著者
八亀 裕美 佐藤 里美 工藤 真由美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.51-64, 2005-01

東北諸方言のアスペクト・テンスについては,少しずつ体系的な記述が進んできている。しかし,東北諸方言の精密な記述のためには,(1)アスペクト・テンス・ムード体系というムード面もとらえた枠組み,(2)動詞述語だけではなく,形容詞述語・名詞述語まで包括的にとらえる視点,の2点が不可欠であるように思われる。本稿は,宮城県登米郡中田町の方言(以下,中田方言と呼ぶ)について,この2点をふまえた記述を行った。その結果,この方言には次のような特徴があることがわかった。(1)東北諸方言に広く見られるいわゆる「過去の〜ケ」を持たない,(2)すべての述語にパラダイム上一貫して2つの過去形が見られる,(3)その各形式に意味・機能上の一貫性が認められる。特に注目されるのは,「体験的過去」と呼ぶことができる過去形がすべての述語に見られることである。また,中田方言の具体的記述を通して,方言研究における述語の文法的カテゴリーの総合的記述の方法論を提示した。
著者
山口 響史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.4, pp.1-17, 2015-10-01

本稿は,近世のモラウ・テモラウを観察し,(1)迷惑を表す用法と(2)(サ)セテモラウの成立プロセスを明らかにする。形式上(1)には,<マイを後接する単文の例>と<複文の条件節での使用例>の二つが存し,前者は近世前期から見られるが,後者は近世後期からしか見られない。後者の形式面での成立は,テモラウ全体の条件節での使用増加の流れに沿うものである。さらに,(1)の成立は,テモラウ成立当初の「主語が事前に働きかける」用法から「主語の事前の働きかけのない」用法まで表すようになったことの中で説明可能であり,本動詞モラウの「乞う」意味の希薄化の帰結と捉えられる。(2)の成立は,「与え手の動作における他動性」が減じていく前接動詞の取り得る範囲の拡がりの一現象面であり,本動詞モラウにおける対象物の抽象化の帰結と捉えられる。本稿で観察されたテモラウの変化は,使役的な性質から受身的な性質へという方向性を持つものであると指摘する。
著者
崔 建植
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.121-107, 2006-01-01

籍帳における同一家族間の人名には、年長者と年少者との間において、「大-小」「兄-弟」などによる長幼の序列に対応した対比的命名の存することが認められる。本稿は、籍帳でみられるこのような命名法が、資料的性格を異にする記・書紀の人名における命名にはどのような様相で現れるのかを調査し、命名のあり方について検討したものである。記・書紀の命名には籍帳ではほとんどみられない「中」が散見されるが、「中」には序数詞的な序列性があり、同じく序列性をもつ「弟」と呼応している。これに対して、美称性を有する「若」の場合は、「大-(小-)若」という対応において、美称性から序列性へと変容していることが認められる。人名(固有名詞)においては、その名に長幼の序列を含む続柄が存在し、そういった人名特有の環境下にあっては、美称性の形態素が、意義的に対応する形態素と共に序列性として用いられることがあると言える。
著者
坂井 美日
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.32-50, 2015-07-01

本稿では項の位置を対象に,上方語におけるゼロ準体からノ準体への変化を次のように明らかにする。a. 連体形節+「の」は中世末から散見するが,約200年間,「の」の付加率は上昇しない。その間,形状タイプと事柄タイプの様相に有意差はない。b. 形状タイプは,明和-安永期から寛政-文化期の間に,ゼロ準体からノ準体への移行を進展させ,事柄タイプはそれに続いて,文政-天保期から大正期にかけて移行を進展させた。これらの結果から,当初「の」がモノ・ヒト代名詞であったとする説は取り難く,「の」は当初から特定の指示対象を持たない文法要素であったと考えられ,属格句+「の」における「の」を起源とすると考えるべきである。更に,項位置におけるゼロ準体から準体助詞準体への変化の直接要因は,連体形と終止形の同形化であるとは考え難く,他方言の様相も視野に入れると,形状タイプの構造変化を契機とするという仮説が立てられる。
著者
佐藤 貴裕
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.158-144, 2008-01

