著者
竹峰 誠一郎
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究 (ISSN:24340618)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.51-70, 2019-12-05 (Released:2022-10-18)
参考文献数
64

環境社会学の知見を踏まえ,マーシャル諸島民に対する核実験被害の実態にどう迫っていくことができるのだろうか。本稿は「グローバルヒバクシャ」という新たな概念装置を掲げて,米核実験が67回実施されたマーシャル諸島に暮らす民に焦点をあて,住民の証言を引き出していった。そのうえで,飯島伸子が提起した「加害 - 被害構造」という概念を想起し,米公文書を収集した。核開発を主管する米政府機関が,⑴ 核実験にともない放射性物質が周囲に放出される問題性を,実験前から把握していたこと,⑵ 被曝した住民を,データ収集の対象としてのみ扱い,非人間化してきたことが,米公文書から明瞭となった。そうしたなかでも,⑶ 異議申し立てをしたマーシャル諸島の人びとの抵抗が,米政府をも揺り動かしていたこと,⑷ 米政府が核被害を公には認めていない地域でも,「影響がある放射性降下物を受けた」と避難措置を米核実験実施部隊が検討し,健康管理措置の導入なども一時期検討していたことなどが,米公文書上で明るみになった。くわえて,⑸ マーシャル諸島の米核実験は,太平洋の小さな島の話で完結する問題では決してなく,米政府の問題であるとともに,さらに日本社会とも密接な関係にあることが,米公文書から浮かび上がってきた。本稿は,軍事がもたらす地域社会の人びとへの被害に迫っていくうえで,国家権力の動向を見据えて,被害の内実だけではなく,加害の内実に迫っていく重要性を,指摘するものである。
著者
大野 光明
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究 (ISSN:24340618)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.35-50, 2019-12-05 (Released:2022-10-18)
参考文献数
41

沖縄では沖縄戦,米軍占領期,そして日本「復帰」後から現在に至るまで,戦時と平時をわかたず,軍隊による事件・事故,人権侵害,環境破壊が生じてきた。沖縄に対する強権的な政治と基地の新設,軍隊の機能の変容が進む現在にあって,環境社会学の知見による現状への介入は喫緊のものとして期待されているのではないだろうか。だが,環境社会学はこれまで軍事基地問題に正面から向き合ってきたとはいえない。そこで本稿では,沖縄の基地・軍隊をめぐる諸問題を事例として,環境社会学が軍事基地問題をとらえるために必要な基本的視座を提示することを試みる。まず,沖縄の軍事環境問題の歴史をふりかえり,軍事的暴力の特徴が空間的・時間的に広がりをもっていることを確認する。そのうえで,軍事基地をめぐる諸問題をとらえるための概念や認識枠組みを批判的に検討した。すなわち,受益という概念や受苦を強いられる人びとへの受益の還流や配分という枠組み自体が軍事化されていることを考察した。そのうえで,環境社会学が軍事環境問題を対象化するためには,脱軍事化をつくりだしていく批判的な知と枠組みが必要であることを示し,その基本的な視座を整理した。
著者
林 公則
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究 (ISSN:24340618)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.18-34, 2019-12-05 (Released:2022-10-18)
参考文献数
19

本稿では,軍事と財政・金融の密接な関係性を軍事財政論や日本経済論の成果から明らかにしたうえで,日本政府による基地維持財政政策の主要な対象となってきた沖縄で 2015 年に立ち上げられた辺野古基金の意義を考察している。沖縄県内外の多人数の資金的援助(寄付)を通じて辺野古移設反対運動を支えようというのが辺野古基金の取り組みである。税金を資金源とする各種の政府活動は軍事も含め,国家全体の公益のために実施されることになっている。にもかかわらず公共の利益のためとされている活動が軍需産業によって資本の利益に置き換えられていたり,自然環境や生活環境を破壊し各種の被害を出す軍事基地が各種補助金によって非民主主義的な形で維持されたりしてきている。また預貯金を中心とする日本の現在の金融システムも,軍事関連産業の発展のために利用されてきた。資金の出し手(納税者や預貯金者)と資金の受け手(軍需産業や基地受け入れ自治体など)との無関係性が,軍事優先の国家安全保障や辺野古新基地建設を推進することにつながっている。辺野古基金は軍事による国家安全保障政策への,寄付を通じての市民による異議申し立てである。そして,軍事を国家の専管事項にしないための取り組みである。軍事は中央集権的な財政・金融で 進められてきた。一方で,辺野古基金は寄付を含めた金融が市民関与の新たな可能性であることを 示しているし,中央集権的な財政・金融よりも正当性を有する可能性を示している。
著者
熊本 博之
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究 (ISSN:24340618)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.7-17, 2019-12-05 (Released:2022-10-18)
参考文献数
14

