著者
相澤 俊 安藤 寿浩
出版者
The Crystallographic Society of Japan
雑誌
日本結晶学会誌 (ISSN:03694585)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.160-166, 1996-04-30 (Released:2010-09-30)
参考文献数
16
被引用文献数
1

Surface vibration of CVD-grown diamond surface is measured by HR-EELS. Hydrogen is adsorbed on the sp3-hybridized carbon. On the (001) 2×1 surface, one C-H stretching vibration appears consistently with the dieter-chain model. On the (111) 1×1 surface, two C-H stretching modes appear, which suggests methyl termination model. But the phonon dispersion in the low energy region is well explained by the monohydride termination model. Uniformity of the surface should be checked to discuss this inconsistency. Hydrogen exchange with the gas-phase and the hydrogen desorption/adsorption processes are also investigated.
著者
北山 育子 真野 由紀子 中野 つえ子 安田 智子 今井 美和子 澤田 千晴 下山 春香 鎌倉 ミチ子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.20, pp.162, 2008

<BR> 【目的】<BR> 前報では地域性のある米の伝統料理が以前ほど家庭や地域に伝わっていないことを報告した。その伝統料理の伝承をたやさないために、今回は津軽地域と南部地域に伝わる米料理の調理方法や伝承の仕方などを調査した。<BR> 【方法】<BR> 平成18年12月~平成19年1月に青森県在住の調理担当者399人(40~50才代が79.7%)を対象に選択肢法と自記式でアンケート調査を行った。その中から家庭や地域に伝わる米料理についてまとめた。<BR> 【結果】<BR> 津軽地域は津軽平野を有した米作地帯であり、豊富にとれるうるち米のほかに、もち米や米粉を使用した米料理が作られていた。一例としてはうるち米ともち米を使い、たっぷりの砂糖を入れた太巻き寿司、米粉と砂糖を練ってかまぼこ形にしたお菓子のうんぺいなどがあった。干し餅は寒さの厳しい冬に寒気を利用して切り餅を乾かして作られるこの地方独特のものである。また、沿岸地方ではコンブの若芽で包んだ若生(わかおい)おにぎりなどがあった。南部地域はヤマセのために稲作に厳しい土地柄で、昭和の中頃までは雑穀や粉食が多かった。そのため、米の不足を補うためにかぼちゃを加えて食されていたかぼちゃ粥が今も作られていた。また、ウニやアワビを使った炊き込みご飯や茹でた長芋とごはんを混ぜた味噌餅などがあった。カワラケツメイ(マメ科の一年草)を乾燥して作るお茶を使った茶粥は上北郡野辺地町独特の料理である。米料理の多くは母親、祖母、義母(姑)から教わっており、家庭における世代間で伝承されていた。その他に地元や近所の人など、地域の交流が伝統料理の伝承の場として大切になってきている。
著者
篠崎 榮 シノザキ サカエ Shinozaki Sakae
出版者
熊本大学
雑誌
熊本大学教養部紀要 (ISSN:03867188)
巻号頁・発行日
vol.20(人文・社会科学編), pp.113-124, 1985-01-31

この小論の目標は、その関連を可能な限り解き明かすところに設定されている。そのことを通して、我々にとって正義の理念の探求と、幸福な生を生きたいという欲求との調和は、どのようにすれば達成可能なのかということを考察してみたい。人生が全くの不条理であるとの立場に立たない限り、この正義と幸福の調和は探求するに値する課題であるのだから。
著者
福田 秀樹
出版者
医学書院
雑誌
神経研究の進歩 (ISSN:00018724)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.462-470, 1996-06-10

はじめに 突然,視野の中にものが現れたり,注意を引くものがあると,その方向へすばやく目が動く。このような目の動きはサッケード(saccade)と呼ばれ,その発現には前頭前野,前頭眼野,補足眼野,頭頂連合野などの大脳皮質,大脳基底核,中脳,脳幹,小脳など脳の多くの領域が関与している(Goldbergetal,1991)。臨床神経学では,これらの領域に器質的,機能的障害があるとサッケードに異常が生じるために,サッケードは神経疾患の病態生理解明の一つの重要な指標とされてきた(Fletcher,Sharpe,1986;Hikosakaetal,1993;1995;Laskeretal,1987;Zeeetal,1976)。 しかしながら,パーキンソン病やアルツハイマー病のコントロールとなる正常な高齢者のサッケードの特徴を調べた研究では,サッケード潜時が遅れる点で一致した結果が得られているが,振幅と最大角速度については一貫しなかった(Abeletal,1983;Carteret al,1983;馬嶋ら,1981;Moschneretal,1994;Sharpe,Zackon,1987;Spooneretal,1980;蕨ら,1984;Wilsonetal,1993)。
著者
三上 章允 西村 剛 三輪 隆子 松井 三枝 田中 正之 友永 雅己 松沢 哲郎 鈴木 樹里 加藤 朗野 松林 清明 後藤 俊二 橋本 ちひろ
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2006 (Released:2007-02-14)

