著者
安達 町子
出版者
一般社団法人日本調理科学会
雑誌
調理科学 (ISSN:09105360)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.82-86, 1988-06-20

いの豚肉の調理性の検討を目的に、豚肉との比較による官能検査、剪断応力の測定、組織観察を行い、次のような結果を得た。1.官能検査の結果、ロース肉を「トンカツ」に調理した場合、3点識別試験により、いの豚肉と豚肉は0.1%の危険率で区別された。また3点嗜好試験では、歯ごたえを除いて、いの豚肉の方が、味、色、香り、総合評価とも有意に好まれた。もも肉を「ローストポーク」に調理した場合、豚肉はやや硬く水気が少ないが、いの豚肉は、少し匂いがあると評価された。2.ロース部位を加熱後、赤身部分を2cm角で1cm厚さに切り、肉硬度試験機で剪断応力の測定を行ったところ、いの豚肉、豚肉に有意の差は認められなかった。3.組織観察の結果、いの豚肉の方が、脂肉が発達し、脂肪交雑の状態もよい、また豚肉の筋繊維にほぐれや裂け目が多く認められた。
出版者
海人社
雑誌
世界の艦船
巻号頁・発行日
no.587, pp.69-111, 2001-10
著者
王 成
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.117-145, 2004-12

本稿は漱石文学の読者層を解明するために、当時流行していた<修養>思想をめぐる研究の一環である。先行の漱石研究では、<修養>を無視したために、多くの問題が解明されていないのではなかろうかという疑問から始まって、近代における<修養>という言葉がいつ、どのように現れたか、<修養>という概念がいかに解釈されたか、<修養>をめぐる近代日本の言説空間がどのように形成されたか、という課題について、解明しようとしたものである。本稿では、明治から大正にかけては、教養という言葉より<修養>という言葉のほうがよく使われていたことを明らかにした。中村正直の『西国立志編』(Self-Help)から始まって、自分自身を修練する「自修」的な教育という理念が浸透していった。<修養>は、翻訳語として現れる以前には、漢語の熟語としてはあまり使われていなかった。したがって、<修養>は、古典的な儒教道徳の意味を担った言葉ではなく、近代的な用語として誕生したのである。伝統的な道徳が崩壊し、新しい道徳の建設のために、個人を中心とした<修養)が、伝統と近代、東洋と西洋とが衝突する時代に、広まっていった。東西の学問を身につけた知識人が、<修養>を近代的な新しい倫理の理念として取り入れたのである。<修養>の流行に伴って、修養運動が広まり、ベストセラーになった修養書が修養理念を流行させ、定着させた。本稿ではさらに、<修養>の時代に、<修養>提唱者として活躍した人物やその著作を分析し、また修養団体の活動のひろがりの実態を調査することによって、<修養>の広範な広がりを確認した。
著者
山口 敏
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.229-235, 1988
被引用文献数
2

北海道古宇郡泊村茶津4号洞窟で発堀された続縄文時代恵山文化期の人骨7体について記載を行なった。上肢骨骨幹の扁平性や大腿骨骨幹のピラステル構造は縄文時代人の特徴と一致したが, 上顎骨前頭突起の形態, 歯槽突起の高さ, 下腿骨骨幹の形態などには縄文時代人と異なる特徴を示す例が認められた。
著者
彭 丹
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.11-50, 2012-03

日本には八点の国宝茶碗がある。八点のうち、南宋時代に焼造された天目が五点を占める。曜変天目三点、油滴天目一点、玳皮天目一点である。これらの天目茶碗は、生産地の中国の地には残されていないのに、なぜ日本に残っているのか?日本の国宝と中国の天目とは矛盾しないのか?天目を求め続ける日本人の情熱はいったい何か? 曜変天目は中国の陶工にとって「窯変」であり、不吉な異変であるため、窯から出るなり消されてしまった。だが、日本の茶人にとっては、「窯変」ではなく「曜変」である。華麗な珍奇な唐物茶碗として愛され、代々尊ばれてきた。 また、玳皮天目は煩雑な文様や派手な釉色を持つため、平淡を好む宋の文人に好まれなかった。日常雑器として使われ壊され棄てられた。だが、日本に渡った玳皮天目は、唐物としての価値が茶人に認められ、今日まで伝わることができた。 油滴天目と禾目天目は、焼造された当時は宋代の文人にも珍重された。しかし、点茶法の衰亡と泡茶法の台頭により、中国では不要なものになった。そこで、商人の活躍によって日本に持ち込まれるようになった。 天目茶碗が日本に伝世され、中国で消えたのは、中国文化と日本文化の異質性によるものだった。日本人が中国産の天目茶碗を日本の国宝に入れて何らの矛盾を感じないのは、日本人が、その矛盾自体を日本文化の特牲だと考えるからである。天目茶碗を再現しようとする日本人の情熱には、中国文化への憧憬と対抗意識があった。憧憬があるから中国文化を借用し、対抗意識があるから新しい創造へとつながった。言い換えれば、天目茶碗の中日における存在の相違から、日本文化が抱えた大陸への絶えることのない憧憬と対抗意識と、それを基盤にした創造性を読み取ることができる。黒楽茶碗は、宋代の天目茶碗の借用から生まれた日本人の創造であった。
著者
田口 富久治
出版者
旬報社
雑誌
労働法律旬報
巻号頁・発行日
no.283, pp.18-22,17, 1957-09-05
著者
野島 那津子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.88-106, 2018