本特集は,2018年12月9日に開催された第58回環境社会学会大会シンポジウム「環境社会学からの軍事問題研究への接近」をもとに編まれたものである。特集の総説論文にあたる本稿では,それぞれの論文の概要を紹介したうえで,そこから析出された,環境社会学が軍事環境問題に取り組むにあたって留意すべき課題をまとめた。そしてこれらの課題の背景には国家による軍事の独占があること,それゆえに加害の主体である国家についての論及が不可欠であること,しかしそこには「統治の道具」となってしまう危険性が潜んでいることについて指摘した。そのうえで環境社会学は,「国家の論理」に対抗できるような「環境の論理」を,社会に生きる人びとの視点に立ちながら彫琢していくことで,脱軍事化した社会へと至る道筋を描き出すことができること,それは軍事問題研究への独自の貢献であり,そして環境社会学がもつ可能性を広げるものであることを提起した。
著者
淵田 仁
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

平成24年度の中心課題は、ジャン=ジャック・ルソーにおける哲学的方法論の解明および18世紀フランス啓蒙思想期における経験主義哲学研究であった。まず、『化学教程』においてルソーが着想を得た世界観が後の思想展開にどのように関係しているかを『サヴォワ助任司祭の信仰告白』(『エミール』第四巻所収)を用いて検討した。その結果、『化学教程』で得られたエピステモロジーが『人間不平等起源論』『エミール』といった作品に息づいており、唯物論者ドルバックとの決裂も個人間の問題からというよりも、エピステモロジーの違いに基づいていたということが明らかとなった。コンディヤックやドルバック、ビュフォンらの間で共有されていた啓蒙思想におけるプログレマティークとは別の次元の問いをルソーが提起していたということが明らかとなった。この点に関しては、ブリュッセル自由大学の18世紀研究所が発行している論集『Etudess sur le 18^e siecle』のルソー生誕300周年記念号に論文を掲載した。以上の問題から、ルソーの哲学的方法論について研究をおこなった。諸自然科学や新興の学問を総動員してルソーは自らの哲学・政治思想を構想した。そのとき、ルソーは〈方法論〉に重きをおいて自らの思索を深めていったと考えられる。この問題に関しては、日本でおこなわれたルソー生誕300年記念国際シンポジウムにて発表した。
著者
大段 秀記
出版者
日本雑草学会
雑誌
雑草研究 (ISSN:0372798X)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.159-166, 2022 (Released:2023-02-10)
参考文献数
13

暖地二毛作水田での乾田直播栽培において効果的に雑草防除を行うためには,乾田期間に播種後土壌処理剤と入水前茎葉処理剤の2回処理が必要であるが,より省力的な防除技術の開発が求められている。そこで本研究では,播種後土壌処理剤のプロメトリン・ベンチオカーブ乳剤(以下PB剤)とトリフルラリン乳剤(以下T剤)の混用処理による1回防除体系を検討した。試験は2019年~2021年の3か年実施した。2019年と2021年は適度な降雨があったが,2020年は播種前後が極端に乾燥した年であった。3か年の試験を通して,播種後3日目~10日目にPB剤とT剤を混用処理すると,イネ科雑草及び広葉雑草に対して安定して高い除草効果を得られることが明らかとなった。PB剤は1葉期までのノビエに登録があることから,処理時期を播種後3日目以降とすることで初期発生のイネ科雑草を枯殺するとともに,T剤との混用により土壌処理効果が安定すると考えられた。処理時期が遅いほど高い除草効果が得られ,イネへの顕著な薬害は認められなかったものの,イネの出芽が始まるまでに処理する必要がある。残草が少ない場合には入水前茎葉処理剤の処理を省略でき,省力化が可能である。
著者
川手 督也
出版者
日本農業経営学会
雑誌
農業経営研究 (ISSN:03888541)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.8-18, 2015-04-25 (Released:2017-01-16)
参考文献数
25

