著者
橋本 英樹 徳永 睦
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.61-70, 2021-07-08 (Released:2021-07-13)
参考文献数
17

高齢・人口減少社会の持続可能性を議論する際,費用抑制の議論が優先される中,公的皆保険制度の最大の目的である家計破綻の回避と,負担公平性をいかに図るかについての議論を科学的に行う必要が強まっている。しかし近年の状況に関するエビデンスが不足している。本稿では先行研究などに倣い全国消費実態調査2014個票データを用いて,公的医療保険と介護保険の自己負担,より広い保健医療消費支出による家計破綻的影響(catastrophic payment)の状況と,医療費・介護費の負担が世帯の貢献能力を鑑みて公平性が担保されているかどうかを検証することを目的とした。その結果,狭義の医療保険の自己負担が及ぼす家計破綻的影響は限定的ではあるが,より広い保健医療消費支出や介護自己負担を含めた場合,特に支払能力の低い高齢者・要介護世帯では家計破綻的支払は17%程度の世帯に見られることを確認した。また公的医療保険・介護保険の負担公平性は直接税による貢献の累進性が近年回復したことを受けて,公平性は比較的担保されていることを確認した。しかし,自己負担・社会保険料負担の逆進性が強まっている可能性が示唆されたことから,今後高齢世帯などでの自己負担率引き上げや,コロナ禍における消費低迷による間接税貢献の逆進性の増加が及ぼす影響を慎重に考慮する必要があると思われた。
著者
小島 泰雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.86, 2018 (Released:2018-12-01)

1.中国の辛い地域 四川料理が辛いことを説明するのは、夏が暑いことを論じるようなある種の徒労を感じる作業である。「麻辣」が正しい辛さの表現である、四川料理にも辛くない料理がある、湖南人の方が「怕不辣」であるといったことも、耳を傾けるべき指摘であるが、ここでは中国のどこが辛い料理を好むのかについてなされた興味深い報告を紹介したい。藍勇(2001)は、シリーズとして刊行された中国12省市の料理書の調味記載を定量的に分析(「辣度」)し、辛さの地域分化を提示している(下表)。この表は、中国食文化の多様な地域的展開において、一つの特色ある地域文化として四川料理を捉えるべきことを示唆している。2.とうがらしの伝播 辛い四川料理はそれほど長い歴史をもつものではない。その辛さにはとうがらしが主たる貢献をなしていることから、新大陸原産のそれが四川に到達して以降であることは容易に思い至るだろう。 この方面の研究も近年、詳細さを深めている。丁暁蕾・胡乂尹(2015)は、明清期の地方誌に記載されたとうがらし関連の記載を全国にわたって丹念にたどり、とうがらしの中国国内での伝播を復原している。初期のとうがらしの呼称である「番椒」は、明朝末期から18世紀までは主に東南沿海地区と黄河中下流という離れた2つの地域で確認され、19世紀前半に東南沿海から北上および内陸に展開している。四川の方志にとうがらしの記載が見られるのは、19世紀になってからとする。方志が数十年間隔で編纂されたことを加味するならば、四川でのとうがらしの普及が18世紀に遡る可能性はあるが、それにしても清朝中期のことである。 新大陸原産の作物が、現代中国の農業と食において欠くべからざる存在となっていることは、とうもろこしやさつまいも、じゃがいもといった主食となる作物、あるいはトマト、なす、かぼちゃといった野菜の名を挙げるだけで十分に理解されよう。これらの入っていない中国料理はなんとみすぼらしいことだろうか。こうした新大陸原産作物の伝播は、時間と空間において決して単純なものではなく、繰り返し様々なルートでもたらされたものとされる(李昕昇・王思明2016)。3.自然地理と歴史地理 熱帯で栽培される胡椒と異なり、とうがらしは温帯でも栽培できる香辛料であり、新大陸から運び出された種子は持ち込まれた世界各地に定着していった。食文化の地域性は、その素材となる動植物の分布・農牧業を媒介項として、気候や地形といった自然地理と結びつけられて解釈されることが一般的である。中国は季節風により夏季温暖多雨であり、とうがらしは農耕地域であればほとんどの地域で栽培しうる。したがって中国における辛さを好む地域性は異なる理路で説明されることが求められることとなる。 とうがらしは、寒冷や湿潤に伴う身体的反応と結びつけられてきたが、類似の気候条件で辛さを好まない地域を容易に提示できることから明らかなように、環境決定論的な単純な推論は説得力を持ち得ない。そこで考慮すべきなのが、社会経済的な、あるいは文化的な、言い換えれば歴史地理的な推論である。 現在、中国では各地で四川料理が食べられているが、共通するのがその庶民性である。とうがらしの入った料理は素材の善し悪しをそれほど問わない。とうがらしが定着していった清朝中期、四川はまさにフロンティアであった。多くの移民を受け入れ、人口過剰な情況になった四川には普遍的な貧しさがあり、「開胃」(食欲増進)に顕著な効果のある(山本紀夫2016)とうがらしは、地域住民に歓迎されたと考えられる。 ただし前近代の農村の不安定性は、四川に特権的な貧しさを認めないであろう。そこで食文化の連続性が浮かび上がる。中国在来の香辛料である花椒が陝西から四川にかけて多く使われていたとする指摘は、さらに深く考究してゆくに値するであろう。 モンスーンアジアに視野を拡げると、胡椒産地であるインドが熱烈なとうがらし受容地域であるのに対して、食文化に関して多様な地域性をもつ中国がとうがらしの受容において選択的であることは、まさに食文化の連続性を物語る対照性と言えるのではないであろうか。
著者
佐藤(大久保) 梢 高野 愛 高娃 安藤 秀二 川端 寛樹
出版者
日本衛生動物学会
雑誌
衛生動物 (ISSN:04247086)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.3-14, 2019-03-25 (Released:2019-04-18)
参考文献数
130
被引用文献数
6 7