<p>A. W. フランクが理想型として提示する「探求の語り」は, 病いの「受容」と苦しみによって新たな何かが獲得されるという信念を語り手に要請する. この「成功した生」の道徳的な語りは, 病いを受け入れられない人の語りを, 失敗した生のそれとして貶める可能性がある. また, 道徳的行為主体に至る個人の努力が強調される一方で, 苦しみを受け入れ経験を語る過程における他者や社会経済的要因の考察が, 不十分または不在である. こうした問題を乗り越えるために本稿では, 病気を「受け入れていない」線維筋痛症患者の語りを通して, 「探求の語り」の成立要件としての病いの「受容」のあり方について検討し, 以下の知見を得た. (1) 病気を「受け入れる/受け入れない」ことの責任は, 周囲の人々と共同で担われ得る. (2) 「耳ざわりのいい」物語が流通する中で病人像が規範化され, そこから逸脱した病者の生き方/あり方が否定され得る. (3) 周囲の人間が病気を受け入れない場合, 病いの「受容」は個人化され得る. (4) 病いを受け入れていなくても, 病者は経験の分有に向けて語り得る. 以上の知見から本稿は, 他者との分有や共同を含めた病いの「受容」の多様なあり方を「探求の語り」に認めることを提起する. 「耳ざわりのいい」物語だけが聞かれる危険性に対しては, 個々の語りのさまざまな「探求」を聴き手が見出し, ヴァリエーション豊かな「探求の語り」が提示されねばならない.</p>
著者
大岡 由佳 辻丸 秀策 古里 百合子 鋤田 みすず 福山 裕夫 前田 正治
出版者
久留米大学
雑誌
久留米大学文学部紀要. 社会福祉学科編 (ISSN:13455842)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.17-27, 2004-03

本論では,犯罪被害者に認められる心的外傷,なかんずく監禁被害者の心理的問題について,2000年に起こった西鉄バスジャック事件被害者の様子から考察した.マスコミ報道による資料のほか,実際の被害者の治療経過を提示し,Symonds Mによる4段階の心理反応期に基づいて,被害者の心理的変化を分析した.また,このような被害者に対する適切なケアや支援のあり方についても論じた.
著者
井上 勝生
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.111, pp.1-65, 2018-03-30