上田万年・橋本進吉(一九一六)が指摘するように、近世節用集は、慶長期の草書本を介して易林本から派生したが、易林本の欠点も引きついだ。平井版・草書本でも修正がなされなかったわけで、慶長期の節用集編纂の限界を思わせる。しかし、一〇項目にわたる編集上の諸点について寿閑本を検討すると、易林本本文を尊重しつつも、批判的に見つめなおして再整備をほどこすなど、高度な修訂が認められた。こうした改編ができたのは、開版者であり、編者でもあったろう寿閑の学識や出版に関する能力によることが、当時の文献や寿閑の他の出版書から推測・確認された。また、寿閑本から慶長一六年本を派生するにあたっては、複製の印刷技術を大胆に導入したことが知られた。このようなことから寿閑本(および慶長一六年本)は、慶長期を代表する先進的な節用集であると位置づけられ、今後の利用のための検討が期待されるとした。
著者
土岐 留美江
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.16-31, 2005-10

平安時代の和文資料における会話文をもとに終止形終止、連体形終止、ナム・ゾ共起係り結びの三者を比較分析した結果、以下のような連体形終止の特徴が見出された。1.動詞文では感情・思考・知覚動詞が多く、具体性のある現在時の事柄や話者の評価・解説を述べる場合に多い。2.形容詞文では属性的形容詞は見られず、情緒的形容詞に偏る。3.助動詞文では(1)感情・思考(2)過去・完了(3)推量(4)否定(5)断定の順に多い。これらの諸特徴から、連体形終止文の表現性の本質は発話者に情報の絶対的優位性があることを示すものであるという結論に至った。
著者
鹿島 英一
出版者
東北大学
雑誌
東北大学文学部日本語学科論集 (ISSN:09174036)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.13-24, 1993-09-30

昨今、日本語へのカタカナの進出振りは留まるところを知らないかのようである。一方、日本語より一足先に国際化した(シンガポールの)華語にも外来語が氾濫している。中国語の比ではない。無論、既存の漢字を転用するわけである。日華両語ともただ置かれた環境に独自に反応しているだけである。だが、外来語の表記 (処理) 法を見る限り、よく似た現象にいろいろぶつかる。本稿ではこの問題を取り上げ、日本語のカタカナと華語の表音文字の異同に関して二つほど論じた。一つは表音文字表の作成の試みであり、もう一つは表記のゆれ方の相違である。前者はカタカナの用字法との対照を基に、当地の実際の文字資料を使って行なった。また、後者では日本語の音のゆれと華語の文字のゆれが、表記体系の中で似た役割を果たしていることを指摘した。
著者
別所 正博 小林 真輔 越塚 登 坂村 健
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会誌 (ISSN:09135693)
巻号頁・発行日
vol.92, no.4, pp.249-255, 2009-04-01
被引用文献数
10

コンピュータと通信,特にその複合システムの進展に伴い,位置情報を利用したサービス,例えば観光ガイドや歩行者ナビゲーションといったサービスに,いつでもだれでもどこでもリアルタイムにアクセスできるようになってきた.このような位置情報を取得するための技術,すなわち位置認識技術は,ユビキタスコンピューティング環境実現の鍵として特に注目されている.位置認識技術として,屋外では主にGPSがかなり普及してきた.一方で屋内や地下街といった環境ではGPSの利用が難しいため,ユビキタスインフラを活用した方式が注目を集めている.本稿では,このようなユビキタスコンピューティングと位置認識技術の関係を概説する.ここでは,位置認識の要素技術,例えば赤外線や超音波を使った方式や,無線通信技術を活用した幾つかの方式を概説し,更にこれらを組み合わせて用いる複合的位置認識技術についても触れたい.そして,このような技術が可能にする応用を,幾つかの先進的な実例とともに紹介する.
著者
石山 裕慈
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.63-51, 2009-07

従来、字音直読資料は規範性の高い字音注を得られる資料群として重視されてきたが、その一方で漢文訓読資料や仮名交じり文の日本漢字音には見られない特徴がある。すなわち、親鸞自筆『観無量寿経註』においては、同じ文字列を訓読した場合「語頭」として出現すると考えられる箇所で中低型回避や連濁などといった日本語化が発生している例が散見され、直前の文字との間に境界が置かれない場合があったということが読み取れる。このような現象は句の一字目と二字目の間に多く発生しているという特徴もあり、これは漢語全般に二字のものが多いという傾向を反映したものと考えられる。さらに、この傾向は親鸞自筆資料のみならず、同年代の字音直読資料二点においても観察されるのであり、字音直読資料に現れた漢字音とは常に「規範的」と言えるわけではないことが指摘できる。
著者
岡崎 友子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.77-92, 2006-04-01