Tick and mites have many endogenous microorganisms, some of which are pathogen. Recently, emerging and re-emerging infectious diseases have been reported in Japan, and prevention and control of the disease have been taken. In this session, we would like to introduce the outline of tick-borne infectious diseases reported in Japan from the viewpoint of medical entomology.
著者
黒木 尚長
出版者
総合危機管理学会
雑誌
総合危機管理 (ISSN:24328731)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.84-90, 2019-03-11 (Released:2019-12-10)

入浴中の急死は高齢者で大変多く、依然として、ヒートショックが原因であると思い込まれている。今回、入浴中の事故の原因を知るべく、大阪市消防局、大阪府監察医事務所、大阪市福祉局介護保険課の協力により、データを入手し疫学調査を行った。また、高齢者3,000名を対象に入浴に関するWebアンケート調査を行った。2011~15 年でCPA 以外の救急搬送例は188 例で、溺水に至らなかった熱中症48 名、溺水140 名であった。一方、浴槽内死亡は2,063 名であった。介護保険施設等での入浴中死亡は、介助付入浴で10 名(浴槽内5名、浴槽外5名)でいずれも死因が確実な内因性急死であった。通常の入浴では8 名が浴槽内で1 人入浴中に死亡発見された。病死の否定はできないが、熱中症による急死としても矛盾はなかった。ヒートショックのように入浴直後に急死した症例はゼロであった。アンケート調査では、11%が入浴中や入浴後の異変・事故を経験し、うち84%が熱中症の症状、ヒートショックととらえられる症状は高々7%であった。42℃以上の湯での30 分以上の全身浴では体温が3℃上昇する。そのため、誰もがⅢ度(重症)熱中症になり意識障害を生じる。その後も体温上昇が続くと、細胞崩壊による高カリウム血症により心室細動が生じ急死する。このメカニズムにより、浴槽内での急死のほとんどは熱中症で説明できる。また、高齢者の入浴事故の多くは熱中症で事故経験者は湯温を下げ、入浴時間も短くする人も少なくない。高齢者の入浴中の事故の大半は熱中症で説明できる。
著者
樽矢 裕子 濱本 洋子 佐藤 鈴子
出版者
一般社団法人 日本看護研究学会
雑誌
日本看護研究学会雑誌 (ISSN:21883599)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.4_25-4_35, 2015-09-30 (Released:2016-02-28)
参考文献数
30

