著者
大瀧 慈 神田 隆至 藤越 康祝 佐藤 健一 越智 義道
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

1)SIRによる有効射影縮約空間の次元選択のための統計規準の構築正準判別関数法において使われているモデル選択基準を基に、SIRでのEDR空間の次元の推定のための統計的選択基準を構築し、数値実験によりその性能を検証した。(シンポジューム「多次元データ構造の探索」において発表、現在論文投稿準備中)2)SIRアルゴリズムの改良回帰関係が対称的構造を伴う有効射影方向に対して、SIRのオリジナル版のアルゴリズムが上手く働かない問題に対して、主要点解析法を組み込みその性能の向上を試みた。(Symposium on"Statistics,Combinatorics and Related Areas",Bombay(India),2000にて発表、現在投稿準備中)3)B-スプライン法による散布図平滑化アルゴリムの改良B-スプラインの基底関数の結節点の配置を調整することで、スプライン曲線モデルの適合度を向上させるように平滑化アルゴリズムの改良を行った。(現在、論文投稿中)。4)低次多項式によるパラメトリックモデルとB-スプラインモデルによるノンパラメトリックモデルの選択における統計的規準の構築(現在、投稿準備中)5)ノンパラメトリック回帰モデルによる一戸建て住宅データ解析(広島女学院大学生活科学部紀要,2000にて論文を掲載済)6)ノンパラメトリック回帰モデルによる日本の市区町村別肺がん死亡危険度データの解析(Jpn J Clinical Oncology,2000に論文を掲載済)
著者
中島 一郎
出版者
日本神経感染症学会
雑誌
NEUROINFECTION (ISSN:13482718)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.60, 2022 (Released:2022-05-12)
参考文献数
21

【要旨】ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelin oligodendrocyte glycoprotein:MOG)は、中枢神経の髄鞘を構成する蛋白質の一つで、髄鞘の最外層に発現する免疫グロブリン構造を有する膜蛋白質である。近年、MOG を標的とする自己抗体、MOG 抗体が中枢神経に炎症性病変を生じるうることが報告されるようになり、MOG 抗体関連疾患(MOG-IgG associated disorders:MOGAD)として新たな疾患概念が確立しつつある。
著者
加藤 榮司 東野 哲也
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.115, no.9, pp.842-848, 2012
被引用文献数
1

1992年から2010年までの18年間に高等学校剣道部員を対象にして行った聴覚健診成績を集計した. 純音聴力検査で一つ以上の周波数に聴力閾値30dB以上の閾値上昇を認めた聴覚障害例は225名中45名 (19.7%) 69耳であり, 障害程度は2000Hzと4000Hzで大きかった. 聴力型としては, 2000Hz-dip型, 4000Hz-dip型, 2000-4000Hz障害型感音難聴の頻度が高く, 初年度の健診では正常聴力を示した例も含まれていた. また, 聴力閾値25dB以内の小dipについても2000Hzと4000Hzのみに観察され, 剣道難聴の初期聴力像と考えられた. すべての学年で右耳よりも左耳の聴力閾値が有意に高いことがわかった (p<0.01). 18年間にわたる聴覚健診活動の結果, 聴覚障害の発症頻度減少が認められた.
著者
久保田 義弘
出版者
札幌学院大学総合研究所
雑誌
札幌学院大学経済論集 = Sapporo Gakuin University Review of Economics (ISSN:18848974)
巻号頁・発行日
no.9, pp.1-25, 2015-03-10

本稿では,9世紀から10世紀にかけてのスコットランドがピクト王国からアルバ王国への発展・移行したこと,ならびに,その同時期におけるその周辺国の事情を概観する。特に,ピクト王国が後世になって“Viking”と呼ばれている人々(民族)の侵攻に対峙し,その戦いの結果,スコットランドの統一王国であるアルバ王国が形成された。また,ヴァイキングとの戦いから,スコットランドと同時に,イングランドにおいては,ウェセックス王国がイングランド全体を治めるようになり,イングランド統一王国が形成された。さらに,周辺国の事情では,特に,ヴァイキングとアイルランド王(上王:high king)との敵対,あるいは,両者の共闘を通じて,ヴァイキングの果たした歴史的役割の一端を考察する。本稿は,3節から構成され,第1節では,ピクト王国からアルバ王国への移行期となる9世紀中旬から9世紀末までの時代を概観する。その時代は,スコットランド王のケニス1世からドナルド2世までの治世に対応する。第2節では,スコットランド王のコンスタンティン22世の治世とその周辺国の事情を概観する。同時に,特に,アイルランド王国の上王とヴァイキングの対立あるいは共闘についても概観する。第3節では,資料を通して,ピクト王国からアルバ王国に移行する時代は,コンスタンティン2世の治世に対応していることを概観し,併せて,それを検証する。

2 0 0 0 OA 太陽暦起原解

著者
杉浦為充 著
出版者
杉浦為充
巻号頁・発行日
1890
著者
黄 齡萱
出版者
横浜国立大学技術マネジメント研究学会
雑誌
技術マネジメント研究 = Yokohama journal of technology management studies (ISSN:13473042)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.9-20, 2007-03-28