現代語のソ系(サ系列)の指示詞には対話現場に対象も,先行文脈に先行詞もない用法がある。これらはソ系の曖昧指示表現・否定対極表現であり,ソ系(列)・サ系列がそもそも持っていた中心的な用法であることを,心的領域を用いて指摘した。これについてはまず,現代語の感動詞・曖昧指示表現・否定対極表現は,照応用法と同様に,談話情報領域内の要素を対象とする指示であること,また,古代語(上代・中古)では照応用法・観念用法と連続する,今,現在目に見えない,感覚できない対象の指示であったことを明らかとした。そして,歴史的な変化の中でソ・サ系列は観念用法を失い,曖昧指示表現も次第に衰退していった(感動詞も「ソウ」に偏っていく)。そのため,感動詞・曖昧指示表現・否定対極表現と,照応用法のつながりが感じられにくくなり,例外的・周辺的なものと考えられるようになったことを指摘した。
著者
彦坂 佳宣
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.61-75, 2006-10

準体助詞には,本州ノ,九州ト,土佐・北陸・山陰ガ,新潟県ガン,山形県ナ等がある。地理学的には連体格から発達したノ・ガが新・古の関係,ト・ナは地域性が強くて更に古く,格助詞トとナリに由来すると推定した。文献からは,ノは中央語である近畿で近世初期には発達したとされ,恐らく江戸も同じ。一方,新潟・土佐・九州の近世方言文献によれば,他の形式もこれに遅れない時期に独自に発達したと考えた。その分布要因は,ノ・ガの尊卑表現と連体格/主格の構文分担機能とが関連し,ガは周辺地域で前者が,ノは中央地域で後者が優位の時期に発達し近隣へ伝播したと推測した。発展的用法であるノニ・ノデ・ノダ等の論理的表現は中央語が先かと思われ,地方語との差異も見られる。
著者
森 勇太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.78-92, 2010-04-01

本稿では命令や依頼などの行為指示表現について,尊敬語命令形と受益表現命令形の用法の歴史的関連を調査した。中世末期では,「-ください」などの受益表現命令形は,受益表現の本来的な用法である上位者に対する話し手利益の表現("依頼")を中心として用いるが,近世以降用法を広げる。一方「-なさい」などの尊敬語命令形は,近世までは行為指示表現のすべての用法で用いることができるのに対し,近代以降受益表現命令形の中心的な用法である"依頼"から用いることができなくなる。この歴史的変遷の要因として,近世から近代にかけて,"話し手に対する恩恵があるときは受益表現で標示する"という語用論的制約ができたことを指摘し,話し手に対する利益がある用法から尊敬語命令形が衰退することを述べる。
著者
奥本 素子 岩瀬 峰代
出版者
日本教育工学会
雑誌
日本教育工学会論文誌 (ISSN:13498290)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.205-215, 2012
被引用文献数
2

本研究では,PBLにおける社会的手抜きの有無,社会的手抜きと対立する状態の有無,それぞれの促進要素,阻害要素,各要素間の関連を質的手法によって調査していった.本研究の分析では,PBLにおいて社会的手抜きの発生の有無は個人よりもチームの活動に影響を受けていることが分かった.また単に社会的手抜きをしないだけでなく,学習者が自発的に行動するためには,チーム活動において意思決定に参与し,協力体制を構築した上で,責任を自覚し,具体的な問題発見を行うという過程を辿ることが明らかになった.よって,本研究では,PBLにおける自発的行動とは,チーム活動との相互作用の中で生まれると結論付け,自発的行動を促進するチームデザインを提案した.
著者
鳴海 伸一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.60-45, 2012-01-01

漢語「随分」の受容と変容を例に、どのような過程を経て程度的意味・評価的意味が発生するのかを明らかにし、漢語副詞の意味変化のパターンを示した。「随分」」は、もともと程度的意味を持たなかったのだが、具体的な分量の意味を表す量副詞用法を介して抽象的な程度的意味を表すようになった。さらにその後、程度の高さを表すだけでなく、そのような程度性を有する事態に対する評価的意味を伴うようになった。この「量的意味」・「程度的意味」・「評価的意味」は、程度的意味とその周辺的な意味として、意味的に近接していると同時に、「量的意味」→「程度的意味」→「評価的意味」というように、通時的な変化の道筋でもあり、それは、程度副詞の成立とその程度的意味の変化のパターンと位置付けられることを示した。