著者
石上 文正
出版者
人間環境大学
雑誌
こころとことば (ISSN:13472895)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.1-26, 2009-03-31

「ある程度閉鎖性をもった、人に安らぎを与えてくれる物理的・意味論的空間」を「窪地」と定義し、宮崎駿が製作した8本のアニメ映画にみられる「窪地」の意味を考察し、その結果、つぎの10の意味を析出した。1<子宮>、2<生命(死と再生、治癒・治療)>、3<聖域>、4<シェルター>、5<休息>、6<暖かさ>、7<ふるさと・基地>、8<一体化>、9<自己回帰>、10<秘密>。さらにこれらの意味を考察して、宮崎アニメの「窪地」は、水と樹木と深く関わっていることを明らかにした。「窪地」と水と樹木は、ユング心理学では、母親元型の形態であるとされている。宮崎は、それらのアニメ映画で、直接的には「母」を描いていないが、象徴的に描いていると考えられる。この"矛盾"にこそ、宮崎アニメの本質があるのかもしれない。そして、その「母なる」風景とそこに点在する「窪地」は、私たちの存在とも深く関わっている。
著者
田中 聡子
出版者
龍谷大学
雑誌
龍谷大学社会学部紀要 (ISSN:0919116X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.15-27, 2007

ホームレスや母子世帯,単身高齢者の貧困に加え,近年の雇用形態の変化,ワーキング・プアーの増加などは現代社会の構造的な中からの貧困である。本稿では日本社会の中で起こっている現代的な貧困を考察するために,イギリスの貧困概念の動向を絶対的貧困概念と相対的貧困概念の視点から整理する。また,近年の貧困アプローチの基準は所得だけではないことからより広い概念としての社会的排除概念の整理を行う。現代の深刻な問題は就労しても十分な生活費を得られない働く貧困層や高齢者の年金水準の低さである。こうした現代日本の貧困の再発見について,貧困概念を用いて考察する。
著者
小島 伸之
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.69-86, 2008

特別高等警察の宗教取締を評するに際して、国家権力による「宗教弾圧」という定型句が一般に用いられることが多い。研究者の多くもそれを受け入れているといえよう。しかし、「宗教弾圧」を行った側である特高警察が、なぜ宗教を取締ったのかについて、その論理を内在的且つ実証的に検討した研究はそれほど蓄積されていないのもまた事実である。本稿は、特高警察の宗教取締の論理を内在的に理解するひとつの試みとして、一般に特高警察が弾圧した二大不敬教団事件と位置づけられている「第二次大本事件」と「ひとのみち教団事件」を対比し、「不敬」の背後にある両事件の異質性を明らかにすることを目的としている。具体的には、第二次大本事件とひとのみち教団事件について、先行研究での位置づけを整理した上で、『特高月報』の取締報告を繙き、先行研究が「二大不敬事件」-「国体」に対する「異端」説に対する取締-として説明してきた両教団の取締が、それぞれ反体制的社会運動、呪術迷信的社会運動という異なる理由に基づいて取締を受けたことを明らかにするものである。
著者
清水 美知子
出版者
関西国際大学
雑誌
研究紀要 (ISSN:13455311)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.87-98, 2005-03-31

本稿は,1930年代に東京と横浜でおこなわれた2つの社会調査から,住み込み女中の実態を明らかにしようとする試みである。女中の多くは農村出身の10代後半から20代前半までの未婚女性で,小学校程度の学歴を持つ。就職の経路として最も多いのは親戚や知人の紹介で,民間・公共の紹介所で仕事に就いた者は少ない。職務限定で雇われている者は少数にすぎず,大半は座敷仕事も台所仕事も何でもこなす,いわゆる「一人女中」である。定まった休みのある者は半数以下で,ある場合も不定期である場合が少なくない。女中の属性や就労状況を女工と比較すると,年齢や学歴の構成は変わらないものの,就労条件は大きく異なる。すなわち,月給30円以上の者は女中では1%にも満たないのに対し,女工では半数近くを占め,公休日も女工の場合はすべて月極で定められており,大半は毎週もしくは隔週で休みがある。就労理由についても,女工のほとんどは「家計補助」「自活」など経済的な必要に迫られ働いているのに対し,女中の場合,過半数が「嫁入支度」「行儀見習」などの理由をあげている。「結婚を目標にした結婚準備のための修業」。このような意識が強いからこそ,安い給料で休みがなくても,何とか我慢できるのであろう。日本の家庭女中を考えるさいには,この点を見逃すことができないのである。
著者
櫻庭 京子 今泉 敏 峯松 信明 田山 二朗 堀川 直史
出版者
日本音声言語医学会
雑誌
音声言語医学 (ISSN:00302813)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.14-20, 2009-01-20
参考文献数
13
被引用文献数
3