特集 : 日清戦争と東学農民戦争Special Issue: the Shino-Japanese War and the Donghak Peasant War日清戦争の際に, 日本軍は, 朝鮮各地において, 数千人, 数万人の勢力をもって抗戦する朝鮮農民軍に対して, 包囲殲滅作戦を展開した。第2次の東学農民戦争, または甲午農民戦争, 韓国では東学農民革命と呼ばれる。当時の日本公使館が農民軍指導部文書を組織的に奪取し, 日本軍の公式日誌, 「陣中日誌」も重要部分欠落などのために, 現在も東学農民戦争の全体像は明らかでない。東学農民軍を殲滅した大隊の一つが, 後備第19大隊である。その第1中隊に従軍した徳島県出身の一兵卒の「従軍日誌」に, 同大隊が実施した殲滅作戦最前線の実況が記録されていた。本稿前半では, 京畿道利川の市内と近郊, 忠清道可興北の平野にある東幕里, 忠清道清風北の盆地, 城内里で展開した作戦を, 現地調査にもとづいて検証した。当初から殲滅作戦として実施され, 銃撃戦も早くから戦われた。農民軍を捕縛, 銃殺し, 農民軍の拠点村落を焼き払う作戦であった。いわゆる北接農民軍が, 主力の全羅道の南接農民軍へと合同, 参戦したことも見聞して記されていた。後半では, 最大の激戦と言われてきた公州戦争の, その東側, 錦江大渓谷における文義・沃川戦争が, 公州戦争に劣らない大戦争であったこと, 南原においては, 農民軍拠点の城山と民家を重ねて焼き払う作戦を展開したこと, また南西部海岸地域における討滅作戦が, 拷問, 銃殺, 焼殺, 村の焼き払いと, いっそう苛酷に展開したことなどを現地調査も行って解明した。結びでは, 後備部隊に徴兵された「貧困な兵士」群, 苛酷な作戦における士官と兵士の社会史などを検討した。During the Sino-Japanese War, the Japanese Army aimed to annihilate the resisting Donghak Peasant Army. Based on our detailed fieldwork in Korea, we were able to reenact the military operations of the Japanese Army against the Peasant Army, as described in the Soldiersʼ Campaign Journal 従軍日誌〕.Thus, we have verified the fact that the Japanese campaign was indeed one of complete annihilation, carried out in the city, as well as in the plains, hills, valleys, and mountain castles, by capturing and killing the members of the Peasant Army and burning their villages.
著者
吉野 由美子
出版者
視覚障害リハビリテーション協会
雑誌
視覚障害リハビリテーション研究発表大会プログラム・抄録集
巻号頁・発行日
vol.21, pp.120-120, 2012

<B>【目的】</B><BR> 現在、デジタルカメラをはじめ、iPadなどのタブレット端末の性能の格段の進歩は、ロービジョン者の見る能力を助け、ロービジョン者のQOLの向上に役立つと期待されている。本稿は、筆者がスクーバダイビングツアーにおいて、実際に体験した事実を元に、iPadとデジタルカメラを組み合わせることによって、デジタル機器がロービジョン者の見る能力を格段に増すことができるという可能性を証明することを目的としている。<BR><BR><B>【方法】</B><BR> 筆者が参加した4泊5日のダイビングツアー中のブリーフィング場面、ダイビングガイドによる、筆者への小生物の説明場面や、その見せ方について観察し、撮影を行った。<BR><BR><B>【結論】</B><BR> デジタルカメラを使って、海の中の小生物を撮影し、あるいは動画に撮って、iPadに取り込み、拡大しながら細部にわたり説明するという手法は、障害のないダイバーにとっても、ロービジョン者にとっても非常に分かりやすく有効な手段である。<BR> また、ロービジョン者が自らデジタルカメラで撮影したものを、ダイビング終了後に、iPadに取り込み、拡大して細部を確認することは、その小生物を撮影できたという達成感と、その結果を自ら確認できるという点で大きな利点を持つ。<BR> このように、デジタル機器の進歩と、それらの機能を組み合わせて使用することによって、ロービジョン者が今まで見ることができないと思っていたものを見られるようになるという大きな可能性を持っている。それと同時に、その可能性を引き出すためには、見せようとするものに関する知識を持ち、ロービジョン者と共に見る楽しみを共有しようという熱意を持った支援者 (ダイビングガイド) の存在が不可欠である。<BR> また、この上記の手法は、教育現場やリハビリテーション過程に取り入れて有効に活用することが可能である。
著者
楠見 孝
出版者
心理学評論刊行会
雑誌
心理学評論 = Japanese psychological review (ISSN:03861058)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.5-28, 2021

In this study, the cognitive-affective aspects and function of nostalgia were examined, based on individual differences and age-related changes. In Study 1A, the participants rated the centrality of features of nostalgia and natsukashisa (Japanese word for nostalgia), which were classified as central (i.e., autobiographical memory and positive emotion) or peripheral (i.e., negative and mixed emotion). In Study 1B, we developed the Positive–Negative Nostalgia Proneness Scale, based on the positive-negative features of nostalgia. The results showed that negative nostalgia proneness decreased with age; however, positive nostalgia proneness increased with age. In Study 2, negative nostalgia proneness was correlated with rumination and loneliness. Positive nostalgia proneness was correlated with happiness and nostalgia triggers (e.g., people/place and media), which increase with age. In Study 3, the presentation of nostalgic pictures increased familiarity and positive nostalgia proneness, and subsequently increased perceived social support and life satisfaction. In Study 4, positive nostalgia proneness affected the positive functions of nostalgia, and subsequently affected life satisfaction. These positive functions of nostalgia increased with age. These age-related changes are consistent with the socioemotional selectivity theory. We discuss potential future research addressing mere-exposure effects, autobiographical memory, cross-cultural, and aging studies.