大人のチンパンジーの脳容量はヒトの3分の1に達しないが、300万年前の人類とほぼ同じサイズである。また、脳形態とその基本構造もチンパンジーとヒトで良く似ている。そこでチンパンジー脳の発達変化をMRI計測し検討した。[方法] 霊長類研究所において2000年に出生したアユム、クレオ、パルの3頭と2003年に出生したピコ、計4頭のチンパンジーを用いた。測定装置はGE製 Profile 0.2Tを用い、3Dグラディエントエコー法で計測した。データ解析にはDr_View(旭化成情報システム製)を用いた。[結果] (1)脳容量の増加は生後1年以内に急速に進行し、その後増加のスピードは鈍化した。(2)大脳を前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けて容量変化を見ると前頭葉の増加が最も著明であった。(3)MRIで高輝度の領域の大脳全体に占める比率は年齢とともにゆっくりと増加した。[考察] チンパンジーとヒトの大人の脳容量の差を用いてチンパンジーのデータを補正して比較すると、5歳までのチンパンジーの脳容量の増加曲線、高輝度領域に相当すると考えられる白質の増加曲線は、ヒトと良く似ていた。今回の計測結果はチンパンジーの大脳における髄鞘形成がゆっくりと進行することを示しており、大脳のゆっくりとした発達はチンパンジーの高次脳機能の発達に対応するものと考えられる。
著者
中江 陽一郎 後藤 昇 奈良 隆寛
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.21, no.5, pp.434-439, 1989-09-01 (Released:2011-08-10)
参考文献数
9

週齢の異なるヒト胎児脳の各構造別の体積値を求め, その発達の様相について検討した.対象は胎週齢16~27のヒト胎児脳5例, および成人脳2例である.各例毎に連続水平断切片を作成し, 画像解析装置を用いて大脳の各構造の面積を測定し, 体積を算出した.大脳の中では間脳が最も早い時期に体積の増加を示し, 大脳髄質, 大脳基底核がこれに続き, 大脳皮質の発達が最も遅かった.連続切片を作成し, 画像解析装置を用いて脳の体積を算出する方法は, 数値の正確性などの面ですぐれているだけでなく, 発達を数量的に評価する点で客観性があり, また, 得られたデータは今後の細胞レベルでの研究の基礎となるものである.
著者
YEDEMSKY D.
雑誌
Adv. Space Res.
巻号頁・発行日
vol.12, pp.251-254, 1992
被引用文献数
1 27

1 0 0 0 OA 撰要類集

出版者
巻号頁・発行日
vol.[17] 旧政府撰要集抜萃 地所、橋梁 一,
著者
OGAWA Toshio TANAKA Yoshikazu MIURA Teruo YASUHARA Michihiro
出版者
地球電磁気・地球惑星圏学会
雑誌
Journal of geomagnetism and geoelectricity (ISSN:00221392)
巻号頁・発行日
vol.18, no.4, pp.443-454, 1966
被引用文献数
69

A simple observing system for the measurements of vertical electric field component of natural ELF and VLF electromagnetic noises by using ball antennas is described. With this system it is possible to measure long traveled natural ELF noises discriminated from natural local noises due to such as atmospheric electric space-charge fluctuations. Some of the typical recorded noises are shown. Observed ELF noises are divided into three characteristic types; &ldquo;ELF flash&rdquo;, &ldquo;ELF burst&rdquo; (N-and Q-types), and &ldquo;ELF continuous&rdquo;. ELF flashes originate from the lightning discharges in the area within about 1, 000km from the observing station. Occurrences of ELF bursts are more frequent in the daytime than in the nighttime, and are characterized by sudden increase at the time of local sunrise, suggesting the related mechanism of their generation to the solar position relative to the earth. N-type bursts are followed by VLF noises. Source distances of these bursts which are followed by tweek-type atmospherics in the night are estimated to be in the range from 2, 500km to 5, 000km. Q-type bursts often show clear oscillations of the frequencies of Schumann resonances. The daily variations of the mean amplitude of &ldquo;ELF continuous&rdquo; which composes the background noises are quite similar to the daily variations of the world thunderstorm activity.
著者
大須賀 彰子 大越 ひろ 茂木 美智子
出版者
日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会大会研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.19, pp.26, 2007