transsexual voice therapyにおいて,訓練ターゲットとする声の高さを検討するために,男性から女性へ性別の移行を希望する性同一性障害者(MtF: male to female transgender/transsexual)119名と生物学的女性32名の母音発声(/a//i/)と朗読音声に対して,話者の性別を判定させる聴取実験および基本集周波数(F0)の分析を行い,比較検討した.<br>その結果,70%以上女性に聴こえる発話の声の基本周波数(F0)は母音で平均270Hz,朗読で217Hzとなり,生物学的女性の平均値243Hz(母音),217Hz(朗読)に近いものとなった.しかしながら,生物学的女性と同じF0値の範囲にあっても,女性と判定されない声が7割近くあり,声の高さだけが女性の声に聴こえる要因ではないことが示唆された.
著者
櫻庭 京子 今泉 敏 広瀬 啓吉 新美 成二 筧 一彦
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. SP, 音声 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.102, no.749, pp.49-52, 2003-03-20
参考文献数
7
被引用文献数
3

本研究では、男性から女性へ性転換を希望する性同一性障害者(Male to Female transsexuals=MtF)のために音声訓練(ボイス・セラピー)法を確立するために、日本文化圏で女声と判定される基本周波数(F0)の範囲を検討した。その結果80%以上女性と判定されたMtFのF0は180〜214Hzで、平均F0は193Hzとなり、欧米の先行研究より若干値が高くなった。180Hz以下では男声と判定される率が高くなる一方、平均値以上でも「男子の裏声」と判定される場合があり、高さだけでなく声の質も女声と判定されるためには重要であることが示唆された。
著者
石井 由香理
出版者
国際基督教大学
雑誌
ジェンダー&セクシュアリティ (ISSN:18804764)
巻号頁・発行日
no.5, pp.3-22, 2010

This paper considers the transitions in the "Guidelines for the diagnosis and treatmentof GID" , which was created by the Japanese Society of Psychiatry and Neurology. By analyzing the text of the guidelines, we observe that the current concept of gender has become less influential in representing a consistent identity model for society today.This is reflected in the following distinctions in the transitions of the guidelines in which there are five issues to be emphasized: First, gender identity is defined as being of multiple forms. Second, the approach to medical treatment is determined not only by an individual' s gender identity but also by his/ her life, world and value system. These factors explain the need for more diversity in medical treatment. Third, it is supposed that gender identity has coherence. Fourth, since diversity of gender is more emphasized, a patient's decision concerning treatment is more highly regarded than ever. And lastly, due to the extended scope of decision-making, the range of patients' self-responsibility for the risk is extended accordingly. It is evident from these guidelines that the concept of gender that has hitherto disciplined people has become weaker.However, this does not necessarily mean that society has become an ideal world.There are still various problems concerning the issue of transgenderism that must beconsidered.
著者
猪野 毅
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.10, pp.161-185, 2010

