vol.64, no.11, pp.p162-166, 1986-11
出版者
新潮社
雑誌
新潮45
巻号頁・発行日
vol.32, no.10, pp.118-121, 2013-10
著者
増田 彰則
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.51, no.9, pp.815-820, 2011-09-01
参考文献数
10
被引用文献数
1

不登校を合併した子どもの睡眠について調査したので報告する.対象:当院を受診した患者108名(10〜18歳)のうち,不登校合併例51名,不登校合併のない心身症例57名と健常高校1年生64名である.結果:不登校例では,(1)31%が入眠障害を訴え(健常高校生は3%),24%が中途覚醒(同8%)を訴えた.(2)不眠でつらい思いをしている割合は24%(同8%),朝だるさを訴える割合は61%(同36%),悪夢をみる割合は53%(同36%)であった.(3)テレビを3時間以上みる割合は52%(同13%)で携帯電話,インターネット,ゲームを3時間以上する割合はそれぞれ18%(同11%),18%(同5%),10%(同2%)であった.(4)これら電子機器を1日5時間以上すると答えた患者の62%は不登校を合併していた.考察:不登校合併例の多くに睡眠障害がみられた.特に入眠障害と朝起きられない問題を抱えていた.原因の1つとして子どもの生活が深夜型化していることが挙げられた.
著者
川口 和英
出版者
鎌倉女子大学
雑誌
鎌倉女子大学紀要 (ISSN:09199780)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-11, 2004-03-31
被引用文献数
2

近年、大型の国際イベントについては、地域に対する経済波及効果を事前に計測し、予測データを各種メディアを通じて発表する事例が多くなってきている。2002年6月に開催されたFIFAサッカーワールドカップ (以下、W杯とよぶ) は国際的な大型スポーツイベントでもあり、経済波及効果については、これまでも様々な形での計測値が発表されてきた。これらの経済効果については、発表機関や計算方法についてもまちまちであり、十分な検証が行われないまま、多様な媒体によって公開されているのが実態である。また今回のW杯ほど、多くの機関が独自の計測結果を算出した例は過去に少なく、こうした経済効果に期待度が高まっている一方で、その結果については総じて検証が行われていない。本研究においては大規模な集客機能による地域への波及効果として2002年W杯に着目し、その事例研究を行うとともに、今後のこのような開発がもたらす地域波及効果の測定結果の検証方法につき、考察研究を行うことを目的とする。ここではW杯に関連して試算された様々な研究・調査事例のうち、代表的なものについて経済波及効果の試算結果の分析を行った。ここでは分析上の統一性をはかる意味でも産業連関分析による波及効果測定につき特定して検討した。