本稿は、台湾における女性運動の変遷を概観したものである。国民党政権が台湾に撤退してから後、台湾は、軍事や経済、教育などにおいて、全面的にアメリカモデルを導入することによって「脱日本化」を図り、さらにまた「再中国化」(中国伝統価値の強化)を図ってきていた。台湾の女性学および女性運動の発展においても、政府のアメリカ路線、そして民間のアメリカ留学ブームのU ターンに大きく影響され、1960 年以降、欧米、特にアメリカで起こった第2 波フェミニズムの強い影響が見られる。第2波フェミニズムの蓄積は、上記のような政治的な原因で、アジア諸国よりも女性学の導入が遅かった台湾に、女性問題を取り上げる際の理論的拠りどころを提供した。そしてその蓄積の上に立つことによって、僅か10 年のうちに、売買春をめぐる台湾社会の政策的な取り組みは、先進諸国の水準へ、すなわち家父長制の枠の中で展開される売春児童保護運動から、セックスワーク問題をめぐる多元な論述やセクシュアリティの多様性を論じる次元へと急速に発展してきた。しかしながら一方でそうした売買春問題への理論的パラダイム転換を図りながらも、欧米の理論を採用した台湾の女性運動が直面しているのは、日本植民地支配を経て、「再中国化」した混合型家父長制社会であるという現実である。この「混合型家父長制」に特徴づけられる台湾社会における、女性運動にはどのような課題が存在するのか。本論では売春児童保護運動から「妓権」労働運動への女性運動の展開過程を分析することによって、現在台湾の女性運動が直面している課題の抽出と展望について取り組みたい。
著者
辰巳 桃子 鮫島 由香 松井 徳光
出版者
一般社団法人 日本調理科学会
雑誌
日本調理科学会誌 (ISSN:13411535)
巻号頁・発行日
vol.52, no.5, pp.329-334, 2019-10-05 (Released:2019-10-11)
参考文献数
12

低温(5℃)条件下で甘酒により挽肉を発酵させ,タンパク質の分解の程度を調べたところタンパク質の分解は緩やかであった。そこで,より早く食肉を軟らかくでき,甘酒で発酵させることの有効性を明らかにするため,酵素活性に影響を与えることが予測される,米麹の保存状態(冷蔵・冷凍)や甘酒の塩分濃度によるプロテアーゼ活性への影響について検討した。米麹のプロテアーゼ活性は冷蔵・冷凍ともに保存期間の経過につれて増加傾向が見られ,冷凍保存した米麹は著しい品質劣化もなかった。甘酒に食塩を添加することで酵素反応温度55℃で行ったものはプロテアーゼ活性が増加した。食塩を添加した甘酒で発酵を行う方が調理への汎用性が高いことが推察されたため,今後,実際に食肉の発酵を行う5℃においての食塩添加による有効性を明らかにする必要がある。
著者
加隈 哲也
出版者
一般社団法人 日本内科学会
雑誌
日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
巻号頁・発行日
vol.104, no.4, pp.730-734, 2015-04-10 (Released:2016-04-10)
参考文献数
9

一般的に,肥満者には運動習慣がないといわれている.それ以前に,肥満者は2時間長く座っているという.肥満症治療として運動療法が重要であることは間違いないが,その継続的な遂行は必ずしも容易ではない.健康増進を目的とした身体活動量の増加には,朝日を浴びながらのゆったりとした散歩を心がけてみたい.運動療法という言葉にとらわれずに,明日からでも可能なことから始めることが重要である.
著者
前之園 唯史
出版者
日本甲殻類学会
雑誌
CANCER (ISSN:09181989)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.53-59, 2022-08-01 (Released:2022-08-24)
参考文献数
14

Two species of the xanthid crabs, Tweedieia odhneri and T. laysani, are reported based on specimens collected from Okinawa Island, Ryukyu Islands, southwestern Japan. Recent study suggested that T. laysani is endemic to Hawaiian Islands, but the present study confirmed its distribution in Okinawa Island. Tweedieia odhneri is newly added to the Japanese fauna. The additional distinguishing characters of these two species not mentioned in previous studies, are also provided.

2 0 0 0 OA 警視庁統計書

著者
警視庁 編
出版者
警視庁総監官房文書課
巻号頁・発行日
vol.明治44年, 1926

2 0 0 0 OA 官報

著者
大蔵省印刷局 [編]
出版者
日本マイクロ写真
巻号頁・発行日
vol.1935年08月10日, 1935-08-10
著者
中西 寛
出版者
JAPAN ASSOCIATION OF INTERNATIONAL RELATIONS
雑誌
国際政治 (ISSN:04542215)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.151, pp.18-35,L6, 2008-03-15 (Released:2010-09-01)
参考文献数
59