小論は、山川九一郎著の『奇門遁甲千金書』という書を解読するために、まずその前提として「奇門遁甲」の基本的な概念や考え方について、まとめようと試みるものである。 『四庫全書総目』子部・術数類の中に収められている奇門遁甲に関係する文献には、『遁甲演義』二巻、『奇門遁甲賦』一巻、『黄帝奇門遁甲図』一巻、『奇門要略』一巻、『太乙遁甲専征賦』一巻、『遁甲吉方直指』一巻、『奇門説要』一巻、『太乙金鏡式経』十巻、『六壬大全』十二巻 。また、『古今図書集成』や『隋書』経籍志にも遁甲の書が見える。 「遁甲」なる言葉は、史書においては『後漢書』方術伝・高獲伝・趙彦伝に初めて見え、また『陳書』『魏書』『北斉書』『南史』などにも「遁甲」の名称が見える。日本でも『日本書紀』推古天皇十年(602)条に「遁甲」が伝来したことが見える。 『遁甲演義』・『奇門遁甲秘笈大全』などにより奇門遁甲の基本概念を考えると、甲を除いた乙・丙・丁を「三奇」とし、戊・己・庚・辰・壬・癸を「六儀」として、八卦の入った洛書九宮の枠に組み合わせ、その他、休、生、傷、杜、景、死、驚、開の「八門」、直符、螣蛇、太陰、六合、勾陳、朱雀、九地、九天の「八神」(あるいは太常を入れて「九神」)、また天蓬星・天任星・天冲星・天輔星・天英星・天芮星・天柱星・天心星・天禽星の「九星」を並べて「遁甲盤」を作り上げ、占う年月日時を六十干支で表し、「天の時」「地の利」「人の和」に基づいて占いを行う。その占い方には、洛書九宮の八枠を円盤に見立てて回転移動させる排宮法と、洛書九宮の数の順序通りに移動させる飛宮法があり、山川九一郎『奇門遁甲千金書』の占い方は排宮法を用いている。 遁甲盤を並べ終えたら、それぞれ九星・八門・八神(または九神)などの表す意味や、相互の影響を考えて、吉凶を判断する。 奇門遁甲は方位学(空間の学、洛書学)であり、干支学(時間の学、暦学)でもあるあるので、奇門遁甲は時間と空間を統合した学問と言える。さらに、空間を洛書に従って九つに分け、時間を六十干支に従って六十に分割し、独自の世界観を構築している。また、九神・九星が天、九宮が地、八門が人という、「天・地・人」をイメージした世界を構成している占術なのである。
著者
石田 沙織
出版者
家族問題研究学会
雑誌
家族研究年報 (ISSN:02897415)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.59-76, 2016

<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;本稿は、腐女子を自認する女性達に見られる、家族に対してなされる腐女子であることの隠蔽ないし表明に関連した彼女達のふるまいに着目し、腐女子達にはどのような規範が重視され、それはまたどのように日常生活に反映されているのかを明らかにすることを目的とする。先行研究においては、女性は子どもの頃から将来的な妻・母役割を意識した家族規範を示されてきており、それに抑圧を感じた者が腐女子となったと指摘されてきた。だがインタビュー調査の結果、今日家族規範は腐女子にとって抑圧的なものでも、妻・母役割と直結したものではないことが明らかにされた。女性達が家族に対し腐女子であることを表明する際には、家族成員同士の情緒的な関係性を重視する家族規範が反映されている一方で、隠蔽しようとする際にも異性愛規範・性規範を前提にした家族規範が影響していることが示された。</p>
著者
川島 ゆり子
出版者
一般社団法人日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.26-37, 2015-08-31

本研究は,生活困窮者自立支援に関わる支援ネットワークのあり方について検討を行う.生活困窮者は単に経済的な困窮にとどまらず,多様な社会的排除の状況にあり,その支援には多様な専門機関がネットワークを構築して関わる必要性が生じる.実証研究では調査対象である精神疾患を持つ母子家庭の生活状況の厳しさが明らかになった.支援の狭間に漏れ落ち,先行きが見えないまま苦しむ姿が浮き彫りになり,多くのケースは就労していないにもかかわらず,生活保護受給にも至っていなかった.複合問題を抱える当事者に対してはネットワークによる一体的な支援が求められるが,検証の結果,生活困窮者支援において二つのネットワーク分節化の課題があることが示された.一つは時間による分節化であり,もう一つは専門分野による分節化である.生活困窮当事者の生活保障を継続的に実現するためには,生活困窮者支援に携わるコミュニティソーシャルワーカーに対してネットワークのコーディネート機能を発揮する権限を制度として確立する必要がある.