<BR><B>【目的】</B><BR> 既報では、千葉県内を調査地とし、すしの利用において種類や具材等に地域差や特徴があることを報告した<SUP>1)</SUP>。本報告では、手作りのすしを使う割合が高かった内陸部と低かった都市部に限定し、食生活におけるすしの位置づけを、年齢層の差として把握することを目的とした。調査地域に10年以上在住する15~40歳、41~64歳、65歳以上の女性を対象にアンケート調査を行い、分析した。<BR><B>【方法】</B><BR> アンケートは既報に準じ、自己記入式の用紙を各地域で配布し、その場で回収をした。調査時期は平成18年6月~10月、調査対象は都市部・内陸部に10年以上在住する15~40歳 (91名・41名)、41~64歳 (79名・164名)、65歳以上 (37名・71名)と、3セグメントの年齢区分を行った。分析項目はすしの嗜好・印象、食生活におけるすしの利用とし、各セグメントの比較を行った。<BR><B>【結果】</B><BR> すしは年齢に関係なく好まれていることが確認され、年齢が高くなるに従い、すしという料理へのごちそう感が強くなる傾向を示した。家で作るすしは、地域に関係なく、年齢が上がるに従い、手間のかかるすしが多く回答され、年齢が低くなるに従い、手軽に作れる形態のすしが多くなった。手間のかかるすしとしては都市部で散らしずし、内陸部では太巻きずしが挙がり、地域差もみられた。すしの作り方は年齢に関係なく、母親からの伝承が多かった。すしを購入する場所は、都市部では、年齢が上がるに従い、すし専門店とデパートの食品売り場が多く回答され、内陸部では、年齢に関係なく、すし専門店とスーパーマーケットの回答が多く、地域・年齢による違いがみられた。<BR>1)日本家政学会第59回大会研究発表要旨集 P.156(2007)
著者
遊佐 順和
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2016年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100159, 2016 (Released:2016-11-09)

Ⅰ はじめに 2013年12月、日本人の伝統的な食文化である「和食;自然を尊重する日本人の心を表現した伝統的な社会習慣」は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関 UNESCO)より無形文化遺産として登録された。ユネスコ無形文化遺産の登録を受け、和食やそのベースとなる「だし」の魅力が、今改めてその価値を見直され、国内外で注目を集めている。和食は、米、豆類、魚、海藻などをもとに作られる一汁三菜を基本とし、ミネラルを豊富に含む昆布をはじめとする海藻の多用、豆類を発酵させた味噌などにより、栄養バランスに優れた健康的な食生活をもたらす。昆布は、だしを利かせた調理法により独自の郷土料理を生み、各地で年中行事とも深い関わりを有し地域に根ざす「食」を育むための一役を担い、日本の伝統的な食文化を支えている。昆布だしに含まれる「うま味」は、食材が有する本来の味を引き立て、さらにだしを利かせた調理により健康的な食生活を実現させている。「食」は人の心を強くつなぎ、「食」をとおした家族との絆や地域におけるコミュニティを育み、食文化を継承させる力を有する。こうしたことから、昆布は食文化と人々のつながりを醸成し、伝統文化を継承するために欠かせない存在だといえる。  だしの代表的存在の一つである昆布は、全国の9割以上が北海道で生産され、日本の伝統文化の変化と生存をつなげる重要な役割を担っている。北海道には主な食用の昆布として、真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布(三石昆布ともいう)、長昆布および細目昆布などの6種類がある。昆布は、産地の生育環境の違いから品種ごとに形状や食味が異なり、出荷先や調理用途も異なるなどの特徴がある。Ⅱ 問題の所在 北海道は、日本一の昆布の生産地であるが、その消費量は全国的に見て余り多くない。昆布は、富山県、福井県、京都府、大阪府や沖縄県などで、古くからだし利用や食用などにより多く消費され、これらの地域では何れも一世帯あたりの購入金額や消費量が大きいとともに、食利用において地域で継承される独自の伝統的な食文化を有する。 一方で、北海道では昆布の生産量が年々減少している。この背景には、天候や生育環境など自然環境の変化に加え、高齢化や後継者不足による昆布漁師の減少があげられる。産地における生産量の減少は、市場における昆布の販売価格を押し上げ、販売者や飲食店など利用者の商品確保に難しい状況を引き起こし、各地で昆布の消費にも大きく影響する。昆布の消費地では、生産地の昆布漁師の後継者不足により、供給量が減少することを危惧する声もある。 北海道内の各産地では、漁業後継者の確保や育成に向け、漁業後継者・新規就業者・就業希望者などに対する各種支援制度を設置し、漁師の減少を食い止めるための諸施策が実施されている。北海道宗谷管内の利尻島や礼文島では、自治体独自の支援制度のほか、自治体と漁業協同組合等の関係機関の協力に基づく漁業研修「漁師道」の実施により、町内のほか島外からも漁業就業希望者を迎え、実際の体験により漁業への理解を深め、移住を伴う外部人材を漁業従事者として育成するなど、漁業後継者の確保に努めている。 また、食生活の多様化により、一般家庭において昆布や鰹などからだしをとり調理することが減少する中で、昆布利用による効能や魅力をいかに効果的に発信するか検討することは、今後の需要喚起を考える上で重要となる。Ⅲ 今後の課題  生産地においては、昆布漁師の後継者を確保することにより昆布の安定供給の維持や品質保持および技術力を継承させるとともに、食育活動などを通して地域資源としての理解を促し、地域への矜持を醸成することが重要である。消費地においては、食育活動などをとおして昆布の効能や魅力に理解を促すとともに、地域と生産者を身近な存在に感じさせる関係性のもと、より深い関心や相互理解につなげるため、生産地との交流機会をもつことが必要である。付記 本研究は、日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会学研究推進事業」実社会対応プログラム(公募型研究テーマ)「日本の昆布文化と道内生産地の経済社会の相互連関に関する研究」(研究代表者:齋藤貴之(星城大学)、研究期間:平成27年10月1日~平成30年9月30日)の成果の一部を使用している。
著者
長尾 有佳里 鈴木 一弘 新保 暁子 坂堂 美央子 齋藤 愛 廣村 勝彦 安藤 智子
出版者
日本産科婦人科内視鏡学会
雑誌
日本産科婦人科内視鏡学会雑誌 (ISSN:18849938)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.399-405, 2016 (Released:2016-05-17)
参考文献数
10

