- 著者
-
小口 高
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2008年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.262, 2008 (Released:2008-07-19)
I.日本のGISの発展と自然地理学
日本のGISの発展が,欧米に比べて遅れていたことがしばしば指摘されている.特に1990年代初頭におけるGISの普及度は欧米に大きく引き離されていたが,現在までにこの差はかなり縮小した.しかし,まだ欧米との差が大きい分野もあり,自然地理学はその一つとみなされる.日本で自然地理学へのGISの応用が遅れている理由として,1)特に初期において日本のGISを牽引した地理学者の多くが人文地理学を専門としていたこと,および2)日本ではGISの導入に積極的な工学の研究者が多いが,応用対象として都市や交通といった人文社会的な要素を選ぶ傾向があること,が挙げられる.
一方,欧米においては,自然科学と人文科学に関するGISが,よりバランス良く発展してきた.たとえば1986年に世界最初のGISの教科書を著したピーター・バーローは自然地理学者であり,1980年代以降に米国のGISを牽引しているマイケル・グッドチャイルドやデービッド・マークも,初期には地形,地質,生態などの自然を主な研究対象としていた.今後,日本においても自然地理学を含む自然科学におけるGISが,より発展することが望まれる.
II.地理空間情報活用推進基本法と自然地理学
2007年8月29日に施行された「地理空間情報活用推進基本法」(以下,基本法)は,日本のGISを産・官・学の多様な側面において発展させる推進力になると考えられる.この法律が,上記した日本の自然地理学におけるGISの発展の相対的な遅れを解消するために有効かを,基本法の内容を踏まえて簡単に検討した.
上記の基本法は,主に国民生活と経済社会の向上を目指しているため,全体としては自然よりも人文社会に関する要素が重視されている.したがって,基本法は従来からの日本のGISの特徴を反映しているとみなされ,この法律が自然地理学におけるGISの応用を飛躍的に発展させるとは言い難い.しかし,自然地理学に関連したいくつかの課題については,確実に発展を期待できる.たとえば,基本法は13項目の「基盤地図情報」を制定しているが,その中には海岸線と標高点が含まれている.これらの情報が高頻度で更新され,GISデータの形で提供されることにより,地形変化の定量的な研究が容易になる.たとえば,これまで海岸侵食の実態をGISによって分析する際には,複数の時期の空中写真や地図を必要に応じて幾何補正し,海岸線をトレースしてベクター・データを作製する必要があった.今後はそのような手間が減り,幾何補正の際の誤差といった問題も軽減される.内陸の地形変化を調べる際にも,標高データが頻繁に更新されれば,写真測量などによって自前で複数の時期のDEMを作製する手間が減少する.
III.GISアクションプログラム2010と自然地理学
2007年3月22日に測位・地理情報システム等推進会議が「GISアクションプログラム2010」を決定した.このプログラムの副題は「世界最先端の地理空間情報高度活用社会の実現を目指して」となっており,基本法と連動する動きを,より具体的に述べたものとみなされる.本プログラムでも,基本的には人文社会関係の情報の充実が重視されているが,「防災・環境などに関する主題図」「沿岸詳細基盤情報」「地質情報」「地すべり地形分布図」「生物多様性情報」といった自然地理学に関する情報も取り上げられている.これらの多くは省庁が以前から整備しているものであり,「生物多様性情報」に含まれるベクター植生データなど,研究者に頻繁に利用されているものが含まれる.その継続的な整備とデータの配布の促進が本プログラムに記されていることは,今後の自然地理学の発展に重要といえる.