Despite the quite number of writings on Yoshida Shigeru, his relationship with Asia has not been treated from a broad perspective. The omission is regrettable, for Yoshida had deep involvement and concern with Asia, China in particular both in his prewar diplomat years and in his postwar statesman years. In addition, Yoshida's record of struggle and lack of substantial fruit in his Asia diplomacy is suggestive of the weakness of Japanese modern diplomacy towards Asia from the Meiji period down to the current era. So long as the so-called Yoshida doctrine is said to be the orthodox policy line for postwar Japan, any of the three elements of the said doctrine, light armament for self-defense, Japan-US alliance, and economy-oriented diplomacy, does not give direct clue in terms of Japanese policy towards Asia.By examining Yoshida's involvement with Asia, Korean peninsular and China among others, this paper delineates the continuity of Yoshida's attitude and perspective on Asia from his early diplomat days to the final years of his life. Following his natural father's concern with Korean railway, Yoshida was groomed among the diplomats and soldiers who saw the “Continental Governance” (Tairiku Keiei) holding the vital significance for Japanese security and economic interest. This policy line was thought to be compatible with European and American great powers in the sense that the imperialism was conducted primarily by economic, cultural, and scientific means. At the same time, the policy was seen as spearheading the modernization process in Asia. In the postwar period, Yoshida adjusted his policy towards Asia to the reality of dissolution of Japanese Empire and chose to follow the path of “Maritime State” (Kaiyo Kokka). Despite this shift, Yoshida had to deal with Korean issues such as Korean inhabitants in Japan or normalization with South Korea, while assisting the US for the latter's commitment to the Peninsula. Yoshida also took pains to lull both the US and Great Britain to his cherished idea of detaching Communist China from the Soviet Russia by penetrating into Chinese society via non-military means such as commerce and propaganda. It was his belief that the Chinese culture and tradition would ultimately lead to the conflict with Russia. But Yoshida's main concern was to form the concerted policy among Japan, the US and Great Britain. His policy towards China lacked concreteness and was subject to his higher consideration over Japanese relations with the US and other Western powers.All in all, throughout the prewar and postwar periods, Yoshida's policy toward Asia was quite consistent. He saw the Korean peninsular from Japanese security perspective and almost ignored Korea as a nation. When it comes to China, Yoshida had ambivalent view on Chinese culture and his policy towards China oscillated. These characteristics of Yoshida's Asia involvement was typical for the modern Japanese diplomatic tradition, taking Fukuzawa Yukichi's civilizational perspective and seeing Japan as naturally most advanced in Asia. This conviction no doubt helped Japan to be proud of its rapid modernization, but posed difficulty in handling with neighboring Asia, especially when Asia showed its own way of modernization and demonstrated its own relationship with the West.
著者
矢口 瞳 星野 義延
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.2039, 2021-08-31 (Released:2021-12-31)
参考文献数
72

武蔵野台地コナラ二次林において、植生管理や管理放棄による植物と昆虫の機能群ごとの種数への影響を把握するため調査を行った。更新伐採、下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった管理が行われた林分と放棄された林分で植生調査、昆虫のルートセンサス調査とピットフォールトラップ調査を行った。植生調査で 175種の植物が確認され、ルートセンサス調査で 243種、ピットフォールトラップ調査で 56種の昆虫が確認された。植物の機能特性としてラウンケアの休眠型、葉の生存季節、生育型、地下器官型、花粉媒介様式、開花・結実季節、種子散布型、種子重を、昆虫の機能特性として幼虫と成虫の食性、成虫の出現季節、成虫の体長を文献で調べた。機能特性データを用いて、クラスター解析により機能群に分類した結果、植物は 8つの機能群( PFG)、昆虫は 6つの機能群(IFG)に分類された。 PFGの分類には種子散布型と結実季節が大きく影響し、管理されたコナラ二次林に典型的な草本種や埼玉県レッドデータブック掲載種を含む機能群、コナラ二次林に典型的な木本種を含む機能群、遷移の進行を指標する常緑植物を含む機能群などに分けられた。 IFGの分類には食性と体サイズが大きく影響し、小型・中型・大型別の植食昆虫機能群、肉食昆虫を含む機能群、糞食・腐肉食昆虫を含む機能群に分けられた。植物の種ごとの被度と昆虫の種ごと出現回数を標準化して統合し、 CCAによる調査区と種の序列を得た。また PFG種数と IFG種数を統合し、 RDAによる調査区と機能群の序列を得た。植物の種と機能群は落葉掻きや下刈りなどによる土壌硬度や堆積落葉枚数の変化と関連がみられ、昆虫の種と機能群は伐採や常緑樹の除伐による樹冠開空度の変化と関連がみられた。植物機能群は伐採と下刈り・落葉掻きによりコナラ二次林に典型的な草本種を含む機能群の種数が増加し、管理放棄により常緑植物を含む機能群の種数が増加した。昆虫機能群はすべての管理により小型植食昆虫機能群の種数が増加し、伐採により大型植食昆虫機能群の種数が増加した。以上より、林床の管理が植物の、高木層や低木層の管理が昆虫の機能群構成に大きく影響していた。本研究の植物と昆虫の機能群の分類はコナラ二次林での伐採や下刈り・落葉掻き、常緑樹の除伐といった植生管理の種多様性保全効果の指標として有効と言える。
著者
中本正智著
出版者
法政大学出版局
巻号頁・発行日
1976