本研究は,高齢患者の退院前カンファレンスの場で訪問看護師が実践しているケアの継続に向けたアセスメントのプロセスを明らかにすることを目的とした。訪問看護師12名に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッドセオリーアプローチを用いて分析した。その結果,訪問看護師は,《患者・家族が望む生活にあわせたケアにする》《ケアを患者・家族自身のことと思えるようにする》《ケアの負担に配慮する》ことを通して,訪問看護師が【患者・家族に受け入れられる関係をつく(る)】っていた。さらに,在宅療養開始後の《トラブルを予測する》《トラブルに備える》アセスメントをし,【患者・家族に受け入れられる関係を維持できるように備え(る)】,在宅ケアにかかわる【専門職間の協力関係をつくる】 ことによってケアの継続をしようと考えていた。このアセスメントのプロセスは,患者・家族の在宅療養に対する不安の軽減に有用と考えられた。

7 0 0 0 OA 半側空間無視

著者
前田 真治
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.214-223, 2008-06-30 (Released:2009-07-01)
参考文献数
36
被引用文献数
1

半側空間無視は,右半球損傷に伴いやすく,損傷大脳半球と反対側の刺激を無視する症状である。臨床症状の特徴は,顔や視線が健側を向いている,患側にいる人に気づかない,患側の食事の食べ残しで気づくことが多い。また読字・書字障害や談話障害などもみられる。半側空間無視の検査にはBehavioural Inattention Test やCatherine Bergego Scale などがある。発現機序には,注意障害説,方向性運動低下説,表象障害説などがある。また左視野の刺激もプライミング刺激が認められ,ある程度まで脳内で処理されている。責任病巣は,中大脳動脈,後大脳動脈,前大脳動脈領域,視床などがある。リハビリテーションは,左側へ注意をうながす訓練や代償を用いた訓練などが報告されている。その要点は,左側にとらわれずに感情的交流を工夫すること,刺激方法に工夫を入れること,意欲を高めることなどである。これらの注意点を理解した上で,リハビリテーションチームで適切に対応すべきである。
著者
飯島 健太郎
出版者
日本芝草学会
雑誌
芝草研究 (ISSN:02858800)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.1-8, 2013-10-31 (Released:2021-04-22)
参考文献数
47
被引用文献数
3
著者
島津 章
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.105, no.4, pp.683-689, 2016-04-10 (Released:2017-04-10)
参考文献数
10
被引用文献数
1

重症低血糖による意識障害は,救急搬送患者の約1%に認められ,インスリンや経口糖尿病薬治療中の糖尿病患者に多いが,重症疾患を伴う非糖尿病患者にもみられる.低血糖を頻回に起こす患者では,自律神経の機能的障害によりインスリン拮抗ホルモン反応の低下と無自覚低血糖が引き起こされて低血糖の悪循環となる.糖尿病患者では低血糖に対する予防と対策を講じて慎重に血糖コントロールすることが重要である.
著者
濱野 聖菜 杉田 達哉 川戸 仁 戸石 悟司 清水 久美子 小幡 新太郎
出版者
一般社団法人 日本周産期・新生児医学会
雑誌
日本周産期・新生児医学会雑誌 (ISSN:1348964X)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.64-70, 2020 (Released:2020-05-13)
参考文献数
14

目的:不妊症に悩む夫婦は増加し,本邦におけるAssisted Reproductive Technology(以下ART)後妊娠の割合は増加している.当院の分娩症例を通じて,高次施設における不妊治療後妊娠の周産期合併症を検討する. 方法:当院における2015〜18年の全分娩2, 242例を,自然妊娠群,一般治療後妊娠群,ART後妊娠群に3群化し,13項目の周産期合併症を検討した.χ2検定または一元配置分散分析を用いた二変量解析の後,調整因子を補正し多重ロジスティック回帰分析を行った. 結果:多変量解析では,胎盤位置異常が一般治療後妊娠群およびART後妊娠群で自然妊娠群より有意に高率であり,分娩時大量出血とApgarスコア1分値7点未満がART後妊娠群で自然妊娠群より有意に高率であった. 結論:今後は合併症を意識した周産期管理が重要であり,多施設で症例数を増やした検討も期待される.
著者
久島 桃代
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.92, no.4, pp.224-240, 2019 (Released:2022-09-28)
参考文献数
29
被引用文献数
7