This paper considers changes in family relations of full-time farm households and their impacts on farm management and farm life in rural Japan, including the selection of business forms. The basic standpoint used is that of Prof. Izumi Iwamoto. Prof. Iwamoto insisted on the necessity of recognizing that contemporary Japanese farm families are an organization that consists of heterogeneous members with multiple decision-making duties. Each family member should be analyzed from the viewpoint of the roles and function each member plays within the inner structure of family farm management.The main point of change in Japanese family relations after World War II was the disappearance of the patriarchal character. The effect of this change, at first, was on successor patterns after the 1960’s and then on female farmers after the 1990’s. The stem family form has been maintained in spite of big changes in family relations. On the other hand, participation in farm management and clarification of the roles of successors and female farmers has been promoted, with the subsequent development of the independence of successors and female farmers. As a result, such changes have contributed to the promotion of a diversification in farm management, but the selective character has become stronger in terms of the engagement in farming of successors and female farmers. Therefore, it has become more difficult to succeed to a family farm based on a stem family system. Also, declining birthrates and the growing proportion of elderly, and especially the rapid rise of singles throughout the lifespan are now big Japanese social problems. The rise singles is more conspicuous in agriculture and rural communities. It is contributing to an increased difficulty in family formation. Therefore, family farm succession based on a stem family system has begun to be faced with fundamental difficulties. Rural economic and social systems based on a rural family system also has become more difficult to maintain.So it is necessary to try to support making family through support for marriage partner searches. At the same time, it is also necessary to establish regulations and systems for supporting partnerships among not only family members but also family members and others.
著者
内田 龍男
出版者
公益社団法人 応用物理学会
雑誌
応用物理 (ISSN:03698009)
巻号頁・発行日
vol.64, no.5, pp.451-455, 1995-05-10 (Released:2009-02-05)
参考文献数
4

電気的に制御可能な波長可変フィルターについて解説する.このフィルターは,複数枚のECB形ネマティック液晶セル(電界制御複屈折セル)を積層することによって構成されている.このデバイスの特長は,二次元の画像情報を保持したまま,任意の波長成分の光を取り出すことができる点にある.本解説では,このフィルターについて設計条件を明らかにするとともに,その特性について詳細に述べる.
著者
中村 守厳 松尾 勝久 喜久田 翔伍 篠﨑 勝美 轟 圭太 関 直子 楠川 仁悟
出版者
一般社団法人 日本口腔腫瘍学会
雑誌
日本口腔腫瘍学会誌 (ISSN:09155988)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.187-193, 2021 (Released:2021-12-22)
参考文献数
26