Anti-N-methyl-D-aspartate (NMDA)-receptor encephalitis is a paraneoplastic encephalitide that causes various symptoms. It occurs especially in young women, with about 60% of cases being associated with ovarian teratoma.   We report two cases of emergency laparoscopic surgeries for anti-NMDA-receptor encephalitis associated with ovarian teratoma.Case 1: A 17-year-old woman had headache, fever and vomiting. A week later, she also had abnormal behavior and hallucination and entered hospital. CT scan detected left ovarian teratoma. As anti-NMDA-receptor encephalitis was suspected, she underwent laparoscopic left ovarian cystectomy. She needed post-operative respirator management for 2.5 months. Although discharged after 4.5 months, she was sent to a psychiatrist after 7 months because of domestic violence. The pathological diagnosis was an immature teratoma, but there is no sign of recurrence.Case 2: A 26-year-old woman had fever, headache and fatigue. A few days later, she also had memory disorder and entered hospital. CT scan detected right ovarian teratoma. As anti-NMDA-receptor encephalitis was suspected, she underwent single incision laparoscopic right salpingo-oophorectomy. She needed post-operative respirator management for 9 months and left hospital after 1 year. The pathological diagnosis was a mature teratoma.  Antibodies against NMDA-receptor were positive in both cerebrospinal fluids.  Early diagnosis and surgery are important for quick recovery of anti-NMDA-receptor encephalitis associated with ovarian teratoma. Even so, patients don't necessarily recover quickly without aftereffects. We should review operative methods, because the patient is young and cannot agree and immature teratoma prevalence is high. Whether a tumor is benign or malignant, it is important to prevent leakage of tumor contents whenever possible.
著者
小谷 瑛輔
出版者
言語態研究会
雑誌
言語態 (ISSN:13487418)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.45-66, 2012

大江健三郎『水死』は、父の過去の言葉や行動について解釈しようとする主人公長江古義人が、他の人々が父をどう解釈したかと向き合い、また自身の解釈の欲望自体も周囲の人から様々に解釈され、そうした多方向的な解釈のネットワークの中で自らの言菓を紡いでいく物語である。それはつまり、言葉を発すること、言葉を受け止めること、受け止めた言葉に解釈を加えて発し直すことの問題が、誰も特権的な安定した位置に身を置けないものとして扱われているということでもある。『水死』の作中世界の出来事においては、小説家長江古義人は、一方では一人称の語り手であるが、他方で特権的な言葉の統御者ではなく、他の発言者や解釈者達とのネットワークの中の一つのノードに過ぎない。『水死』において、長江古義人という作家は言葉との関わりにおいて常に能動的にのみ関わるのではなく、同時に受動的でもあらざるを得ず、古義人の言葉の世界はそうした相互作用の中に生成することになる。古義人の欲望自体が解釈の俎上に載せられるとき、素材となるのは古義人の過去作品である。『水死』において古義人の過去作品として登場するのは、いずれも大江健三郎の過去作品のタイトルそのままとなっている。それらの作品の中で、登場人物達によって最も多く引用され、対象化され、問題化されている古義人の過去作品は、『みずから我が涙をぬぐいたまう日』である。本稿は、この『みずから我が涙をぬぐいたまう日』と『水死』との関わりを考えることによって、『水死』において示されるフィクション生成の問題を明らかにする試みである。