本稿では,女性に再生産役割を期待しがちな農山村において女性移住者たちが抱えている戸惑いと,地域に関わりたい,村で暮らし続けたいという意思や実践が生み出されていく過程を考察した.本稿が対象とする福島県昭和村では,「からむし」と呼ばれる植物を素材とする織物作りが行われ,「織姫」と呼ばれる女性移住者たちが技術を学んでいる.「織姫には嫁として村に残って欲しい」という村民たちの期待は小さくなく,それが独身の織姫の疎外感に結び付くことがある.また,経済的に不安定であることが,彼女たちの「刹那的な場所感覚」を形成していた.しかし織姫は,栽培農家とからむしを育てることを通じて,そこに埋め込まれた地域の記憶や,栽培農家に対する理解を深めていった.村の文化を次世代に伝えたい,村で暮らし続けたいという織姫の生き方は,性別役割とは別の形で地域に関わるものであり,彼女たちが去った後も村に影響を及ぼしている.
著者
熊谷 岳文 楢原 菜穂子 佐藤 英治 木平 孝高 藤村 よしの 小嶋 英二朗 小川 祥二郎 伊達 有子 鶴田 泰人 吉富 博則 井上 裕文
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
YAKUGAKU ZASSHI (ISSN:00316903)
巻号頁・発行日
vol.141, no.4, pp.599-610, 2021-04-01 (Released:2021-04-01)
参考文献数
14

Elneopa NF No. 1 and No. 2 infusions are total parenteral nutrition solutions packaged in four-chambered infusion bags. They have been used as home parenteral nutrition, with various drugs injected into the infusion bags, for treating patient symptoms. In this study, we investigated the stability of six drugs, including famotidine, scopolamine butylbromide, furosemide, bromhexine hydrochloride, betamethasone sodium phosphate, and metoclopramide hydrochloride in the infusion bags under dark conditions at 4℃ for 7 days. Additionally, we developed a high-performance liquid chromatography method to determine drug concentrations in the infusions. The concentrations of injected famotidine, scopolamine butylbromide, and betamethasone sodium phosphate remained unchanged when the four chambers of Elneopa NF No. 1 and No. 2 were opened and the infusions were mixed. Their respective concentrations in the upper and lower chambers also remained unchanged. The concentration of furosemide in the upper chamber of the No. 1 infusion bag decreased after 5 days, although no change was observed in the other chambers and the mixed infusions with the four chambers opened. The concentration of bromhexine hydrochloride slightly decreased in the upper chambers (approximately 3%) after the co-infusion but decreased significantly in the other chambers and the mixed infusions with the four chambers opened. The concentration of metoclopramide hydrochloride significantly decreased in the upper chambers after the co-infusion; however, no change in concentration was observed in the other chambers and the mixed infusion with the four chambers opened. The results of this study provide useful information on home-based parenteral nutrition.
著者
鈴木 圭輔 春山 康夫
出版者
日本健康教育学会
雑誌
日本健康教育学会誌 (ISSN:13402560)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.14-20, 2023-02-28 (Released:2023-03-12)
参考文献数
27

近年,国内外では慢性疼痛および付随する原因不明の様々な症状は,中枢神経感作(以下,CS, central sensitization)に関する多くの研究が注目されている.CSとは身体から脊髄,脳幹部,視床,大脳(一次体性感覚野)に至る痛みの伝達経路の異常により,通常では痛くないはずの軽い刺激が疼痛として認識され,とても痛く感じたり,痛みが広がって感じたりする状態である.中枢神経感作に関連した痛みは,明るい光,触覚,騒音や温度(低・高い)に過敏性を示し,疲労,睡眠障害や集中力低下などを伴うことも少なくない.中枢神経感作には線維筋痛症,慢性疲労症候群,過敏性腸症候群,顎関節症のほか,レストレスレッグス症候群や頭痛などの疾患が関係している.一方,わが国においてはCSに関する知識はまだ普及されていないのは現状である.本稿では,1)慢性疼痛患者および神経疾患であるレストレスレッグス症候群や片頭痛とCSの関わりについて解説する.2)一般住民を対象にした疫学研究結果をもとにCSの保有率および影響因子を報告することを目的とする.