肺の癌性リンパ管症は,リンパ管に癌細胞が浸潤して多発性の塞栓をきたした状態で,臨床的に極めて予後不良である。肺の癌性リンパ管症の原発巣は乳癌・胃癌・肺癌が多い。口腔扁平上皮癌の遠隔転移や生命予後には,頸部リンパ節転移の転移個数,節外浸潤,Level Ⅳ・Ⅴへの転移が関与すると報告されている。今回われわれは,舌癌の多発性頸部リンパ節転移治療後に肺の癌性リンパ管症を発症した1例を経験したので,その概要を報告する。症例は72歳,男性。舌扁平上皮癌(T2N0M0)に対して舌部分切除術が施行された後,4か月で多発性の頸部リンパ節転移が発症した。舌扁平上皮癌(rT0N3bM0)の診断にて,全身麻酔下に根治的全頸部郭清術を施行した。病理組織検査では,郭清組織内に47個の転移リンパ節を認め,術後補助療法として同時化学放射線療法を施行した。治療終了後6日目,喀痰増加や呼吸苦の症状を訴えられ,胸部CTにて両側肺野に小葉間隔壁肥厚,胸水と縦隔リンパ節の腫大を認めた。胸水穿刺細胞診と胸部CTの結果より,肺の癌性リンパ管症と診断した。呼吸器症状が生じてから16日後に,呼吸不全の進行にて永眠された。肺の癌性リンパ管症は,リンパ管に癌細胞が浸潤して多発性の塞栓をきたした状態で,臨床的に極めて予後不良である。肺の癌性リンパ管症の原発巣は乳癌・胃癌・肺癌が多い。口腔扁平上皮癌の遠隔転移や生命予後には,頸部リンパ節転移の転移個数,節外浸潤,Level Ⅳ・Ⅴへの転移が関与すると報告されている。今回われわれは,舌癌の多発性頸部リンパ節転移治療後に肺の癌性リンパ管症を発症した1例を経験したので,その概要を報告する。症例は72歳,男性。舌扁平上皮癌(T2N0M0)に対して舌部分切除術が施行された後,4か月で多発性の頸部リンパ節転移が発症した。舌扁平上皮癌(rT0N3bM0)の診断にて,全身麻酔下に根治的全頸部郭清術を施行した。病理組織検査では,郭清組織内に47個の転移リンパ節を認め,術後補助療法として同時化学放射線療法を施行した。治療終了後6日目,喀痰増加や呼吸苦の症状を訴えられ,胸部CTにて両側肺野に小葉間隔壁肥厚,胸水と縦隔リンパ節の腫大を認めた。胸水穿刺細胞診と胸部CTの結果より,肺の癌性リンパ管症と診断した。呼吸器症状が生じてから16日後に,呼吸不全の進行にて永眠された。
著者
倉田 徹 中沼 伸一 林 泰寛 田島 秀浩 高村 博之 太田 哲生
出版者
日本臨床外科学会
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.75, no.10, pp.2839-2843, 2014 (Released:2015-04-30)
参考文献数
21

症例は82歳,女性.非アルコール性脂肪肝炎,糖尿病の加療中に肝S4/8,径5cmの肝腫瘤を指摘された.術前検査ではリンパ節,遠隔転移を認めず,腹腔鏡下に胆嚢摘出術,肝右葉授動の後,小開腹下にS4+前腹側区域の肝切除術を行った.病理結果は中~低分化型肝細胞癌成分と低分化型胆管癌成分が混在する混合型肝癌であり,切除断端は陰性であった.術後第26病日に呼吸苦が出現し,低酸素血症と両肺野の広範なスリガラス陰影の出現を認めた.急性呼吸性窮迫症候群と判断し集学的治療を開始したが,42日後死亡した.死後の肺生検にて胆管癌に類似した腺管構造を有する腫瘍細胞の増殖と繊維化を認め,癌性リンパ管症と診断した.術後早期に癌性リンパ管症を発症した原因として,悪性度の高い胆管癌成分を有していたことに加え高齢や肝切離面積が比較的広範囲となり手術侵襲が増大したことにより腫瘍の形成・転移能が促進された可能性も推測された.
著者
中山 聖 福西 恵太 山下 晋 春日 規克 岡崎女子大学非常勤講師 愛知県立安城東高校 岡崎女子短期大学 岡崎女子大学
雑誌
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学 研究紀要 (ISSN:21882770)
巻号頁・発行日
no.55, pp.83-89, 2022-03-15

本研究では、陸上選手計 2 名に対し自転車エルゴメーターでの負荷漸増法により乳酸性作業閾値(LT)の測定を行った後、算出した LT 値前後の 5 種類の運動強度負荷にて 15 分間の一定強度ペダリング運動を行った。各強度の血中乳酸濃度が定常に達した値により乳酸カ-ブを描き、従来の乳酸カ-ブとの比較を行いLT の意義を検討することを目的とした。 結果として、15 分間ペダリング時の血中乳酸濃度はすべての強度において、従来の方法による血中乳酸濃度より高値を示した。5種類のペダリング強度と血中乳酸濃度との関係を示す乳酸カ-ブにみられるLTは、従来の方法によるLT測定時よりも低強度で観測された。 以上のことから、従来の LT 測定時の血中乳酸濃度はピークを迎える前の乳酸増加時の値であり、有酸素性と無酸素性作業の境界線を決める値としては問題があるため、トレーニングの LT 利用には今後さらなる検討が必要であることが示唆された。